ローライブラリー ◆ 2014 年 2 月 14 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 国際公法 No.26 文献番号 z18817009-00-090261016 滞在国で生じる難民該当性(改宗、再申請) 【文 献 種 別】 判決/東京地方裁判所 【裁判年月日】 平成 25 年 2 月 21 日 【事 件 番 号】 平成 24 年(行ウ)第 66 号 【事 件 名】 難民不認定処分取消等請求事件 【裁 判 結 果】 棄却 【参 照 法 令】 難民の地位に関する条約 1 条A項、33 条 1 項、拷問及び他の残虐な、非人道的な又は 品位を傷つける取扱又は刑罰に関する条約 3 条 1 項、出入国管理及び難民認定法 24 条 4 号ロ・チ、49 条 1 項、61 条の 2、61 条の 2 の 2 第 2 項 【掲 載 誌】 判例集未登載 LEX/DB 文献番号 25510713 …………………………………… …………………………………… 客観的事情としてのイランの国情は、差別や嫌が らせ、逮捕等の迫害はあるが、英米デンマーク当 局等の資料により、改宗を根拠とした死刑の適用・ 原告のイラン人男性Xは、本邦にてキリスト教 執行はなく、刑事訴訟も稀、キリスト教徒への身 に改宗したために、1951 年難民の地位に関する 柄拘束や当局の介入は積極的指導的な立場で普及 条約及び 1967 年の難民の地位に関する議定書(以 下、合わせて難民条約)1 条A項の難民該当性を有 活動を行う場合に限定され、さらに、他の庇護国 の類似事例では必ずしも難民の保護を与えてはい するとし、また、出身国イランに帰国した場合に ないこと、また、主観的事情について、Xは、服 は、改宗により背教罪として死刑や当局から迫 役中に他の被収容者から聖書を薦められたことを 害を受ける可能性が高いことを理由として、2 回 機にキリスト教に興味を抱き、その 2 年余後に にわたり難民認定申請をしたが(平成 20 年 7 月、 平成 22 年 9 月)、いずれも難民不認定処分ととも 洗礼を受け、ある程度積極的な宗教活動及び信仰 心は認められるが、自己の信仰を深める範囲にと に在留特別(以下、在特) 不許可処分、並びに退 去強制令書発付処分(以下、退令処分)を受けた。 どまり、布教活動をする意思を有していたとまで 本訴は、難民不認定処分の取消しを求め、また、 は認められない。さらに、改宗に対し、暴言を浴 びたことはあったが迫害には当たらず、また、イ 難民である者に対し在特許可を認めないことは裁 ラン政府や在日イラン人による改宗の問合せはな 量権の範囲を逸脱又はその濫用の違法があるゆえ く、当局から特に関心を持たれてはいないこと、 無効事由があること、並びに迫害の恐れのあるイ その他、反政府組織への所属等政治的理由に基づ ランへの送還には重大な瑕疵があるため無効事由 く攻撃など身体の危険性が認められない。よって、 があるとして提訴した事案である。 イランに強制送還されたとしても、イラン政府当 局から迫害を受ける具体的な危険性を直ちに認め 判決の要旨 ることはできず、原告の難民該当性は認められな い。 Xの 3 つの請求は以下の理由により全て棄却 2 在特不許可処分 された。 1 難民不認定処分 前述の通り、難民該当性が認められず、また、 難民条約 33 条 1 項(入管法 53 条 3 項) 上の生命 難民該当性について、難民条約 1 条A項の難 又は自由が脅威に曝される恐れのある国へのノ 民として「迫害を受けるおそれがあるという十分 ン・ルフールマン原則(追放及び送還禁止) 及び に理由のある恐怖を有すること」が条件であるが、 「拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷 その判断基準として、客観的・個別的事情を検討 つける取扱い又は刑罰に関する条約(以下、拷問 したところ、 迫害の恐れがあるとは認められない。 事実の概要 vol.7(2010.10) vol.14(2014.4) 1 1 新・判例解説 Watch ◆ 国際公法 No.26 禁止条約)」 3 条 1 項に対し、前述の諸事情を鑑み れば、当局による拷問等が行われる恐れがあると 信ずるに足りる実質的な根拠があるとは認められ ず、よって、送還には問題が生じないことから、 入管法 50 条 1 項並びに 60 条 2 の 2 第 2 項に基 づいた法務大臣の裁量による在特不許可処分は適 法である。 また、かかる法務大臣の裁量権は、在留期間の 更新許可の判断に比べ格段にその範囲が広く、逸 脱や濫用に当たり違法とされるような事態は容易 に想定し難く、特在許可は極めて特別な事情が認 められる場合に限定され、Xの場合、在留状況の 悪さ(長期の不法残留及び薬物犯罪により実刑判決 及び執行猶予付きの有罪判決 2 回)と身上及び生活 状況(日本人との離婚により日本に家族・親族なし) により、特別な事情がみられない。 3 退令処分 Xは、入管法 24 条 4 号ロ及びチの退去強制事 由に該当し、本来、退令の対象となる外国人であ ること、また、在特の判断は、前述2の法務大臣 の裁量による特在不許可処分理由に加え、国内法 秩序又は治安等の国益保持の観点から総合的に勘 案され、退去処分無効の訴えは退けられた。 一 難民該当性――迫害の恐れ 本件の難民該当性について、国際法上、難民と は、難民条約 1 条A項の 5 つの要件(人種、宗教、 国籍、政治的意見、若しくは特定の社会的集団の構成 員)のいずれかの理由に基づき「迫害を受けるお それがあるという十分に理由のある恐怖」を有す ることを条件とし、「5 つの理由による迫害のお それ」の存在が難民の地位付与の要である。こう した要となる条件の評価方法について、UNHCR ハンドブック(37・42 段落)並びに主要な庇護国 の判例によれば、客観的及び主観的要因の双方の 観点から判断する必要があり、本件においても前 述の通り判断されている。しかし、迫害の恐れの 解釈は国際基準ではより広い。 「迫害」の概念は、難民条約ほか国際法上規定 がないが、概して、国家が個人を保護することを 怠ったことに伴う「重大な人権侵害」であると解 されている4)。重大な人権侵害について、①どの 人権が考慮されるのか、②どの時点で侵害が迫害 といわれるまでに十分に重大であるとみなすの かが問題である。①については、難民条約上の 5 つの理由により、当該国家が個人に人権を保護す ることを怠り又は拒否する場合には、他国(締約 国)に対して予測可能な危害から個人を救済する ことを義務付ける。また、難民条約には、具体的 に考慮すべき人権が規定されていないが、条約の 前文には人権への言及があり、前文のいう人権と は、国際社会に広く容認された人権であり、具体 的には、国際人権法の発展に伴い、今日では国際 人権条約上の人権であり5)、身体や自由への侵害 を含む人間の尊厳が侵害された場合とし広範囲で ある。実際に、EU 資格指令では、重大な人権侵 害を欧州人権条約上逸脱できない権利として明確 に定めている(9 条 1 項)。 次に、②の迫害の程度について、個々の事案に おいて、実際に脅威があることを前提として脅か された自由の性質、自由の制限の質や酷さ、及び 制限の見込みを評価すること、並びに迫害に値す るためには連続しかつ持続する組織的な人権侵害 の危険性及び個人の事例にのみ起きるのか組織的 人権侵害の広範な作戦の一部なのかといった出身 国の人権状況について、客観的に評価することが 必要とされている6)。本件では、本国において過 去及び現実に迫害を受けたという事実がないた め、宗教の自由ほかイランの人権状況についての 判例の解説 国際法上、外国人の入国及び滞在を許可する権 利は国家が有するが、ある一定の状況において国 家の裁量権は制限される。具体的には、非差別原 則、拷問禁止原則、若しくは家族生活の尊重に対 する考慮が生じた場合は、入国・滞在においても 自由権規約上の保護が締約国にいる外国人に1)、 難民の場合には、さらに、難民条約と国際社会の 人道上の負担分担原則に基づき、一般外国人の出 入国管理の例外――特殊な類型の外国人として、 入国及び滞在を許可する必要性が生じる。こうし た国際基準2) と多数国間で共通基準を定めた欧 州連合の「第三国民又は無国籍者の国際的保護の 受益者としての資格、難民又は補充的保護を受け る資格のある者の統一した地位、及び付与される 保護内容についての基準に関する欧州議会及び欧 州理事会指令(Directive 2011/95/EU)(以下、EU 資 格指令) 」3)を便宜参照し、以下に解説する。 2 2 新・判例解説 Watch 新・判例解説 Watch ◆ 国際公法 No.26 最新かつ正確な情報が審査の要であり、背教罪の 事例及び類似の判例(例:FS and others Iran, CG [2004] UKIAT 00303) より詳細な引用が立証にとって有 益である。 さらに、主観的要因として、申請者が恐怖を抱 いているといった心理的な反応を裏付ける性格、 経歴、健康、家族生活、政治生命への影響力、財産、 著名度などの考慮が必要とされる。EU 資格指令(4 条)では、明確に、申請の評価は、集団ではなく 個人に基づくことを前提とし、申請者の個人的地 位及び個人的状況といった主観的要因にも比重が 置かれている。この点本件では、政治活動の関与 には触れているが、その他の要因は、難民該当性 の判断よりも、概ね、その他の人道的理由に基づ く在留特別許可の判断のためになされている。 [2000]; Mohammed v. Federal Court of Australia [2000]; MIMA v. Mohammed [2000]) が あ る 。 ま た、EU 資格指令 5 条には 以下に要件を定めている。 申請の根拠となる活動が、出身国において有し ていた信念又は志向の表明及び継続であること を条件とし(同 1 項)、これが立証された場合に は、申請者が出身国を離れてから行った活動に基 づいたものでもあり得るとし(同 2 項)、よって、 根拠が本国から連続していることを難民の条件と する。また、申請者が出身国を離れてから、自ら の決定により申請者が作り出した状況に基づく場 合、再申請者には、通常、難民の地位が付与され ないと決定することができるとし(同 3 項)、難 民認定如何には各国に選択の余地が残されてい る。さらに、申請の評価の際に、出身国を離れて からの活動が国際的保護を受けるための必要条件 として作り出すことを唯一の目的として行われた かを考慮するとし(4 条 3 項 (d))、再申請の場合 には、申請の受理如何について予備審査が行われ 12) る(庇護手続指令 40 条) 。よって、欧州の主観 的要件の場合、申請の誠実さの要求の有無は不明 であるが、付与される地位の制限及び受益の軽減 の可能性があり、かつ、場合により別途簡易手続 となる。なお、UNHCR の意見は、如何なる申請 でも難民条約上の要素が実際に満たされているか の審査が必要であり、難民条約を害さないように 13) 上述 5 条 3 項の削除を勧告した 。 本件を EU 基準に照らすと、改宗は本国から継 続したものではなく又再申請が改宗の証拠となる 洗礼を受けて間もない時期であったことから、再 申請は根拠を増強するために自ら作り出したもの に基づくとも考えられ、よって、難民の地位付与 は厳しい。しかし、難民条約の趣旨、UNHCR の 見解、EU 資格指令、及び先例判決により、たと え誠実さを欠いた申請であっても常に迫害の恐れ がないとは断言できないことから、本国の宗教活 動に影響を与えるXの信仰心の度合、並びに改宗 者及びキリスト教徒の本国での扱いに関する慎重 な審査は必要である。 二 滞在国で難民となる者(Refugiés sur Place) 迫害の恐れは出身国を離れた後の出来事に基づ いたものでもあり得7)、こうした場合を「滞在国 で難民となる者(Refugiés sur Place)」として、国 際的保護付与の評価対象とされている(UNHCR ハ ンドブック 94~96 段)が、難民条約上は沈黙であ り議論が多い。また、出来事は、政変の著しい変 化などの客観的状況と個人的変化といった主観的 状況により生じ、主観的要因には、概ね、①本国 政府に反する政治活動、②改宗、③不法滞在・出 国、又は庇護申請をしたことが本国において刑罰 となる場合がある 8)。本件に照らすと、Refugiés sur Place を容認かは不明であるが、前述②の主観 的要因の改宗に当たり、また、①と③にも言及さ れ、いずれも該当しないと判示された。 問題は、主観的状況の場合に、難民認定するの か、並びに、新たな活動により迫害の恐れや危害 の危険を難民認定されるために故意に作り出す場 合の評価及びそうした場合の複数回申請にみられ る保護の濫用である。問題の打開策として、これ までに難民となるための要件が庇護国により示さ れているが一様ではない。例えば、新たな活動が 誠実に実行され、再申請を正当化する目的で故 意に状況を作り出した申請ではないという申請 の「誠実さ」を要件とし、不誠実な再申請の場合 には審査を制限するニュージーランド(先例:Re 9) HB v. RSAA) や、同要件を否定し、誠実さと迫 害の有無を区別する UNHCR の見解及び英豪の先 例(Danian v. Secretary of State for the Home Department vol.7(2010.10) vol.14(2014.4) 10) 11) 三 ノン・ルフールマン原則に基づく在特許可 ノン・ルフールマン原則は、だれが難民か否か の問題――迫害の恐れがあるか否かではなく、む しろ個人をそうした処遇の危険のある国に追放及 び送還することはできないという最低限の保護基 3 3 新・判例解説 Watch ◆ 国際公法 No.26 準を提供し、難民該当性がない場合であっても、 追放及び送還した場合には生命・身体が危険に曝 されるという重大な人権侵害を被る可能性がある 場合には送還できない。また、同原則は、明示的 には庇護付与まで要求していないが、同原則の遵 守による現実的な帰結は、庇護申請の受付国がそ うした危害を被る恐れがある者を受け入れること である。 こうしたノン・ルフールマン原則は、難民条約 33 条 1 項のみならず、国際人権諸条約(国連の とが手続の透明さや公正さにおいて求められる。 ●――注 1)General comment No. 15: The position of aliens under the Covenant (Twenty-seventh session, 1986), HRI/GEN/1/ Rev.9 (Human Rights Instruments Vol. I), 29 May 2008, p.189, para.5. 2)Overviewed Handbook on Procedures and Criteria for Determining Refugee Status under the 1951 Convention and the 1967 Protocol relating to the Status of Refugees, re-ed. version (UNHCR, 1992)( 本 文 で は UNHCR ハ ン ド ブ ッ ク と 称 す ); A. Zimmermann (ed.), The 1951 Convention 拷問禁止条約 3 条、自由権規約 6 条、欧州人権条約 3 Relating to the Status of Refugees and Its 1967 Protocol A 条ほか)を根拠とし、国際法上は広い。なお、人 権条約上の同原則は逸脱できない絶対条項である ため、如何に危険若しくは好まざる人物であって も追放及び送還できず、かつ、送還先の安全性を 確認する義務は送還する国の当局にある。また、 同原則の適用による難民認定以外の受入れは、今 日、欧米庇護国においては、拷問禁止に当たる場 合の退去強制不可能な場合、又は構造的人権侵害 や紛争状態の場合には一般的な人権及び人道原則 に基づく帰国不可能な場合として、一時滞在許可 及び/又は難民条約を補完する保護を与え、保護 付与の場合には、かかる人権条約及び原則を根拠 に国際的保護を付与する法的意味での「補完的保 14) 護」の形態が導入されている (EU 資格指令上「補 充的保護」の地位付与) 。こうした判断は、行政裁 量による居住権許可とは区別されている(大量流 入の場合を除く)。 本件における退去処分及び在特許可の判断は、 幅広い行政裁量に基づきその判断を覆すことは略 不可能であることを前提として処分を適法とされ たが、拷問禁止条約 3 条が適用し得るか否かの判 断には裁量の余地はない。ゆえに、同 3 条に基 づくノン・ルフールマン原則からの保護の受け皿 としての在特許可の評価は、その他の人道上の理 由の有無の判断とは別に行うことが妥当である。 Commentary (Oxford University Press, 2011), Article 1 A, para.2, pp.321-380; K. Hailbronner (ed.), EU Immigration and Asylum Law - Commentary -(C. H. Beck・Hart・Nomos, 2010), Ch. IV, 3. 3)Council Directive 2011/95/EU (13 Dec. 2011) on Standards for the Qualification of Third-Country Nationals or Stateless Persons as Beneficiaries of International Protection, for a Uniform Status for Refugees or for Persons Eligible for Subsidiary Protection, and for the Content of the Protection Granted recast of Council Directive 2004/83/EC (29 Apr. 2004), OJ L 337, 20 Dec.2011. 4)Op.cit., Zimmermann (ed.), para.216, p.345. 5)Ibid., para.223, p.346. 6)Ibid., para.227, p.348; G.S. Goodwin-Gill and J. McAdams, The Refugee in International Law, 3rd ed. (Oxford University Press, 2007), p.92. 7)J.C. Hathaway, The Law of Refugee Status (Butterworths, 1991), p.33. 8)Op.cit., Zimmermann (ed.), paras.149-151, p.330. 9)RSAA (New Zealand Refugee Status Appeals Authority), Refugee Appeal No. 2254 (21 September 1994) at 26 and 54-59, and No.75139 (18 November 2004) at 8. 10)Danian v. Secretary of State for the Home Department [2000] Imm AR96 (UK, 29 Oct.1999); Mohammed v. Federal Court of Australia [2000] FCA576; MIMA v. Mohammed (2000) 98 FCR 405, para.46 (available in the Australian Refugee Law Jurisprudence - Compilation, February 2006, p.391). 11)Op.cit., Hailbronner (ed.),pp.1038-1042. 12)Council Directive 2013/32/EU of 26 June 2013 on Common Procedures for Granting and Withdrawing 四 課題 以上、本件は、議論の多い Refugiés sur Place の 事例であり、類似の事例も少なくない。今後、日 本がどのように取り扱うのか、難民条約締約国と して条約を害することなく解釈する必要がある。 また、退去処分及び在特許可については、通常の 行政裁量による在特枠ではなく、人権条約等のノ ン・ルフールマン原則に従い、司法判断とするこ 4 International Protection (recast)(OJ. L180/60, 26.6.2013). 13)UNHCR Comments on the European Commission's Proposal for a Council Directive 2011/95/EU, supra note 3) (COM (2009)551, 21 October 2009) July 2010, p.17. 14)J. McAdam, The Complementary Protection (Oxford University Press, 2007), p.21. 桜美林大学准教授 佐藤以久子 4 新・判例解説 Watch
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