講演録 - 北海道大学工学部

9.大学院教育の国際競争力
合田隆史氏(文部科学省高等教育企画課長)
司会: 引き続き、文部科学省の合田様に「大学院教育の国際競争力」というタイトルで
ご講演をいただきます。私は司会を務めさせていただきます東工大の三上です。よろしく
お願いいたします。
簡単にご略歴をご紹介いたします。東京大学法学部をご卒業後、昭和 53 年に文部省に
入省されました。その後、大学課長を経て現在は高等教育企画課長をなさっておられます。
その過程で「ミッドウェストのハーバード」と言われているミシガン大学で修士を取得さ
れ、8大学工学部長会議には、大学課長補佐当時にオブザーバーとして参加なさっていま
した。
今回は、非常にプロットのはっきりした要旨を書いていらっしゃいますので、それをフ
ォローしながらお聞きいただければ、非常にわかりやすいかと思います。それを補足され
る意味で資料をパワーポイントで昨晩か今朝か、大変お忙しい中つくられた資料が送られ
てまいりました。非常にわかりやすいお話がいただけるかと思います。では、合田先生よ
ろしくお願いいたします。
合田: 私は、一時期東工大の総合理工学研究科で客員としてお世話になっておりまして、
その恩返しの意味も込めまして、参上いたしました。
「大学院教育の国際競争力」という大変難しいタイトルをいただきました。言いたいこ
とはたくさんあります。失礼なことを申し上げるかもしれませんが、私自身は、大学関係
の仕事に長く関わってきておりまして、広い意味で大学人のサークルの内部の人間のよう
な気分でおりますので、悪意はありませんのでご容赦願いたいと思います。早速お話を始
めさせていただきます。国際競争力の4つの観点で考えてみたらどうかと考えました。
第1に規模の問題です。大学院は量的にも質的にも、国際的に見て非常に問題だと言わ
れています。
規模については、左側が学部学生に対する大学院学生の比率、右側の白いバーは人口
1,000 人当たりの大学院学生数で、いずれも規模補正をした上で比較しております。若干
データが古く、かつアメリカとイギリスはパートタイムの学生も入っていますので、それ
も割り引かなければいけません。でも、それでも大学院の規模は小さいです。もっとも、
これは人文社会系も含めての話で、工学系に関してはそれほど遜色はないと思います。
しかし、規模の問題はそこで行われている教育研究水準とのかかわりを考える必要があ
ると思います。私どもは大学院の量的整備をしなければいけないということで、大学院の
重点化をはじめ、量的に拡大したいという大学の要請にこたえて拡大をしてきました。し
かし、拡大した結果、低学力の学生たちが入ってきて大変困るという声も耳にします。人
口比でも対学部学生比で見ても、国際的に見て非常に小さいのに、入ってくる学生の力が
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低いということは、学部教育のレベルが低いと考えざるを得ません。この面を何とかして
いく必要があるということで、話を質の問題に移します。
質の問題については、ちょっと話が飛躍するように思われるかもしれませんが、論文博
士の問題があります。日本のスクールとしての大学院制度が育たない大きな原因の一つが、
論文博士制度だと言われております。しかし、それにもかかわらず廃止になりません。こ
れはどうしてなのだろうという疑問があります。
もう一つ、研究所で学位を出せないのはおかしいのではないかという意見があります。
大学内の研究所はともかく、国研(国立試験研究機関、現独立行政法人)のような、教育
機関としての体制にとっていないところで、学位を出せるようにすべきだという意見が非
常に根強くあります。これはなぜなのでしょうか。
これはつまるところ、大学院に通っても、企業にいて論文を書く、あるいは国研で論文
を書くというのと大してかわらない、という実態ができ上がってしまっているからではな
いでしょうか。それなら、なぜ論文博士がいけないのか、なぜ研究所で学位を出してはい
けないのかという話になるのも、むべなるかなというわけです。
日本の大学院生の国際的な評判については、先生方の方がご存じかと思いますが、いろ
いろなところから伺いますと、大体そこにあるように視野が狭い、自分のピンポイントの
専門分野を外れると、「それは専門外なので」という話になる、専攻分野をなかなか変え
ようとしない、まじめだけれどもマニュアルがなければ何もできないという悪口が聞こえ
てきます。極論だとは思いますが、そこをどうするのかを避けては、大学院教育の国際競
争力は語れないでしょう。
次に、資金調達能力の問題について考えてみたいと思います。
日本の高等教育に対する公財政投資の少なさと、競争的研究資金が非常に少ないことが
問題だと言われています。確かに少ないです。このグラフは、研究開発投資に占める競争
的資金です。米国は全体 20 兆円のうち 3.5 兆円、それに比べて日本は全体が 3.3 兆円です
から、約3分の1です。競争的研究資金に至っては 0.3 兆円ですから 10 分の1になって
おります。これで国際的に戦えと言われても無理な話で、きちんとお金を出してくれとい
うのがご意見です。確かにごもっともなので、我々もぜひ関係予算の増額は実現したいと
思って、いろいろ努力はしております。
ここから先の話はここだけの話ということで、マスコミや財政当局の方はおられないと
思いますので申し上げます。それは一般論です。8大学工学部に関しては、いろいろな計
算の仕方がありますからわかりませんが、ラフに言って、国際的に見て遜色のない予算措
置が行われていると思います。日本全体として8割は私学ですし、国立大学は非常にきつ
い階層構造になっています。逆に言うと、ごく一部の大学にお金が集中する形になってい
ます。
..
8大学工学部に関しては国の金がきちんと出ていて、逆にそれがあだになっているので
はないでしょうか。きょうは8大学以外の方々もおられるかもしれませんが、8大学の方々
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は、わざわざ苦労して取ってこなくても、そこそこお金があるという状態になっているの
ではなかろうかと思います。実際、いろいろなところからもっとお金を取ってくるパワー
がおありの先生がおられるのに、そういう先生がおられる大学は、そこまでのことをしな
くてもちゃんとお金が来るという環境になっていて、その結果、政府資金以外、かつ授業
料や学生納付金以外の民間からの収入が非常に少ないという構造ができ上がっているので
はないかと思います。
一方、そういう状況で競争的研究資金がどんどん伸びてきています。しかし、総額とし
てはまだまだ少ないのに、それにもかかわらず研究費バブルになっているのではないだろ
うかとも言われます。これは特定の人たちのところに集中しているなどと言われています。
一般に言われていることもさることながら、日本の大学は貧しさになれていて、けたの違
うお金を使えと言われても、どうしたらいいかわからないというところがあるのではない
かと思います。そういう状態で、中途半端に研究費バブルになっているのではないかとい
う気がいたします。この辺は、いろいろご意見をいただければと思います。
貧しさの象徴が、大学院学生をチープレイバーとして使っているということです。特に
国立大学については、国がきちんと研究支援職員についての予算措置をしないのがいけな
いという話になっています。しかし、制度的には国立大学についても、今後は研究費や交
付金という形で、きちんと支援職員の採用もできるようになります。あとは先生方の才覚
次第です。
最後に、我々自身が非常に問題だと思っていることをご指摘申し上げます。大学院を支
える社会的なインフラの問題です。企業の雇用慣行や人事慣行の問題です。大学院で勉強
をして学位を取った人材が、職場で優遇されているだろうか、あるいは大学院で学んだこ
とを生かせるような処遇を、企業や社会がやっているだろうかということです。これは、
教育を考える場合には非常に重要な問題です。教育には入口と出口があります。どういう
人たちが入ってくるか、出口でどういう人を社会が求めているかの兼ね合いで、プロセス
が決まってくるのが自然な姿です。今まではそのプロセスに関係なく、大学が勝手にやっ
ていたのではなかろうかと思いますが、これからはそうはまいりません。そうすると、大
学院が置かれている社会的な環境はどうなのかが、当然問題になってきます。
修士の修了者は売れるけれども博士の修了者はなかなか売れないとも言われています。
これは大学院側にも問題があると思いますが、社会側にも問題があります。社会の側が専
門性をきちんと活用する形になっていない、あるいは大学にお金を出す場合でも、欧米の
企業と日本企業では明らかに行動パターンが違うとも言われています。このように、大学
を支える社会的インフラがきちんとしていないと、単にお金の問題だけではなくて、大学
院が国際的に戦うには非常にハンディキャップになるということを、社会の側がきちんと
認識していただきたいと思います。
競争力を高めるために必要なことはいろいろあります。大学側として何ができるかとい
うことに絞って、2点お話をします。
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最近、小林陽太郎さん(富士ゼロックス株式会社代表取締役会長)が、ある論文の中で、
次の2点を指摘されています。1点目は開放的で多様性を許容するものへと組織文化を変
えていくことです。2点目は、大学に行く人の Concept を明確にする、Competence を生
かすためにどういう教育をするか戦略を立てる、国際的なネットワークをつくっていく
Connection という3つのCです。
特に、開放的で多様性を許容する組織文化が重要だと思います。そのことを私なりに整
理し直しますと、1つは多様性があるのではなかろうかと思います。大学の学生さん、先
生もそうですが、どこの大学で何を学び、大学院に入ってどういうキャリアをたどって大
学の教員になるのかという1人の人について考えたとき、どういうプロセスをたどるかと
いうことです。これに関しては、いわゆるインブリーディング、同じ世界の中で育ってい
くということの問題として挙げられるかと思います。
もう一つは、組織内部の多様性です。組織の中に外国人や女性が少ないと言われていま
す。そういうことだけではなく、いろいろな経歴の方、できればいろいろな分野の方が、
1つの組織の中で活動するという、多様性が高ければ高いほど活性化するのではなかろう
かと言われています。
もう一つ、外との相互作用という部分もあります。これは最近、進化経済学などと経済
の先生方がおっしゃることです。進化というのは、異なるものの間の相互作用を刺激とし
て進むと言われています。大学と大学の外との間で活発な相互作用が行われることが、大
学自身の進化に重要だという意味です。
よく「産学連携」と言われますが、大学が産業界に貢献するといったような文脈ではな
く、産学連携の中から大学自身が進化していく契機をつかみ取るという関係をつくってい
くことが重要ではないだろうかと思います。そういう相互作用の中で、創造的な営みが行
われていくと思います。私などの立場にいて、いろいろな方々が、おっしゃることを耳学
問みたいなことでいろいろと伺い、それを整理するとそういう感じです。
以上で大体きょうお話ししたいことの本論は終わりました。最後に、蛇足として「何の
ための国際競争力か」をぜひ考えていただきたいと思います。
最近よく言われるのは大学の生き残りです。国内的には学生獲得競争だと言われていま
す。国際的にも大学の生き残りをかけるために、我々はいろいろなことをやっていかなけ
ればいけないということもあります。
また、産業競争力を支えるためには、大学にも国際競争力が必要です。それは研究の面
でも、人材の面でもそうです。これは聞き飽きるほど言われています。しかし、我々は何
のためにあくせくしているかを余り考えていないように思います。どこを見ても国際競争
力と言われるものですから、いいかげんにうんざりした気分です。
そこで、少し引いて考えてみると、そもそもは自分のため戸いうこともあるのかも知れ
ません。「ノーベル賞は何のためか」と書いて、「金メダル」に変えたのですが、金メダル
を目指して頑張っているというのも一種の国際競争力だと思います。自己実現のためにが
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んばっているということかもしれませんし、日本の国のため、日本人に誇りと勇気を与え
てくれるというものでもあります。そういう面もあると思います。
世の中には余り品のない役所があって、金メダルを何個取るとか、ノーベル賞を何個取
るというのを、こともあろうに国家的な目標に掲げるという大変恥ずかしい部分もありま
す。ちょっと感動するのは、お母さんありがとう、とか、監督ありがとう、みたいな、そ
ういう世界もあるのかなと思ったりもします。
国際競争力といって、我々や我々の周りにいる人たちが、結果として本当に幸せになっ
ただろうか、世の中が本当によくなっただろうかと考えてみることも必要なのかとも思い
ます。そういう意味では、大学院や大学の教育や研究の社会的な役割、具体的な意味とは
何かと我々自身が問い直すことによって、こういうことのために自分たちは研究に励んで
いるのだということを、社会の人たちにメッセージとして伝えられるという部分が、中核
に来るものだと思ったりもします。
最後は全く蛇足でした。とりあえず私の話は以上にさせていただきます。40 分話さなけ
ればならないかと思ったのですが、先ほどの様子を見ていると、後で質問の時間があるよ
うですから、くだらない話は終えまして、ご批判やアドバイス、ご質問などいただければ
と思います。以上です。ご清聴ありがとうございました。
(拍手)
司会: どうもありがとうございました。では、いろいろとご質問があると思いますので、
よろしくお願いいたします。どうぞ。
質問者: 今お金が結構出ているという話がありましたが、欧米と比べて、日本の大学に
は場所がないというのも一つだと思います。例えば教員1人当たりのスペースです。お金
を配分しているのなら、スペースをもう少し拡張するなどの予算措置はとれないのでしょ
うか。京大でも東大でも新しい建物にしていますが、結果的に学生1人当たり、教員1人
当たりのスペースは変わりません。それを変えるようなことはできませんか。
合田: きょうはあえてフローベースの話だけでそれを避けていましたが、つかまってし
まいました。ストックが弱いというのは確かです。これは明治以来ずっと貧乏で、やっと
お金持ちになったかと思った途端にバブル崩壊してしまったということになっています。
専門の先生方はご存じだと思うのですが、昭和 40
50 年代に、100 年持つような立派な
建物をきちんとつくっていれば、ストックとしてそれなりにできていたのだろうと思いま
す。しかし、とりあえずのその場しのぎをした結果、環境面のストックが劣化していった。
やっと 14
15 年前に、これではだめだという話になったのですが、財政事情もあって、
なかなかカバーできません。
ただ、弁解させていただくと、今の財政事情の中では例外的に、相対的には手厚い予算
措置がされています。今後とも努力が必要だと思っています。
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司会: ほかにありませんか。合田先生にはパネルディスカッションにも残っていただき
ますので、ひとまず合田先生のご講演は締めさせていただきまして、パネルディスカッシ
ョンに移らせていただきたいと思います。それでは最後にもう一度拍手をお願いします。
(拍手)
では5分間休憩させていただいて、30 分からパネルディスカッションを始めます。
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