ローライブラリー ◆ 2012 年 12 月 18 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.64 文献番号 z18817009-00-010640858 国籍法 12 条の合憲性 【文 献 種 別】 判決/東京地方裁判所 【裁判年月日】 平成 24 年 3 月 23 日 【事 件 番 号】 平成 22 年(行ウ)第 38 号、第 45 号から第 47 号まで、第 375 号、第 382 号から 第 402 号まで、第 404 号 【事 件 名】 各国籍確認請求事件 【裁 判 結 果】 一部認容、一部棄却 【参 照 法 令】 判例集未登載 【掲 載 誌】 憲法 13 条・14 条 1 項、国籍法 12 条・17 条 1 項 LEX/DB 文献番号 25493204 …………………………………… …………………………………… 国籍留保制度が設けられた趣旨は、「外国で出 生した日本国民で外国の国籍も取得した者は、 ……出生時の生活の基盤が外国に置かれている点 で我が国と地縁的結合が薄く、他方で、外国籍を も取得している点でその外国との結合関係が強い ことから、①日本国籍を取得しても、実効性がな い形骸化したものになる可能性が相対的に高いた めそのような実効性がない形骸化した日本国籍の 発生をできる限り防止すると共に、②弊害が大き いとされる重国籍の発生をできる限り防止し解消 すること」にある。 国籍は、「本来、国家と真実の結合関係のある 者に対して付与されるべきもの」であり、①の立 法目的は、「国籍の本質に関わる重要な理念であ る上、実効性のない形骸化した国籍が生じるなら ば、国内法及び国際法上も看過し難い重篤な事態 が生じかねないのであって」、立法目的として合 理性を有する。 また、「重国籍状態が常態化することは、国家 と国家との間、国家と個人との間又は個人と個人 との間の権利義務に重大な矛盾衝突を生じさせる おそれがある」ので、②の立法目的も合理的であ る。 原告らは、国籍留保制度の趣旨について、国籍 法 2 条によって確定的に取得した国籍について、 国籍を留保しなかった者についてはそれを喪失さ せる制度であると主張するが、国籍法 12 条は出 生時における国籍の生来的取得を制限する制度と して設計されたものと解される。また、昭和 59 年改正によって、国籍唯一の原則から重国籍容認 への転換が図られたこと、重国籍によって重大な 弊害は生じていないこと、重国籍の解消は本人意 事実の概要 日本国籍を有する父とフィリピン共和国の国籍 を有する母との間の嫡出子としてフィリピン国内 で出生しフィリピン国籍を取得した原告らは、出 生後 3 か月以内に父母等により日本国籍を留保 する意思表示がなされず、国籍法 12 条の規定に よりその出生時に遡って日本国籍を失った。そ こで原告らは、国籍法 12 条は憲法 13 条及び 14 条 1 項に違反し無効であると主張して、日本国 籍を有することの確認を求めるとともに、原告の うち 1 名(以下、Xという。) は、国籍法 17 条 1 項に基づく国籍取得の届出が有効にされたから日 本国籍を取得した旨の予備的主張をした。 判決の要旨 一部請求認容、一部棄却。 1 国籍法 12 条の憲法 14 条 1 項適合性 (1) 判断基準 憲法 14 条 1 項は、「事柄の性質に即応した合 理的な根拠に基づくものでない限り、法的な差別 的取扱いを禁止する趣旨である」とともに、憲法 10 条は、国籍の得喪に関する要件を定めるにあ たって、立法府の裁量判断に委ねたものと解され る。そこで、 「立法府に与えられた……裁量権を 考慮しても、なおそのような区別をすることの立 法目的に合理的な根拠が認められない場合、又は その具体的な区別と上記の立法目的との間に合理 的関連性が認められない場合」に、憲法 14 条 1 項に違反する。 (2) 立法目的の合理性 vol.7(2010.10) vol.12(2013.4) 1 1 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.64 思に委ねることが原則であるとの主張も採用でき ない。 (3) 立法目的と各区別の合理的関連性 ア 出生地による区別と立法目的との合理的関 連性 「我が国の領土主権の及ばない外国で出生した 者は、日本で出生した者と比べて一般に我が国と 地縁的結合が薄く、他方で、通常、その出生した 国との地縁的結合が強く認められるのであって、 類型的に見れば、そこには日本で出生した者との 間で差異があることは明らかであるから、出生地 という地縁的要素を我が国との結合関係の指標と することは合理性があ」り、国籍法 12 条が日本 国外で生まれた重国籍者について、日本国内で出 生した者とは異なる扱いをすることは、目的との 間に合理的な関連性があると認められ、また、諸 外国の立法例に照らしてもおよそ不合理な制度で あるということはできない。 イ 国籍留保の意思表示の有無による区別と立 法目的との合理的関連性 「国籍留保の意思表示をされた子は、その親が 子の福祉や利益の観点から日本国との結び付きを 強め、日本国民としての権利を有し義務を負うこ とが相当であると判断したものと考えられるので あるから、類型的に我が国との結び付きが強いも のということができ、反対に、国籍留保の意思表 示がされない子は、実効性のない形骸的な日本国 籍を有する重国籍者となる可能性が相対的に高い ということができる」のであって、「親が子の国 籍を留保する旨の意思表示をした者とこれをしな かった者との間で差異を設けることは不合理では ない」 。しかも、 「国籍法 17 条 1 項によって、そ の者が 20 歳未満であり、日本に住所を有してい れば、届出という簡易な方法によって日本国籍を 取得することができる制度が設けられていること も併せ考えるならば」、立法目的との合理的関連 性がある。 この点、原告らは親が国籍留保制度を知らず、 国籍留保の意思表示をしない場合には、「子の国 籍を保持させない」という父母の意思を読み取る ことはできないから、立法目的との間に合理的関 連性がない旨主張するが、「出生届を提出しよう とすれば、運用上、子の国籍を留保する旨の意思 表示をすることになるのであるから、そもそも親 が子の出生の届出すらしようと」しない場合に、 2 日本との結び付きを望まない親の意思の表れとし て取り扱うことも不合理ではない。 また、原告らは、国籍留保の意思表示をすべき 期間が出生後 3 か月であるという点が短きに失 すると主張するが、「国籍の生来的取得はできる 限り子の出生時に確定的に決定されることが望ま しい」ところ、「その期間が短ければ、届出に困 難を伴う事態も想定されることから、昭和 59 年 改正前は 14 日間とされていた期間について、在 外邦人や在外公館等の意見や実情等を踏まえて 3 か月に伸張されたものであって」、日本国内にお ける「出生届の提出期限が出生後 14 日以内とさ れている(戸籍法 49 条 1 項)ことに照らしても」、 短きに失することはない。 ウ 出生後に認知を受けた非嫡出子との区別と 立法目的の合理的関連性 「国籍の生来的取得の制度である国籍留保制度 と国籍の伝来的取得の制度である国籍法 3 条 1 項による国籍取得制度とでは、制度目的や趣旨が 異なるのであるから、国籍取得の要件や時期に差 異があるのは当然であり」、国籍法 12 条が合理 性を欠くということにはならない。 2 国籍法 12 条の憲法 13 条適合性 国籍法 12 条は、国籍はく奪の制度ではないか ら、「仮にその意に反し国籍を奪われない権利な いし利益(国籍保持権)が憲法 13 条によって保 障されているとしても」、国籍保持権を侵害する ものではなく、憲法 13 条に反しない。 3 Xが国籍法 17 条 1 項の定める適法な届出を したかについて 国籍法 17 条 1 項及び 3 項が、届出制を採用し ているのは、「法定の要件さえ満たしていれば、 その届出人の意思表示が到達した時に、行政庁の 特別の行為を経ることなく当然に国籍取得という 効力を生じさせよう」としたものであって、Xは、 その届出の時に日本の国籍を取得したと認めるの が相当である。 判例の解説 一 国籍留保制度 国籍法 12 条は、出生により外国の国籍を取得 した日本国民で国外で生まれた者は、戸籍法の定 めるところ(3 か月。戸籍法 104 条参照) により 日本の国籍を留保する意思を表示しなければ、出 2 新・判例解説 Watch 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.64 生の時に遡って日本の国籍を喪失すると定める。 本規定は、1924(大正 13) 年の国籍法改正によ り、1920 年代初期のアメリカにおける排日運動 の高まりを受けて、国籍離脱制度の一環として設 けられ、当初は子の出生による国籍取得につき生 地主義を採る国のうち、勅令で指定された特定の 国で生まれた者にのみ適用されていたが、1950 (昭和 25)年の改正により、すべての生地主義を 採用する国で生まれた者に拡張され、1984(昭 和 59) 年の改正によってさらに血統主義を採る 国をも含め、外国で生まれた日本人で、出生によ り日本国籍と同時に外国籍を取得するすべての者 に対象を拡張している1)。 国籍留保制度は、外国で生まれた日本国民の子 の重国籍の発生を自然に解消するという機能を持 つと同時に、実効性のない国籍の発生を防止する 機能を持つ。さらに、海外出生者の戸籍への反映 という副次的な機能もあるとされる2)。 もっとも、国籍留保制度については、これまで も①親の知識や意思決定という、子にとってはい かんともしがたい理由によって決定されていると いう意味で、子の尊厳を踏みにじるものではない のか、② 3 か月という期間は短すぎるのではな いのか、③国籍再取得(国籍法 17 条)のためには、 日本に住所を有する必要があるが、事実上不可能 に近いという点で不合理ではないか、④国籍再取 得の場合、法制度上、自らの意思により他国の国 籍を取得した場合は、その国の国籍を失うことが 多く、救済手段として不十分ではないか、といっ た有力な批判3)がなされてきた。 本件は、かかる国籍留保制度の憲法 14 条 1 項 適合性と憲法 13 条適合性が争われた初めての事 案である。以下では、このうち憲法 14 条 1 項適 合性を中心に検討する。 し失わせしめる制度であって、厳格な審査が求め られるとの原告らの主張が退けられるとともに、 国籍法違憲判決(最大判平 20・6・4 民集 62 巻 6 号 1367 頁。以下、 「平成 20 年大法廷判決」という。) の採用した「慎重に検討する」という姿勢をも採 用しなかったことを意味する4)。 国籍留保制度の趣旨について、学説の中には、 国籍を出生時に遡って喪失させるものであるか ら、生まれた子が出生時に当然に日本国籍を取得 するのを制限するものであると説明するものがあ り5)、本判決もそれに従う。しかし、そのような 理解が、文理上、整合するのか、本条により国籍 を失った場合には、簡易帰化(国籍法 8 条 3 号) の対象となることなど他の制度と整合的かは疑問 である。 また、平成 20 年大法廷判決で示された「慎重 な」審査は、国籍が、国内において様々な保障等 を受ける上で意味を持つ重要な法的地位であるこ とや、子にとっては自らの意思や努力によっては 変えることのできない父母の身分行為に係る事柄 であることを理由とするものであった6)。本判決 は、日本国内に生活の本拠がない本件原告らにつ いて7)、しかも父母の身分行為に係らない問題で あるから、通常の合理性審査によって判断すべき ケースであると考えたのかもしれない。 しかし、国籍の有無は、たとえ国外にいるとし ても、その法的重要性が減じられるものではない し8)、国籍留保制度を国籍を喪失せしめるもので あると考えるのであれば、重要性を否定すること はいっそうむずかしい。さらに、仮に、日本国民 の親を持つ子どもには、潜在的に日本国籍請求権 が発生していると考えられるならば9)、本件の場 合にも当てはまろう。加えて、国籍の留保は、親 の知識や意思決定という、子にとってはいかんと もしがたい理由によって決定されており、その意 味では、非嫡出子の場合と同様であるともいいう る 10)。本件についても、やはり慎重な判断を行 うべき場合であったのではなかろうか。 二 憲法 14 条 1 項適合性と判断基準 本判決は、憲法 14 条 1 項の判断枠組みとして これまで確立してきたいわゆる合理性の基準を採 用し、憲法 10 条を前提としつつ、「立法府に与 えられた……裁量権を考慮しても、なおそのよう な区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認 められない場合、又はその具体的な区別と上記の 立法目的との間に合理的関連性が認められない場 合」に憲法 14 条 1 項違反となるとの基準を立て る。これは、国籍留保制度が、国籍をはく奪ない vol.7(2010.10) vol.12(2013.4) 三 立法目的の合理性と手段の合理的関連性 ――ベースラインの設定 判決は、国籍法 12 条の立法目的を合理的だと し、区別の合理的関連性もあると判断した。 ここでのポイントは、制度のベースラインをど こに設定するかであったと思われる 11)。本件に 3 3 新・判例解説 Watch ◆ 憲法 No.64 かったことは、残念である。 おいては、国籍法 11 条及び 13 条などが定める 国籍喪失制度、国籍法 2 条が定める生来的取得、 国籍法 3 条が定める伝来的取得をも含めた国籍 取得制度一般など、対照する制度の選択によって、 いくつかのラインが考えうる。本判決は、国籍留 保制度を生来的取得の制限であると理解すること によって、国籍法 2 条が定める血統主義に基づ く生来的取得をベースラインとして採用したよう に思われる。 本判決では、その上で、①日本国民の親から生 まれた子のうち、国外出生児で外国籍を有する者 であって、親が国籍留保の意思を持たない子を、 国内で日本国民の親から出生した子に比して、実 効性のない国籍の発生や重国籍に起因する問題の 発生の恐れが高いものとして類型化すること、② そのための対処として、出生後 3 か月という期 間を設けて、国籍留保の届出をさせ、それがない 場合には遡って国籍を喪失せしめることの合理性 があるとされた。このような判断に対しては、3 か月という期間が短きにすぎるのではないか 12)、 また留保の意思表示をしなかった場合に、国籍を 取得させないのは厳しすぎないかといった批判 は、なお、ありうる。 他方、国籍留保制度を生来的取得の制限とみな すことにこだわらなければ、国籍喪失制度との関 係でベースラインを設定することや、日本人親を 持つ外国に住所を有する子に着目しつつ、ベース ラインを設定することも可能であった。このよう な視角を設定して、日本国外で生まれた重国籍者 について、日本国内で出生した者とは異なる扱い をすることの問題性を検討すべきであっただろ う。また、国籍法 12 条が適用される、外国居住 の外国籍を保有する嫡出子の場合には、出生後 3 か月を過ぎた後には、簡易帰化か国籍再取得しか なく、いずれの場合にも、国内に住所が求められ るのに対して、非嫡出子が国籍法 3 条によって 国籍取得をする場合には、住所が国外であっても 国籍の取得ができるという「区別」が、国家との 真実の結合関係にある者に対して国籍を付与する ために、重国籍の解消や国籍の実効性の確保を行 うという立法目的と合理的関連性を持つかという 点も検討すべきではなかったか 13)。 本判決が、国籍留保制度=生来的取得の制限と いう理解を基礎として、審査の密度を厳格化しな かったばかりか、これらの検討を十分に行わな 4 ●――注 1)国籍留保制度の概観は、江川英文=山田鎮一=早田芳 郎『国籍法〔第 3 版〕』(有斐閣、1994 年)144 頁、木 棚照一『逐条註解 国籍法』(日本加除出版、2003 年) 365 頁以下、同「国籍法の改正」法セ 359 号(1984 年) 58 頁以下、棚橋新作「国籍留保制度と不留保者の国籍 再取得」判タ 747 号(1991 年)418 頁など。 2)棚橋・前掲注1)418 頁、江川ほか・前掲注1)144 頁以下、木棚・前掲注1)『註解』365 頁以下など。 3)奥田安弘『国籍法と国際親子法』(有斐閣、2004 年) 14 ~ 15 頁、国友明彦「家族と国籍」国際法学会編『日 本と国際法の 100 年 5 個人と家族』 (三省堂、2001 年) 99 頁、114~115 頁、122 頁など。 4)平成 20 年大法廷判決が示した姿勢を、学説に近づい たと評価するものとして、高橋和之ほか「鼎談」ジュリ 1366 号(2008 年)44 頁以下、55 頁[高橋発言]など。 なお、市川正人「判批」判評 599 号(2009 年)1 頁以下、 3 頁は、学説との微妙な相違に注意を向けている。 5)土屋文昭「国籍の留保制度の新展開」民研 332 号(1984 年)10 頁以下、江川ほか・前掲注1)参照。 6)長谷部恭男「国籍法違憲判決の思考様式」ジュリ 1366 号(2008 年)77 頁以下、毛利透「国籍法と憲法」ジュ リ増刊『国際私法判例百選〔第 2 版〕』 (有斐閣、2012 年) 246 頁以下など。なお、平成 20 年大法廷判決が「国籍」 そのものの重要性に基づいて審査の厳格度を高めたかに ついては、議論がある点に注意が必要である。 7)仮に生活の本拠が国内にあるとすると、国籍再取得や 簡易帰化が可能であった。 8)ただし、平成 20 年大法廷判決は、 「我が国において」様々 な保障を受けるために重要な法的地位であるとしている とみることも可能かもしれない。毛利・前掲注6)247 頁参照。 9)毛利・前掲注6)247 頁参照。 10)もっとも、子の法定代理人として行う国籍留保の意思 表示が、婚姻などの身分行為と同視できるかはなお検討 の余地があるようにも思われる。 11)ベースラインが複数ありうることも含めて、長谷部・ 前掲注6)78 頁以下参照。 12)奥田・前掲注3)、国友・前掲注3)など。ただし、 これに対しては、二重国籍の解消を国籍選択制度との関 連で問題とするのが筋であり、また、戸籍法 104 条 3 項 にいう「責めに帰することができない事由」の弾力的な 運用を行うことによっても解消しうるという指摘があ る。木棚・前掲注1)『註解』375 頁以下。 13)あるいは、国籍法 8 条や 17 条による国籍の(再)取得が、 非嫡出子に比して厳しいことも問題とされてよいように も思われる。 近畿大学准教授 片桐直人 4 新・判例解説 Watch
© Copyright 2024 Paperzz