4-2. 銀河の回転 分光器で銀河の光を分光して、見てみましょう。銀河は広がりが見える天体です。 このような天体の場合、分光スペクトルはどう見えるのでしょうか? 銀河のよう に広がって見える天体は、その場所によってスペクトルが異なっているかもしれま せん。そこから何がわかるのでしょうか? ここでは、可視光の代わりに電波のデー タを用いてみます。 <電波のスペクトルとは?> ○ 可視光と電波 電波も可視光と同じ種類の電磁波という波動です。ただし、電波は可視光と比べる と波長が桁違いに長いので、人間の受ける印象はずいぶん異なっています。 (問 1)電波と可視光とでは波長がどのくらい違うのだろうか? (問 2)電波と可視光とが示す共通した性質をあげてみよう。 (問 3)電波と可視光とで異なっている性質をあげてみよう。 ○ 電波輝線 可視光で輝線スペクトルが見られるように、電波でも輝線スペクトルを発する物質 があります。例えば、一酸化炭素分子がそうです。 (問 4)可視光で輝線スペクトルを発する物質には、どのようなものがあるか調べ てみよう。 (問 5)電波で輝線スペクトルを発する物質にはどのようなものがあるか、調べて みよう。 <銀河のスペクトルを見てみよう> ○ 広がって見える天体のスペクトル 銀河のように広がって見える天体のスペクトルをはかるには、どうしたらよいので しょう? (問 6)広がりが見える天体の場所ごとのスペクトルを調べる方法を考えてみよう。 (問 7)ある天体について調べた場所ごとのスペクトルをまとめて表現する方法を いくつも考えてみよう。 (問 8)それぞれの表現方法の長所、短所をあげてみよう。 ○ 位置‐速度図 天文学者が用いている表現方法の1つに位置‐速度図があります。これは、ある1 方向に沿った位置と光(や電波)の波長とを、それぞれ、縦横として、その面の上 に、光(や電波)の強度を示したものです。位置‐速度図のように、縦横の面上に 値が分布しているものは画像として表現できます。 ○ データを表示してみよう HOU-IPソフトで、銀河の位置‐速度図のデータn891_12.fts とn891_13.fts を表示して 見ましょう。また、この銀河の(可視光での)写真 n891_img.fts も表示しましょう。 用意されている位置‐速度図は2つありますが、どちらもNGC891という同じ銀河の ものです。NGC891は、円盤状の銀河を横から見たものです。位置-速度図の縦軸は、 この銀河の縦方向の位置を現しています。そして横軸は、スペクトルです。一酸化 炭素の輝線が現れる波長がドップラー効果により銀河縦方向の場所ごとに異なって います。 <銀河の運動を調べてみよう> ○ 位置‐速度図を読みとる HOU-IPソフトに含まれているNGC891の位置‐速度図は、銀河の横長方向に沿った 位置ごとに観測したものです。波長の違いを横方向に、空の上での位置を縦方向に して表示しています。カウント値は、電波の強さを表します。 はじめにn891_12.ftsについて以下の(問 9)~(問13)に取り組んでみよう。その後 にn891_13.fts の場合についても同じように調べて比較してみよう。 (問 9)表示された図を見て特徴をあげてみよう。比較的電波が強い部分のだいた いの形をスケッチしてみよう。 n891_12.fts n891_13.fts 2つのデータは、異なる物質が発する電波を観測したものです。速度が0ならば、 ファイルn891_12.ftsで観測されている電波の波長は2.6008mm、n891_13.ftsで観測さ れている電波の波長は2.7204mmとなります。 けれども、ここでは波長のずれをドップラー効果による速度のずれに直した場合の 数値が既に調べられています。 どちらの画像も、左端のピクセルが速度200km/s、右端のピクセルが速度850km/sに 当たります。また、上端が位置+4.128' 、下端が位置-4.128' に当たり、位置0' が 写真で見た銀河の中心に当たります。両者はピクセルごとに等間隔になっています。 (問10)画像全体の横方向のピクセル数はいくつあるか調べてみよう。ピクセルが 1つずれると、速度はどれくらい変わるだろうか? ファイル:n891_12.fts:1ピクセル=速度 ファイル:n891_13.fts:1ピクセル=速度 km/s km/s (問11)電波が強い領域の縁の速度を調べてみよう。特徴的な部分として、中心か ら上半分は速度の数値が小さい方の縁、下半分は速度の数値が大きい方の縁を それぞれ調べよう。空の上での位置(縦軸での位置)が異なる点、上下半分ず つ、それぞれ5ヶ所で調べてみよう。 ファイル:n891_12.fts ピクセル位置 上半分 下半分 速 度 平均速度からのずれ ファイル:n891_13.fts ピクセル位置 上半分 速 度 平均速度からのずれ 下半分 (問12)この銀河全体の平均速度を求めてみよう。さらに、銀河内の位置ごとでは、 平均速度からのずれはどれくらいになるだろうか? (問13)の表に書き加え てみよう。 ファイルn891_12.ftsでの平均速度 ファイルn891_13.ftsでの平均速度 km/s km/s (問13)上半分と下半分とで、平均速度、平均速度からのずれはどう変わっている だろうか? このことから銀河の対称性や運動について考えられることが何 かあるだろうか? 補充活動 ○ 銀河の回転運動を考えてみよう ドップラー効果で調べることができる速度は、前後方向だけです。これを視線速度 といいます。天体と観測者とを結ぶ線(視線)に垂直な方向(空で見たときの上下 左右)への移動速度は調べることができません。 さまざまな銀河の画像を見てみると、NGC891は円盤状の天体を真横から見ている ことがわかります。 さきほどまで調べていた、縁の速度は、銀河が視線方向に最も速く運動している部 分を調べていることになります。 (問14)円盤が、その中心の周りに円運動しているとしたら、空の上での各位置で 視線速度はどのようになっているだろうか? 全体がひとかたまりになって、 同じ周期で回転しているとしたら、円盤上の各部分の視線速度はどう見えるの だろう? 地球の方向 ※ この図では横方向が、地球から見たときの空の上での位置の違いになる。 (問15)円盤が、その中心の周りに円運動しているとして、円運動の速度が中心か らの距離が変わっても各部分の速度が一定であるような回転だとしたら、どう だろうか? どの部分が、空の上での各位置で最も速い視線速度になるのだろ うか? 円盤を上から見た図に描いてみよう。 地球の方向 ※ この図では横方向が、地球から見たときの空の上での位置の違いになる。 (問16)実際に観測された図を見ると、上の2つのうち、どちらの方が現実に近い のだろうか? (問17)今回調べた視線速度のずれから、銀河の回転(自転)についてどのような ことがわかるだろうか? 特徴をあげてみよう。その特徴から銀河の円盤につ いてわかることがあれば、それもあげてみよう。 [Teachers' Note] 4-2. 銀河の回転 この節は光のドップラー効果を用いることで、視線速度の分布から、天体の内部運動について の情報を得ることができるということへの理解を得ることが目的。このような方法論で天体内 部について、ある程度知ることができるという考え方自体が理解できればよい。補充活動まで 進むと、銀河という具体的な天体の内部運動についての考察までたどり着ける。そこまでいく と、大学や天文台にある分光データから銀河について研究することも可能となる。 銀河回転速度が測定可能な高波長分解能(高分散)データの入手のしやすさから、ここでは 電波輝線のデータを用いているが、可視光輝線・可視光暗線のデータでも原理的には同じこと が可能である。 ○ 可視光と電波 用語として「可視光」を本文中では定義していないので、未知の単語だと考えられる場合は、 概念を補う必要がある。1-1.や1-2.でのスペクトル概念から拡張して説明するとよかろう。 (問 1)は理科年表などを調べて、典型的な波長で比較すればよい。電波とされる電磁波の波 長範囲はいくらでも長いものまであるので、数値として1つには限らない。少なくとも 100倍以上(最短電波波長0.1mm、最長可視光波長1000nmとして)あることがわかればよ い。 (問 2)と(問 3)は、導入として設定しているので、いろいろな想像や着想を自由に書いて もらえばよい。 ○ 電波輝線 (問 4)は適当な例がなければ、「1-2 何がわかるだろう」参照。 (問 5)の電波で輝線スペクトルを示す物質は、状況・進行時間に応じて、生徒に調べさせて も、ティーチャーから提示してしまってもよい。電波輝線を示すのは主に分子、可視光 輝線を示すのは主に原子という違いはあるが、そこまで言及しなくてよい。 ◇ 参考資料の例: ・ 「理科年表」(丸善)→「宇宙電波」→「これまでに観測された星間分子」(天81) ・ 「宇宙スペクトル博物館 電波編 宇宙が奏でるハーモニー」(裳華房) ◇ 宇宙空間で電波輝線が検出されている物質の例: H2O(水)、NH3(アンモニア)、H2CO(アセトアルデヒド)、CH3OH(メタノール)、 SiO(一酸化珪素)、CS(硫化炭素)、OH(遊離水酸基)、HCN(青酸、シアン化水素) ○ 広がって見える天体のスペクトル (問 6)から(問 8)は、広がりを持つ天体のスペクトル表示のための導入として設定してい るので、いろいろな想像や着想を自由に書いてもらえばよい。以下に実例をあげるが、 これらにこだわる必要はない。先を急ぐようならば、(一例として)答えを示してしまっ てもよい。 天文学で実用化されている例: ◇ 「長スリット分光」:スリットの長さ方向の位置の違いを利用する ◇ 「多天体分光」:空の異なる複数の点で分光したデータを集積する ◇ 「ファブリペロー分光」:少しずつ異なった波長について狭い波長域の画像を多数集め る 電波干渉計を用いた場合を除き、電波天文学観測では原則として同時には空の1方向(1点) しか観測できない。このため、電波天文学観測のデータは「空の1点ずつについて分光観測を 行い、それを集積して広がった天体の分光観測データとする」という手法、すなわち上記でい う「多天体分光」に相当する観測が行われることが多い。 天文学研究に実際に利用されている表現方法: ◇ 「位置‐速度図」あるいは「スペクトログラム」:波長(あるいはドップラー効果と考 え換算した速度)と1次元位置とでの平面上に強度を表記する ◇ 「プロファイル図」:位置ごとに波長と強度を示した多数のグラフを平面上に配置する ◇ 「速度チャンネル図」:特定の波長(あるいはドップラー効果と考え換算した特定の速 度)での強度分布 ○ 位置-速度図 画像の表現法と基本的には同じ。画像の縦横が共に位置である必要はない。HOU画像カ リキュラムにあるように、学術的には「等高線式」「濃淡」「擬似カラー」などがよく 利用される。 ○ データを表示してみよう 円盤状の渦巻銀河を真横から見ていることに想像が及べばよい。このことは、傾きが異 なる銀河の画像をいくつか見せることで、生徒にも、ある程度、推測可能だろう。例え ば、M51,M101, M33, M31などを傾きの順に並べるとわかりやすい。 ○ 位置-速度図を読みとる (問9)では分布が、ほぼ点対称であること、中心に対して速度差が最も大きい部分がほぼ一定 の速度で見られることがスケッチされていればよい。 (問10)で速度を測るべき場所が決められない場合は、中心から上下端までを10等分して測る ことにするなどのアドバイスをすればよかろう。どのようにサンプリングするかもセン スのうちではあるのだが。また、「電波強度が強い部分の縁」というのが決めにくい場 合は、スライスを用いるなどの工夫が必要。このデータは、本当に観測したデータなの で、観測の不均一さなどが原因となって縁を明瞭に決めにくいものとなっているが、そ れを的確に処理できるかも、生徒の腕の見せ所。 (問11)では、「平均」の意味の取り方に自由度がある。「サンプル点での値の算術平均」で もよいし、分布の具体的な形状を考え、それでは不十分ではないかという意見がでてく る可能性もある。天文学的には「強度や誤差レベルで重みをかけた平均」という考え方 が標準的であるが、これを正解と考える必要はない。学術的にも、知りたい「平均」が 何を意味するべきなのかによって重みのかけ方は変わってくることはよくある。 (問13)では、画像の見かけだけでなく、運動的に言っても中心に関して対称であることに気 づけばよい。 ○ 銀河の回転運動を考えてみよう この部分は、内容が多少高度なので、補充活動とした。したがって、天文学的に知られてい る内容に理解が一致するためには、他の付帯情報が必要である。 (問14)は、銀河が例えば、全体が一体となった回転(全ての回転角速度が一定、剛体回転と いう)の場合は、円盤上の同一視線上のどの位置も視線速度は同じになってしまう。 (問15)は、回転速度が半径によって変わらない、すわなち、回転周期が軌道一周の長さに比 例する回転をしている場合である。このような、剛体回転でない回転を「差動回転」と いうが、ここであげたのは、そのうち、「平坦回転」と呼ばれる回転の仕方である。視 線と垂直な直径上で視線速度が最大となるが、その前後の部分は、それより遅い速度に なり、全体の平均速度までの間の値となる。 (問17)では、銀河の回転速度が銀河中心からの距離が変わっても、ほとんど変化していない こと(平坦回転であること)に注目できればよい。これによって、銀河の円盤が剛体で できていては困ることに思い至る可能性がある。かつて、渦巻銀河の「渦巻腕の巻き込 み問題」(渦巻が短時間に巻き付いてしまって見えなくなってしまうという問題)が天 文学者の間で議論になったのは、この類の観測結果による。重力と遠心力の釣り合いま で理解できているならば、これから、missing massの話まで持っていくことも可能である。 電波画像データの掲載論文 Sakamoto et al. 1997, Astrophys J. 475, 134
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