1 資料・法学的調査の方法 ここでは、「二重国籍」にまつわる事実の調査

資料・法学的調査の方法
ここでは、
「二重国籍」にまつわる事実の調査を例に、法学的に必要な調査の方法を紹介
します。
STEP1
―
■
法律用語を調べる
すべては明確な単語使いから
―
法律の辞典を調べる
法律は、言葉がすべてです。そこで、単語の一つひとつの意味を正確に用いなければな
りません。日本語ですから、ついわかっているつもりになってしまいがちですが、「○○の
定義を言え」と言われて答えられなければ、知らないのも同然です。わかったつもりのま
まにせず、一々言葉の意味を調べて使いましょう。この作業を怠ると、後で、議論がぼや
けてしまいます。
図書館には、「総記」といって、資料全体に共通する総合的な資料のコーナーが置かれて
います。「資料の資料」とも呼ばれ、一般に、「レファレンス資料」とか、「参考図書」とも
いいます。これらの図書は、原則として貸し出しが禁止されており、図書館内でしか閲覧
できません。また、図書館によっては、法律関係の辞典類は法律書のコーナーに置かれて
いる場合もありますので、気をつけてください。
では、懸案になっている「二重国籍」について、代表的な法律辞典である『法律学小辞
典(第 4 版)』(有斐閣)で少し調べてみましょう。レファレンス資料から探して来てくだ
さい。
まず「国籍」の言葉を調べてみましょう。すると、次のような記述がありました。
国
籍
1意義
国家の所属員としての資格。
・・・
(中略)
・・・3国籍の選択
外国国籍
を有する日本国民は、二重国籍となった時が 20 歳以前のときは 22 歳に達するまでに、そ
の時が 20 歳に達した後であるときはその時から 2 年以内に、国籍を選択し、二重国籍の解
消に努めなければならない。〔国籍 14〕。
次に、「二重国籍」の言葉を探してみますと、その言葉では載っていませんでした。そこ
で、改めて索引をみると、「二重国籍→重国籍」とありました。「重国籍」を引くと、次の
ような記述になっています。
重国籍
国籍の抵触の 1 つで、人が同時に複数の国籍を有すること、すなわち国籍の積極
的抵触。出生による国籍の取得に関する血統主義と生地主義の対立、
・・・
(略)
・・・など
の結果生じる。このような重国籍者の発生は、好ましくないものと考えられ、・・・(以下
略)。
ここで「抵触」という言葉が若干引っかかりますが、関連項目である「無国籍」を見る
と、
「国籍の抵触の 1 つで、人がいずれの国籍も有しないこと、すなわち国籍の消極的抵触」
とありますから、国籍が 1 つの状態を基準に、積極・消極の抵触があることが推測されま
1
す。
さて、これで調査を始めるための下準備ができました。
法律上の言葉は、専門用語(Technical Term)ですから、初めのうちは面倒でも、いち
いち専門の辞書を引いて意味を確認しましょう。
制度を作るのは言葉です。一つひとつの単語は、制度を作る部品だと思ってください。
その部品がいい加減だと、制度全体に支障が生じます。精密部品を扱うように、法律上の
言葉も大切にしましょう。
STEP2
―
法制度を調べる
議論の土台を確認する
―
■1、条文を探す
新聞報道などで、「○○法により、××は禁止されているので、∼。」というような記述
をみて、それを鵜呑みにしてしまうことがありますが、これは法学のレポートとしてやっ
てはならないことです。もちろん、新聞報道が誤りということはあまりないのですが、こ
の場合、新聞報道は二次資料であり、調査の鉄則として、一次資料である条文を確認する
のは、当然のことなのです。
例えば、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律(平成 11 年法律 137 号)は、成立に強
く反対する立場から、「盗聴法」と呼ばれていました。新聞報道でも、「盗聴法」の語が使
われる場合がありました。反対派の意見として、市民団体や労働組合の活動まで盗聴され
る危険性があるとの声が、当時の新聞に紹介されたりしていました。
事実の概要を知る程度なら、そうした新聞記事で十分ですが、法学のレポートである以
上、通信傍受法の条文を実際に見て、何条のどこの記述が、そのように解釈されるのか確
認する必要があります。そうした作業なしに、
「危険性がある」という話に飛びついてしま
うと、後でレポートの内容を検証されたときに、「アキレス腱」になるおそれがあります。
では、実際に六法を開いてみましょう。
■2、六法を調べる
六法というのは、憲法・民法・商法・刑法・民事訴訟法・刑事訴訟法という、6種の基
本法を指しますが、一般には、それらを中心に編集された法令集のことをいいます。
六法といっても、様々な種類のものが販売されています。まず、初心者であれば、『ポケ
ット六法』(有斐閣)、『コンパクト六法』(岩波書店)、『デイリー六法』
(三省堂)といった
ものをお奨めします。実際に、書店に行って、手になじみやすそうなものを選べばそれで
十分です。
勉強が進んできたら、より多くの法律が掲載されている六法(『小六法』(有斐閣)、『六
法全書』(有斐閣))や、判例付の六法(『模範六法』(三省堂)、『判例六法』(有斐閣))、特
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定の分野に特化した六法(『社会福祉六法』
(新日本法規)、
『国土交通六法』
(東京法令出版))
なども参考にするとよいでしょう。
ただ、それらの法令集には、全ての法律が掲載されている訳ではないので、探しても見
つからない場合は、図書館に行って、加除式の『現行法規総覧』(第一法規)や、総務省の
電子政府サイト(http://www.e-gov.go.jp)から、法令検索のページで検索をしましょう。
六法から条文を探す場合、法律の名称がわかっている場合は、「法令名索引」が最初に載
っていますので、そこから該当頁を見つけます。公法・民事法・刑事法などのように、法
分野ごとにどのような法が掲載されているのかは、「目次」を見るとわかります。
また、「国籍」のように、事項だけが判明している場合は、「事項索引」を調べて、該当
する法律の条文番号を知ることができます。ただし、六法は法令集であって、辞典ではあ
りませんから、この事項索引からその言葉の意味を調べることはできません。
過去にあった例ですが、憲法の試験で「プログラム規定」の説明を出題したところ、六
法の事項索引で「プログラム」の項目を見つけて、著作権法 2 条 1 項 10 号の2に規定され
た「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み
合わせたものとして表現したものをいう」との定義規定を解答してきた者が多数いたこと
があります。もちろん、これは、誤った六法の使用方法です。
■3、国籍法の条文を見る
先ほど、辞典に「〔国籍 14〕」との表記があったのを覚えていますか。これは、国籍法 14
条に関わる記述であるということですから、実際、法律にどのように規定されているのか
確認してみましょう。
(国籍の選択)
第十四条
外国の国籍を有する日本国民は、外国及び日本の国籍を有することとなつた時
が二十歳に達する以前であるときは二十二歳に達するまでに、その時が二十歳に達した後
であるときはその時から二年以内に、いずれかの国籍を選択しなければならない。
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日本の国籍の選択は、外国の国籍を離脱することによるほかは、戸籍法 の定めると
ころにより、日本の国籍を選択し、かつ、外国の国籍を放棄する旨の宣言(以下「選択の
宣言」という。)をすることによつてする。
これで、先ほど、辞典で調べた「外国国籍を有する日本国民は、二重国籍となった時が
20 歳以前のときは 22 歳に達するまでに、その時が 20 歳に達した後であるときはその時か
ら 2 年以内に、国籍を選択し、二重国籍の解消に努めなければならない。」ということの根
拠条文を確認することができました。
STEP3
―
政府見解・行政実例を調べる
条文から見えない実際を知る
3
―
■1、ホームページを見る
ここまでで、法制度の基本的な枠組みを知ることが出来ました。次に、その枠組みの中
身を調べる段階に入っていきます。法律は、その内容に応じて、所管する官庁が決まって
いますから、まずはその官庁のホームページに何か関係する情報がないかどうか調べてみ
ましょう。
Yahoo!などで検索をしてもいいですが、関係ない情報もたくさん出てきてしまうので、
ここでは、国の全行政機関のホームページの情報を検索できる「電子政府の総合窓口」サ
イト(http://www.e-gov.go.jp)の検索ページを利用してみます。
国籍法関係の情報が欲しいので、検索ワードに「国籍法」と入れます。そして、国籍法
の所管は法務省ですから、法務省のチェックボックスにチェックを入れて、検索実行ボタ
ンを押します。すると、1番目に法務省民事局のフロントページが出てきました。そして、
国籍法の条文と、「国籍選択」のページがあることがわかります。
そこを見ると、
「1.国籍の選択をしなければならない人」
、
「2.国籍の選択の方法」
、
「3.
国籍の選択をすべき期限」という項目があがっており、国籍選択についての説明が具体的
にされています。ここでは、その一部を取り上げてみます。
重国籍となる例としては,次のような場合があります。
(1)
日本国民である母と父系血統主義を採る国(例えば,エジプト)の国籍を有する父と
の間に生まれた子
(2)
日本国民である父または母と父母両系血統主義を採る国(例えば,フランス)の 国籍
を有する母または父との間に生まれた子
(3)
日本国民である父または母(あるいは父母)の子として,生地主義を採る国(例えば,
アメリカ)で生まれた子
(4)
外国人(例えば,カナダ)父からの認知,外国人(例えば,イタリア)との養子縁組,
外国人(例えば,イラン)との婚姻などによって外国の国籍を取得した日本国民
(5)
帰化または国籍取得の届出によって日本の国籍を取得した後も引き続き従前の外国の
国籍を保有している人
これを見ると、どうして二重国籍状態が生じるのかがわかりますね。辞典では書ききれ
ない情報も、ホームページ上なら、詳しく載せることができるわけです。しかも、政府の
ホームページならば、一般の人がつくったホームページとは違って、不正確な情報や間違
った内容が載っていることはほとんどないですから、かなり信頼できるソース(情報源)
となるのです。
同じ法務省民事局のページに「国籍Q&A」という項目もありますので、参考にしてみ
てください。
■2、国会会議録を調べる
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次に国会での議論を見てみましょう。国会では、社会問題のほとんどのものが扱われて
います。現代は行政国家ですから、それも当然ですね。それに対する、政府の答弁を知る
ことは、非常に重要です。責任ある政府がどういう問題意識でいるのか、どういった対策
を取っているのかなど、法制度を調べるだけでは見えてこなかった側面を知ることができ
ます。
それに、国会は国権の最高機関ですから、政府の答弁がいい加減だったり、偽りがあれ
ば、政治問題に発展しますので、自ずと政府は答弁を慎重かつ正確なものにしようとしま
す。だからこそ、国会での政府答弁は、調査の宝の山といってよいのです。
以前、国会の会議録を調べるとなると、だいたいの会議の「あたり」を付けて、印刷さ
れた会議録をいちいちめくっていく作業をしなければなりませんでした。しかし、今日で
は、国立国会図書館によって、印刷された会議録がすべてデータ化され、一般に公開され
ています。
2000 年頃は、国会のイントラでしか完全公開をしていなかった代物ですが、今は、誰で
も使えるようになって、非常に便利になりました。インターネットで「国会会議録検索シ
ステム」にアクセスしてみましょう。
ここでは、簡単検索で調べてみます。まず、過去 5 年の「重国籍」についての議論を見
てみます。検索語指定での検索結果は、結構多いですが、最新のものから眺めてみましょ
う。
国会の会議録を参照する上で、注意しなければならないのは、誰が発言しているのかと
いうことです。例えば、質疑の中で、同じ国会議員が発言していても、政府の立場を代表
しているのか、そうでないのかで、大きく扱いが異なってきます。
政府としての発言であれば、大きな影響を持ちますが、そうでないと、一議員の個人的
見解に過ぎないものとなります。ただ、国民の声を代弁していますので、「そういう考え方
もあるのか」という参考値にはなるでしょう
検索結果の中から、例えば、164 回国会参議院法務委員会(平成 18 年 3 月 16 日)での
河野太郎法務副大臣の発言を見てみましょう。法務省がプロジェクトチームを立ち上げ、
外国人問題を総合的に検討しているのですが、副大臣がその座長になっています。
○副大臣(河野太郎君)
二重国籍の問題、まあ重国籍の問題でございますが、実はプロジェ
クトチームを立ち上げましたときの大きな問題の一つでございました。委員幾つか御指摘をい
ただきましたが、成人の日本人が他国で活躍するために他国の国籍をという場合は、これはや
はりどちらか選択をしていただかなければならないだろうというのがプロジェクトチームの検
討の方向でございます。
この発言は河野太郎という衆議院議員個人の発言ではなく、法務省を代表する発言であ
るので重要です。政府内での検討の方向は、重国籍状態は必ず解消すべきとするとあるの
で、よほどのことがなければ、そうした考えをもとに具体的施策が考えられることになり
ます。そして、この発言に続いて、その理由をいくつか挙げています。
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ただ問題は、国際結婚ですとかそういう場合に、父母のどちらかの国籍の選択を迫るというの
は余りにも酷ではないかという要請は、例えばフランスの方と結婚された方から本当に悲痛な
陳情を寄せられているのも事実でございまして、これを何とかできないだろうかという検討を
しているわけでございますが、
このように、言いたいことは十分わかっていますよと前置きをした上で、
例えば徴兵制度のある国ですとその徴兵をどう回避するのか、あるいは外交保護権がバッティ
ングする、これをどうするのか、それからその身分関係が別々になってしまうと重婚の問題も
出てくるだろうとかですね、実は考えてみるとこれなかなか一筋縄ではいかないなと。
こんな問題もあるんですよ、困りますねとして、さらに、
それからもう一つは、二重国籍の方が外国のパスポートで日本に入ってこられて日本でパス
ポートを取って出国すると不法残留に数字上は載ってしまいます。これは別に実害があるわけ
ではありませんが、少なくとも統計的にはその数字が消えない。
細かい話ですが、言われてみれば確かにそうですね。そして、ご存じの話。
それから、外国の政府のトップに日本の国籍を持ったままなってしまうようなことも、まああ
のフジモリさんのように現実にそうしたことが起きたわけでございますので、これはなかなか
解決は難しいのかなと。
それから、それから、と、希望を打ち砕く発言ですね。でも、次でまた希望を持たせてく
れます。
ただ、国籍は二つあっても例えばパスポートは一つだけとかですね、何かそういう解決策が
あるんではないかということはそのPTでもいろいろ議論をさせていただきました。
それでどうなりましたかというと。
ただ、そういう場合には日本国内の法整備だけではできずに、何か国かで国同士の二重国籍は
こういうルールでやろうという取決めができれば、じゃパスポートはこっちにしようとか、二
重国籍だよという登録をちゃんとしてくださいとか、そういうことができれば解決に向けて前
進できるのではないか。現状では、正直言って二重国籍かどうかの把握もできないということ
でございます。
そういうことで、これは一生懸命今検討をしているところでございますが、国内だけではな
かなか難しいというのが現実だろうと思います。
結局、ゼロ回答でした。で、まだ答弁が続きます。
それから、日本人の男性と外国人の女性の問題でございますが、確かに出生後の認知で国籍
の問題どうなんだということがありますが、これ、その出生後数日で認知して明らかに親子だ
ねというケースがあるかと思えば、二十年ぐらいたってお父さんが来て、いや実はおまえはお
れの子だと言って認知するとそれで日本国籍になってしまうというのも変な話でございます。
まあそれは極端な例と言われれば極端な例なのかもしれませんが、そういうことも理論上は起
こり得るということだと思いますので、そういう問題があるということを、これも少し検討課
題にはさせていただいて、当面はしかし現状でやらなければいけない。
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俺たちは、こんなことも考えてやっているから、安心しろよということですね。ここま
で来ると、何も言えません。では、〆のお言葉。
しかし、これだけ国際化が進む中で、二重国籍の問題、見て見ぬふりはできませんので、しっ
かり前向きに取り組んでいきたいというふうに思っております。いろいろ御指導、よろしくお
願いしたいと思います。
是非是非、頑張ってくださいませということで、まんまと言いくるめられた感じですね。
でも、こうした政府の答弁をいくつも見ていくことで、想定される論点や批判、反論など
が浮かび上がってきます。これらをしっかり頭に入れて、政府と違うの立場からの資料探
しに進みましょう。
では、もう少し、先ほどの検索で出てきた会議録を見てみましょう。下での議論を見る
と、①昭和 60 年を境に、法律上、重国籍の選択が義務付けられたこと、②法務大臣の催告
制度が法律上置かれているが、実際は適用事例がないということがわかります(ここから
さらに、昭和 60 年頃に、国会で国籍法改正案を審議していると推測し、その当時の会議録
を確認することも必要です)。
*159 回国会衆議院法務委員会(平成 16 年 6 月 2 日)
○松野(信)委員
一方では、昭和六十年の一月一日以降であれば国籍の選択を迫るというこ
とで、法律上は法務大臣の催告まで規定がしてあるわけです。それくらいある意味では厳しく、
日本をとるのかそれとも外国をとるのかというふうに厳しく追及するような法律の仕組みにな
っているわけですが、たまたま昭和六十年の一月一日の法施行以前に重国籍者になっていた人
については、余りそう厳しく言わないで事実上容認している。こういう実態にあるので、私は、
こういう実態からしても、いささかちょっと不平等といいますか、重国籍を容認する方向でや
はり考えていかなければならない一つのファクターではないか、このように思っております。
それで、今選択のお話をしましたけれども、これは国籍法の十五条のところで、選択を迫ると
いう規定になっているわけで、今申し上げたように法務大臣は催告までするようになっている
んですが、現実にこの規定を活用して催告をしたというような実例はあるんですか。
○房村政府参考人
御指摘のように、国籍法十五条では法務大臣が重国籍者に国籍の選択を催
告することができると定められておりますが、法務大臣がこの催告をいたしますと、期間内に
具体的な選択をしないと最終的には日本国籍を失うという非常に重大な効果が生ずることとな
っております。
国籍を喪失するということは、その人にとって非常に大きな意味があります
し、家族関係等にも大きな影響を及ぼすというようなことから、これは相当慎重に行うべき事
柄であろうと思っておりまして、現在までこの催告を法務大臣がしたことはございません。
このようにして、法律の条文だけではわからない行政実例を知ることで、法制度上の建
前と実務上の実際が乖離していることがわかります。これだけでも、
「制度上は選択を強制
しているけど、実際は黙認しているからいいじゃないか」という立場や、「制度通りにしな
7
いのはけしからん」という立場、「やっぱり制度を実態に合うように改正すべき」という立
場が出てくると想定されます。
こういう点は、法律の条文や辞典を調べただけではわからない、「生きた法」に関わるこ
とですが、それを一番良く知る手立てが、国会の議論を参照することと言えるでしょう。
ここで見た会議録のほか、議員が文書で政府に質問を行う質問主意書もよい資料になりま
す。政府からの答弁書は、閣議決定を経ていますので、公式な見解の一つとして扱えます。
これらは、衆議院、参議院それぞれのホームページで公開されています。
■3、直接、行政機関に照会する
公開情報を見てもわからない点を調べる最後の手段として、直接、行政機関に問い合わ
せることがあります。ただ、その際は、質問の意図を明確にしておかないと、たらい回し
にされたり、トンチンカンな回答しか得られないことになります。
複数の省庁や部局にまたがるような案件も、相手を回答に困らせます。したがって、質
問は「おそらくこういう回答をするだろうな(or こういう回答ならできるだろうな)」とい
う想定をして組み立てていかなければなりません。ホームページなどで関連する資料にも
事前に目を通しておきましょう。
電話で問い合わせるときは、代表番号にかけて「□□大学の学生で、☆☆と申します。
○○について調べており、××について知りたいので、担当の方をお願いします。」と、交
換手に依頼します。担当部局がはっきりしていれば、「○○局××課の△△法の担当の方を
お願いします。」というような形で依頼するとスムーズにいきます。
役人も他の仕事で忙しい立場ですが、礼儀を踏まえて、意図が明らかな質問をすれば、
意外と丁寧に答えてくれますので、必要があれば、あまりおそれずに直接聞いてみること
も有効な策といえます。間違っても、自分の名も名乗らずに質問を始めるようなことがな
いように。また、後日、再度連絡ができるように、電話を切る前に、相手の所属と氏名を
確認することも忘れないようにしましょう。
8
STEP4
―
判例を調べる
法の意思を知る
―
■1、最高裁判所の判例を検索する
これまで、国会や内閣といった政治部門の見解や実務を見てきました。ただ、国会が制
定した法律といっても、憲法に反することはできませんし、内閣が行政権を行使する場合
も憲法や法律の内容に従わなければなりません。「実務上そうなっている」ということが、
必ずしも「法的に正しい」とは限らないのです。
では、憲法や法律の内容を知るにはどうすればよいでしょうか。ここで言う「内容」と
は、条文に何が書いてあるかではなく、法の「趣旨」を差します。文言を読んだだけでは
見えてこない法の意思といってもよいでしょう。
抽象的な文言の内容をより具体的にする作業を「解釈」といいますが、これを法に対し
て行う権限を有する機関が裁判所なのです。裁判所は、政治部門に対して司法部門と呼ば
れます。政治部門がその時々の社会的要求や世論に影響される政治を行うのに対し、司法
部門は政治部門と一線を画し、「法」のみを拠りどころとします。
その裁判所の見解が表れるのが「判例」です。判例は、個別具体的な紛争事件を解決す
るために、裁判所が法を解釈・適用(あてはめ)をした結果ですから、これを見れば、法
の意思を知ることができます。
同じ裁判所の判決でも、最高裁判所とそれ以外の裁判所の判決では、少し意味合いが変
わってきます。例えば、地方裁判所は全国に50ヶ所、高等裁判所は全国に8ヶ所あり、
それぞれの裁判所に所属する裁判官が独立して職権を行いますから、それら下級裁判所の
判決は、同じような事件で結論の異なる判決が出されたり、上級の裁判所で判決内容が覆
される可能性があります。
それに対して、最高裁判所は1ヶ所だけで、その判断を覆す上級の裁判所が存在しない
「終審裁判所」です。しかも、全ての訴訟は最高裁判所で扱われる可能性がありますから、
下級裁判所の判決も、自ずと最高裁判所の過去の判決(判例)を参照して、内容を決定し
なければなりません。
こうした効力を「先例拘束性」といい、法律上はどの裁判所も対等で独立した地位に置
9
かれ、過去の裁判に拘束されるという決まりはないのですが、やはり最高裁判所の判断に
は、他の裁判所にない権威性が事実上備わっているのです。そこで、最高裁判所の判決例
を「判例」、その他の裁判所の判決例を「裁判例」と呼んで区別する場合があります。
では、実際に判例の原文を入手してみましょう。判例そのものは、①最高裁判所が編集
した公式の判例集、②最高裁判所のホームページ、③公的機関の出版物、④民間の出版社
の判例雑誌、⑤民間の団体が運営するデーターベースに掲載されています。もちろん、同
じ情報が掲載されていますが、情報ソースの信頼性と格式という点から、基本的に①→⑤
の順に調べていくとよいでしょう。
①公式の判例集
最高裁判所は、訴訟事件を処理するだけでなく、司法行政の一環として、公式判例集の編集
も行っています。最高裁が、先例として重要であると判断した判例については、
『最高裁判所判
例集』に登載されることになっています。
これを図書館では、民事事件と刑事事件に分けて、
『最高裁判所民事判例集』と『最高裁判所
刑事判例集』として製本しています。これらは、『民集』『刑集』と略して呼ばれ、判例を引用
する際も、「民集○巻○号○頁」と記されます。
詳しい引用の仕方は、後述しますが、同じ裁判所で同じ日に複数の判決が出される場合があ
り、このようにして取り違いを避けるのです。判決日付の後には「事件番号」(例:平成 16 年
(オ)第 992 号)が付けられているので、これを手がかりにする場合もあります。
②最高裁判所のホームページ
最高裁判所が運営するホームページでは、最高裁判所をはじめとする判決例のデータベース
が利用できます。ただ、ここでの内容は、公式の『判例集』と同一ではありません。例えば、
当事者の名前や上告理由書、下級裁判所の判決が省略されています。また、データベースから
では、引用箇所が『判例集』の何頁の記述であるかを調べることはできません。もっとも、判
決文を調べるのみでしたら、さほど支障はないでしょう。
ホームページ上では、最近の最高裁判決が紹介されており、最も話題となっている判決がす
ぐに見られる点で優れています。公式の『判例集』が発行されるまでには、実際の判決から時
間がかかるので、発行されるまでの間は、こうした情報によって、当座の必要を満たすことが
可能です。
この他、裁判の仕組みや各種統計、最高裁判所規則などもホームページ上で公開されていま
すので、あわせて参照しておくとよいでしょう。
③公的機関の出版物
最高裁判所では、
「裁判所時報」という公報紙状の出版物を発行していますが、そこには、最
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近出た判決が掲載されています。速報性という点では、公式判例集よりも優れていますので、
こちらも参照すると便利です。
また、法務省では、
「訟務月報」という雑誌を刊行しており、公式判例集に掲載されていない
判例が掲載されることもあるので、こちらも資料として有用です。法務省は、国が被告になる
裁判において、弁護士の役割を果たしますから、そうした観点から必要な判例を掲載するので、
判例を選択する方針が最高裁とは若干違っています。
公的機関ではありませんが、
(財)法曹会という、裁判官と検察官によって運営される法人に
よって、「法曹時報」という雑誌が刊行されており、こちらでは判例を参照できるだけでなく、
最高裁判所調査官による「調査官解説」
(最高裁判所判例解説)が掲載されており、参考になり
ます。最高裁判所の調査官は、優秀な裁判官から選任され、最高裁判所裁判官が判決を書く際
の下調べや資料調査などを行う職で、調査官の考えが判決に大きな影響を及ぼします。そこで、
判決文の本意を知る手がかりになるのです。
④民間の出版社の判例雑誌
代表的なものとして、「判例時報」(判例時報社)と、「判例タイムズ」(判例タイムズ社)が
あります。これらの判例雑誌では、判例のポイントが簡潔に解説されており、また、判決文の
中でポイントとなる部分に傍線が引いてあるので、判例をじっくり読む時間がない場合などに
便利です。
二次資料的に参照するものとしては、ジュリスト(有斐閣)の別冊の判例百選シリーズがあ
ります。これは、法律学者が、一つの判例について、事件の概要・判旨・解説を2ページ程度
にまとめたものです。簡潔に判例を知るにはよいのですが、判決文全てが掲載されている訳で
はないので、ある程度目星がついたら、判例の原文を参照しなければなりません。
この他、「月刊判例地方自治」(ぎょうせい)のように、地方自治判例の紹介に特化した雑誌
もあります。
⑤民間の団体が運営するデータベース
本学で検索可能なものとして、「LEX/DB」(TKC)があります。最高裁から下級審まで、検
索方法も多様で、PDF 化された最高裁判例集を見ることもできます。広範囲な検索が必要な場
合は、これを利用すると便利です。
この他、第一法規の「判例体系」が、体系的網羅的な判例集として有用です。データベース
化もされていますが、加除式の印刷媒体での形体で収蔵している図書館が多いです。
まずは、最高裁レベルで、関係する判例があるかどうか探してみましょう。すると、国
籍について争っている判例は結構多いことはわかります。ただ、二重国籍についてみると、
該当する判例はとくに見当たらないようです。
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そこで、検索範囲を下級裁判所まで拡げてみます。すると、次のような裁判例がありま
した。
国籍確認請求事件
東京地方昭和五三年(行ウ)第一七五号
昭和五六年三月三〇日判決
行政事件裁判例集32巻3号469頁
判例タイムズ437号75頁
まずは、事実関係をよく読んで把握しましょう。どのような事件の文脈で、法律判断が
出てきたのか、あるいは出す必要があったのかを知ることが重要です。その上で、判決理
由として参考になりそうな部分を見ていきます。
はじめに、重国籍の問題が生じる背景を確認しています。先ほど、辞典で出てきた「抵
触」という言葉を使っていますね。
ところで、国籍の得喪に関する事項は、伝統的に各国の国内管轄事項であるとされ、超国家的
な統一原則が定立されないまま、各国ともそれぞれの歴史的沿革や国策等に基づいて独自の立
法をしているのが現状であるため、その当然の結果として、異国籍者間に出生した子などにつ
いて国籍の積極的抵触(重国籍)又は消極的抵触(無国籍)という事態が発生するのを避けら
れない。
次に、より具体的な弊害を挙げています。個人・国家双方において、様々な問題が出て
くると述べています。
そして、重国籍の場合には、自国の国籍の存在を主張する各国家は、一方において、同一の個
人に対して兵役義務その他の国民としての義務の履行を要求し、当該個人をして去就の決定を
不可能ならしめ、これを著しく不利益な地位におくとともに、他方において、これらの各国家
は、当該個人に対する外交保護権の行使あるいは犯罪人引渡等をめぐつて相互に対立し、国際
紛争を惹起するおそれがあるばかりでなく、国際私法の対象となる渉外的要素の有無の判断や、
その準拠法としての本国法の決定にも困難が生じ、更に、重国籍の一方が自国籍であるときは、
外国人に対する各種の権利制限を定めた国内法を当該個人に適用し得るかを解決する必要にも
迫られる。
こうしたことを踏まえて、次の「国籍唯一の原則」について言及します。
このように、現在の国際社会において国籍の抵触が不可避的に発生し、国際平和の維持及び
人権尊重の面からこれを放置しておくことができないため、国籍の抵触をできるだけ防止して
国籍唯一の原則を実現することは、国際的に承認された国籍立法の理想とされているのである。
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それらの一般論をもとに、現行の国籍法についての具体的な考察を加えます。当時の国
籍法は父系血統優先主義を採用していますが、国会の会議録を参考にして検討し、その立
法趣旨が「重国籍の防止」にあることを示します。
右のような重国籍防止の目的は、1で述べた重国籍の弊害からみて、国の重要な利益に合致
するものであるとともに、当該当事者個人にとつても結局のところ利益となるものである。
重国籍当事国が友好関係にあり相互に重国籍の調整措置を設けているような場合だけを想定
するならば、重国籍の不都合はさして表面化しないけれども、そうでない場合のことをも考え
て一般的に論じる限り、重国籍の防止を重要であることは明らかである。
現実に重国籍が生じた場合の具体的な法律関係の処理としては、例えば、重国籍の一方が自
国籍であるときは本国法の決定につき自国籍を優先させるとか、重国籍がともに外国籍のとき
は住居所所在地の国籍を基準とするといつた解決策が従来から若干の条約や立法等において採
用されているが、それらは重国籍によつて生じる問題の一部を解決するものにすぎないし、ま
た、それらの解決策のすべてについて国際的承認が得られているわけでもないのである。
したがつて、そのような解決策があるからといつて、重国籍そのものの防止を図ることの必
要性を過小評価することはできない。
この裁判例を見る限り、重国籍の状態は望ましいものではないとの考え方が「法の意思」
のようです。基本的には、政府見解や行政実例に沿った理解をしているようです。
もちろん、下級裁判所の裁判例の一つに過ぎませんから、その影響力は限られますが、
これを正面から否定する他の裁判例が見あたらないので、その意味での価値がある裁判例
といえます。
STEP5
議論状況を調べる
― 新聞・文献・WEB 情報 ―
■1、新聞記事を検索する
ここまでの作業は、現状の確認であって、地盤固めに過ぎません。もっとも、地盤がし
っかりしていなければ、この先の議論は成り立ちませんから、決して手を抜くことはでき
ないのです。
では、ここからは、現状に対する批判・改善などの余地を探していきます。今は「A」と
いう状態が正しくても、将来的に「B」という状態の方が正しいということがありうる訳で、
そうした「見えない将来」を断片的情報から探り当てる作業を行うことに調査の意義があ
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ります。
例えば、かつて女性に参政権がないことが「当たり前」の時代がありました。今からす
ると、それが「間違い」であることは簡単に論じられますが、
「当たり前」だった時代に「間
違い」であることを指摘することは大変な労力が必要でした。
もちろん「間違い」との指摘自体が「間違い」である場合もあります。ここで、「群盲象
を撫でる」の話を思い出してください。自分自身で考えていることも間違っているかもし
れないのですから、他人の言うことなど、もっと疑ってかからなければなりません。
高校までのレポートでしたら、与えられた「正解」を模倣することが「当たり前」だっ
た訳ですが、これを大学でやることは、明らかな「間違い」です。自分自身で考え抜いた
「正解」こそ、調査・考察をしたレポートとしての価値があるのです。
もっとも、ただ「にらめっこ」していれば「正解」に近づける訳ではありません。様々
な見解を広く知り、「こういう見方もできるのか」と視野を広げていくことが、必要になり
ます。社会の公器である新聞記事からこれを知ることが一般的ですので、まずは、これを
調べていきましょう。
はじめに、大学生として、新聞に毎日目を通すことは当然だということは言うまでもあ
りません。新聞に掲載されている内容は、社会人としての一般常識ですから、自宅で1紙
は定期購読し、図書館などで他の新聞も読むべきです。
すでに、「どんな分野であれ、情報は、ほとんどの場合、公刊情報(Open Source)から
得ることができます」と述べましたが、Open Source の代表格が新聞ですから、まずは新
聞情報をしっかり読み込むことが肝要です。
その上で、過去の新聞記事を調べるには、新聞記事のデータベースを活用します。ただ
し、古い記事になると、データベース化されていない場合があるので、注意が必要です。
データベースに載っていない記事を調べるには、各新聞社が発行する「縮刷版」を利用
します。縮刷版は、図書館に所蔵されていますので、詳しくはレファレンスカウンターで
聞いてみてください。
新聞は各社の編集方針の違いから、それぞれ論調が異なる場合があるので、1紙のみで
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はなく、複数の新聞を読んで、多面的な視野から物事を考察する習慣をつけることが重要
です。
■2、文献を検索する
書籍・論文などのデータベースは様々なものがありますが、国立国会図書館が公開して
いる NDL-OPAC が、最近よく使われています。これも以前は、国会の議員事務室からしか
利用できなかったのですが、一般の人も登録すれば資料の申込みまでできるようになって
います。
もっとも、NDL-OPAC は、法律分野以外の文献も検索対象となりますので、検索語によ
っては膨大な量の文献が出てくる場合があります。そこで、法律関係のデータベースであ
る「法律判例文献情報」(第一法規)や「法律時報文献月報検索サービス」(日本評論社)
を使うのが便利です。
これらのデータベースは、調べたいテーマで検索をすることができますが、実際にその
文献を手に入れたいときはどうすればいいでしょう。
まずは、図書館の OPAC で所蔵しているかどうかを確認します。もし所蔵していない場
合は、NACSIS Webcat で他大学の図書館の所蔵状況を確認します。日本国内の全ての大学
図書館が検索対象になりますので、たいていの文献はこれで見つけられるはずです。
他大学での所蔵を見つけたら、図書館の ILL カウンターで取り寄せてもらうか、紹介状
を作成してもらい、直接、その大学図書館に行ってみましょう。他大学に行く機会が少な
い人には、資料調査を理由に、大学を見比べてみるのもよいものです。
それでも所蔵図書館が見当たらない場合は、公立図書館や国立国会図書館を利用するこ
とも必要になりますので、レファレンスカウンターで相談してみましょう。
■3、WEB 情報を検索する
STEP3では、国の行政機関の提供する情報に絞って検索してきましたが、ここでは一般
的な検索をしていきます。この場合は、とくに難しいことはありません。Google や Yahoo!
といった検索サイトで調べてみましょう。
ここで、「重国籍」または「二重国籍」で検索すると、請願運動などを行っている団体の
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ホームページをいくつか見ることができます。これまで調べてきた政府の立場とは違った
見解を知ることができますし、そうした団体の活動状況もよくわかります。
ただ、WEB 上で注意すべきは、その情報の信頼性です。
「∼を求める市民の会」と記さ
れているのに、使い捨て可能なメールアドレスくらいしか連絡先が記されていなかったり、
代表者が誰なのかわからなかったりという情報は、あまり参考資料としての価値は高くあ
りません。
もし、役立ちそうな情報などが掲載されていても、基本どおり、一次資料を探すように
しましょう。法律関係のレポートの場合、なるべく URL を参考文献として用いないように
した方が得策といえます。
■4、まとめ
これまでのところでは、法律関係の調査という視点から説明をしてきましたが、これは、
一般的な資料調査の方法を踏まえたものですので、この機会に、下記を参考にして資料の
探し方を再確認してみましょう。
http://www.mita.lib.keio.ac.jp/reftool/
「資料の探し方」(慶應義塾大学三田メディアセンター)
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