併用に注意すべき薬剤 - 造影剤と画像診断情報サイト Bayer

造影剤の
適正使用推進ガイド
FAQ
第8回
併用に注意すべき薬剤
◆林 宏光
(日本医科大学放射線科)
◆鳴海善文(ハイメディック クリニック ウェスト)
◆早川克己
(京都市立病院放射線科)
◆桑鶴良平(東京女子医科大学放射線科)
2 併用に注意すべき薬剤
1 はじめに
造影検査の必要がある患者は多様な背景をも
ち,服用している薬剤もさまざまである。
ESUR
(欧州泌尿生殖器放射線医学会)ガイドラ
イン「造影剤と他の薬剤との相互作用を回避する
1)
◆ビグアナイド系糖尿病用薬
1)
「ビグアナイド系糖尿病用薬」と造影剤との相
互作用が添付文書に記載されている背景は何か
経口消化管造影剤を除くヨード造影剤の添付文
ための簡易ガイドライン」
(表1) には,造影剤と
書の併用注意には,表 2 のように記載されてい
相互作用を起こす危険性のある薬剤が記載されて
る。
いる。そのなかでも造影剤を投与する際に特に注
意が必要な薬剤として,
ビグアナイド系糖尿病用薬は,主に肝臓におい
て乳酸からの糖新生を抑制することで血糖値を低
qビグアナイド系糖尿病用薬
下させる。その結果,乳酸は増加するが,ヨード
wβ遮断薬
造影剤の投与により一過性に腎機能が低下するこ
e腎毒性を有する薬剤(抗菌薬,非ステロイド
とでビグアナイド系糖尿病用薬の腎排泄が減少
性抗炎症薬,抗腫瘍薬など)
rインターロイキン2
(IL-2)
し,その血中濃度が上昇するために乳酸アシドー
シスを起こすと考えられている。実際にビグアナ
があげられる。ビグアナイド系糖尿病用薬につい
イド系糖尿病用薬を服用している患者にヨード造
ては,わが国で用いられるヨード造影剤の添付文
影剤を投与した際に,急性腎不全に陥り重篤な乳
書の相互作用の欄にも記載がされ,注意を喚起し
酸アシドーシスをきたしたとの報告が認められて
ている。ビグアナイド系糖尿病用薬以外の薬剤に
いる2∼4)。
ついては添付文書に記載はないものの,造影剤を
致命的な乳酸アシドーシスの報告により,ビ
使用する際にはその薬剤の服用の有無を確認し,
グアナイド系糖尿病用薬は米国では一時,発売
必要に応じてなんらかの対処が必要となる。
が中止されていた。また国内においては比較的
本稿では,造影剤と相互作用を起こす危険性の
副作用の少ない塩酸メトホルミンと塩酸ブホル
ある薬剤を使用している患者に対して造影検査を
ミンについて,適応および用法用量を制限して
実施する際の問題点と注意点について解説し,さ
使用してきた。しかし,ビグアナイド系糖尿病
らにヨード造影剤が臨床検査値に与える影響およ
用薬のインスリン感受性改善作用が見直され,
び放射性医薬品との相互作用につき述べる。
米国でメトホルミンが承認され使用が再開され
た。ビグアナイド系糖尿病用薬は血糖値を下げ
るだけでなく,体重減少,血中脂質改善,血圧
降下作用を併せもつことから,糖尿病に伴う心
血管病変に対しても効果を発揮するものと期待
されている5)。このような状況もあり,ビグアナ
イド系糖尿病用薬の使用が増加していると推測
268(146)
0911-1069/08/¥400/論文/JCLS
表1
ESURガイドライン:造影剤と他の薬剤との相互作用を回避するための簡易ガイドライン
(一部改訂)
するべきこと
患者の投薬歴について知る
造影剤使用歴の保管
(使用日時,投与量,造影剤名)
特別な注意が必要な薬剤
6)
「メトホルミンについてのESURガイドライン」
を参照
メトホルミン
シクロスポリン
シスプラチン
17)
「腎毒性についてのESURガイドライン」
を参照
アミノグリコシド系
非ステロイド性抗炎症薬
10)
β遮断薬
「副作用の予防および管理についてのESURガイドライン」を参照
IL-2
「遅発性反応についてのESURガイドライン」
を参照
21)
ヒドララジン
してはいけないこと
可能であれば造影剤の注入を回避
チューブまたはシリンジ内で他の薬剤と造影剤を混合する
造影剤投与24時間以内に採取した血液の臨床検査
緊急性を要さない尿の臨床検査
アイソトープ試験
「成人における甲状腺機能のESURガイドライン」
を参照
甲状腺
アイソトープ試験前の少なくとも24時間は造影剤を投与しない
骨,赤血球の標識
表2
26)
ビグアナイド系糖尿病用薬と造影剤との相互作用
薬剤名など
ビグアナイド系糖尿病用薬
塩酸メトホルミン
塩酸ブホルミンなど
臨床症状・措置方法
機序・危険因子
乳酸アシドーシスが現れるおそれが ビグアナイド系糖尿病用薬の腎排泄
あるので,本剤を使用する場合には, が減少し,血中濃度が上昇すると考
ビグアナイド系糖尿病用薬の投与を えられている。
一時的に中止するなど適切な処置を
行うこと。
ガイドライン」6)には,以下のように記載されて
されるため注意が必要である。
。
いる
(表3,4)
2)
造影検査を実施する際には,ビグアナイド系糖
一方,糖尿病用薬と造影剤との相互作用につい
尿病用薬の投与を一時的に中止するとあるが,具
ては,日本糖尿病学会が作成している糖尿病診療
体的にどれくらいの期間中止すればよいか
ガイドラインのなかでは,ヨード造影剤使用前3日
ヨード造影剤の投与により一過性に腎機能が
間は用いるべきではないと記載されている7)。
低下することでビグアナイド系糖尿病用薬の腎
以上から,ビグアナイド系糖尿病用薬を服用し
排泄が減少し,乳酸アシドーシスが発現すると
ている患者では,検査前に腎機能を把握し,その
考えられているため,ビグアナイド系糖尿病用
腎機能に応じた休薬および処置が必要であると思
薬を服用している患者に造影検査を施行する場
われる。
合は,事前にその腎機能の程度を把握しておく
◆β遮断薬
必要がある。
また検査前の腎機能障害の有無により,造影検
β遮断薬服用者では副作用発現のリスクが高いのか
1)
査に際してのビグアナイド系糖尿病用薬の休薬期
造影検査の際にβ遮断薬を服用している可能性
間も異なる。実際の休薬期間については,ESUR
があるのは,高血圧患者だけではない。心臓CT
の「インスリン非依存性糖尿病患者に造影剤投与
検査の際の心拍数のコントロールにも繁用されて
後の乳酸アシドーシスのリスクを減少するための
おり,造影検査を実施する際にβ遮断薬が使用さ
臨床画像 Vol.24, No.2, 2008
(147) 269
表3
通常の造影検査時
検査前の腎機能が正常な場合
・検査時からメトホルミン
(ビグアナイド系糖尿病用薬)
の服用を中止する。
・検査後採血で腎機能が正常な場合は,メトホルミン服用を再開する。
ただし,造影検査後48時間はメトホルミンの服用を再開しない。
検査前の腎機能が異常な場合
・検査前にメトホルミンの服用を中止する。
・造影検査の実施は,服用中止後,48時間はあける。
・造影検査48時間後に腎機能悪化が認められない場合にのみ,メトホルミンの服用を
再開する。
表4
緊急の造影検査時
検査前の腎機能が正常な場合
検査前の腎機能が異常あるい
は不明な場合
「通常の造影検査時」
と同様な注意で行う
造影剤投与によるリスクとベネフィットを考慮し,造影剤の投与が必要と思われる場
合に,次の注意のもとに検査を実施する。
qメトホルミン服用の中止
w水分補給(造影剤投与24時間までは,少なくとも100mL/時間のソフトドリンクの経
口摂取,あるいは生理食塩液の静脈内投与)
e腎機能,血清乳酸,血液pHの観察
r乳酸アシドーシスの症状(嘔気,嘔吐,傾眠,嗜眠,心窩部痛,食欲不振,過呼吸,
下痢,口渇)
に留意する
れているケースは実際に多い。
がある。このためβ遮断薬の添付文書には「アナ
β遮断薬服用者において造影剤によるアナフィ
フィラキシーの既往歴のある患者で,本剤,また
ラキシー様反応の発現頻度が対照薬に比して増加
は他のβ遮断薬投与中に発生したアナフィラキシ
8)
するという報告 もあれば,変わらないとするも
9)
の もある。また,ESURから出されている副作
10)
用予防に関するガイドライン に,β遮断薬服用
ー反応が増悪し,また,エピネフリンによる治療
に抵抗性を示したとの報告がある」と記載されて
いる。
者について造影剤投与を行うかどうかのアンケー
β遮断薬服用者でアナフィラキシー
(様)
反応が
ト結果が記載されている。これによると94%の会
発現した場合の治療薬としては,グルカゴンが用
員が造影剤投与を中止しないと回答しており,最
いられる。ワシントンマニュアルの「アナフィラ
終的なESURガイドラインでもβ遮断薬服用者は
キシーとアナフィラキシー様反応の初期治療」で
危険因子として扱われてはいない。
は,「β遮断薬が投与されている場合,アナフィ
これらの理由から,β遮断薬が造影検査におけ
ラキシー様反応とアナフィラキシーのリスクが増
る副作用のリスクファクターであるかどうかにつ
大し,治療が困難になる。β遮断薬が投与されて
いて,現時点ではコンセンサスが得られていない
いる患者には,グルカゴン1mg
(1アンプル)をボ
と考えられる。
ーラス静注してから点滴で最大1mg/時まで投与す
る。これにより心筋収縮力を高めることができる」
2)
β遮断薬服用者に造影剤を投与する際の注意点
とある13)。また,造影検査によるアナフィラキシ
は何か
ー様反応の治療にグルカゴンを使用することで回
β遮断薬はアナフィラキシー様反応が発生した
復しえた報告14,15)もなされている。
際の治療の第一選択薬であるアドレナリン(エピ
β遮断薬服用者に造影検査を実施する際に大切
ネフリン)と拮抗し,その効果を減弱すると報告
なことは,アナフィラキシー様反応の発現時にエ
されている
11,12)
。しかし,アナフィラキシー(様)
反応は,β遮断薬の投与のみでも発現する危険性
270(148)
ピネフリンの効果が減弱されることを念頭にお
き,副作用の発現に備えグルカゴンを準備すると
げられている。
いうことであろう。
実際に抗腫瘍薬であるシスプラチンやメトトレ
◆腎毒性を有する薬剤
キサートでの治療中に造影剤を投与し,急性腎不
1)
腎毒性を有すると考えられる薬剤とはどのよう
全が発現した報告があり18,19),抗腫瘍薬と造影剤
なものか
は互いの腎毒性の可能性を強調するかもしれない
腎毒性を惹起する薬剤にはさまざまなものが報
と述べられている。
告されている。平成元年∼8年までの厚生省医薬
安全局安全対策研究会の
「医薬品副作用要覧」
には
3)
腎毒性を有する薬剤を服用している患者への造
243例の薬剤性腎障害が報告されており,薬剤別
影剤投与の注意点は何か
では図 1で示されるとおり,抗菌薬,非ステロイ
腎毒性を有する薬剤と造影剤との併用により
ド性抗炎症薬,抗腫瘍薬をはじめ,さまざまな薬
腎障害が発現したとする報告や,ESURのガイド
16)
剤が含まれている 。
ラインでも造影剤による腎毒性を有する薬剤が
危険因子にあげられていることから,特に造影
2)
腎毒性を有する薬剤を服用している患者に造影
剤腎症のリスクの高い患者に造影検査を実施す
剤を投与して腎障害が発現した報告はあるか
る際には,可能であれば検査24時間前から腎毒
尿路血管系造影剤は,腎排泄されるため,腎障
害を起こす薬剤との併用により,造影剤腎症を発
性を有する薬剤の服用を中止することが望まし
い20)。
生させるリスクが高くなると考えられる。そのた
め,ESURの
「腎毒性を予防するためのガイドライ
17)
◆IL-2
ン」 では,造影剤による腎毒性を発現させる危
1)
IL-2で治療中の患者に造影剤を投与する際の問
険因子として既存の腎不全,糖尿病性腎症,脱水,
題点は何か
うっ血性心不全とならび,腎毒性薬剤の併用があ
IL-2で治療中の患者に造影剤を投与した場合,
遅発性副作用の発現率が2∼4倍高いとの報告が
ある 21)。Choykeらによると 22),IL-2治療患者と
非治療患者において造影検査後の遅発性副作用
の発現についてプロスペクティブに検討した結
図1
腎障害の原因となる薬剤
果,投与1時間以後に発現した遅発性副作用の発
利尿薬
現率はIL-2治療群で11.8%,非治療群で3.9%と
(2.1%)
生物学的製剤
その他
有意にIL-2治療群で発現率が高いことを報告して
(15.4%)
(2.1%)
造影剤
抗菌薬
いる。症状別ではIL-2治療群で掻痒,インフルエ
(36.3%)
ンザ様症状,発疹の発現率が有意に高く,さら
(2.1%)
にIL-2治療の中止2年後でも認められることから,
造影検査を実際する際にはIL-2の治療歴も注意し
抗潰瘍薬
(2.6%)
ておく必要があると思われる。また,Abi-Aadら
抗てんかん薬
は 23),造影剤投与2∼4時間後に発熱,下痢,悪
(3.0%)
心,嘔吐などが15%に認められ,造影剤投与に
よりIL-2の副作用が誘発される可能性があると述
べている。
抗リウマチ薬
(9.0%)
抗腫瘍薬
(10.3%)
非ステロイド
性抗炎症薬
(17.1%)
IL-2と造影剤との相互作用による副作用発現の
正確な機序は明らかではないが,造影剤が内因性
IL-2を遊離させる,あるいはIL-2レセプターを再
臨床画像 Vol.24, No.2, 2008
(149) 271
活性化させるといった免疫学的相互作用が関与し
どの各ホルモンが有意に変動したと報告されてい
ているものと推測されている。
る25)。これらの報告を勘案し,同日に血液検査を
実施する場合には,造影検査前に採血することが
2)
IL-2で治療している患者に造影剤を投与する際
望ましいと考えられる。また,造影検査前に採血
の注意点は何か
が実施できなかった場合は,造影剤が排泄される
前述のようにIL-2と造影剤の相互作用により副
24時間以降に実施すべきである。
作用発現率が増加するとする報告がある一方で,
ESURから出されている副作用予防に関するガイ
2)
ヨード造影剤が核医学検査に与える影響は何か
ドライン10)では,IL-2で治療中の患者に造影剤投
甲状腺機能検査は甲状腺がヨードを取り込む性
与を行うかどうかをアンケート調査したところ,
質を利用してその機能や形態を診断するものであ
77%の会員が造影剤投与を中止しないと回答して
り,検査前のヨード摂取状況が結果に大きな影響
いる。この結果からガイドラインではIL-2は危険
を及ぼすためヨード摂取の制限が必要になる。
因子として扱われず,造影剤投与前にIL-2を中止
することはないと結論づけている。
甲状腺シンチグラフィの検査前にヨード造影剤
を投与すると,ヨード造影剤に含有されている無
IL-2治療中の患者において造影検査前に薬剤の
機ヨードにより,一過性にヨードの取り込みが抑
投与を中止する必要はないものの,遅発性副作用
制されるため,放射性ヨードの取り込みの低下が
の発現率が高いとする報告などがあること,また
起きると考えられている。このため甲状腺シンチ
副作用の多くは遅発性であるため副作用発現時に
グラフィと造影CTの実施は2カ月以上の期間をあ
はすでに退院しているなどの理由から,ESURの
ける必要があるといわれている。
21)
「ヨード造影剤の血管内投与での遅発性副作用」
またヨード131を用いた甲状腺癌や甲状腺機能
ガイドラインでは「IL-2治療中の患者には遅発性
亢進症などの治療においても,ヨード造影剤の投
副作用が起こることがあることを告げ,問題があ
与によりヨード摂取が抑制される。甲状腺シンチ
る場合には医師に連絡するように告げる」ことを
グラフィと同様,放射性ヨードによる治療を行う
推奨している。
場合はヨード造影剤投与後2カ月以上の期間をあ
ける必要がある26)。
99m
◆各検査に与える影響
1)
ヨード造影剤が血液検査に与える影響は何か
Tc-HMDP投与から骨シンチグラフィを撮影
するまでの2時間の間に造影CTを施行したとこ
現在では血管内投与の適応はないが,イオン性
ろ,骨への集積低下と軟部組織への集積増加が認
ヨード造影剤を血管内投与した場合,注入時の熱
められたとの報告がある27)。その一方,骨シンチ
感,疼痛などに加え,ヘマトクリット,血液凝固
グラフィ単独施行群と骨シンチグラフィおよび造
能などに対して影響を及ぼすことが報告されてい
影CTを同日に施行した群で,軟部組織集積や腎
る。これらの副作用の多くがイオン性ヨード造影
集積について比較したところ,有意差は認められ
剤の高浸透圧に起因することが明らかにされてい
なかったとする報告もある28)。
甲状腺シンチグラフィや骨シンチグラフィに使
る。
非イオン性ヨード造影剤でも造影剤の浸透圧に
用する放射線医薬品は投与量が少なく,X線像に
より投与直後では循環血液量が増加し,血液成分
与える影響も小さいと考えられるため,ヨード造
の希釈が起こる。実際に非イオン性ヨード造影剤
影検査と核医学検査を同日に施行する予定の場合
の投与直後に血液検査を行ったところ,ヘマトク
は,甲状腺シンチグラフィや骨シンチグラフィの
リット,ヘモグロビン,赤血球,白血球,血小板
検査終了後にヨード造影検査を行うのが望ましい
24)
などの値が有意に低下したり ,抗利尿ホルモン,
心房性ナトリウム利尿ペプチド,コルチゾールな
272(150)
と考えられる。
3 おわりに
画像診断の進歩につれて造影剤を使用する頻度
が増し,さらに造影剤を使用する患者背景も多様
化していることからすると,造影剤との相互作用
を起こす危険性のある薬剤が投与されている患者
に造影検査を実施する機会は潜在的に増えている
ものと考えられる。このような現状を鑑み,放射
線科医師のみならず医療スタッフは,造影検査の
前に以下の点について再確認しておくことが重要
である。
・検査を受ける患者の薬剤服用歴の把握(造影剤
と相互作用を発現する薬剤を服用しているかど
うかの確認)
・相互作用により発現しうる合併症やその予防・
軽減・処置方法
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