マーケティング:住民を知る 片田 保=文 みずほ情報総研 情報通信研究部 公共経営研究室長 IT基盤の整備から利活用の方向性を示した e-Japan戦略Ⅱの決定は平成15年7月。 しかし今現在でも、IT基盤の整備に追われている自治体は少なくない。 しかも、地方財政の現状を考慮すると 電子自治体を構築するための予算は決して潤沢ではなく 計画を立てるのも簡単ではない。 とはいえ、本来の目的であるはずの「サービス向上」がなおざりになっては困る。 今こそ、サービスを極めるという観点から、 電子自治体の活用策を見直すタイミングではないだろうか。 利用者満足度を高める サービス・マネジメント まず、サービスを極めるうえで大前提となるのは、利用者 を理解するということだ。行政の勝手な思い込みで、利用者 (住民)にサービスを押しつけるようでは満足度も低くなって しまいかねない。また、財政的に制限があるからこそ、利用 者の理解が大きな意味を持ってくる。必要としている住民に、 求められているサービスを適正かつ的確に提供することが、 満足度向上のみならず効率の追求にもつながるからだ。 ある大手鉄道会社では、携帯電話を利用して指定席を予約 できるサービスをビジネスマン向けに絞って始めた。サービ スの開始前に、それまでの発券や問い合わせ状況を分析した ところ、指定席を利用しているのはビジネスマンが多いこと が分かったからだ。更に、この利用者層は、携帯電話やパソ コンを使ったネット利用率も高い。毎日を忙しく過ごし、チ ケットを予約するのも煩わしいと感じているのである。だか らこそ、窓口に行かなくても手軽にチケットを予約できるこ 64 e .Gov / 2005.4 マーケティング:住民を知る マーケティングの発想で住民を知ろう 住民参加の意識が高い 利用者の要望を知る 機会が多い 行政サービスを よく利用する 声 窓口受付 サイレント・マジョリティ 行政との関係が薄い 生活をしている 申請件数 抽選倍率 電子申請 電子メール 住民の約半数 利用状況 電子的な 簡易診断 住民の約半数 20∼50歳代男性が多い 世代別のインターネット利用率の推移 (%) 問い合わせ状況 アクセス件数 コールセンター FAQ 意見 簡易 アンケート 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 91.6 88.1 のサービスの満足度は高い。サービス向上のためには、まず、 利用者を知ることが鉄則なのである。 90.4 85.0 平成14年末 84.5 平成15年末 75.0 61.9 52.6 62.6 53.1 39.0 32.8 9.9 6∼12歳 マルチチャネル 89.890.1 15.0 13∼19歳 20∼29歳 30∼39歳 40∼49歳 50∼59歳 60∼64歳 65歳以上 総務省 平成15年「通信利用動向調査」 業だけでなく、自治体にとっても十分に有効である。 だれに、何を、どれくらい、どのように提供するか。利用者 こうしたニーズを見極める手法の1つに、データ・マイニン は満足しているか、クレーム対応は万全か。サービスの品質 グ によるCRM(Customer Relationship Management) 管理はできているか、ニーズに合ったサービスになっている がある。この手法を活用すれば、利用者の動向やニーズを多 か。これらを適切に管理するための手法は、 「サービス・マネ 面的に分析し、ターゲットを絞り込むことができるため、限 ジメント」と呼ばれており、電子自治体を積極的に活用する られたIT投資で高い効果を引き出せるのだ。これらは民間企 ためには欠かすことができない重要な考え方である。 ※ ※データを解析し、潜んでいる事実関係やパターンなどを探し出す技術 2005.4 / 65 e .Gov 行政との関係が薄い住民 「声なき声を聞く」 「声」がある。 ◎手続きに手間がかからず待たされない 日ごろから、行政サービスをよく利用している住民の要望 ◎窓口などでたらい回しをされない を知る機会は多いだろうが、行政とは縁遠い住民の声を聞く ◎時間外でも適切な対応をしてもらえる のは難しい。そして、日常生活の中で行政とはあまりかかわ ◎わざわざ窓口に行かなくても済む りあいがないと思っている住民は意外に多い。住民の半数近 ◎どこにいてもサービスを受けられる くを占めると言われる「沈黙する大多数の住民=サイレン ト・マジョリティ」である。 ある市の実態を見てみると、このサイレント・マジョリティ 基本的には、煩雑で面倒だと思っている手続きの負担軽減 が求められる。とはいえ、迅速かつ簡単に済むのであれば、 のうち大きな割合を占めているのは20∼50歳代で、中でも セルフサービスであることはいとわない。移働中や待ち時間 男性の比率が高い。昼は会社のある都市部で働き、夜は自宅 など手の空いたときに、携帯電話やパソコンを使いこなして のある郊外に帰ってくる。そのために、地域社会とのつなが 手続きを済ませてしまう。 りも弱い。このような住民が、数年に1回、行政窓口を訪れ インターネットや電話などを介して、住民が利用可能な窓 るとき、ほとんど初めてに近い状況で利用することになる。 口を多様化するいわゆる「マルチチャネル化」を推進する際 めったに利用しないために勝手が分からず、戸惑っていると にも、これらの点には留意する必要がある。利便性の向上が ころに、長時間も待たされたり、タライ回しにされたりする 声なき声を取得する機会を与えてくれるからだ。 のでは不満もたまる。しかし、彼らの要望や不満は、沈黙し 次にマルチチャネル化の例を挙げていこう。 ているために分かりにくく、結果として半数もの住民のサー ビスに対する満足度が見過ごされてしまう可能性もある。彼 らの声なき声を聞くにはどうしたらよいだろうか。 ①電子申請 平成16年から、電子申請システムが各地で本格的にスタ ートしている。今のところ、どの電子申請も受付可能な手続 タイムリーな情報入手のために 多様なチャネルを確保する きは限られているが、手続きごとの申請件数を把握すれば、 利用者のトレンドも見えてくる。例えば、情報公開・公文書 開示請求の申請が増えているテーマから住民の関心事が浮か 66 e .Gov / 行政とのかかわりあいが少ない住民の場合、行政との「接 び上がる。開示申請の多い行政情報は、あらかじめ電子的に 点」が特に重要となる。既存の行政窓口や電話での応対に加 情報提供し、積極的に説明責任を果たすことで行政の信頼向 え、ITを活用して多様なチャネルを整備するのも一策だ。20 上にもつなげられる。また、手軽に申し込める施設利用の抽 ∼40歳代の住民は情報リテラシーが格段に高い。総務省の 選倍率からは、各地域にある施設・設備の需給バランスを測 調査によれば、この世代のインターネット利用率は90%前後 ることもできる。同様に、他の手続きでも申請件数の増減な にも上る。彼らは日常的にITを巧みに操り、民間企業が提供 どに隠されている住民の生の声を分析すれば、政策立案やサ する便利なサービスを使いこなす。潜在的には次のような ービス改善に結び付けられるだろう。 2005.4 マーケティング:住民を知る ②電子的な簡易診断 測でき、施策・サービスの見直しなどにも取り組める。 民間企業の中には、顧客が商品やサービスを購入する前に 自身の諸条件を入力することで、自分に適したサービスは何 ④簡易アンケート かをネット上で診断できるようにしているところがある。例 ホームページを訪れた住民が気軽に発言できるように、簡 えば、自動車の購入時に希望する車種やオプションを入力し 易アンケートを設置する自治体が増えている。太田市では、 て見積もり、更にローンの条件を入力すれば、借りられる額 トップページに「e-Opinion」という電子投票箱を設置してお や月々の返済額がいくらになるか簡単に分かる。育児や介護 り、市政に関係する質問だけでなく、時事のトピックスも盛 などのサービスは、各世帯の条件によって利用できる範囲が り込み、2週間ごとに1テーマの簡易なアンケートを採ってい 異なっている。窓口に行く前に、世帯構成や収入区分などの る。これにより、住民がどのような関心を抱いているか、タ 条件を入力して、サービス対象かどうかが事前に分かれば無 イムリーに情報を入手できる。 駄足を運ぶこともない。こうした簡易診断であれば、氏名な どの個人を特定する情報を入力しなくてもよいので気軽に利 用できるだろう。そして、この簡易診断の利用状況をサービ 利用者情報の蓄積・分析が可能な データ・マイニングを利用する スごとに分析すれば、今、何が求められているか動向を把握 するのに役立つ情報が得られる。 民間企業では、個人の購買データやクレジットカードの利 用履歴など、大量に蓄積されるデータを解析し、その中にあ ③コールセンター、FAQ る利用者の特性を探って個人の行動を洗い出すデータ・マイ 最近、注目されているコールセンターは、電話だけでなく ニングを行っている。その結果は商品・サービスの見直しや 電子メールやファクシミリによる相談も受け付ける。住民か 新規開発に活かされ、利用者の満足度向上へと結び付けてい らの問い合わせを一手に引き受け、簡易な質問であればオペ る。しかし、個人情報を大量に保有している自治体が、デー レーターがその場で的確に応対してくれる。 タ・マイニングを全面的に導入するのは法的にも難しい。札 このコールセンターは、地域で生じている問題や住民の状 幌市のコールセンターでは、特定個人の動向としてデータを 況をいち早く感知する「センサー」としても機能する。札幌市 分析するのではなく、住民の声を新たなニーズの傾向として のコールセンターでは、あるとき、ゴミの有料化に伴って市 把握するために利用している。計画や施策立案、迅速な対策 職員を名乗る人からディスポーザ(生ゴミ処理機)を斡旋され を打つのに必要な情報として、年齢別や性別、地域別など大 たという声が寄せられ始めた。関係課に照会したところ、職 きな枠組みでの傾向でも十分に役に立つことは、先のディス 員が勧めたという事実は一切なく、事件が発覚してから3日 ポーザの事例からも分かるだろう。 後、住民が被害に遭わないように広報誌を通じて警戒を促し サービス向上の第一歩は、自治体もマーケティングの発想 た。住民からの声に即応して、迅速に対策を打つことができ を持って住民の声に耳を傾けることである。電子自治体のア た好例である。 プリケーションを多様なチャネルとして複合的に活用すれ また、よくある質問集(FAQ)をホームページに掲載し、問 合せやアクセス件数の多い事項を見れば、住民の関心事を推 ば、これまで見えなかった住民の姿さえも見えてくるのであ る。 2005.4 / 67 e .Gov
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