女性会員からのメッセージ No.8 北欧から ―柔軟な発想力と持続する行動力を心掛けて− SINTEF Materials and Chemistry (Norway) 熊 切 泉 男女 平等が進んでいると言われている北欧の1ヶ国ノルウェーでも、工学 分野で働く女性 研 究 員や学生の数がとても少ないと言ったら、驚かれるでしょうか。極身近な例をあげれば、私が所属 しているグループには10人 の研 究 者 がいます。その内 、女 性 は2人 。数 十 人 規 模 の Materials & Chemistry 部 門 全 体 で は 、 女 性 研 究 員 は 一 割 に 達 し ま せ ん 。 か え って 、 以 前 滞 在 し て い た フランス CNRS-IRC(国立研究所、触媒研)や、スペインの大学(化学工学)の方が女性研究員や 学 生 の数 は多 かったように思 います。国 ごとの女 性 研 究 者 比 率 は、OECD 統 計 等 で見 ることが できます。各々の国の理由を推測するのも面白いのですが、ここではもう少しノルウェーのお話をし たく存じます。 ノルウェーの大学を見てみると、フランス語学科は99%が女子学生(各学年に1人男子学生が いるかどうか)、化 学 ・バイオ分 野 で半 々、工 学 ・物 理 分 野 では各 研 究 室 に女 子 学 生 が1,2人 と いうことも珍しくないようです。 こうした、男 女 数 の偏 りはノルウェーでも問 題 になっています。その原 因を幼 児 教 育 の在り方 に 帰 着 する論 調 を最 近 耳 にしました。女 児 と男 児 で興 味 の持 ち方 が違 うのに、男 児 に合 わせて教 材 が作 られている。そのために工 学 に興 味 を持 つ女 児 が少 なく、進 学 率 も低 い、というのです。 そういった教 育 のあり方 を含 め、まだまだ社 会 システム を改 善 して いかなくてはいけないという 意識が高いように見えます。 学 生 さんや研 究 員 の方 々からは、“家 庭 内 の事 は女 性 が取 り仕 切 ることが多 いから、実 験 で 時間が不規則な研究員の仕事を続けることは難しい”という話や、“女性は年上の男性と結婚する ことが多 く、経 済 力 の高 い男 性 の仕 事 の方 が優 先 されがち”という意 見 を聞 きました。加 えて、 女 性 は工 学 より文 科 系 の勉 強 をしたほうが良 いという考 え方 も根 強 く残 っているようでした。 とくに、女 性 は子 供 関 係 の仕 事 や文 学 を好 むのよ、という発 言 は、男 性 からよりもむしろ、女 子 学生や女性研究員から何度も聞きました。 この国 では時 に過 敏 なまでに男 女 平 等 が主 張 されます。例 えば、ドアを開 けてくれた男 性 に、 “私 だってドアくらい開 けられます!”と怒り出す女 性 がいます。社 会 制 度も発 達 していて、1年 の 育児有給休暇(夫・妻のどちらがとっても良い)や、幼児が病気の時の有給休暇など、実際に多く の人が利用しています。それでいて、女性なのだから・・・という発想も心の底にあるようで、もしか したら女性の活躍分野を制限しているのは、因習に囚われた女性自身なのかもしれません。 先日オペラを鑑劇する機会がありました。演目は魔笛。あぁまた古めかしい服を着ていて、パパ ゲーノは緑 の羽 で飾 られた変 な格 好 で、退 屈 して寝 てしまうかも・・・と無 粋 な心 配 をしていたの ですが・・・。カタルーニャの La Fura dels Baus との共同演出の映像や照明を多彩に用いた舞台 でした。赤い皮ジャンのパパゲーノはもてない我が身を嘆き、クレーンで空中に現れた夜の女王は 照明効果によって燦然と輝いて。昔からの同じ音楽、同じストーリー展開なのに、登場人物たちの 気持ちがより身近に鮮明に伝わってきます。観客席の子供達も思わず声をあげたり、オーケストラ メンバーが上を見上げていたり。オペラは古い型 を大事にしているブルジョワのためのものだから 私は見に行かない、という友達がいます。私もオペラ=堅苦しいという先入観を持っていましたから、 身 近 にあって生 き生 きとした舞 台 はとても新 鮮 でした。型 を伝 えていくことも大 事 ですが、新 しい ものを持ち込むことで、一新することもできるのですね。 男 性 の職 場 とみなされがちな工 学 の分 野 で女 性 が働 くには、家 庭 ・社 会 の理 解 やサポートが 必 要 だと言 われています。女 性 が働 きつづけるにはそれだけでは十 分 ではなくて、女 性 自 身 が 柔 軟な発 想 力とそれを実 現しようとする行 動 力 を持つことも大 事なように思 います。結 婚・育 児と 研 究 をどうやって両 立 して行 くかは、30代 の女 性 研 究 者 が集 まると必 ず登 場 する話 題 のひとつ です。私 達 は、同 年 代 の男 性 研 究 者 と同 じように各 々のキャリア構 築 に悩 みながら、同 時 に、 新しい生活の形を模索しています。生き生きと色々なことにチャレンジしている、同じ悩みを分かち 合 える仲 間 がいることに、とても励 まされます。一 見 不 可 能 に見 えることも、もしかしたら不 可 能 だと思 うのは既 成 の概 念 に沿 って考 えているからかもしれません。見 方 を変 えたら、より面 白 い 世 界 がその先 にあるのかもしれません。私 達 一 人 一 人 が、色 々なことを楽 しみながら試 行 錯 誤 していく先に、新しい化学工学の応用分野や、多様性のある、より魅力的な生活スタイルができて くるのではないでしょうか? 熊 切 泉 (くまきり いずみ)氏 SINTEF Materials and Chemistry (Norway) Department of Energy Conversion and Materials Research Scientist http://www.sintef.no 博士(工学) (最終学歴:東京大学大学院工学系研究科 化学システム工学専攻) [email protected]
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