乳児の旋律聴取研究 二藤宏美 ヤマハ音楽振興会 音楽研究所 要旨 乳児期の音楽知覚能力を概観し、身近な音楽環境から影響を受けながら童謡旋律 の原型の枠組みが形成されていく姿を考察した。 ま ず 選 好 法 に よ る 聴 取 実 験 に よ り 、 乳 児 は 旋 律 の 長 調 、 短 調 の 違 い に 生 後 11 ヶ 月から気づき、長調をより長く注目すること、長調の童謡を短調の変型よりも注目 す る よ う に な る の は 14 ヶ 月 で あ る こ と が 示 さ れ た 。 童 謡 の 原 型 、 変 型 へ の 選 好 聴 取反応と童謡聴取経験との関係を検討したところ、8 ヶ月において歌いかけやオー ディオ機器聴取が童謡の原型感覚の形成に影響を及ぼす可能性が認められた。そこ で 8 ヶ月児を対象に実験者が学習強化した後に実験を行ったが、強化による効果は 現れなかった。以上より、乳児は生後 1 年過ぎに旋律の長調、短調という枠組みに おいて身近な童謡の旋律の原型感覚を身につけるが、それは日常において養育者よ りもたらされる環境のもとに 0 歳後半から達成され始めることが示された。 1.は じ め に 乳児は生まれて間もない時期から、歌声や音楽が聴こえると機嫌を良くする。大 人から歌いかけられると、話しかけられた時とは違った顔つきをし、じっと聴き入 る様子を見せる。生後半年を過ぎると、音楽が聴こえるとスイッチが入ったように 身体を左右にゆらしたり声を出したり、リズミカルな音楽に両腕を上下に振ったり 手 拍 子 を し た り す る 行 動 も よ く 見 ら れ る 。 そ の 姿 は 愛 ら し く 、「 こ の 子 は 何 と 音 楽 好きなのだろう」とまわりに思わせる。こうした音楽らしさへの指向性は、音の心 地よく聴きとりやすい側面への注意を促すという点で、言語習得や愛着形成につな がり、発達にとって重要な意味があるという説もある。 音楽的な側面に対して敏感な状態で生まれてくる乳児の、その後の音楽面の発達 の姿を知ることは、興味深い話題である。本稿では、乳児の音楽知覚に限定して現 在わかっていることを概観し、筆者の行った一連の旋律聴取実験を紹介しながら、 「乳児は生後一年をかけて音楽文化を次第に取り込み、その文化を構成する一員と なっていく」とのみかたを示したい。 2 . 生 後 1 年 間 に お け る 音 楽 知 覚 に 関 わ る 能 力 乳 児 期 の 音 楽 知 覚 研 究 は 、 30 年 程 前 か ら 行 わ れ て き た 。 そ れ ま で は 、 ま だ 言 葉 に よる表現手段をもたない乳児が音楽をどのように聴いているかを客観的に確認する ことは難しかった。しかし現在は、音源への注意行動や音楽聴取下の生理状態(心 臓の拍動、ホルモン量等)を測定したり、脳の活動を測る方法がかなり確立しつつ ある。中でも注意行動を指標とする実験方法は比較的多く用いられてきた。一定の 音を呈示し続け、乳児がその刺激に飽きて慣れて注意が減った頃に、それまでと異 なる音を呈示し、再び注意が喚起されるかをみる脱馴化法、音源を振り向いて注視 する回数や時間を測る振り向き法などが挙げられる。 音楽とは、音のあるなしが人の制御によって一定の組み合わせで系列化され構成 された状態ということができる。単音同士がある関係のもとに連なり音楽の最小単 位が作られるが、この音程、音価(リズム構造やテンポ)に乳児は気づいているの だ ろ う か 。 M elson ら 9) は、音階を低い方から順に示し、次に音の順番を入れ替え ると、5 ヶ月児は変化したことに気づくと報告した。また、3 ヶ月児は旋律のテン ポが変化すると生理レベルで反応することが確認されている 4 音 か ら な る リ ズ ム パ タ ン の 変 化 に 気 づ く こ と が T rehub ら 10) 。7 ヶ 月 児 は 、3 音 、 23) によって示されてい る。 旋 律 に つ い て は ど う だ ろ う か 。異 な る 2 つ の 旋 律 の 違 い に 気 づ く か と い う 課 題 は 、 21) 旋律の輪郭が保持された場合はそれが壊されたときよりも一般に難しいという 。 成人におけるこの傾向は、乳児の場合も概ね変わらないことが報告されている。ま た、5 ヶ月以上の乳児が、華やかな変化のある歌をそうでないタイプよりも好むこ とが示されている 11) 。 音 楽 は 多 く の 場 合 、単 旋 律 で は な く 、幾 つ か の 音 が 重 な り 同 時 に 響 く 形 態 を も つ 。 響 き の 組 み 合 わ せ は 、協 和 音 程 、不 協 和 音 程 を 作 り 出 す が 、4 ヶ 月 の 乳 児 で も 協 和 、 不協和の違いに気づくことが確認されている 14) 19) 25) 。協和音の響きは心地よく、 不協和音は不快な印象をもたらす。乳児は初期から響きの快、不快に敏感である。 また、旋律と伴奏の拍子の組み合わせの違いにも気づくことがわかっている 12) 。 音楽は個々の旋律の無意味な連なりではなく、形式をもっている。代表的な構造 は、モチーフと呼ばれる短い楽想が示され、それがくり返され形を変え発展するも のである。このくり返しや変奏に気づくことは、音楽聴取において重要な課題であ る 。 M elen ら 8) は、シューベルトの短いピアノ曲を使って、モチーフの変奏の複雑 さをカテゴリー化したモデルを作り、乳児の弁別を調べ順列化した。その結果、6 ∼ 10 ヶ 月 児 は モ デ ル と 同 じ カ テ ゴ ラ イ ズ を 行 う 可 能 性 が 示 唆 さ れ た と い う 。 また、音楽には流れがあり、会話でいうところの句読点や読点にあたる切れ目、 つ ま り フ レ ー ズ を も つ 。 K rumha nsl ら 4) 7) は、会話音声のフレーズの自然さに気づく よりも早い 4 ヶ月という時期に、音楽のフレーズの自然な切れ目に気づくことを 報告した。音楽のフレーズ感は早い時期から備わっているとみることができる。 音楽は特定の感情を表現するわけではないが、多くの人に共通してある感情状態 を喚起させる効果をもつ音楽のタイプも存在する。例えば長調と短調の違いは、長 調 は 「 明 る く 快 活 」、 短 調 は 「 暗 く 陰 鬱 」 と い う よ う な 対 照 的 な 印 象 の 違 い を か も し出す。長調、短調の情緒性に、幼児や児童は成人なみに気づくと報告されている 5) が、乳児はどうだろうか。志村 18) は、長調の歌とそれを短調に変えた歌を素材 に、視覚刺激である歌手の「明るい」あるいは「暗い」表情と、聴覚刺激である長 調、短調とを乳児が一致させられるかを検討し、乳児期には一致は見られないと報 告している。 音 楽 の 長 期 記 憶 も 検 討 さ れ て い る 。 T ra inor ら 20) は、一週間聴かせ続けた短い 曲の旋律や音色やテンポを新奇なタイプと比べさせ、聴取時間に差が認められるか を検討し、6 ヶ月児は旋律の絶対的な音高やテンポは記憶できないが、旋律型や音 色 は 覚 え て い る と 報 告 し て い る 。 ま た S a ffra n 1 7 ) に よ る と 、 8 ヶ 月 児 は 長 い 楽 曲 の中に含まれる一部の旋律を取り出して 2 週間覚えているという。 以上より、乳児には音楽を聴き取る素地があり、それは月齢を経るに従って洗練 されること、音楽の快適さや自然さへのバイアスが生まれつきある可能性あること が 確 認 さ れ た 。 聴 き 方 の 傾 向 は 成 人 と 通 じ る 部 分 が 多 く 、 S a ffra n1 7 ) が 指 摘 し て い る と お り 、「 乳 児 は 洗 練 さ れ た 音 楽 鑑 賞 者 で あ る 」 と の 見 か た も で き る 。 し か し 現 実には、乳児は音楽を「知らない」状態で生まれてくる。見知らぬ音楽に満たされ た世界に生まれ出てから、どのような形で音楽文化を自分のものにしていくのだろ うか。実際の生活の中で乳児が音楽をとりこむ様子を知ることは興味深い。また、 種々の実験研究と乳児の現実の姿とを照らし合わせる研究は少ない。そこで次に、 日常生活で耳にする音楽に着眼し、乳児の聴取反応を検討する。 3. 調 の 枠 組 み の 形 成 と 身 近 な 旋 律 の 原 型 感 覚 の 芽 生 え ∼ 未 知 旋 律 と 童 謡 旋 律 を 用 い た 検 討 ∼ 13) 15) T rehub ら 22) に よ る と 、 4∼ 6 歳 児 は 知 っ て い る 長 調 の 童 謡 が 旋 律 を 保 持 ( 音 程 間 隔を変えない)した状態で移調されると同じであると認識するが、旋律の一部を変 化させて部分的に音程間隔を変えて移調した場合には、変化に気づくという。また その変化のさせかたの違いによって、気づく度合いは異なる、つまり、音程関係が 長調の枠組みから短調の枠組みへ変化した場合に「変化した」と成人なみに気付く のに対し、長調の枠組みを逸脱しない中での変化の場合は成人ほど「変化した」と は気付かないという。この実験はなじみのある童謡の旋律を用いた結果であること から、幼児は既に、童謡の原型を貯蔵し、長調から短調という調の枠組みの変化に 気付くことが推察される。 このことから、遡る時期に、なじみのある旋律、この場合は童謡の旋律の原型感 覚が形作られていることが推測される。そこで、乳児が身近な旋律になじみ、その 原型に気付くようになる時期を特定し、それに至る発達変化を見ることにした。 乳児期の音楽環境は、もっぱら養育者によってもたらされるといえる。乳児にと っ て 身 近 な 音 楽 を 設 定 す る に あ た り 、 乳 児 と 親 30 組 に 自 由 に 歌 遊 び を さ せ た 際 に 歌 わ れ た と 報 告 さ れ た 132 曲 の う ち 、 母 親 が 最 も 良 く 知 っ て い る と 報 告 し た 上 位 6 曲を採用することにした 3) 。これらは母親が歌いかけたり聴かせたりする頻度が高 く、多くの場合乳児がなじみ、取り込むものと考えられる。 これらは全て長調の童謡であったので、これらを原型(オリジナル)とし、短調 への変型を設定し、選好聴取法によって聴取傾向をみることにした。旋律の変型は 輪郭の変化、音程や音価の変化、リズムパタンの変化等も考えられるが、調の変化 を採用した理由は次のとおりである。 変型の方法によっては、旋律はナンセンスなものになってしまう。例えば、輪郭 や音程、リズムパタンを変型することで、音階を構成する音の枠組みや拍節構造が 壊れ、質が過度に変化してしまうことがある。乳児はナンセンスな音楽とそうでな いものとの違いに気付くことが知られているので、このような変型は避ける必要が あ る 。 そ こ で 前 出 の T rehub2 2 ) ら の 幼 児 を 対 象 と し た 実 験 に な ら い 、 調 の 変 化 を 採 り 上 げ た 。 発 達 齢 に よ る 違 い を 見 る た め に 、 5、 8、 11、 14 ヶ 月 齢 の 4 つ の 月 齢 群 を 設定した。 3-1.実 験 デ ザ イ ン 実 験 は 異 な る 2 つ の 乳 児 グ ル ー プ に 対 し て 行 っ た 。ま ず「 未 知 旋 律 グ ル ー プ 」に 、 未知旋律の長調と短調の選好実験をし、さらに「童謡グループ」に、長調の童謡と その短調への変型の選好実験を行った。 もしグループ間で選好の様相に違いがあれば、乳児は童謡を未知旋律と異なるや りかたで聴いている可能性が浮き彫りにされる。 1)未知旋律グループの素材 長調、短調のいずれの場合も不自然でないようなオリジナル旋律 6 種類。その長 調 版 6 曲 、 短 調 版 6 曲 、 計 12 曲 を 、 同 じ 音 色 で 演 奏 、 録 音 し 素 材 と し た 。 図 1 に 長 調 版 ( 上 段 )、 短 調 版 ( 下 段 ) の ペ ア の 冒 頭 の 一 例 を 挙 げ る 。 ど の 曲 も 、 開 始 後 2 秒以内に長調、短調の間の音程の違いが1回以上現れるように演奏のテンポを定め た。主音はすべて「ファ」に統一し、長調はヘ長調、短調はヘ短調とし、同一メロ ディー同士の音域の違いに乳児の聴取反応が影響を受けることを避けた。テンポは 同一メロディー同士で共通とした。伴奏を加えると、旋律と伴奏の組み合わせに対 する注意が働き、乳児の反応が複雑化する可能性があるので、すべて単旋律のみと した。 2)童謡グループの素材 6 曲 の 童 謡 旋 律 、「 犬 の お ま わ り さ ん 」「 チ ュ ー リ ッ プ 」「 大 き な 栗 の 木 の 下 で 」「 ア イ ア イ 」「 ぞ う さ ん 」「 森 の く ま さ ん 」 を 用 い た 。 こ れ ら は 全 て 長 調 で あ る 。 こ の 6 曲をオリジナル刺激(以下オリジナルと呼ぶ)とし、短調に変型した 6 曲を変型刺 激 ( 以 下 変 型 と 呼 ぶ ) と し た 。 図 2 に 実 験 で 用 い た 曲 か ら 、「 犬 の お ま わ り さ ん 」 の 譜 例 の 冒 頭 部 分 を 示 す 。上 段 が オ リ ジ ナ ル 、下 段 が 変 型 で あ る 。い ず れ の 旋 律 も 、 開始後2秒以内にオリジナルと変型の間の音程の違いが現れるように速さを設定し た。主音、テンポはオリジナルと変型のペアの中で統一した。 各 旋 律 の 冒 頭 か ら 約 20 秒 分 を ヤ マ ハ エ レ ク ト ー ン E L90 の 木 管 系 の 音 色 を 用 い て演奏し、録音したものを刺激音とした。実験時の再生の際には、被験児の耳元で 約 65∼ 70 デ シ ベ ル に な る よ う 音 圧 を 調 整 し た 。 3-2.被 験 児 1)未知旋律グループ 健 常 で 満 期 産 の 8 ( 平 均 日 齢 2 5 1 日 、 範 囲 2 4 4 ∼ 2 6 4 日 )、 1 1 ( 平 均 日 齢 3 4 8 日 、 範 囲 3 3 5 ∼ 3 6 3 日 )、 1 4 ヶ 月 児 ( 平 均 日 齢 4 2 8 日 、 範 囲 3 9 7 ∼ 4 4 8 日 )。 実 験 操 作 ミ ス と 泣き出して実験を最後まで行わなかった 9 名分のデータは除外し、各月齢グループ と も 16 名 分 の デ ー タ を 得 た 。 実 験 参 加 者 に は 後 日 ヒ ア リ ン グ チ ェ ッ カ ー を 用 い て 聴力に異状がないことを確かめた。 2)童謡旋律グループ 健 常 で 満 期 産 の 5 ( 平 均 日 齢 1 6 6 日 、 範 囲 1 5 1 ∼ 1 8 0 日 )、 8 ( 平 均 日 齢 2 5 8 日 、 範 囲 2 4 6 ∼ 2 6 8 日 )、 1 1 ( 平 均 日 齢 3 3 8 日 、 範 囲 3 0 7 ∼ 3 6 1 日 ) 1 4 ヶ 月 児 ( 平 均 日 齢 4 1 7 日 、 範 囲 3 9 6 ∼ 4 5 5 日 )。 実 験 中 に 泣 き 出 し て 最 後 ま で 実 験 を 行 え な か っ た 9 名 及 び 実 験 操 作 ミ ス に よ る 2 名 を 除 き 、 有 効 な デ ー タ 各 月 齢 群 と も 16 名 分 を 得 た 。 3-3.実 験 手 法 と 手 順 実 験 は K emler N elsonら 6) による選好振り向き法を用いた。この方法は刺激音を 流し、音源方向へ乳児の注意がむいている時間を聴取時間とよみかえて計測すると いうもので、言語認知研究でも使用されている 2) 。 二 つ の 仮 説 条 件 を も と に 約 20 秒分の刺激音セットを用意し、聴取時間が条件間で異なる場合は、乳児は二つの条 件を異なるものとして聴いており、かつ一方に対してより強く注意を惹かれる(選 好する)と解釈する。このデザインは比較的長い刺激音を使う事が可能で、音楽的 なまとまりをもった旋律の検討に利用できるという点と、選好の方向、つまりより 注意を向けた条件がどちらであるかを検討できるという点が目的に見合っていると 判断した。一方で、この手法は音への注意の程度の差を比較するものであるため、 条件間で選好に差が現れなかった場合の解釈が困難である。例えば個々の乳児が仮 に条件間の違いを弁別できていても、実験対象とした乳児全員の選好する条件の方 向が一方向的ではない場合には、聴取時間の平均の差は相殺され、一定の傾向が示 されないという結果が得られることもある。そこで補足的に、聴取時間の差やその 絶対値、聴取傾向と人数比を結果の解釈の材料に加えた。 乳児は図 3 に示した三方をペグボードで囲まれた実験室中央の椅子に母親に支え られて座る。乳児の正面の壁の中央には緑色ランプが、また左右両側の壁には、そ れ ぞ れ 赤 色 の ラ ン プ が セ ッ ト さ れ 、そ の 裏 側 に 1 つ ず つ ス ピ ー カ ー が 置 か れ て い る 。 まず実験者が正面の緑色ランプを点滅させ、乳児が正面を向いたら、乳児の注意 が左右どちらにも向いていない状態にあると判断し、試行を始める。左右どちらか 一方の赤色ランプを点滅させ、乳児がランプを見ると同時に同じ側のスピーカーか ら 1 回目の刺激音を流す。実験者は乳児の振り向きを観察し、ランプに注目してい た時間をボックスのスイッチを押しコンピュータに入力していく。乳児がランプか ら 2 秒以上視線をはずすか、1 回分の刺激音が終了すると、1 回目の試行は終了す る。実験者は再び正面の緑色ランプのみを点滅させて乳児に正面を向かせ、引き続 き同様に 2 回目以降の試行をすすめる。 ま ず 4 回 の 練 習 を 行 な い 、 ラ ン プ へ の 振 り 向 き を 学 習 さ せ た 後 に 、 続 け て 12 回 の 本 試 行 を 行 な っ た 。 本 試 行 で は 、 各 乳 児 に は 長 調 の 旋 律 お よ び 短 調 の 旋 律 、 計 12 種類の刺激音をランダムな順で 1 回ずつ聴かせた。呈示順、音源の左右の順は乳児 グループ間でバランスをとった。また、実験者と母親は本試行中にはヘッドフォン をつけ、刺激音が聴こえないようにマスキング用の音楽を聴いた。一人あたりの実 験 所 要 時 間 は 5∼ 10 分 で あ っ た 。 本 試 行 は ビ デ オ カ メ ラ で 撮 影 し 、 後 か ら 実 験 操 作 に誤りがないかを確認し、誤りがあった場合はそのデータを分析対象から外した。 刺 激 音 の 条 件 、 音 源 の 左 右 の 方 向 は 、 試 行 開 始 1、 2 回 目 に お い て は 同 一 の 刺 激 条件や音源方向が連続しないよう、3 回目以降においては 3 回以上連続しないよう に し 、 バ ラ ン ス を と っ て 16 種 類 の 呈 示 プ ロ グ ラ ム を 作 成 し た 。 各 月 齢 群 内 で 、 こ の 16 種 類 の プ ロ グ ラ ム を 16 名 に 対 し て 行 な っ た 。 3-4.結 果 1)未知旋律グループ 各月齢群別、条件ごとの試行 1 回あたりの聴取時間平均を図 4 に、聴取傾向別の 人数を図 5 に示す。個々の乳児の1回あたりの聴取時間平均が長調のほうが多かっ た場合は「長調優位」その逆は「短調優位」とした。 8 ヶ 月 児 群 の 聴 取 時 間 平 均 は 、 条 件 間 で 差 は 認 め ら れ な か っ た 。 一 方 11 ヶ 月 児 群 に お い て は 、 長 調 を 短 調 よ り も 有 意 に 長 く 注 目 す る 傾 向 が 得 ら れ た ( t( 1 5 ) = 1 . 7 , p= 0 . 0 5 )。 14 ヶ 月 児 群 に お い て は 、 12 回 の 試 行 に お け る 前 半 に お い て は 、 短 調 の 旋 律 を 多 く 注 目 し 、後 半 に お い て は 長 調 、短 調 の 条 件 間 に よ る 注 目 時 間 の 差 は な く な っ た( 図 6 )。 試 行 前 半 の 長 調 条 件 と 短 調 条 件 各 々 の 聴 取 時 間 平 均 の 差 は 有 意 で あ っ た ( t( 1 5 ) = 2 . 2 2 , p< 0 . 0 5 )。 これらの結果と、聴取傾向ごとの人数比が対応していることから、聴取時間平均 の結果は今回実験に参加した乳児の実像を表わしていると判断できる。 初 め て 耳 に す る 長 調 、 短 調 の 旋 律 を 調 の 違 い に よ っ て と ら え る こ と は 生 後 11 ヶ 月 か ら み ら れ る こ と が 明 ら か に さ れ た 。 さ ら に 選 好 は 、 11 ヶ 月 児 に お い て は 長 調 の 方 向 に 現 れ た ( つ ま り 短 調 よ り も 長 調 の ほ う を よ り 注 目 し た )。 そ れ に 対 し 、 1 4 ヶ 月 群 に お い て は 、 選 好 の 方 向 と 形 は 11 ヶ 月 児 と は 異 な り 、 聴 取 実 験 の 前 半 に お い ては、長調でなく短調をより注目するという結果であった。 2)童謡旋律グループ 各月齢群別に、オリジナル及び変型への1回あたりの聴取時間平均を算出し検討 した。図 7 に月齢群別のグラフを示す。 5、 8、 11 ヶ 月 児 群 の 聴 取 時 間 平 均 を み る と 、 オ リ ジ ナ ル 、 変 型 間 で 差 は み ら れ な か っ た 。 そ れ に 対 し 、 14 ヶ 月 児 群 の 聴 取 時 間 平 均 に お い て は 、 オ リ ジ ナ ル へ の 有 意 な 選 好 が 認 め ら れ た ( t ( 1 5 ) = 2 . 2 2 , p< 0 . 0 5 )。 未知旋 律グループと 童謡旋律グル ープの結果の 相違を月齢群 ごとにまとめ る。8 ヶ 月 児 群 は 、 違 い は 認 め ら れ な か っ た 。 11 ヶ 月 児 群 は 、 未 知 旋 律 の 場 合 の み 長 調 へ の 選 好 が 認 め ら れ 、 童 謡 に お い て は 選 好 は み ら れ な か っ た 。 14 ヶ 月 児 群 は 、 未 知 旋 律の場合は短調、童謡の場合は長調を選好した。 8 ヶ 月 に お い て は 未 知 旋 律 と 童 謡 で 結 果 に 違 い は な く 、 そ れ に 対 し て 11、 14 ヶ 月 において、未知旋律、童謡において、違いがあった意味を考えたい。 ま ず 、 8 ヶ 月 齢 か ら 11 ヶ 月 齢 ま で の あ い だ に 、 旋 律 の 調 の 違 い に 気 づ く よ う に な る と い う 発 達 上 の 変 化 が あ る と み な せ る 。 C ohen ら 1) の長3和音の分散和音の繰 り 返 し ( 例 え ば ド -ミ -ソ -ミ -ド ) を バ ッ ク グ ラ ウ ン ド と し て 流 し 続 け 、 そ の 後 短 3 和 音 の 分 散 和 音 ( 例 え ば ド -ミ ♭ -ソ -ミ ♭ -ド ) を 流 し た と き に 変 化 に 気 づ く か を 調 べ た 脱 馴 化 実 験 に よ る と 、 7 ∼ 10 ヶ 月 児 は 長 3 和 音 か ら 短 3 和 音 へ の 変 化 に気づくという。この結果は、単純なパタンの音系列内における、2回の半音の 変化によって生じる音程関係の変化を弁別できる事を示している。この実験にお ける課題は、本稿の実験において検討された長調、短調の旋律の弁別よりも難度 が 低 く 、 旋 律 の 調 を 弁 別 す る 際 に 前 提 と な る 能 力 が 示 さ れ た と み な せ る 。 C ohen の実験との月齢の整合を考えると、まず7ヶ月頃から乳児は短い音系列における 音 程 の 変 化 に 気 づ き 、 そ の あ と 11 ヶ 月 頃 に は 長 調 と 短 調 の 違 い に 気 づ く よ う に なるという発達変化をモデルとして描くことができる。 11 ヶ 月 齢 に お い て 、 調 の 違 い に 気 づ く と い う 尺 度 を 得 た 乳 児 は 、 そ の 時 点 で は ま だ 童 謡 の 変 型 に は 気 づ か な い 。 11 ヶ 月 児 は 、 オ リ ジ ナ ル -変 型 と い う 枠 組 み で今回の実験を聴いたわけではなく、知っている曲であるか否かが影響して、リ ズム、旋律線(輪郭)に注目し、旋律内の細かい音程の違いに注目するには至っ て い な か っ た と 思 わ れ る 。 し か し 月 齢 を 重 ね て 14 ヶ 月 齢 に な る と 、 旋 律 の 調 の 違いという尺度を童謡のオリジナルと変型の比較の手がかりとして初めて用いる ようになるのであろう。 次に、選好の内容について考えたい。未知旋律の調の違いに気づく最初の時期 には、長調への選好がみられた。これは、他の実験においてもまず選好が最初に 現れる時は、なじみのあるものや自然であるもの、快適であるものへと現れると いう例に合致している 16) 。その後、月齢があがり、長調短調のニ者間の弁別が 容易に行える段階になると、馴染みのないほうや不自然なもの、或いは快適では な い ほ う に 選 好 が 逆 転 す る 場 合 が あ る( 例 え ば 協 和 音 と 不 協 和 音 の 実 験 12) な ど )。 これは、最初に選好した段階ではその選好したタイプの旋律認知の枠組みがまず 「規準(スタンダード)」として取り込まれており、その次の段階では規準の枠 組みを逸脱する条件に対して好奇心が喚起され、新奇なものとして注目する反応 が 起 き る の だ と 説 明 が で き る 。 今 回 の 実 験 で は 、 ま ず 11 ヶ 月 齢 時 に お い て 長 調 を選好したが、それは長調へのなじみ、快適さ、自然さのいずれかが感じられた か ら だ と 考 え ら れ る 。 そ れ に 対 し て 14 ヶ 月 齢 に お い て は 、 長 調 が ス タ ン ダ ー ド な枠組みとして確立しており、試行の前半ではそれから逸脱する長調ではない条 件 に 対 し て 、「 お や ? 」 と い う 新 奇 さ へ の 注 意 が 働 い た と み な せ る 。 こ の 結 果 は 、 童 謡 実 験 グ ル ー プ に お い て 、 14 ヶ 月 齢 で 初 め て 選 好 が 認 め ら れ た 際 の 選 好 の 方 向 が 変型ではなくオリジナルであったこととも矛盾しない。 次に、童謡のオリジナルへの選好の原因と推察できる聴取経験が、選好にどう関 連しているかを検討する。 4. 童 謡 の 聴 取 経 験 と 聴 取 反 応 の 関 係 まず、童謡実験に参加した乳児の童謡聴取経験を調べた。実験終了後、実験結果 を知らせる前に、日中母親がどの程度育児に関わっているかを聞き、オリジナルと して使用した 6 曲について、母親自身が知っているか、それぞれ過去 2 カ月にわた っ て 乳 児 に 歌 っ て 聴 か せ た こ と が あ る か 、 テ レ ビ や CD 等 の オ ー デ ィ オ 機 器 を と お し て 聴 か せ た こ と が あ る か に つ い て 、 「 た び た び あ る 」 「 と き ど き あ る 」「 全 く な い」の 3 段階で回答を得た。 参加した 1 名を除く全員の母親が日中在宅しており、養育に主だって関わってい た 。 ま た 、 全 員 が 実 験 で 使 用 し た 6 曲 を よ く 知 っ て い た 。 こ の 1 名 は 14 ヶ 月 児 で あり、日中保育園に通園している為、母親の回答が得られなかったので分析対象か ら 外 し た 。 残 る 6 3 名 の 被 験 児 に つ い て 、「 母 親 か ら の 歌 い か け 」 及 び 「 オ ー デ ィ オ 機 器 を と お し た 聴 取 」 の そ れ ぞ れ の 項 目 に つ い て 、「 全 く な い 」 を 1 点 、「 と き ど き あ る 」 を 2 点 、「 た び た び あ る 」 を 3 点 と し て 点 数 化 し た 。 これらの点数は、二つの形で利用した。一つ目は曲別の点数である。これは今回 の実験で用いた 6 種類の童謡個々についての「聴取経験」を直接判断するという点 で使用した。 二 つ 目 は 、「 母 親 か ら の 歌 い か け 」「 オ ー デ ィ オ 機 器 聴 取 」 点 数 の そ れ ぞ れ 6 曲 分 を被験児の中で合計した数値である。これは各被験児のもつバックグラウンドとし て、比較的母親からの歌いかけを多く経験しているか否か、また比較的オーディオ 機器聴取を多く経験しているか否かという、日常における包括的な傾向、バックグ ラウンドを知る値として使用した。 個々の乳児の実験時の聴取反応は次のように数値化した。まず 1 回あたりのオリ ジナル聴取時間平均から 1 回あたりの変型聴取時間平均を差し引き、オリジナルへ の選好の度合を示す数値とした。またその差の絶対値を、選好の方向に関わらずオ リジナルと変型の弁別の度合を示す数値として使用した。 以上の数値の相関を調べた。 1)曲別点数と聴取実験結果との相関 5、 8 ヶ 月 児 群 に お い て は 、 相 関 は 全 く 認 め ら れ な か っ た 。 1 1 ヶ 月 児 群 は 、「 ア イ ア イ 」 に お い て 、 母 親 か ら の 歌 い か け お よ び 機 器 聴 取 点 数 と 聴 取 時 間 合 計 と の 間 に 正 の 相 関 が み ら れ た ( そ れ ぞ れ r= 0 . 7 6 , p< 0 . 0 1 、 r= 0 . 5 5 , p< 0 . 0 5 )。 1 4 ヶ 月 児 群 に お い て は 、「 大 き な 栗 の 木 の 下 で 」 に お い て 、 機 器 聴 取 点 数 と 弁 別 度 の 間 に 、「 ア イ ア イ 」 に お い て 母 親 か ら の 歌 い か け 点 数 と 弁 別 度 と の 間 に 正 の 相 関 が 認 め ら れ た ( そ れ ぞ れ r= 0 . 7 7 , p< 0 . 0 1 、 r= 0 . 5 1 , p< 0 . 0 5 )。 2)バックグラウンドと聴取実験結果との相関 5、 14 ヶ 月 児 群 に お い て は 、 相 関 は 全 く 認 め ら れ な か っ た 。 8 カ月児群においては、母親からの歌いかけ点数総計とオリジナルへの選好の強 さ と の 間 に 正 の 相 関 が 認 め ら れ ( r= 0 . 6 3 , p< 0 . 0 1 )、 機 器 聴 取 点 数 総 計 と 弁 別 度 と の 間 に 正 の 相 関 が 認 め ら れ た ( r= 0 . 5 4 , p< 0 . 0 5 )。 つ ま り 、 母 親 か ら の 歌 い か け 経 験が多いとオリジナルへの選好がより強く、機器聴取経験が多いと乳児はオリジナ ルと変型をより弁別する可能性が示された。 11 ヶ 月 児 群 に お い て は 、 母 親 か ら の 歌 い か け 点 数 総 計 と オ リ ジ ナ ル お よ び 変 型 の 聴 取 時 間 合 計 と の 間 に 正 の 相 関 が 認 め ら れ た ( r= 0 . 6 2 , p< 0 . 0 1 )。 母 親 か ら の 歌 い かけ経験が多い乳児は、オリジナル、変型に関わらず曲の聴取時間が長いというこ とである。 以上より、5 ヶ月齢の時点では、乳児の童謡聴取経験は選好や弁別と関係しない とみなすことができる。 そ れ に 対 し 、8 ヶ 月 齢 の 時 期 は 、母 親 の 歌 い か け が オ リ ジ ナ ル へ の 選 好 と 関 係 し 、 機器聴取経験が弁別度の増加に関係する可能性が示された。この時期は乳児のおか れた音楽聴取環境の影響が現れ、聴取経験とオリジナルへの選好や、オリジナルと 変型を別々としてとらえる弁別反応の間に何らかの関係があることが推察される。 童謡のオリジナルと変型の違いに気づく反応は、個人差を伴いながらこの時期に始 ま っ て い る と み な せ る 。 ま た 、「 弁 別 」 は 知 覚 に お い て 違 い を 感 じ る と い う 情 報 処 理 の よ う な 作 業 で あ る が 、「 選 好 」 は オ リ ジ ナ ル へ の 選 択 と い う 好 み や 興 味 の バ イ アスを伴う反応である。弁別と関係する機器聴取の場面は、母親が直接歌いかける 場面よりも母親と乳児の関わりは薄い。これに対し母親が歌いかける時は、母親と 乳児の間では声を伴う豊かな情緒的な交流が多く行われると考えられるが、そうし た経験のみがもっぱら選好に影響するということは示唆的で興味深い。 11 ヶ 月 齢 の 時 期 に は 、 母 親 の 歌 い か け や 機 器 聴 取 の 量 が 、 オ リ ジ ナ ル 、 変 型 双 方 の聴取時間合計を増加させる可能性が示された。この時期の環境は弁別や選好の形 成に関係せず、代わりに曲の聴取時間の増加に関係するのである。オリジナルの曲 を「聴いたことがある曲」であるとして、その原型と変型に対し同様に注意を払っ ている姿が示される。 14 ヶ 月 齢 の 時 期 に な っ て 初 め て 、 オ リ ジ ナ ル を 選 好 す る 反 応 が 乳 児 に 共 通 し て 現 れ、この段階では選好と乳児の聴取経験との相関はもはやみられなくなる。一時的 な聴取経験点数と異なる条件、例えば長期の蓄積や実験素材と別の音楽聴取経験、 あるいは聴取経験以外の要因が影響して、オリジナルへの親近性が培われ、選好を 引き起こす結果が得られた可能性がある。曲別の聴取経験と弁別とのあいだには相 関が見られたことから、この時期に初めて、特定の曲を覚え、その曲の調の弁別が 可能になることが示されたと考えられる。 5. 8 ヶ 月 齢 に お け る 学 習 強 化 実 験 選好や弁別と聴取経験との間に相関が認められた8ヶ月齢に注目し、学習強化実 験を行った。 8 ヶ 月 児 12 名 ( 学 習 グ ル ー プ ) の 親 子 に 毎 日 来 訪 し て も ら い 、 20∼ 30 分 程 度 、 童謡実験で用いてオリジナルの聴取時間が比較的強かった実験曲の中の2曲を実験 者 が 歌 っ て み せ た 。 1 回 の セ ッ シ ョ ン は 1∼ 3 組 を 対 象 と し 、 興 味 が そ れ な い 程 度 に おもちゃや絵本も利用した。これを一日 1 回、三日間行い、同じ曲を家庭でも母親 に歌ってもらい、四日目に選好法による聴取実験を行った。統制グループとして、 セ ッ シ ョ ン を 行 わ な い 8 ヶ 月 児 12 名 に 対 し て 同 じ 実 験 を 行 っ た 。 実験で用いた刺激は、童謡実験で用いたうちの 2 曲のオリジナルと短調への変型 で 、 そ れ ら を 本 試 行 12 回 の 中 で ラ ン ダ ム な 順 番 で 3 回 ず つ く り 返 す よ う に し た 。 選好実験の結果を図 8 に示す。条件間における聴取時間の差はいずれのグループ 内においてもみられず、学習、統制両グループ間の聴取傾向の違いも認められなか った。わずかに学習グループのほうがオリジナル、変型いずれの聴取時間も長い傾 向があったが、統計上の有意差はなかった。 歌いかけによる効果が認められなかった理由を考えたい。学習強化における環境 と、母親からの歌いかけとオーディオ聴取の多い環境との質的な違いをみると次の 項 目 が 挙 げ ら れ る 。 期 間 ( 数 日 間 か 数 ヶ 月 間 か )、 歌 い か け や 機 器 聴 取 を さ せ る 主 体 ( 第 三 者 か 母 親 か )、 聴 取 経 験 を 与 え る 文 脈 ( 歌 い か け の み か 、 日 常 の 自 然 な 場 面 に 含 ま れ る か )、 覚 え さ せ よ う と い う 意 図 の 有 無 、 乳 児 の 反 応 へ の 呼 応 ( 一 対 一 のやり取りの量)である。これらの条件が揃わなかったためかも知れない。 ま た 、 8 ヶ 月 と い う 月 齢 は 、 T ra inor2 0 ) や S a ffra n1 7 ) ら に よ っ て 旋 律 の 長 期 記 憶 が可能であると報告されている時期である。有意差はなかったものの、選好実験に おける聴取時間が学習グループのほうが長かったが、これは「覚えて記憶にある旋 律である」からオリジナルにも変型にも興味をもち、よく聴きながら、両条件の比 較を行うに至っていたためという可能性もある。まだ幼く、学習強化してもその効 果がオリジナルへの選好や弁別という形では現れないのかもしれない。 今回行った第三者による学習強化が、月齢が大きい時期には選好の形成に効果を もつようになるのか、あるいはこうした形での強化は選好の形成へ影響しないのか を、さらに被験児の月齢を変えて検証する必要がある。 6. ま と め と 展 望 聴取経験と選好反応の関係は表のとおりである。 8 ヶ月以降の時期には、聴取経験が聴取反応に影響することと、また学習グルー プの聴取時間の長さから、ある程度旋律自体を記憶している可能性は示唆された。 これは、先行研究によって示されている曲の長期記憶の可能な時期とも整合してい る。しかし、それがオリジナルと調の枠組みの中での違いを見破ることにつながる のは、1 歳を過ぎて、童謡文化に浸る経験を待たねばならなかった。 乳児は置かれた環境において耳にする音楽を、ききとりやすい枠組みの中で弁別 しながら知覚している。生後半年を過ぎると、特定の音楽文化に浸ることの意味が 生まれ、聴取経験により記憶がなされるようになる。初期には養育者からもたらさ れる経験が意味をもち、養育者と乳児という二者間の密な関係が影響する。徐々に その影響を及ぼす空間は二者関係よりも外側の環境へと広がっていく。そして 1 年 を過ぎると、童謡の原型への選好は堅固になるが、その原因の所在は特定すること が難しくなる。選好の獲得は、学習による能力の獲得というより、音楽文化に浸る 事によるなじみの形成と説明するほうが適当であろう。 本稿で紹介した例は、日本人乳児の童謡旋律の原型感覚の獲得と調を枠組みとし た選好の形成という一つの領域に過ぎないが、音楽知覚能力の発現、環境からの影 響によるなじみの形成、音楽スタイルの枠組みの体得という要素が一連のパタンを なして組み合わされながら、乳児は音楽文化の一員となっていくのではないかと思 われる。今後、音楽聴取に関して個々の現象がさらに明らかになれば、最初の一年 間のあいだに、乳児が環境と関わりながらどのような道すじで音楽を獲得していく かを詳細に描いていくことができる。本稿では言及しなかった伴奏の影響や歌詞の 問題、養育者の働きかけの具体的な内容や質、乳児の音楽的な産出面との動的な関 わりを考慮し、異なる文化圏の比較をすることも、道すじの解明に重要な役割を果 たすと思われるので、課題としたい。 参考文献 [ 1 ] C ohen, A . 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