事例に学ぶ有機柑橘栽培のポイント - 有機農業をはじめよう!|有機

事例に学ぶ有機柑橘栽培のポイント
藤 田 正 雄 ( NPO 法 人 有 機 農 業 参 入 促 進 協 議 会 )
はじめに
『 有 機 栽 培 技 術 の 手 引 〔 果 樹 ・ 茶 編 〕』( 日 本 土 壌 協 会 2013) に よ る と 、 果 樹 の 有 機
栽培上の課題として、
① 果樹は永年性作物、適地適作・適品種が不可欠
② 温帯湿潤気候に適した果樹の種類は少ない
③ 果 樹 は 水 稲・野 菜 に 比 べ 栽 培 歴 が 浅 く 、有 機 栽 培 に 関 す る 研 究 蓄 積 は 皆 無 に 等 し
い
④ 化学肥料・化学合成農薬の使用を前提に構築されてきた果樹の標準栽培体系
⑤ 栄養生長と生殖生長の調和を図るための技術開発の方向性と考え方の違い
⑥ 用途により品質評価が異なり、外観品質が重視される傾向が強い果実
⑦ 鳥獣害を受けることが多い
をあげている。これら 7 項目のなかには、慣行栽培にも通じる課題も多く含まれてい
る。
有 機 農 業 で 栽 培 す る 場 合 に 重 要 と な る の は 、我 が 国 の 技 術 開 発 が 化 学 肥 料・化 学 合 成
農 薬 の 使 用 を 前 提 に 進 め ら れ 、有 機 農 業 で の 研 究 蓄 積 が 皆 無 に 等 し い こ と 、植 物 生 長 調
整剤で栄養生長と生殖生長のバランスを図ろうとする慣行栽培とは技術の考え方が異
なることである。
こ こ で は 、2012 年 か ら 15 年 ま で 佐 賀 県 、愛 媛 県 、和 歌 山 県 、静 岡 県 と 4 回 に わ た り
実 施 し た「 有 機 農 業 実 践 講 座
柑 橘 栽 培 」で 紹 介 さ れ た 有 機 農 業 の 実 施 事 例 を も と に 、
栽 培 上 の 考 え 方 、土 づ く り 、病 害 虫 対 策 、販 路 の 開 拓 な ど に つ い て そ の ポ イ ン ト を 整 理
する。
1. 有 機 栽 培 の 考 え 方
早 藤 ( 2012) は 、「 変 わ ら ぬ 信 念 を 維 持 し 事 業 を 継 続 す る こ と で 、 周 囲 の 理 解 と 信 用
が 深 ま る と 信 じ て い る 。健 康 、環 境 保 護 、と い う 言 葉 を 大 上 段 に 構 え る こ と な く 、自 然
の 懐 に 抱 か れ 融 合 す る 、ス ロ ー で も 堅 実 な 意 識 の 行 動 が 、笑 顔 と 健 康 を も た ら し 、環 境
の 保 全 、将 来 の 心 豊 か な 暮 ら し に も 役 立 つ よ う に な る 」と 考 え 、父 親 か ら 受 け 継 い だ 有
機農業を実施している。
菊 池( 2012、2015a)は 、自 分 や 家 族 、雇 用 者 の 健 康 と 周 辺 環 境 へ の 配 慮 、
「消費者に
安 全・安 心 な 農 産 物 を 届 け た い 」と の 思 い と 技 術 的 な 蓄 積 か ら 、有 機 農 業 に 転 換 し た 。
そ し て 、病 害 虫 の 対 策 が で き な い と 有 機 栽 培 で の 経 営 は 不 可 能 と し 、園 内 の 土 壌 環 境 、
とくに物質循環が大切であると考え、土壌微生物のはたらきによる植物の健全な生育
が 重 要 で あ る と 考 え て い る 。ま た 、外 観 、食 味 な ど の 品 質 が 慣 行 農 産 物 に 劣 ら な い も の
を 目 指 し 、土 づ く り や 施 肥 管 理 を 行 っ て い る 。ま た 、栽 培 環 境 の 整 備 に 努 め 、受 光 、排
水、通風などの園地の条件を改善している。
佐 藤( 2015a)は 、
「 栽 培 す る 側 か ら み た ら 毎 年 が 1 年 生 。い ま で も 発 展 途 上 で 、毎 年
-1-
-2-
出典
販売先
加工
栽培の特徴
認証の種類など
主な品目
労働力
丹下(2013)
直販、流通業者へ出荷
ジュース(委託)、規格外品や果
皮を原料に柑橘精油・アロマオ
イル(農商工連携助成事業の
利用)
光合成に必要なミネラルの施用
とバランスに留意。
ボカシは、魚粉や醤油粕を中心
にアミノ酸の多い原料を指示し
て外注。
摘果した果実はアロマオイル製
造の原料として供給。
雑草草生を行い、基本は年4、5
回の草刈り。
有機JAS認証
温州ミカン、伊予柑、不知火、
甘夏、はるみなど
家族(男性)2名
夫婦2名
2ha
岩本 治
和歌山県海南市
宮井(2014)
販売店直売
老木の改植を進める。
草生栽培を基本に、春草は倒
し、夏草は6~10月までに2~3
回刈る。
11月に米糠、乾燥おから、生魚
粗ミンチなどを原料としたボカシ
を、4月に食物残渣を好気性の
放線菌などで発酵させたHDM
堆肥を施用。
有機JAS認証
岩本(2014)
ネット個人販売
味を重視し、日光が樹の懐まで
入るように整枝・剪定。
堆肥は投入せず、春、秋に草を
生やすことで枯れ草による土づ
くり。
発酵が進んだ魚主体のぼかし
肥料を5月に施肥。
両親・本人の3名
3.2ha
長畠弘典
広島県尾道市
レモンを施設で有機栽培。
雑草およびナメクジ、ヨトウムシ
対策で、ニワトリを園内に放し
飼い。
新田(2012、2013a、2013b)
長畠(2013)
らでぃっしゅぼーや、大地を守る インターネットによる直売、仲卸
会、かごしま有機生産組合
等の業者へ販売
規格外品をジュース(委託)
草生栽培。
裏山の土着微生物を使い、原
料として米糠、魚粉、油粕、醤
油粕、ビート粕などを利用し、自
家製ボカシを製造。
剪定により風通しを良くし、病害
枝葉・枯枝を除去すると共に、
樹や園地をよく観察して病害の
早期発生段階で駆除。
無(減農薬、無農薬)
不知火、河内晩柑、温州ミカ
レモン、温州ミカン、不知火、は
ン、大橘、グレープフルーツ、レ るみなど
モン、せとかなど
家族(男性)2名
2.5ha
新田農園
熊本県水俣市
県認証の特別栽培(農薬は、慣 有機JAS認証(一部)
行栽培の4割程度)、無農薬
温州ミカン、伊予柑、ネーブル、 温州ミカン、不知火など
清見など
父・妻・本人の3名
表1 柑橘栽培農家の概要
農園名
丹下隆一
みやい園
栽培地
愛媛県今治市
和歌山県有田市
1.5ha(果樹園53aおよび苗木育 1.6ha
経営規模
成地、有機野菜畑)
-3-
出典
販売先
加工
栽培の特徴
認証の種類など
主な品目
労働力
4.8ha
早藤果樹園芸
神奈川県湯河原町
5ha
菊池農園
愛媛県八幡浜市
30ha
佐藤農場
佐賀県鹿島市
役員5名、従業員14名(うち1名 夫婦と20名の雇用(うち15名正
研修生)
社員)
14ha
鶴田有機農園
熊本県芦北町
減農薬栽培、有機JAS認証
有機JAS認証
早藤(2012、2015)
古田(2014)
菊池(2015a、2015b、2015c)
個人直販、自然食品店、大地を 生協、通販、学校給食など
守る会、地域の旅館など
販売店直売、直接注文を受け
宅配
ジュース(委託)、ジャム(自家) ジュース(委託)
ジュース(委託)
鶴田(2015)
佐藤(2015a、2015b)
有機食品店、宅配、直売
ジュース、ドライフルーツ、各品
種のジャム、マーマレード、ミカ
ン酢と飲む酢、橙果汁、ミカンゼ
リー(自社)
園地を階段畑(テラス)方式に モグラA堆肥を3月、6月、9月の フルーツグラスとイタリアンライ
グラスの草生栽培。
整備し、受光、排水、通風など 年3回に分けて施用。
ミカン園の中に桜、カリン、ビ
の条件を改善。
ワ、ヤマモモ、ツバキ、トチノキ
隔年交互結実方式による整枝・
を防風林の代わりに植えて、生
剪定で、省力化を図るとともに、
態系の多様化を図る。
樹勢の調整と病害虫密度の低
養鶏専門農協の発酵鶏糞堆肥
減。
を春肥(2~4月)として使用。
有機JAS認証で認められている
農薬の使用。
有機JAS認証
労力配分と市場や販売店との
連携を長期間続けるため、園地
の標高差に合わせて品種を選
定。
整枝・剪定は技術力のない研
修生でも行えるようにマニュア
ル化。
馬糞、剪定屑、ジュース絞り粕、
魚粗、豆腐おから、米糠、鶏
糞、残飯などを原料に、自家堆
肥を種菌にして堆肥を製造。堆
肥は夏、秋の2回に表面施用。
有機JAS認証
草木堆肥、草生堆肥および粉
砕竹片を発酵させた堆肥を毎
年園地毎の生育状況に応じて
施用。
11月に米糠、乾燥おから、生魚
粗ミンチなどを原料としたボカシ
を、4月に食物残渣を好気性の
放線菌などで発酵させたHDM
堆肥を施用。
雑草草生。
有機JAS認証
温州ミカン、キウイフルーツなど 温州ミカン、甘夏、八朔、文旦、 温州ミカン、はるか、不知火、紅 温州ミカン、レモン、甘夏、はる 温州ミカン、不知火、甘夏、清
レモン、ブルーベリー、キウイフ マドンナ、甘平、甘夏、レモン、 か、不知火、せとか、ネーブル、 見、ハッサクなど
ルーツなど
キウイフルーツ、柿など
セミノール、みはや、津の輝、な
つみ、その他9品種
家族4名(男女各2名)と雇用1名 夫婦、常勤雇用2名、臨時雇用 夫婦と雇用2名(うち非常勤1
のほか、臨時雇用30人日/年 100人日/年、研修生300人日/ 名)、臨時雇用約250人日/年
年
表1 柑橘栽培農家
農園名
古果園
栽培地
和歌山県有田川町
3.3ha
経営規模
反 省 、毎 年 チ ャ レ ン ジ の 連 続 。昨 年 は こ う し た か ら と 、今 年 も 昨 年 ど お り の 作 業 を し て
も 通 用 し な い 。毎 年 、圃 場 で は 何 が 起 き る か わ か ら な い 。地 球 環 境 と の 共 生 、自 然 と の
共 生 、自 然 の 動 き を 作 物 と の 共 生 の 中 で 、自 分 自 身 が 判 断 で き る 感 覚 を 身 に つ け て 、仕
事 を 進 め て い く 。日 々 、地 球 の 自 然 に 生 か さ れ て い る と い う こ と を 肝 に 銘 じ 、自 然 と の
共 生 を い か に 確 立 し て い く か を 真 剣 に 考 え て い る 」「 自 然 に 逆 ら わ ず 、 自 然 に 戻 り 、自
然 に 学 び 、自 然 に 優 し い 農 業 の 理 念 の 基 に 、畑 に 行 き 作 物 と 話 し 合 う 。作 物 は 走 り 回 っ
た り 、歩 い た り す る こ と が で き な い の で 、今 は ど ん な 仕 事 を し た ら 作 物 の 手 助 け に な る
か を 考 え て 、作 物 が 元 気 に 楽 し く な る よ う な 仕 事 を し て 、人 が 作 物 に 対 し て 嫌 が る よ う
な こ と は し な い よ う に 、そ し て 作 物 か ら 恩 恵 を 受 け る よ う に し て い く 」と 栽 培 の 姿 勢 を
述べている。
こ こ で 紹 介 し た 10 件 の 柑 橘 栽 培 農 家 ( 表 1) が 有 機 農 業 を 始 め た き っ か け は さ ま ざ
まであるが、
「環境」
「 健 康 」を キ ー ワ ー ド に 、農 業 の あ る べ き 姿 を 見 定 め 、そ の 目 標 に
沿って、経営を維持・発展しながら努力を続けていることがうかがえる。
2. 園 地 環 境 を 考 慮 し た 植 栽
丹 下( 2013)は 、市 販 の 苗 木 に は 不 良 苗 も 混 在 し て い る の で 、良 い 系 統 の 春 芽 を 自 園
か ら 選 び 、自 分 で カ ラ タ チ 台 に 芽 接 ぎ を 行 い 、有 機 肥 料 で 苗 木 を 育 成 し て い る 。但 し 、
ミ カ ン ハ モ グ リ ガ の 防 除 を 徹 底 し な い と 良 い 苗 木 は で き な い の で 、1 年 目 だ け は 慣 行 栽
培で育てている。苗木育成時も窒素は抑制し、徒長枝が出ないように留意している。
菊 池 ( 2015b) は 、 省 力 化 と 園 地 環 境 の 改 善 に よ り 病 害 虫 の 抑 制 を 図 る た め 、 急 傾 斜
の 園 地 を ユ ン ボ で 4m 幅 、 高 さ 1∼ 1.5m の 階 段 畑 ( テ ラ ス ) 方 式 へ と 順 次 改 造 し て い
る。
適 地 適 作 ・ 適 品 種 を 栽 培 す る に は 、受 光 、排 水 、通 風 な ど を 考 慮 し た 園 地 環 境 の 整 備
が 不 可 欠 で あ り 、省 力 化 も 考 慮 し た 園 地 の 改 善 は 欠 か せ な い 。ま た 、永 年 作 物 で あ る た
め、苗木の選定も重要である。
3. 生 理 生 態 を 考 慮 し た 整 枝 ・ 剪 定
丹 下( 2013)は 、光 合 成 能 力 の 高 い 枝 を 残 す 考 え で 、結 実 状 況 を 見 て バ ラ ン ス を と っ
て い る 。密 植 樹( 下 枝 は 出 な い )よ り 、独 立 樹 に し て 光 を 入 れ た 方 が 剪 定 も 楽 で 良 い と
し て い る 。ま た 、窒 素 過 多 に な る と 徒 長 枝 が 多 く な り 病 害 虫 も つ き や す い の で 、施 肥 に
留意している。
岩 本( 2014)は 、畑 の 土 質 や 傾 斜 の 具 合 な ど 環 境 と 柑 橘 の 品 種 に よ っ て 植 栽 密 度 を 決
定 し 、剪 定 具 合 も そ れ に 準 じ て い る 。柑 橘 の 味 を 重 視 す る た め に 、樹 形 に は 神 経 質 に な
ら ず 日 の 光 が 樹 の 懐 ま で 入 る よ う に 整 枝・剪 定 を し 、枝 先 が し な る よ う な 柔 ら か い 樹 を
心掛けている。
早 藤( 2015)は 、技 術 力 の な い 研 修 生 で も 行 え る よ う に 作 業 性 を 考 え 、樹 冠 を 広 げ な
い こ と 、罹 病 部 位 の 除 去 を 基 本 に 、単 純 作 業 に 留 め る よ う に 整 枝・剪 定 を マ ニ ュ ア ル 化
し 、樹 高 は 3m 位 に 留 め て い る 。ま た 、隔 年 結 果 は 果 樹 の 習 性 と し て 受 け 入 れ 、そ れ を
織り込んだ経営を行っている。
菊 池 ( 2015b) は 、 主 幹 別 隔 年 交 互 結 実 方 式 を 実 践 し 、 病 害 虫 抑 制 と 単 収 の 向 上 ・ 安
定 並 び に 省 力 化 が 図 っ て い る 。主 幹 別 隔 年 交 互 結 実 方 式 と は 、1 年 ご と に 果 実 を 成 ら せ
る生産部と、枝ごと剪除(せんじょ)して果実を一切成らせない遊休部を 1 年置きに
-4-
設 け る 方 法 で 、果 実 を 全 部 残 し た 枝 は 弱 る の で 、翌 年 は 遊 休 部 の 枝 に 結 実 さ せ る よ う に
す る 剪 定 法 で 、剪 定 技 術 を 単 純 化 で き 、経 験 の な い 雇 用 労 働 者 で も 可 能 な 方 法 で あ る 。
園 地 が 分 散 し 大 規 模 で 栽 培 し て い る 佐 藤 ( 2015b) は 、 園 地 ご と に 隔 年 交 互 結 実 栽 培
を 行 っ て い る 。 遊 休 年 に は 親 指 大 の 枝 を 全 て 剪 除 す る の で 、 除 葉 率 が 60∼ 70%に も 達
す る こ と で 枯 れ 枝 が 全 て 剪 除 さ れ 、次 の 結 実 年 に は 黒 点 病 被 害 が 大 幅 に 低 下 す る 。さ ら
に 、そ う か 病 の 罹 病 葉 梢 、カ イ ガ ラ ム シ が 寄 生 し た 枝 や 葉 梢 、ミ カ ン ハ ダ ニ が 寄 生 し た
葉の大部分が剪除され、これら病害虫による被害が激減する、としている。
整 枝 ・ 剪 定 は 、病 害 虫 の 発 生 や 収 穫 量 に も 影 響 す る た め 、専 門 性 の 高 い 技 術 と さ れ て
い る が 、研 修 生 、雇 用 者 で も 行 え る よ う に マ ニ ュ ア ル 化 し た り 、容 易 な 方 法 を 採 用 し た
り す る こ と で 、新 規 就 農 者 の 育 成 や 規 模 拡 大 を 可 能 に し て い る 。し か し 、そ の 応 用 は 文
字 化 で き な い 部 分 が 多 く 、柑 橘 栽 培 を は じ め よ う と さ れ る 方 は 、直 接 農 家 の 指 導 を 受 け
ることを勧める。
4. 土 づ く り は 病 害 虫 対 策 の 基 本
こ こ で は 、土 づ く り を 基 本 と し た 病 害 虫 対 策 を 紹 介 し 、個 々 の 病 害 虫 へ の 取 り 組 み は
引用文献を参照されたい。
新 田( 2012)は 、土 づ く り の 考 え 方 を「 高 価 な 土 壌 改 良 材 を 投 入 し た り 、機 械 的 に 深
耕 し た り す れ ば 土 は 良 く な る と 思 う の は 、大 き な 間 違 い 。土 を 改 良 し て く れ る の は 、土
の 生 き も の 。農 家 の 仕 事 は 、微 生 物 の 棲 み や す い 環 境 を つ く る こ と 、発 酵 型 微 生 物 の 好
む 食 べ 物 と 棲 み か を 提 供 す る こ と で あ る 。草 生 栽 培 や 敷 き 草 な ど の マ ル チ を し て 、土 壌
生 物 の 棲 み や す い 環 境 に 整 え 、自 然 耕 耘 に よ り 作 物 の 根 を 深 層 へ 誘 導 し て 、土 を 団 粒 化
し て い く こ と が 大 切 で あ る 。土 壌 生 物 の 排 泄 物 や 死 骸 は 、作 物 の 栄 養 と し て 最 適 。有 機
質 肥 料・ボ カ シ 肥 料 は 、土 壌 中 の 微 生 物 の 密 度 を 高 め る 上 で 最 適 な 肥 料 で あ る 」と し て
いる。また、病虫害をこうむる前に植物そのものを健康に育てることを基本としてい
る。
菊 池( 2015a、2015b)は 、土 づ く り は 特 に 大 切 だ と 考 え 、改 造 園 地 で は 最 初 に 土 壌 団
粒 化 を 狙 い 2 年 間 で 3t の 完 熟 発 酵 鶏 糞 を 入 れ 、あ と は 入 れ な い 。た だ し 地 力 の 低 い 園
には、完熟豚糞堆肥をさらに 3 年腐熟させたものを 3 年に 1 回投入している。園地は
改 造 時 に 天 地 返 し を し て い る の で 有 効 土 層 は 深 く 、灌 水 は し て い な い 。有 機 栽 培 で は 細
根 が 広 が り 養 分 吸 収 範 囲 が 広 く 、葉 は 広 が り 光 沢 が あ る 。土 が で き る と 土 壌 が 軟 ら か く
な り 、 草 が 手 で 抜 け る よ う に な る 。 有 機 JAS 認 証 で 認 め ら れ て い る 農 薬 を 使 用 し 、 害
虫 の 密 度 を 下 げ る こ と で 、天 敵 に よ る 防 除 が 効 率 的 に な る と い う 。ま た 、病 害 虫 防 除 の
コ ツ は 、如 何 に 早 く 的 確 に 樹 、園 地 の 状 況 を 把 握 し て 、タ イ ミ ン グ よ く 手 を 打 つ か で あ
る と し て い る 。 有 機 JAS 規 格 で 許 容 さ れ た 農 薬 は 薬 効 も 低 く 効 力 が 短 時 間 の た め 予 防
的 散 布 は 無 意 味 で 、蔓 延 し て か ら で は 手 遅 れ に な る か ら で あ る 。過 去 7、8 年 に わ た る
失 敗 経 験 を も と に 、あ る 程 度 対 応 の で き る 防 除 体 系 が で き 、安 定 生 産 が 可 能 に な っ て い
る。
佐 藤( 2015a、2015b)は 、フ ル ー ツ グ ラ ス 、イ タ リ ア ン ラ イ グ ラ ス 、ヒ マ ワ リ 、菜 の
花の種を播き、草をなるべく刈らないようにしている。草生栽培で 1 年間に草の重量
は 10a あ た り 1t に な る 。剪 定 枝 も 粉 砕 し 、畑 で で き た 物 は 全 部 土 に 還 元 し て い る 。ま
た 、ミ カ ン 園 内 に 桜 、カ リ ン 、ビ ワ 、ヤ マ モ モ 、ツ バ キ 、ト チ ノ キ を 防 風 林 の 代 わ り に
-5-
植えて、生態系の多様化を図っている。
一 方 、 佐 賀 県 ( 2012) で は 、 温 州 ミ カ ン の 有 機 JAS 認 証 に 適 合 し た 防 除 体 系 を 整 理
し て い る 。こ の よ う な 情 報 が 、各 都 道 府 県 で 蓄 積・公 開 さ れ る こ と で 、有 機 農 業 に 取 り
組もうとする農家の増加を期待する。
5. 雑 草 を 土 づ く り に 活 用
こ こ で 紹 介 し た 10 件 の 事 例 ( 表 1) は 、 す べ て 草 生 栽 培 を 基 本 と し て い る 。
古 田( 2014)は 、春 草 は 除 草 せ ず に そ の ま ま 放 置 し て い る 。こ の こ と で 、ア ブ ラ ム シ
が草にとどまり、ミカン樹への寄生は少ないとしている。
早 藤 ( 2015) は 、 雑 草 刈 り は 刈 払 機 に よ り 年 間 5∼ 6 回 行 っ て い る 。 全 園 地 の 雑 草 刈
り は 一 巡 す る の に 約 40 日 か か り 、春 か ら 秋 に か け て は ほ ぼ 毎 日 他 の 作 業 と 一 緒 に 草 刈
り も す る 。刈 り 取 っ た 雑 草 は そ の 園 地 に 刈 り 敷 い て い る 。な お 、単 一 草 生 栽 培 は 味 や 病
害虫対策の面からはマイナスではないかと考えており、雑草草生栽培を行っている。
菊 池 ( 2015b) は 、 雑 草 が あ る と 湿 度 が 高 く 仕 事 に 支 障 が 出 る の で 、 雑 草 草 生 で は あ
る が 、 ハ ン マ ー モ ア で 年 に 4、 5 回 草 刈 り を し て い る 。
佐 藤( 2015b)は 、全 園 で フ ル ー ツ グ ラ ス の 種 子 を 11 月 に 播 種 し 、草 生 栽 培 を し 、草
を な る べ く 刈 ら な い こ と を 基 本 と し て い る 。春 先 に は 20cm 程 度 の 高 さ に な り 、そ の 後
ど ん ど ん 伸 び て く る が 、 4∼ 6 月 は そ の ま ま 伸 び 放 題 の 状 態 に し 、 棒 で 倒 し て い く だ け
に し 、こ れ に よ り 夏 草 が 生 え に く く な る 。8 月 下 旬 に 第 1 回 目 の 草 刈 を 行 い 、う ま く い
け ば そ の 後 は 草 刈 り を し な い 。以 前 は 年 5∼ 6 回 の 草 刈 り が 必 要 だ っ た が 、今 は 草 を 利
用した抑草対策をしている。
6. 規 模 に 応 じ た 販 路 を 確 保
柑 橘 栽 培 農 家 の 概 要( 表 1)に あ る よ う に 、各 農 家 は 経 営 規 模 に 応 じ て 販 路 を 開 拓 し 、
加工も手掛けている。
し か し 、販 路 を 確 保 で き る よ う に な る に は 、多 く の 苦 難 が あ っ た 。た と え ば 、新 田( 2012)
が 有 機 栽 培 を 始 め た 1970 年 代 は 、市 場 の 理 解 が 得 ら れ な か っ た 。佐 藤( 2012)が 始 め
た 1980 年 代 中 ご ろ か ら 1990 年 代 後 半 で も 、 消 費 者 の 理 解 が 得 ら れ ず 有 機 農 産 物 で あ
ることを価格に反映させることができず、経営的にも厳しい状況が続いたという。現
在 、再 生 産 可 能 な 価 格 で 取 引 を し て い る 農 家 で も 、有 機 農 業 へ の 転 換 初 期 に は 経 営 的 に
厳しい状況を克服し現在がある。
おわりに
前 述 の『 有 機 栽 培 技 術 の 手 引〔 果 樹・茶 編 〕』に は 、こ こ で 紹 介 し た 以 外 に も 、有 機 農
業 で 2∼ 20ha 規 模 の 柑 橘 栽 培 を し て い る 事 例 が 紹 介 さ れ 、 病 害 虫 軽 減 技 術 な ど 多 く の
事例が盛り込まれている。
有 機 農 業 実 施 者 で さ ら に 技 術 や 経 営 の 向 上 を 目 指 し て い る 方 、有 機 農 業 に こ れ か ら 取
り組もうと検討されている方、加工や販売で有機農業に興味のある方、有機農業の研
究・普 及 に 携 わ っ て い る 方 な ど に 、こ れ ら の 事 例 を 参 考 に し て い た だ き 、ぜ ひ 、有 機 農
業の実施・拡大に向けた取り組みをお願いしたい。
引用文献
岩 本 治( 2014)自 然 環 境 を 考 慮 し た 完 熟 ミ カ ン 栽 培 、有 機 農 業 実 践 講 座
-6-
柑 橘 栽 培:26-31。
菊 池 正 晴 ( 2015a) 有 機 柑 橘 栽 培 の 安 定 生 産 に 向 け た 取 り 組 み 、 有 機 農 業 実 践 講 座
柑橘・茶
栽 培 : 35。
菊 池 正 晴 ( 2015b) 土 づ く り ・ 隔 年 交 互 結 実 で 有 機 ミ カ ン の 安 定 生 産 、 有 機 農 業 実 践 講 座
柑
橘 ・ 茶 栽 培 : 36-40。
菊 池 正 晴 ( 2015c) 健 全 な 土 ・ 樹 づ く り に よ る 有 機 中 晩 柑 作 、 有 機 農 業 実 践 講 座
柑橘・茶栽
培 : 41-43。
佐 賀 県 ( 2012) 佐 賀 県 有 機 農 業 栽 培 マ ニ ュ ア ル ( カ ン キ ツ )、 有 機 農 業 実 践 講 座
柑橘栽培:
37-42。
佐 藤 睦( 2015a)自 然 と の 共 生 に よ る 有 機 ブ ラ ン ド の ミ カ ン 作 り 、有 機 農 業 実 践 講 座
柑 橘・
茶 栽 培 : 44-46。
佐 藤 睦( 2015b)独 自 の 技 術 を 駆 使 し 大 規 模 有 機 ミ カ ン 作 を 実 現 、有 機 農 業 実 践 講 座
柑 橘・
茶 栽 培 : 47-50。
丹 下 隆 一( 2013)慣 行 栽 培 の 単 収・食 味 を 超 え る 有 機 ミ カ ン 作 、有 機 農 業 実 践 講 座
柑 橘 栽 培:
21-24。
鶴 田 志 郎 ( 2015) 鶴 田 有 機 農 園 の 概 要 、 有 機 農 業 実 践 講 座
柑 橘 ・ 茶 栽 培 : 61-62。
長 畠 弘 典 ( 2013) 施 設 栽 培 に よ る 有 機 レ モ ン 作 、 有 機 農 業 実 践 講 座
柑 橘 栽 培 : 34-35。
新 田 九 州 男 ( 2012) 熊 本 県 ・ 新 田 農 園 の 取 り 組 み 、 有 機 農 業 実 践 講 座
柑 橘 栽 培 : 17-19。
新 田 九 州 男 ( 2013a) 独 自 の 技 術 で 慣 行 栽 培 並 み の 単 収 ・ 品 質 を 実 現 、 有 機 農 業 実 践 講 座
柑
橘 栽 培 : 28-31。
新 田 九 州 男 ( 2013b) 慣 行 並 み の 収 量 を 上 げ る 有 機 レ モ ン 作 、 有 機 農 業 実 践 講 座
柑橘栽培:
32-33。
日 本 土 壌 協 会( 2015)果 樹 の 有 機 栽 培 実 施 上 の 課 題 と 対 応 策 、有 機 農 業 実 践 講 座
柑 橘・茶 栽
培 : 92-96。 http://japan-soil.net/report/reports.html
早 藤 義 則 ( 2012) 神 奈 川 県 ・ 早 川 農 園 の 取 り 組 み 、 有 機 農 業 実 践 講 座
柑 橘 栽 培 : 35-36。
早 藤 義 則( 2015)低 投 入・無 農 薬 で 高 収 益 柑 橘 経 営 を 実 現 、有 機 農 業 実 践 講 座
柑 橘・茶 栽 培:
51-53。
古 田 耕 司( 2014)ミ カ ン 銘 柄 産 地 で 有 機 栽 培 に 賭 け る 、有 機 農 業 実 践 講 座
柑 橘 栽 培:42-44。
宮 井 公 幸( 2014)400 年 余 り の 歴 史 を 誇 る 有 田 ミ カ ン の 里 で 有 機 ミ カ ン 作 り 、有 機 農 業 実 践 講
座
柑 橘 栽 培 : 45-46。
※ こ こ で 紹 介 し た 引 用 文 献 は 、す べ て 有 機 農 業 参 入 促 進 協 議 会 が 運 営 す る ウ ェ ブ サ イ ト「 有 機
農 業 を は じ め よ う ! 」( http://yuki-hajimeru.net/) で 公 開 さ れ て い る 。
( 2016 年 8 月 20 日 )
-7-