情報技術を活用した 医療ネットワークの展開と保険薬局の

情報技術を活用した
医療ネットワークの展開と保険薬局の役割
The Roles of Pharmacies in the Medical Network
Applying Information Technology
中村 努(東京大学・院)
Tsutomu NAKAMURA (Graduate student, Univ. of Tokyo)
キーワード:情報技術、医療ネットワーク、保険薬局、服薬指導
Key word: Information technology, Medical network, Pharmacy, Patient compliance instruction
Ⅰ.はじめに
サービスを提供することが課題となっている。その
従来の流通地理学は、情報技術のもつ需給接合や
ためには、医療費における地域差、生活習慣病対策、
時間短縮の効果に注目し、情報技術を積極的に導入
医療保険と介護保険の役割分担や連携といった課題
した大手商業者が流通システムの空間構造を変化さ
に地域で取り組む必要がある。ここでいう地域とは、
せたことを例示した。これらの研究は標準化された
各都道府県の地域保健医療計画において基本的単位
大量生産品としての特徴をもつ食品や日用品等の消
とされている二次医療圏が想定されている。そこで、
費財流通において、情報技術の活用がコストと効率
医療のあり方を従来の病院完結型から地域完結型へ
を重視した経営を行うための前提となっている。
と転換し、地域医療を担う各主体が相互に連携する
一方、医師の処方を必要とする医療用医薬品を扱
ことが不可欠となっている。特に生活習慣病の診療
う保険薬局は、商品を販売する際に患者の薬歴にし
の質を向上させるためには、医療機関と院外処方せ
たがって適切な服薬指導を行わなければならない場
んを受け付ける薬局との連携が求められる。一方、
合があるため、従来の流通業の枠を超えた役割が求
現在の医薬分業における問題点として、診察室の医
められる。その背景として近年、医薬分業の進展に
師と保険薬局の薬剤師間で直接のコミュニケーショ
伴って、医療機関と保険薬局の機能が分化したこと
ン手段がほとんどないことが挙げられる。
によって、これらが連携してネットワークを構築す
これらの課題に対し、国がネットワーク基盤整備
ることで患者情報を共有し、円滑なコミュニケーシ
事業を展開しつつある。通商産業省(現経済産業省)
ョンを図る必要性が生じたことが挙げられる。加え
は患者指向の効率的かつ高度な医療提供体制を実現
て、医療サービスは公共性をもつため、医療ネット
するため、2000 年度に「先進的 IT 活用による医療
ワークに導入される情報化は、効率と同時に患者の
を中心としたネットワーク化推進事業−電子カルテ
満足度を高める効果を追求するものでなければなら
を中心とした地域医療情報化−」を提案公募方式に
ない。したがって、その特徴は流通情報化によるネ
より実施した。この事業には全国から 169 件の応募
ットワークと異なることが予想される。
があり、26 件が採択された。事業内容は、電子カル
そこで、本研究は情報技術を活用した医療ネット
テの共有による医療連携のシステム作りが中心であ
ワークの展開の現状を概観した上で、保険薬局が参
った。また、厚生労働省も 2001 年末に「保健医療
加した事例を取り上げ、これらが医療ネットワーク
分野の情報化にむけてのグランドデザイン」を取り
の中で果たす役割を検証する。
まとめ、医療分野に情報技術を積極的に導入する取
り組みを進めている。
Ⅱ.医療サービスにおけるネットワーク化の背景
少子高齢化の進展、医療技術の進歩、国民の意識
の変化等を背景として、より質の高い効率的な医療
Ⅲ.事例
本事例で対象とする「A 医療ネットワーク」の地
域的単位は、印旛山武医療圏(20 市町村)の中の一
導入した医療情報ネットワークを構築することによ
保健所の管轄地域である山武医療圏(8 市町村)で
って地域の医療機関が連携して生活習慣病に対する
ある。当該圏域における医療資源の状況を俯瞰する
診療機能を質的に向上させる必要性を認識するに至
と、人口 10 万人対の病床数が全国平均の 7 割弱と
った。そこで当該病院院長がイニシアティブをとり、
大きく下回っている。また、人口 10 万人対の薬局
A 医療ネットワークを公募事業によって立ち上げる
数においても同様の傾向が窺える。自圏内完結率は、
ことになった。当該医療ネットワークは電子カルテ
県平均が 82.1%に対し、印旛山武は 69.9%と大きく
を用いた医療連携システムで、地域の中核病院を中
下回っている。特に、印旛山武から千葉(530 人)
、
心に、地元診療所と保険薬局をオンラインで結び、
東葛(350 人)への入院患者の流出が際立っている。
電子カルテを用いて医療情報を共有化することによ
以上より、印旛山武医療圏は人口急増地域で今後の
り、医療の効率化を図ることを目的としている。当
医療需要の増大が見込まれ、医療資源の不足と他地
該事業の特徴は、医療ネットワークに保険薬局が参
域への入院患者の流出が顕著な保健医療圏となって
加していることである。参加のきっかけは、上記の
いる。したがって、当該圏域は医療提供体制の充実
会議における医師と薬剤師の交流である。この交流
が急務となっている。
によって、医薬分業の推進が積極的に図られたこと
A 医療ネットワークは、上記の両事業において採
択され、2002 年 4 月から正式に運用された医療ネッ
に加え、薬局から病院の保有する検査データの閲覧
への要望が出されるようになった。
トワークである。通産省が採択した事業の大部分が
実証実験の結果、薬局においては、医師から直接
医療機関同士の連携を主眼としており、薬局が参加
患者情報や服薬指導指示が送られてくることにより、
しているのは本事例のみである。
個々に合ったきめ細かい服薬指導が可能になり、高
A 医療ネットワーク構築以前の医療機関間の連携
い患者満足度が得られた。薬局からは、患者の状況
の主な取り組みとして、地域中核病院と地域医師会、
の報告、服薬指導内容、食事や運動指導内容等を医
地域薬剤師会とのセミナーや会議が挙げられる。こ
師に伝えることにより、双方向の情報交換が初めて
れらは 1998 年から開催され、院内と地域の医療ス
可能になった。一方、服薬指導時間が長くなる傾向
タッフの研修支援と交流の推進が図られており、現
があることが示唆された。
在でも両者の情報交換等の場となっている。しかし
A 医療ネットワークは運用後、参加機関を徐々に
ながら、医療機関格差の問題は依然として解消して
増やしつつ、機能の拡張やセキュリティの強化を進
いない。
めているが、今後の課題として、①技術的な問題、
この問題を解決するため、中核病院院長はこれま
での人的ネットワークに加えて、最新の情報技術を
②運営費用の捻出の方策、③住民への啓蒙、④具体
的な有効性の証明、の 4 点が指摘できる。
表 A 医療ネットワークの展開状況
Ver.1
公募事業の主体 通商産業省
参加機関
(括弧内の数字
Ver.2
厚生労働省
病院(1)
、診療所(15)
、保険薬局(16)
病院(1)
、診療所(23)
、保険薬局(21)
、保健所(1)
遺伝子検査施設(1)
老人保健施設(1)
、訪問看護ステーション(3)
は参加機関数)
市町村保健センター(2)
、介護老人保健施設(1)
地域共有電子カルテおよび付加した診療支援機能 機能の拡張
事業内容
・ 生活習慣病診療支援システム
・ オンライン疑義照会システム
・ オンライン服薬指導システム
・ 副作用・誤投薬防止システム
・ 在宅糖尿病患者支援システム
・ モバイル端末を利用した在宅支援システム
・ 活習慣病遺伝子診療支援システム
資料:聞き取り調査