日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌 2015,5(1):22-36 原著論文 日本におけるヘルスコーチングの特徴と課題 ―テキストの分析を通して‐ 西垣悦代 関西医科大学医学部 抄録 1980 年代に人間性回復運動を背景として、カウンセリングや人間性心理学の影響を受け て米国で誕生したコーチングは、2000 年頃から日本のビジネス界に導入された。学術界と は一線を画した分野で発展したため科学的な検証を十分経ないまま、コーチングは日本の 医療界でも興隆している。本研究は日本の医療・健康分野におけるコーチング(ヘルスコ ーチング)について、出版されている書籍の分析を通して、その特徴と課題および今後の 展望を考察した。 国立国会図書館他のデータベースを用い、検索語「コーチング」によって抽出された 424 冊の書籍のうち、ヘルスコーチングの書籍は 37 冊(9%)であった。初出は 2002 年で、ビ ジネスコーチングの興隆とほぼ同時期に出版されていた。著者の約半数は医療職で、日本 では早い時期から医療者自身によって、コーチングが医療分野に紹介されていることが明 らかになった。反面、実践的内容中心の取り入れられ方をしたため、コーチングはコミュ ニケーションスキルである、という認識が主流となり、紹介される内容も限られていたた め、コーチングの多様性は必ずしも十分に伝えられていない可能性が示唆された。 コーチングを日本の医療の中でより効果的に機能させるには、欧米のコーチング先進国 のように、大学院にコーチング専門課程が設置され、専門職としてのヘルスコーチの養成 を行うなど、理論、実践、研究がバランスよく鼎立し、よりエビデンスベースドなものに 発展させることが必要であろう。 キーワード:コーチング、ヘルスコーチング、データベース検索、テキスト分析 1.コーチングの背景と研究目的 名詞形であるコーチング(coaching)は、 Oxford English Dictionary によると、英 日本でも主にスポーツ指導を意味する語と 語の名詞 coach は 16 世紀頃から使われた旅 して用いられてきたと思われるが、広辞苑 客馬車の意味から派生し、1885 年に初めて にコーチングという語が初めて登場したの ボート競技の指導者を指す学生用語として は 2008 年刊行の第六版(新村, 2008)であ 用いられ、その後スポーツ競技一般の指導 り、第五版(新村, 1998)には存在しない。 者の意味として使われるようになった よって、コーチングと言う語が日本語とし (Simpson & Weiner, 1989)。コーチの動 て広く使われるようになったのは、この 10 22 日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌 2015,5(1):22-36 数年のことだと考えられる。最近は医療の はファイナンシャルプランナーのレナード 現場や教育・研修の場でも、「コーチング」 (Leonard, T.)で、1983 年に心理学の知 という言葉をよく耳にする。医学中央雑誌 識を活用して始めたデザイン・ユア・ライ Web で条件を設定せずにコーチングを検索 フというコンサルティングが、パーソナル すると 2013 年 12 月現在 1200 件以上ヒッ コーチングの基となり、1992 年にはコーチ トし、症例報告を除く日本語の原著、総説、 養成学校が設立された(O’Conner & Lages, 解説に絞っても 900 件近く存在する興隆ぶ 2007 杉井訳 2012)。レナードのセミナー りである。広辞苑(新村, 2008, p973)では を受講した会計士のウィットワース コーチングは①コーチすること。指導・助 (Whitworth, L.)も同じ 1992 年に別のパ 言すること。②本人が自ら考え行動する能 ーソナルコーチ養成機関を設立している。 力を、コーチが対話を通して引き出す指導 これら創始期の人々の背景にあり影響を与 術、と説明されている。一方、現代英語の えていたのは、当時アメリカを席捲してい coaching には、スポーツに必要なスキルを た 人 間 性 回 復 運 動 ( Human Potential 個人またはチームに教える過程という意味 Movement:HPM) ii であり、そこに学術 と、重要な試験や特定の状況においてどう 界から影響を与えていたのが人間性主義心 ふるまうかの準備を支援する過程 理学のマズロー(Maslow, A. H.)や人間中 (Summers, 2009)という意味があるが、 心主義カウンセリングのロジャース 日本の辞書にあるような対話を通して引き (Rogers, C. R.)である。人間性主義心理学は 出すといった特定の指導術を指す記述は見 コーチングの「祖先(ルーツ)」というべき られず、一般的な動名詞であることがわか 学 問 ( O’Conner & Lages, 2007 杉 井 訳 る。 2012)とみなされている。ただ、マズロー では、スポーツ以外の場面での人を導く はアイデアを出したが、具体的な技法やプ コーチングはいつ、誰によって、どのよう ロセスは提唱しなかったという指摘(Hall に始められ、どのように普及して、今日の & Duval, 200 佐藤訳 2010)もある。技法 ように日本の医療界に取り入れられるにな については今日コーチングスキルとして教 ったのであろうか。コーチングは特定の個 えられている「傾聴」「承認」「I-メッセー 人や特定の理論に基づいて開発されたもの ジ」などに、ロジャースのカウンセリング ではないため、その歴史を辿ることは必ず 技法の明らかな影響が見て取れる。HPM は しも容易ではないi。一般的な見解としては 自己変革を促す自己啓発セミナーなども多 テニスコーチのガルウェイ(Gallway, T.) 数生みだし、それらはグラント(2011, p28) が 1974 年に出版したテニスのコーチ術に によれば「何でもありの折衷主義に基づい 始まり、その後さまざまな領域に広まった、 ていた」。また、反主知主義的態度で科学 とされている(O’Conner & Lages, 2007 杉 的・客観的な研究に背を向けていたため、 井訳 2012)。ただし、ガルウェイは対話の 初期の商業的コーチングは学問としての心 スキルを教えたわけではない。コーチング 理学とは明らかに立場を異にするものだっ の礎を築いた最大の貢献者とされているの たと Grant(2007 堀監訳 2011)は指摘し 23 日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌 2015,5(1):22-36 ている。科学的根拠には関心が向けられな チングを標榜する臨床コーチング研究会が いまま、コーチングは人生やビジネスにお 発足している(臨床コーチング研究会 HP)。 ける成長や成功のための手法として支持さ 本研究会は岐阜大学医学教育開発研究セン れ、前述した2つのコーチ養成機関は 1997 ター(MEDC)の関連組織にも挙げられてい 年と 2000 年に相次いで日本にも導入され、 る(MEDC HP)。また、2007 年に厚生労 日本語によるコーチ養成ビジネスが始まっ 働省が発表した「標準的な健診・保健指導 た。コーチングが日本の実業界で注目され プログラム」 (厚生労働省健康局, 2007)で たのは、1999 年に日産自動車の COO(のち は、保健指導を行う医師・保健師・管理栄 に CEO)に就任したゴーン氏(Ghosn, C.) 養士などが持っておくべき相談・支援技術 が「私は日産のコーチである。現場のコー として、カウンセリングのほか「行動療法・ チである。」と発言し、同社の組織風土改革 コーチングiiiの手法を取り入れた支援」が挙 を進めた(安部・岸, 2004)ことが影響し げられた。しかしカウンセリングや行動療 ていると見られている。米国では主に個人 法は、高等教育機関において資格を持つ教 を対象としていたコーチングが、日本では 員によって理論に基づき研究・教育される 組織開発のための管理職研修という形で広 学問であり実践であるのに対して、前述し まったのは、このことと無縁ではないだろ たようにコーチングはそうではない。民間 う。 のコーチ養成会社は実践力をつけるための 医療・健康の分野では 2000 年に医療系大 場所であるため、大学での講義のようにコ 学においてコーチングの講義が、コーチ養 ーチングの歴史や概念、あるいはコーチン 成会社の社長とその社員をゲスト講師に招 グの成立に影響を及ぼした心理学やカウン いて 14 回開講された。また、これと同じ大 セリング理論について、客観的事実に基づ 学関係者によって 2001 年には日本コーチ いて教えることはほとんどないだろうと推 協会年次総会で「メディカル&ウェルネス 測される。 コーチングの可能性」という分科会が開催 このような状況の中で、医療・健康分野 された(鱸, 2002)。雑誌「看護管理」誌上 のコーチングはどのように教え・伝えられ、 で「ひとが育つ組織をつくるコーチングと 普及しているのだろうか。以下の研究は医 カウンセリング」 (2002 12. 177-198)とい 療者らがコーチングに出会う最初の段階で う特集が初めて組まれたのは 2002 年であ 大きな影響力を持つと考えられるコーチン る。タイトルからわかるように、より認知 グ関連書籍の分析を行い、その特徴を明ら 度の高いカウンセリングと抱き合わせる形 かにし、コーチングを生かしたよりよい医 で、組織管理の方法論として紹介されてい 療の発展に向けての課題と可能性を考察す る。また、同じ 2002 年より勤務医向けの情 ることを目的として行った。なお、医療・ 報誌上で医師の執筆によるコーチング紹介 健康分野で実践されるコーチングに対して 記事の連載が開始された。2006 年には医療 は、医療コーチング、臨床コーチング、メ の臨床現場にコーチングを広めることを目 ディカルコーチング、ウェルネスコーチン 的とし、医療者による医療者のためのコー グなどさまざまな呼称が使われているが、 24 日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌 2015,5(1):22-36 本論文では英米で使用されているヘルスコ をヘルスコーチングと呼んでいる。本論文 ーチング(health coaching) (Palmer, et.al., では日本の医療におけるコーチングの現状 2003)という語を使用する。Palmer,et.al. を幅広くとらえるためにヘルスコーチング (2003)はヘルスコーチングを個人のウェル を狭く限定せず、1.患者と医療・健康関 ビーイングを高め、健康に関する個人の目 連の専門家間、2.医療・健康関連の専門 標達成を促進するためにコーチングのコン 家集団内、3.人々の健康回復や健康増進 テクストの中で行われる健康教育とヘルス の場、の3場面において実践されるコーチ プロモーションの実践であると定義してい ングのことを指す語として使用する。 る。また、Chapman, et.al. (2007) はヘル ス・ウェルネスコーチングを、健康管理、 2.方法 健康増進およびウェルネスの問題に適用さ 1.コーチング書籍の抽出 れるパーソナルコーチングのプロセスであ 日本国内で出版されているコーチングの る、と定義している。一方、Donner & 書籍を抽出するため、データベースによる Wheeler (2009)は、看護におけるコーチン 検索を行った。その流れは図1に示す通り グの活用法として、職務満足の向上、チー である。 ム医療の向上、組織のリーダー養成のほか、 まず、国立国会図書館データベース 患者中心的ケアを実践する際のコーチング (NDL-OPAC)を使用して、キーワード「コ 㻌㻺㻰㻸㻙㻻㻼㻭㻯䛻䜘䜛᳨⣴㻌㻌㻔㼚㻩㻠㻤㻡㻕 㻗 ᪥ᮏ᭩⡠ฟ∧༠䛾᳨⣴ 䠄㼚㻩㻟㻝㻟㻕 㻺㻰㻸㻙㻻㻼㻭㻯䠖㻌䜻䞊䝽䞊䝗䠙䝁䞊䝏䞁䜾 ㈨ᩱ✀ู䠖ᅗ᭩䚸ゝㄒ䠖᪥ᮏㄒ䚸ᡤᒓሙᡤ䠖㤋 ศ㢮㻔㻺㻰㻸㻯㻕䠖㻌㻲㻔ᩍ⫱㻕䛾㡿ᇦ䛂య⫱䛃䛂䝇䝫䞊䝒䛃䜢㝖䛟 ᪥ᮏ᭩⡠ฟ∧༠䠖䝍䜲䝖䝹䠙䝁䞊䝏䞁䜾 㻺㻰㻸㻙㻻㻼㻭㻯䛸᪥ᮏ᭩⡠ฟ∧༠䛾㔜」䜢㝖䛟 ୧᳨⣴䛾㔜」䜢㝖䛟 䠄㼚㻩㻡㻝㻡䠅 㻌 㻌◊✲⪅㻞ྡ䛻䜘䜛䝜䜲䝈䛾㝖ཤ 䛸䝇䜽䝸䞊䝙䞁䜾 䠄㼚㻩㻠㻞㻝㻕 䝍䜲䝖䝹䚸ⴭ⪅䚸䝅䝸䞊䝈ྡ䜘䜚↓㛵ಀ䛺䜒䛾䜢㝖䛟 ฟ∧ᖺ㻩㻞㻜㻝㻟ᖺ䜢㝖䛟 ฟ∧ᖺ䛻䜘䜛䝇䜽䝸䞊䝙䞁䜾 㻔㼚㻩㻠㻞㻡㻕 㻰㼂㻰ᮏ㻝䜢㝖䛟 䝁䞊䝏䞁䜾㛵㐃᭩⡠䝏䜵䝑䜽 㻔㼚㻩㻠㻞㻠㻕 䝦䝹䝇䝁䞊䝏䞁䜾䛾᭩⡠ᢳฟ 㻔㼚㻩㻟㻣㻕 ⌧ᅾᕷሙ䛻ὶ㏻䛩䜛 䝦䝹䝇䝁䞊䝏䞁䜾䛾᭩⡠ 㻔㼚㻩㻟㻞㻕 ᅗ㸯㸬᳨⣴ࡢᡭ㡰ᅗ 䝍䜲䝖䝹䚸┠ḟ䚸ⴭ⪅ሗ䜢䝏䜵䝑䜽 ⤯∧䛻䜘䜛ධᡭ⬟䛺䜒䛾䜢㝖䛟 25 日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌 2015,5(1):22-36 ーチング」で検索を行った。その際スポー 2.ヘルスコーチングに関する書籍の分析 ツコーチングに関する書籍を除くため、教 1で抽出された書籍の中からタイトルと 育の「運動」と「スポーツ」領域を除く設 目次、著者情報を参考に、ヘルスコーチン 定にした。ただし検索漏れを防ぐため、ノ グに該当する書籍を抽出したところ、37 冊 イズを含む可能性のある幅広い検索を選択 が該当した。そのうち現在市場に出回って したため、結果にはこれらの領域も一部含 いる 32 冊をすべて入手した。これらの書籍 まれた。また、国立国会図書館に寄贈され の出版年、著者の職業や所属、コーチ資格 ない書籍も現実には存在するため、念のた を書籍の奥付の記述から、対象読者につい め日本書籍出版協会のデータベースを用い てはタイトルおよび内容から、さらにコー てタイトルのキーワード「コーチング」で チングの定義、コーチングの歴史および理 も検索を行った。次にこれらの検索結果を 論の記述の有無、取り上げられているコー 元にタイトル、著者、シリーズ名から、運 チングスキルを、内容を精読して検討した。 動の技術指導や刺繍のテクニックなど明ら かに別領域とおもわれるものを、著者を含 3.結果 む研究者 2 名で相談しながらスクリーニン 1.出版数 グを行い除外した。分析の都合上、2012 年 抽出された書籍のうち、最終的に 424 件 12 月までに出版されたものに絞り込み、 を分析の対象とした。これらのうちタイト 424 冊を抽出した。 ルに「コーチング」を含むものは 266 件 図2 コーチング書籍数の出版年別推移 26 日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌 2015,5(1):22-36 (63%)であった。出版年別にグラフ化し 出版されたのは 2002 年である。最も古いも たものを図2に示した。図より 2000 年以降、 のは看護師向けのリーダーシップの書籍 急激に出版数が増えていることがわかる。 (表1No1)で、その一部にコーチング理 1999 年に出版されたコーチングの書籍は 論とスキルが紹介されていたiv。同年には他 わずか 2 冊であったが、2000 年に 4 冊、2001 に 2 冊出版されているが、その後コーチン 年に 11 冊、2002 年に 28 冊、2003 年に 31 グの書籍全般に見られるような急激な出版 ᚰ⌮ )# 䝇䝫䞊䝒 )#$ 䛭䛾 &#$ 䝡䝆䝛䝇 ᩍ⫱䞉Ꮚ⫱䛶 䝡䝆䝛䝇 !"#$ ་⒪䞉ᗣ (# ୍⯡ ே⏕ ་⒪䞉ᗣ 䛭䛾 ே⏕ %!#$ ᚰ⌮ ᩍ⫱䞉Ꮚ⫱䛶 %&#$ ୍⯡ %'#$ 䝇䝫䞊䝒 Q ᅗ㸱㸬ࢥ࣮ࢳࣥࢢ᭩⡠ࡢ㡿ᇦูศ㢮 冊と増加していた。次に分析対象の 424 冊 ブームは発生しておらず、2006 年に 7 冊、 のタイトルと目次をもとに、コーチングが 2008 年に 6 冊出版されたのがピークでそれ 活用される領域ごとに分類した結果を図 3 以外は年に2、3冊ずつに留まっている。 に示した。医療・健康領域の書籍は全体の 3.著者 9%(37 冊)を占めており、領域を特定し へルスコーチングの書籍は、監修のみを ないコーチング全般を扱ったものを除くと、 除き、筆頭著者と第2著者まで含めると 26 ビジネス、教育・子育て、人生、に次いで 名の執筆者によって書かれていた。著者ら 4 番目に多かった。以後の分析は 37 冊のう の職業は不明の 1 名を除いた 25 名中、管理 ち現在市場で入手可能な 32 冊を対象とし 栄養士を含めた医療職が 11 名(42%)、プ た。 ロコーチ、企業研修請負業(研修講師)、コ 2.出版年 ンサルタントが 12 名(46 %)であった。 ヘルスコーチングの書籍が日本で初めて 27 日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌 2015,5(1):22-36 2002.5. 出版年・ 月 看護学部人文社会学系准教 授 筆頭著者職業・所属等 タイトル 看護にいかすリーダーシップ 医学部助教授(医師) 医師 1 医療教育センター所長(医 師) 1 1 2002.7. 難病患者を支えるコーチングサポート 2002.9. の実際 コーチング・ダイエット. 柳澤厚生2(編著) メディカル・サポート・コーチング入門 2003.8. 2 2003.11. 本山雅英2 第二著者以下 表1 コーチング書籍の分析結果 監修・編集・筆頭著 者 1 諏訪茂樹 NO. * 奥田弘美 2 安藤潔1(編著) 3 奥田弘美1 日野原万記 ・井原 4 柳澤厚生1(編著) 恵津子3・清野健太 ナースのためのコーチング活用術 郎4 ナースマネジャーのためのコーチング 2004.10. 会社経営(看護師) 1 コーチング会社経営 医学部教授 5 坂井慶子 歯科医のための医療コーチング入門 2005.9. がん患者を支えるコーチングサポート 2005.7. の実際 2 桑田美香 (著) 7 安藤潔(編著) 2005.12. 8 岸英光1(監) 2005.12. 看護アドバイザー(看護師) 2 2 第二著者以下職業・所属 保健学部教授(医師) コーチング会社取締役会長 研修会社代表 理論・モデル等 ○ ○ ○ ○ ○ ○(含む) ○ ○ ○ ○ ○ ○(含む) ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ スキル等 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ *は入手不能であったことを示す ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 適用 メタコ セルフ grow リフ 確認・ Iメッ フィー 中断・ ゼロ アイス 交流 限界 うなづ あい くりか 目標 ペー ミラー アンカ イメー ミュニ 歴史 定義 語源 コーチン モデ 4type 要約 共感 質問 傾聴 承認 提案 レー 受容 沈黙 明確 セー ド 比喩 一時 ポジ 要望 ブレイ 分析 への き づち えし 設定 シング リング リング ジング ケー グ ル ミング 化 ジ バック 停止 ション ク 言及 ション 看護師 ○ 対象 記載なし 医療従事者 第二著者までのコーチ資格 記載なし 2記載なし 1 1 (財)生涯学習開発財団認定 医療従事者 コーチ, 2記載なし ○ 看護師(管理職) ○ ○(含む) ○ 記載なし ○ ○ ○ 歯科医師 ○ ○ 記載なし ○ 癌に関わる医療従事者・ 家族 1,2 ○ 記載なし 1 (財)生涯学習開発財団認定 2 コンサルティング研修会社経営・3研 コーチ, 2NLPマスタープラク 看護師 修会社経営・4人材育成会社 ティショナー、アクションラーニ ング認定コーチ 2 看護師 看護師 看護コーチング 記載なし 看護現場に活かすコーチング ○ 6 多羅尾美智代 医師・医学生・看護師他 * 野津浩嗣 記載なし 医療者のためのセルフサポート・コー 2006.2. チング 教育シンクタンク(一級建築 士) ポートフォリオ評価とコーチング手法 2006.4. 9 鈴木敏恵 ○ ○ ○ ○(含む) ○ ○ 薬剤師 医学部教授(医師) ○ 薬剤師 記載なし ○(含む) ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○(含む) ○ ○ ○ ○ ○ 1 記載なし, 2NLPマスタープラク 看護師 ティショナー 医療従事者、介護従事 記載なし 者 国際コーチ連盟プロフェッショ 医療従事者 ナル認定コーチ 記載なし 研修講師 会社経営(薬剤師) * 奥田弘美 10 大澤光司 2006.9. クリニック院長(医師) メディカル・コーチングQ&A 薬剤師のためのファーマシューティカ 2006.5. ルコーチング メディカル・ケアスタッフのためのコー 2006.6. チング25のコツ 12 安藤潔(編著) 2006.9. 11 奥田弘美 2 (財)生涯学習開発財団認定 食事相談担当者 コーチ CTI認定プロフェッショナル・ コーアクティブ・コーチ,米国 NLP協会認定マスタープラク 介護関係者 ティショナー,GIALジャパン認 定アクションラーニングコーチ 1,2 NLPマスター・プラクティショ 医療職 ナー 2 コーチング会社経営 コーチング会社経営 1,2 記載無し 1 2 コーチング会社代表 エステティシャン・セラピ スト 介護スタッフ 1 福祉研究センター理事長 記載なし 1 保健学部教授(医師) 医師 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 会社経営 ○ ○ ○ ○ ○ 歯科医院院長 看護主任・リーダー セラピスト 記載なし 記載なし ○ 1,2 記載なし ○ ○ コンサルティング会社経営 歯科開業コンサルティング会 社経営 ○ ○ コンサルティング会社代表 医師 ○ 1 医学部大学院教授(医師) 国際コーチ連盟プロフェッショ リハビリテーションスタッ ナル認定コーチ・(財)生涯学 フ 習開発財団認定コーチ 2 1 記載なし, 2コーチクエスト社認 2 研修会社代表取締役, 3健康保険組 定マスターウェルネスコーチ, 3 保健指導者 合勤務(管理栄養士) コーチクエスト社認定プロフェッ ショナルウェルネスコーチ コーチングオフィス代表 食コーチ業(管理栄養士) 医師 13 野呂瀬崇彦 2008.4. 1 コンサルティング会社経営(薬 剤師) かがやくナースのためのperfectコーチ 2006.11. ングスキル 薬局で活用するコーチング・コミュニ ケーション 木村智子2 高齢者ケア従事者のソーシャル・サ ポートとメンタルヘルスに対する上司 2007.1. コーチング研修と面談の効果 14 奥田弘美1 食コーチング 2007.7. 2007.4. 15 影山なお子 * 伴英美子 在宅ケアに活かすコーチング 医療・看護・ケアスタッフのための実践 2008.3. NLPセルフ・コーチング 16 間裕子 17 1スザンヌ・ヘンウッド 2ジム・リスター 介護スタッフを自らやる気にさせる!の 2008.3. ばす! エステティック・コーチング 2008.7. 2008.3. 18 五十嵐教行1(監・著)間裕子2 国際健康美学会 (編) 島川久美子2 病気にならない睡眠コーチング. 19 柳澤厚生1(編著) 鱸伸子2・田中晶子3 コーチングで保健指導が変わる! 20 奥田弘美(監) * 坪田聡 21 濱川博招1 22 田中保次 23 奥田弘美 できる看護主任・リーダーのコーチング 2008.12 術 成功する院長は人間関係づくりがうま 2009.3. い ドクター奥田のセラピストのためのスト 2009.4. レスケア入門 リハスタッフのためのコーチング活用ガ 2009.5. イド 1 記載無し, 2国際コーチ連盟プ ロフェッショナル認定コーチ, 保健師その他 (財)生涯学習開発財団認定 コーチ 出江紳一 (編), 鈴 コーチングを活用した介護予防ケアマ 2009.11. ネジメント 鴨よしみ3(編) ○ 25 辻一郎1(監・著) 24 出江紳一(編著) 医学部教授, 3医学部講師 ○ 2 ○ 医学部教授(医師) 1 記載なし, 2国際コーチ連盟プ 看護師 ロフェッショナル認定コーチ 1 1 1 ○(含む) 1 国際コーチ連盟プロフェッショ 保健・運動指導の指導 ナル認定コーチ, 2記載なし 者・学生 看護関係者 ○(含む) 3 記載なし 新人医師 2 2 医療教育センター所長(医師) 記載なし 不明, 医療教育センター所長(医師) 看護学部人文社会科学系准 教授 記載なし, NLPマスタープラク 医療従事者 ティショナー 人材研修会社代表 ○ 2 ○ 医師 2 医師 1 プロコーチ いとうびわ , 柳澤厚 保健指導が楽しくなる!医療コーチング 2010.11. レッスン 生3 柳澤厚生2 看護にいかすリーダーシップ 第2版 2011.2. 1 歯科医療従事者 ○ 2010.7. 26 鱸伸子1 2011.4. 記載なし ○ ナースのためのセルフコーチング 27 鱸伸子1 2012.3. 2 28 諏訪茂樹 医者になったらすぐ読む本 コンサルティング会社主任(歯 科衛生士) 看護師 2 メディカルサポートコーチング 2012.5. 記載なし 木村智子2 歯周病コーチングのヒントと応用 医師 ○(含む) 29 奥田弘美 31 石田恵子 新人・後輩指導コーチングスキル超入 2012.8. 門 30 奥田弘美1 32 奥田弘美 28 日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌 2015,5(1):22-36 そのほか介護施設の経営者と医療系大学の うセルフコーチングに触れたものも 11 冊 人文・社会科学系教員が各 1 名であった。 (34%)あり、うち 2 冊はセルフコーチングの 医療資格者がプロコーチ業やコンサルティ みを取り上げていた。 ング会社を経営しているケースも4例あっ 5.内容 た。著者の中には複数のコーチング書籍を 5.1 歴史・背景 出版している者もあり、最大で 10 冊、それ 分析したヘルスコーチングの書籍はすべ 以外にそれぞれ5冊と 3 冊が同一著者によ て医療・健康に関する場面あるいは医療教 る執筆であった。奥付に記載されている第 育の場において何らかの形でコーチングを 二著者までのコーチ資格を調べると、ある 取り入れ、実践するための実用書であり、 コーチ養成会社が設立した財団認定の資格 学術書や研究書ではなかった。そのためか、 保持者が 4 名、国際コーチ連盟(ICF)の認定 コーチングの背景や発展の歴史的経緯につ するプロフェッショナルコーチ資格保持者 いてわずかでも触れていたものは半数の が 4 名、NLP (Neuro-Linguistic 16 冊しかなかった。ガルウェイの名前に言 Programming:神経言語プログラミング)系 及した書籍は 4 冊、レナードについて触れ の資格保持者が 5 名(うち日本人 3 名)で た書籍は 2 冊のみであった。コーチングの あった。著者のコーチングに関する資格が 英語の語源を簡単に説明したものは 14 冊 一切書かれていない書籍や、単に研修を受 あった。また、コーチ養成会社社員の執筆 けた、としか書かれていないものが全体の によるコーチングの歴史の書かれた書籍が 6 割近い 19 冊あった。ただしコーチの任意 1 冊存在した。しかし、これは社員が自社 団体の所属が書かれている例もあったので、 の立場から書いた歴史であり、現在のよう 記載がないことが資格を持っていないこと な形にコーチングが形作られた発展の経緯 を意味するとは限らない。複数冊執筆して や影響を受けた運動や具体的な理論に言及 いる著者の場合、発行年によって記載内容 したものではなかった。多くの書籍ではコ が変化している例もあり、経年によって無 ーチングは 1970 年代にアメリカで作られ 資格から有資格になったり、より上位の資 た、とか、ビジネス界で部下育成などのマ 格を取得した可能性がある。 ネジメントスキルとして発展したといった 4.対象 内容のことが数行程度で説明されるにとど 対象としている読者をタイトル及び内容 まっていた。 から検討した。対象読者は看護師が 10 冊 5.2 理論やモデル (31%)、医療従事者全般が 8 冊(25%)であっ 内容を分析した 32 冊のうち、拠って立つ た。このほか、医師、歯科医師、保健師、 コーチングの立場を明確に明らかにしてい 介護士、薬剤師、リハビリテーションスタ るのは NLP に基づく翻訳書 1 冊のみであっ ッフ、栄養士、アロマセラピスト、エステ た。それ以外には GROW モデルを紹介し シャン向けにそれぞれ特化したものがあり、 ているものが 9 冊、交流分析を紹介したも 患者家族を対象に含めたものも 1 冊あった。 のが 3 冊あった。特定のコーチ養成会社が また、医療者や患者が自分自身に対して行 著作権を持ち、そこでしか教えていない「4 29 日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌 2015,5(1):22-36 つのタイプ分け」に言及したものは 3 割を の提携関係を指す。」と定義している(ICF 超える 10 冊あった。 HP)。また、エビデンスベースドコーチン 5.3 定義 グを提唱し、大学院でコーチング課程を教 ヘルスコーチングの書籍がコーチングを えるグラント(Grant, A.)は、 「コーチングは どのように定義しているかを調べた。共通 結果に焦点を当てて、協力的な目標設定や しているのは、コーチングは個人を成長さ ブレーンストーミング、活動計画を通して せることを目的としているということと、 自己志向的な学習を育てることを目指す活 コミュニケーションスキルである、という 動である。」と述べている(Green & Grant, 点である。また、個人の自発性が重要視さ 2003)。 れていることを強調する定義も多くみられ これらの定義と比較すると、日本のヘル た。具体例を示すと以下のようなものであ スコーチングの書籍に見られる定義は、関 る。 「コーチングは相手の目標実現に向けて、 係やプロセスというよりコミュニケーショ 必要な能力や道具・手段を自ら備えさせる ン法というスキルの側面が強調されている よう、自発的な行動を促進するコミュニケ ことがわかる。 ーションである。」(出江, 2009)。「コーチ 5.4 スキル ングとはクライアントが自ら考え、自ら決 プロのコーチが用いるコーチングスキル 断し、自ら行動を起こすためのコミュニケ は 100 を超えると言われている。コミュニ ーション技法である。」 (柳澤他, 2008)。 「コ ケーションスキルであると定義する日本の ーチングは『どうすれば一人ひとりの持つ ヘルスコーチングの書籍で、どのようなコ 力や可能性を最大限に発揮できるか?』と ーチングスキルが紹介されているかを調べ いう発想のもとに誕生したコミュニケーシ た結果を表1に示した。スキルを分類する ョン法です。』」(奥田・本山, 2003)。「コー カテゴリーや名称の違いがあり、同一著者 チングはクライアントが何を実現したいの による場合、複数の書籍でほぼ同じスキル か、そのためには何が必要なのかをひたす が紹介されており、出現するスキルの頻度 ら聴いて、答えを引き出すスキルです。」 (石 を厳密にカウントすることが必ずしもヘル 田, 2012)などである。 スコーチングで用いられる代表的スキルを 一方、一部の著者たちと関連のあるコー 反映しているとは限らないと思われたため、 チ養成会社ではコーチングを「目標達成の 全体的傾向を見るだけにとどめた。「質問」 ために必要なスキル、知識、ツールを棚卸 を含まない書籍はなく、次いで「承認」 「傾 し、テーラーメイドで備えさせるプロセス」 聴」が最もよく取り上げられていた。質問 であると説明している(コーチ・エィ HP)。 のスキルは「未来型質問」 「肯定的質問」な また、国際コーチ連盟(ICF)では、 「コー ど複数のスキルに分けて紹介されている場 チングはクライアントの生活と仕事におけ 合もあった。次に頻度が高かったのは「I- る可能性を最大限に発揮することを目指し、 メッセージ」 「提案」 「目標設定」 「ペーシン 創造的で刺激的なプロセスを通じ、クライ グ」であった。一方、アンカリング、ミラ アントに行動をおこさせるクライアントと ーリング、リフレーミングなど、特定の方 30 日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌 2015,5(1):22-36 法論的立場に立つコーチングで用いられる 療界に紹介されていたことがわかった。こ スキルの出現頻度は低かった。 のことは、現場をよく知る医療者が日本の 医療の現状に合う形でコーチングを取り入 4.考察 れるという、実践面ではよい効果をもたら 分析の結果より、日本のヘルスコーチン した可能性がある。しかし、一方で著者の グは書籍の出版状況から見ると 2002 年が 中にはコーチングをどこで学んだかや、資 本格的な始動時期であるとみなすことがで 格の有無が不明の者もあり、方法論的に多 きる。2002 年はコーチング書籍全体の出版 様性を持つさまざまな流派のコーチングの も急激に増加した年であることから、日本 中から医療に適したものを十分吟味した上 のヘルスコーチングの書籍は、日本のコー で取り入れられたかどうかには疑問が残る。 チングの創始期にほとんどタイムラグを置 また、民間会社のトレーニングを受けただ くことなく出版されたことがわかった。こ けの医療者の多くは、コーチングの成立の れは欧米でのヘルスコーチングがライフコ 経緯や、コーチングの理論的背景と関係の ーチングやビジネスコーチングが興隆した 深い他の学術的専門領域について、詳しく 1990 年代より後に本格的に始まったのと 学んでいない可能性がある。そのため、日 は状況を異にしている。時期のみに注目す 本のヘルスコーチングは即効性を期待する れば欧米でヘルスコーチングの必要が指摘 実践に偏り、成立の歴史的背景については されていた頃(Palmer, et.al., 2003)に、 割かれるページが極めて限られるかまった 日本でも医療・健康領域にコーチングが普 く触れられず、コーチングの定義も、本来 及し始めたように見えるが、定義や内容の のコーチとクライアントの提携関係やプロ 分析結果に照らすと日本のヘルスコーチン セス・活動ではなく、コミュニケーション グは、患者や医療者の個人の自立と成長と のためのスキルである、と限定的に捉える いうよりも、医療者と患者の良好なコミュ 書籍が多いという結果となったのではない ニケーションや、患者の早期の健康回復、 かと考えられる。また、コミュニケーショ 医療組織における上司‐部下関係や管理職 ンを強調したことで、ヘルスコーチングの のマネジメントに焦点が当てられる傾向が 書籍で紹介されるスキルは、他者との信頼 みられる。つまり、日本のヘルスコーチン 形成や人間関係をよくすることを目的とし グは欧米のヘルスコーチングを導入したと た、カウンセリングで言うところの基本的 いうより、日本のビジネス界に広まってい かかわり技法、すなわち傾聴、承認のスキ た業績向上や部下管理術としてのコーチン ルが集中的に取り上げられることになった グを医療界に取り入れた、とみなす方がよ 可能性がある。 り的確と言えるだろう。 理論やモデルを軽視しがちな実践志向は、 書籍の執筆者は、コンサルタント業やプ 患者と医療者、医療スタッフ間のコミュニ ロコーチと並んで医療者によって書かれた ケーションをよりよくすることで医療の質 ものが半数近くを占めており、早い時期か を向上させたい、という医療現場のニーズ ら医療者自身の手によってコーチングが医 に合致していたため、その傾向が一層強ま 31 日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌 2015,5(1):22-36 ったのかもしれない。コーチングには、コ と指摘し、話のついでにコーチングスキル ーチングセッション以外の場にも応用でき をちょっと使うプチ・コーチングは、コー るスキルが豊富に含まれているので、その チング介入ではなく、コーチング・マイン こと自体は否定すべきものではないかもし ドのある会話という方が適切かもしれない、 れない。ただし、西垣(2013)が指摘して と述べている。成長や目標達成の主役とな いるように、医療現場での対患者コーチン るべき患者自身がコーチングと自覚してい グが医療者と患者の関係をよくするための ない場で行われるプチ・コーチングやコー 単なるコミュニケーションスキルとしての チング・コミュニケーションでは、その効 み扱われた場合、コーチングの本来の目的 果にはおのずと限界がある。このことは医 である、患者自身の成長や目標の達成では 療現場のマネジメントにおいて医療者が医 なく、医療者が期待する目標達成(たとえ 療者に対して実施する場合にも同様のこと それが患者にとって最善の利益であったと が言える。これらをすべて一括りに「コー しても)のために誤用され得る懸念もある。 チング」と呼んでしまうと、コーチング初 医療者による対患者コーチング実践のも 学者の医療者がコーチング的会話=コーチ うひとつの限界は、患者の側はそれをコー ングと勘違いし、コーチングの本来の目的 チングと認識していない、という点である。 や進め方を誤解する恐れがある。この点は 米国のプライマリケアの指導医ゴロブ ヘルスコーチングの指導者や執筆者は、十 (Ghorob, A)らは、ヘルスコーチングを医 分に注意を払う必要があるだろう。 療者が臨床の中で行うことには限界がある さらに、医療者が特に患者に対してコー と指摘しており、ヘルスコーチングの専門 チングを実践しようとするときは、対象者 家がそれに当たるべきだとしている がコーチングに適しているかどうかを見極 (Ghorob,et.al., 2013)。安藤(2002)は医 める能力が必要であり、また、コーチング 師にとってのコーチングについて述べた文 がうまく機能しないとわかったときには、 章の中で、 「プロによるコーチングは、コー 別の方法に切り替えるだけの力量が必要だ チとクライアントの間で契約を結んだ上で ということも指摘しておきたい。コーチン 30 分∼60 分程度の定期的に設定された枠 グが万能でないことは一部の書籍には明記 組みの中で行われるが、ここではそのよう されており、対象者は日常の会話が可能で な定型的なコーチング以外にも日常にかわ 理性的・現実的な思考が働くことが必要で される会話の中、短時間のミーティング中 あり(安藤, 2006)、過度に依存的であった などの状況においても行えるコーチング・ り、時間や行動などの約束を守らない人は コミュニケーションを想定している。」(p そもそもコーチングに向いていない(アン 82)とプロの行うコーチングと医療者の行 コーチャブル)ので、それらの患者にはカ うコーチングの区別を述べている。高橋 ウンセリングなど別の方法で対応すること (2013)も同様に、 「医師が患者にフルコー が勧められている(出水, 2009)。しかし、 スで(本格的)コーチング介入する機会は、 このようなコーチングの適用範囲の限界に 意外に少ない or ないかもしれない」 (p51) ついて記述した書物はわずかであり、また、 32 日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌 2015,5(1):22-36 コーチング実践者が適用可能性を現場で適 その後増加し、大学院レベルのヘルスコー 切に判断できるためには、短期の講習や書 チングの専門課程も誕生している 籍を読むだけの学習では難しいと思われる。 (University of Delaware, HP)。また近年 Bachkirova ら(2010)はコーチングの理 米国を中心に経営学大学院において、200 論的背景として認知行動コーチング、人間 以上のエグゼクティブコーチングの専門コ 中心的アプローチ、解決焦点化アプローチ ースが開講されており、国際コーチ連盟 など 13 のアプローチを挙げている。さらに (ICF)の認証を得たコースも多数含まれ Palmer & Whybrow (2007 堀監訳 2011) る(GSAEC HP)。ICF は 2014 年の会員誌 は、これらに加えて動機づけ面接法と会話 において Science of coaching(コーチング 的学習を挙げている。これらのほとんどは の科学)の特集を組み、商業主義と一線を 心理療法としてのエビデンスに基づいてお 画すコーチにとって、研究に対する深い理 り、コーチングにも適用可能とみなされて 解とエビデンスに基づく実践は不可欠であ いるコーチング心理学の手法である。コー る、と述べている(ICF HP)。これからの チングの実践者はこのような多様な理論に コーチングがより科学的・研究的志向を強 基づく複数のコーチングモデルを、場面や めていくのは、世界的潮流であることは間 対象者の状態に合わせて十分に検討した上 違いないだろう。 で選択し実践することが本来望ましく、そ 本研究で取り上げたコーチングの書籍の れによってコーチングの適用範囲は広まり 中には、理論や根拠といった科学的観点か 効果も高まると期待できる。 らみて、十分とはいえないものも多く見受 しかしながらコーチングを学ぶ場所が医 けられたが、日本の医療界にコーチングを 療施設で行われる数時間の講習や、時間を 広める上での功績は十分にあっただろう。 かけて学ぶ場合でも民間のコーチ養成会社 今後は、理論(theory)、研究(research)、 にほぼ限られている日本の現状では、医療 実践(practice)の3つのバランスを取りな 場面でこのような本格的なあるいは本来の がら、エビデンスに基づくコーチングを日 意味でのコーチングを実践できる専門家は 本でも根づかせていくような質の高い書籍 まだ育っていない。ヘルスコーチングの専 の出版をはじめ、コーチングのトレーニン 門家を特定の流派に偏らずに養成する大学 グシステムの構築が望まれる。 の課程が日本にはまだ存在しないからであ 本研究では初学者にとってもっともアク る。コーチングの先進国である英国、米国、 セスしやすい媒体として書籍を取り上げ、 オーストラリアなどでは、10 年以上前から その分析を通して、日本のコーチングがど 企業が雇用するコーチに対して大学院レベ のように紹介されているかの現状と課題を ルの行動科学系学問の学位を要求するよう 明らかにした。一部に見られる、本来のコ になってきており(Corporate Leadership ーチングの定義とは異なるコミュニケーシ Council, 2003)、大学にコーチングの専門 ョンのツールとしての紹介のしかたや、理 課程が設置され、その数は 2007 年時点で 論や歴史的背景の欠如、先行する他の近接 12 であったが(Grant, 2007 堀監訳 2011) 領域との関連性への言及の不足などは、実 33 日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌 2015,5(1):22-36 用書であるが故に重視されてこなかった為 Maximizing returns on professional ではないかと示唆された。これらの問題を executive coaching. 解決することはコーチングが医療の世界の D.C.: Corporate Leadership Counsil. Washington Donner, G. & Wheeler, M. M. (2007). 中で、学術的批判に耐えうる信頼できる方 法論として確立するために不可欠であると Coaching 考える。ただし、書籍の分析によって明ら introduction. かになったことが日本のヘルスコーチング Council of Nurses and The Honor のすべてをカバーしているわけではないこ Society of Nursing, Sigma Theta Tau とは、本研究のリミテーションとして断っ International. ておきたい。 Printing Partners. Ghorob, 本研究は、公益信託福原心理教育研究振興 基金の助成を受けて行われた。 : An International Indianapolis: Willard-Grace, T. Virtual coaching. (2013). G. & Health Mentor. 15(4), 319-326. Grant, A.M. (2007). Past, present and future: The evolution of professional 安部哲也・ 岸英光 (2004). カルロス・ゴー coaching and coaching psychology. In ン流 リーダーシップ・コーチングの Palmer, S. & Whybrow, A. (Eds.), スキル あさ出版. Handbook of Coaching Psychology. 安藤潔 (2002). 難病患者を支えるコーチン East Sussex: Routledge. 23-39. グサポートの実際 真興交易. (グラント, A.M. 堀正(監訳) (2011). 安藤潔 (2006). メディカル・コーチングの 過去、現在そして未来―プロフェッシ 概要. 安藤潔 (編) メディカル・コーチ ョナルコーチングとコーチング心理学 ングQ&A 真興交易(株)医書出版部 の発展 コーチング心理学ハンドブッ pp.13-22. ク 金子書房 pp.26-45.) Bachkirova, T. Cox, E & Clutterbuck, D. Green, (2010). 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