「落書き」行為に着目したノート

「落書き」行為に着目したノート
Y09232 山田 理絵
指導教員 増成 和敏
1.はじめに
ブログなどにアップロードされている学生がノートに
ノートに落書きする行為は私自身も経験がある。電話の
書いた落書きとコメントを集めた。ヒット数の多さから、
メモを取りながら簡単な絵を描いたり、授業中に要点を台
自己満足の落書きでも誰かに見てもらいたいという意識
詞として喋るキャラクターなどを書いたりしていた。学生
が存在すると推測できる。コメントは「授業は上の空」
「板
ならば多くの人が一度は覚えがあるだろう。今回は、その
書やポイントなど必要なものはすべて書いた上での、こっ
ノートの落書き行為に興味を持ち研究対象とした。
そりな趣味」「逆に先生に褒められるような落書きを描
2.研究の目的
く!」などがあった。集めた落書きを、縦軸:絵の大小、
本研究の目的は、ノートの落書き行為について調査し特
横軸:描画時間でマッピングし、分析・考察した。書かれ
徴を明らかにすることである。調査結果より、落書き行為
たものは「小さく短時間で書ける単純な絵」が多く、デフ
を活かすノートのデザインを提案する。
ォルメされ書きやすいからか、最も多く書かれていたもの
3.研究方法
は「アニメ・漫画のキャラクター」、次いで「動物」だっ
①落書きについての文献調査をする。
た。今回集めた落書きされたノートはほとんどが横書きで
②ノートの落書きを集めて現状を調査する。
あり、ノートの右側、特に右下に空白が出来やすく、そこ
③分析からノートの落書きの特徴と行為を誘発する要素
に落書きしやすいことが分かる(図 2)。課題や授業をそ
を抽出する。
っちのけで落書きに没頭してしまう問題がある一方、授業
④街の落書きについて実地調査をし、現状を知る。
の暇な時間を見つけて落書きをする、補足のために落書き
⑤街とノートの落書きを比較し特徴をより明確にする。
をするなどうまく両立させている学生もいる。授業そっち
4.調査結果
のけタイプ、両立タイプのどちらについても、ノートの落
(1)朝日新聞記事調査
書きは「書くぞ」と意識して書くものではなく衝動的・本
戦後から現在までの日本における落書きを知るために、
朝日新聞縮刷版でキーワード「落書き」と設定し1945(昭
能的な行為である。
(3)街の落書き調査
和20)年から2011(平成23)年までの記事内容を通読した。
2012(平成 24)年 6 月に原宿駅周辺を調査した。制服姿
図1は、記事件数の推移をグラフにしたものである。初め
の若者が多く、ズラリと並んだ店舗の隙間や電柱に無数の
て落書きという言葉が使われたのは1960(昭和35)年であ
落書きがあった。短時間でできるタグやステッカーが多く、
り、登場以降2008(平成20)年まで増加傾向にある。特に注
同じデザインのものが離れた場所数カ所にあった。街の落
目したのは急激に記事件数が増加した1989 (昭和64/平成
書きは、自己主張の面が強く、そのために自分を表すサイ
1)年、1997(平成9)年、2003(平成15)年、2008(平成20)年
ンが多かったと考察できる。原宿にはアーティスティック
である。これらの年は消費税制定や増税があったことから、
な落書きは見つけられなかったため、街の落書きの芸術性
経済などに不安・不満が生じると落書きは増えると推測す
は調査できなかった。しかし、小林茂雄著の『街に描く』
る。記事のほとんどが公共物に書かれた落書きについてで
[注1]内のインタビューをまとめると、アーティストたち
あったため、街の落書きは人々のネガティブな心を映し、
は自由に自己表現をする。そのとき感じた気持ちをそのま
不平不満を表現する行為ととれる。
ま描き多くの人に見てもらう場として外壁を選んでいる。
街の落書き以外に、ノートの落書きを扱った記事も少数
だがあった。特に注目した記事は 2005 年 7 月 5 日「芥川
龍之介の素顔映すノート
戯画や結婚観、2冊に」で、芥
川龍之介が東京帝国大学在学中に記した聴講ノートが発
見されたというものである。芥川龍之介は、もっとも尊敬
するとしていた教授の授業でノートに落書きをしており、
落書きは教養の高さなどに左右されない本能的な行為だ
といえるだろう。記事は、芥川龍之介が教授や当時の俳優
の似顔絵などを書いていたと伝えている。
(2)ブログによるノートの落書き調査
図 1 1960(昭和 35)年から 1989(昭和 20)年の件数
表 1 ノートの落書き行為の目的
行為の理由
紙
どちらにもあ
てはまる
1
暇つぶしのため
2
眠気覚ましのため
3
スペースを埋めるため
4
理解を助けるため
5
面倒なことから逃避するため
6
記録のため
7
リラックスのため
8
不満の解消のため
9
遊びのため
1
2
3
4
5
6
7
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
8
9
10
1
7
4
1
1
1
1
1
1
1
1
3
1
5
1
2
1
1
10 リアクションがほしいため
1
1
1
1
計
1
1
1
1
1
2
1
1
1
1
1
1
6
5
表 2 街の落書き行為の目的
行為の理由
街
図 2 落書きがされていた位置
また、違法行為の中にも独自のルールが存在し、守った上
どちらにもあ
てはまる
1
自己主張するため
2
スリルを味わうため
3
縄張り主張のため
4
流行にのるため
5
人に見られたい
6
街の活性化のため
7
ストレス発散のため
8
芸術のため
9
不満の解消のため
1
2
3
4
1
1
1
1
1
5
6
7
8
9
1
1
1
1
10
11
1
1
3
1
3
0
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
11 リアクションがほしいため
1
1
1
1
1
1
1
分を格好良く表現するための行為であり、ノートの落書き
とは違って多くの準備を必要とすることから意図的、計画
的な行為である。
5. 落書き行為を活用するデザイン提案
調査結果からブレーンストーミングを行い、落書き行為
の目的をノートと街に分けランキング付け評価し (表1・
2)、ノートの落書き行為の分析を行った (図3)。ノートの
落書き行為の目的上位2つの「暇つぶししたい」
「遊びたい」
図 3 ノートの落書き行為分析
の共通の目的「リアクションがほしい」にも着目した。ノ
ートの落書きは自己満足の面が強く、この目的が満たされ
にくい。一方、街の落書きは大勢の人に見られ反響を得や
すい。街の落書きのように多くの人に落書きを見せる仕組
みをつくることでより積極的にノートの落書き行為を誘
発できる。
落書きを誘発するノートの先行事例として、「大人のた
めの落書き帳」[注2]「Walls Notebook」[注3]などがある。
特に、
「脳が目覚める! らくがきノート」[注4]中のコラム
で茂木健一郎は「どこでもできる手軽さがありながら、脳
の活性化に役立ち、新しい「発想」や「創造」を生む。」
図 4 落書きノートの活用フロー
える力を高める行為である。
本提案は、ページの右下に落書きのスペースを設けたノ
注)
ートである(図4)。落書きスペースは、切り取り可能にす
1)『街に描く―落書きを消して合法的なアートをつくろ
ることで落書きを積極的に人に見せる効果がある。スペー
う』(小林茂雄/東京都市大学小林研究所, 理工図書,
スの大きさは10枚ごとに変え、目的のページを探しやすい
2009 年)
新しいノートの形となった。また、落書き行為を誘発する
為に、背景に柄を入れることで遊び心と創造力をかき立て
るようにした。さらに、
「リアクションがほしい」という
落書き行為の目的を満たす為の仕組みとして、落書きスペ
ースの四隅にマーカーを設置し、スマートフォンで読み取
り、専用のSNSに投稿することで落書き仲間とコミュニケ
ーションをとることができる。
3
3
1
で格好いい表現を目指しているとあった。街の落書きは自
と述べており、落書きは単なる遊びではなく脳を働かせ考
1
1
1
1
1
7
4
1
10 遊びのため
を満たすデザインをアイデア展開した。また、ノートと街
計
7
1
2)ページに書きかけの落書きと英文による質問がプリン
トされており、それに答える様に落書きする。
3)街中に落書きをしている気分になれるノート。様々な
街の壁の写真が背景としてプリントされている。
4)ページに落書きのぬり絵、書きかけのイラスト、など
がプリントされている。落書きに関するコラムもある。
7