求められるエネルギーシステムの転換 - 社会戦略工学研究室

求められるエネルギーシステムの転換
-持続可能な社会システムに向けて-
東京大学大学院工学系研究科
技術経営戦略学専攻 准教授 茂木源人
土地(環境)
,労働,資本,また,それらに加えて,水,資源,エネルギーを投入するこ
とにより,ヒトは食料を生産し,モノを作り,サービスを生み,経済を発展させてきた.
モノと情報が世界を巡り,国境を越えたグローバル経済の前に,かつてのような未開のフ
ロンティアは存在しない.限られた地球の表面で開発の手がかかっていないのは極域だけ
となりつつある.グローバル経済と言っても世界が一つになった訳ではない.それぞれの
経済クラスタの境界にあるのは地政学的なせめぎ合い.ビジネスはその隙間を突いてリス
クをとり新たな冨を創造する.地理的な制約を受ける地域固有の文化はすでに保護すべき
対象となりつつある.環境適応と自然淘汰という種の進化に真っ向から挑戦するかのよう
な傍若無人のヒトの活動を支える,大量の物流,ヒトの長距離移動,地球の裏側まで瞬時
に駆け巡る情報伝達,これらを可能にしているのが大量のエネルギー消費である.しかも
現在このエネルギーの大半を供給しているのは化石燃料,つまり太陽エネルギーの缶詰だ.
3/11 以降,わが国では,このエネルギーがかつて無いほどに関心を集めている.オイルシ
ョックに端を発した世界的な脱中東依存により,エネルギー源の多様性が追求され様々な成果と
教訓を残した.その最大の成果は,1990 年代から今世紀の初めにかけて,エネルギーというものを
意識することがほとんどなくなっていた,という事実である.2003 年以降,需給の逼迫と投機マネー
の流入により原油価格が高騰すると,石油は再び戦略物資として世の中に認知されるようになり,
一部の地域で資源ナショナリズムが台頭した.投機マネーは去りバブルは崩壊したが,原油価格
は 10 年前の 3 倍以上の水準で高止まりしている.このような中で福島原発事故は起きた.この,原
発史上 5 度目のメルトダウンとチェルノブイリ以来となる大量の放射性物質の環境拡散により,わが
国のエネルギー政策は抜本的な見直しを迫られることになった.環境対策やエネルギーセキュリテ
ィの切り札だった原子力とどのように向き合っていくのかが最大の争点であることは言うまでもない.
2030 年までに 14 基以上の原発を新・増設するとした現行のエネルギー基本計画は,元々実現
性が悲観視されていたが,福島後の現状では国民的な合意を得ることは極めて難しいと言わざる
を得ない.先進国,とりわけフランス以外の西ヨーロッパでは脱原発の動きが急速に広まっている.
しかしながら,一方で,一部の中東諸国などのように,エネルギー消費の急激な伸びから早急に原
発の新規導入を計画している国々があるのも事実である.
持続不可能な現行のエネルギーシステム
原発事故の如何に関わらず,前出の通り現行のエネルギーシステムはもとより持続可能
な代物ではない.当たり前であるが太陽の缶詰である化石燃料は枯渇性資源である.ウラ
ンもまた,現行技術の下では枯渇性資源である.特に現代社会が依然としてもっとも依存
し続けている石油は,天然ガス,石炭などと比べて最も早い資源制約の顕在化が懸念され
ている.図 1 はいわゆる「チープオイル」といわれる在来型石油,つまり比較的安価に生
産が可能な石油の生産キャパシティの推移予測である.
億bbl/年
350
300
250
埋蔵量成長20%
200
埋蔵量成長10%
埋蔵量成長0%
150
100
50
0
図 1 在来型石油の生産キャパシティ推移及び予測
これは世界的な石油情報企業である Wood Mackenzie 社の油田データベースに基づき,
中東と米国 48 州(アラスカとハワイを除く)以外のすべての個々の既発見油田に関して,
油田の特性に応じた生産プロファイルを求めた上で生産予測を行い,これに米国エネルギ
ー情報局(EIA)がまとめている米国 48 州の生産量推移予測と,同じく EIA が想定する中
東の生産シナリオを足した.さらに地域毎の未発見油田に関して,それぞれの地域の現在
までの発見履歴に基づく新規油田発見関数と,地域ごとの油田規模に応じた生産プロファ
イルにより,個々の未発見油田の将来の発見時期と生産推移を推定し,前述の既発見油田
からの生産分に足し合わせたものである.通常の油田においては当初の究極可採埋蔵量が
そもそも少なめに見積もられることが多い上,技術進歩や経済情勢の変化(特に原油価格
の高騰)などにより回収率が上がり,時間と共に見かけ上,究極可採埋蔵量が増えること
が多い.これを埋蔵量成長というが,ここでは埋蔵量成長がない場合,10%生じる場合,
20%生じる場合の 3 通りについて生産キャパシティの推移を予測している.世界の各エネ
ルギー関連機関の直近の予想通り需要が伸び続け,埋蔵量成長がこれ以上ないとすると,
遅くとも 10 年以内に,比較的安いコストで生産が可能な在来型石油の生産量は頭打ちにな
る.これは,それ以降は需要の劇的な減退がない限り,原油価格が 21 世紀初頭の水準に戻
ることはないことを意味している.
石油には,このような在来型の石油だけでなく,天然ガスの副産物として得られる天然
ガス液やコンデンセート,緻密な頁岩層に胚胎するシェールオイル,カナダのオイルサン
ドから抽出されるものやベネズエラのオリノコタールのような超重質油と呼ばれるもの,
さらには Gas-to-liquids や間接法の Coal-to-liquids,Biomass-to-liquids などのようにフィ
ッシャー-トロプシュ合成により炭化水素ガスから化学的に合成液化されたもの,将来的
には商業生産の可能性が残されているオイルシェール抽出物などが含まれる.図 1 の在来
型石油に天然ガス液,コンデンセート,及び非在来型石油の将来生産予測を加えた,世界
の石油生産キャパシティの推移予測を図 2 に示す.
ただし,これはあくまでも現状の油価における生産キャパシティの予測であり,需要制
約がかかれば原油価格が下がり高コストの石油が生産できなくなるため供給が減り,生産
量は抑制される.逆に需要がこの生産キャパシティを上回る場合には,需給がこの生産キ
ャパシティ近傍で拮抗するまで原油価格が上昇する.リサイクリングができない化石燃料
に関しては石油に限らずいずれも,今後遅かれ早かれこのような資源制約と需要制約のせ
めぎ合いが生じることが予想されている.
億bbl/年
400
350
300
250
埋蔵量成長20%
埋蔵量成長10%
200
埋蔵量成長0%
150
100
50
0
図2 世界の石油生産キャパシティの予想推移
一方で,世界の人口は当分増え続けることが予想されているので,一次エネルギー消費
も当分の間増え続けると考えられている.このような需要増大の中で環境制約がかかる石
油を本格的に代替することは容易ではない.石油が資源制約により生産減退期に入ったと
きの減退率は年率 2%程度といわれているので,潜在需要が年 1%程度増加し続けるものと
すると,需給バランスを保つために少なくとも当初は,毎年新たに約 1 億 2,000 万トン分
の石油が供給するエネルギーを代替していく必要がある.1 億 2,000 万トンの石油が持つエ
ネルギーは電力に換算すると約 1,483.4TWh となり,日本の年間発電量のおよそ 1.5 倍に相
当する.これを仮に,単位面積当たりの収量が 6.67kl/ha/年といわれるブラジルのサトウキ
ビ由来のバイオエタノールでまかなおうとすると,3,792 万 ha,つまり日本の国土面積程
度のサトウキビ畑が毎年新たに必要になる.稼働率 80%の 100 万 kW 級原発だと当初毎年
214 基のペースで増やす必要があり,設備稼働率 20%の 2,000kW 級風車だと 42 万 7 千基,
設置面積にして 9~17 万 km2 が毎年必要になる.わが国のほぼ倍の,年 2,000kWh/m2 の
日射量が得られる低緯度砂漠地帯で,セル変換効率 14%,モジュール効率 75%の太陽光発
電モジュールで代替するには,毎年 7,574.6km2,設備容量で 1,060GWp の太陽電池パネル
が必要になる(セル変換効率は東京の平均的な気温における値であるものとし,ジッダと
東京の気温差による発電効率低下分を考慮している).
R∙D/Shell が数年に一度シナリオプランニングにより作成している長期エネルギービジ
ョンの最後のものには,
Scramble と Blueprints という二つのシナリオが用意されている.
Scramble は将来にわたって各国がばらばらに自国利益最大化を図りエネルギーの争奪が行
われるシナリオで,Blueprints は環境目標を達成するため各国が協調し,炭素税の導入や
省エネを推進し,全体のエネルギー消費と共に,特にバイオマスと石炭の消費が抑制され
るシナリオである(図 3,縦軸は石油換算百万トン)
.
18,000
16,000
14,000
12,000
Other Renewables
Mtoe
Wind
10,000
Biomass
Nuclear
8,000
Coal
Solar
6,000
Gas
Oil
4,000
2,000
0
2000
2010
2020
2030
2040
2050
図3 R∙D/Shell 社の Blueprints シナリオ
図 3 では太陽光発電を意図的に石油・天然ガスの直上に配置しているが,この図からわ
かるように,太陽光発電が炭化水素資源の減退をほぼ補うことが期待されている.2050 年
における太陽光発電の一次エネルギー供給に占める比率は約 9.6%,石油換算エネルギー量
で 16.62 億トン(20,556TWh)となる.
持続可能なエネルギーシステムの可能性
持続可能なエネルギーシステムとはいうまでもなく,すべてのエネルギー需要を太陽,
風力,水力,潮汐,海流,持続可能なバイオマスなど,太陽と重力起源のエネルギーでま
かなう,ということである.とりあえず億年単位の持続可能性は考えない.また,大勢に
は影響ないが,地熱を持続可能なエネルギー源と考えるか否かは微妙である.現状の地熱
発電は多くの場合,井戸周りの熱抽出と供給のバランスがとれない(抽出エネルギー>供
給エネルギー)ので,ここでは持続可能エネルギー源とは考えない.
セキュリティやエネルギー効率,また,膨大な国際的インフラ構築の実現可能性を考え
れば,少なくとも当面は,グローバルスーパーグリッドのような超伝導電力網による世界
的な電源の融通は現実的ではない.再生可能エネルギーのポテンシャルにも地域的な偏在
があることを考えれば,地産地消を基本とする,地域ごとの特性に応じた最適エネルギー
ミックスとそれに適応した産業配置を考える必要がある.日本のように利用可能な土地が
限られていて,太陽光や風力のポテンシャルも限定的な地域では,産業構造の転換やエネ
ルギー消費の効率化による需要の削減が必要不可欠である.太陽光だけでは,原発を 40 年
以上かけて代替するのにも相当な覚悟が必要だ.
一方で低緯度乾燥地帯のように莫大な未利用地と太陽エネルギーのポテンシャルがある
地域では,エネルギー多消費型の産業構造でも,太陽エネルギーを機軸とする持続可能な
エネルギーシステムが構築できる可能性がある.このような地域は将来的にエネルギー多
消費産業を集積し世界の工場となり,世界経済の牽引役となる可能性を有している.また,
余剰太陽エネルギーを輸出できる可能性もあるため,革新的な電池や,液体燃料へのエネ
ルギー転換による太陽エネルギーの効率的な輸送方法の検討も必要不可欠である.
東京大学では 2010 年 11 月に「太陽光を機軸とした持続可能グローバルエネルギーシス
テム総括寄付講座: Global Solar plus Initiative; GS+I」がシャープ,日揮,政策投資銀行,
J-Power の寄附により発足した.これは総長直轄の総括プロジェクト機構傘下の全学組織
で 1 期 5 年間のプロジェクトである.この総括寄付講座では,現在,経済産業省,在サウ
ジアラビア日本大使館,サウジアラビア大使館などの支援を受け,サウジアラビアとの太
陽光を中心とする再生可能エネルギーの共同研究開発プロジェクトを推進している.
サウジアラビアはいうまでもなく世界最大の石油輸出国であるが,10 数年来の人口爆発
により今なお年 2%以上の勢いで人口が増え続けており,将来的な経済成長と相まって,こ
のままでは 2020 年代に,自国のエネルギー消費量が現在の同国のエネルギー生産量を上回
る可能性が指摘されている.また,装置産業である石油関連産業に偏重している産業構造
では充分な雇用が創出できず,若年層の急激な増加による失業問題が社会不安を招きかね
ない.このため,産業構造の多様化による雇用の創出が至上命題となっている.
GS+I はこのような点に着目し,サウジアラビアにおける太陽エネルギー関連産業の育成
と国内消費エネルギーの化石燃料からの転換を実現するために必要な,要素技術の研究開
発および社会システム設計を同国と共同で行うことを検討している.主な研究開発分野は
超高効率集光型 PV セル,エネルギー貯蔵システム,エネルギー輸送システムである.大規
模太陽光発電の出力変動は,当面天然ガス火力によりバックアップすることになるが,太
陽光発電の一層の拡大と共に,将来的には天然ガス火力だけでは足りなくなるため,蓄熱
を可能とする集光型太陽熱発電や,太陽エネルギーにより合成された液体燃料によりバッ
クアップする可能性も追求する.このような技術課題がクリアされれば,同国のエネルギ
ーシステムは将来の持続可能グローバルエネルギーシステムのモデルケースとなる可能性
がある.