イスラーム政治思想による 動員と組織化 教授会セミナー 池内恵(先端研准教授) 2009年4月8日 1 序 イスラーム教:その活力 • 近代化=世俗化仮説の後退 • 「イスラーム主義」の政治思想の上昇 • 自由主義・民主主義に未だ対抗する唯一の 勢力? • 中心なし、司令塔なし→なぜか(時に)大きな 集団が出現、統一的行動 2 課題 イスラーム主義の動員と組織化はどのようにし てなされるのか 3 しかし「共産党宣言」的テキストは存在しない 4 「中央」「党組織」も存在しない 5 手法 イスラーム主義が駆使する規範体系; 「イスラーム教」そのもの 「イスラーム法学」 「イスラーム政治思想」に遡り、そこからもたらさ れる動員と組織化のメカニズムを特定する 6 Ⅰ イスラーム教とは? 最新の世界宗教 7 しかし、、、 世界最古の新興宗教 8 宗教とは? 一つの不合理を信じさせ、 残りのすべてを合理的に合理的に説明してみ せる ものではないか 9 信仰告白 「アッラー以外に神はなし、ムハンマドはアッラーの 預言者なり」 (ラー・イラーハイッラッラー・ムハンマド・ラスール・ アッラー) これ以外の「五行」 2 礼拝 3 喜捨 4 断食 5 巡礼 10 コーランとは? アッラーが、 ムハンマドに託した言葉(啓示) 地上に下した(歴史事実) 普遍の真理(一字一句) と信者は信じる 11 コーランとは? 物理法則(リンゴが地面に落ちるように啓示も 落ちてきた・・・) 12 コーランとは? いってみれば、 あらゆる問題に対する回答が書いてある「回答 集」のようなもの 13 コーランとは? ということは 世界の全ての問題をこの「回答集」に照らして 認識し解釈し対応するようにするのがイス ラーム圏の基礎教育 →これが今でも強固、近代化でいっそう盤石に 14 もう一つ典拠 ハディース =ムハンマドの言行録 コーランを補完=「歴史を記録」「実例」 15 預言者の政治と軍事 ハディースによる克明な記録の中に、 ムハンマドの政治 ムハンマドの軍事遠征 16 政治的宗教 つまり 預言者の仕事: 宗教布教+政治支配・軍事指揮 →これがハディースによって克明に記録され、 解釈・体系化されて規範に 17 Ⅱ イスラーム学 (1)コーランとハディースに基づき、 (2)啓示法(シャリーア)の規定を導出、体系化し、 (3)現実の諸問題に適用する • コーラン学=字義確定・読解 • ハディース学=字義確定・読解・歴史認識確定 • イスラーム法学(フィクフ)=体系化 18 イスラーム政治思想 イスラーム法学の一部として発展 (+ギリシア政治哲学、インド・ペルシャ由来 の統治術) 19 イスラーム世界の政教関係 理念的には:政教同一不可分 現実としては:政教「部分重合」 20 イスラーム政治思想の基本性格 義務論(⇔権利論) ∼をしなければならない ∼の場合は免除される 21 政治思想の主要テーマ 権力の正統性 応答責任(→神への応答・来世での責任) 22 政治規範(1) これお前たち、信徒たちよ、アッラーの命令に 従い、使徒ムハンマドと、お前たちの中の権 力をもった者たち(ulu al‐amr)によく従え (コーラン4・59) →政治権力への服従を命令 既存秩序の安定化に寄与 23 政治規範(2) かと思えば、 アッラーの下し給うた啓典に拠って統治(hukm) をおこなわぬ者は、すべて不信仰者である (5・44) →抵抗権、革命権を正統化 24 政治規範(3) さらに、 主の呼び掛けにこころよくお応えし、礼拝の務めをよ く果たし、どんなことも互いによく相談しあい(42・ 38) →これをもって民主主義を命じるとする解釈も 少なくとも「諮問議会」は正統化 (諮問議会に立法権はあるのか?政治支配者は諮問の結果に拘束 されるか?等々の問題) 25 政治規範(4) アッラーと終末の日を信仰していれば、善を進め、 悪を抑え、互いに争って善行に勤しみもする (3・114) →勧善懲悪 (善行強制の連帯義務、相互励行義務) (⇔自由主義=愚行権、他者に危害を与えない限 り) 26 Ⅲ 国際関係 ダール・アル・イスラーム(イスラームの家) ダール・アル・ハルブ(戦争の家) ジハードの義務 27 「汝ら、アッラーの道に戦えよ。アッラーはすべ てを聞き、あらゆることを知り給うと心得よ」 (2・244) 28 「戦うことは汝らに課された義務じゃ。さぞ厭(い や)でもあろうけれど。一体、汝らが自分では 厭だと思うことでも案外身の為めになることか もしれないし、自分では好きでも、かえって害 になることもあるもの。アッラーだけが〔事の 真相を〕ご存知で、汝らは実は何にも知りは せぬ」 (2・216) 29 「だが、〔4ヶ月の〕神聖月があけたなら、多神教 徒は見つけ次第、殺してしまうがよい。ひっ捉 え、追い込み、いたるところに伏兵を置いて 待ち伏せよ。しかし、もし彼らが改悛し、礼拝 の務めを果たし、喜捨もよろこんで出すような ら、その時は遁がしてやるがよい。まことにア ッラーはよくお赦しにな情深い御神におわし ます」 (9・5) 30 「騒擾(fitna)がすっかりなくなるまで、宗教が全 くアッラーの宗教になるまで、彼らを相手に戦 い抜け。しかしもし向こうが止めたなら、害意 を捨てねばならない」(2・193) 31 義務というが、、 集団(連帯)義務 個人義務 32 ジハードは、 拡大局面では→連帯義務 防衛局面では→個人義務 33 ちなみに、イスラーム法学では 戦略論・戦術論まで包摂 (ハディースに記録されたムハンマドの戦史に依 拠) • 敵の土地のナツメヤシを抜いていいか • 水路を破壊していいか →イスラームは環境問題に敏感だった!という現 代の主張も 34 ジハードの手段 「お前たちの中でも誰でもいい、忌避すべきも のを見つけた時、手によってそれを変えてみ よ。もし手でできないのであれば、舌で。それ もできないなら、心で。最後のものは信仰の 中で最も弱きものだ」 (『ムスリム編纂のハディース集』より) 35 解釈(1) 手(武器)でできなければ、人々を奮い立たせる プロパガンダをやりなさい、それも無理なら一 心に祈りなさい・・・ 能力に応じた責任 手段は個々の状況に依存 内面からの自発性に委ねる →活力 36 解釈(2) 最近はこんな解釈も、、 手(武器)でやれとは命じていない。言葉による 説得で、いや自分自身の内面の純化が重要 だと命じている。イスラームこそ先進的な平和 宗教である・・・ →(根拠に難はあるが)平和的宣教論・護教論 37 Ⅳ ジハードの主体と効用 「他」集団への威嚇・牽制 「自」社会への相互規制・内部からの抑制 38 誰がジハードの対象か カーフィル(不信仰者) ムシュリク(多神教徒) ムルヒド(無神論者) ムナーフィク(ムスリムでありながら敵と同盟す る者:「偽善者」) ムルタッド(ムスリムになりながら宗教に背いた もの「背教者」) 39 実用例 例えば、、 「現代世界に存在するムナーフィク(偽善者)にどう すればよいのか?」と人々に問いかける。 →ある者は 「イラクで米軍に協力するマーリキー首相を倒す義 務がある」と受け止める、等々 ・直接の教唆不要 ・内面から自制 40 主体 ウンマ(イスラーム共同体) 宗教を同じくする信者が帰属する実体 41 解釈権者 原理的にはすべてのムスリム 歴史的実態としてはウラマー(知者)の学院 中心・統一の権威・組織なし (スンナ派主要4学派、等々はある) 42 制度化と安定化 権力者とウラマーの協働(結託) →安定と変革のバランス 43 Ⅴ 現代の状況 安定と変革のバランスの崩れ 制度の安定化機能の低下 44 潜在的対立点 • ウンマ間関係としての国際秩序(⇔主権国家 間関係) • 啓示法(⇔近代制定法=人定法) • 正しい宗教の相互励行義務(⇔自由主義に もとづく思想信条の自由=基本的人権) 45 条件 (1)国際政治上の劣勢(植民地化、イスラエル、冷 戦、湾岸戦争・・・) (2)アラビア半島・ペルシア湾岸産油国への富の 流入(神の恩寵?部分的絶対権力) (3)教育・識字率の向上(解釈主体の変化・拡散) (4)メディアの発達(受信と発信) (5)最近では・・・「検索」による知の体系からの自 由な選択→専門家に頼らず 46 ウンマの再認識 • 「イスラーム世界」の再登場 • 国内的には:シャリーア(啓示法)施行の要求 • 国外的には:ジハードの主張 47 主体・解釈権者の複数化 共通の規範体系、問題意識、政治目的 複数の判断・行為主体 48 動員・組織化の特徴 (1)理念・イデオロギー (2)動員の形体 (3)組織化のメカニズム (4)集団形成の経緯 (5)結合の様態 49 動員・組織化の特徴 (1)理念 すでに共通して社会・教育により教え込まれて いる規範体系のインフラ (⇔共産主義、民族主義等の新設のイデオロ ギー、ドクトリンの教化・宣教組織の必要) 50 動員・組織化の特徴 (2)動員 各自の認識・判断に基づく「自発的」参加 (⇔強制・命令・教育・唆し等による動員) 51 動員・組織化の特徴 (3)組織化のメカニズム 「呼応」による結集 (⇔中央の計画・調整による組織化) 52 動員・組織化の特徴 (4)集団形成の経緯 「結果としての」集団形成 (⇔集団が存在して初めて、共通の政治目標設 定と行動が可能に) 53 動員・組織化の特徴 (5)組織の形態 ネットワーク型組織(⇔ヒエラルキー型組織) 54 結論・・・ 55
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