A.5.7 ハンチントン病は 100 年以上前から遺伝性疾患であると認識され

A.5.7
ハンチントン病は 100 年以上前から遺伝性疾患であると認識されていた。だが、病気を引
き起こす変異は 1993 年まで見つからなかった。血液サンプルの DNA 検査がすぐに開発さ
れ、それにより個人がこの遺伝子の異常型を保持しているか分かるようになった。この遺伝
子異常により脳、筋肉や精神機能が漸次衰えていく。それ以来、両親または親類にこの病気
を持つ人は皆、いらだたしい選択に直面している。検査を受けるべきだろうか?陽性である場
合、それが示すのは破滅である。治療法がない以上、この病気によって死んでしまうのは明
白だ。知らないという選択はより簡単だろう。多くの人は中年に至るまで症状を呈し始めるこ
とはない。また病気の進行は極めて緩やかである。だが、Martin がそうだったように、晴れが
たい疑いが人生のあらゆる場面に入り込んでくる。
もちろん、治療法や病気を遅らせる処置によって、緊張感は大いに緩和されるだろうし、ハ
ンチントン病と診断された 3 万人に及ぶアメリカ人の人生を永らえさせるだろう。研究者は、遺
伝子変異がどのようにして神経内の細胞機構を損傷するか、はっきりさせている。その知見
は、これまでのところ捕えどころのなかった治療法を示す手助けになるかもしれない。
致命的な知見
ハンチントン病の検査は極めて確かである。なぜならこの病気は単一遺伝子によって引き
起こされるからだ。このハンチンチン遺伝子(遺伝子の名前は病気の名前と異なるスペルで
ある)は第 4 染色体にある。通常この遺伝子はシトシン・アデニン・グアニン、CAG を 1 セットと
した繰り返し配列を含む。このセットがハンチンチンタンパク質の産生を引き起こす。CAG 配
列が遺伝子中に多く存在するほど、ハンチンチンタンパクはグルタミンに富むものとなる。健
常な遺伝子では、CAG 配列は最大 28 回まで見られる。だが、それが 35~40 回を超えると、
ハンチンチンタンパク中のグルタミン鎖が長くなりすぎ、問題を引き起こす。CAG 配列の数が
長くなるほど、グルタミン鎖も長くなり、より早い段階でより重篤な症状を示す。
Martin にとって遺伝子検査は自分が抱く気味の悪い懸念を追認するものとなった。だが彼
は、自分ができることを知ろうと決め、ドイツの Bochum の Ruhr 大学の N.R.W.H センターにカ
ウンセリングを受けるために出向いた。そこでは 600 人以上ものハンチントン病患者とその家
族が受け入れられている。「私は自分の運命を事実として受け止めている」Martin はカウンセ
ラーに対してこう述べ、そして質問した。「後々のために今自分ができることは何か?」チーム
はこの病気が様々な進行を示すことを話し合った。
CAG 配列を過剰に作り出す遺伝子変異は片親から受け継がれる。したがって子どもは、
両親のいずれかが保因者である場合、50%の確率で病気を引き起こす型の遺伝子を受け取
ることになる。Bochum のセラピストは Martin の家族から遺伝パターンをたどることから始め
た。「祖母は電車の前に飛び出した。彼女は自分がしていることを分かっていたと思う。」
Martin は祖母は祖母の運命が悲しいものであると知っていたとほのめかしながら、そう記し
た。「また祖母の父は年を重ねてからとても奇妙になった。」Martin の母もまた、人生で遺伝子
検査による確定診断を受けたことがないにも関わらず、明らかにハンチントン病に苦しんでい
る。
Martin と妹の Susanne は遂にはあえて検査を受けた。もはや不確実性に耐えられなくなっ
たからだ。また自分の残りの人生や経歴の計画を立てたかったからだ。Susanne もまた異常
遺伝子を持っていた。彼らの兄弟は、死が間近かどうかを知らないでおくことを選んだ。
今日、コップを落とし電話番号を忘れたあの週末から 2 年、Martin は初めて明らかな兆候を
示した。手や足が突然震えたのである。Susanne には問題はなかったが、これまで気づかな
かったような自分自身の何とない振る舞いが、来るべき困難の先駆けではないかと思わざる
を得なかった。病気の症状は、典型的に保因者が 35~45 歳のときにはじまるが、近親者の
間であっても、発症・進行は大きく異なる場合がある。Martin の 10 歳になる息子がすでに犠
牲者だろうとは、だれも思いたくなかった。彼を担当している小児科医はその子の痛みや筋
力の低下、それに伴うちょっとした運動調整の問題が他の原因によるものだと信じたかった。
だが、発症後、また Martin の診断から 6 年後、息子は検査を受けた。実際、息子は幼児性の
ハンチントン病だった。これはまれなものであり、ハンチンチン遺伝子が非常に長くなったこと
で引き起こされるものである。
冷酷な進行
ハンチントン病は、その確定した名前がつけられる以前から数世紀に渡って知られてい
た。中世には、the dance と呼ばれていたその病気の犠牲者はドイツ Ulm に巡礼し、Saint
Vitus の聖堂で祈った。そこから病気の名前が Saint Vitus’ dance となった。病気が遺伝性疾
患であると最初に認識したのは若きアメリカ人神経学者 George Huntington で 1872 年のこと
だった。彼は父親とともに New York City 郊外の Long Island に住む家族の症例を追跡して、
連鎖球菌の感染によって引き起こされ、似たような症状を示し、わずかに存在した舞踏病と
区別するに至った。今日、アメリカにはハンチントン病患者がおよそ 1 万人に 1 人いる。
この病気にもともとの名前を与えた症状は、「舞踏」のような動きである。これは最も頻繁に
起こり、最も顕著な影響である四肢の誇大な動きである。患者は最初このような痙攣を、肩を
すくめることとしてごまかそうとしたり、あるいはそれをストレッチのような慎重な動作に変えよ
うとしたりする。だが、少しずつ筋肉は言うことをきかなくなる。突然顔がゆがむことに悩まさ
れ、会話や飲食が徐々に難しくなっていく。後期になると、動きがより緩慢になる。筋収縮が
大きくなったために、分・時間単位で痛みを伴う四肢の引きつけが生じる。
特徴的な精神的症状は身体的症状があらわれてから数十年後にあらわれる場合がしばし
ばある。この病気によって不機嫌な状態が繰り返し現れる。だが検査で陽性が判明した患者
はまた、破滅が間近であることを知ったために、大きな感情的な波に落ち込むことになる。人
間性の変化を目の当たりにする近親者も多い。患者は誇大妄想に駆られ、根拠のない嫉妬
により周りにいる人間を虐げたり、微々たる意見の相違にもかなり攻撃的に反応したりする。
病気が進行するにつれ、数日または数週間に渡って小さな問題に気を病むことがある。そし
て家族に負担をかけ、社会的結合を破壊するのである。患者の認知能力もまた衰える。記憶
力が衰え、集中力が徐々になくなる。症状が進行すると認知症になったり、全く生活できなく
なったりする。病気の初期であっても、精神の消耗が重なると個人の人格や仕事に破滅的な
影響をあたえ、自殺衝動も珍しくない。
コミュニケーションの崩壊
ハンチントン病での筋肉および精神活動の問題を引き起こす機構を詳細に調べようとして
いる研究者は、なぜこの病気がこのように様々な年齢で発症するのかを明らかにするところ
から始めなければならない。ハンチンチン遺伝子の変異に伴い、他の遺伝性因子が重要な
役割を果たしていることを見出している。例えば、脳にあるニューロン上の受容体がグルタミ
ンに結合する速さには大きな差がある。グルタミンは、ニューロン間の情報伝達を促進する伝
達物質である。患者の持つ受容体タンパク質のタイプによって、病気がどのくらいの早さで発
症するかが決定される。
まれであるにも関わらず、ハンチントン病は、パーキンソン病やアルツハイマー病といった
一般的な神経変性疾患がどのようにして脳を損傷するかを明確にする際の焦点になった。ハ
ンチンチン遺伝子が見つかってから 13 年の間に、科学者たちは神経の破壊をもたらす機構
に関して様々な知見を得てきた。ハンチンチンタンパク質は、ハンチントン病では症状が悪化
する上での唯一の原因であり、他の複雑な要因がなく複雑になっていないので、解明の道の
りを科学者にもたらしたのである。
ハンチンチンたんぱくはそれ自体「悪い」タンパク質ではない。哺乳類の胚発生において重
要な役割を果たしていると考えられている。だが、変異遺伝子を持つ人が年をとると、異常な
までに長いタンパク質が細胞の生存に必須な他のタンパク質に結合してその機能を損なわ
せる。
影響を受けるタンパク質には転写制御因子も含まれている。転写制御因子は遺伝情報の
正確な読み取りをもたらすタンパク質だ。もしハンチンチンタンパク質が細胞内の転写制御因
子に結合したら、細胞の遺伝子活性は障害され、細胞内のタンパク質合成制御が破綻する。
合成できなくなったタンパク質には、グルタミン酸のような神経伝達物質をシナプス(ニューロ
ン間の間隙で、情報伝達が行われる)から除く役割を担うものがある。過剰量のグルタミン酸
がシナプス上に残った場合、接続するニューロンは持続的に興奮する。このような過剰な活
動により結果として細胞が障害を受ける。この現象は興奮性毒性と呼ばれ、実験動物で示さ
れている。
ハンチンチンが神経の作用に対して、これまで考えられていたよりも深く関わっていること
を示す証拠もまた増えている。ハンチンチン結合タンパク質(HIP-1)は神経細胞内での伝達
物質の分泌および再取り込みを助ける。長いハンチンチンタンパク質鎖は HIP-1 に正しく結
合できず、アポトーシス(プログラム細胞死)を開始する酵素反応の一連の反応を引き起こ
す。神経細胞の自殺が引き起こされるのである。
他の理論は長い遺伝子がハンチンチンタンパク質の折りたたみ不全を招くという観察結果
に基づく。折りたたみが誤っているタンパク質はその後、ニューロンの代謝を破壊する。ミトコ
ンドリア(細胞の動力工場)の呼吸系がもはや正常に機能しなくなる証拠が示されている。そ
の結果エネルギーが欠乏して細胞が死んでしまう。
治療法を求めて
これまで研究者は、そのような致死的な細胞の障害を治すことについて、ほとんど考えが
浮かばなかった。様々な薬による治療はハンチントン病の症状にしか影響しない。例えば、神
経科医には筋収縮に対処する神経遮断薬を処方する者がいる。これらの薬は患者の移動性
を制限するという不幸な副作用をもたらしうる。また、患者の精神的問題を抗鬱剤、鎮静剤、
または抗精神病性神経遮断薬により処置している医師もいるかもしれない。残念だが、精神
的な能力の喪失に対する処置は今でもない。精神的な能力の喪失こそ、間近に迫った筋力
の問題よりも Martin を怖がらせた予後である。
世界中の研究室の中には、ニューロンの障害を遅らせるあるいはとめる薬剤を探している
ものがある。一つの候補としてグルタミン酸アンタゴニストがある。これはグルタミン酸の分泌
を調節する。riluzole という化合物はすでに、重篤で進行の早い神経系の病気、例えば ALS
やルーゲーリック病や対して効果があることが示されている。この薬剤は現在、ヨーロッパ中
で臨床試験にかけられており、450 人のハンチントン病患者が参加している。
また、minocyclin という抗生物質にも期待が持てる。2003 年に Harvard Medical School の
Robert M. Friedlander は、ハンチントン病のマウスに minocycline を投与すると、ニューロンの
自殺を引き起こす酵素の活性を阻害したことを示した。
折りたたみの誤ったハンチンチンタンパク質の凝集を防ぐと考えられる物質もある。折りた
たみ異常のタンパク質が凝集すると、ニューロン死が進む。2004 年、日本の the RIKEN Brain
Science Institute の研究者が、様々な砂漠の植物で作られる糖である trehalose によって、タ
ンパク質の凝集が妨げられることを報告した。マウスにおいて凝集を防ぐと、病気の発症も遅
れた。
医者はまた、体内で作られるコエンザイム Q やクレアチンのような物質も探索している。コ
エンザイム Q は人に普遍的に存在するが、抗酸化剤で、完成酸素を捕え、ハンチンチンタン
パク質による障害を抑制する可能性がある。クレアチンは肝臓や腎臓で作られるが、筋肉や
脳の細胞でのエネルギーの貯蔵を促進する可能性がある。どちらの場合も、動物実験ではう
まくいっているが、ヒトにおける有効性についてはまだ信頼に足る証拠はない。
遺伝子治療についても取り組んでいる。2005 年、the University of Iowa の Beverly L.
Davidson と Scott Q. Harper は、マウスの変異ハンチンチン遺伝子の働きを抑えることに成功
した。このチームは、変異ハンチンチンタンパク質に対する遺伝構造を巧妙にまねた。RNA 断
片をマウスの脳に注射し、変異タンパクの合成を止めた。マウスは病気を引き起こすハンチ
ンチンタンパク質をそれほど作り出さなかった。
幹細胞は手助けになるだろう。2000 年、the Henri Mondor University Hospital in Creteil,
France の Anne-Catherine Bachoud-Lévi は、神経幹細胞を中絶胎児から取り出し、それをハ
ンチントン病患者の脳に移植した。そして、幹細胞が死んだ細胞と置き換わるかを調べた。2
年後、the University of South Florida の Robert A. Hauser も同じような取り組みをおこなった。
どちらにおいても、治療に反応した患者がいたが、脳溢血に苦しむ患者もあり、脳溢血により
病状は悪化した。全患者は外来細胞に対する免疫反応を抑制するために、他の薬を投与さ
れなければならなかった。
今日、病気が厳しく進行していくことを妨げるために Martin ができることはない。だが、治療
に関してこれほど多くの方法が調べられていることは、かつてなかった。ヨーロッパからアメリ
カに至るまで、科学者たちはより大きな研究を準備しており、血液検査を受けなくとも家族歴
から考えて危険と思われる人も含めて、多くの犠牲者が参加しようと備えている。患者の支援
により、Martin のような患者に対する最終的な解決方法を作り出す希望は残っている。
設問 1
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設問 2
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