Discussion Paper Series No. 2014-02

Doshisha University Center for the Study of the Creative Economy
Discussion Paper Series No. 2014-02
日本の危険回避度の長期的変化について
---1965 年から2012 年の相対的危険回避度の推定-中尾武雄・東良彰
Discussion Paper Series
日本の危険回避度の長期的変化について
---1965 年から 2012 年の相対的危険回避度の推定--
中尾武雄・東良彰
2014 年 11 月 5 日
1
はじ めに
バ ブルが崩壊 して日本全体が冒険心をなくしたこ とが、 1990 年代と 2000 年代の日
本経 済の 停 滞の 原因ではないかという仮説が 、中尾・東(2013)の基本的なテーマであっ
た。これ を検証 するため に、日本企業 の相対的危険回避度を算出すると予想通りバブ
ル崩 壊後 に急上昇 していることが確認できた。また、この相対的危険回避度の推定 値
を用いて経済 成長率 を対象にグラ ンジャーの因果関係分析を行ったところ、統計的に
有意 になり、企 業の危 険回避度の上昇が日本 経済が停滞した要因の1つであることも
確認 できた。この 冒険心低下は、企業だけではなく日本全体で生じていた現象である
から、家 計の 危険回 避度もバブル崩壊後 には上 昇したはずである。ところが、家計の
資産 保有 状 況の データを使った危険回避度に関する先行研究、たとえば下野(1998)、
吉川 (2003)、(2012)などを調べ ると、バブル崩壊後も日本 家計の危険 回避 度は 上昇して
いないという結論になっている。こ れは 中尾・東(2013)の発 見と矛盾している。そこ で、
本稿 では、新 たに家計の相対的危険回避 度を推定して、バブル崩壊前後で変化があっ
たかどうかを検 証する。
相 対的 危 険回 避度を算出するため の基本的モ デルは、先行研究の下野(1998)、吉 川
(2003)、(2012)などと同じで、 Merton(1969)や Friend and Blume(1975)によって導出され
た家計の資産保有の最適条件を用いる。先行研究では、その最適条件に表れる危険資
産の 期待 収 益率 は株価 変動率で表されている。これは家計の危険資産保有の目的 を
投機 利益 と仮定していることになるが 、日本で金融資産を保有している主たる家計は
-1-
世帯 主が ある程度 高齢で退職が近いか退職後の家計である 1 。こ れらの家計にとって
金融 資産 すなわ ち貯蓄 は退職後の収入の貴重 な源であるから、これを投機利益を得 る
ために株 式 投機に使うとは考えにくい 2 。退職金 などの金融資産を保 有する高 齢な家
計の 運用 計 画期 間は 20 年あるいは 30 年の長期である。したがって、その金融資 産の
一部 で株式 を保有するとすれば、その目的は短期的投機ではなく長期的投資のはずで
ある 3 。そこ で、本稿では 、家計が考 える危険資産の期待収益率 は株 価変 動率ではな
く、長 期的 に期待 される配当などの継続的な収益に基づ いて算出されると想定する。言
い換えれば 、家計が株式を保有するのは、企業利益から長期的な配分を受けるためと
考える。企業 利益は 配当と内部留保に配 分されるが、前者は株主の直接的な収入とな
るし、後者 は長期的 に利益を増加させて配当やキャピタルゲインの形で株主の将来の
収入 となる。こ のような家計の投資目的の株式保有の収益率を表すデータとして採用
するのが「株式益利回り」である。これは企業の純利益を、その企業の株式を取得する
ために必 要 なコスト である市場価値で割った値と定義され、株主から 見た投資の利 回
りを表 す。
本 稿 2 節では、相対 的 危険回 避 度を推定するときに用 いる最適条件と 実際に算出
1
たとえば ,国立国会図 書館・財政金融課(2005 、 p.10)によれば、「家計調査 (貯蓄 ・
負債 編) 調 査結 果」平 成 16 年版 (2004 年)のデータでは、日本 の貯蓄額の 79 %、純資
産額 の 97%が世帯 主が 50 歳代 以上の世帯によって所有されている。総務省統計局
『家 計調 査 報告 (貯蓄 ・負債編)平成 23 年平 均結果速報 』の図 13 ( p.27 )によれば、 50
歳代 以上 世 帯の 貯蓄の シェアは 2002 年が 79.7 %、 2011 年が 82.5 %である。
2
短 期的 な株価 変動を予 測することは不可能であるから、株式投機を試みたとしても
継続 的に利 益をあげるこ とが出来ず、いずれは長期的投資に方針を変更するか株式
から手 を引くの が一般的 なはず である。
3
金 融資 産は 短 期・中期的 に流動化する資産と長期的に保有する資産に配分される
であろうが、株式 は後者の一部として保有されると仮定している。
-2-
する ときに用 いるさまざまなデータについ て説明 する。 3 節では 相対的危険回避度 の
推定 値 を提 示 して長 期的な変動を分析し、バブル崩壊後に急上昇していたかどう かを
検証 する。 4 節では、重要な結 論 を要 約する 。
2
相対 的 危険回 避 度の算出方法
2.1 相 対的 危 険回避 度 算出に使う 理論モ デルと危険回避度の基本式
本 稿では 、家 計の金 融 資産に占める危険資産の比率を用いて、相対的危険回避 度
を算出するこ とを目的 とするから、家計 の金 融資産保有行動に関する理論モ デルが必
要と なる。この よう なモデルの代表的な研究とし て Merton(1969)や Friend and Blume
(1975)がある。前者 では 、財の消費から得られる期待効用最大化問題を有限期間と 無
限期 間 で解 き、危 険資産の保有比率αの最適 条件として以下の 基本的関係を得てい
る。
2
α *=(γ - i )/σ ・(1/ε)
(1)
ただし、 γは 危険 資産の期 待収益率、σはその標 準偏差、 i は安全 資産の 収益率、ε
は相 対 的 危 険 回 避度( 以下では単に危険 回避 度と 書くが、こ れは記述を簡素化するた
めで、正確 には 相対的 危険回避度のこ とである)で、星印は最適値であること を示す。
また、 Friend and Blume(1975)では、保有資 産から得られる期 待効用の超短期 の最大
化問 題 を解 いて、 Merton が得 た条件と同 じ (1)式を得ている。既 述の 日本にお ける家
計の 危 険 回 避 度 を推 定する研究では、この(1 )式を変形し た式
2
ε =(γ- i )/σ ・(1/α*)
(2)
を用いており、本 稿 でもこ の関係式を用 いて危険回避度を 推定するため、これを「危険
回避 度 の 基 本 式 」と呼ぶ こ とにする。
2.2 推 定に使う データ
2.2.1 必 要なデータと推定期 間
危 険回 避度の 算 出に必要な統計データは、(2)式より 明らかなように、危険資産の
期待 収 益 率 と分 散、安全資産の収益率 および危険資産保有比率である。また、本稿の
-3-
目的 は 、日 本の家 計の危険に対する態 度が長期的にどのように変化してきたかを解 明
する ことであるから、必要なデータが入手できる かぎり さかのぼっ て危険回避度を算出
する 。また、長期的 変 化の分析が目的である から 、危険回避度の推定は年度で行う。
2.2.2 危 険資 産の保有 比率
家 計の さまざまな金 融 資産の保有金額は、日本銀行の『資金循環統計』のデータを
そのホームページである『時系列統計 データ検索サイトサイト・資金循環( FF )』
http://www.stat-search.boj.or.jp/ssi/cgi-bin/famecgi2?cgi=$nme_a000&lstSelection=11 から収集
できるが、新しい定 義によるデータが入手できるのは 1979 年度以降、旧定義によるデ
ータは 1998 年度以 前である。したがって、 1979 年度 から 1998 年度の間については 新
旧データが 収集可 能である。 1979 年 度以降については 新定義データを用いて、家計の
投資 信託 受 益証 券合計 と株式・出資金の合計 を資産合計で割った値を算出し、これ を
家計 の危 険 資産 保有率 とした。 1978 年度以前については旧 定義データを用 いるしかな
いが、新旧データの 継続性で2つの問題が ある。その1つは、分類の違いで、新定義デ
ータでは「家 計 」となっている分類が、旧 定義では家計と対家計民間非営利団体を合 算
した「個 人」 となっている点である。2つ目は出資 金の処理で、新定義には家計の株式と
出資 金を合 計 したデータがあるが、旧定義データには家計の株式のデータしかないと
いう出資 金 問題 である。
分 類の 違 いについては、対家計民間非営利団体は家計ではないので分離すること
が望 ましいが 、内訳データがないため分離できない。そこで、 1978 年度 以前について
は家 計と対家計民 間非営利団体を合 算したデータをそのまま用いて、個人の投資信託
受益 証券 合 計と株 式の合計を資産合 計で割 った値を算出する。継続性の問題は残る
が、 1979 年 度か ら 2012 年度の新定義データを使った危険 資産の保有 率を家 計のみと
家計 +対 家計 民間非営利 団体で算出し、それらの差を検定すると t -値が 0.27 、 p-値が
0.78 で統 計 的に有 意でない。したがって、対家計民間非営利団体の影響は無視しても
深刻 な影響 はないが、出 資金問題を統計的に処理するときにまとめて対応する。
家 計が 保 有する出資 金とは、非上場企業の株式のう ち家計が保有する分のこ とであ
-4-
るが 4 、具体 的には 個人がリスクを取って新規 開業するときの元手となる資金で、起 業
者本 人や その協力者 の家計が出資する資金である。『資金循環統計』データを用いて、
家計 の株 式 ・出資 金に占める株式と出資金の割合を求めると 1979 年度 から 2012 年度
平均 で株式 が約 59 %、出資金が約 41 %である。したがって、出資 金は家計が 保有す
る危険 資産 として無視できないが、 1978 年度以 前の旧 定義ではデータがないため 推定
して算 出するしか ない。ところが, 1979 年度から 1998 年度の 20 年間は 新旧データが
収集 可能 であるから、旧定義データで株式 のみ、新定義データで株式・出資金を使って
各年 度の 危 険資 産の保 有率を算出し、新定義 データの比率を旧定義データの比率で
割った値を 1979 年度 から 1998 年度の 20 年間を平均すると 1.439 となった。これ は出
資金 の有 り無 しおよび対家計民間非営利団 体の影響を総合した結果の値であるから、
旧定 義データの 1978 年度以 前の危 険資産の保 有率を 1.439 倍することで、対家 計民
間非 営利 団 体と出 資金の問題に対処する。このような調整によって得られる危険資産
保有 率は 推 定値 でしかないが、ある程度 正確に現実を反映していると期待できる。
2.2.3 安 全資 産の収益 率
安 全資 産として家 計 に保有さ れている 資産にはいろいろある 。したがっ て、安全資
産の 収 益 率 は 、家 計が保 有している安全 資産 の比率をウエ イトにし てさ まざまな安 全
資産 の 利 回 りの 加重平 均を 算出するこ とが望まし いと思われるが、さまざまな安全資
産の 収 益 率 に関する データを 19 50 年代までさかの ぼっ て収集するこ とは困難である。
そこ で、本 稿 では、 19 74 年度 から 2012 年度の 間は郵便貯金の定額貯金(3年)の金
利を用 いた。 1973 年度以前については、データが収集できる貸付 信託 予想配当率(5
4
資 金循 環統 計 における出資金の定義などについては、大和総研のホームページ
『なるほど金 融: おカネはどこから来てどこに行くのか―資金循環統計の読み方―』
http://www.dir.co.jp/research/report/finance/flow/20131211_007996.pdf ( 2014.1.8.取得)を参 照
した。
-5-
年もの )を用いた。データの出所は、いずれ も日本銀行『金融経済統計月報』であるが、
実際 には日 本経済 新聞社『 NEEDS-CD ROM 日経マク ロデータ 』 201 3 年版( 以下で
は簡 単 に『 日経マク ロデータ 』と 呼ぶ) を用いて収 集した。また、『日経マクロデータ』 を
用い てデータを 収集 し た場合には、オリジ ナルな出典についてはほとんど記載しないの
で『日 経 マクロデータ』を参照されたい。
2.2.4 危 険資 産の収益 率と株式益利回り
先 行研 究では、危 険 資産の期待収益率は株価の変動率を用いて算出されている。
たと えば、下野 (1998)、吉 川( 2003)、(2012)などでは、 前年平均 株価 に月次 データから
算出 し た前年 の標準 偏差の 2 倍を 足し た値を今年度の 予想株価とし て、株価の 上昇 率
を算出し 、これ を危 険 資産の期待収益 率としている。 このよう な方法で、危険資産の期
待収 益 率 を算 出すること は、暗黙の内に家計が保有する主たる危険資産は株式であ
ること 、また、株式 を保有 する目的は株価の上昇から 得ら れる 収益、すなわち短期的 な
投機 利 益 であると仮定 しているこ とになる。しかし、 既述のよう に、家計の株式・出資金
に占 める出 資金の 割合は過去 50 年 間平均して 40 %以上で、危 険資産 とし ての出 資
金の 存 在 は 重 要 である 。ところが、出資金の収益率が株価変動を どれほど反映してい
るか 明確 でないため 、危険資産の期待 収益率と して株価変動率を用いるこ とは、出 資
金の 重 要 性 を考えると最適な選択ではない。
家 計が 株式を 保有すると きの目的が短期的な投機利益とする点にも問題がある 。
多く の 家 計 は 、短期的 投機利益を得るために毎 日朝夕に株価を調べるよう な時間的余
裕が ないか 、複 雑な経済 データ・財務データや テクニカル分析を理解する 能力がない。
また、既述 の ように日本 ではほとんどの金融資 産は 50 歳代以上の高齢 者世帯によっ
て保有 され ている が、こ れは退職後の生 活資 金と なる虎の子の資産であるから、短期
的な投 機 利 益を得るために投機に使わ れてい るとは考えにくい。 したがっ て、家計が株
式を 購入する主たる目的 は、株式を 長期的に保有して得られる収入と考えるべきであ
ろう。いわ ゆ る投資目 的の株式保有である。特に、高齢者世帯の場合には、退職後の
20 年 あるいは 30 年の 間の安 定 した収入を期待 して金 融資産が運 用されるか ら、株 式
-6-
も超 長 期的 に保 有されると推察できる 5 。
こ の よう な投資 目 的の長期的株式保有は配当収入が目的と されることがあるが、こ
れは 正 確 ではない。家計 が長期的に株式 を保有するこ とで得られると期待する収入の
源は 、その 企 業の利潤 である。利潤の定義はい ろいろあるが、株主の立場から見た場
合は 、営業 利益か ら営 業外損益、一時的損益 や税金などを差し引いた純利益(当期利
益) と呼 ば れる利 潤が重要である。純 利益 は企 業の所有者である株主のも のであるか
ら、すべ て配当とし て株主に分配される可能 性もあるが、実際には、純利益の多くの部
分は 内 部 留 保 として企 業内にと どめら れる 6 。内部留 保は、 基本的 には企業を成 長さ
せて将 来 の 利潤 ・配当を増加させるため に投資さ れる 。所有と 経営の分離という ような
エージェンシ ー問題が存在しなければ、企業は今期配当と将来配当の現在価値の合
5
高 齢者 世帯 が 、株式を超長期的に保有すると言っても、同一の株式を超長期的 に
保有 し続けると主張しているのではない。高 齢者世帯でも、時代の変化に対応して保
有する株式 の 構成内容を変えてゆくと考えるべきである。想定している高齢者世帯の
姿は 以下 の ようなものである。 60 歳で退職し、金融資 産は 3000 万円でその うち 400 万
円が 株式 である。保有する株式は、少なくとも数年間は高い利益が確実で配当利回り
が高 い企業 、現在であればたとえばト ヨタ自動車を中心とした配分となる。数年後にトヨ
タ自動車の 将来が 不確実になれば他 企業の株式、たとえば三菱商事に、さらに数年後
には み ずほ 銀行 に乗り換える。最後に、退 職後 20 年から 30 年後に株 式を売り払った
ときに、運 が良ければキャピタルゲインを得 る。
6
純 利益 は、配当・内 部 留保以外にも配分されるが、占める比率と しては重要性は な
い。配 当 ・内 部 留 保以外の配分先として、たとえば役員賞与や自己株式購入がある。
-7-
計が 最 大 化 され るよう に今期の純利益を配 分する 7 。し たがっ て、 株主の立 場か ら見
れば 、株式 保有か ら期 待さ れる収入の大きさは純利益によって表される 8 。一方、株式
を保有するため の費 用 は株式を購入するために必要な金額であるから 、企業の純利
益の すべ てを得るため には全株式取得 に必要 な金額、すなわち 株式数×株価=市場
価値 と なる 。以上の 分 析より、家計が株式を購 入すると きに期待する利回りは純利 益 /
市場 価 値 によって表されるこ とが分か る。そこで、本稿では、この比率を危険資産の 期
待収 益 率γ として用 いる。株 式投資 でよく利用される概念 である PER(株価 収益率)は
市場 価 値 を純 利益で割っ た値であるから、 本稿で用いる危険資産の期待収益率=純
利益 /市 場価値は PER の逆数で、一般 的には「株式益利回り 」と呼ばれ ている 9 。
7
内 部留 保は 長 期的な利潤と配当の増加をもたらすことが期待されるが、短期的 に
は将 来利 潤 増加 の期待 から理論株価の上昇をもたらす。したがって、株式の保有が 無
限期 間であれば配当収入だけであるが、途中 で換金すればキャピタルゲインが得られ
ることになる。
8
株 式保 有は バ ブル崩 壊のような株価急落で甚大な損失を被る可能性があり、企業
の利 潤率 で危険 資 産の期待収益率を表す方法では、こ の影響が無視されているという
批判 が考 えられる。しかし、たとえば退職金で株式を購入し死ぬまで配当を受け取る場
合、株 価低 下は株 式の期待収益率になんの影響も与えない。株式を無限期間保有す
る長期 投資 家 には キャピタルロスはないのである。また、長期保有後のキャピタルロス
は現 在価 値 にすれ ば小さくなる。たとえば 30 年後の 100 万円 の損失は時 間割引 率が
0.1 の場 合 は現在価値 で約 4 万円 でしかない。
9
企 業の t 期の市場 価値 Vt が将来利 潤πj(j= t , t +1,....)の現在価値合 計になると仮定
し、δ を割引因子とすると Vt=πt+δπt+1+δπt+2+...と表せる。こ の関係を使うと(Vt-δVt-1 )
/Vt-1=πt-1/Vt-1 を得られ るが、左 辺 はδ がほぼ 1であれば 市場価 値の 成長 率、右辺は株
式益 利 回 りを 表すか ら、株式益利回りは企業の市場価値の成長率を近似的に表すとも
考えられ る。
-8-
既 述の ように日 本 では、家計の危険資産に占める出資金の重要性は無視できな
い。先 行 研究 の よう に危 険資産の期待収益率 とし て株価変動率を用いた場合には、出
資金 に対 する収 益 率がほぼ完全に無視さ れる ことになるが、株式益利回り であれば出
資金 に対 する収 益 率も相当程度反映 され る。ある程度の金融資産を保有する家計は、
その資 産 の 運用方 法 とし て株式に投資するか事業に出資するかを選択する から 、危 険
度が 同 程 度 であれば、事業への出資金の利回りと株式益利回りはほぼ同じ 水準にな
るは ずだか らである。
2.2.5 株 式益 利回りデータの作成方法
危 険回 避度の 長 期的な変化を 分析するのが目的であるから 、危険資産の期待収
益率 と しての 株式益 利 回りの長期的なデータが必要となる。株式益利回り の分母にな
る東 証1 部企業の 時 価総額データは『 日経 マク ロデータ 』で 1949 年度から取得 できる。
対応 する分 子 の東証1 部 企業の純利益データを 長期的にさかのぼって入手することは
できない が、 全法 人企業 の経常利益であれば 『日経マクロデータ』で 1955 年度 から収
集できる 。これらのデータを用いて、全法人企業 の経常利益 /東証1部企業 の時価 総額
を算出すれば 、株式益 利回り に近い 値が得られる。し かし 。この値には2つの欠陥があ
る。すなわち 、
(イ)分 子 の 利潤 は全法人 企業のデータであるが、分母は東証1 部企業のデータである。
(ロ) 当期 利 益は 税 引き データであるが 、経常 利益 は税金を含んでいる。
分 子と分 母でデータ の定 義範囲が異なる という (イ)の問題に対応するために以下の
ような手続 きをとる。 東証1部の株価純資産 倍率 (以下では PB R と 呼ぶ )のデータ は
『日 経 マクロデータ』で 1981 年度よ り収集可能である。そこ で、 1981 年度より 2012 年
度の 間 の 全 法 人 企業の 純資産合計を東証 1部企業の時価総額で割った値を算出し
て、東証 1部の PB R と比 較すると約 0.68 倍となっている。 言い 換えると 、 1981 年度 よ
り 2012 年 度の 間 を平 均 すれ ば 、純資産で比較すると全 法人企業は東証1部企業の
1/ 0 .6 8 倍 の大きさ であっ たと 推測できる。こ の比率は 1981 年度より 2012 年度の平 均
である から 、次に、この比 率にトレンド が 存在し ていたかどう かを調べる必要がある。 も
-9-
し、ト レンドが存 在していなければ、全法人企業 経常利益・東証1部企業時価総額比率
を 0.68 倍すれ ば、分子と分 母 の定義範囲の不整合をある程度調整できるはずである。
そこ で、全 法 人企 業 純資産合計/ 東証1部企業時価総額 を東証1部の P BR で割っ た値
Z を被 説明 変数 、時間 t を説明変 数 として回帰分 析を行うと Z=0.64+0.027t となった。
自由 度 修 正 済 決 定係数 は 0.02 で、時間の p-値は 0.22 で統計的 に有意でない。そこ
で、以下 では 、こ の比 率には長期トレンド が存在し ないと仮定して分析する。 言い 換え
れば 、全法 人企業 経常利益・東証1 部企 業時 価総額比率に 0.68 を乗 ずれば、上 の (イ )
の問 題 にある程 度対応 できる と思われる。
次 いで(ロ )の問 題については、東証1 部企業の租税負担率のデータが 1955 年程 度
までさか の ぼって利用可 能であれば理想的であっ たが、こ のデータ は収集困難である
と判 断 し、単 純に経常利 益の 40%が法人 税として差し引かれる と仮 定した
10
。
以 上の ような手続きの結果、危険資産の期待収益率とし ては、全法人企業経常 利
益・ 東 証 1部 企業 時価総額比率を(0.68 × 0.6 =)0.408 倍して調整し た値を 暫定的 に採
10
東 証1部企業の法 人 税などの負担率のデータ は入手できないが、法人税率の推
移は 、たとえば 財務省 説明資料『法人課税 の在 り方』平成 25 年 12 月 2 日
http://www.cao.go.jp/zei-cho/gijiroku/zeicho/2013/__icsFiles/afieldfile/2013/12/02/25zen4kai5_1.p
df(2014.1.8.取得)の図表に記載されている。しかし、株主の立場から見れば、自分が株
式を所 有する企業 の 利益に対しては法人税が掛かると同時に、自分が受け取る配当
には 所 得税 が掛か る。したがって、株主から見た長期的な税引き後の利益を定義する
のは 一筋 縄 では 行 かない。また,後に述べるように、危険資産の期待収益率は、直 近
過去 の利 潤 率を 3 倍あるいは 7 倍した値を用いるため、税率 の数%程度 では、危 険回
避度 の算 出 に深刻 な影響は与えないと思 われる。
- 10 -
用する。こ の 比率 につ いては 1955 年度より 2012 年度の年 次データと して算出し た
11
。
また、以下 では 簡 単に「経常利益・時価 総額 比率」と呼ぶ。
2.2.6 危 険資 産の期待 収益率の分散
危 険資 産の期 待 収益率の分散データは、経常利益・時価総額比率の四半期データ
を用いて年 次データに変換し、直近過去 7 年分、したが って直 近過去 28 四半期 データ
を使って不 偏分散 を算出 した
12
。 危険回避 度の算出は年度データ であるため 、第1四
半期 データを前年 の 分散とした
2.2.7 危 険資 産の期待 収益率と安全資産の収益率の差
(2)式 の分子の 括弧内 は、 危険資産の期待収益率と安全資産の収益率の差でリス
クプレミア ム と呼 ばれ、理 論的にはプラスになる。と ころが経常利益・時価総額比率 =
危険 資 産 の 期 待 収益率 と仮定すると、分析 期間 の多くの年度で危険資産の期待収 益
率が 安 全 資 産 の 収益率 より 小さ くなる。 2.2.10 の第 1表の ⑤に危険資産 の期 待収 益
率か ら 安全 資産の 収 益率を差し 引い た値が 示されているが、分析期間の 1965 年度 か
ら 20 1 2 年度の 48 年間 で、危 険 資産の 期待収益率 が安 全資 産の収益率より小さくな
11
たとえば , 2012 年度のデータは 2012 年 4 月から 2013 年 3 月のデータを用いてい
る。とこ ろが , 2013 年 3 月末の時点 では、投資家である家 計には 企業の利潤 に関する
データは入 手できない。企業の決算発表 は 5 月や 6 月になるか らである。したがって、
個人 投資 家 は年 度末には経常利益・時価総額比率の正確な値を算出することはでき
ない。しか しながら、年度 末頃には企業 利潤 予想につい ては信頼度の高い投資情報 が
利用 可 能 であるため、ほぼ正確に経常利益 ・時 価総額比率を予想できると思われる。
12
不 偏分 散を用 いるのは、家計が株式益利回りのデータから分散を算出するときに
は偏 りの ない値を算出していると思われるからである。
- 11 -
る年 は 1 5 回ある
13
。
危 険資 産 の期 待収益率が安全資産の収益率よ り小さく、リスクプレミ ア ムが負であ
れば 危 険 資 産 を保有 する 家計は存在しないはずである が、 現実には危険資産が保有
され ている。こ の謎 を解かないと分析 を進めること はできない 。本稿で危険資産の期待
収益 率 とし て利用 してい る経常利益・時価総 額比率は、社会全体とし ての危険資産の
期待 収 益 率 の 平 均値であって、各家計 の危険資産の期待収益率は社会の平均値とは
異なる ことが 、こ の 謎を 解くため の鍵と なる
14
。以下では 、こ の 点を 簡単な理論 モ デル
で説明 する。
2.2.8 危険資産期待収益率の家計間のばらつき
危 険資 産 の期 待収益率の社会的平均値は経常利益・時価総額比率で表されるとし
ても、すべ ての 家計の 危険資産収益率の期待値 が社会の平均値と等しくなるわけでは
ない。経 常利益 ・ 時価総額比率は、直 近過去の危険資産の収益率でしかなく、 将来 の
危険 資 産 の 収 益 率の期 待値は家計によっ て異なり 、直近過去の収益率よ り高い家 計
もあれ ば低 い家計 もあるはず である
15
。そこで、以 下では危険資産期待収益率には家
13
特 に 1983 年度か ら 1993 年度の 11 年間は すべてマイナスとなる。
14
各 家計 で危険 回避度が異なると仮定しても、この謎は解消される。この場合は、日
本には リスクを愛好する投資家が多く いて、宝くじを購入するようにリスクプレミア ムが
負の 株式 を大量に保 有していることになるが、これは勿論現実的な仮説とは考えられ
ない。また、すべての家計の危険回避度が同じという 仮定も現実的ではないが、危険
回避 度も危 険資産 期待収益率も家計によって異なるモデルは複雑で分析困難と思わ
れる。
15
家 計の危険資 産 の期待収益率にばらつきが生じる原因の一つ は、保有している
株式 が 異 なるこ とである。利潤率は企 業によってばらつきがあるから、家計が保有して
いる株 式 が異なれば 、経常利益・時価総額比 率の期待値も異なるはずである。
- 12 -
計間でばらつきが存在するという仮定のもとで、危険資産の期待収益率の社会的平均値
が安 全 資 産 の 収 益率より も低い場合でも、社会全体とし て見れば危険資産が保有され
ること を説 明する簡単な理論モデルを考える。
( 1)式 の i 、σ、εを一定のパ ラ メ ータ と考 え、危険資産保有比率α を 危険資産の 期
待収 益 率γ の関 数( 以下では 「危 険資産 保有率・収益率関数」と呼ぶ)と考えて、この
式を 書き 直すと
2
2
α =- i/σ ε+(1/σ ε)・γ
(3)
2
2
となるが 、これ は縦軸切片が- i/σ ε、傾きが(1/σ ε)の直線(一次方程式)になる。
この式は危険資産の 期待収益率が家計で異なる場合には、危険資産の保有率も家計
によって異 なることを表す。安全資産の収 益率 i よりも危 険資産 の期待収益 率が小 さ
い悲観 的な家 計は危険資産の保有率 はゼロとなるが、楽観的でその値が i よりも大き
い家計 は危 険資産 を保有するし、危険資産の期待収益率が高い家計ほど資産のより
大きい割 合を危 険資産 の保有に当てる。最も悲観的な家計の場合の危険資産の期待
収益 率( 最 小値 )をγm 、最も楽観 的 な家計の場 合(最大値 )をγM とする
16
。また、家
計が γm とγM の間 に一様 に分 布 されていると仮定 すると、危 険資産の期待収益率の
社会 的平 均 値γ 'は最小値γm と最 大値γM の中間値となる
17
。この社会的 平均値 γ'
は、直 近過 去の危 険 資産の収益率に等しく なると想定する。
こ のモ デルでは 、危険資産の期待収益率の社会的平均値が i より小さい場合でも、
γM > i であれば、危険資 産の期 待収益率γが安全資産の収益率 i より 大きい楽観的
16
危 険資 産の 期 待収益率 は株式益利回りによって算出されるが、株式益利回りの分
子が 純利 益 であるため、純利益がマイナスの場合には危険資産の期待収益率もマイ
ナスになる。最も悲観 的な家計は負の純 利益を予想するであろうからγm はマイナスに
なる可能性 が高い。
17
一 様な分布は 説明を簡単化するためのもので、実際には正規分布に近い分布をし
ていると思 われ る。
- 13 -
な家 計 は危 険資 産 を保有するこ とになる
18
。以上の説明は第1図を見 れば理解しや す
い。こ の図 では、縦 軸は危険資産の保有 率、横 軸は危険資産の期待収益率で、点 i と
点 G を結んだ直線 が(3)式を表し、危険資産の期待収益率が安全資産の収益率 i より
大きい場 合、すなわ ち横軸の点 i より右側では危険資 産の保有率 はプラ スとなってい
る。たとえば、危 険資産の期待収益率 がγ0 の家 計の危険資 産の保 有率はα0 である。
第1図
危 険資産 の保有率と期待収益率の関係
α
1
G
α0
0γm
2
1/σε
γ0
γ'
γM
γ
こ の危険 資産保 有 率・収益率関数を使って、社会全体としての危険資産の期待収 益
率の 平 均 値 が 安 全資産 の収益率よ りも低 い場合でも、社会全体と しての危険資産の
保有 率 が プラ スとなる状 況が第2図 に示され ている。こ の 図でも横軸は危険 資産 の期
待収 益 率 である。縦軸 は、危険資産期待収益率 に対応する家計の資産合計を示して
18
塩 路・ 平形 ・藤木(2013)によれ ば、日 本の家計で株式を直接保有している比率は
1991 年か ら 2010 年の 20 年間 を通じて約 15 %であった。
- 14 -
いる。ただし、各 危険資 産期待収益率に分 布している家計の数は、どの危険資産期 待
収益 率 でも同 一で、かつ、すべての家計が保有する 資産額も同一と仮定している。ま
た、図 では 説 明 をわ か りやすくするため、各 危険資産期待収益率に分布している家計
数と 各 家計 が保 有 する資産を 乗じ ると1になると想定している 。たと えば、各危険資産
期待 収 益 率 に n の家 計が存在 して、各家 計は 1/ n 円の資 産を保有 していれば、各危
険資 産 期 待 収 益 率に対応する社会全体 と しての資産総額は n × 1/n 円= 1 円と なる 。
縦軸 の 1の 高さに引かれ た直線が、こ れを 表している。したがって、社会全体と しての
資産 総 額 は 長 方 形γm γM ZZ ' で表さ れる 。また、全資産が危険 資産 で保有 されたと き
には縦 軸 の 値は1となり、危険資産が 保有されない場合には 0 となる から 、縦軸は危
険資 産 の 保 有 率 をも表すことになる。点 i と点 G を結 んだ直線は (3)式から導き出され
たもの で
19
、危険 資産 の期待 収益率と保有 金額の関係 を表す。たとえば危険資産の期
待収 益率 が γ0 のときの保有 率は α0 であるから、それに保有 資産額=1を乗じると保
有金 額 A0 = α0 となる。したがって、社会全 体としての危険資産の保有額は三角形 iG
γM 、保有率は三 角 形 iG γM/長方 形 γm γM ZZ 'で表される。これは社会全体としての
最適 な危険 資産 の 保有率であるから(1)式のα*となる。
19
(3)式の左辺に、各危険 資産の期待収益率に存在する家計数 n と各家 計の資産
額 1/n を乗 じたときの関係 を表している。
- 15 -
第2図
社 会全体 としての危険資産の保 有率と期待収益率
¥
Z'
1
Z
G
A0
0
γm
γ0
γ'
γM
γ
危 険資 産 の最 適保有 率α*の高さで点線 を第2図に記入したものが第3 図で、その
危険 資 産 保 有 率 ・収益 率関数と の交点 の横 軸値 γ* が、危険回 避度εを推 定するため
に必要 な危 険 資産の期待収益率を表す。 なぜなら、本稿の目的は、家計の危険資産
の保 有 率α (第2 図の 縦軸) と危 険資産の期 待収 益率の分散 σ(第2 図の危険資産 保
有率 ・ 収 益 率 関数の傾 きの決定要因 )と危険 資産の期待収益率 γ(第2図の横 軸)か
ら、家 計 の危 険回避 度εを 推定するこ とで、こ れを 第3図で説 明すれ ば、σとα* とγ *
のデータから危 険 資産保 有率・収益率関数 の点 V の高さを 調べるこ とで、危険 回避度
εの 大きさを 算出するこ とと言い表せる。言い換えると、社会全体としての危険資産の
期待 収 益 率 は α'では、安 全資産 の収益率より低 いため危 険資産 の保 有率 がα*であ
る現 実を 説明 できない。社会の危険 資産の期待収益率を γ*とすれば、危険資産の 最
適な保 有 率 が α*と なる こと、ある いは (3)式の右 辺のγにγ*を代入すれ ば、左辺 の
値が α*になるという ことを意 味している。
第3図
危 険資産 の保有率α*と対応するγ *
- 16 -
α
1
G
α*
0γm
V
0
γ'
γ*
γM
γ
2.2.9 危険資産を保有する家計の期待収益率
本 稿の 目 的は 、データを(3)式に代入して危険回避度の大きさεを推 定することであ
る。利 用 可能なデータとして、危険資産の保 有率 α*と安全 資産の収益 率 i および経常
利益 ・ 時 価 総 額比率で定 義されている危 険資産期待収益率の社会的平均値 γ'とその
分散 σ2 があるが、以上 の分析より明らかなよう に、これ らの データを(3)式 に代入 して
も実際 の危 険回避 度εは得られ ない。たとえば、γ'が i より小さい場合にはε は負に
なってしまう のである。危険資産の期待収益率 で必要なデータは γ*であるが、この値
はγ 'を参考に推定 するしかない。
γ *の決 定で最も重要な条件はγ*は i よりも大 きいこ とである。第3図で言えば、γ*
は i の右 側 に存在することである。そこで、単純にデータが収集 できたすべての年度で
γ'を2倍 すると分析期 間のすべての 年で安全資産の収 益率 との差は プラ スになるが、
その差が最 小になる 1986 年度 には安 全資産の収 益率は 4.3 %、危険資 産の期 待収 益
率は 5.3 %で、差は約 1 %でしかない。この年には家計 は資産の約 22.4 %を危険資産
で保 有 していることや 、分析期間を通じた危険資産の保有率の平均が約 16 %であるこ
とを考慮 すると、リスクプレミ アムがもっと大きくなるよう に設定したほうがよいと思わ れ
る。そこで、以下 では、直近過去の危険資産の 収益率である経常利益・時価総額比率
を 3 倍 したケース( 3 倍モデル ) と 7 倍したケース( 7 倍モデル)で危険 回避度 を算出
する 。リスクプレミ アム は最小のケ ースでも 3 倍モ デルで 7.9 %、 7 倍モ デルで 18. 5
- 17 -
%と なる。
危 険資 産 の期 待収益率を 3 倍あるい は 7 倍する とその分 散も大きく なる。分散の 定
義によ り 3 倍モ デルでは 9 倍に、 7 倍モデルでは 49 倍になる。
2.2.10 算 出に使うデータ:まとめ
以 上で説 明した危険 回 避度を算出するため のさまざまなデータが第1表 の① ~⑦ に
示されている。分 散期間 中の平均値 は、危険資産の期待収益率の現数値が約 6 %、
その分散が 2.9 %、安 全資産 の収益率は 3.9 %、危険資産の保有率は 16.0 %、 3 倍モ
デル の危 険 資産の期 待収益率が 18.1 %、 7 倍モ デルが 42.1 %である。
- 18 -
第1表
危 険回避 度算出に利用するデータ(単位:%)と相対的危険回避度推定値
①
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨
危険回避度
危険資産の その分 安全資産 危険資産
3倍モデル 7倍モデ
①-③
期待収益率
散 の収益率 の保有率
収益率 ル収益率
1965年
1966年
1967年
1968年
1969年
1970年
1971年
1972年
1973年
1974年
1975年
1976年
1977年
1978年
1979年
1980年
1981年
1982年
1983年
1984年
1985年
1986年
1987年
1988年
1989年
1990年
1991年
1992年
1993年
1994年
1995年
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
7.1
10.1
13.8
11.8
11.2
11.3
6.9
6.0
11.1
5.7
5.5
7.2
7.2
8.5
10.8
9.1
8.2
6.5
5.3
5.0
3.9
2.6
2.9
3.1
3.4
3.6
4.3
3.1
2.5
3.5
3.2
4.5
4.4
3.3
3.0
4.7
4.3
6.1
4.6
5.6
4.0
4.4
6.0
5.7
4.5
6.9
6.5
5.7
0.9
1.6
5.1
6.6
6.0
5.9
6.6
7.9
7.9
9.8
9.9
7.6
3.6
3.7
4.7
4.4
3.3
2.6
3.0
3.8
5.2
4.9
3.4
2.6
1.9
1.1
0.4
0.2
0.3
0.3
0.3
0.5
0.5
0.5
0.5
0.5
0.4
0.9
1.0
1.3
1.2
0.8
0.8
1.0
0.8
1.3
1.7
2.0
7.4
7.3
7.2
7.3
7.3
7.5
7.4
6.9
7.7
7.8
7.6
7.0
5.9
4.8
6.0
7.7
6.4
6.0
5.9
5.8
5.7
4.3
3.6
3.6
4.3
6.1
5.8
4.2
2.9
2.7
1.3
1.0
0.6
0.3
0.2
0.2
0.1
0.1
0.1
0.1
0.1
0.2
0.4
0.4
0.2
0.1
0.0
0.0
29.9
25.8
21.6
22.9
24.0
20.6
21.1
23.4
18.3
16.9
15.7
15.1
14.9
14.6
14.9
14.4
13.0
13.2
16.1
16.0
18.3
22.4
26.1
27.5
24.6
20.3
15.0
13.6
13.3
11.9
13.8
10.4
8.9
9.2
12.2
10.5
8.7
7.5
10.9
11.7
16.4
17.1
12.1
9.2
10.9
11.2
11.1
12.9
-0.3
2.8
6.5
4.5
3.9
3.8
-0.4
-1.0
3.4
-2.1
-2.1
0.2
1.4
3.7
4.8
1.4
1.8
0.5
-0.6
-0.7
-1.8
-1.6
-0.7
-0.5
-0.9
-2.5
-1.5
-1.1
-0.3
0.8
1.9
3.4
3.8
3.0
2.8
4.5
4.3
6.0
4.6
5.5
4.0
4.2
5.6
5.3
4.3
6.8
6.4
5.7
- 19 -
21.2
30.4
41.3
35.4
33.7
33.8
20.8
17.9
33.4
17.0
16.5
21.6
21.7
25.4
32.4
27.3
24.7
19.6
16.0
15.1
11.8
7.9
8.8
9.3
10.2
10.7
12.9
9.4
7.6
10.6
9.7
13.4
13.2
9.9
9.0
14.2
13.0
18.4
13.9
16.7
12.1
13.3
18.1
17.1
13.5
20.6
19.5
17.2
49.5
70.9
96.4
82.7
78.5
78.9
48.6
41.7
77.9
39.7
38.5
50.4
50.7
59.2
75.6
63.6
57.7
45.8
37.2
35.2
27.5
18.5
20.6
21.6
23.7
25.0
30.1
21.8
17.8
24.8
22.7
31.2
30.9
23.1
21.0
33.1
30.4
42.8
32.4
39.0
28.2
31.0
42.2
39.8
31.5
48.0
45.4
40.0
1965年
1966年
1967年
1968年
1969年
1970年
1971年
1972年
1973年
1974年
1975年
1976年
1977年
1978年
1979年
1980年
1981年
1982年
1983年
1984年
1985年
1986年
1987年
1988年
1989年
1990年
1991年
1992年
1993年
1994年
1995年
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
3倍
7倍
モデル モデル
6.0
3.3
6.3
3.2
3.4
1.7
2.1
1.0
2.0
1.0
2.4
1.2
1.1
0.6
0.7
0.4
2.0
1.0
0.6
0.4
0.6
0.4
1.4
0.8
3.3
1.7
4.3
2.1
4.2
2.0
3.4
1.8
4.8
2.4
4.4
2.4
2.3
1.3
1.7
1.0
0.7
0.5
0.4
0.3
0.7
0.4
0.9
0.5
1.4
0.9
2.3
1.8
11.9
7.5
20.7
13.0
14.6
8.4
25.6
13.1
21.6
10.1
29.2
13.1
31.4
13.8
23.5
10.2
16.1
7.0
30.7
13.3
38.4
16.5
28.6
12.3
13.5
5.8
12.2
5.2
6.7
2.9
10.0
4.3
21.6
9.4
21.2
9.2
17.1
7.4
15.5
6.7
11.3
4.8
7.4
3.2
3
相 対 的 危険回 避 度の推定結果とその 長期 的変化
3. 1 相 対的 危 険回避 度の推定結果とその分析
3.1.1 相対 的危 険回避 度の算出
前 章で説 明され たデータを利用して算出された相対的危険回避度の推定値は第1表
の⑧ ~⑨ 欄 にあるが、第4図 でも示されている。これらの表や 図から以下 のよう な特 徴
が観 察できる。
(イ)日 本 の家 計の 相対的 危険回避度 は、 1960 年代からバブルが 始まる 1980 年代前半
まではほぼ 1 から 6 の間にあったが、
(ロ)バブル期には低下 して1以下の小 さい水準であった。
(ハ)バブル 崩壊後に徐々に上昇し、 1990 年代中頃から急上昇 して 30 以上 の水準まで
なった。
(ニ)その 後も、失 われた 10 年と呼ばれる期間の間は危険回避 度は高い水準のままであ
った。
(ホ) 2002 年 頃から始 まった景気 回復(いざなみ景気)とともに低下したが、その水準は
ほぼ 10 か ら 30 の間で、バブル期以前に比較すると依然 として若干であるが高い。
以 上の ような結論は 、日本の家計の相対的危険回避度の大きさを長期的に推定 した
先行 研究 とはまったく異なっている。たとえば 、最も新しい研究である吉川(2012)では、
バブル崩壊後の 1990 年代はバブル期前の時期より危険回避度が低いという結論であ
る。こ のように正反対 の結論となった理 由は、勿論、危険資産の期待収益率と分散の
算出 方法 が 異なるからである。日本 で危険 資産を保有する代表的な家計が、
(イ)短 期 的な株価変 動による投機的利益 を目的で行動しているのか、それとも
(ロ)企業 の 利潤 から配分される配当や 企業の将来利潤の増加を期待した長期的な投 資
を目的 で行 動 しているか、
である。どちらの モデルがより現実を把握しているかが問題で、先行研究では(イ)、本稿
では (ロ)の 仮説 を採用 した結果、正反対の結論となった。
- 20 -
第4図
3.1.2
相 対的危 険回避度の推定値: 3 倍モ デルと 7 倍モデル
危 険 回避度の 長期的 変化:バブル 崩壊の影響
前 節では 、図表 から家 計の危険資産購入時の危険回避度は、バブル崩壊の影響 に
よって高 くなり、その 後 も高い状態が続いている結論したが、こ の節ではこれを統計的
に検 証 する。バブル崩壊 期間と呼ばれ るバブル崩壊後の不況は、内閣府景気基準日
付によれば 1991 年 3 月から 1993 年 10 月とされている
20
。そこで、 3 倍モデルの危 険
回避 度ε を被説明変数 、時間 t を説明変 数として回帰 分析を行う と
21
、
ε =-1.25 + 0.47t
(0.60) (0.00)
20
内 閣府 ホームページの『統計情報・調査結果/景気統計/景気動 向指数/景気基準
日付 』 http://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/di/140530hiduke.html(2014.10.10.取得)を参照。
21 推 定係 数の下 の括弧内 は p-値で、以下でも同様 である。
- 21 -
となって、時間 t の推定 係数は 0 %水準 で統計的 に有意であるから、分 析期間を通じ
て上 昇 トレンドが存在 することが分かる。さらに、バブル崩壊前後で構造変化が起こ っ
たかどうかを調 べるため バブル崩壊直後の 1991 年度を境界年度とする Chow 検定を
行う と、 F-値 は 26.15 で 0%水準で統 計的に有意となる。これは バブル 崩壊前後でパラ
メータ変化が あったことを示すから、推定期間を 1965 年度か ら 1990 年度と 1991 年度
から 2012 年 度に分けて分析 すると、前期では
ε = 3.53 - 0.08t
(0.00)
(0.07)
後期 は、
ε = 37.81 - 0.49t
(0.00)
(0.09)
となる。したがって、バブル崩壊以前は 相対的危険回避度は平均で 4 程度であったが、
バブル崩壊後は 平 均で 40 程度であったと判断 できる。
3.1.3
危 険 回避度上 昇をもたらした要因
バ ブル崩壊後 に、危険 回避度を上昇させた要因を調べるために、まず、危険回避度
と危険資産 の期待 収益率 γ、分散σ2 および安全資産 の収益率 i と 3 倍モデルの危 険
回避 度との相関係 数を見ると、それぞれ-0.36 、 -0.69 、 -0.74 となっている。いずれ も
符号 が負 であるが、これは危険回避度に長期的 上昇トレンドがあるのに対して、危 険
資産 の期 待 収益 率、分散 、安全資産の収益 率には長期的に負のト レンド が存在してい
るためである。相関係 数を見ると安全 資産の収益率が危険回避度と最も類似した動 き
をしていたと思わ れ るが 、これらの3要因が危 険回避度に与えた影響の大きさを調べる
ために、以下の ようなシミ ュレーショ ンを行う。すなわち、危険回避度が最低の 1986 年
度か ら、γ、σ、 i の3変数いずれ か1つの変数 以外は危険 回避度 が最大になった 2001
年度 までの 16 年間に変化しなかったと想定し、そのときの危険 回避 度を(2)式を用いて
3 倍 モデルで算出する。その計算結果によれば、危険資産の期待収益率 γのみ が変
化したときの危 険回避度は 2.00 、分散 σ2 のみが変化したときは 9.4 、安全資産の収益
- 22 -
率 i のみ が 変化 したときは 1.8 となった。実際には 1986 年度の 0.4 から 2001 年度 には
38.4 になったので、γのみ が変化したときには実際の変化の約 5.2 %、σは約 24.5 %、
i は約 4.6 % である。これ より危 険回避度 の上昇は、こ れら 3 変数 の総合的影 響である
ことは明 らか であるが 、強いて言えば最も大 きい影響を与えたのは危険資産の期待 収
益率 の分 散 と言える。ただし、危険資産の期待 収益率の分散の低下が、家計の危険回
避度 を上昇 させ た主たる要因と主張しているわけではないことに注意するべきである。
この解釈は因果関係 が反対で、正確には、危険資産の期待収益率の分散が低下した
にもか か わらず 、危 険資産の保有率が低 下したのは、家計の危険回避度が上昇したた
めと理 解するべきである。
3. 2
3.2.1
推 定 値の 頑健性 のテ スト
直 近 過去 5 年分散 と利潤率 モデル
こ の節では 、以上の ような分析結果の頑健性を調べる。危険回避度の推定で最も重
要になるのは 危険資 産の期待収益率に関するデータである。正確には、危険資産を保
有する可能 性 がある多くの家計が、危険資産を保有している間に得られると予想する
収入 の大 きさに関するデータである。これをどのように設定するかで、危険回避度の 推
定値 は決 定 的な影 響を受ける。本稿では 、家計が株式購入や事業への出資の目的は
短期 的 な株 価変 動から 期待されるキャピ タルゲイ ンではなく、こ れらの投資で得られる
長期 的 収 入 であること 、したがって、株式投 資や 事業出資のよう な危険資産から予想
する 長期 的 収 益率は、 その源である企業の長期的利潤によって表されるとし てきた。こ
の考 え方 に基 づいて、危険資産の期待収 益率 と分散を算出したのであるが、こ の算 出
方法 には 当 然ながら恣意性がある。たとえば 、収益率の分散を算出する期間を 7 年間
の 2 8 四半 期 とし たが 、こ の 期間の設定には理論的な根拠がない。これは家計が株式
を購入すると きに、何年ほどさかのぼって情報 を収集するかを推測し て決めたものでし
かない 。また、危険資 産の期待収益率は、 全法人企業の利潤を東証一部企業の時価
総額 で割 ったデータに対 して調整率を 乗じ た値を 用い たが、こ れにも恣意性がある。し
たがっ て、前節で得 られ た結論が頑健なものであると主張するためには、こ れまでと は
- 23 -
異なっ た危険資 産 の期待 収益率に関する データを 用いて危険回避度を推定し直す必
要が ある。そこ で、以下では2種類の異 なった危 険資産の期待収益率関連のデータ を
用い て危険 回 避 度を推定する 。
1 番目 の モ デル では 分散の算出方法を変更する。こ れまでの方法では、分散は直近
過去 7 年 の 2 8 四半 期データを用いて算出したが、これを 5 年の 20 四半期 データに変
更する。こ の 変更 以外はすべて 3 倍モ デルと同一 の条件で危険 回避 度を算出する。こ
れを 5 年 分散モデルと呼 ぶ こと にする。
2 番 目 のモデル では、危険資産の期 待収益率とし て、直近過 去の 全法人企 業の 経
常利 益 を全 法 人 企業の純資産で割った値、すなわち経常利益・純資産利潤率を用いる
(データの 出所 は『法人 企業統計』)。税引き後 のデータ にするために 0. 6 倍する と、分
析期 間 中 の 平 均 値が 9.8 %となって安全 資産の収益 率との差 が約 1 %から 1. 5 %に
なる年 度が 3回表れ るため 、この調整は行わ ない。分散は直近過去 7 年の 28 四半 期
データを 用 いて算出する。こ のモデル は簡 単に利潤率モ デルと 呼ぶ。
以 上の 2つのモ デルで算出した相対的危険回避度の推定値は 3 倍モ デルの推定値
とともに第 2表の左 側の①~ ③に示されている。また、追加された2モ デル の推 定値は
第5図 でも示されている。
- 24 -
第2表
危 険回避 度と期待収益率
①
1965年
1966年
1967年
1968年
1969年
1970年
1971年
1972年
1973年
1974年
1975年
1976年
1977年
1978年
1979年
1980年
1981年
1982年
1983年
1984年
1985年
1986年
1987年
1988年
1989年
1990年
1991年
1992年
1993年
1994年
1995年
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
②
③
④
⑤
⑥
⑦
危険回避度
危険資産期待収益率(%)
3倍
利潤率 分散5年 3倍モデ 利潤率
日経平均
差
モデル モデル モデル
ル
モデル
株価
6.0
3.9
6.1
21.2
14.2
7.0 1,584.3
6.3
7.2
5.5
30.4
19.1 11.3 1,455.6
3.4
7.1
3.3
41.3
23.0 18.3 1,377.6
2.1
4.6
2.3
35.4
23.7 11.8 1,841.0
2.0
3.5
2.1
33.7
26.3
7.4 2,523.8
2.4
3.3
4.4
33.8
23.8 10.0 2,403.3
1.1
2.7
1.2
20.8
18.9
1.9 3,187.6
0.7
5.6
0.6
17.9
23.7 -5.8 5,226.0
2.0
6.6
2.1
33.4
30.4
3.0 4,473.6
0.6
1.3
0.7
17.0
15.4
1.6 4,485.0
0.6
1.1
1.3
16.5
15.1
1.4 4,596.5
1.4
2.2
2.3
21.6
20.9
0.7 5,036.5
3.3
2.5
2.6
21.7
20.7
1.0 5,447.8
4.3
3.4
6.8
25.4
25.2
0.2 6,141.3
4.2
3.3
6.0
32.4
28.8
3.6 6,556.2
3.4
3.4
5.5
27.3
25.6
1.6 7,334.3
4.8
4.6
6.2
24.7
21.7
3.1 7,260.5
4.4
5.1
3.9
19.6
18.6
1.1 8,478.7
2.3
4.5
1.8
16.0
19.9 -4.0 10,968.4
1.7
4.9
2.1
15.1
20.7 -5.6 12,590.2
0.7
3.3
2.1
11.8
18.4 -6.6 15,859.8
0.4
4.1
0.8
7.9
17.0 -9.1 21,566.7
0.7
10.4
1.1
8.8
20.1 -11.2 26,260.3
0.9
10.5
1.8
9.3
21.8 -12.5 32,838.7
1.4
11.4
4.9
10.2
20.0 -9.9 29,980.5
2.3
9.9
12.3
10.7
17.7 -7.0 26,292.0
11.9
6.2
26.7
12.9
14.1 -1.2 19,346.0
20.7
2.5
23.0
9.4
10.3 -0.9 18,591.5
14.6
1.6
12.2
7.6
8.9 -1.2 19,111.9
25.6
2.0
20.2
10.6
9.8
0.8 16,140.0
21.6
3.6
20.2
9.7
11.2 -1.5 21,406.9
29.2
11.1
24.7
13.4
13.0
0.4 18,003.4
31.4
25.7
25.0
13.2
11.8
1.4 16,527.2
23.5
23.9
28.9
9.9
8.8
1.1 15,836.6
16.1
20.5
23.8
9.0
10.9 -1.9 20,337.3
30.7
29.9
31.0
14.2
11.9
2.3 12,999.7
38.4
27.2
39.6
13.0
9.9
3.1 11,024.9
28.6
32.4
23.3
18.4
10.1
8.2 7,972.7
13.5
28.7
10.8
13.9
10.8
3.1 11,715.4
12.2
26.5
14.8
16.7
12.6
4.1 11,669.0
6.7
20.2
8.8
12.1
12.7 -0.7 17,059.7
10.0
20.8
11.5
13.3
12.7
0.5 17,287.7
21.6
27.9
35.3
18.1
12.3
5.8 12,525.5
21.2
10.6
24.2
17.1
7.5
9.6 8,109.5
17.1
6.8
18.6
13.5
7.2
6.3 11,089.9
15.5
9.1
12.8
20.6
9.6 10.9 9,755.1
11.3
9.5
9.2
19.5
9.3 10.2 10,083.6
7.4
10.1
6.5
17.2
9.6
7.5 12,397.9
- 25 -
第5図
3.2.2
危 険回避 度の長期的変動:利潤 率と分散 5 年
分 散 5 年モデルと 7 年モ デル の比較
第 4図と第 5図 を比 較 すると分散 5 年モ デルは分散 7 年モデルとほぼ同様な動きを
しているように見える。そこで、 7 年モ デルと同じ時間を説明変数とする回帰分析を行う
と、全 期 間の推定 結 果は
ε =-0.68 + 0.49t
(0.78) (0.00)
となる。バブル崩壊直 後の 1991 年度を境界年 度とする Chow 検定を行うと、 F-値は
20.63 で 0%水準で統計 的に有意となる。推定期間を 1965 年度から 1990 年度と 1991 年
度か ら 2012 年度に分けて分 析すると、前 期では
ε = 2.78 + 0.05t 、
(0.02) (0.48)
後期 では、
ε = 39.89 - 0.52t
- 26 -
(0.00)
(0.09)
となる。これ らの 結果は分散 7 年のモ デルとほぼ 同一であるから、バ ブル崩 壊後 に家
計の 危険 回 避度 が上昇 したという結 論に変 わりはない。
3.2.3
利 潤 率モ デルと 3 倍モデルの比較
第 5図を見ると利潤 率モデルの危険回避度の動きは、分散 7 年 3 倍モデルとは異な
る期間 がある。バブル 期の 1987 年度から 1990 年度で、利 潤率モ デルでは危 険回避度
が高 くなっている。こ れは株価が危険資産購 入時の費用に与える影響を利潤率モデル
では 無 視しているため である。第2表の⑦欄 にも示されているように、バブル期間は 、
株価 が異 常 に高くなっていたため、危 険資産の代表である株式の購入費用も異常に高
くなっていた。したがって、利潤率が高くとも株式購入費用も高いため、株式の期待収
益率 はそれ ほど高 くなかったはずである。これを確認するために、 3 倍モ デルの収益
率と利潤率 モデル の収益率の差を第2表の⑥欄で見るとバブル期は負となっている。
第2表 の④ 欄と⑤欄 を見ると、 1987 年度から 1989 年度の 間は収益率は利潤率モデル
は 3 倍モ デル のほぼ 2 倍の大きさである。これは高 い株価 が株式購入 費用を高くして、
株式 の期 待 収益 率を引き下げ た結果である。この点を見るために、 3 倍モ デルと利潤
率モ デルの収 益 率の差 gap を被説 明変数、日 経平均 株価 kbk を説明変数として 1975
年度 から 1990 年度 のデータで回 帰分析すると、 gap = 4.25-0.53kbk 、 p-値は切片が
0.001 、日 経平均株価 kbk が 0.00 、自由度修正済決定係数は 0.86 となる。したがって、
3 倍 モデルと利潤率モ デルの収益率における差のほとんどは株価変動によって説明さ
れる。これらの分 析より、利潤率モ デルでバブル期の危険回避度が高くなっているの
は、利 潤率 が株価 の影響をまったく反映しないため危険資産の期待収益率を正確に反
映することができなかったためと結論できる
22
22
。
この 結果 は、危険 資産の期待収益率として「全法人企業経常利益・東証1部企 業
時価 総 額 比 率 」を 採用 し たこ との正しさを示してい る。
- 27 -
こ のような欠陥はあるが、利潤率モデルでも危険回避度が長期的に上昇してきたこ
とは確認できる。時間を説明変数とする回帰分析を行うと、全期間の推定結果は
ε = 0.12 + 0.41t
(0.95) (0.00)
となる。バブル崩壊後 の 1994 年度 を境界年度 とする Chow 検定を行うと、 F-値は 6.20
で 0%水 準で統 計的に有意 となる。推定期 間を 1965 年度から 1994 年度と 1995 年度か
ら 2012 年度 に分けて分析すると、前期では
ε = 3.84 + 0.06t 、
(0.00) (0.33)
後期 では、
ε = 39.17 - 0.51t
(0.03) (0.24)
となる。これ らの 結果は 3 倍モ デルと基本的には同じパターンであるか ら、バブル崩壊
後に家 計の 危険回 避度は上昇したと結論してよいと思われる
3. 3
23
。
日 本 家計 の危険 回避度とパーセント 問 題
本 稿の 分 析結 果によれば、日本家計の相対的危険回避度は 1965 年度 からバブル
崩壊 の 1990 年度 までの平 均 では 3 倍モデルで約 2.4 、バブル 崩壊後の 1991 年度か ら
2012 年度 の 平均は約 19.5 、分析 期間 48 年を通算すると約 10.3 となる。 7 倍モデルで
は 48 年 通 算で 4.8 となる。たとえば、 Guisoa and Sodinib(2013, p.1426)の研究によれば ア
メリカの家計 の相対 的危険回避度は 1.6 から 136 で中央値が 3.5 、スエーデンで 1.6 か
23
中 尾・東(2013)では 、本稿 とほぼ 同じ手法で企業の相対的危険回避度が推定され
ているが 、その分析 結果によれば、企業 の相対的危険回避度もバブル崩壊後に上昇し
ている。バブル 崩 壊によって日本全体 の危険回避度が高くなったと言えそう である。
- 28 -
ら 190 で中 央値が 3.1 である
24
。したがって、本稿の推定結果と大きな違いはないと言
える。しかし、ア メリカの家計は日本に比べると高い割合で株式を保有していた事実 を
考えると、この 結果は不思議に思える。
こ れは、危険 回避度 の算出過程で危険資産の期待収益率と分散および安全資産の
収益 率の データをパ ーセント 表示しているためと思われる。(2)式を見ると、分子に収 益
率、分 母に分 散であるから、双方を 100 倍してパ ーセント 表示すれば問題が ないように
見えるが、こ れは誤りである。分散の算出 ではデータが 2 乗されているため、分母 は
100 倍 では なく 10000 倍されることになる
25
。したがって、本稿でこれまで利 用してきた
相対 的危 険 回避 度の値 は正確には 100 倍する必要が あり、分析期間 を通じた相 対的
危険 回避 度 の平 均値は 3 倍モデルでは 10.3 ではなく 1030 、 7 倍モデルでは 4.8 では
なく 480 なのである。こ れらの 値は異常に大きいように見える。しかし、 Mankiw and
Zeldes (1991,pp104-109)によれば 1948 年から 1988 年の間 の相対 的危険回避 度はアメ リ
カの家計全 体 で約 89 、 1970 年から 1984 年の株式非保有家計の 場合には 261.9 と推
定されているし、 Romer(2011, p.389)では 1979 年から 2008 年のデータで約 140 と推定さ
れている。したが って、こ れらと比較すれば 3 倍モ デルの 1030 や 7 倍モデルの 480 と
いう日本 家 計の 推 定値も納得できない値では ない。また、たとえば 2002 年度で見ると、
危険 資産 の 期待 収益率 は約 6.1 %で、標準偏差は約 0.95 であるから、正規分布を仮
定すると危険資 産の収益率が約 2.2 %より低く なる確率は 0.003 %、つまり 10 万回に 3
24
森 平・ 神谷 (2005 、p.7)によれば、消費や保険に関する多くの分析で家計の相対的
危険 回避 度 の推 定値は 1 から 10 程度とされ ているが、谷川(1994 、p.331)の消費デー
タを用いた研究 では 50 程度と結論されている。
25
たとえば ,安全資産 の 収益率が 0 %、危険資 産の期 待収益率が 10 %、標準偏差
が 5 %、分散が 25 %、危険資産 の 保有率 10 %と想定し、収益率・ 分散でパーセント を
使って相 対的 危険回 避度を算出すると 10/( 25 × 0.1 )= 4 となる。一方、比率を用 いる
と、分 散 は 0.05 の 2 乗で 0.0025 であるから 0.1/( 0.0025 × 0.1 )= 400 となる。
- 29 -
回しか生じない確率である。こ の年度の 安全資産の収益率は 0.1 %でしかないの に危
険資 産の 保 有率 は 7.5 %である。こ のような状況で、このように低い危 険資 産保有率は
合理 的とは思えない。これは危険回避度が異 常に高いケースでしか生じないと思わ れ
る
26
。
こ の非合理的と思わ れる行動の原因は情報の不完全さ、すなわち無知のなせる仕
業である可能 性が高 い。危険資産の収益率や分散に関する情報を収集するのは簡単
では ないからである。無 知なほど根拠のない不安を抱いて危険回避度が高くなるので
ある。たとえば、無知 と不安故に標準偏差を直近過去の実際の値の 10 倍と思ったとす
れば 、危険 回避度 の推定値は 1/100 になって常識的な範囲 となる。こ のよう な無知故 の
恐怖 が家 計 の行 動に与える影響は本稿では 危険回避度に含められているため、危険
回避 度の 推 定値 が異常 に高くなっていると思わ れる。以上の分析より、相対的危険回
避度 が平 均 で 1000 以上となるような分析結果も現実として受け入れるしかないと思わ
26
森 平・ 神谷 (2005)では 、相対的危険回避度が限界効用の富に関する弾力性に等 し
いことから1程 度になると主張されている。ところが,たとえば 2011 年度を見ると、危険
資産 の保 有 率が 11.1 %で(2)式右辺の(1/α*)は 9 となるから、危険回避度εが 1 にな
るためには(γ- i )/σ2 が 1/9=0.111 になる必要が あるが、危険資産 の収益率= 6.5 %、
安全 資産 = 0 %であったから、分 散σ2 は 0.585 、標準偏差は 0.765 になる必要がある。
しかし、収益率が 6.5 %で標準偏 差が 76.5 %の場 合、危険資産収益率は約 47 %の確
率で負 になるし、 100 万円の資産 が1年後に半分以 下になる確率は約 23 %である。こ
のようなリスクが ある資産を、日本の家計が 貯蓄の 11 %以 上も配分するとは思 えない
から、危 険資 産保有 の最適条件から見れば日 本家計の相対的危険回避度が1程度 に
なるという主張は現 実的ではない。ただし、危険 資産保有の理論モ デルが現実を正確
に反 映 していない可能 性もある。
- 30 -
れる
27
。
(2)式では、収益率は パーセントではなく比率であるから、危険回避度の算出では パ
ーセントでなく比 率を用いるべきであったが、先行研究の分析結果と比較するため、危
険回 避度 の 桁を合わせる必要があって、本稿でもパーセントを用いた。
4
おわ り に
本 稿では 、日本 の家計の相対的危険回避度を長期的に推定し、バブル崩壊前後 で
変化 が生 じたかどうかを分析した。先行研究 では、危険資産の期待収益率の算出では
直近 過去 の 株価 変動率 が用いられていたが、本稿では、直近過去の株式益利回り を
用いた。ただし、直近過去の株式益利 回りをその まま危険資産の期待収益率とすると、
多く の年 度 で安 全資産 の収益率を下回る、すなわちリスクプレミア ムが負になる。そこ
で、家 計によって危険 資産の期待収益率が異なり、株式などの危険資産を保有するの
は危 険資 産 の期 待収益 率が高い家計のみ とする理論モデルを構築した。この理論モ
デル の分 析 によって、負のリスクプレミ アムという問題に対処するためには、危険資産
の期 待収 益 率を直近過去の株式益利 回りよりも大きくする必要があることが明らかに
なった。そこ で、本 稿では、直近過去の株式益利回り を 3 倍するモデルと 7 倍するモ デ
ルを採 用した。これらのモ デルを用いて相 対的危険回避度を算出すると、日本の家計
の相 対的 危 険回 避度は 、バブル崩壊を境にして急激に上昇しているこ とが明らかにな
った。その後 の好 景 気で危険回避度は低下してきたが、依然として、バブル崩壊前の
水準 には戻 っていない。
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池 田・筒井( 2006 )では 、ア ンケート調査では 日米で相対的危険回避度はほぼ同 じ
水準 になるが、それでは 危険資産の 保有率が日 米で異なる事実を説明できないとして
いる。こ れは日本 の家計 が危険資産に関する情報が乏しいため危険資産の保有に関
しては 危険 回避度 が高くなると考えれば 納得できる。
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こ のような結論は、危険資産の期待収益率と分散の算出方法に決定的に依存してい
る。そこで、結論 の 頑健性を調べるために、分散を算出する期間が異なった 5 年分散
モデルと全 法人 企業の 直近過去の経 常利益・純 資産利潤率が危険資産の期待収益率
になる 利潤 率 モ デルを 用いて、相対的危険回避度を 算出し てみた。その結果を見ると、
利潤 率 モ デルは 株式購 入コスト を無視しているため、株価が高かったバブル期に異常
な値になったが 、どちら のモ デルでもバブル崩壊後に相対的危険回避度が急上昇して
いること が確認 され た。
本 稿では 、日 本での先 行 研究にならって相対的危険回避度の算出では収益率と分
散の 単 位 としてパ ーセント を用いたが 、この 計算 方法では、相対的危険回避度は比率
を用いたケースより も 100 倍大きくなる。相対 的危険回避 度を算出するための基 本的
な条件 式 では、収益 率も 分散も 比率が使われているため、理論モ デルに忠実に算出 す
れば 日 本 家 計 の 相対的 危険回避度は異常と思われるほど大きくなるが、こ れは日本
の家 計 が 実 際 に非常 に危険回避度が高いこ とを示唆していると 思われる。
【謝 辞】
こ の論文は、著者 の 一人である中尾武雄の創造経済研究センター嘱託研究員の 研
究成 果の 一 部として書 かれたものである。
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