旧フランス国立印刷局の活版印刷の伝統と現状

旧フランス国立印刷局の活版印刷の伝統と現状
高島 淳
1
旧フランス国立印刷局の歴史
現在の Imprimerie Nationale は、フ
ランス政府が唯一の株主である株式会
社である。これは、1994 年の法改正に
よって行われたもので、現在では「国
立印刷局」という名称は不適切である
が、その長い歴史の多くの間この名称
で呼ばれてきたので、以下においても
そう記すことにする。
国立印刷局の前史は、1538 年にフラ
ンソワ1世が、コンラッド・ネオバル
に対して、「王の印刷師」という称号
図 1: Imprimerie Nationale の前景
を与えたことに始まる。これは、ギリシャ語の印刷に関して与えられたもので、ラテ
ン・ギリシャへの回帰を謳ったルネッサンスという文化潮流を振興するための手段を
国として援助するという意味が込められていたのである。
1540 年には、フランスにおける辞書
学の創始者であり、ラテン語フランス
語辞書の著者であるロベール・エティ
エンヌが同じギリシャ語に関する「王
の印刷師」に任命され、クロード・ギャ
ラモンが「王のギリシャ語」と呼ばれ
る活字セットを作成している。
こうしたフランソワ1世の活動か
ら、国立印刷局をこの王の創立したも
のと書いてある書物もあるが、実際の
機構は 1640 年に「王立印刷工房」(Man-
図 2: Garamont の「王のギリシャ語」父型
ufacture royale d’imprimerie) として、ルイ 13 世が、宰相リシュリューの勧めによって、
設立したものである。
その後、王立印刷局、帝国印刷局、国立印刷局と名前を変えながら続いていくが、
アジアの文字と出版・印刷文化及びその歴史に関する調査・研究
ここではその東洋諸語に関連した歴史を概観してみたい1) 。
東洋諸語に関する関心の最初の現れは、1632 年に見られる。この年、王の印刷師で
あるアントワーヌ・ヴィトレは、ルイ 13 世のために、アラビア文字、ペルシャ文字、
トルコ文字、シリア文字のための父型2) を購入している。
同時に、活字彫刻師鋳造師ジャック・ド・サンレックに、アルメニア文字とエチオ
ピア文字の父型を作るように発注しているが、実際に彫られたのはアルメニア文字だ
けであった。
これらの活字は、1645 年に『多国語
聖書』(Le Jay, Bible polyglotte, 10 vol.
in-folio) を印刷するために用いられた。
しかしながら、それ以後 18 世紀ま
では東洋諸語の印刷に関する活動はほ
とんど見られない。例外は、オルレア
ン公フィリップの木製中国活字と呼ば
れるもので、この摂政の時代に、東洋
学者エティエンヌ・フルモンの熱意に
よって、1715 年から 1742 年にかけて
図 3: 漢字の文選のための部首表
86000 の木製活字が作られ、中国語文
法の出版に用いられた3) 。また、ヘブライ文字の活字も作られたが、こちらは現存し
ていない。
啓蒙の世紀は、直接的に東洋諸語へ
の関心をもたらさなかったが、1787 年
には、ようやくアカデミー(碑文部門)
が東洋諸語の書籍・写本・活字の整理
の必要を認めて、アカデミー会員ド・
ギーニュが『王立図書館の写本の抜粋
と報告』を出版している。この中で、
ド・ギーニュは、東洋諸語の活字が未
整理や能力ある人材の不在のために用
いられない状況を嘆いている。
図 4: 国立印刷局 活字印刷セクション
ナポレオン時代になると、文化人の
1)
2)
3)
以下の記述の大部分は、Paul-Marie Grinevald, “La typographie orientale à l’Imprimerie nationale,” Les
caractère de l’Imprimerie Nationale, pp.141–5, Paris, 1990 によっている。
以下で父型と呼ぶのはすべてパンチ父型のことである。日本における活字母型の制作は多くの場合、
電胎法 (galvanoplastie) によるので、その父型となるものを種字と呼ぶ。種字は木などで作られるが、
パンチ父型は焼き鈍した状態の鋼鉄に彫刻してから焼き入れして作成する。これをねじ式プレスに
よってゆっくりと銅に打ち込んで母型を作る。近代的な活字鋳造機がなく、図 5 のように一本ごと
に匙で鉛を流し込む鋳型が使われていた時代には効率的な活字の鋳造のために多数の母型を用いる
必要があり、父型はきわめて重要であった。
この経緯については、鈴木広光「ヨーロッパ人による漢字活字の開発 その歴史と背景」
『本と活字
の歴史事典』柏書房, pp.137–231 の「フランス王室印刷所の木活字」の節を参照されたい。
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側の潜在的な関心の高まりと、エジプト遠征、イタリア征服といった外的要因の両者
が合わさって、19 世紀における本格的な運用へ向けたいくつかの契機が見られる。
まずイタリア征服は、1799 年にローマの宣教印刷所 (Propaganda Press) から、1808
年にフィレンツェの Medicis 印刷所から、大量の (父型 45946 母型 5991) 東洋諸語活字
の父型を徴発してもたらした。これらは、ごく一部を除いて、1815 年の王政復古の際
に教皇に返還されたが、その際に母型を作成して、王立印刷局に残された。
皇帝のカイロ印刷局の長であった J.-J. マルセルは、ついで帝国印刷局長になると、
1813 年 3 月に、四名の東洋諸語植字工見習いをもうけるという制度を定めている。こ
の制度は、帝国の崩壊に伴って、しばらくの間は実質的に運用されることはなかった。
ようやく、1825 年になって、東洋諸語植
字を教えることが実際に運用され始める。ギ
リシャ語・アラビア語・ヘブライ語・シリア
語・ペルシャ語・トルコ語の活版をくむため
に必要な教育が植字工たちになされるよう
になったのである。
1824 年から 1832 年はサンマルタン (SaintMartin)、1838 年から 1852 年はユージェーヌ・
ビュルヌフ (Eugene Burnouf) が東洋活版術視
学官 (inspecteurs de la typographie orientale)
という地位につくなど、一流の東洋学者が監
督するという体制の下で、国立印刷局は東洋
諸語の活字印刷において急速な充実を示し、
図 5: 18 世紀まで使われていた活字鋳
造型
多数の活字セットが作成されて、1870 年ま
では世界最高の水準を維持していたと言えよう。
それ以後は、特筆するような拡充などはなされていないが、第二次大戦後しばらく
までは、十分な水準を維持して、たいていの東洋学上の出版の要求に応えられる存在
であり続けたといえよう。
1.1
現状
筆者が 1980 年代の前半にパリに留学していたときの国立印刷局の評判は、ナーガ
リー文字を含んだテキストの印刷に関することのみであるが、「質は高いかもしれな
いが、とんでもなく遅い、早くとも3年は待たないと出てこない」というものであっ
た。すでに、その頃から、現実の需要に応えられるような体制ではなくなっていたと
言えよう。
今回の国立印刷局の調査におけるインタビューによると、現在の活字印刷セクショ
ンには、植字工は 3 名しか残っていない。そのうち東洋諸語担当は 2 名のみであるが、
1966 年には 50 名いたそうである。その一人、リュペール氏は、64 の文字体系の組み
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アジアの文字と出版・印刷文化及びその歴史に関する調査・研究
版ができるとのことである。しかし、鋳造活字による印刷は、現在では特殊な豪華本
などでしか行われておらず、仕事はあまりないようであった。東洋諸語の活字なども
昔はアトリエに揃っていたものが、現在では大部分倉庫に移されて、必要なときにの
み運んでくるような状態になっている。
それにもかかわらず、父型彫刻師は
まだ 2 名おり、Cabinet de poinçon (パ
ンチ父型の工房・陳列室) というセク
ションを有している。これは、国立印
刷局のすべての父型が 1946 年から歴
史記念物 (monument historique) に指定
されており、国の文化遺産として守っ
ていかねばならないとされているから
である。そのため、これらの父型彫刻
師の仕事の多くの部分が過去の父型の
図 6: ルーペを覗きながら父型を削る
修復に当てられている。また、1945 年
にこのセクションができる以前は、父型彫刻師たちは私企業として活動していたので、
そうした過去の彫刻師たちの残した父型を収集することもここの仕事となっている。
父型彫刻の側面が手厚く保護されている感がある反面で、実際の活字印刷術の中で
もっとも重要である植字技術の側面に関しては、特別の配慮がされているようには感
じられず、あとわずかで、総体としての活字印刷術の伝統は途絶えてしまうのではな
いかと危惧される状況である。
2
保有する活字セット
本来なら、植字工の人々の伝統が存続しているうちに、包括的な調査を行うことが
望ましいが、そのような余裕がないので、物として保存されている活字セットが、貴
重な技術文化遺産となる。
国立印刷局が現在保有している活字セットは、以下のようなものである。ただし、
ラテン文字、ギリシャ文字、キリル文字はのぞいている。
・近東起源の文字
ヒエログリフ 3325 父型 (18pt)
ニネヴェ楔形文字
ヒッタイト・ヒエログリフ 204 木製活字
フェニキア文字(4種)
新カルタゴ文字 (neo-punique)
ヘブライ文字(4種)
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サマリア文字(3種)
ラビ文字(中世ヘブライ)
アラム文字(3種)
ゼンド・アヴェスタ文字
(ササン朝ペルシャ文字)
パーレヴィー文字(パールシー文字)
パルミュラ文字
エストランジェロ文字(古シリア文
字)
ネストリウス派文字
シリア文字
マンダ文字
ナバテア文字
アラビア文字(11 種)
図 7: ヒエログリフの文選表 (鳥の一部)
クーフィー体
カルマティー体(カルマタ派の文字)
マグレブ体
ナスキー体
ファルシー・ペルシャ(ナシュタリーク)
トルコ(アラビア文字、ローマ字)
南アラビア文字
リビア文字
ティフィナグ文字(ベルベル・トゥアレグ)
ペルセポリス文字
アムハラ(エチオピア)文字
・東欧などの文字(ギリシャ・ラテン・
キリルは省略)
キプロス文字
エトルリア文字
イベリア文字
コプト文字(メンフィスおよびテー
ベ)
ルーン文字
図 8: ブラーフミー文字の組み版
ゴート文字
アルメニア文字
グルジア文字
・インド系文字
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アジアの文字と出版・印刷文化及びその歴史に関する調査・研究
ブラーフミー文字
ナーガリー文字
グジャラーティー文字
カローシュティー文字
シンハラ文字
タミル文字
カンナダ文字
テルグ文字
チベット文字
ジャワ文字
図 9: テルグ文字の組み版
クメール文字
ビルマ文字
ラオ文字
タイ文字
ブギ文字(スラウェシ)
チャム文字
パスパ文字
モンゴル文字
満州文字
・その他の文字
漢字
図 10: ビルマ文字の組み版
かな
マヤ文字
以上のうちで、筆者が内容を理解できるインド系文字について、今回の調査でコピー
させていただいた文選盤の図表から、いくつかの点を考察してみたい。
2.1
文選盤の配置
最初に、インド系文字ではないが、日本語のひらがなの例、図 11 を見てみよう。
このように、文選盤の配置は日本語の順序ではなく、横列は左側に濁音、右側はお
そらく頻度による(中央が高い)順序、縦欄は、アルファベットの順序 (a, e, i, o, u) に
なっている。また、濁音の部分と清音の部分が同じ順で並んでいる。
一方、変体仮名の方は、盤の数が二つになり、第二盤(図 13)の方は、原則が左か
ら右に母音系列が並ぶ形式になり、多くの異形をもつものがまとめて配置されるとい
う、単純には規則を見い出しがたい配列になっている。
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高島 淳: 旧フランス国立印刷局の活版印刷の伝統と現状
図 11: 13pt ひらがなの文選表
図 12: 13pt 変体仮名の文選表 1
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アジアの文字と出版・印刷文化及びその歴史に関する調査・研究
図 13: 13pt 変体仮名の文選表 2
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図 14: 古タミル文字文選表 2
図 15: 古タミル文字文選表 1
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アジアの文字と出版・印刷文化及びその歴史に関する調査・研究
図 16: タミル文字文選表
これに対して、図 15 と図 14 は、ビュルヌフの指導の下にルグランが 1832 年に彫っ
た 19 世紀以前に一般的であったと推測されるタミル文字であるが、その配置は左下
から、タミル文字の配列規則に基づいて、a, ā, ā の母音記号、ka, kā, ki, kı̄ などの順に
なっている。これは、おそらくほとんど使用されることがなかったためであると思わ
れる。
一方、新しいタミル文字の表(図 16)は、ka, ki, kı̄, ku のように下から上に配置さ
れた列が、左からタミル文字のアルファベット順にならんでいる。このように、各文
字体系の基本的な音韻配列を学んで文選を行うというのが、基本的なやり方となって
いる。
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図 17: ブラーフミー文字 14pt 文選表
図 17 は、ブラーフミー文字の表である。国立印刷局は 317 の父型を有しているとの
ことであるが、この表には 144 しか存在していない。ブラーフミー文字で印刷する対
象はアショーカ王碑文であるために、すべての文字の形が出現することは少ない。お
そらくこの表は、そうした特定の碑文の印刷の時に作られたものであると思われる。
図 19 から図 22 は、ナーガリー文字
の文選表である。書体は、19 世紀初頭
においてカルカッタで用いられていた
ものを元にしていると言われている。
この 16 ポイントのものは、1825 年に
ドラフォンによって彫られたもので、
540 の父型からなるらしいが、ここに
は 418 が配置されている。第 1 盤(図
19)と第 3 盤(図 21)にある、横付き
半字型 10、下付き半字型 22 に加えて、
図 18: ナーガリー文字の父型
総計 386 の結合文字型が非常に興味深
い。最近の組み版ではあまり見かけないような結合文字もいくつかあって、完全な結
合文字のリストを作成するのに参考になるものである。
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アジアの文字と出版・印刷文化及びその歴史に関する調査・研究
図 19: ナーガリー 16pt 文選表 1
図 20: ナーガリー 16pt 文選表 2
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図 21: ナーガリー 16pt 文選表 3
図 22: ナーガリー 16pt 文選表 4
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アジアの文字と出版・印刷文化及びその歴史に関する調査・研究
図 23: グジャラーティー文字 16pt 文選表 1
図 24: グジャラーティー文字 16pt 文選表 2
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図 25: チベット文字 15pt 文選表 1
図 23 と図 24 は、グジャラーティー文字の配列表である。184 文字が配置されてい
るところから、Les caractères de l’Imprimerie Nationale の説明にある、1805 年にフー
ケによって彫られたベンガリ体のブロンズの 188 文字の活字に相当すると思われる。
そこでは説明されていないが、実際に活字として組まれているので、その後、電胎法
で母型を作成したものと思われる。第 2 盤の ka, ki, ku, kū から pha, phi, phu, phū まで
の規則的な配置、第 1 盤の上下の ba から hū までの規則的配置に対して、第 1 盤の中
央部の配置が、組み版の頻度によるものを示しているのが実際の使用の様子を現して
いる。
図 25 と図 26 は、1841 年にルグランによって彫られたチベット文字であるが、総
計 357 の文字と記号が配置されている。サンスクリットのチベット文字転写にも対応
できるように結合文字が作られているが、興味深い点は、u の母音記号が文字と一体
になって作られていることである。これは、チベット文字が、基準線を上部に持ち、
ナーガリー文字などのように下につく母音記号を同じ線上に規則的に並べることがで
きないために、基本的に結合文字の一部として作成することにしたものであり、文字
の特性によって処理方法を変えねばならないことが良く理解されていたことを示して
いる。
図 27 から図 29 は、1845 年に、ドラフォンとルグランによって彫られた 220 の父型
からなるジャワ文字の配列表である。オランダの支配の影響でジャワ文字はかなり早
く活字字体を形成したが、その後の植民地化政策のローマ字化の方針によって使われ
なくなるのも早かった。筆者はジャワ文字が解読できないが、下に大きく張り出した
結合文字の形など南インド系文字の特徴が誇張されて現れている点や、語頭などに用
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アジアの文字と出版・印刷文化及びその歴史に関する調査・研究
図 26: チベット文字 15pt 文選表 2
図 27: ジャワ文字 20pt 文選表 1
いる一種の大文字的な飾り文字の存在という独特の点など、おもしろい文字である。
図 30 と図 31 は、ヘナフによって 1903 年に彫られたタイ文字の配置表である。興
味深い点は、cr. という註記がついた文字とない文字と母音記号等でない本体の文字に
2 種類あることである。cr. は、crénéの略で、通常は、字面以外の外側を削り落とした
ものを指す。母音記号等をのせるためには、ナーガリー文字などはすべてそうした形
式を必要とするはずなのにそれらにはこうした弁別はない。
この場合、活字の角柱の部分が半分しかないものを指しているのではないかと思わ
れる。タイ文字の場合、非常に多数の母音記号・声調記号を組み合わせなければなら
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図 28: ジャワ文字 20pt 文選表 2
図 29: ジャワ文字 20pt 文選表 3
ないので、活字の上部に挿入する形ではなく、角柱部分が半分しかない本体文字と記
号文字を組み合わせることで、結合した音節の形を構成することが行われる。先年調
査したラオスの活字がそうした構成をしていたことから、このように推測されるが、
この点について質問をしてこなかったのが惜しまれる。
活字印刷術の know-how(savoir-faire) は、大部分植字工の体験的学習による知恵で
あって、門外漢がそれを掘り出すのは困難である。現在の二人の東洋諸文字の植字工
が退職の年齢に達するときに、旧国立印刷局のこの分野での伝承はまず確実に途絶え
てしまうであろう。
父型の保存のみは行われても、文化的伝承としてはごく一部分を保存できるにすぎ
ない。この分野についての専門家によるさらなる調査を早急に実施されることを望み
たい。
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アジアの文字と出版・印刷文化及びその歴史に関する調査・研究
図 30: タイ文字 12pt 文選表 1
図 31: タイ文字 12pt 文選表 2
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