大夕張地域に分布する下部白亜系堆積岩のケロジェン高分子分析による

大夕張地域に分布する下部白亜系堆積岩のケロジェン高分子分析による
古植生変動の復元
Variation in paleovegetation reconstructed by macromolecular analyses of kerogens in
Lower Cretaceous sedimentary rocks from Oyubari, Hokkaido, Japan
宮田遊磨,中村英人,沢田健
Yuma Miyata, Hideto Nakamura, Ken Sawada
北海道大学大学院・理学院
はじめに
白亜紀は,被子植物が出現し多様化した植物
進化の大きな転換期にあたる.白亜紀の古植生
は乏しく,被子植物の出現と拡散の過程はよく
わかっていない.
試料と分析方法
を復元することは,被子植物の初期進化を解明
大夕張地域天狗ノ沢で堆積岩を採集した。岩
するためだけではなく,超温暖期における陸上
石試料は,下部蝦夷層群のシューパロ川層奥境
生態系や陸域古環境を復元するうえでも非常に
ノ沢砂岩泥岩部層および日陰ノ沢層に相当する,
重要である.古くから,堆積岩の中に残された
Aptian~Cenomanian の堆積岩である.
植物化石や花粉化石から,植物の進化史や地理
泥岩試料から Sawada (2006)に従いケロジェン
的分布の変遷を解明するための古植物学的な研
を分離した.ケロジェンを高温 reflux 抽出処理
究が行われてきた.しかし,形態をよくとどめ
後,KOH/メタノールでアルカリ加水分解を行っ
た大型化石の産出は限られており,時空間的に
た.分解抽出された成分を GC/MS で分析・定量
断片的な記録から植生情報を得ることしかでき
した.また,ケロジェンを透過および蛍光顕微
ない.一方,陸上植物起源の高分子有機物(ケロ
鏡下で観察し,有機物組成を解析した.
ジェン)は地質時代の海成堆積岩中にも普遍的
結果と考察
に含まれる.本研究では,北海道中央部,大夕
顕微鏡観察の結果,構造を持たない有機物
張地域に分布する白亜系蝦夷層群の堆積岩に含
(AOM)は,蛍光アモルファス有機(FA),無蛍光
まれる陸上植物起源ケロジェンの抵抗性高分子
アモルファス有機物(NFA)が観察され,構造を持
分析を行い,ケロジェンの結合態分子ユニット
った有機物 (SOM)は,木質(wood),植物表皮
組成による古植生変動の復元を試みた.
(cuticle),樹脂(resinite),花粉・胞子(sporomorph)
北海道における白亜紀の古植生
が,いくつかの試料でわずかに phytoplankton,
蝦夷層群は白亜紀の鉱化植物化石を多産し,
古植物学的研究が進んでいる.植物相は,全体
fungi が観察された(図 1).すべてのケロジェン
試料は wood,NFA が卓越し,わずかに草本質
として裸子植物(ソテツ類,針葉樹類,イチョウ
類,グネツム類) が多様で,中生代で絶滅した
分類群も多い.針葉樹化石が最も多産であり,
白亜紀後期の北海道の古植生において針葉樹が
支配的であったと考えられる.被子植物化石の
産出は限られるが,Albian における出現以降,
増加傾向にあった(Takahashi and Suzuki, 2003).
一方,蝦夷層群における花粉学的研究のデータ
100 μm
100 μm
NFA
FA
Photomicrographs of selected Tengu-sawa kerogen observed
図 Fig.
1:大夕張・天狗ノ沢セクションの白亜系堆積岩中
under
transmitted (left) and fluorescent (right) light microscope.
のケロジェンの(右)透過および(左)蛍光顕微鏡写真.
(cuticle,resinite,sporomorph)が含まれることが
針葉樹からはほとんど検出されないことが報告
分かり,今回分析したケロジェンはほぼすべて
されている(Mueller et al., 2012).本研究で得られ
陸上植物に起源をもつことが確認できた(図 2).
たケロジェンの加水分解性成分のうち,長鎖ア
NFA
ルカノールと脂肪酸との比(ΣC22-30OH/ΣFA)を
Wood
Herbaceous
TNG208
TNG202
TNG203B
TNG204
TNG205
TNG201
TNG211
TNG1
TNG4-2
TNG5-1
TNG604
TNG605
TNG8
TNG11
TNG608
TNG19
TNG15-1
TNG610
TNG17-2
TNG21-2
TNG22
TNG615
TNG23
TNG617
とると,その変動は遊離態成分の植物バイオマ
ーカー分析から得られた植生変動(Nakamura et
al., 2014)とよく同調した(図 3).
演者らは先行研究において白亜紀の植物小型
化石の分析を行い,加水分解によって得られる
結合態脂肪酸の C18/C16 比(RFA-18/16)が木質/
非木質組織を判別する部位同定指標であると提
案していた.さらに本研究で得られた RFA-18/16
図 2:天狗ノ沢セクションの堆積岩中の有機物組成
は,後背地から運ばれた植物組織の木本/草本比
陸上植物起源ケロジェンを加水分解した後に
を示していると考えられる.これらのケロジェ
得られたおもな化合物は短鎖(C14-C18)の脂肪酸
ンの結合態成分比指標からはじめて白亜系蝦夷
と n-アルカノール(C10-C30)である.脂肪酸,n-
層群からの体系的な古植生変動の復元を提示し
アルカノールともに強い偶数炭素優位性を示し, た.
生体の組成がよく保存されていることが示めさ
参考文献
れた.陸上植物起源ケロジェンの加水分解によ
Mueller, K.E., Polissar, P.J., et al. (2012) Organic
って得られるアルキル脂質は,主に抵抗性高分
Geochemistry 52, 130-141.
子のクチン,スベリンに起源すると考えられる.
Sawada, K. (2006) Island Arc 15, 517–536.
近年,植物のポリエステルを構成する長鎖 n-ア
Takahashi, K. and Suzuki, M. (2003) IAWA Journal,
ルカノールは落葉広葉樹にのみ顕著にみられ,
0
Aptinan
-500
Globigerinelloides spp.
Ticinella
primula
Geological
column
ar-AGI
木本植生
RFA-18/16 ΣC22-30OH/ΣFA
HPP
0.0
0.5
落葉広葉樹
1.0
0.00
0.05
KY-3
HikagenosawaFm
LithostratiGraphic units
針葉樹
図 3:北海道大夕張地域・天狗
ノ沢セクションの堆積岩中のケ
ロジェンの結合態分子組成の変
動.Aptian~Cenomanian の被子
/裸子植生比、針葉樹植生、草本
/木本植物植生比、落葉広葉樹植
生の変動の復元
Maruyama
Fm (KY-2)
Suparogawa Fm
Albian
500
Refureppu
Okusakainosawa
Sst Mbr KY-1† Sst & Mdst Mbr
1000
Biticinella
breggiensis Rotalipora ticinensis–Rotalipora subticinensis
Rotalipora
appenninica
1500
Planktonic
foraminiferal
zone
Age
Cenomanian
2000
Rotalipora globotruncanoides
Stratigraphic
Level (m)
被子植物
24, 269-309
†: Kirigishiyama Oliststo. Mbr
0.0
0.5
1.0
Nakamura(2014)
0.0
1.0
本研究