2000年11月15日 国籍確認請求控訴事件

国籍確認請求控訴事件 平成 12 年 11 月 15 日 事件番号:平成 12(行コ)61
裁判長裁判官:武田多喜子
裁判官:正木きよみ、松本久
原審:大阪地方裁判所 平成 11 年(行ウ)54
<主文>
一.原判決を、取り消す。
ニ.訴訟費用は、第 1、2 審とも被控訴人の負担とする。
<事実および理由>
第一:当事者の求めた裁判
一.控訴人―主文同旨。
ニ.被控訴人
1.本件控訴を、棄却する。
2.訴訟費用は、控訴人の負担とする。
大阪高等裁判所 第 4 民事部
第二:事案の概要
本件事案の概要は、次に付加・訂正するほか、
原判決の「事実および理由」中の「第二:事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。
1.
原判決 12 頁 5 行目の「
(四)
」の次に、
「控訴人が、
A は、B が離婚届を提出後、被控訴人が出生するまでの間に、胎児認知をすることが可能であったと主張するが、
右離婚届が提出されたのは、平成 9 年 9 月 25 日で、被控訴人は翌 26 日午前 10 時 21 分に出生しているのであり、
その間に「A が胎児認知をするべきであった」とすることは、A に無理を強いるものである。
また B が、
「より早期に離婚届を提出していれば、胎児認知の時間的余裕は十分にあった」とも主張するが、
離婚届の提出について、夫 C の最終意思を確認するため、これを速やかに提出しなかったとしても、そのこと自体、不合理ではないし、
右の点は、
「被控訴人の父親」である A の関与できる事柄ではないのであるから、これをもって A を非難することはできない」を
加える。
2.
同 14 頁末行の次に、改行のうえ、次のとおり加える。
「B が離婚届を提出した翌日に、被控訴人が出生したにしても、
離婚後、胎児認知のために必要な合理期間を要するとして、
右期間内に子が出生した場合には、
「婚姻中」と同視できるとすることは、
例外的な事情の中に、さらに不確定な要素を持ち込むものであって、許されない」
3.
同 18 頁 5 行目の次に、改行のうえ、
「本件最判において、遅滞なくの要件は、
出訴期間の制限のない「親子関係不存在確認」の法的手続きにおいて求められているのであるから、
「嫡出否認の訴え」の出訴期間そのものを、判断基準として考慮するのは合理性を欠き、
むしろ、国籍の得喪に関する「国籍留保の届け出期間」である
出生の日から 3 ヵ月以内(国籍法 12 条、戸籍法 104 条 1 項)を基準とすべきである」を加える。
第三:当裁判所の判断
一.
当裁判所も、国籍法 2 条 1 号の解釈としては、本件最判と同旨の見解に立つものであり、
その趣旨は、原判決 18 頁 7 行目から同 21 頁 3 行目までのとおりであるから、これを引用する。
ニ.
本件が、
要件①の、戸籍の記載上嫡出推定がなされ、胎児認知届が不適法として、受理されない場合に該当するかについて、検討する。
前記のとおり、本件最判は、子の出生時に「外国人である母」が婚姻中の事案について、
(イ)外国人母の非嫡出子が、戸籍の記載上「母の夫」の嫡出子と推定されるため、
「夫以外の日本人である父」がその子を胎児認知しようとしても、
その届け出が「認知の要件を欠く、不適法なもの」として受理されないから、
胎児認知という方法によっては、子が生来的に日本国籍を取得できず、
同じく「外国人母の非嫡出子」でも戸籍の記載上、嫡出の推定がされない場合には、
胎児認知の手続きをとることにより、生来的に日本国籍を取得する途が開かれているのに比し、著しい差があり、
その差異を肯認できる合理的な理由は認められないことから、右前者にも同等の生来的国籍取得の途が開かれるように、
「国籍法 2 条 1 号の規定」を合理的に解釈適用するのが相当であるとし、
(ロ)戸籍実務上、外国人母が別の男性と婚姻中で、胎児が「母の夫の嫡出子」であるという推定が働く場合には、
実父が胎児認知届をしても不受理処分となるが、
嫡出推定を排除する裁判が確定し、実父が再び認知届をすることにより、
右不受理処分が撤回されて、不受理処分をした日をもって届け出が受理され、胎児認知が有効とされる余地があるにしても、
不受理処分が予想されるのに、「あえて胎児認知届をしておくこと」を要求することは適当でないとして、
この場合も胎児認知をするにつき、法律上の障害があるとしたものであって、
このようにみてくると、本件最判にいう、
「戸籍の記載上、嫡出の推定がされるため、胎児認知ができない場合であること」とは、子の出生時において、
外国人母が戸籍上婚姻中であるため、胎児認知を適法になし得ない場合であることを、意味しているものと解される。
これに対し、母の離婚後であれば、
被控訴人の出生以前から「戸籍実務上、胎児認知は適法なもの」として受理する取り扱いが確定していたのであって
(大正 7 年 3 月 20 日付け民第 364 号法務局長回答(乙 1)、昭和 57 年 12 月 18 日付け法務省民 2 第 7608 号民事局長回答(乙 2))、
その後、一定期間内に子が出生し、法例 17 条の指定する準拠法によりなお、嫡出推定が働く場合は、
先の胎児認知届の受理は、撤回され不受理処分がされるが、
前記と同様、その後、右嫡出推定を排除する裁判が確定し、届出人が改めて認知届をすれば、不受理処分が撤回され、
胎児認知は有効とされるものである(乙 7)
。
右のように、母の離婚後の場合には、婚姻中と異なり、
戸籍実務上の確定した取り扱いにより、胎児認知が適法とされる余地がある以上、
胎児認知をすることについて「法律上の障害」があるとは言えないから、
この点で、胎児認知の届け出がいったん受理されたとしても、結果的に、外国人の母の離婚後 300 日以内に子が出生したことにより、
右受理が取り消されることになることの故をもって、
右胎児認知の届け出が、適法になされるかどうかという「法的状況の差」を否定することは、相当ではないと言うべきである。
しかしながら、右の見解に立ってみても、「母の離婚」と「子の出生」とが時期的にきわめて近接している場合でも、
「離婚後だから、胎児認知届が適法に受理される」からとして、
実父に対し「胎児認知届を、離婚届と同時、またはその直後に提出すること」を要請することは時間的に無理を強いるもので、
社会通念に反することが明らかであって、相当でないから、
「適法に胎児認知ができる」と言うためには、
離婚後、子の出生前に胎児認知をすることができる「客観的可能性の存在」はなお必要であると解すべきであり、
子の出生前に、母が離婚した場合であっても、
離婚届提出後、胎児認知のために必要な合理的機関を経過する前に、子が出生した場合には、本件最判の法理を拡大して、
適法に胎児認知をするにつき、
「法的障害と実質的に同視できる障害」があったと解するのが相当である。
控訴人は、
右解釈は「例外的な事情」の中に、さらに不確定な要素を持ち込むものであって、許されないと主張するが、
合理的解釈適用の必要性が否定できない以上、採用することはできない。
これを本件についてみると、前記争いのない事実等のとおり、
B は、平成 9 年 9 月 25 日、C との離婚届を提出し、その翌日の同月 26 日には、被控訴人が出生しているものであるから、
A が胎児認知をするのに必要な合理的期間を経過する前に、子が出生したものと言うべきである。
右の点に関し、控訴人は、
B は遅くとも、平成 9 年 8 月には「C との離婚届」を提出し得たはずであり、
そうすれば胎児認知をするにつき、十分な時間的余裕があった旨主張する。
確かに、証拠(甲 7、証人 A、被控訴人法定代理人)によれば、
B は、C と「長女の親権および養育問題」が解決していなかったため、C から預かった離婚届を提出することができなかったところ、
平成 9 年 8 月ころには、右の問題についても合意に至り、離婚届を提出するにつき、格別の障害はなくなったことは認められる。
しかし、右各証拠によれば、
B は離婚届の提出につき、C の最終意思を確認するため連絡を取ろうとしたが、
これができないまま出産予定日が切迫した同年 9 月 25 日になって、ようやく右離婚届の提出をし、
右提出の予定を、事前に A に連絡していなかったことが認められ、
右事情の存在することに加え、胎児認知をするについては「母の同意」を要するから、
これをするにあたっては事前の交渉が必要になるとはいえ、右離婚届の提出そのものについては、実父である A は第三者であって、
右提出の時期を決定できるわけではないことを考慮すれば、
B が平成 9 年 8 月には離婚届を提出し得たからといって、
A が適法に胎児認知をするにつき、障害があったとの前記判断を、左右するものとは言えない。
よって控訴人の右主張は、採用できない。
三.
次に、要件②の、
「母の夫」と子との間の親子関係の、不存在を確定するための法的手続きが、
子の出生後、遅滞なくとられたと言えるかについて検討する。
右の「遅滞なく」の要件については、これを具体的な数値をもって示すことは困難であるが、
右要件が要求される趣旨が、
「生来的な日本国籍」の取得は、出来る限り「子の出生時」に確定的に決定されることが望ましいことにあると考えられるから、
右法的手続きをとるにつき、
「事実上の障害のあった期間」を除いた合理的な期間内にすることを要するもの、と言うべきである。
これを本件についてみると、
前記争いのない事実等に、証拠(甲 7、証人 A、被控訴人法定代理人)、および弁論の全趣旨によれば、
「被控訴人と C との親子関係」不存在確認の訴えは、被控訴人の出生から 8 ヵ月と 21 日後に提起されたところ、
B は帝王切開により被控訴人を出産し、その後、母体保護のため 2 週間ほど入院し、退院後も自宅療養をしていたこともあったが、
被控訴人の出生から約 6 ヵ月を経過した、平成 10 年 3 月ころ、弁護士に相談し、法的手続きをとるために C の所在を調査し、
同年 6 月 15 日、公示送達の方法により「C との親子関係」不存在確認の訴えを提起したことが認められるが、
他方、右各証拠によると、
B は、前記退院後は、自宅療養はしていたものの、長女の通学の送迎等は可能な状況にあったこと、
すでに平成 9 年 8 月ころ以降は、C が一方的に連絡してくるだけで、B は「C の所在」を把握できていなかったこと、
A から、C および被控訴人を「相手方」として、同様の訴えを提起することは可能であったが、
A は、知人である弁護士に種々相談したものの、右の手続きをとっていないこと、以上の事実が認められ、
この事実に、前記提訴のための「C の所在調査」に長期間を要したことを、認めるに足りる証拠もないことを併せ考えると、
B の退院後、前記提訴まで 8 ヵ月余も経過したことにつき、客観的にみて「やむを得ない事実」があったとは認め難いうえ、
B および A は「親子関係の不存在」を確定するための法的手続きをとること自体について逡巡しており、
このことに起因して、提訴まで 8 ヵ月余の長期間が経過したものと推認され、
そうとすれば、前記認定した B の体調不良や、C の所在調査が必要であったことを考慮しても、
右法的手続きが「遅滞なく」とられたと言うことは、できない。
なお被控訴人は、
「嫡出否認の訴え」の出訴期間が、民法上「1 年」と定められていることから、
「遅滞なく」の要件も、同期間を基準とすべきであると主張する。
右出訴期間は、
「子の身分関係を速やかに安定させるための合理的期間」を定めたものと解されるが、
「遅滞なく」の要件の判断にあたっては、一律に、右期間を基準とすべき合理的理由はなく、右主張は採用できない。
また被控訴人は、
「戸籍上の父」の所在が明らかな場合と、所在不明の場合とで、
右「遅滞なく」の判断を画一的に決めるのは、憲法 14 条に違反する旨主張するが、
前記のとおり、本件では「C の所在調査」が必要であったことを考慮してもなお、右要件を充足しないと言うべきであり、
右主張も採用できない。
四.
以上によれば、被控訴人の本件請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないから棄却すべきである。
よって、これを結論を異にする原判決を取り消したうえ、主文のとおり判決する。
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