高抵抗値安定化特殊カーボン - 機能性カーボンフィラー研究会

「半導電性炭素材料含有ESD対策樹脂材料」
クレハエクストロン株式会社
製造部 次長
要
川崎 達也
旨
多くの樹脂材料は絶縁性であり,摩擦や分離(剥離)などにより容易に帯電する。帯電した樹脂材料表面に
金属などの導電性材料が接近した場合,瞬間的な電荷移動(放電),いわゆる静電気放電(Electrostatic
discharge:ESD)が起こり,この電荷移動時に発生する電流あるいは熱エネルギーによって電子デバイスが破壊
される(ESD破壊)。
材料の帯電性や電荷移動速度はその表面抵抗に大きく依存しており,一般的にESD対応材料に要求される
表面抵抗値は105~1011Ω の静電気拡散性領域(半導電性領域)といわれている。
本稿では,半導電性炭素材料とコンパウンド技術(分散技術)を組み合わせることにより,表面抵抗値を静
電気拡散領域に安定的に制御したESD対応樹脂材料について紹介する。
はじめに
近年の半導体分野,ハードディスクドライブ(HDD)分野,及び液晶ディスプレー分野では,電子デバ
イスの高速化・高集積化による各構成部位の微細化が進行しており,製造工程内でのデバイスのESD破壊は
より深刻な問題となりつつある。
ESD発生機構は、Ⅰ.摩擦や剥離により電荷が発生する、Ⅱ.電荷が蓄積される、Ⅲ.帯電物と導電物と
の接近時、急激な電荷移動が行われる、の3段階からなる。
ESD対策は,①電荷を発生させないこと,②電荷を蓄積させないこと、③ESD放電時の電荷移動速度
を制御し,発生電流レベルを抑えること、となるが、実際には、①に関しては防御手段がないため、一般的に
はESD対策としては②および③が取り組まれている。
材料の帯電性や電荷移動速度はその表面抵抗に依存し,一般的にESD対応材料に要求される表面抵抗値
は105~1011Ω の静電気拡散性領域(半導電性領域)といわれている。
本稿では,半導電性炭素材料とコンパウンド技術(分散技術)を組み合わせることにより開発した,表面
抵抗値を静電気拡散領域に制御したESD対応樹脂材料について紹介する。(1)(2)(3)(4)
1.材料の表面抵抗値による分類
材料はその表面抵抗値(Surface resistance: Rs)によりグループ分けされ,IEC61340-5-1,5-2 に従う
場合(5),3つグループと表面抵抗値の範囲は、表1に示される通りである。
静電気導電性物質は,摩擦や剥離などにより帯電しにくいため,それ自体が電荷発生源にはなりにくい。
しかし,他の帯電物が接近あるいは接触する際には,電荷移動速度が大きいため,急激な放電が起き,大電流
を発生しESD破壊が起こる。
一方、絶縁性材料は,摩擦や剥離などにより容易に帯電し,また,電荷を蓄積する性質を有しており,電
表1.表面抵抗値に基づく材料分類(IEC61340-5-1,5-2基準)
分類
表面抵抗値:Rs (ohm)
特徴
静電気導電性(electrostatic conductive)
1×10 2 ≦ Rs < 1×105
静電気拡散性(electrostatic dissipative)
1×10 5 ≦ Rs < 1×1011 帯電しにくくい、かつ電荷がゆるやかに拡散する。
絶縁性(insulating)
1×10 11 ≦ Rs
帯電しにくいが、電荷移動速度が大きい(大電流)。
帯電しやすく、電荷蓄積しやすい。電荷の移動・拡散速度は小さい。
荷の発生源となりうる。そこに導電性物質が接近,あるいは,接触することにより急激な電荷移動が起こりE
SD破壊が発生する。多くの樹脂材料は絶縁性であり,電荷発生源となるリスクを有する。
静電気拡散性は,上記の2つのグループの中間の性質であることから「半導電性」とも呼ばれており,そ
の表面抵抗値範囲は 1×105Ω以上 1×1011Ω未満となる。
その静電気的な特徴は,帯電しにくく,かつ電荷を緩やかに拡散するものであり,ESD破壊対策材料と
して推奨される。
2.材料の表面抵抗値制御技術
樹脂材料の多くは絶縁性であり,樹脂材料におけるESD対策はその絶縁性を減少,すなわち,材料表面
抵抗値を低下させて,最適な範囲に制御することで行われる。(6)
本稿では,以下に示す 4 種の表面抵抗値制御技術に関して記述する;
1)界面活性剤
2)高分子型帯電防止剤
3)導電性充填材複合化
4)半導電性炭素複合化
2.1
界面活性剤
界面活性剤は同一の分子式内に親水基と疎水基を有し,2つの性質の異なる物質の境界面である界面に対
して作用し,その界面の性質を変える物質である。界面活性剤の帯電防止効果は,表面塗布などにより樹脂表
面を帯電防止剤で覆うことで効率よく発現される。
界面活性剤型帯電防止剤を保持する親水性原子団別に分類したものを表2に示す。(6)(7)(8)親水基の特
性により,アニオン型,カチオン型,両性型および非イオン型へ分類される。
界面活性剤型帯電防止剤を利用した帯電防止策は,安価で簡易である利点から,樹脂材料表面への塗布あ
るいは樹脂材料への練りこみなどの方法により広く用いられており,電子・電気デバイスの出荷用包装材など
に広く使用されている。また,透明性樹脂材料への使用した場合,その透明性が維持できる点も利点の1つで
ある。
しかし,界面活性剤型帯電防止剤に関しては,持続性が低い,材料の表面特性制御が難しい,耐熱性が低く
通常の樹脂加工温度範囲において分解または揮発が起こる,帯電防止効果の発現が吸着される平衡水分に起因
するところが大きく,低湿度条件下では帯電防止効果が低下する場合がある,などの欠点を有する。
2.2
高分子型帯電防止剤
高分子型帯電防止剤は,ポリエチレンオキシド(PEO) などの導電性ユニットを高分子主鎖に導入した高
分子化合物をアロイ化して,帯電防止効果を持続させたものである(表3)(6)(7)(8)。高分子型帯電防止剤
に関しても,界面活性剤と同様に,化学構造によりアニオン,カチオン,両性,および非イオン型に分類され
る。
高分子型帯電防止剤は,低分子量化合物である界面活性剤に比較して,熱安定性の向上,ブリードの抑制,
および帯電効果の持続性向上などその性能が大幅に改良されている。また,界面活性剤と同様,透明性樹脂材
料の透明性を維持しつつ,帯電防止性能を付与できる利点も維持している。
しかしながら,高分子型帯電防止剤は,すべての樹脂材料類に対して有効ではなく,用途に制約がある。
例えば,近年注目されている高耐熱性のエンジニアプラスチックに関しては,その加工温度が200℃を超え
ることから,高分子型帯電防止剤の化学構造がガス放出とともに破壊され,帯電防止機能が消失する,あるい
は,高分子型帯電防止剤自体が発生ガスや揮発性有機物などの汚染源となる場合がある。
また,高分子型帯電防止剤を利用した系においても,親水基含有高分子化合物を使用する例が多いことか
ら,得られる樹脂材料の表面抵抗値が湿度に依存する場合が多い。
2.1,2.2 で述べた界面活性剤および高分子型帯電防止剤に関しては,樹脂材料の抵抗値を低下させる能力
に限界があり,表面抵抗値の下限値は1010Ω程度であり,静電気拡散性領域(1×105Ω以上 1×1011Ω未満)
の低抵抗側への対応は困難となる。
2.3
導電性充填材複合化
加工温度 200℃以上の高耐熱樹脂材料にも利用でき,帯電防止性能の湿度依存性も小さく,かつ,材料の
表面抵抗値を静電気拡散領域の低抵抗側まで対応可能とする場合,主に絶縁性である樹脂と導電性充填材との
複合化が有効となる。
導電性充填材には金属や炭素などの繊維状,粉末状および中空状充填材があり,樹脂複合材の表面抵抗値
は,導電性充填材の種類と充填量,サイズ(繊維径,繊維長)と分散状態,さらには導電性充填材と樹脂との
相互作用に影響される。特に導電性充填材量は樹脂材料の表面抵抗値に強く依存し,充填材量の増加で急激な
表面抵抗値の低下が見られるため(図1),要求される静電気拡散領域の表面抵抗値の樹脂材料を安定的に製造
するのは困難となる。
図 1 の例では,1×105Ω以上 1×1011Ω未満の静電気
拡散領域に対応する導電性充填材量の範囲は12~1
6%であり,この範囲内においては1%の充填材量の
差で表面抵抗値は大きく変動することが示されている。
2.4
半導電性炭素複合化
最近の技術においては,導電性充填材自体に特別
な性能を付与し,複合化技術(分散技術)を工夫する
ことにより,これまで困難とされてきた樹脂材料の静
電気拡散領域における表面抵抗値の安定的制御を可能
にした材料が開発されている。
このような例には,半導電性の炭素材料を利用し
た技術や静電気拡散性無機材料(セラミック)の技術
が含まれる。ここでは,半導電性の特殊炭素材料を利
(1)(2)(3)(4)
用した技術について紹介する。
図2に特殊炭素材料使用系の表面抵抗値制御技術を示す。図中,X 軸はフィラー充填量インデックスで,
表面抵抗値の変曲点における各種充填材量(%)を基準(1.00)とした充填材量に対応する指標,Y 軸は
樹脂材料の表面抵抗値(Ω)を表す。
通常の導電性炭素繊維使用系
は◇印で,特殊炭素使用系に関し
ては,E+09Ω中心に表面抵抗値を
制御した場合には●印で,E+07Ω
中心に表面抵抗値を制御した場合
には▲印で結果を示した。
2.3 にも既述したように,通常
の導電性炭素繊維系では充填材量
変化に対して表面抵抗値が急激に
変化しており,静電気拡散領域に
おける表面抵抗値の安定的な制御
は困難である。
一方,特殊炭素使用系では,
静電気拡散領域内で安定的に樹脂
材料の表面抵抗値を制御が可能で
あり,図2の場合においては,E+09
Ωおよび E+07Ω中心での表面抵
抗値制御が可能である。さらに特
殊炭素の調整条件変更や樹脂組成
物内の配合変更で E+6Ωから E+12Ωまでの範囲で表面抵抗値制御が可能となる。
静電気拡散領域内の表面抵抗値安定制御は、特殊炭素材料が一般的な炭素繊維と異なり、静電気拡散性を
有することに起因する。安定制御は、フィラー充填材量を樹脂材料の表面抵抗値の平衡値に到達する量を超え
た領域で行う。これに独自のコンパウンド技術(分散技術)を組み合わせることにより,表面抵抗値を安定的
に制御したESD対応樹脂材料製造が可能になる。
この技術に関しても,2.3 の導電性充填材の場合と同様,熱安定性の低い帯電防止材料や添加剤は一切使用
していないため,高耐熱性であるスーパーエンジニアリングプラスチックまでを含む,多くの熱可塑性樹脂に
対して技術適用が可能となる。
表 4 にはこの技術の鍵となる特殊炭素の主な物性を示す。20μm 程度の不定形の炭素材料であり、粉砕を
行い粒径変更して用いることも可能である。電気抵抗(体積抵抗率)は E+05~E+07Ω・cm 程度であり、通常
の炭素繊維の E-4~E-1Ω・cm に比較して非常に大きいことがわかる。
表4.特殊炭素材料の物性
物性
測定法
単位
特殊炭素(KH-CP)
かさ比重
JIS-Z-2504参照
g/cc
0.53
体積抵抗率*1) JIS K7194
Ω・cm
E+05~E+07
平均粒径*2)
D(50)
μm
約20
*1) 通常の炭素繊維の体積抵抗率:E-4~E-1Ω・cm
*2) 用途に合わせて粒径を変更可能(2~20)
3.樹脂材料の表面抵抗値の均一性
一般的にESD対応樹脂材料を選定する場合,樹脂材料の成型品・加工品の表面抵抗が各種成形加工条件
に対して変動する,成形品の各部位で表面抵抗値がばらつくなどの問題点があるため,各樹脂複合材料に対し
て,成型・加工条件を厳密に管理する必要がある。この問題は,各成形加工において,微小領域における充填
材の分散状態や濃度にバラツキが生じるため起こると考えられる。
静電気拡散領域で表面抵抗を安定的制御した樹脂材料に関しては,その表面抵抗の成形・加工条件への依
存性が小さく,成形品の外層(スキン層)と内部(コア層)の表面抵抗の差も小さくなるように設計されてい
るものもある。
図3に,射出成型品の各部位における表面抵抗値のバラツキ評価の結果を示す。2種のESD対応樹脂材
料(マトリックスポリマー:ポリエーテルエーテルケトン(PEEK))について,射出成形で100mm×1
30mm×3mmの板状サンプルを作成し,サンプルの各部位の表面抵抗をピン間距離 9mm の 2 ピンプロー
ブ型表面抵抗計で測定した。図中,X 軸は板状サンプルの測定箇所,Y 軸は樹脂材料の表面抵抗値(Ω)を示
す。特殊炭素材料系樹脂複合材(●)の場合,射出成形品の各部位における表面抵抗値は全ての測定部位で E+09
程度と同一レベルに制御されている。一方,導電性炭素繊維系樹脂複合材(◇)の場合,下限 1.E+05Ωから上
限 1.E+11Ωまで表面抵抗値が変動する結果であった。
図4には,樹脂材料の表面と内部の抵抗値のバラツキの調査結果を示す。3mm 厚の板状射出成形品を用い
て,表面から削り出し加工を行い,表面からの削り距離と表面抵抗値の関係を調べた。
特殊炭素材料系樹脂複合材(●)の場合,射出成形品表面の抵抗値は約 E+09Ω程度であり,0.2mm 程度表
面を削り取った場合,抵抗値は若干低下して E+08Ω台となるがその後は抵抗値の低下幅は小さく 1.5mm 削っ
た場所でも初期抵抗値に比較して E+01Ω程度の低下に留まる。
一方,導電性炭素繊維系樹脂複合材(□)の場合,
射出成形品表面の抵抗値は約 E+09Ω程度であるが,
0.2mm 程度表面を削り取った時点で,抵抗値は大幅に
低下して E+04Ω台となり,1.5mm 削った場所では E+02
Ω台まで低下した。
一般的に,樹脂射出成型品では,金型と樹脂材料
の界面に樹脂リッチのスキン層が形成されるため射出
成形品最表面の表面抵抗値は,内部の抵抗値に比較し
て高抵抗となる。図4において,特殊炭素材料系樹脂
複合材(●)の場合,導電性炭素繊維系樹脂複合材(□)
の場合,ともに最表面(削り距離0mm)の抵抗値は
内部に比較して高くなっている。しかしながら,内外
の抵抗値の差異は,特殊炭素材料系で小さく,導電性
炭素繊維系で大きくなっている。これは,特殊炭素材
料系では表面抵抗値が充填材量にさほど依存しない平衡領域で制御されているのに対して,導電性炭素繊維系
では安定的な表面抵抗値制御ができていないことから,成型品の内外で繊維濃度が変化する,繊維配向状態が
変動するなどの影響で表面抵抗値が変動すると考えられる。
おわりに
特殊炭素材料とコンパウンド技術(分散技術)を組み合わせて,表面抵抗値を静電気拡散領域に厳密に制
御したESD対応樹脂材料について紹介した。
最近の先端産業分野での技術革新に伴い,各種デバイスは小型化・高性能化へ移行しており,静電気放電
に対する感受性(ESD 敏感性)は高まりつつある。
今後も半導電性炭素材料を使用した技術を ESD 問題を抱える種々な産業分野へ展開し有効な解決策を提案
していく所存である。
参考文献
1) 川崎達也、日本信頼性学会誌、2013 年 9 月 P350 (2013)
2) 西畑直光,川崎達也,JETI,Vol.52(8),P73(2004)
3) 西畑直光,川崎達也,クリーンテクノロジー,Vol.14(3),P40(2004)
4) 西畑直光,小松勇一,川崎達也,静電気学会講演論文集‘04,P157(2004)
5) ESDコーディネータ資格認証専門委員会出版委員会編集,二澤正行著,株式会社プラスチックス・エージ
発行:静電気管理技術の基礎-IEC61340-5-1,5-2 の解説,P15-16(2004 年初版)
6) 一般財団法人
日本電子部品信頼性センター編二澤正行
監修:静電気管理のためのデータブック,P220
-227(2012 年 6 月 1 日発行)
7) 高井好嗣,プラスチックエージ,43,[4],113(1997)
8) 西畑直光,川崎達也:最新
導電性材料
技術大全集(下巻),技術情報協会,P269(2007 年発行)