化学分析における技能試験

化学分析における技能試験
日本化学試験所認定機構
久保田 正 明
品質管理と信頼性保証
―ISO8402-1994―
z 品質(Quality):品物又はサービスが使用目的を
満たしているかを決めるために評価の対象となる性
質や性能
z 品質管理(Quality Control):品質に対する要求
を満たすために使われる運用技術と行動
z 品質保証(Quality Assurance):品質に対する
要件を満たすことに適切な信頼を与えるため、品質
システムの枠内で実行し明示することが求められる、
計画的且つ体系的なあらゆる活動→信頼性保証
1
内部精度管理と外部精度管理
―EURACHEM/CITAC Guide―
z 内部精度管理(Internal Quality Control):
ブランク、測定標準、スパイク試料、ブラインド試料、
繰り返し分析及び品質管理用試料などを用いた分
析所内での精度管理
z 外部精度管理(External Quality Control):
当該分析所での要件及び他分析所での基準に照ら
して試験成績を監視することによる精度管理
→技能試験(Proficiency Testing)又は相互比較分
析(Intercomparison)
試験・校正結果の品質の保証
ISO/IEC17025:2005
「試験所及び校正機関の能力に関する一般要求事項」
z 認証標準物質の定期的な使用及び/又は二次標
準物質を用いた内部品質管理
z 試験所間比較又は技能試験プログラムへの参加
z 同じ方法又は異なる方法を用いた試験若しくは校
正の反復
z 保留された品目の再試験又は再校正
z 一つの品目の異なる特性に関する結果の相関
2
JCLA品質マニュアルにおける
「試験所に対する技能試験及びその他の
相互比較」の規定
z JCLAは、適切な技能試験プログラム及びJCLAが
指定する技能試験の一覧を公開
z 適切な技能試験が実施される場合、JCLAセンタ−
長は当該試験方法で認定された試験所に参加を要
求
z 技能試験の結果は、認定及び認定維持のための技
術的能力評価に係る基礎資料として利用
z 技能試験の結果から是正処置が必要と判断した場
合、試験所に対し是正処置を要求
ISOガイド58及びJCLA品質マニュアルに基づく
技能試験スキ−ムの選定基準
[JCLA品質システム文書PR-17]
z 可能な限りISO/IECガイド43-1に示す指針に適合し
たスキ−ムであること
z JCLAの認定分野に関係すること
z 技能試験の結果の入手が可能
z スキ−ムの実施頻度が適切
z 料金が適切
z 試験材料の均質性、安定性、トレ−サビリティなど
の適切さと信頼性
z 実施時期、試料の配送などの実務体制が適切
3
技能試験スキ−ムの種類
ISO/IECガイド43−1
「試験所間比較による技能試験
第1部:技能試験スキ−ムの開発及び運営」
z 測定比較スキ−ム(持ち回り測定による非破壊試験)
z 共同実験スキ−ム(多数機関による相互比較試験)
z 分割試料試験スキ−ム(少数機関での相互比較試験)
z 定性スキ−ム(成分同定試験など)
z 既知値スキ−ム(標準物質を用いる試験)
z 部分プロセススキ−ム(試料採取立会い試験など)
ISO/IECガイド43−1:1997に準拠した
技能試験の目的
1 技能の確認
・公定法があるものは、定められたとおりに実施して目的の精度が得られること。
・基準分析法の一つが実施出来ること(SIへのトレーサビリティを自ら確認できる
こと)。
2 特殊技術の適用
・ダイオキシン、極微量成分分析など、特殊な施設、機器、技術等を必要とする
分析技能を有すること。
3
知識と経験の確認
・臨機応変に分析戦略を立てられること。
・設置されている最適機器又は分析法を選択して分析値を出せること。
4 データ処理の適切さ
・必要な場合、分析値に不確かさを付けて報告すること(有効数字もチェックす
る)。
4
試験所側から見た技能試験参加の目的
z 分析試験機関としての技術能力の確認
他分析所との比較又は一致度の確認
z 個別技能及び管理システムの改善
担当者の技能向上、社内教育
標準作業手順書、デ−タ処理法、管理体制等の見直し
z 外部精度管理としての活用
第3者機関による技能及び精度管理の評価への対応
(ISO/IEC17025等への対応)
z 分析法の妥当性確認
選択した公定法等の適切性の確認、
in−house methodの有用性の実証
JCLAにおける認定分野
認定範囲の要素
分野
1.環境
製品・対象
.10大気
分野
5.石油及び関連製品
.20水質
.20潤滑剤
.30土壌
.30燃料
.40固形廃棄物
.40溶剤
.50残留物
.99その他
2.ゴム
及びプラスチック
3.塗料および顔料
.99その他製品
6.食品
.10 規格試験
.10原材料
.20 栄養成分
.20製品
.30 食品添加物
.99その他製品
.40 農薬
.10塗料
.50 汚染物質
.20塗膜
.60 抗生物質
.30塗料樹脂
.70 動物用医薬品
.50顔料
4.化学工業製品
製品・対象
.10原油
.80 微生物
.99その他
7.食品添加物
.10 規格試験
.10無機化学製品
8.おもちゃ
.10 規格試験
.20有機化学製品
9.器具容器包装
.10 規格試験
.30工業用ガス
10.飲料水(上水)
.10 規格試験
.40界面活性剤
11.鉄、非鉄金属、セラミック
.10 非鉄金属分析
.99その他製品
5
JCLAが推奨する技能試験の例
JCLA品質システム文書PR-24(2)
名称
主催団体
頻度
(年)
分類
備考
日本分析化学会/日本環境測
定分析協会
1回
B
環境分野他
JNLA技能試験
JNLA
1回
B
溶出金属他
APLAC技能試験
APLAC
適宜
B
全分野
NATA技能試験
NATA
適宜
B
食品他
統一精度管理調査
環境省
1回
B
環境分野
日環協共同実験
日本環境測定分析協会
0.5回
B
環境分野
放射線分析確認調査
文部科学省
(日本分析センタ−)
1回
B
放射線
化学工業製品・石油製品
IIS(オランダ)
適宜
B
民間試験
化学工業製品
CTS(米国)
適宜
B
民間試験
SELF
日本環境測定分析協会
4回
C
環境分野
日本分析化学会技能試験
日本分析化学会における
技能試験実施組織図
理事会
分析信頼性協議会
技能試験委員会
標準物質委員会
分析技術者教育
企画委員会
技能試験実行委員会(日環協)
ダイオキシン類技能試験実行委員会
食品分析技能試験実行委員会
プラスチック分析技能試験実行委員会
6
日本分析化学会における
技能試験の目的
z JNLA、JAB、 JCLA及び規制当局に、分析所の
技能を判断できる情報を提供する。
z 分析所に、その技能の維持又は改善の効果を確
認できる情報を提供する。
(1)分析所の技術レベルが引き続き維持されて
いるか
(2)校正又は分析の質の問題点を明らかにする
(3)依頼元に当該分析所への信頼性を提供する
(4)実用面での分析能力をはかる
日本分析化学会における
技能試験の方針
1 ISO/IECガイド43-1:1997に基づいた、有効で、かつ、
信頼性の高い、公正な試験
2 使用する試料は、試験を必要とする技能試験依頼者
の要求を満足する種類及び品質
3 技能試験の質と効率の向上に常に努力
4 技能試験の要求者及び参加者の要望を聞き、それ
に応えることによって満足のいくものとする
5 技能試験の参加費の適正化
6 以上の方針を達成するために適切な経営資源の確
保
7
技能試験委員会の任務
共催者の選定
品質マニュアルに係わる文書の審議
技能試験マスタープランの決定
各技能試験の企画及び実行計画の審議・承認
試料の種類、分析項目、濃度範囲、分析方法、調製方法、
付与された値の決定法、均質性・安定性試験法、参加要
領、報告要領等の確認
6 試験結果の評価の尺度決定
7 評価結果及び報告書の審議と承認
1
2
3
4
5
8 参加者へのコメント
技能試験実行委員会の任務
1 技能試験依頼者の要望事項を明確にし、それを
反映させた技能試験を企画
2 技能試験企画書には試験の分野及びその他必
要事項を文書化し企画案として技能試験委員会
に提出
3 技能試験委員会によって承認された企画及び実
行計画に基づき技能試験を実施
4 実施した技能試験の報告書案を作成し、技能試
験委員会に提出して、承認を得る
8
共催者との役割分担
1 分析化学会と共催者が、技能試験の全責任を負う。
2 分析化学会は、共催者の管理能力に関する記録を
維持する。
3 分析化学会は、共催者の技能試験に関する運営に
ついて監査を実施する。不適合が発見されたときに
は、共催者に是正処置を要求する。
4 共催者は、実行委員会を組織し、技能試験の実行
計画を立案して技能試験委員会に諮る。
5 実行計画に基づき技能試験を実施する。また、結果
は技能試験委員会に報告して承認を得る。
機密保持と倫理上の方針
z 分析化学会は、技能試験に関与する各委員
会委員、品質管理者、技術管理者、担当者
及び事務局職員に対して「倫理規定」を定め、
これを実行して機密保持に務める。
z 技能試験に関する情報は、関係者の文書に
よる承諾なしには第三者に開示しない。
z 技能試験参加者に対しては、結果の報告以
前には参加者間相互の情報交換を禁止する。
9
技能試験の実施スキ−ム
技能試験の計画立案
参加募集
試料の調製と均質性・安定性試験
参加申し込み機関への試料の送付
分析結果の回収
付与値の決定とデ−タの解析
報告書の作成と送付
分析化学会/日環協による技能試験
への参加機関数
500
450
水中の重金属
400
350
水中のCODMn等
300
水中のVOC
250
200
土壌中の重金属
150
100
土壌・煤塵・
・ フライアッ
シュ中のDXN
50
0
第1回
第2回
第3回
第4回
第5回
10
日本分析化学会/日本環境測定分析協会による技能試験
試験の種類
測定項目
開催頻度
主催機関
水(模擬環境水)中の金属
As,Cd,Cr,Fe,Mn,Ni,Pb,Seなどから3,4項目
1回/年
分析化学会/
日環協
水中の揮発性成分
トリクロロエチレン、テトクロロエチレン、シス-1,2-ジクロロエチレン、1,1-ジクロロ
エチレンなどから2,3項目
1回/1.5年
分析化学会/
日環協
水(模擬環境水)中の陰イオ
ン類
塩化物イオン、硝酸イオン、硫酸イオン、ふっ化物イオン、
硝酸性窒素、亜硝酸性窒素、全窒素、全りん、ほう素な
どから3,4項目
1回/1.5年
分析化学会/
日環協
水(模擬環境水)の生活環境
項目
pH,CODMn
1回/年
分析化学会/
日環協
水(模擬環境水)中の農薬
シマジン、チオベンカルブ、イプロベンホス、フェニトロチ
オン、イソキサチオン、シマジンなどから2,3項目
1回/1.5年
分析化学会/
日環協
土壌中の重金属
As,Cd,Cu,Fe,Mn,Pb,Se,Znなどから3,4項目
1回/1.5年
分析化学会/
日環協
ガス分析
硫黄酸化物、窒素酸化物、塩化水素などから2項目
1回/2年
分析化学会/
日環協
ダイオキシン類
フライアッシュ、土壌・底質、煤塵、排水中の
PCDD,PCDF異性体,DD,DF同族体,コプラナ-PCB異性体
1回/年
分析化学会
プラスチック中の有害金属
Pb,Cd,全Cr,Hg
2005年に第
1回
分析化学会
食品成分
全脂粉乳中の蛋白質、脂質、灰分、水分、Ca,Fe,Na,P
第2回は魚肉ソ−セ−ジ(2006.2.24結果締切)中の同上
成分
2004∼
2005年に第
1回
分析化学会
ロバスト法による
デ−タの統計解析と評価
zZスコアの計算
z=(x-X)/NIQR
ここで、
x:試験所の報告値
X:付与値(認証値又は参加試験所全報告値のメディアン)
NIQR(Normalized Interquartile Range)=IQR(四分位範
囲)×0.7413
zISO/IEC Guide43-1に従った評価
|z|≦2:満足
2<|z|<3:疑わしい
|z|≧3:不満足
11
ロバスト法とNIQR
12
13
分析法とロバスト変動係数
―水中のPb,Crの定量―
60
50
40
ZB(Pb)
ZB(Cr)
ZW(Pb)
ZW(Cr)
30
20
10
0
ICP-MS
ICP-AES
G-AAS
F-AAS
プラスチック中有害金属成分分析の技能試験結果
(P-PPM-2005)
高濃度Pbの蛍光X線分析デ−タに関するzスコアバ−チャ−ト
14
プラスチック中有害金属成分の技能試験結果
(P-PPM-2005)
高濃度Hgの蛍光X線分析デ−タのzスコアバ−チャ−ト
プラスチック中有害金属成分分析の技能試験結果(P-PPM-2005)
化学分析と蛍光X線分析のNIQR
15
食品分析に係る試験室の国際的要件
(独)食品総合研究所「食品分析法の妥当性確認」より
z EU;FOOD CONTROL LABの要求事項(EU Additional
Measures Directive 93/99 EEC)
①試験所認定を受けていること
②妥当性確認のなされた方法を用いること
③外部精度管理に参加していること
z Codex;国際的に通用する食品輸出入に係る分析試験
所のガイドライン(CAC/GL27-1997)
①妥当性確認のなされた方法を用いていること
②内部精度管理を行っていること
③外部精度管理に参加していること
④ISO/IEC17025-2005の要求事項を満たしていること
食品成分分析技能試験の実施要領
z 分析試料 全脂粉乳50g、褐色ガラス瓶入り、同一ロットのもの2本
z 分析対象と分析方法
(1)たんぱく質 ①窒素定量換算法
(2 )脂質 ①レ−ゼゴットリ−ブ法
(3)灰分 ①直接灰化法
(4)水分 ①常圧加熱乾燥法
(5)Ca ①過マンガン酸カリウム容量法②AAS③ICP-AES
(6)Fe ①オルトフェナントロリン吸光光度法②AAS③ICP-AES
(7)Na ①AAS(灰化法)②AAS(塩酸抽出法)③ICP-AES
(8)P ①バナドモリブデン酸吸光光度法②モリブデンブル−吸光光度法
③ICP-AES
z 分析結果の報告と評価
参
加機関は2瓶について各2個を併行条件で分析、計4個のデ−タを報告
技能試験実行委員会は4個のデ−タの平均値を算出しz-スコアで評価
16
全脂粉乳中たんぱく質等の
技能試験(P-FMX-2005)の結果
分析項目
参加機関数
|z|≦2
(%)
2< |z| <3
(%)
|z| ≧3
(%)
たんぱく質
56
91
9
0
脂質
49
88
6
6
灰分
56
89
4
7
水分
57
88
4
9
カルシウム
55
80
4
16
鉄
49
90
2
8
ナトリウム
54
78
13
9
りん
53
79
11
9
食品成分分析の技能試験結果(P-FMX-2005)
技能試験デ−タのNIQR、Horwitz式の標準偏差、及びCSL技能試験の
ロバスト標準偏差(FAPAS2002)の比較
17
付与値のつけ方の問題点
z 棄却検定後の報告値の平均値を用いる場合
(1)分析法の特性により真の値からズレを生じている可能性がある
(2)棄却された報告値は技能不足や品質システムの不備によるものであ
り評価対象からはずしてよいのか
z ロバスト法による中央値を用いる場合
(1)分析法の特性により真の値からズレを生じている可能性がある
z レファランスラボによって付与値をつける場合
(1)レファランスラボの選定基準
必要な数のラボを確保できるか
(2)
z 認証標準物質を試料とし、その認証値を用いる場合
(1)認証値が既知のためブラインド試料の場合より良好な結果になりや
すい
(2)
技能試験の費用が高めになる
報告値への不確かさの付与に関する
現状と課題
z 現在のところ不確かさの付与は要求されていない
z その理由として
(1)不確かさ付与に足るだけの試料量を配布できな
い場合がある
(2)不確かさの算出に慣れていない機関がある
(3)認証標準物質(不確かさが必ずついている)が
存在しない場合がある
z これからの課題
(1)試験所認定においては不確かさの付与が要件
であり、それへの対応として必要
(2)分析計測値には不確かさをつけることが国際的
な流れになりつつある
18
参加機関の結果報告書から推測される問題点
z 試料の取り扱いに係ること:
(1)試料1と試料2の取り違え
z 分析方法・手順に係ること:
(1)試料処理法に関する不適切な選択及び技能の欠如
(2)測定法に関す不適切な選択―感度や精度の不足―
(3)
機器のバリデーションの不備
(4)測
定条件の最適化の不備―カラムの選択の誤り、妨害ピークの分離不十分など―
(5)試薬ブランク、操作ブランクを考慮していない
(6)バックグラウンド補正が不適切
(7)マトリックス効果(干渉)への対応の不備
z データ処理及び報告書作成に係ること:
(1)濃度の計算間違い
(2)単位の間違い
(3)異常値に対する対応の欠如
(4)報告値の桁数が不適 ―要求桁数又は有効数字への対応の欠如―
(5)報告書における記載ミス
分析法が異なる場合の評価の問題点
(1)総データの分布が正規分布をしないことがあ
り、その場合ロバスト法を適用できない
(2)適用できる場合でも、精度の低い分析法で
求めたデータは厳しく、精度の高い分析法で
求めたデータは緩い基準で判定される
(3)分析方法を予め指定する(又は分析方法
毎に評価することを予め通知する)と、参
加機関が統計的処理に必要な数に満たない
場合が起こり評価を行えない
19
評価結果の活用のあり方
z 総データでの評価が「疑わしい」又は「不満足」だっ
た場合、理由を明らかにして技能の向上をはかる
z 総データでの評価が「満足」だった場合:その試料で
の分析対象成分に関しては要求を満たしている。他
の試料や分析対象成分に関しても同様な結果が得
られるよう技能の熟達をはかる
z 総データでの評価は「満足」だが、分析方法毎の評
価で「疑わしい」又は「不満足」の場合:使用した方
法での技能の向上を図る、又は他の方法に変更す
る
技能試験の活用に関する
現状と問題点
z 技能試験の存在に関する顧客側の認識不足
z 技能試験の目的に対する参加機関の理解度
の不足
z 行政機関による分析所の査定・選別指向
z 参加機関の間での分析値情報の交換
z 分析所内での技能試験への特別対応
20
化学分野における
これからの技能試験の方向
z 対象分野の拡大
食品科学・衛生、臨床検査、バイオサイエンス、ナノテクノロ
ジ−など
z 報告値への不確かさの付与
z 真値と見なし得る付与値にもとづく評価
z 前処理法又は/及び測定法を指定した試験
z 国際的プログラムとの協調
21