日本工業大学研究報告 第 45巻 第 1号 (平成 27年6月) Report of Researches, Nippon Institute of Technology, Vol.45, No.1 (June, 2015) 修士論文概要 金および銀メッキスリップリングと銀黒鉛質ブラシを用いた電気摺動接触特性† 渕本 美布佑* (2015 年 3 月 18 日受理) Effect of the Electrical Contact Resistance of the Sliding Contacts Between a Gold and Silver -Coated Slip Ring and the Ag/C Brush Mifuyu Fuchimoto 図 2 に摺動実験回路を示す.直流電源から正ブラシを介 1 はじめに し,スリップリングおよび負ブラシへ通電する.スリップ 電気摺動接触機構は,静止物体から回転体または移動体 リングと負ブラシ間の接触電圧降下測定には,ペンレコー への電流を通電する機構である(1).主にモータやスリップリ ダと計測用ソフト LabVIEW を用いた.また電動機入力差 ングシステム,電気鉄道のパンタグラフとすり板などで使 法で摩擦係数を算出するため,スリップリング駆動用誘導 用される.産業界では,大形直流機における整流子とカー 電動機の有効電力を測定した.実験前後には,ブラシの長 ボンブラシの摺動接触機構に多数使用されてきた. しかし, さおよび重量を測定し,摺動前から摺動後の差を算出する 近年では,小型モータで使用されることが多くなった.ま ことでブラシ摩耗量を求めた. た,風力発電機のナセル内部において電流通電のためにブ 実験中は,スリップリングとブラシを恒温恒湿容器内に ラシが使用されている.現在においてもブラシ・整流子・ セットし,その内部を任意の雰囲気温度 (-15℃,0℃, 20℃) スリップリングの使用範囲は広い.このように,移動物体 に設定した. 表 1 に実験条件を示す. への電力およびデータ伝達にブラシは必要不可欠となって おり,接触信頼性,メンテナンスフリーや長寿命化の向上 が求められている. しかし,技術が発達した現在においても万能ブラシは開 図 1 実験機概観 発されていないのが現状である. 本研究では,ブラシ材料として,銀黒鉛質ブラシの銀含 有率を変化させた試料 5 種類を用いた.また,スリップリ ング材質として,銀メッキスリップリングおよび金メッキ スリップリングを用いた.これらの材料を用いて,摺動実 験を行い,摺動接触特性の解明および最適なブラシを見い だすことを目的とした. 本報告では,各実験条件において,接触電圧降下,摩擦 係数,ブラシ摩耗の測定およびスリップリング・ブラシの 図 2 実験回路 表面観測を行い検討・考察する. 表 1 実験条件 2 実験方法および実験条件 図 1 に摺動実験機の概観を示す.恒温恒湿チャンバー内 にブラシとスリップリングをセットし,スリップリングを 回転させることで,摺動接触が可能である. _____________________________________________________________________________________________________________________________________________________ 本研究の一部は International Conference on Electrical Contacts ICEC2014 (2014 年 6 月 24 日)において発表した * 電子情報メディア工学専攻 2138007 上野研究室 † 157 日本工業大学研究報告 第 45巻 第 1号 (平成 27年6月) Report of Researches, Nippon Institute of Technology, Vol.45, No.1 (June, 2015) 3 実験結果 3.1 銀メッキスリップリングを用いた摺動接触特性 図 3 から図 5 に銀メッキスリップリングとの摺動におけ る銀黒鉛質ブラシの各銀含有率変化に対する接触電圧降下 を雰囲気温度別に示す.接触電圧降下は,ブラシの銀含有 率 50%が最大となり,ブラシの銀含有率が高くなるにつれ て,接触電圧降下が低くなる傾向がある(2).銀含有率 90% 図 6 雰囲気温度-15℃における摩擦係数特性 の場合が接触電圧降下が最も低いことがわかる. (銀メッキスリップリング) 各雰囲気温度において,ブラシの銀含有率 50%では接触 電圧降下が摺動開始直後に上昇傾向を示した. これに対し, ブラシの銀含有率 60%,70%,80%,90%では実験開始か ら終了まで終始安定する傾向を示した. 図 7 雰囲気温度 0℃における摩擦係数特性 (銀メッキスリップリング) 図 3 雰囲気温度-15℃における接触電圧降下特性 (銀メッキスリップリング) 図 8 雰囲気温度 20℃における摩擦係数特性 (銀メッキスリップリング) 図 9 に銀メッキスリップリングの摺動における銀黒鉛質 ブラシの各銀含有率変化によるブラシ摩耗量を示す.各雰 図 4 雰囲気温度 0℃における接触電圧降下特性 囲気温度の条件により多少の違いはみられるが,ブラシ摩 (銀メッキスリップリング) 耗量はブラシ銀含有率 90%のとき最も多い.次いでブラシ 銀含有率 80%,60%,70%,50%となった.これは,ブラ シ銀含有率 90%では,ブラシに含まれる銀の含有率が高い ために,銀メッキスリップリングと同種金属同士の摺動と なり,ブラシ摩耗が増加したと考える. 図 5 雰囲気温度 20℃における接触電圧降下特性 (銀メッキスリップリング) 図 6 から図 8 に銀メッキスリップリングの摺動における, 銀黒鉛質ブラシの各銀含有率変化による摩擦係数を雰囲気 温度別に示す.雰囲気温度-15℃では 300min 辺りまで,雰 図 9 各雰囲気温度におけるブラシ摩耗量特性 囲気温度 0℃では 450min 辺りまで,雰囲気温度 20℃では (銀メッキスリップリング) 600min 辺りまで, 激しく変動を繰り返しながら上昇傾向を 3.2 示した. 金メッキスリップリングを用いた摺動接触特性 図 10 から図 12 に金メッキスリップリングとの摺動にお ける銀黒鉛質ブラシの各銀含有率変化による接触電圧降下 を雰囲気温度別に示す.接触電圧降下は,各雰囲気温度に 158 日本工業大学研究報告 第 45巻 第 1号 (平成 27年6月) Report of Researches, Nippon Institute of Technology, Vol.45, No.1 (June, 2015) おいて,銀メッキスリップリングとの摺動と同様にブラシ の銀含有率 50%が最大となり,ブラシの銀含有率 90%が最 も低い結果となった. ブラシ銀含有率 90%は,実験開始直後から終始安定する のに対し,ブラシ銀含有率 50%では上昇,下降を繰り返す 傾向を示した. 図 13 雰囲気温度-15℃における摩擦係数特性 (金メッキスリップリング) 図 10 雰囲気温度-15℃における接触電圧降下特性 (金メッキスリップリング) 図 14 雰囲気温度 0℃における摩擦係数特性 (金メッキスリップリング) 図 11 雰囲気温度 0℃における接触電圧降下特性 (金メッキスリップリング) 図 15 雰囲気温度 20℃における摩擦係数特性 (金メッキスリップリング) 図 16 に金メッキスリップリングとの摺動における銀黒鉛 質ブラシの各銀含有率変化による摩耗量を示す.ブラシ摩 耗量は,各雰囲気温度において,ブラシ銀含有率 90%が最 も多く,次いでブラシ銀含有率 50%,70%となった.これ 図 12 雰囲気温度 20℃における接触電圧降下特性 は,摺動後の金メッキスリップリング表面に,潤滑剤とな (金メッキスリップリング) るカーボン皮膜が生成し,摩擦係数が低くなったことと関 図 13 から図 15 に金メッキスリップリングとの摺動にお 連づけることができる. ける,銀黒鉛質ブラシの各銀含有率変化による摩擦係数を 雰囲気温度別に示す.各雰囲気温度において,摩擦係数は ブラシ銀含有率 90%が最も高く, 次いでブラシ銀含有率 70%, 50%という結果になった. 銀メッキスリップリングとの摺動結果と比較すると,金 メッキスリップリングは銀メッキスリップリングに比べ, 摩擦係数の変動が少ない結果となった.これは,カーボン 図 16 各雰囲気温度におけるブラシ摩耗量特性 皮膜がスリップリング表面に生成されやすく,潤滑性が良 好であると考えられる. (金メッキスリップリング) 4 検討・考察 4.1 銀メッキスリップリングについて 図 17 に銀メッキスリップリングとの摺動における接触電 圧降下とブラシ摩耗量のまとめを示す.ここで接触電圧降 159 日本工業大学研究報告 第 45巻 第 1号 (平成 27年6月) Report of Researches, Nippon Institute of Technology, Vol.45, No.1 (June, 2015) 下が低く,摩耗量が少ないブラシは,ブラシ銀含有率 70% であることがわかる.接触電圧降下は,ブラシの銀含有率 接触電圧降下 90%が約 0.003V と最小の値であるが,ブラシ摩耗量は約 摩耗量 0.05cm3 というように極めて多い傾向がある.これは,ブラ シ銀含有率 90%では,摺動中のスリップリング表面に潤滑 剤となるカーボ皮膜が付着しにくい特徴があるためと考え られる. 接触電圧降下が,ブラシ銀含有率 50%と 90%に約 0.1V 図 18 金メッキスリップリングとの摺動における の大きな差がある原因として,スリップリング表面に生成 されるカーボン皮膜が関係している. ブラシの銀含有率 50% 接触電圧降下とブラシ摩耗量のまとめ では摺動後のスリップリング表面に厚くカーボン皮膜が生 5 まとめ 成されるのに対して,ブラシの銀含有率 90%では極めて薄 いカーボン皮膜が生成されているためと考えられる. 本研究により,以下のことが明らかとなった. 以上のことから,銀メッキスリップリングに対する銀黒 (1) 金メッキスリップリングを用いた場合,銀メッキス 鉛質ブラシの摺動特性から,接触電圧降下,ブラシ摩耗量 リップリングと比較すると,接触電圧降下は 0.01V ともに低く抑えられるブラシは,銀含有率 70%であるとい ほど高くなるが,ブラシ摩耗量は 1/2 程度になる. (2) 接触電圧降下は,ブラシ銀含有率が多くなるほど, える. 値が低く変動振幅も小さい.ブラシ銀含有率 90%で は接触電圧降下は約 0.004V と低い.しかし,ブラシ 摩耗量はブラシ銀含有率 50%と比較し,銀メッキス 接触電圧降下 リップリングでは約 0.05cm3 増加,金メッキスリッ 摩耗量 プリングでは約 0.02cm3 増加と極端に多くなる. (3) ブラシ銀含有率 50%のようにカーボン皮膜の生成が 厚いと,銀含有率 90%と比べ接触電圧降下が約 0.1V ほど高くなるが,摩耗量は 0.02~0.05cm3 ほど少な くなる.このことから,カーボン皮膜は,接触電圧 図 17 銀メッキスリップリングとの摺動における 降下の高低やブラシ摩耗の増減に大きく関わる. 接触電圧降下とブラシ摩耗量のまとめ 4.2 金メッキスリップリングについて 以上より,銀メッキスリップリングを用いた場合,金 図 18 に金メッキスリップリングとの摺動における接触電 メッキスリップリングを用いた場合共に,周囲環境に関 圧降下とブラシ摩耗量のまとめを示す.接触電圧降下が低 わらずブラシ銀含有率 70%が接触電圧特性,ブラシ摩耗 く,ブラシ摩耗量が少ないブラシは,ブラシ銀含有率 70% 特性ともに低く抑えられるブラシであることを見出した. であることがわかる.ブラシ銀含有率 90%の接触電圧降下 は約 0.005V と低いがブラシ摩耗量が約 0.02cm3 と多い点 参考文献 や,ブラシ銀含有率 50%と 90%の接触電圧降下に約 0.1V の大きな差がある点は,銀メッキスリップリングの摺動と (1) 一木利信”電機用ブラシの理論と実際”コロナ社 1978 同様な原因と考える. (2) Barnawi Emad“The Effect of Various Atmospheric 以上のことから,金メッキスリップリングに対する銀黒 Temperature on the Contact Resistance of Sliding 鉛質ブラシの摺動特性から,ブラシ銀含有率 70%の条件が Contacts on Slip Ring and Silver Graphite Brush” 最適と考える. Proc IEEE Holm Conf Electr Contacts 2003 銀メッキスリップリングとの摺動結果と比較すると,全 審査委員(主査) 准教授 体的に接触電圧降下は約 0.01V 高く,ブラシ摩耗量は 1/2 指導教授 審査委員(副査) 教授 青柳 稔 と少ないことがわかる.これは,潤滑剤となるカーボン皮 審査委員(副査) 教授 吉田 清 膜が金メッキスリップリング表面に生成されやすい特徴か 審査委員(副査) ら,接触抵抗が増加したため,接触電圧降下の値が上昇し たと考える.また,カーボン皮膜が厚く生成されたため, 潤滑効果が増したことで,ブラシ摩耗量が減少したと関連 づけることができる. 160 上野 貴博 澤 孝一郎
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