内容見本 第5號 1 表紙 野嵜貴子 題字 山口翔平 カット 野嵜健秀 コシヌケ1040 押井徳馬 2 正かなづかひ 理論と實踐 巻頭言――仮名遣は何処から来たの 「赤ちやんは何処から来るの? ぼくつて何処から来たの?」 押井徳馬 幼児は大人にかう質問する事があります。本来なら成長に応じた範囲で正確な事を教へれば良い所を、恥 づかしがつてか、冗談の積もりか、かう答へる人もゐます。 「お前は橋の下で拾はれて来たんだよ」。 この種の質問の背景には、自はどうしてこの家の子供なんだらう、自は目の前のパパとママとどう繫 がつてゐるのだらう、と云ふ疑問に対する答へを知りたい気持ちや、 「お前は本当にパパとママの子供なんだ よ」と云ふ答へへの期待もあるのかも知れません。あるいは本当に「貰はれつ子」だつたとしても、本当の パパとママは誰なのだらうとか、自はどんな経緯でこの家に来たのだらう等、自の出自に関する興味は 尽きない事でせう。 それなのに、実の親に安易に「お前は橋の下で拾はれて来たんだよ」と言はれるなら、子供はショックを 感じる事があるかも知れません。自が他所の家の子だつたから悲しいと云ふより、実の親が自との血縁 を否定するやうな発言をしたのが悲しいのです。 「歴的仮名遣は何処から来たの?」と云ふ質問にも、まるで「明治時代に橋の下から拾われて ところで、 きた」かのやうな発言をする国語学者も一部にゐます。「現代の歴的仮名遣が平安時代の国語表記に起源 を持つ」事は認めながらも、「『千年の伝統を持つ歴的仮名遣』なんて言葉は噓だ。歴的仮名遣で書く伝 3 正かなづかひ 理論と實踐 統は明治時代に始まったもので、それ以前は、改まった体で書く一部の野を除くと、皆まちまちの仮名 遣で書いていて混乱していた」と言ふのです。そして「明治以降の歴的仮名遣とそれ以前に広く用いられ た仮名遣は全くの別物であり、歴的仮名遣が正統な国語表記だという主張は歴の改竄だ」と結論付けよ うとします。 「ひらが その一方で、ひらがなの伝統が平安時代に始まる事には異議を唱へません。同じ理窟で行くなら、 なの伝統は、教育でひらがなの種類が四十八種に規定されて変体仮名が外された明治三十三(一九〇〇) 年に始まった」「それ以前は、いろはの手習い等の特殊な野を除けば、一般には万葉仮名の草書体(変体仮 名とも呼ぶ)をっていたので、全くの別物とみなすべきだ」となる筈なのに、をかしなものです。 それでもとにかく、ひらがなの伝統も歴的仮名遣の伝統も、平安時代に遡つて説明する人の方が多いで せうし、そもそも、いろはがるたをはじめ江戸時代の庶民化の仮名遣を見て「今と同じく発音通りの書き 方だ」と説明する人はまづゐない筈です。細かい部は変化したり一時期混乱があつたとしても、根本部 は平安時代のものを今に至るまで歴を通して引き継いできたのです。「架空の伝統」ではなく、それは現実 だつたのです。 我々戦後教育世代が何故歴的仮名遣に興味を持ち、実際に歴的仮名遣で物を書く事さへするのか。そ れはまるで「ぼくつて何処から来たの?」と無邪気に訊ねる子供のやうな、仮名遣のルーツに関する興味な のかも知れません。 さて、これまで春と秋の年二回発行だつた本誌は、本号から夏と冬の年二回発行、加へて春に小説中心の 増刊号を出す事となりました。当初の予定だつた秋の発行をお待ちしてくださつてゐた皆様には、本号の発 行が遅れた事をお詫びいたします。今後とも「正かなづかひ 理論と實踐」を応援していたゞければ幸ひで す。 4 巻頭言――仮名遣は何処から来たの 5 正かなづかひ 理論と實踐 目 次 巻 頭 言 …………………………………………………………………………押 井 徳 馬 …… ……… 特に意味はなし …………………………………………………………………コシヌケ1040 … ……………………………………………………………………………………………… 正かなエッセイ 特輯・国語問題 国語国字問題概略年表 ……………………………………………………………押 井 徳 馬 …… ……… な が つきあきつぐ 国語改革以前の部省の漢字政策案 ……………………………………………名賀月晃嗣 ………… 現代仮名遣を糾す …………………………………………………………………名賀月晃嗣 ………… ……… 明治三三年のぼーびきかなづかい ………………………………………………は い お く …… だいなんこう ま しげ 仮名、漢字そして歴、伝統、化 ……………………………………………大楠真茂 ………… 一億總奴隷化 ………………………………………………………………………靑田三太郞 ………… ……… 口語体の仮名遣ひについて ………………………………………………………伊 川 清 三 …… 他人に依存する「断捨離」ライフ ………………………………………………押 井 徳 馬 ………… … ……… 正仮名遣ひを実践するための自動詞と他動詞の派生関係 ……………………佐 藤 正 彦 …… 上方語法入門 へん篇 …………………………………………………………彊 …………………… ……… 所謂康煕字典体に関する一考察 …………………………………………………伊 川 清 三 …… 國語と哲學 …………………………………………………………………………遠 山 信 男 ………… … ……… 假字大意抄翻刻 ……………………………………………………………………中 山 陽 介 …… 角川「短歌」に見る、正かな・新かなの割合 …………………………………酒井景二朗 ………… 6 13 9 3 94 79 69 64 57 53 52 50 44 39 32 29 23 20 2 目 次 こ ほく 早稻田大學學部・英學關係者の正かなづかひ用者について …………古北・野嵜秀 …… 正仮名への誘ひ ……………………………………………………………………いとうはむこ ……… ………… 余は如何にして正仮名支持者となりし乎 ……………………………………… blueday …… ひねくれ者のための広辞苑前方式 ……………………………………………伊 川 清 三 ………… … 語詩ノスヽメ ……………………………………………………………………押 井 徳 馬 ………… … 正字正かな学習者の為のボット紹介 ……………………………………………押 井 徳 馬 ………… … 国語問題献紹介 …………………………………………………………………………………………… 小特輯・ラヂオ ………………………………………………古 北 ………… Far East Broadcasting Company… 北の國から飛ぶ電波 ………………………………………………………………押 井 徳 馬 ………… … そ の 他 すぐる 書評コーナー ………………………………………………………………………………………………… 短 歌 六 首 …………………………………………………………………………酒井景二朗 ………… … かうもうさつ き 明治の精神の礎を創つた吉田陰『講孟劄記』を読む ………………………大楠真茂 ………… めんへらん星人と赤い結晶 ………………………………………………………刑部しきみ ………… たまに行くならこんな聖地巡禮 宮澤賢治二〇一三 …………………………佐 藤 俊 ………… 東京旅行記 …………………………………………………………………………ま り ん ………… 紙の闇黒日記 ………………………………………………………………………野 嵜 秀 ………… … 原稿を書いてみませんか/編輯後記 ……………………………………………………………………… 7 127 124 118 116 108 99 96 270 268 347 344 341 328 294 282 281 273 正かなづかひ 理論と實踐 コ ラ ム 師匠シリーズ…………………………………………………………………………………………………… 間違ひを恐れるな……………………………………………………………………………………………… 「蔴」と「痲」と代用字……………………………………………………………………………………… 正かなづかひのボーカロイド曲……………………………………………………………………………… 奇怪な書換へ…………………………………………………………………………………………………… 緑青は毒ではない……………………………………………………………………………………………… 「寢た子を起こすな」… ………………………………………………………………………………………… ダジャレとハンプティ・ダンプティ………………………………………………………………………… 8 小人閑居して鼠三匹…………………………………………………………………………………………… 小さな生物……………………………………………………………………………………………………… 医薬品のネット販売…………………………………………………………………………………………… 「仕事で使へ」と云ふ難題…………………………………………………………………………………… 和式対洋式……………………………………………………………………………………………………… 327 293 269 267 266 98 93 78 68 63 49 48 19 10 特輯「國語問題」 国語改革以前の部省の漢字政策案 名賀月晃嗣 たこと、其の根拠として述べられたものが不適当であつたこ 本稿では、漢字について、戦前戦中から「整理」が試みられ につたもので、「現代仮名遣」なる暴挙は其の一端である。 典を本として整理し、字画が簡易で運筆が利なものを採り、 は、尋常小学の教科書ではれてゐる漢字につき、康煕字 是非整理統一しよう、といふ趣旨である。其の中身について と断じてゐる。字体の統一を欠いてゐるから不が尠くない、 等ニ於テ整理ヲ要スベキモノ甚ダ多シ。 とを明らかにしようと思ふ。 字でも一概に斥すべからず、簡単で書きやすく、久しく すくな 本稿で引用する資料は、化庁がウェブ上で開してゐる 資料である。化庁としては、漢字政策の「正当性」を示す 且つ広く慣用されてゐるものを選んで用を許容することに 此の同人誌は基本的に仮名遣に焦点を当てるものだが、国 語改革は、窮極的には漢字を廃絶しようとする者どもの画策 ために資料を開してゐるつもりなのだと思ふが、却つて自 する、とも述べてゐる。 を知るのに苦しんで居る。 一定しない場合が多い。これが爲め人々が其の據るところ 今我が國で慣用されて居る漢字の字形には、統一を缺い て居るものがあり、或は時代に變迁もあつて、その標準の 此の案の末尾には説明が付けられてゐて、 或は字形を整へ小異の合同に努めたとしてゐる。世俗慣用の 達の政策の過誤を晒してゐるのだから、始末が悪い。 大正八年・部省国語調査室「漢字整理案」 此の案は、冒頭に於いて、 我ガ國ニ行ハルヽ漢字ヲ見ルニ、其ノ字形音訓及ビ用法 23 特輯「國語問題」 りである。 一定しないから読解に差し障りがあるとは思へないものばか とある。此の後に異体同字の例が幾つか例示されてゐるが、 さういふ案を述べてゐる章に出てくる字が、或は正字体 であつたり、或は適宜筆画を略したものであつたりと不ひ 注目すべきである。 致させるといふ下らない考へが既に提示されてゐることにも はう、と言ふに他ならない。また、活字と手書きの字体を一 ど)について差異が小さいものは思ひ切つて同じ形にして了 には、整理を加へることが、 なのは別に良い。不ひでも読むことはできるからである。 と述べられてゐる。漢字を整理してゐないので教育が徹底出 が精々であらう。部省の役人は一生懸命章を書いたのだ 細かい部にけちを付けられて罰点を貰ふ理不尽を恐れるの にへる必要はない。漢字の書き取りの試験などで、字形の 不ひでも読めることを知つてゐるなら、書く際にも神経質 来てゐないとでも言ふつもりだつたのだらうか。整理しない と思ふが、徒労だつたと哀れむしかない。 漢字教授の徹底を朞する爲、目下の務である と教育出来ないとか、教育するために整理するとか、どうに 化庁の付けた釈に依ると、此の「常用漢字表」は大正 十二年五月に発表されたものの、実施予定当日(九月一日) 昭和六年・臨時国語調査会「常用漢字表」 も首を傾げざるを得ない発想である。 「本案に於ける整理の方針」が述べられてゐる。其 其の後、 所では、 簡を主とし、慣用を重んじ、統一を旨とし、活字體と 手書體との一致を圖るにある 表」の修正版である。 に起つた関東大震災のために実施不可能となつた「常用漢字 としてゐる。其の為に行はれる整理上の要目は、「字畫の簡 凡例にいきなり阿呆なことが書いてあるので、引用する。 本表ニナイ漢字ハ假名デ書ク。 易なものを採ること」「運筆の利なものに從ふこと」「字形 の釣り合ひを整へること」「小異の合同を圖ること」と言ふ から、つまり、字体を簡単にしよう、字の部品(偏旁冠脚な 24 特輯「國語問題」 明治三三年のぼーびきかなづかい はいおく 至上主義的な主張に対して当時から議論が絶えなかつた。現 在の国語学研究者も上田万年に多大な関心を寄せ、棒引き仮 く「こーちょー」と表記するやうに、漢語の長音表記に「ー」 である。「長」を「かうちゃう」でも「こうちょう」でもな とは、表音主義による表記を目指して作られた仮名遣ひ体系 名遣い」が登場したのはこの時のことだ。「棒引き仮名遣い」 は明治 初等教育のカリキュラムに「国語科」が生したの (一) 三三(西暦一九〇〇)年のことである。悪名高い「棒引き仮 学務局の管轄である。表音主義者としての上田が棒引き仮名 のはうだらう。そもそも初等教育は専門学務局ではなく普通 長として部省内で辣腕を振るつてゐた官僚肌の澤柳政太郎 は、専門学務局長で学者肌の上田万年ではなく、普通学務局 正を主導して棒引き仮名遣いを実現する政治力を発揮したの しかし私が問題だと思ふのは、国語学研究者が澤柳政太郎 の役割を完全に見落としてゐる点である。実際に小学令改 名遣いなど表音主義を巡つても様々な研究が行はれてゐる。 といふ記号をふことから「棒引き」と呼ばれた。もちろん 遣いを入れ智恵したのは間違ひないとしても、部官僚とし 1 はじめに 当時から反対意見は多く、教育現場が混乱した結果、十年も ての澤柳の立ち位置の検討が欠けてゐては、なぜ棒引き仮名 本稿では、棒引き仮名遣い実現の背景について考へてみた い。 遣いが実現したのかは理解できないだらう。 経たずに廃止されることになる。 この棒引き仮名遣いを主導したのが、当時部省専門学務 局長として小学令改正に携はつた国語学者の上田万年と言 はれてゐる。帝国大学に国語学研究室を作るなど、国産第一 号の国語学者として活躍した上田万年については、その発音 32 保守論者に見られる儒教的国家観には、 「日本特有の化」と いふ観念が欠落してゐる。明治の儒者たちは万世一系の君主 といふ日本の政治的固有性は積極的に主張する一方で、衣食 含まれるやうな言葉だつた。 意味を担つてをらず、方言とか古とかいふ意味合ひが強く 一般的だつた。「国語」といふ語は現代日本の国家語といふ も、 「こくご」と読むのではなく「くにことば」と読むことが はそもそも不可能だつた。そもそも「国語」といふ語にして まつてをらず、現代としての国語を体系的に教育すること 一致の動きが兆し始めた段階で、国語や国の体裁自体が定 は実質的には「古」に過ぎなかつた。明治十九年とは言 初 等 教 育 に 国 語 科 が 登 場 す る 前、 中 等 教 育 に は 明 治 十 九 (一八八六)年に「国語」といふ科目が存在してゐたが、内容 といふ概念が存在してゐなかつたことに由来する。 そもそも明治初年には、我々が観念するやうな「国語」と いふ概念は存在してゐなかつた。それはおそらく「民族国家」 学者・学者の三者は絶望的に乖離してゐる。 る段階ではなかつた。明治憲法が登場する以前、儒学者・国 国語は学者による言一致運動によつてやうやく産声を上 化全般を覆ふものではあり得なかつた。国民化としての とは古語古のことに過ぎず、民族国家の固有性である国民 一方、国語国を民族固有の問題として語り出してゐた国 学系の論者はもちろん存在してゐたが、彼らのいふ国語国 や国民化の問題として語ることはできない。 ちは「漢」の普遍性を語ることはできても、 「国」を民族 とはありえない。東洋的な思考の枠内で物事を考へる儒者た 中心的な問題となつても、国民化の固有性が主題になるこ ず、楚や趙や魏のやうな古代中国の家産国家をモデルとして うな儒教的国家観は、日本を民族国家としては理解してをら 住に関はる化に関しては驚くほど関心が低い。そしてそれ そのやうな「国語」に現代国家語の意味が担はされるやう になるのは、おそらく大日本帝国憲法の体裁が固まりつつあ 2 時代背景――民族国家の 「国語」といふ観念 つた明治二〇年頃のことであり、確定するのは日清戦争後の ゐるのであつて、そこでは君主と臣下の存在様式や道徳性は げつつあつたものの、まだ自身の存在意義を声高に主張でき 33 は言語の固有性に対する無関心も当然伴つてゐた。元田のや ことである。明治維新前後の日本人の国家観念は、東洋的な 体系の枠内に収まつてゐた。たとへば元田永孚など明治期の ところが明治憲法制定の過程で、この三者が「民族国家」 を求心的な核として急速にまとまつていくやうに見える。特 明治三三年のぼーびきかなづかい 特輯「國語問題」 上方語文法入門 へん篇 彊 書いてゐた御緣っちふことで。創刊號からもう二年、時が經 書くことになりました彊です。『正かなづかひ 理論と實踐』 創刊號で「上方ことばと正假名ひ」といふ短いエッセイを かなづかひ 理論と實踐』に大阪辯の法についてちやんと した說書きたい、つて人ゐない?」。誰も賴んでへんのに 推量・志「う」や打推量・志「まい」のやうに、無活 詞に當てはまらず、助詞だといふことになります。もっとも、 語かつ活用語」と定義づけられてゐる以上、「へん」は助動 ん」も助動詞に類したいところです。しかし、 「ない」が活 上方語の「へん」は東京語の「ない」と同じく動詞の否定 形を作る言葉です。「ない」は助動詞に類されるので、「へ つのは本眞に早いもんですわ……。 有無を殊問題にする必はないかもしれませんが……(野 十十八日にツイッターで野嵜氏が呟かはった一言「『正 閑話休題。野嵜氏は「大阪辯の法について」と書いては りましたが、大阪辯に限定せず、京都や神戶などの方言にも 嵜氏からの指摘)。 なかっ(た) へん へん(やらう)へん(で) へん 未然 連用 終止・ 假定 命令 連體 ない なから(う) なく(て) ない なけれ(ば) 用ながら助動詞ひされてゐるものも多々あるので、活用の 用するのに對して、 「へん」は活用しません。助動詞が「付屬 觸れてゐます。題を「上方語法入門」としたのはそのため です。ほな、本題に移りまへう。 「へん」ってそもそも何やねん? まづはこのコラムを書く發端となった野嵜氏の「『へん』つ て品詞は何?」といふ呟きに答へることから始めます。 57 特輯「國語問題」 在する」といふ話は不正確だとかります。「あらへん」に對 「あらない」ではないのです。 應する東京語は「ありはしない」「ありゃしない」であって、 實は「へん」と「ない」は、味合ひは同じでも、元を辿 るとくの別物です。 ここで「へん」の大本である「ん」の活用を見てみませう。 表にはありませんが、 「ん」に關連した特殊な語形として「~ さて困りました。ひとまづ、「へん」のり立ちから考へ てみませう。 江戶時代の上方語では動詞の否定形には「ぬ」またはその 變形「ん」が專らはれてゐました。「ん」は皆さんご存じの 假定 命令 ね(ば) いで」もあります(例:そないなことはせいでも良い)。 未然 連用 終止・連體 ん(やらう)ん(で) ん 「ない」とは一目瞭然。假定形があることで、辛うじて活用 語すなはち助動詞としての體をしてゐます。「ん」は活用 ん とほり現代上方語でも現役で、上方のみならず東海から九州 まではれてゐる、いはば西日本語です。東京語でも「言は んこっちゃない」や「かりません」のやうに慣用句などで しばしばはれます。 この「ん」を强めた言ひ方に「はせん」があります。江戶 末から代にかけて、 「はせん」が縮まつて出來たのが「へ ん」なのです。「ある」で例へると 形が少ない、 「行かなくては」=「行かんと」や「行かなく ところが、現代上方語では「~ねば」→「~にゃあ」→「~ な」と轉じ、 「ね」と「ば」が一語してゐます(例:行かな なる」=「行かんやうになる」など連語表現が發してゐま あかん、⻝べてみなからん)。また常、後ろに「ならん」 す。 といふ合に。つまり、「へん」はサ行變格活用動詞「する」 が續く場合はに「~ん」に轉じます(例:行かんならん)。 ありはせん→ありやせん→ありゃあせん→あらせん→あ の未然形「せ」と助動詞「ん」が一語してに變を らへん こしたもので、「へん」=「はしない」だったのです。 ではなく連語としてはれてゐる以上、假定表現「~な」 「~ 東京語の「~なけりゃ」や「~なきゃ」が「ない」の假定形 このことを知ると、「東京では『ある』の否定形『あらな い』を作れないが、關西では『あらへん』といふ否定形が存 58 特輯「國語問題」 所謂康煕字典体に関する一考察 伊川清三 を 有 す る 字 種 に お け る 字 体 の 揺 ら ぎ が 目 立 つ。 具 体 的 に は 「肩」「雇」「顧」「淚」「諬」「遍」「偏」「編」において、字体 録 の 字 体 と を 比 し よ う。 戦 前 の 活 字 字 体 は「 常 用 漢 字 表 の揺らぎがあることが判明してゐる。どのやうな揺らぎが見 案」と「標準漢字表案」に基づいた。図 から図 字体の揺らぎ 本稿では、字体の揺らぎから見た所謂康煕字典体について、 筆者の考察を述べるものである。原稿の字体を所謂康煕字典 れ康煕字典体、常用漢字表案(昭和六年)における「活字字 はそれぞ しまふことがある。なほ、所謂康煕字典体とは、国語審議会 体」、標準漢字表案(昭和十七年)における「活字字体」、新 64 られるのか、康煕字典体と戦前の活字字体と新字体と字典収 体に基づいて整理するとなれば、字体や字形のことで悩んで からの定義をそのまま借りれば、「康熙字典を典拠として作 字体、漢和字典における所謂康煕字典体(大漢和辞典、字通、 漢語林を参照。何れの字典においても字体の差は見られなか られてきた明治以来の活字字体」のことを指す。 図1 康煕字典体 った)である。なほ、「所」は参考までに掲げた。 5 さて、先述のやうに、この所謂康煕字典体で整理するとき に、いくつかの字種において字体の揺らぎが見られ、特に戶 1 特輯「國語問題」 假字大意抄飜刻 か な たい い せう http://www. ○本文は、 『假字大意抄』刊本の飜刻である。底本は、早稻田 大學圖書館所藏の電子畫像五六三壹。URL: )に wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ho02/ho02_05631/ よつた。但し、刊記が無い。 假字大意抄 全て原本の通りに寫した。字體については、假名は現行字體 などをはじめて、大かた天曆の比より上つかたの書に見えた 古の假字づかひは、正しき定りありて、古事記日本紀萬葉集 中山陽介 とし、漢字は標準の正字體としたが、技術的制約があるから るは、皆一格にてみだれたる事侍らず、そはいかなるゆゑに 假字に定りあるゆゑよし 嚴密ではない。但し、本文中の萬葉假名表記については、萬 てしかるぞといひ侍るに、古は伊爲於乎衣惠などの音、其と ○表記は、漢字、假名遣ひ、濁點、振り假名、句點、訓點など 葉假名の用字法の通例に則り、古字・通字・略字など元の字 なへおのづからに分ち侍りしにて、其分ち有し詞を、正しき 字音にて記しおけるものなれば、亂れたる事無かりしにぞ侍 シル 體を保つた。 ニ オ ケノミコ ニ りける、もし後の世の如く、伊爲於乎衣惠などの音の唱へに、 分ち無からんものに侍らましかば、古の人なにの爲にか文字 の上のみにてこれをかき分る事の侍るべき、これには明らか ハラカラ なるより所侍れば、先一つ二つを申すべし、日本紀顯宗紀に 顯宗の御兄弟の御事を注文にしるして、其二曰億計王、其三 79 特輯「國語問題」 ヲ ケノ オ ケ ツ ヒ メ オト ヲ ケ ツ ヒ ハラカラ メ オホワケ ヲ ワケ 此御名の義、今詳には知がたう侍るなれど、強て試にいひ アネ 曰弘計王と見え、又古事記開化の條に、御姉妹の皇女の御名 コ 侍らば、億計弘計の計は、和計の略にて、大別小別といふ ミ に、姉を意祁都比賣と申し、弟を袁祁都比賣と申せし事侍り、 義にても侍らんか、古の皇子の御名に、別といへる事多し、 ケ これらの御名ども、於と乎とにて分ち申せしにぞ侍りける、 オホ ケ ヲ そは氏あるは領地などを分ち賜へるにつきての名と見ゆる ノ ノ 億は、於力反また乙力反にて、音オクなるを、於の假字に があれば、これも其類に侍らんか、本居宣長は、大笥小笥 ノ ホ ケノ 用ひ、弘は、胡肱反にて、吳音ヲウなるを、乎の假字に用 ノ オ の義ならんかといひ侍りき、又意祁都袁祁都の祁都は、地 ミコト ヲ ケノ ノ ひたるものに侍り、此二帝の御名を、古事記には、意富祁 ヲ ハツ セ オホ キ ソ 名などにやと宣長いひ侍りき、これは同じ地名を大と小と ノ キ にて分ちて、大泊瀨小泊瀨大岐蘇小岐蘇などもいふ事の侍 ノ ソ ヲ 命 袁祁命と侍り、さて於は、央居反また衣虛反にて、音淤 オホハツ セ 也、乎は、戶吳反また洪孤反にて、音胡也、胡字は、韵鏡 れば、これも其類とおもへるにや侍りけん、 オホ 匣母に屬する字にて、すべて匣母の字は、カキクケコの音 大を略して、於とのみいひ侍る事は、例多きが中に、新撰字 オホハヽ なるが、ワヰウヱヲとなるが多し、この故に乎をヲの假字 など侍り、於波は大母の義なり、 於波 乎波 、と侍り、乎波は小母の義にて、祖 和名抄に祖母 於波 、和名抄に、伯叔母 母を大母といふに對していへる名也、物語の類にも、祖母を 乎波 又乎の小の義なる事も常の事にて、これも新撰字鏡に、姨母 ナリ 鏡に阿婆 ワカチ ノ には用ひ侍るなり、又於と乎とは、同音となる時も侍るを ノ 見て、於乎の音に別は無き事なりといふ人の侍るは、甚く ハ はしからず、玉篇に、於央閭反、居也、又倚乎反、歎辭 と おば、伯叔母ををばといひ侍る事常也、たゞし今本の物語の 侍り、於の乎と同音なるは、この倚乎反歎辭なりと侍るか ては分ち無きやうに侍れど、前後の文を考ふる時は、其分ち ノ たにて、オの假字に用ふるは、央閭反のかたなれば、別の 混ずべくも侍らず、よく假字をあらためて見侍れば、其けぢ ノ 音なり、宣長が說 又 意祁都比賣の意は、意思の意字にはあら ハブキ で、億字の省文なり、我古の書に、文字の畫を省て書き侍 め明らか也、又字鏡和名などに、阿父を於地、伯父を乎地な 於の假字なるべきを乎とかき、乎の假字なるべきを於とかき 類の書、おほくは假名をかき誤りて正しからねば、とみにみ りし事多し、健を建とかき、伎を支とあるなどの類也、 ど見えたるも同じ例に侍り、此大小の義の詞のみにも侍らず、 以上本居 質朴なりし古の世なりとも、御兄弟を一つ御名に唱へ申さん スナホ 事は侍るべからざれば、於乎の音にわかち有し事しるし、さ オ 別の義の詞なるにも、於と乎とにてわかるゝ詞ども、すべて オ ヲ て億と弘とは、其義いかにわかるぞといひ侍るに、億は於保 ヲ の略にて大の義也、弘は小の義なり、 80 特輯「國語問題」 1 出 会 ひ 余は如何にして正仮名支持者となりし乎 これも全て野嵜秀つて奴の仕業なんだ。 ……一行で終はつてしまつた。これではぶつちやけ過ぎで 尚且つ余りにアレ過ぎるので、一応それらしい章をもう少 blueday 母の言に依れば、私は生まれてから言葉を発するまでが随 とのんびりした子供だつたさうです。それでも何とか人並 ちなみに本タイトルの元ネタである内村鑑三『余は如何 にして基督信徒となりし乎』を私は読んでゐませんので、そ 贔屓目八割方といつた所でせうが、その辺を差し引いて考へ が、どこまで信用して良いものかはかりません。まあ親の はそれらを読めるやうになるのも早かつたのだ」との事です みに話すやうに成つてから、これも母の言に曰く「ひらがな の点は予めご了承下さい。本歌取り的なものが出来れば格好 し何か書いておかうかと思ひます。 良いんでせうがね、あいにくと私はそこまで人間が出来てゐ ても、割合幼い時期から字といふものに多めに触れてゐた う。 事はおそらくは事実である、とひとまづ認定してしまひませ やカタカナや漢字を幼稚園前から私が教へてゐたから、お前 ないのです。偉さうに言ふ事ではないですねさうですね。 といふわけで暫く駄にお付き合ひ下さい。 その際、幸か不幸か、現在の五十音図ではほぼ消されてゐ る「ゐ」 「ゑ」の字にも接触を果たしてゐた(やうな気がす 108 特輯「國語問題」 文語詩ノスヽメ ます。 ことわざ 押井徳馬 一例を挙げるなら、諺の「働かざる者食ふべからず」は 語体ですが、これを口語体にすると「働かない者は食ふな」 とか「働かない者は食べてはなりません」となります。 こゝで、語体と口語体の両方にある「食ふ」の部にご 注目ください。明らかに現代仮名遣いではなく、歴的仮名 遣です。つまり、 「歴的仮名遣」にも「語体の歴的仮名 遣」と「口語体の歴的仮名遣」があるのです。 働かざる者食うべからず 現代仮名遣い 働かざる者食ふべからず 働かない者は食うな 歴的仮名遣 口 働かない者は食ふな ・語体 口・口語体 118 語体とは 「語体」と云ふ言葉に対し、「書き言葉の事?」とか「歴 的仮名遣の事?」と云ふ反応が屢々返つてきますが、本当 はどのやうな物でせうか。 (岩波書店)によると、 「語」とは「① 「広辞苑 第六版」 字で書かれた言語。もっぱら読み書きに用いられることば。 字言語。書き言葉。章語。②日本語では、現代の口語に 対して、特に平安時代語を基礎として発達・固定した言語の で綴った章の様式。章体。」とあります。こ 体系、または、それに基づく体の称。」とあり、「語体」 とは「語 明治時代以降普及した、より話し言葉に近い体の事を指し きた書き言葉の体を指します。それに対し「口語体」とは、 ありますが、「語体」とは、千年以上昔からはれ続けて のやうに、 「語」とは、単に「書き言葉」を意味する場合も 2 文語詩ノスヽメ 次に、俳句や短歌を語体で詠む(そして仮名遣も歴的 仮名遣)人は今でも少なくありません。俳句や短歌の雑誌で 「語体」と聞くと、何だか難しいものだと思つて しかし、 ゐる人が多いでせう。 「蛍の光」等の部省唱歌を唄へるとしたら、語体の歌詞を では、どのやうな歌を習つたか、思 小中学の音楽の授業 ふるさと ひ出してください。「故郷」「夏は来ぬ」「朧月夜」「冬景色」 たをやつた事のある人は多いでせう。これも語体です。 語体は生きてゐる 「中学・高時代に古の授業を受けたけど、あれが語体 でせう。平安時代の古い言葉遣ひで、ああ読み辛い。読むだ も、語体のひ方に関する特輯が組まれる事があります。 けならともかく、まさか書くなんてハードルが高過ぎて無理 唄へる事になります。学によつては、歌も語体だつた 士を送る歌」……これら全てが語体です。 敢なる水兵」「廣瀬中佐」「愛国行進曲」「敵は幾万」「出征兵 は語体の歌詞がある事も勿論御存知でせう。「抜刀隊」「勇 旧日本軍の歴に興味のある方の中には、軍歌を沢山知つ てゐる、と云ふ方も多いでせう。それなら「軍艦マーチ」に かも知れません。 自で俳句や短歌を詠む事がないとしても、百人一首のかる 無理!」 でも本当にさうですか。実は、私達二十一世紀を生きる現 代の日本人も、知らず知らずのうちに、章や会話の中で 語体をつてゐる事があるのです。 ことわざ や慣用句があります。「急がば回れ」「虎に入ら まづ、諺 ずんば虎子を得ず」 「百聞は一見に如かず」といつた言葉を日 の未然形について習つたかも知れませんが、これがまさにそ るなら」となります。学の古の授業で、動詞の四段活用 でせう。この「通らば」とは、口語体では「通れば」 「もし通 麻雀が好きな人なら「通らばリーチ」と云ふ言葉もよくふ キリスト教つながりでいくなら、今でも「語訳聖書」を 体です。 て」 「牧人ひつじを」も元々讃美歌ですが、これも歌詞は語 になると街中でよく流れる「きよしこの夜」 「もろびとこぞり 「神ともにいまして」……これらも語体の歌詞です。十二月 常よく用ゐてゐるのなら、知らずに語体をつてゐる事に 讃 美 歌 も 語 体 が よ く 用 ゐ ら れ て き た 野 の 一 つ で す。 なります。他にも、「無きにしも非ず」「事なかれ主義」とか、 「主われを愛す」「いつくしみ深き」「主よみもとに近づかん」 れです。 119 特輯「國語問題」 愛用してゐる人は多いものです。これは明治~大正時代にか けて翻訳されたもので、戦後の口語体による翻訳が一般に回 大学等で法律を専門的に学んでいらつしやるなら、戦前に 作られた法律は語体で書かれてゐる事を御存知でせう。残 のリズムが今なほ評価されてゐます。 で現代として教へられてきました。それが戦後は「歴的 て現役ではれてゐただけでなく、義務教育でも国語教科書 書き表す表記」ではなく「現代の言葉を書き表す表記」とし 屢 々 誤 解 さ れ が ち な 事 な の で す が、 語 体 を ふ 事、 イ コール、平安時代の古い言葉をふ事、ではありません。戦 「語 つまり、語体には「短い言葉で簡潔に表現出来る」 体独特の心地良いリズム」と云ふ長所があるのです。 念ながら現在は民法や商法をはじめ大半が口語体に変つて仕 りくどい表現になりがちなのに対し、簡潔な言ひ回しや言葉 舞ひましたが、極一部に、今でも語体のまゝ生きてゐる法 仮名遣」も「語体」も、音楽の授業を除けば平安時代~江 的仮名遣」や「語体」を「古」と混同する人が少なくな かも読み方は習つても書き方は習はなくなつたので、「歴 戸時代の学を読む「古」の授業でしか習はなくなり、し 後の国語改革以前は、歴的仮名遣も語体も、 「昔の言葉を 律もあるのは驚きです。 語体の長所 考へてみると、同じ語体でも、中学高時代に苦労して 学んだ「平安学の語体」よりも、 「明治~昭和に作詞され いのかも知れません。 見を時々見掛けます。 うか。時には「現代の語体」を見直してみるのも良いか 「語体なんて、日常会話でわない古めかしい句をわ ざわざって、知識のひけらかしにしか見えない」と云ふ意 や慣用句を「急ぐなら遠回りしよう」 しかし、先に挙げた諺 ふる さと といつた具合に全部口語体にすべきでせうか。「故郷」等の も知れません。そしてそれには、明治~昭和に書かれた語 た歌の語体の歌詞」の方が理解しやすいのではないでせ 語体の歌詞を口語体に書き換へたものを想像してみて下さ 体の作品が大変参考になるものです。 ことわざ い。確かに、日常会話の言葉には近くなり、歌詞の意味も理 解しやすくなるかも知れません。しかしその一方で、「表現 が回りくどくなる」「語体の元々持つてゐた心地良いリズ ムがまるまる失はれる」と云ふ弊害があります。 120 文語詩ノスヽメ 語詩に挑戦! さて、この夏、私には「与へられた曲に歌詞を附けよ」と 云ふ「宿題」が出されました。その「宿題の提出先」とは、 二〇一三年八月三日、 「渋谷アップリンク」で開催された「た てきた中、一オクターブを十二にける「平均律」の登場で、 それらのどの音階も近似値として表現出来る様になり、まる で「デジタル化」の様なものだつた、と云ふ内容でした。 それにしても、各時限の最後の小テストは、どれも難問。 しかも約五間位しか時間がありません! その宿題、中々良い物が思ひ浮かばないうちに提出日が来 たのですが、イベント当日、土壇場になつて突然、良いアイ 題をこなしたりすると云ふものでした。 ゅんと一緒に「生徒」役として、先生方の授業を受けたり課 二人のライブには一度行つた事がありますが、今回はたんき 誌として頒布したりと、ユニークな活動もしてゐます。私は ディアで新曲を出したり、歌詞の世界を表現した漫画を同人 「たんきゅん」とは、女子中学生の制服で歌つて踊るガール ズポップデュオで、レコードやカセットテープ等懐かしいメ 宿題はやつて来たものの、実際には宿題をテスト用紙に書き 今回の課題は「作詞」。事前に宿題として出されたメロデ ィに歌詞を附けるのですが、時間は五間+休み時間。私は の気持ち良さを追求するのが先生の歌詞の特徴でした。 て、頭韻を多用したり言葉遊びを織り込んだりと、音として 「抽象的な言葉ではなく具体的な言葉を」、たとへば女の子 の気持ちを女の子の身の回りのものに形容してみる事。そし の魅力について、実際の作例もへながら語られました。 フレーズの下、生活必需品ではないが人生を豊かにする作詞 んきゅんの夏期講習」と云ふイベント。 ディアが「降つて来た」のです。それは「語体で作詞する」 写すだけで精一杯。でも一番最後のフレーズだけ修正したり、 二時間目はロックバンド「アーバンギャルド」の永天馬 先生による作詞入門。「歌詞とはお菓子である」のキャッチ と云ふもの。まあ、その話は後に回すとして、各時限の授業 題名だけはさっき習った「頭韻」をつてみたりと、一部だ 三時間目は滝本淳助先生と久住昌之先生の「タキモトの世 け直してみました。 内容を簡単に解説していきませう…… 一時間目は大学講師の大谷能生先生による「中学三年生の 社会科と音楽」。地域や化によって様々な音階が用され 121 ボラ飯」等で聞いてゐましたが、それ以上に、一見何処にで 界~夢の授業」。久住先生の名前は「孤独のグルメ」「花のズ あつと言ふ間の五曲でした。 曲目によつて樣々な小道具をひながら可愛く踊りながらの、 のミニライブ。猫耳と猫尻尾、花の冠とレイ、リスの人形等、 最後に、各時間の先生方による小テストの優秀作品の紹介 と講評がありました。 語詩が大受け もゐる普通のおぢいちやんみたいな滝本先生のキャラが実際 に は 非 常 に 強 烈 で し た。 兎 に 角 ナ ン セ ン ス で 笑 へ る 夢 の 話 みたいな「おすもうさんパパ」や、宝塚スターみたいにメイ クの濃い「ベルばら関取」には会場が大爆笑。そして、滝本 先生の夢の中に出てきた架空の若者語「耳却下」 (耳から脳に 習つてゐない範囲が出題されたので皆が大喜利に走つた一 時間目の小テストも、滝本先生に負けず劣らずナンセンスな 送りたくない程に激しく却下、の意)は、夢生れの言葉の癖 に秀逸な造語です! さか優秀作に選ばれる事は無いだらうと思つてゐたら、二時 間目の作詞の課題の優秀作五本の中に何故か選ばれました。 夢が一杯の三時間目のも、珍回答が続出で爆笑の渦。私はま 今回の課題は「あなたが今まで見た中で一番印象に残って いる夢を、言葉や絵にしてみよう!」で、空を泳ぎながら追 つ手(空は泳げない)から逃げ回る夢をイラストに描いてみ つはもの たのですが、あの滝本先生の夢に比べれば、あまりにも味気 よ」と題する語体の歌詞を提出したので 私は「強かれ兵 すが、正直なところ、頭韻や言葉遊びを入れるJポップらし い歌詞や、みやまゆさん(たんきゅんの一人)による猫を題 しかしそれ以上に「現代的な曲と語詩の意外な組合せ」を な作品を提出したのでは?」と云ふ不安も少しありました。 なくて普通も良い方です。 四時間目は本秀康先生による漫画の描き方入門。「漫画は 上手い下手よりも、最後まで描き続ける事が大事」。それに、 試してみようと、敢へてその作風で提出してみたのですが、 材にした可愛らしい歌詞等が並ぶ中、「自は物凄く場違ひ 漫画原稿用紙ではなく普通の紙と筆で十漫画が描けるの で軍歌は意外と合ふ」「縦書きで高の国語の中島敦みたい 先生によると「アニメ『進撃の巨人』のオープニングみたい だ、と、気楽に漫画を描いてみる事の勧めでした。 「お楽しみ会」として、待ちに待つた、たんきゅん その後、 122 (イラスト附き)が一杯。クッキングパパのおすもうさん版 特輯「國語問題」 文語詩ノスヽメ 右が提出した歌詞。一見軍歌風だが、 「死ぬ気で戦へ」ではなく「汝守らん」と云ふ歌詞 は、文語の讃美歌の影響かも知れない。なほ、突貫工事で作つたので、見直すべき点も 幾つかある。「愛する」「優しい」を「愛す」「優し」で切つても大丈夫なのだらうか、と か、「歌うたはん」は「うた」が重なつてゐるのでもう少し工夫出来たかも、等…… な世界観」と、嬉しいお言葉を頂きました。 他の生徒の作品についても、同じ曲にここま で多種多様な歌詞が付いたのが興味深かつた だけでなく、色々な工夫が見られて参考にな りました。 「強 その後、たんきゅんと天馬先生の歌で、 かれ兵よ」を実際に歌ってみる事になり、ま さか自の作品が、と大変ビックリしました が、電子音楽的なロックのメロディと語詩 の一見ミスマッチな組合せが意外にも受けた さくら うめ のが、作詞者として不思議でもあり、嬉しく 歌」で語の歌詞を歌つてゐたのを思ひ も あ り。 た ん き ゅ ん も「 私 立 櫻 梅 女 子 中 学 出しましたが、平成の現代に於いても、時に は語詩を見直してみるのも悪くないと改め て感じた一日でした。 123 特輯「國語問題」 ン表示にボットの投稿が現れるので、ツイッターを楽しみな 押井徳馬 本書の読者の中には、短投稿サイト「ツイッター」をご 利用の方も多いでせう。著名人の投稿、友達や趣味の仲間の がら正字や正かなの知識を学ぶ事が出来ます。今回はその幾 正字正かな学習者の為のボット紹介 投稿等、様々な人の意見を聞いたり、自からも書いたり出 つかを紹介してみます。 稿してゐるボットもあり、フォローすると自のタイムライ 来るのが大きな魅力です。 るのですが、それ以外にも「ロボット」の利用者がゐるので に参考になります。 いはゆる旧字と元の形についての豆知識。似た形の漢字、 常用漢字と表外漢字について、手書き字について等、非常 ( @TKanji_bot ) bot す。 歴的仮名遣 「ツイッターに投稿してゐるのは、人間だけでは ところが、 ない」と聞いて驚かれるでせうか。動物? 宇宙人? まあ、 名状しがたい旧字体 「設定」でそのやうなキャラクターを演じてゐる利用者もゐ ツイッターに書き込んでゐるロボットとは、人間の形をし たものではなく、予め用意された原稿を一定の時間毎に投稿 歴的仮名遣に関する豆知識。早覚えのコツや、間違ひや すい仮名遣についても扱つてゐます。 ( @Seikana_Bot ) bot )」 するコンピュータプログラムの事で、略して「ボット( bot とも呼ばれます。中には、ユーザからの投稿に反応して返事 を返してくれたりと、まるで人間のやうに反応してくれる物 変体仮名 ( @hengana_bot ) bot さへあります。 変体仮名を活字や看板の用例といつた画像付きで紹介。 そして、正字や正かなの学習者に役立つ情報を定期的に投 124 正字正かな学習者の為のボット紹介 チーフに、歌詞の通り、朝になると起きてご飯を食べたり小 大 正 時 代 に 発 表 さ れ た 童 謡「 茶 目 子 の 一 日 」 の 主 人 を モ 白川静( もいろいろつぶやきます。それに加へ、昭和初期の化に関 学に行つたりといつた内容をつぶやきます。また、この歌 の歌手の中でも一番有名な、平井英子の歌つた他の歌の歌詞 ) @sizukashirakawa 漢字の由来を載せた字典「字統」等で有名な白川静の章 を定期的に投稿。漢字の字源に関する内容が殆ど。 する豆知識、とりわけ当時の国語の事情についても、茶目子 さんの口から語ります(佐々紅華の元々の茶目子の設定には 福田恆存( ) @Ftsuneari_bot 無いので脚色ですが……)。 ( @jianhuazi_bot ) bot 歴的仮名遣を擁護した事で知られる福田恆存の章を定 期的に投稿。「私の國語敎室」からの引用もあります。 簡化字 ) @ShinkanazuBot 中国語の簡体字を画像入りで紹介。どのやうに略したのか、 毛沢東政権より前からはれてゐた例など、漢字好きには興 味深い情報が満載。 新世代かなずかいBOT( 番外篇。「現代仮名遣いなんてもー古い! 昭和の決まり ぉ引きずっているなんてどーなんだ!? これからゎ新しい かなずかいで書こーじゃないか!」が合言葉で、仮名遣が完 全表音式になつた仮想の未来を体験させてくれます。 ) 茶目子( @chameko_bot 拙作のボットですが、これも番外篇。佐々紅華作詞作曲で 125 しよ し 書肆言葉言葉言葉 既刊の御案内 おもちくんとすまいるくん 1~3 あんこく 野嵜氏のウェブサイトの一コーナー「闇黒日記」で人気の漫画が冊子に! おもちくん、すまいるくん、にゃもちくん、へらへらさん等、おもちみたいな こま 不思議な生き物(クリーチャー)達の日常生活を描く、お気楽四齣漫画! 野嵜健秀・著/各 300 円 あなたも文章が書ける 文章を書くに当たつての心構へを解説。 野嵜健秀・著/ 2013 年 11 月初版/ 300 円 闇黒日記抄 前史――1998-2000 あんこく サイトで人気のコーナー「闇黒日記」の 1998-2000 年の記事からの選り抜き。 野嵜健秀・著/ 2013 年 8 月初版/ 400 円 九段下ビル 最近解体された昭和初期のモダニズム建築「九段下ビル」の写真と資料。 野嵜健秀・著/ 2012 年 5 月初版/ 400 円 調布駅、地下へ 「開かずの踏切」解消の為に地下化した調布駅の前と後の姿を写真で綴る。 伊川清三・著/ 2012 年 11 月初版/ 500 円 各誌の紹介・御註文は右記にて: http://osito.jp (126) 126 特 輯 「國 語 問 題 」 本号では国語問題に関して出版された献を紹介する事とした。 歴的かなづかひの正しさを主張する立場のみならず、歴的かな づかひを否定する立場の献も紹介してゐる。表音主義者による日本 語の「改造」を主張する献も数多く含まれる。その中には、現在見 ると異様としか思はれない主張が――或は奇怪としか感じられない表 記すら――見出せる。 本誌はあくまでも歴的かなづかひの正しさを主張する雑誌である。 しかし、敢て表音主義者の主張をありのままに紹介したいと思ふ。か うした人々の手によつて、「現代表記」と呼ばれる書き方が「作られ た」と云ふ事実を、読者の方々に知つていただき、その問題を考へて いただきたいからである……。 127 国語問題文献紹介 国語問題文献紹介 特輯「國語問題」 国語改革を批判する ………………………………………… 金田一京助と日本語の近代 ………………………………… 国語改革論争 ………………………………………………… ある国語学者の回想 ………………………………………… 國語に生きる ………………………………………………… アメリカ敎育節團報吿書 ………………………………… 新ニッポン語 ………………………………………………… 当用漢字と現代かなづかい ………………………………… 中学生のためのことばの教室 ……………………………… 日本語をやさしくしよう …………………………………… 言靈をめぐりて ……………………………………………… 京助を語る ………………………………………………… 言語理論と国語教育 ………………………………………… 日本語の正書法 ……………………………………………… 火の赤十字 …………………………………………………… 国語国字論争 ………………………………………………… 街の言語学 …………………………………………………… 言語のフォークロア ………………………………………… ことば風土記 ………………………………………………… ローマ字の書き方 ………………………………………… これからの国語 ……………………………………………… 正確でわかりやすい章を書く手引 ……………………… 日本語「ぢ」と「じ」の謎 ………………………………… 旧かなづかひで書く日本語 ………………………………… 日本・日本語・日本人 ……………………………………… 國語精粹記 …………………………………………………… ロゴスの名はロゴス ………………………………………… 旧字力、旧仮名力 …………………………………………… 日本語心得帳 ………………………………………………… 福田恆存君を偲ぶ …………………………………………… 私の國語敎室 ………………………………………………… 随想集 生命と言葉 ��������������� 古語と現代語のあいだ ……………………………………… 「国語」という思想~近代日本の言語認識 ……………… 漢字が日本語をほろぼす …………………………………… 漢字の未来 新版 …………………………………………… なるほど常用漢字表 ………………………………………… 風流国語教室 ………………………………………………… あすの日本語のために ……………………………………… 法 以 前 …………………………………………………… … 223 219 216 216 215 214 212 211 206 205 203 202 201 199 198 196 193 191 190 189 186 184 現代かなづかい疑問解説 …………………………………… これからの日本語 …………………………………………… 128 日本語大博物館 ……………………………………………… 新撰假字遣 …………………………………………………… 182 181 179 173 172 169 168 163 162 160 152 147 144 142 141 139 137 137 133 132 130 130 国語問題文献紹介 私の言語学 …………………………………………………… 舊漢字――書いて、覺えて、樂しめて …………………… 「完璧」はなぜ「完ぺき」と書くのか …………………… 神 社 新 報 …………………………………………………… … トンデモ採点 漢字テスト ………………………………… 日本語の現場(第一集~第四集) … ………………………… 漢字の教養――漢字早おぼえ・書取りの基準―― ……… 章読本さん江 ……………………………………………… 国語の設 …………………………………………………… 安 本 美 典 …………………………………………………… … 横書き登場――日本語表記の近代 ………………………… ふ り が な れきし 振仮名の歴史 ………………………………………………… 昭和モダンアート ………………………………………… 新しい国語の手引 …………………………………………… 言 海 …………………………………………………… 新しい国語表記ハンドブック ……………………………… 康 煕 字 典 …………………………………………………… … 字 通 …………………………………………………… 漢 字 …………………………………………………… 漢 字 百 話 …………………………………………………… … 263 262 261 260 僕の妹は漢字が読める ……………………………………… 魔獣戦士ルナ・ヴァルガー( )誕生 …………………… 129 かなから教えていませんか? ……………………………… たのしい法の授業 ………………………………………… 259 258 257 257 255 254 253 252 251 251 247 245 244 239 239 237 235 234 233 232 232 227 新旧かなづかい・送りがな辞典 増訂版 ………………… 早わかり 当用漢字 現代かなづかい …………………… 3 1 特輯「國語問題」 金田一京助と日本語の近代 安田敏明 国語改革を批判する 丸谷才一編著 平凡社・平凡社新書 日初版第 刷 安田敏明は『国語審議会――迷走の 年』(講談社現代新 書)等の著作がある近代日本言語の研究者。「国語」と云ふ 月 事や国語改革の実態について、詳しく調査して結果を発表し 2008年 六人による共著。最初は大野晋と杉森久英による、戦前戦 後の国語改革の経緯の紹介に始まり、岩田麻里による漢字廃 月 止論への反論と漢字の擁護、入沢康夫の仮名遣に関する思ひ てゐる。本書は、戦前から戦後にかけて国語改革に大きな影 1999年 出と「歴史的仮名づかひによる詩作に対する浅薄な批判」に 響を与へた金田一京助の生涯を検討するもので、その人間性 斯うである。 安田は、金田一京助・小泉信三/福田恆存の論争をとりあ げてゐる。論争の経緯をたどつた上で、安田が下した結論は 復旧することはむずかしい。」と述べてゐる。確かに手遅れ ……。この一連の論争の実りはさほどない。しかし、こ は、火事は燃えるだけ燃えて、あとに何も残っていなかった 論じてゐるので、参考になる。 論と、国語問題における主張について、多数の資料を用ゐて 60 のである。」と書き、また文化を「破壊することは簡単だが、 杉森久英は「五委員の脱退は目ざましかったが、すでに国 語の破壊は九分通り完了したあとだった。半鐘が鳴ったとき について述べてゐる。 ついて、山崎正和による方言や話し言葉と書き言葉の問題に 1 と主義・主張の問題をとりあげてゐる。アイヌ語研究、音韻 12 ついて、そして最後に丸谷才一は国語改革のもたらした弊害 8 中公文庫 日初版 18 だつたが、我々はそこから教訓を学べるだらう。(押井徳馬) 130 10 国語問題文献紹介 日本語大博物館 岡田正美 新撰假字遣 東京外國語學會 明治三十八年十月八日發行 紀田順一郎 月 足りないものの、国語改革運動が生れた背景を知る上で非常 かなづかいの話が殆ど出て来ず、漢字の話中心なのが少し物 廃止論、横書きといつた国語国字問題についても扱ふ。現代 の物語や、カナ文字運動、ローマ字国字論、人工文字、漢字 版、和文タイプ、ワープロといつた日本語を扱ふ技術の発祥 逸話を、豊富な図版と共に紹介する。活版印刷、写植、謄写 OK」で有名なジャストシステムの雑誌、 「JUST MOA I」の連載記事をまとめた本。近・現代の日本語にまつはる べて「法令の力を借りて」「之を用するを禁止し」等と書 岡田は明治二十八年、『帝國學』に「漢字全廢を論して 國國語國字の將來に及ふ」を發表し、漢字全廢の手順を述 ず。」とある。 ィーと認めたる先例のことなり、猥なる先例のことにはあら 凡例に「假字遣はもと、單に先例を示すに止まるべきもの な り。」「 前 項 に い へ る 先 例 と は 著 者 の 從 ふ べ き オ ー ソ リ テ が百二十二ページ、字音假字遣編(下卷)が十六ページ。 かし本書の内容は可なり合理的である。國語假字遣編(上卷) 明治時代の終り頃に発行された歴的かなづかひの手引書。 著者・岡田正美は当時、国字の改良を強く主張した人物。し にわかりやすい資料と言へよう。日本語のコンピュータ処理 いたと云ふ話である。明治三十二年、帝國教育會「國字改良 部」に所属。明治三十五年、國語調査委員會の補助委員にな が出来なかつた時代には、漢字廃止や漢字制限を掲げてこん 日本語ワープロ「一太郎」や仮名漢字変換システム「AT 2001年 ちくま学芸文庫 日初版 10 なに熱心に活動する人がゐた、と云ふ事に驚く現代人は多い だらう。(押井徳馬) 137 9 国語問題文献紹介 アメリカ敎育節團報吿書 じて、學および社會生活、國民生活にローマ字を 入するための計畫と實行案をたてること(提案六點 中四點、五七―五八頁) 刷発行 およびある形態の假名の用」も排除してゐないことに と特にポイントアウトして提案めいて書くものの、ほかの部 月 をする必がある。批すべき相手の張を極附けてかかつ を見れば「漢字の數を減らすこと」あるいは「漢字の廢 1979年 刷発行 あらう」 (五七頁)とする。民義市民精神等にすると は民義市民精神と國際理解の長に大いに役立つで 月 戰直後の表題報吿書の飜譯が本書のほぼ總てを占め、 として舊敵國日本を「民」する爲の敎育改革を題とし 斷するのなら、同じアルファベット圈の舊敵國ドイツはど 2010年 たのでは、批を蹈みるだけである。 てゐる。六章のうち一章をいた國語改革は敎育にとどまら それにも拘はらず、報吿は「本節團の斷では、假名よ りもローマ字のはうに利が多いと思はれる。さらにローマ字 ず國民の一般生活について將來の漢字の減あるいは廢止を のやうに斷するのであらうか。 一、ある形でのローマ字が、すべての可能な手段によって それでも何故漢字が治以來の廢止・制限論にもかかはらず 一般に用されること 二、擇された特定のローマ字の形態は、日本人の學者、 戰國人が「深い義務感から、そしてただそれのみから、 日本の書き言葉の根本改革を勸める」 (五三―五四頁)のや に熟してゐないとするには數値の裏附けも無い。 缺點のみ見て利點を無視するのはではない。國民が漢字 しぶとく人の用を滿たして來たかには實質言してゐない。 責任を引き受けること 三、この委員會は渡における國語改革計畫をまとめる て決定されること 敎育界の指者、および政治家からなる委員會によっ また漢字を減しなければならぬのは、學の負擔が重い からだとするが、實利義から漢字の效を論ずるのならば、 提に、ローマ字を候補に表字の用を提案する。 日第 村井實 28 1 講談社学術文庫 日第 20 10 四、この委員會は新聞、定刊行物、書籍その他の書を 141 8 1 国語問題文献紹介 い物ねだり」ではないか。確かに文字の数は減るが、日本語 が漢語の語彙に依存してゐるのと同じやうに、欧米言語も、 存してゐる。英語は発音と綴りの関係が日本語の歴史的仮名 NHK出版 白石良夫 古語と現代語のあいだ 遣よりも複雑だし、フランス語やスペイン語をはじめ多くの 2013年 異なる体系を持つギリシャ語やラテン語に由来する語彙に依 言語は、厖大な不規則動詞の活用表を見るだけでもうんざり する。どこかが簡単な分、別の部分が難しくなるのだ。 「日本語使用者の自覚によって、漢字でかかな かと言つて、 ければわからないような単語は、つかわないようにしよう」 日初版 語を使はない分、和語で置き換へ語を作るとなると、長い言 国語改革以後の現代文表記としての歴史的仮名遣を憎悪する。 語改革以前の文章に使はれる歴史的仮名遣なら愛してゐるが、 歴史的仮名遣の研究者は二種類ゐる。歴史的仮名遣を現代 文に使ふ事を肯定する人と、否定する人である。後者は、国 月 葉になるだらうし、かと言つて、伝統を捨ててまでも英語由 と云ふのも、実現性に乏しい机上の空論にしか思へない。漢 来のカタカナ語だらけの日本語に大改造するくらゐなら、潔 げんがくてき 「現代文には現代仮名遣いを使うべきだ」とか「現代文に歴史 来の国語を破壊して新しい国語を創り出さう」と云ふ野望を り、正しい国語を愛する人々」だと思はれがちで、まさか「旧 国で国語の研究や指導をしてゐる人々は、「国語の伝統を守 ストラ」「お役御免」にしたい事が見え見えである。そして、 の規範とするにはあまり適していない」と、早く完全に「リ 会の文字生活に適している」 「歴史的仮名遣いは、現代語表記 国語改革以前限定である。「現代仮名遣いのほうが、現代社 著 者 は 自 分 を「 歴 史 的 仮 名 遣 い 否 定 論 者 」 と み な す の は 「誤解」だとする。しかし、著者の認める歴史的仮名遣とは、 的仮名遣を使うのは時代錯誤で衒学的だ」と非難する。 胸に抱いてゐる人が交ざつてゐるとは想像だにしないだらう な ほ、 著 者 は か つ て N H K 放 送 用 語 委 員 や、 日 本 語 文 字 コードの一九八三年改定( JIS)に携はつてゐる。我が く英語に乗り換へた方がマシと云ふものである。 10 「近代以前の仮名遣いと明治の歴史的仮名遣いは歴史的に繋 199 6 が、実態はかうである。(押井徳馬) 83 特輯「國語問題」 は国語の伝統ではない」と結論付ける。 がっていない」事の「証拠」を挙げた上で、 「歴史的仮名遣い かなづかい」である。 通してゐたのではないかと私は思ふ。根本原則を「昭和時代 則として「昔の表記と思はれる物を手本とする」事だけは共 の標準語の発音通りの表記」に丸ごと入れ替へたのが「現代 確かに、説明の中で部分的には真実を語つてゐる。ところ が、折角正確な事を理解してゐるのに、何故そんな結論に結 に見せ掛ける傾向がある。そして、「藤原定家の時代の仮名 特に、仮名遣の歴史に関する説明は、部分的な説明は正確 でも、あまりにも仮名遣の種類を細かく分断し、別々のもの 疑問も残る。 治時代以降の伝統」と呼ばないのはどうしてだらう、といふ び附くのだらうと残念に感じる部分も少なからずある。 遣と江戸時代の仮名遣と明治以降の歴史的仮名遣とは全くの 著者は文部省の教科書調査官だつた経験から、国語教科書 の歴史的仮名遣の説明について、「歴史的仮名遣いが発音の 「歴史的仮名遣は明治時代以降の伝統」といふ理 そもそも、 窟が通用するのなら、「ひらがなは変体仮名の整理された明 別物で、しかも明治以前は雅文にしか仮名遣いの規範が適用 規則であるかのように誤解させること」「歴史的仮名遣いが 「歴史的仮名遣は古文専用」と云ふ誤解が広まつたのは、著者 古文専用の仮名遣いだと誤解させること」の問題点を指摘し の主張のやうな「現代語には現代仮名遣いを使うべきだ」と されず、通俗文に仮名遣の規範など全くないも同然だつた」 「定家仮名遣」 「契沖仮名遣」 「(明治政府の)歴史的 確かに、 りやうやく お 「老 仮名遣」で内容は変つてゐるし、 「良薬」を「れうやく」、 云ふ風潮から生まれたのだから。(押井徳馬) かのやうに印象操作してゐる。 い」を「をい」とした江戸時代のいろはがるたは、それらに てゐるが、「お前が言ふな」と言ひたいところである。特に きちんと従つてさへゐない。しかしそれでは、昔の人は表音 式で書いてゐたのだらうか。「仮名遣の乱れて」ゐた江戸時 代の庶民でさへ、いろはがるたのやうに「発音通り」ではな く、むしろ「昔つぽく」書いてゐたので、戦後教育を受けた現 代人はその時代の仮名遣に少々違和感を感じるくらゐである。 さう考へると、国語改革以前は、仮名遣の規範の細かな違ひ や、それにどれだけ忠実に従つてゐるかに関はりなく、大原 200 日本語「ぢ」と「じ」の謎 土屋秀宇 刷 旧かなづかひで書く日本語 萩野貞樹 幻冬舎 幻冬舎新書 二〇〇七年七月三十日第一刷發行 萩野貞樹さん(一九三九――二○○八)による、歷か なづかひの手引書です。 づかひ」と同義のものとして用してゐます。 そして、かつて漢字廃止の危機があつた事、現代かなづか い が 実 際 に は 歴 史 的 仮 名 遣 に 依 存 し て ゐ る 事、 交 ぜ 書 き や ひは簡單に讀めるのだといふことを確かめるところから始め、 と讀めたといふ實驗から、先入見がなければ歷かなづか 本の中味は充實してゐます。大學の授業で、正かなづかひ の例を何の註釋もなく學生に讀ませてみたところすらすら 「同音の漢字による書き換え」の弊害など、国語改革にまつは 古は正かなづかひでなければ絶對に書き表せないこと、し はないのだから、結局は現代も正かなづかひで書くことが かし古・現代といつてもそれらに確な區がある譯で 井徳馬) る問題をわかりやすく説明する。国語国字問題について知り 込まれる事間違ひ無しである。 まで知らなかつた人も、既に或る程度知つてゐる人も、引き 「学校では教えてくれない日本語の秘密」(二〇〇五年、芸 文社)を加筆修正した文庫版。 1 ※萩野さんは「旧かな」といふ言葉を、ほぼ「正かなづかひ」 「歷かな 光文社 知恵の森文庫 2009年 月 日初版 20 特に戦後の国語改革に至つた歴史的経緯を詳しく説明して ゐる部分は、興味深くストーリーが展開していくので、これ 048 合理で正しい、と著者は說きこしていきます。この邊り 216 6 たい人がまづ最初に読むべき入門書として推奨したい。 (押 特輯「國語問題」 特輯「國語問題」 舊漢字―書いて、覺えて、樂しめて 月 日初版第 「完璧」はなぜ「完ぺき」と書くのか 2006年 田部井文雄 日第 萩野貞樹 月 刷 1 讀んでゐたと云ふ。現代のいい年した大人である我々が、當 後書きによると、昭和二十年代は讀み物の類は殆どが舊字 舊假名だつたが、當時の少年少女はほとんど何の抵抗も無く でも必ずしも難解でない事、使用頻度が低くても重要な言葉 るのは非現実的である事、見慣れなかつたり画数の多い漢字 わかりづらくなる欠点がある事、どれが表外字なのか暗記す 音を表すかなに書き換へた事で、漢語の構造を破壊し意味が 時の少年少女に負けるのも何だか悔しい話である。 なほ、第二章・第三章は、交ぜ書き語の実例と本来の語の 成り立ちの解説、そして交ぜ書き語約七百語を載せた小辞典 はある事などを解説する。交ぜ書きではなく振仮名を、と云 ふ著者の提言に私も同意する。 事もある。(押井德馬) 際には、手書きの正字體の傳統な書き方は、活字體とふ なほ、本書の手書き字部は、くまでも活字體の形を 手で書いて覺える爲のものとり切つた方が良いだらう。實 つたものも含め、新字體と正字體の對應表も揭載されてゐる。 語が生まれたと云ふ紹介に始まり、意味を表す漢字の一部を 交ぜ書き語の問題を専門に扱つた本。当用漢字表外であつ ても「どうしても使い続けたい」といふニーズから交ぜ書き 10 大修館書店 刷 1 文春新書 2007年 20 いはゆる「舊漢字」を百十六個紹介し、その漢字をつた 名、熟語、蘊蓄を紹介する。卷末には本で紹介されなか 2 も掲載してをり、参考になる。(押井徳馬) 232 7 月 日初版 横書き登場――日本語表記の近代 屋名池誠 岩波新書 2003年 ふ り が な れきし 振仮名の歴史 今野真二 集英社新書 二〇〇九年七月二十二日第一刷 振仮名の起源を解説すると共に、「振仮名は自分だけの読 む日記に使用しない事から判る通り、他人に読ませるための しかし、実際に当時の出版物を調べてみると、右横書きは 縦書きと併用する為のものである事が多く、楽譜、科学、経 前は全ての横書きが右横書き」と思ひ込んでゐる人も多い。 時代あたり、後者は終戦後とするかも知れない。中には、 「戦 興味深いと思ふ人は多いだらう。我々は漠然と、前者は明治 する」 「ふりがなは、原則として使わない」といふ条項によつ また、山本有三の振仮名廃止論についても簡単に述べられ てをり、そのすぐ後の当用漢字表の「あて字は、かな書きに も、その逆もあり得る。 においても用ゐられ、選択された語が主でルビが従である事 単に漢字の読みを子供に示したり、漢字の複数の読みの一 つを指定する目的だけに留まらず、註釈、翻訳、詩的表現等 もの」である事を説明し、振仮名の役割毎に分類してゐる。 理、語学など一部の世界ではむしろ左横書きが一般的だつた 特に、右から左に書く横書き(右横書き)よりも、左から 右に書く横書き(左横書き)が多数派に転じた経緯について 元々縦書きだつた日本語に、いつから横書きが取り入れら れたのかに関する歴史を、豊富な図版と共に解説する。 20 て振仮名の使用が制限されたと説明する。表外の漢字だから と漢字を消してかな書きにするのではなく、振仮名を活用す れば良かつたのに、何とも勿体ない話である。(押井徳馬) 251 863 11 事がすぐわかる。この事に驚く現代人はきつと多いはずだ。 (押井徳馬) 国語問題文献紹介 昭和モダンアート 藤原太一 MPC 1986年 ンである事には驚かされる。 月 月 日第一版第一刷 日新装版第一刷 のとはとても思へない程、今見ても明るくてモダンなデザイ や看板等のレタリングのサンプル集である。約九十年前のも 大正一四・一五年に発行された「圖案化せる實用文字」「繪 を配した圖案文字」を合本した覆刻版。早い話が、本の題字 2004年 15 20 観に囚はれる事なく、時には略字や異体字を駆使しながらも、 文字をお洒落にアレンジしてをり、現代の我々にも非常に参 考になる。勿論、レトロ調のレタリングに興味のある人には 是非お勧めしたい。(押井徳馬) 252 6 1 3 こ の 時 代 な の で 勿 論 文 面 は 正 字 正 か な だ が、 当 時 で さ へ 「伝統的な国語表記には、伝統的な毛筆書体で」と云ふ先入 特輯「國語問題」 国語問題文献紹介 大槻文彦 三省堂 三省堂編修所 新しい国語表記ハンドブック ちくま学芸文庫 1977年 日初版 この同人誌で漢字や仮名遣の確認が必要な時には幾つかの 辞書を必要に応じて使ひ分けてゐるが、この「言海」は、戦 語源の豊富な解説が載せられてゐるのが最大の特徴である。 明治二十二年に初版が発行され、昭和初期まで著名な作家 を含め大勢の人々に愛用されてきた国語辞典である。特に、 く際の参考資料として重宝する本である。内容が盛り沢山の 表記、表外漢字字体表等、一冊あれば新字新かなで文章を書 による書き換え」、人名用漢字、現代仮名遣い(歴史的仮名遣 常用漢字表(対応する正字体は字形差の大きなもののみ掲 載)、常用漢字の筆順、同音異義語の使ひ分け、「同音の漢字 日第六版第五刷 前の国語を知る上で大変参考になつてゐる。私は昭和四年に 割に七〇〇円と安いのも魅力。 月 重版された小型版をずつと愛用してゐたが、さすがに古くて 「ん」が「む」の並びである事、漢字の音読みは字音仮名遣 である事、見出しや本文に一部変体仮名や合略仮名が使はれ への戻し方を知る参考資料にもなる。(押井徳馬) 体の概要を知つたり、 「同音の漢字による書き換え」の元の形 との対応も掲載)、公用文作成の手引き、ローマ字表、外来語 ボロボロなので、覆刻版が発行されたのは嬉しい。 こんな本が何故正かな同人誌の文献紹介にあるかと云ふと、 実は「目的外利用」も出来るからだ。新字体に対応した正字 言 海 二〇〇四年四月七日第一刷 2013年 月 二〇〇四年六月十五日第三刷 1 15 てゐる(たゞし種類は少なめで覆刻版の後ろに解説もある) 事等に最初は戸惑ふが、使ふうちにすぐ慣れるだらう。 (押 井徳馬) 257 9 4 特輯「國語問題」 康煕字典 昔の本を覆刻した影印本が色々出てゐるが、日本国内で発 行されてゐるものは一万円を超える事があり、気軽に買へる 色々な会社から出てゐて、価格も七百~九百元台(つまり日 ものではない。私の場合は台湾のネット書店で探したのだが、 世一文化事業股份有限公司 (台灣) 本円だと二千~二千五百円位)と、送料を含めても手頃に入 もある事を参考までに挙げておく。(押井徳馬) 印刷の品質は今一つなのが玉に瑕だが、このやうな入手方法 手出来る。元々の本の問題なのか、潰れてゐる字が多い等、 月初版 2002年 清国の康煕帝により編纂され、一七一六年に完成した漢字 辞典。この字典の本来の目的は、飽くまでも漢字の意味や発 音(注音や拼音ではなく反切といつて、二文字の漢字を挙げ て母音と子音を示す方式で書かれてゐる)を調べるためのも のである。 とはいへ、当初の意図からすると目的外ではあるが、漢字 文化圏で正字のガイドラインの一つとして使はれてゐるのも 現状である。ただし、日本で戦前広く用ゐられてきた標準的 な字形とは異なる事も時々あり、皇帝の名前に使はれてゐる 漢字をそのまま使ふのは畏れ多いと「玄」を含む漢字の最後 の画を欠いた字体が使はれてゐたりと、問題点も色々あるの で、 「絶対の指針」として使用するのではなく、飽くまでも参 考資料の一つに留めた方が良い。 258 1 小特輯「ラヂオ」 押井德馬 からないとちんぷんかんぷんですが、時間帶によつては樂 北の國から飛ぶ電波 AMラヂオをよくお聞きの方なら、夕方にダイヤルを回す と外國のラヂオ放が入る事があるのをご存知でせう。特に、 を流してゐるので、これは樂しめるでせう。 强くて受信しやすいのが特徵です。ニュース等は鮮語がわ ダイヤルを六〇〇キロヘルツ臺まで回した時に流れる事のあ ピョンヤン る、外國語の女聲コーラスや軍歌や外國語のニュースは、日 壤放でよく流れるのが、革命歌と北鮮獨特の歌謠曲 です。 本の放にも、中國や韓國やロシアの放にも無い、ろし いやうな不思議なやうな獨特の圍氣があるものです。 後者は、日本の樂に喩へるなら「演歌」にい圍氣が あります。共產圈では本義國の象徵とされるロック樂 者は、金日席や金正日將軍を讃へる歌を中心に、混 聲合唱で勇ましく唄はれます。 が白眼視される傾向があり、北鮮も例外ではありませんが、 實は、これは北鮮のラヂオ放なのです。中波と短波の 樣々な波數で放されてゐますが、六五七キロヘルツで 鮮語で放されてゐる「壤放」と、その日本語版として、 ピョンヤン 六二一キロヘルツで朝と夕方のみ放されてゐる「鮮の聲 その一方でシンセサイザーを用ゐた電子樂はんに作られ チョソン 放」は、電波狀況さへ良ければ日本國內でも受信する事が てゐます。大が女聲のソロかコーラスで、素朴な戀心や母 鮮は美女揃ひだと日本のマスメディアでも時折話題になり る發展をげた北鮮歌謠は本當にユニークなものです。北 ムに乘つた樂しい樂もあり、南のKポップとはまるで異な への愛を歌つたバラードもあれば、ポコポコと輕快なリズ 出來ます。 ピョンヤン 朝鮮語による「壤放」 者はほゞ二十四時間放されてゐるのと、電波が比 270 連載小說 めんへらん星人と赤い結晶 事があつて、ある政令指定都市での事務員の職を辭め、 實家に歸る事になつた。 私の履歷書がとある會社の書類考者の目に止まり、面接 の日付を電話で知らされると共に、その會社の知り合ひの社 長が私を是非高額でひたい、と云つてゐる――などと云は れた訣である。 繪 コシヌケ1040 刑部しきみ だ。考へても仕方がない。その時まで出來ることをするだけ である。 ―― 面接當日、午後一時四十、縣內某社受付。 この田では知らない地元の人間はまづ居ない。 ……あれ? ていふか、では御社は私をはないと云ふ事 か……? 小金の有りさうな獨特の圍氣の玄關ロビー。除された 後の洗淨劑のにほひがする。 名を書く。 たまに國ニュースにも名のあがる企業ではある。地元 就職組は地域枠だか地元枠だかを狙ひ、こぞつてこの企業の えーと。まあいいや。この就職難の時代、希があるなら ば一應面接を受けてみてもいいだらう。 「こんにちは、二時から面接の式谷と申します」 「式谷樣でございますね、二時から面接の件承つてをりま なんだか味はらないが、良い事と解釋し、私は一先 づ了承した。 まだ四のまま止まつてゐたカレンダーをビリ、と切り取 り、面接の日にちの橫に「A社面接 午後二時」と書きん 294 めんへらん星人と赤い結晶 す、では面接場へご案內いたします」 しかしながら――その橫に坐つてゐるその社長とやらは、 思ひきり右脚を廣げて投げ出し、左脚を椅子の上に體育坐り だ。 男の苦悶の顏がちらりと見えてゐる。 茶褐色のミリタリージャケットのジッパーがだらしなく開 け放たれ、下衣の黑いTシャツらしきものには印刷された、 勢の惡さも大變目立つのだが、目を引くのはバサバサと 無作に廣がつた、傷みの激しい金髮である。 子の上で捻れた人形の樣に體を乘せてゐた。 の樣にへむと云ふ、非常に行儀の惡い恰好で、パイプ椅 受付の女性に、四階の會議室へと案內された。思つてゐた より隨中は廣い。 「こちらが本日の面接場でございます」 「れ入ります」 「はい、それでは失禮致します……あの、頑張つてください ね」 事務な聲から一轉して、そつとかはいらしい聲で應を くれた女性に向かつて、 「あ――ありがたうございます」 私は吃驚して思はずねる樣に一禮をし、口からふッと一 息吐いて、控へめに會議室のドアをノックした。 かなり細身の黑のジーンズには味不な手錠と。トド メは、無駄にベルトでギチギチに縛られたゴツいブーツ。 誰がどう見ても、パンクロックスタイルそのままである。 「失禮し……ま、す」 ドアを開けた勢のまま――私は固まつた。 かういふ人物は海外のファッション誌や國內のニッチなフ ァッション誌に少數生き殘る、傳統部族だと思つてゐたの まさか、この會社の社長がパンクロック野郞な訣はない筈 なので、この金髮が私をひたいと云ふ、その、つまり…… しい事に變はりはない。 だが、さういふ訣でもなかつたのだらうか。なんにせよ、珍 視線はそのまま落ち著かず、左右に眼球だけ動かして部屋 の中を見囘す。 簡素なオフィスの會議室。普のパイプ椅子が窓側へ二脚、 此方へ一脚。大きめの會議用デスク一臺の上に、書類が數枚。 スーツを著た、男性の面接官らしき人は普だ。至つて普 295 連載小說 これが社長なのか……田なのに隨思ひ切つた恰好である ……。 おそらくこの會社の面接官は普の鈍色のスーツで、私も 普の、職で外出する時に著てゐた、普のベージュのス カートスーツ。そして、一人だけ、何故かパンクファッショ ン。空間の均衡は、完にこの社長とやらの存在で破壞され てゐた。 何とか靜を裝ひ、面接の爲に置かれた椅子の橫へと立つ た。 が。 「あ、宇宙圈太陽系外實務甲種格保持者ちやんは、この 美人さんかいね?」 金髮男のるく大きな聲で、私は挨拶のタイミングを完 に失してしまつた。 「はい、さうなんですよ。あ、式谷さん、どうぞお掛けくだ さい」 「し――失禮致し、ます」 「うん、マジ、かけてかけて」 296 旅 行 記 たまに行くならこんな垩地巡禮 宮澤賢治二〇一三 回、卷の宮澤賢治スポツトを紹介したのだが、記憶を 辿つたり料を當たつたりしてゐるうちに、卷を再訪した くなつた。 何しろ行つたのが十年だし、また卷も東日本大震災 で被災したと聞いた。今賢治スポツト、卷はどうなつてゐ るのか、實際に見てみたくなつたのだ。 きた。 佐 藤 俊 當初、卷で降りる積りだつたのだが、電車が岡行きで 羅須地人協會のある卷空驛にも停まるので、先づはそこ まで行くことにした。 空驛に着くと、驛裏の大な賢治がお出へ。JAの倉 庫に壁畫が描かれてゐるのである。賢治は今も卷の農業を 見守つてゐる。 い、からないこともある。 また岡にも賢治スポツトがあるので、今囘はそこも行つ てみたくなつた。 夏休みを利用して、二泊三日の卷・岡旅行へ行くこと にした。 驛を出て、協會がある卷農業高まで驛を眞つ直ぐ む。中にある賢治の童話をモチーフにしたモニユメント この壁畫、十年も確かあつたのだが、囘の記事を書い たときはれてゐた。やはり實際に見てみないと思ひ出せな 九四日(水) ら步くと、やがて農高が見えてきた。 や「夜のでんしんばしら」を元にした農高の看板を見なが 東北新幹線で北上驛まで。北上で鈍行に乘換へて、卷を 目指す。卷に付くにつれ、見憶えのある景色が廣がつて 328 たまに行くならこんな聖地巡禮 宮澤賢治二〇一三 4、5m はある巨大賢治 敷地に入ると十年と變はらぬで協會はあつた。「下ノ 畑ニ居リマス」の黑板も書き繼がれてゐた。 十年は中に入るのに事務の許可が必だつたやうに記 憶してゐるが今は自由に入れる。居間や、協會のあつた洋室 を見てると、當時の賢治の生活や夢に思ひを馳せずにゐら れない。 ところで協會は卷空のくにあるのだが、訪れたとき は丁度飛行機の離陸準備をしてゐたやうで、エンジンがう るさかつた。賢治も卷の空に銀河鐵ならぬ飛行機が行 ふやうになるとは想像もしなかつたのではないか。 「今日は」と挨拶 協會を出ると農高の生徒に行合つたので、 すると生徒も「今日は」としてくれた。卷の農業の未來 はやはりるい! 電車で卷に戾り、驛を出ると風の鳴る林やなはんプラザ の「銀河鐵の夜」の壁畫が出へてくれた。變はつてない な…と思つたが、定時で姬神の曲が流れるはずの林で曲が流 れない。よく見たら「節電の爲樂を停止してゐます」との ) 張り紙が。やはり震災の影はあるのだ。 な ( はんプラザの からくり時計は動いてゐた 驛の商店街にある賢治グツズのシヨツプ林風を覗いて みたりして、バスの時間になつたので會館行きに乘る。 329 旅 行 記 東京旅行記 月に大阪から一泊二日で東京に旅行に行ってきたので、 その日記を執筆する。 近しなかった。 ま り 前日に荷物の準備完了、後は行くだけだ。 2 一 日 目 ん まづ朝起きて天気予報を観た。東京の天気は曇り。まづま づだ。 前に京都に着いた。 341 1 は じ め に 会社の有給休暇を利用して旅行することにした。 年以上行ってゐない東京にした。 行き先は色々考へたが、 新幹線発車時刻の約 私は乗り鉄なので、東京までの新幹線が楽しみで仕方がな かった。京都を発車、天気は晴れ。滋賀に入り近江地を走 エキナカの店で弁当を買ひ、新幹線に乗車。 このプランだと往復新幹線+現地ホテル代がかなりお得に なる。 めながら岐阜に入り岐阜羽島着。濃尾平野を駆け抜けて名古 広大な浜名湖が見えて浜、茶畑をかきけて静岡……と 屋、続いて豊橋着。後続ののぞみに次々抜かれた。豊橋の次 る。遠くに比叡山、比良山を眺めながら米原着。伊吹山を眺 しかも少しでも旅費を浮かせたかったので、往復ともひか り号にした。 は一気に新横浜。長い長い静岡を駆け抜ける。 ったのだ。逸れてくれ……と祈った結果、幸運にも台風は接 チケットも買っていよいよ旅行が楽しみになってきたのは 出発の一週間前。天気が心配になってきた。台風が来さうだ プランは検討の結果、JR東海の東京キャンペーンである 東京ブックマークを利用することとした。 30 4 9 編輯部より 原稿を書いてみませんか 今は少くなつた、歴史的仮名遣で作品を発表する場を作ら うと創刊した「正かなづかひ 理論と實踐」。 これまでの号は、同人誌即売会「文学フリマ」「コミック マーケット」 「関西コミティア」で頒布しましたが、今後も同 じやうに同人誌即売会や通販で頒布していきます。 方 針 歴史的仮名遣は二十一世紀の現代にも生きてゐる。 募集内容(増刊号・創作特輯) ・歴史的仮名遣による小説、戯曲、詩、短歌、俳句等。 (随筆等は第六号で募集いたします) 募集内容(第六号) ・毎号のテーマに基づく随筆や論考等(テーマ投稿) ・コンピュータで歴史的仮名遣を使ふテクニック ・歴史的仮名遣による詩歌、小説、随筆、漫画等の創作作品 ・歴史的仮名遣の特徴や理論、論考等 二 「似非旧仮名遣」ではなく、本物の歴史的仮名遣。 ・半ページ~四分の一ページ程度の短いコラム 一 全頁が歴史的仮名遣(固有名詞や引用文などは除く)。 三 同人誌のレヴェルを越えた商業誌並の内容とデザイン。 四 「歴史的仮名遣=懐古趣味」といふ先入観の打破。 先づ、二〇一四年五月五日の「文学フリマ」にて「正かな づかひ 理論と實踐 増刊号」の発行を予定してゐます。国 347 編輯部より 語問題や随筆が中心の本誌とは異なり、小説や詩歌等の創作 る事があります。あらかじめご諒承ください。 を主体とした内容を計画してゐます。 また、スムーズな編輯・校正の為、以下の情報もメールで お知らせください。 次に、二〇一四年八月中旬のコミックマーケットで頒布予 定の第六号ですが、テーマは後日ウェブサイトで告知します。 ①ペンネーム 国語問題に関する記事が多く集まる本誌ですが、テーマや国 (なるべくご記入ください) ②掲載ご希望の方は や電子メールアドレス Twitter ID 語問題に関係しない記事もむしろ歓迎いたしますので、お気 ③ジャンル(解説、評論、小説、詩歌、随筆、漫画等) ④内容 (国語教育に関するエッセイ、学園もの小説、等) 軽にお書きください。 〆切は、増刊号が二〇一四年三月中旬、第六号が二〇一四 年五月末を予定してゐます。 ⑥漢字、仮名遣(正字正かな・新字正かな・広 式・新字新かな) 正字正かな 「櫻色のバッグを持つてゐる」 用紙換算) ⑤未完成の場合は予定文字数(文字数又は原稿 (一) 辞苑前文方 なほ、執筆者や校正・組版等の作業を手伝つてくださつた 方には、完成した冊子を一冊無料進呈致します。 投稿方法 使はない カタカナのみ使ふ 「桜色のバッグを持つてゐる」 「桜色のバツグを持つてゐる」 ひらがなカタカナとも使ふ 「桜色のバッグを持ってゐる」 て仮名(ひらがなカタカナとも使ふ・カタカナのみ使 ⑦捨 ふ[推奨]・使はない) (二) → 「桜色のバッグを持つてゐる」に直して 印刷 新字正かな 「桜色のバッグを持つてゐる」 広辞苑前文方式 「桜色のバッグを持って居る」 本誌への投稿には、グループへの入会や会費のお支払ひは 新字新かな 「桜色のバッグを持っている」 必要ありません(逆に、原稿料もお出しできません)。たゞし、 スムーズな聯絡の為に、原則として電子メールアドレスをお 持ちの方に限定致します。「はなごよみ」のメールアドレス まで、ご遠慮なくメールでお問合せください。 原稿も、メール本文に書いていたゞくか、メールにファイ ルを添付してお送りください。なほ、記事に関するご確認の ため、編輯・校正・組版担当者にメールアドレスをお伝へす 348 原稿を書いてみませんか 一)新字正かな兼新字新かなの事。ひらがな・カタカナとも捨て仮名使用推奨。 言葉選びの難易度が高いので、歴史的仮名遣に十分慣れた人向けです。 二)小さい「ゃ」「ゅ」「ょ」「っ」の事。 さい。イラストレーター/フォトショップ等の図形編輯・画 像編輯ソフトや、インデザイン等のDTPソフトをお持ちの 方は、それらのソフトでの作成を推奨します。サイズはA 版です。詳しくはメールでお問合せください。 の一般的な文字コードに無い文字(二点之繞や「示」の形の を推奨します。 を使用可能なワードまたは LibreOffice \」「/゛\」で代用して くの字点(〳〵・〴〵)は「/ も構ひません。「正字正かな」をご希望の方は、コンピュータ ワープロソフトのファイルでも構ひませんが、文章校正機能 文章は原則としてテキストファイルでお送りくださるか、 メ ー ル 本 文 に そ の ま ま お 書 き く だ さ い。 ワ ー ド や 一 太 郎 等 いたゞくかは、お任せします。 載せたり個人誌・同人誌・商業誌に載せる等)どう活用して 意味ではありません。後でご自分の原稿を(ウェブサイトに また、前述の目的に限つて、皆様の原稿を使はせていたゞ きますが、原稿の著作権そのものを譲渡していたゞくといふ て」使用しますが、作者に許可をいたゞかない限りは、それ 「同人誌(紙版および電子書籍版)の原稿と 皆様の原稿は、 して」および「必要に応じ、同人誌頒布の際の内容見本とし 著作権について 示偏の漢字等)は新字で代用するか、注意書きを附加してく ファイル形式 ださい。編輯時に、フォントに字形のある範囲で、印刷用の それでは、皆様の作品を心よりお待ちしてゐます。 以外の目的(他の本の原稿に転用する等)では使用しません。 正しい字形に直します。 写 真 や イ ラ ス ト や 図 で す が、 残 念 な が ら カ ラ ー は 出 ま せ ん(口絵を除く)。画像が少なめなら、画像ファイルを文章 とは別にお送りくださつて構ひません。写真は、可能な範囲 で、縮小されてゐない、なるべく大きなサイズをご用意くだ 349 5 「正かなづかひ 理論と實踐」既刊の御案内 「正かなづかひ 理論と實踐」既刊の御案内 創 刊 號 「歴史的かなづかひは生きてゐる!」が合言葉。論篇として国語問題の解説か ら、実践篇として小説まで、古典ではなく現代文としての歴史的仮名遣を扱ふ。 2011 年 11 月初版/定価 1,100 円 第2號 特輯「正義と宗教」 とかく避けられがちな「宗教」といふテーマを、まるで大学の講義のやうにア カデミックに扱ふ。そして「正義とは何か」についても考へて頂きたい。 2012 年 5 月初版/定価 1,200 円 第3號 特輯「病気と医療」「漫画とアニメーション」 闘病記からアニメ語りまで様々な話題を取り上げる。冒頭には「旧字旧仮名批 判」に答へるエッセイも。 2012 年 11 月初版/定価 1,100 円 第 4 號 特輯「歴史と文学」「安全」 歴史に関する真面目な論考から歴史的建造物の探訪記まで、そして国防からネ ットの安全まで様々な問題を扱ふ。 2013 年 4 月初版/定価 1,400 円 併せてどうぞ: 国語問題――歴史的かなづかひについて―― 野嵜健秀・著/書肆言葉言葉言葉・発行 一般的な誤解とは逆に、現代表記こそ「密室で決まつて戦後 の日本人に押しつけられた非民主主義的表記」であることを解 説。 2012 年 5 月初版/定価 300 円 各誌の紹介・御註文は右記にて: http://osito.jp 351 (351)
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