カンガルーケア(正常分娩後)中の分娩室の室温と新生児の体温、 血糖と酸素飽和度について 吉野産婦人科医院 ○小田美江、金築晴栄、河瀬しのぶ、青山恵里、古居幸代、原 百子、 吉野和男 要約 カンガルーケア中に痙攣、呼吸停止などの事故が発生し、低体温、 低血糖との関係が報告されている。今回、カンガルーケア(正常分 娩後)中の分娩室の室温と新生児の体温、血糖と酸素飽和度につい て検討した。分娩室の温度を 24℃以上と未満に分けて新生児の血糖、 体温、酸素飽和度を比較検討したが、両者に大きな差は認められな かった。新生児を母親の胸に密着して置き、タオル・毛布かかけて 保温すれば問題なく、いわゆる寒い分娩室でのカンガルーケアを一 律に危険視することはないと思われる。 Ⅰ.緒言 カンガルーケアは 1978 年に南米コロンビアの首都ボゴダで保育器 不足への対応策から生まれ、効果がみられたことから世界的に注目 を集めるようになった。日本のカンガルーケアは NICU で阻害されて いる母子(親子)関係をなんとか支援したいという情熱からスター トし普及した 1)。日本では「健康で出生した正期産児の出生後早期 の skin to skin contact (肌と肌の接触)をカンガルーケアと呼 ばれることが多い。最近、カンガルーケア中に痙攣、呼吸停止など の事故が発生し、低体温、低血糖との関係が報告されている 2)。そ こで、今回、カンガルーケア(正常分娩後)中の分娩室の室温と新 生児の体温、血糖と酸素飽和度について検討した。 Ⅱ.研究対象と方法 当院で 2010 年 2 月~5 月に正期産で出産した 2500g 以上の新生児 43 例を対象とした。分娩後 1、2 時間の分娩室の室温、出生直後、2 時間後の新生児の血糖と出生後 1、2 時間の新生児の体温と酸素飽和 度を測定し、分娩直後の分娩室の室温 24℃以上(28 例-以下 A 群) と室温 23.9℃以下(15 例-B 群)に分類し比較検討した。室温は、 電波時計についている室温計にて室温を測定した。 当院でのカンガルーケアの手順は以下の通りである。①分娩室の 室温を 24~25 度に設定できるように温める。②出産直後に新生児を 受けるタオルはインファントウォーマー下で温めておく。③出生し たらすぐに温めておいたタオルで新生児の手以外の血液や羊水をふ き取る。新生児の手は羊水の匂いを残しておく。うつぶせの状態で 母親の肌と新生児の肌が密着するように抱いてもらう。④母親の腹 の上で新生児の診察をする。⑤羊水の付いたタオルは冷えるので、 温かい乾いたタオルと交換する。⑥会陰裂傷があれば、カンガルー ケア中に会陰縫合を行う。⑦母親の子宮収縮や出血、新生児の一般 状態の観察を行いながら、母親の清拭を行う。⑧出生後 30 分~1 時 間し、児の探索行動が見られたら、授乳の援助を行う。⑨カンガル ーケアは緊急を要する特別な処置がない限り 2 時間行う。⑩2 時間後 に新生児の計測を行う。2 時間後に着用する新生児の衣類やおくるみ もインファントウォーマー下で温めておく。特に冬の間は、衣類を 湯タンポで包んで温める。⑪計測後は母親の元へ新生児を連れて行 く。産着と肌着の 2 枚着用し、おくるみにくるむ。帰室時は湯たん ぽを着用し、母子同床とする。⑫新生児の体重が 2500g 近くまたは それ以下の場合は、産着と肌着を 2 枚づつ着用し、湯たんぽを 2 つ 使用する。 Ⅲ.研究結果 臍帯血血糖は A 群が 101.7mg/dl(80~143mg/dl)、B 群が 108.6mg/dl (56~160mg/dl)で、出生後 2 時間の新生児の血糖は A 群が 72.3mg/dl (50~124mg/dl)、B 群が 65.7mg/dl(51~86mg/dl)であり、新生 児の低血糖症の診断(生後 24 時間以内 30-35mg/dl)3)に該当する 症例はなかった。 新生児の体温(1 時間後と 2 時間後の平均)は A 群が 37.1℃(36.6 ~37.9℃)、B 群が 37.0℃(36.4~37.6℃)であり、新生児の低体 温(36.0℃以下)4)に該当する症例はなかった。新生児の酸素飽和 度(1 時間後と 2 時間後の平均)は A 群が 98.0%(96~100%)、B 群が 98.0(97~99%)でしあった。全て項目で両者間に大きな差は 認められなかった(図 1)。 Ⅳ.考察 正常産児の生後早期の母児接触中(通称カンガルーケア)に心肺 蘇生を必要とした症例があり、産科施設において正常産児のカンガ ルーケアが生後 30 分以内に行われ、カンガルーケア中に、 全身蒼白、 筋緊張低下、徐脈、全身硬直性痙攣、全身チアノーゼなど、心肺蘇 生を必要とする危険状態で新生児医療施設に緊急入院するケースが あり、生後早期のカンガルーケアの安全性ついて検討が必要と報告 されている 2)。その原因として、寒い分娩室(24~26℃)で生後 30 分以内に長時間カンガルーケアをすると、赤ちゃんの体温は低下し、 低体温から体温を回復させるために通常より多くのエネルギー(糖 分)と酸素を消費し、赤ちゃんは低血糖となり、全身蒼白、筋緊張 低下、徐脈、全身硬直性痙攣、全身チアノーゼなど発生すると考え られている 4)。また、カンガルーケア・ガイドラインでは正期産児 に出生直後に行う「カンガルーケア」では健康な正期産児は、生後 できるだけ早期に、できるだけ長く、ご家族(特に母親)とカンガ ルーケアをすることが薦められる。その際に、ご家族に対する充分 な事前説明と、機械を用いたモニタリングおよび新生児蘇生に熟練 した医療者による観察などの安全性の確保が必要であるとされてい る 5)。当院では写真(①~⑤)のように新生児の低体温に注意しな がらカンガルーケアを施行している。今回の検討を行った時の平均 気温は 2 月 8.1℃、3 月 8.3℃、4 月 10.4℃、5 月 16.5℃で分娩室の 温度を 24℃以上と未満に分けて新生児の血糖、体温、酸素飽和度を 比較検討したが、両者に大きな差は認められなかった。 カンガルーケアには危険を伴うことを認識し、新生児にとって快 適な環境温度に調整されていない分娩室ではカンガルーケアを行う べきではなく、また、「母乳育児を成功させるための 10 カ条」の第 4 条の「母親の授乳開始への援助」がカンガルーケアを指すものでは ないことを明確にし、第 6 条の「新生児には母乳以外の栄養や水分 を与えない」は第 4 条にある「分娩後 30 分以内に赤ちゃんに母乳を あげられる」が満たされることを条件とすべきとの報告 6)ある。「母 乳育児を成功させるための 10 カ条」 の解釈そのものが間違っている。 つまり、第 4 条の狙いは、出生直後からの乳頭に吸啜刺激を加える ことにより母乳の分泌が良くなることを促すとともに、出生直後か らの接触により母子関係の形成の助けとするものである。また、第 6 条においては、人工乳をいたずらに与えることにより、母乳分泌の 可能性のある場合にそのチャンスが失われてしまうことを懸念する 考えがその基礎にある。 Ⅴ.結語 当院で施行しているように新生児を母親の胸に密着して置き、タオ ル・毛布かかけて保温すれば問題なく、「母乳育児を成功させるた めの 10 カ条」の解釈を間違えて、いわゆる寒い分娩室でのカンガル ーケアを一律に危険視することはないと思われる。ただし、健康な 正期産児は、厳重な臨床的・機械的モニタリングのもとにカンガル ーケアを施行することが薦められる。 文献 1)堀内 勁,飯田ゆみ子,橋本洋子.カンガルーケア.大阪,メディカ出 版.1999,24-31. 2)中村友彦.カンガルーケアの留意点~正期産児生後早期の母子接 触(通称:カンガルーケア)中に心肺蘇生を必要とした症例~.日産 婦会報.2007,59(1),12-13. 3)大山牧子,瀬尾智子,武市洋美,他.母乳育児スダンダード.東京.医 学書院.2008,194-199. 4)久保田史郎.日本の分娩室は新生児にとって“寒すぎる”―出生 直後の寒冷刺激の強さが、早期新生児の体温調節・糖代謝・消化管 機能・ビリルビン代謝に及ぼす影響について―.日本母乳哺育学会雑 誌/2009,3(1),70-74. 5)カンガルーケア・ガイドライン.ワーキンググループ 根拠と総意 に基づくカンガルーケア・ガイドライン.2009. 6)仲井宏充,濱崎美津子.「母乳育児を成功させるための十カ条」の 解釈について.J.Natl.Inst.Public.Health, 2009,58(1),51-55. 写真の説明 ① 出産後新生児の酸素飽和度を測定している様子で、正期産児で出 生後呼吸状態が良く、筋緊張の低下が認められない場合は、酸素 飽和度は出生後 1 時間と 2 時間に測定し、出生後の状態によって は、継続して測定する。その間スタッフ は、授乳を介助したり、 更衣を介助しながら付きそったり、見守りを行なったりする。 ② 出産後、臍帯のついたまま新生児を母親の胸の上に置き、自然な 児の探索反射を待って授乳を行う。新生児は 30 分~1 時間の間に 探索反射が見られる為、新生児ができるだけ自然に母親にお乳が 吸えるようお手伝いをする。 ③ 出生後臍帯のついた状態で、拍動が止まってから切断する。 ④ なかなか吸啜出来ない時には介助を行う。 ⑤ 家族で和やかにカンガルーケアをしているところである。
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