牛とのコミュニケーション、そして牛に願いを ・・・

リレーエッセイ
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牛とのコミュニケーション、そして牛に願いを ・・・
岩手県 嶋野 千春
私の普段の仕事は、主に牛舎のお掃除。掃除をし
ていると、いろんなことを考える。いつも同じ環境
で、同じ状況の牛舎にいる牛たち。牛床に乗ったウ
ンチ君を落とし、ローダーで押してスコップ・フォー
クでとる。そのあと、おがくずを敷いてあげる。
次の日、同じ時間帯に行くと、ぜんぜん汚していな
い子がいる。後ろにちゃんと下がって用を足すから、
牛床が綺麗なままの状態の子。かと思うと、隣にお尻
を向けて、隣を汚して自分は綺麗なとこに寝ている
子。ずるい。中には汚れお構いなし!!おなかが汚
れても気にしません!!・・・の子。様々です。これっ
て、人にも言えると思うのです。とっても潔癖な人。
綺麗好きな人。そんなに綺麗じゃなくても、生活で
きますから〜な人。あたしは・・・最後かも。えへへっ。
「綺麗」な状態は好きだけど、維持できないといいま
すか・・・。
牛を牛舎内で移動する。分娩が近い子を分娩房に入
れたり、子牛たちの月齢をそろえるために、親子で引
越ししたりとか。すると、意識していなくても、親子
や姉妹で並ぶ時がある。あたしは、「あれ?あんた分
かる?あんたが最初に産んだ子なんだよ?」とか、
「実
はこんなにケンカしているお隣さんは、あんたのお姉
ちゃんなんだよ?」とか思うと楽しい。牛は乳を離
したら、親と子の感情はなくなってしまう(たぶん)。
悲しいことじゃないですか?人もそんなんだったら、
あたしは泣いちゃうと思う。産んで4 〜 5 ヶ月で無理
やりさよなら。三日三晩鳴いて泣いて、乳を忘れ、親
も忘れる。
あたしも子どもを保育園や学校に預けて、みんな
に見てもらいながら子育てしているし、世話に子ど
もの面倒を見るタイプではない。昔の友達に会うと
「え!?お前がかあちゃんなの!?信じにくい・・・」
と、驚かれることもしばしば・・・。
最近はいろんな人間がいて、自分が産んだ子の命
を奪うものもいる。動物はそんなことしないよ。産
んですぐ、
「んむ〜、んむ〜」って、舐めてあげるよ。
まぁ、中には角でぶっ飛ばすヤンママもいるけど(笑)
そんな時は、うちの実家の母親が「ママ」になるの
で大丈夫。臨機応変よね。
具合が悪い時、牛がお話できれば・・・と思うこと
が多々ある。「なんかおなか、昨日からビチビチなん
だ〜」とか、
「食欲ないのよ、おっぱいが痛くて」とか。
そしたらすぐに獣医さんを頼むのに。そしたら助かっ
た命もあったのかもしれないと思ってしまう。でも、
まてよ?本当にしゃべれるようになったら・・・。「腹
減ってんのに、なんで今日は遅いんだよ!!」「もっ
と寝るところ綺麗にしてもらいたいんだけど!!」
「おかあさ〜ん、ちっち〜〜〜〜」
・・・・。やっぱりしゃ
べらないほうがいいかな?と、いろんなことを1人
で妄想しながら稼いでいると、にやけてくる。牛っ
て本当に面白いなぁって思う。
朝から晩までの、本当に大変な仕事。いいことも嫌
なことも、いっぱいある。この仕事に限らないけれど。
うちの長女も4月から小学1年生。あたしも小学生の
かあちゃん1年生。始まってみないことには、なにが
なんだか、シミュレーションもできないや、今より
はきっといい事待っているはず。
そう思いながら、国道をひた走り続ける。
もちろん安全運転で。
4月に宮崎県で発症した「口蹄疫」。最近では連日
報道され、現地の声が少しずつ伝わってきます。どん
なに消毒をしても感染してしまった農家の方々。元
気なのに殺処分対象になってしまった方々。聞いて
いるだけで涙が溢れてきます。
毎日の牛飼いの仕事。尻尾で叩かれたり、足で蹴ら
れたり、いろんなつらい事もある。でも、そのつらさ
以上の喜びがある。毎日牛と一緒にいることが当たり
前の日常を、奪われている人たちがいる。こんなにか
わいい牛や豚たちが、目の前で死んでいく。殺さざ
るを得ない状態にいる。なんという地獄だろう。生
まれてくる喜びが、悲しみに変わっている。私は日々、
牛に携われていることの幸せを、改めて深く深く感
じています。
今の私にできることは家の牛たちを守ること。願
うことは1日も早く口蹄疫が終息すること、みんなの
市場が再開すること、そしてみんなに笑顔が戻るこ
と・・・です。
頑張ってください。望みを捨てないで。頑張って。
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