特集 研究調査事例 東京周辺のネズミの殺鼠剤抵抗性はどうなっているか イカリ消毒株式会社技術研究所 谷川 力 要 約 ワルファリン等抗凝血性殺鼠剤に対し、食べても死なないような抵抗性を獲得しているクマネ ズミが都会には生息している。抵抗性を獲得すると、抗凝血性殺鼠剤を食べ続けても死なない。 抵抗性はビルだけでなく、一般家屋に生息するクマネズミにも発達している。新宿で捕獲した 抵抗性クマネズミは平均致死日数で160日、最長日数では441日も殺鼠剤を食べ続けた。 抵抗性は遺伝し、抵抗性クマネズミの割合は場所によって大きく異なる。抵抗性因子は、20年 近くも殺鼠剤の使用を止めたにもかかわらず、同じレベルの抵抗性の比率を維持している。すな わち、抗凝血性殺鼠剤の使用頻度が高いほど、その因子を継続して維持している可能性が高い。 はじめに 殺鼠剤抵抗性について 殺鼠剤は、ネズミに食べてもらうか、グルー 抗凝血性殺鼠剤、とりわけワルファリンに ミングの習性を利用して間接的にでも口から 対して抵抗性を獲得すると、通常市販されて 入らないと効果がないことは周知の事実であ いる濃度では食べ続けてもなかなか死なない る。食べない殺鼠剤はそもそもネズミにとっ (谷川、1991) 。 て「まずい」のか、食物として認識されないほ 東京付近に生息するクマネズミはビルだけ ど劣悪な商品なのであろう。しかし、住環境 でなく、一般家屋に生息する個体にも抵抗性 やビル等では周囲においしい食べ物がある。 が発達している ( 谷 川 ら、2002) 。抵抗性を そのおいしい食べ物の魅力に勝つような殺鼠 知る前に、まず感受性のクマネズミの致死薬 剤の開発は、最も難しいことも理解しなけれ 量と致死日数を知る必要がある。奄美大島や ばならない (谷川、2011a,b) 。 小笠原父島から捕獲してきた感受性クマネズ 一方、ワルファリンをはじめとした抗凝血 ミ で の 結 果 で は、 毒 餌 を 与 え る と 平 均 致 死 性殺鼠剤に対し、東京付近のクマネズミは食 日 数 で1週 間 前 後、 薬 量 は40g(g/100g Body べても死なないような抵抗性を獲得している。 weight 以下同様)前後で死亡する。これに対 これをワルファリン抵抗性クマネズミもしく し、新宿で捕獲した抵抗性クマネズミは平均 はスーパーラットと言う (以下、抵抗性クマネ 致死日数で160日、薬量は1,500g近くも必要 ズミと略す)(谷川、2006、2010) 。 とした。さらに、最長日数では441日、致死薬 今回、東京付近のネズミの殺鼠剤抵抗性は どうなっているかを文献も含めてまとめてみ 量は約3,500gと1年以上も殺鼠剤を食べ続け た(谷川、1991) (表1;図1) 。 た(谷川、2015a,b) 。 ◆◆◆ 29 東京周辺のネズミの殺鼠剤抵抗性はどうなっているか 表1 ワルファリン抵抗性クマネズミと 感受性クマネズミの比較(ワルファリン0.025%) 図2 クマネズミの抵抗性の遺伝(死亡率と致死曲線) 各場所から捕獲されたネズミの抵抗性 ビル内に生息する抵抗性クマネズミの割合 は場所によって大きく異なり、新宿で82%、 池袋で18%、蒲田30%であった(谷川・鈴木、 図1 ワルファリン抵抗性クマネズミと 感受性クマネズミの比較(ワルファリン0.025%) 1993;谷川ら、2002) 。さらに都市だけでなく、 地方のネズミでも殺鼠剤を多用する場所では 抵抗性クマネズミの遺伝 抵抗性クマネズミが認められている。例えば近 抵抗性と感受性のクマネズミを用いた交配 年でも新潟の鶏舎で捕獲されたクマネズミに では、抵抗性と感受性クマネズミのF1(次世代) 強い抵抗性個体が確認された (谷川ら、2008) 。 からは感受性クマネズミが97.3%(抵抗性ネズ また、これはビルや養鶏場だけの問題ではな ミはほとんど生じない)生じ、そのF 2(次々 く、蒲田や練馬の調査では住宅街から捕獲さ 世代)からは抵抗性クマネズミが21.9%も生じ れたクマネズミからも抵抗性が見つかってい た。また抵抗性クマネズミと上記F1との戻し る(谷川ら、2002;濱谷ら、2005) 。 交配から生じたF1からは抵抗性クマネズミが 34.4%とそれ以上の比率で生じた。すなわち、 抵抗性ネズミは殺鼠剤を使わなければ減 抵抗性因子は劣性であることが明らかとなっ るのか? た(谷川、1992、1995) (表2、図2)。 表2 抵抗性と感受性クマネズミの 各種交配での致死薬量と日数 谷川ら(2000)の報告では抵抗性因子が、20 年近くも殺鼠剤の使用を止めたにもかかわら ず、同じレベルの抵抗性の比率を維持してい たことを報告した(表3) 。すなわち、抵抗性ク マネズミはどこにでも発見される可能性があ り、おそらく抗凝血性殺鼠剤の使用頻度が高 いほど、その因子を継続して維持している可 能性が高い。抵抗性個体の生息頻度が高い場 所ではなかなか感受性には戻りにくいと考え ている。なお、クマネズミの移動は解体工事 30 ◆◆◆ 特集 研究調査事例 などが無ければ、それほど大きくは移動しな い(谷川ら、2003) 。 最後に 殺鼠剤は医薬部外品、動物用医薬部外品、 農薬に登録されている薬剤が存在する。それ 表3 ワルファリン毒餌(0.025%)の クマネズミに対する摂食試験結果 ぞれ防除対象とするネズミ、防除の目的、使 用用途によって、使う場所が異なる。しかし、 これはヒトが考えた区分である。ネズミはそ んなこと考えずに行動している。今後、殺鼠 剤はPCOなどの使う側の管理を厳しくし、例 えば資格をもった業者のみが使える薬剤を区 分けして使用するとか、ベイトステーション 抵抗性用殺鼠剤の開発 現在でも抵抗性ネズミに効果のある薬剤は、 に入れたもののみ使用できるように検討すべ きである(岩本、2015) 。 ジフェチアロール製剤として市販されている (図3) (谷川ら、2006)。しかし、クマネズミ 引用文献 がおいしく食べてもらえる殺鼠剤は存在しな 岩本龍彦(2015)ブロマジオロンが防除用医 い。いかに食べてもらえるかの工夫ができる 薬部外品にならない理由.ねずみ情報、71: か否かが問題である。我々 PCOはIPMの理念 7-14. を基に施工する (日本ペストコントロール協 濱谷剛、清水一郎、石向稔、北村満、小松謙之、 会、2008) 。この中には殺鼠剤が中心では無く、 谷川力、渡辺徹(2005)練馬区におけるネズミ 環境的対策を中心に行うことが重視されてい 調査.第21回ペストロジー学会大会要旨、56. る。殺鼠剤抵抗性の発達はIPMの理念での施 谷川力 (1991)本 邦 産 ク マ ネ ズ ミRattus 工を今後続けて行く限り、広がることは無い rattus 2系統のワルファリン毒餌に対する抵抗 ことを期待している。 性と感受性の比較.衛生動物、42:99-102. 谷川力(1992)本邦産ワルファリン抵抗性ク マネズミと感受性クマネズミの各種交配によ る遺伝的解析.衛生動物、43:323-329. 谷川力 (1995)クマネズミRattus rattusにお けるワルファリン抵抗性とその遺伝様式.学 位論文.麻布大学. 谷川力(2006)安心して住めるネズミのいな い家、講談社.東京. 谷川力 (2010)日 本 中 に 誕 生 し て い る ス ー パ ー ラ ッ ト. ペ ス ト コ ン ト ロ ー ル 誌、10: 図3 ワルファリン感受性と抵抗性 クマネズミに対するジフェチアロール0.0025%の効力 (投与日数ごと個体別の累積死亡率) 9-11. 谷川力(2011a)PCOが殺鼠剤の利用を控え ◆◆◆ 31 東京周辺のネズミの殺鼠剤抵抗性はどうなっているか る原因.ねずみ情報、64:1-4. 谷川力 (2011b)PCOのための殺鼠剤―最近 の動向―.Pest Control Tokyo、60:26-29. 谷川力 (2015a)都市のクマネズミ.31回ペス トロジー学会仙台大会.要旨集. 谷川力(2015b) 都市におけるクマネズミ問 題とワルファリン抵抗性.衛生動物学の進歩 (第2集) .印刷中. 谷川力、秋元智博、矢部辰男(2003)蛍光顔 料を用いたクマネズミの足取り調査.ペスト ロジー、18:35-37. 谷川力、春成常仁、田中和之、池中良徳、 ルファリン抵抗性と感受性クマネズミに対 するジフェチアロン製剤の効力.衛生動物、 57:355-359. 谷川力、小瀧正博、田邊光、内田明彦(2002) 東京都大田区におけるクマネズミの商業地域 から住宅地域への分散.衛生動物、53:199202. 谷 川 力、 鈴 木 猛 (1993)ワ ル フ ァ リ ン 毒 餌 に対する数地区のクマネズミRattus rattusの LFPの比較.衛生動物、44:293−298. 谷川力、谷口信昭、内田明彦(2000)東京都 心のクマネズミ個体群におけるワルファリン 石塚真由美、藤田正一(2008)新潟県内の養鶏 抵抗性因子の維持.ペストロジー誌、15:90- 場で確認されたワルファリン抵抗性クマネズ 92. ミ.第60回日本衛生動物学会大会要旨:38. 谷 川 力、 石 塚 真 由 美、 藤 田 正 一(2006)ワ 32 ◆◆◆ 日本ペストコントロール協会(2008)PCOの ためのIPM.
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