中山間地における高齢者を対象とした大豆生産支援

中山間地における高齢者を対象とした大豆生産支援による地域振興施策の評価
‐福島県鮫川村を事例として‐
冨田佳奈※
木南章
八木洋憲
(東京大学大学院農学生命科学研究科)
今日、日本の中山間地では、過疎化、高齢化の進行や耕作放棄地の増加等により、地域の活力の
低下が懸念されている。このような課題を抱えた中山間地において、各地で様々な主体による地域
振興の取り組みが行われている。
本研究が対象とする福島県鮫川村では、主に 60 歳以上の高齢者を対象に大豆栽培を奨励し、大豆
を用いた村の特産品づくりに取り組み、村の自立を目指した「まめで達者な村づくり」事業を実施
している。この事業の特徴は、村が事業参加者に対して大豆種子を低価格で販売し、栽培の支援を
行い、生産した大豆を高価格で全量買い取りするところにある。また、村が買い取った大豆は村内
で加工され、村の特産品として販売される。そして、この事業の目的は、村全体の活性化や大豆栽
培による高齢者の生きがいや健康づくりにある。本研究では、本事業による地域振興の持続可能性
について、経済性、環境性、社会性の側面から評価を行い、中山間地における地域振興に関する政
策的含意を導くことを試みた。
分析方法は、役場を対象とした聞き取り調査と農家を対象とした聞き取り調査とアンケート調査
によって実態を把握し、その結果から、事業の効果や課題を明らかにした。
分析の結果によれば、本事業の参加者は、とくに事業参加による交流機能を高く評価していた。
一方、事業の課題としては、大豆の時間当たり所得や労働時間が他品目に比して不利であり、この
ことが事業への参加者の減少を招き、事業の持続可能性を低下させていることが明らかとなった。
Assessment of Program for Regional Development by Encouraging Elderly
Engaging in Soybean Farming in Hilly and Mountainous Areas :
Case Study on Samegawa-village in Fukushima-prefecture, Japan.
Kana Tomita*
Akira Kiminami
Hironori Yagi
(Graduate School of Agricultural and Life Science, The University of Tokyo)
In Japanese hilly and mountainous area, vitality of local communities is decreasing because
of depopulation or/and population aging. Then various kinds of individuals and organizations
implement projects for vitalization of local communities. The Samegawa-village government in
Fukushima-prefecture government encourages elderly people to engage in soybean farming,
buys out their harvest and produces new local products. This program is aimed to vitalize the
whole of the village and to enhance the quality of life of elders. In this study, we assessed the
sustainability of the activity in the aspects of economy, ecology, and sociality and attempted to
suggest policy implications for vitalization of local communities. We conducted the interview
survey to the village officers and the interview survey and questionnaire survey to the farmers.
In conclusion, the participants highly evaluated its function of interactions among
participants. On the other hand, the sustainability of the program is declining due to the
decrease of new participants.
Keywords: hilly and mountainous area, vitalization of local community, case study
JEL classifications: Q12(Micro Analysis of Farm Firms, Farm Households, and Farm Input
Markets)
中山間地における高齢者を対象とした大豆生産支援による地域振興施策の評価
‐福島県鮫川村を事例として‐
東京大学 冨田佳奈※
東京大学 木南章
東京大学 八木洋憲
1.はじめに
今日の日本の中山間地においては、各地で様々な地域振興策が実施されており、とくに地域における
農業、農地、農村集落の特性や重要性を踏まえ、農産物生産の生産補助に加えて、六次産業化による農
産物の加工・販売の振興が一般的な政策となっている。小田切(2011 pp.70-79)は、疲弊した地域の活性
化のためには農村地域における農業主導の六次産業化により地域内で経済が循環する仕組みをつくる
ことが重要であると指摘している。
また農山村の地域経済振興の議論においては、日本の農村地域における地域開発・再生方式として
「内発的発展」論が唱えられている。宮本(1989 pp.296-301)は、地域経済の内発的発展の原則として、1)
地元の技術・産業・文化を土台にし、地域内市場を対象とした地域住民による経営であること、2)アメニテ
ィを中心の目的とし、総合的な目的をもつこと、3)産業開発が様々な産業部門にわたるようにし、付加価
値があらゆる段階で地元に帰属するようにすること、4)制度化された住民参加により、強力な自治権をつ
くることの 4 点を挙げている。
本研究が対象とする鮫川村は福島県南部の中山間地に位置し、独自の地域活性化のための取り組み
を行っている。最も代表的な取り組みは「まめで達者な村づくり」事業(以下、まめ達事業)である。事業の
概要は、大豆生産の奨励、大豆の全量買い取り、買い取った大豆の加工・販売である。この事業は一般
的な農業・農村振興策と比して、事業の目的、対象者、予算などの点で特徴的である。まず事業の目的は
「大豆を用いた特産品をつくることによる地域の活性化」と「村民自身が栽培することによる健康づくりの効
果」である。すなわち、経済性の側面だけではなく社会性の側面も重視している点に特徴がある。次に対
象者は主に高齢者である。大規模経営ではなく、小規模に生業的に農業を営む高齢者をターゲットとし
た点に特徴がある。最後に予算は、村の大豆振興対策事業費が主であり、2015 年度は 673 万円を確保し
ている。このように村が主導する事業である点に特徴がある。加えて村の予算だけでなく国や県の制度を
も利用し財源を得ている点も特徴的である。まめ達事業は農業主導による六次産業化により地域経済の
循環を目指した内発的発展の活動であると考えられる。
まめ達事業はひとつの事業により多くの目的を達成しようとした地域振興策の事例として考えられる。
事例の分析を通じ、中山間地における地域振興策への示唆を導く。また、地域振興策への研究として長
期的に見て分析を行った研究は数が少ないが、本研究ではまめ達事業について 10 年ほどの長期間に
ついて評価を行う。長期間にわたり実施されている地域振興策への示唆をも導く。
2.課題の設定と分析方法
1)課題の設定
本研究ではまめ達事業の持続可能性の考察を通じ、中山間地における地域振興事業の持続性につい
て考察する。一般に持続可能性は経済性、環境性、社会性の 3 つの側面から構成される。木南(2006)に
よると、農業経営の持続可能性における経済性とは生産性や収益性、効率性を指し、環境性とは自然環
境や地域環境に関わる面であり、社会性とは社会的受容や社会的貢献に関わる面であるとされている。
2)分析方法
2-1)調査地概要
本研究が対象とする鮫川村は、福島県の南端、東白川郡の北東部に位置する農山村である。標高は
400~600m で起伏が多く、全面積の 76%が森林原野である。平均気温は 10℃、年間降水量は 1,200~
1,500mm 程度で、積雪量の少ない高原性の気候である。2014 年の住民基本台帳によると、人口は 3,960
人であり、世帯数は1,154世帯である。老年人口は1,224人であり、割合は30.9%に上る。基幹産業は農業
であり、農業世帯比率は 64.7%(2009 年)と県内で最も高く、肉用牛繁殖や養豚などの畜産を中心に稲作や
トマト、インゲン、シイタケ等の栽培を組み合わせた複合経営が主体である。
2-2)調査方法
2014 年 9 月から 11 月にかけ、鮫川村役場への聞き取り調査と、村内の農家を対象とした対面式のアン
ケート調査を行った。そのうえで、代表的な農家に対して聞き取り調査を行った。
2-3)分析の枠組み
本研究ではまめ達事業に対して持続可能性の観点から分析を加える。まめ達事業における持続可能
性の各構成要素に関して、経済性は事業の収益性や参加者への経済的効果を、環境性は村の自然環
境や農地環境に関する面を、社会性は村内での社会的な効果に関わる面であると考える。
3.まめ達事業
1)事業の進展
1-1)事業の経緯
鮫川村では 2003 年に近隣 2 町との合併が検討されたが、住民投票の結果合併反対が 71%を占め、鮫
川村は合併しない単独市町村としての道を歩むこととなった。そして同年 9 月、新たな村長は村づくりの
目標として次の 3 点を掲げた。1 点目は「農業、地場産品の振興により村を活気づけること」、2 点目は「高
齢者の生きがい、健康づくり」、3 点目は「特産品の開発」である。これらの目標を達成するための事業とし
て村は「まめで達者なむらづくり事業」を開始した。この事業は大豆とエゴマの生産奨励、手・まめ・館(以
下、手まめ館)の開設など様々な事業をあわせた事業を指す事業であるが、本研究では、主要な事業で
ある大豆の生産奨励事業について取り上げる。
鮫川村が生産奨励を行う作物として大豆を選択した理由は 3 点あった。1 点目は高齢者でも生産が容
易なこと、2 点目は鮫川村には大豆の栽培技術を持つ高齢者が多くいたこと、3 点目は、大豆は幅広い加
工が可能であり商品開発による新しい産業が創出できることである。
1-2)事業概要と進展
まめ達事業は、大豆栽培面積が 30a 程度以下の 60 歳以上の高齢農家を対象に実施されている。この
事業は高齢者の健康づくり、生きがいづくりを目的として 2004 年から開始された。村は希望者にイソフラ
ボンの含有量が既存種の 1.5 倍以上ある「ふくいぶき」の種子を安価に販売し大豆を栽培してもらう。年度
のはじめに希望者に対しふくいぶきの種子を 100 円/kg と市場価格の 5 分の 1 の価格で販売する。参加
農家は購入した種子を用い、自家の圃場で大豆を栽培する。村は農家の技術向上のために年に 1 回の
研修会の開催や栽培歴の配布を行っている。研修会では大豆栽培研修以外にも健康づくりに関する勉
強会や参加農家同士の懇親会も合わせて行われる。また、年度の初めに配布される栽培歴によって、大
豆栽培経験のない農家でも栽培が可能になっている 。
また、村は県の補助金の交付を受けて大豆脱粒機と選別機を購入し大豆栽培作業の受託システムを
整備した。これにより重労働である脱粒・選別作業に対して村が作業補助を行うことが可能になり、参加農
家の栽培の手間が大きく削減された。
参加農家が受け取る所得としては、大豆の販売による所得と補助金がある。2006 年度の鮫川村での大
豆買い取り価格は同年度の福島産ふくいぶきの入札価格より 1.5 倍から 2 倍ほどと高く設定されている。
補助金には、経営所得安定対策による補助金と、村独自の補助金がある。村は大豆を経営所得安定対策
品目に指定したため、田に大豆を作付している農家は国の補助金を受け取ることができる。まず、面積支
払として 10a ごとに 3 万 5,000 円受け取ることができ、加えて等級別に交付金を受け取ることができる。村
独自の補助金として、初年度は全参加農家に生産奨励金を支払い、2008 年度は 60 歳以上の栽培者に
長寿祝い金を加算した。
村によって高値で買い上げられた大豆は、手まめ館によって市場価格で買い取られる。そして粒の大
きさごとに再選別された後、大きさに応じて適した大豆製品に加工され、販売される。2010 年度の手まめ
館での大豆利用計画は、年間 31t であった。手まめ館での大豆製品等の売り上げは、2006 年度は 2348
万円であった。2009 年度以降は 4,000 万円から 5,000 万円の売り上げが発生している。
2010 年度、2011 年度は大豆集荷量が手まめ館で使う分を上回る「豆あまり」が生じたため、2011 年度、
2012 年度は大豆の買い取り制限を行った。しかし、2012 年に村では大規模な連作障害が発生し、2013
年度以降大豆集荷量が減少した。この連作障害に対しては 2013 年度から本格的に対策が行われ、村は
地力回復のためにえん麦すき込みの奨励・補助を行った。また、村は農家が水田にえん麦を作付した場
合には産地交付金として 10a あたり 1 万円が受け取れるようにした。
鮫川村における大豆生産状況の推移は表3-1の通りである。参加農家数は 2008 年を、栽培面積は
2010 年を、集荷量は 2009 年をそれぞれピークに減少傾向にある。また、反収は年によりばらつきがあっ
た。まめ達事業への参加農家は、連作障害発生以後大きく減少し、回復には至っていない。近年の 1 戸
あたりの大豆栽培面積は 15a となっており、非常に小さい。
表3-1 鮫川村における大豆生産状況
村全体
参加戸数
大豆栽培
(戸)
面積(ha)
2004
102
2005
えん麦栽
10a あたり
買上げ収
買上げ金
量(t)
額(万円)
5.52
7.2
228.4
135
10.25
16.4
2006
170
14.2
2007
166
2008
1 戸あたり
買上げ金
栽培
買上げ収
額(万円)
面積(a)
量(kg)
130.4
4.1
5.4
70.6
396.6
160.0
3.9
7.6
121.5
15.7
606.9
110.6
4.3
8.9
92.4
16.31
21.2
799.3
130.0
4.9
9.8
127.7
172
19.75
26.1
1109.8
132.2
5.6
11.5
151.7
2009
170
21.31
37.3
1630.7
175.0
7.7
12.5
219.4
2010
162
23.79
32.76
1306.1
137.7
5.5
14.9
202.2
2011
142
23.3
34.6
1056.3
148.5
4.5
16.4
243.7
2012
121
18.69
28
840.6
149.8
4.5
15.5
231.4
2013
52
8.21
9.1
14.2
380.6
173.0
4.6
15.8
273.1
2014
65
10
9.1
14.7
435.1
147.0
4.4
15.4
226.2
年度
培面積
(ha)
収量(kg)
2015
58
10.04
3.5
15.1
590.8
150.4
5.9
17.3
260.3
出典:鮫川村資料より筆者作成
4.分析
1)経済性
事業全体の収益性、参加農家への経済効果が経済性の効果であると考える。
まず事業全体の収益性や費用対効果について述べる。まめ達事業の予算である大豆振興対策予算と、
事業の効果のひとつと考えられる手まめ館での大豆製品等売り上げを比較した表が表4-1である。表よ
り、売り上げは予算よりも多く、ある程度の費用対効果が認められると考えられるであろう。
表4-1 まめ達事業の予算と大豆製品等売上げ額
年度
大豆振興対策事業費(万円)
大豆製品等売上げ(万円)
2009
1008.4
4688.1
2010
1477.5
5194.2
2011
1247
5663.5
2012
1212
5487.8
2013
676
4999.3
2014
606
5210.1
2015
673
5379.0
出典:鮫川村農林課資料より筆者作成
注:大豆製品等にはしょうゆ等大豆加工食品と、えごま鶏などの特産品も含まれる。
次に参加農家への経済効果について述べる。まめ達事業で大豆を生産した場合、平均して 10a あたり約
4 万円の所得が得られる。まめ達事業の参加農家の平均栽培面積は約 15a であるため、平均すると約 6
万円の所得が得られると考えられる。他地域や他の品目と比較したものが表4-2である。
表4-2 まめ達事業での大豆生産と他品目との比較
10a あたり
粗収益
(万円)
1 時間あたり
所得(万円)
労働時間(時間)
所得(千円)
鮫川村
5.44
4.08
32.4
1.3
都府県(0.5ha 未満)
1.81
0.45
27.72
0.16
露地はくさい
32.1
26.4
77.71
3.4
露地なす
180.3
159.8
969.1
1.65
露地じゃがいも
13.2
9.5
27.1
3.51
鮫川村
0.84
大豆
野菜
えん麦
(0.14~0.19)
-燃料費
6
(0.23~0.31)
-燃料費
出典:鮫川村についてはアンケート調査から、それ以外は農林水産省「農業経営統計調査 平成 24 年度農産物生産費、平
成 19 年度品目別経営統計」より筆者作成
注 1:鮫川村の大豆の粗収益には経営所得補償金を含まない。また、この数値は 2013 年度の鮫川村資料を用いて算出し
た。
注 2:えん麦の粗収益は産地交付金を含まない。労働時間は飼料稲裏作えん麦のそれより推定した。
表から、まめ達事業で大豆を栽培した場合、他地域の大豆作と比較すると非常に高い所得と時間当た
り所得が得られることがわかる。一方、鮫川村での主要な野菜の品目と比較するとまめ達事業で得られる
所得は大きくない。また、えん麦と比較すると大豆は労働時間が長く、手間を厭う生産者は大豆の生産の
再開をためらう可能性がある。
2)環境性
まめ達事業での環境性として、農地保全の効果を考える。まめ達による大豆とえん麦の栽培によって農
地が農地として保全されたと考え、合計の栽培面積の推移を見る。表3-1に示したように 2010 年の
23.79ha をピークに、合計の栽培面積は減少傾向にあることがわかり、農地保全の効果は大きくないと考
えられる。また、まめ達事業では多くの農家に参加してもらうため、1 戸あたりの栽培面積を最大 30a 程度
に制限している。そのため効果が拡大しづらく、限定的であると言える。
3)社会性
社会性に関する効果として、参加農家に与えた効果を考える。農家が参加前に期待した点と、参加後
の満足度について調査を行った。結果は図4-1の通りである。
図4-1 参加前期待と参加後満足の平均点の比較
出典:アンケート調査より筆者作成。(n=)は各質問の回答者数(参加前,参加後)。
注1:0:まったく期待(満足)しなかった、1:どちらかというと期待(満足)しなかった、2:どちらかというと期待(満足)した、3:とても
期待(満足)した中で回答を得た。
注2:項目の点数は平均点で表している。
注3:「新しい知り合い」は新しい知り合いとの交流を、「土地の活用」は、耕していない所有地の有効活用を、「時間」は時間
の有効活用を、「家計」は家計の足しになることをそれぞれ指す。
この図からまめ達事業が参加者に与えた社会的な影響について 3 点挙げられる。
1 点目は当初の目的であった健康増進への意識が高くないことである。参加経験農家の健康増進への
参加前期待、参加後の満足度は高くない。農家は当初の事業の目的のひとつの健康づくりを意識して参
加したわけではなく、現在も健康への効果を実感しているわけではないと考えられる。2 点目は参加前後
の期待と満足の差である。参加前は、農家は村の活性化や経済的なメリットを期待して参加したが、参加
後は特に知り合いとの交流に満足していることがわかる。3 点目は全体的に期待度や満足度が低いという
ことである。参加農家は事業の何らかの効果を期待して参加したということではなく、かつ、参加後も何か
しらの効果を強く実感しているのではないと推測される。
以上より、まめ達事業の効果は参加農家には強く実感されていないが、実感されている効果としては知
り合いとの交流効果が大きいと考えられる。また、連作障害の発生した 2012 年度以降参加農家数は減少
しており、村全体としてのまめ達事業による社会的な効果は限定的だと考えられる。
5.考察
まめ達事業への参加農家の減少は、様々な問題を引き起こしている。1 点目は村全体に与える社会的
効果の持続性を損なっているということである。参加農家の減少は「多くの農家に参加してもらうことによっ
てお年寄りを元気にする」という事業目的の実現を困難なものとする。2点目は、特産品を十分に作るだけ
の大豆を確保できていないことである。大豆の栽培面積が制限されていることに加え、参加農家が減少し
たため、大豆の収穫量は年間約15tとなり、大豆製品製造のための必要量(年間約30t)に対して不足して
いる。そのため、まめ達事業の経済的効果の持続性も損なっている。3 点目は、農地保全の効果の減少
である。参加農家の減少によって大豆およびえん麦の栽培面積が減少し、まめ達事業が与える環境性の
効果を損なっている。
参加農家が減少した要因としては次の 2 点が重要であると考えられる。1 点目は、連作障害の発生が大
豆作付面積の減少、そして参加農家の意欲の低下を招いた。2 点目は、大豆栽培が野菜やえん麦に比し
て魅力が高いとは必ずしも言えないことである。大豆と比較すると、野菜は時間当たり所得が高く、えん麦
は面積当たり労働時間がかからない。そのため、野菜作によって経済性を追求する農家、および、連作
障害対策としてえん麦作を導入した農地保全を追求する農家が、大豆生産に参加することは考えにくい。
したがって、大豆生産が抱える技術的、経済的問題が連作障害によって顕在化し、結果としてまめ達事
業への参加者の減少を招いたと考えられる。本来ならば、事前に輪作などの農法や技術的対策の検討
が必要であったと考えられる。また、新たな参加農家の拡大や、えん麦栽培から大豆栽培に復帰を促進
するための制度設計の検討も必要である。
ただし制度設計に際しては、参加者が何を期待して参加しているのかを把握し、それを実現できるよう
な制度を設計することが重要であると考えられる。参加前後のまめ達事業への期待と満足についての調
査では、「村の活性化」は参加前の期待は全項目のうち最も高く、参加した農家が村の活性化への貢献を
期待し参加したことが明らかとなった。しかしながら、参加後の満足度が小さくなっている。参加農家は事
前には村の活性化に自身が寄与することを期待して参加したものの、参加後に自身の寄与を実感し難か
ったものと思われる。参加農家の意欲を高め、大豆栽培を継続してもらうためには、参加者の期待を把握
しそれを実現するような施策が有効であると考える。
参考文献
小田切徳美『農山村再生の実践』農山漁村文化協会,2011 年.
木南章“水田作経営における持続可能性の論理,”木村伸男・木南章編『新たな方向を目指す水田作経
営』農林統計協会出版,2006 年,pp.199-207.
木南章“水田農業の持続可能性と経営管理問題,”『共済総合研究』第 54 巻,2009 年,pp.6-18.
槇平龍宏“都市・農村格差拡大の進行と農村地域経済振興,”『改革時代の農業政策‐最近の政策研究レ
ビュー‐』農林統計出版,2009 年,pp.263-284.
宮本憲一『環境経済学』岩波書店,1989 年.