10 月 16 日(日)13:00-13:40【研究発表 2 分科会 A】 身体モデルの複製——ポール・リシェの美術解剖学について 神戸大学 増田展大 ヴァルター・ベンヤミンは「複製技術時代の芸術作品」のなかで、写真以前に存在した複 製手段として鋳造と刻印の技術を挙げていた。写真が台頭した 19 世紀に、その鋳造の技術は、 彫刻家たちのあいだで両義的な立場を強いられることになる。指示参照物を隷属的なまでに 模倣する鋳造は、リアリズム彫刻の制作過程に不可避に介在する複製技術として機能した一 方で、作者性を否定する要素として徹底的に隠蔽されることにもなるからである。 その一方で、写真もまた同時代の彫刻実践と深くかかわり、スキャンダルを引き起こした ことが知られている。1880 年代に登場した瞬間写真や連続写真が実現した運動中の身体の再 現=表象は、従来の絵画作品のみならず、彫刻作品による身体表象にも多大な影響を及ぼす ことになった。しかしながら、鋳造と同様にまさしくそのリアリズム的な特性において、モ デルの身体を余りにも忠実に描き出す写真は、彫刻家たちから敬遠されることにもなるだろ う。 このようにしてみると、近代において身体を忠実に複製しようとする試みは、様々な複製 手段と摩擦を引き起こしながら、はからずも身体そのものから乖離しつつあったのではない だろうか。このような観点から本発表では、パリのエコール・デ・ボザールにおける実践を 考察する。1903 年、美術解剖学教授に着任したポール・リシェは、従来の古典的な身体モデ ルではなく、運動中のダイナミックな身体モデルを模索していた。そこで伝統的な美術解剖 学に「写真」を導入し、新たな解剖学=形態学を提唱した彼もまた、諸々の複製技術に極め て意識的な科学者であったと言える。そもそも、神経科医ジャン=マルタン・シャルコーの 助手であり、その「挿絵」画家として知られるリシェは、その医学的知識を今度は美術解剖 学に応用しようとしたのであり、さらにその間、彼はみずから「彫刻」家としての活動も展 開していくことになる。平面的かつ立体的に身体をモデル化しようと奔走したリシェの実践 もまた、美術史ないしは医学的見地と諸々の複製技術とが複雑に入り組んだ状況に飲み込ま れていたと考えられるのである。本発表では、彼の実践を中心に、複製技術としての写真/ 彫刻による身体の再現=表象についての考察を試みる。
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