競争法コンプライアンス体制に関する研究会 報告書(案) ―国際的な競争法執行強化を踏まえた企業・事業者団体の カルテルに係る対応策― 平成2○年○月○日 経済産業省 目次 第1章 本報告書の問題意識及び位置付け ............................3 第2章 各国競争法の執行状況 ......................................6 Ⅰ EUにおける競争法の執行状況 ................................6 1.執行の現状 ................................................6 2.国際的な事案への対応の状況 ................................12 Ⅱ 米国における競争法の執行状況 ................................17 Ⅲ 韓国における競争法の執行状況 ................................21 1.執行の現状 ................................................21 2.国際的な事案への対応の状況 ................................22 Ⅳ 中国独禁法の施行と国際的な事案への対応の可能性 ..............24 1.執行体制及び関連規則等の整備状況 ..........................24 (1)執行体制の概要 ..........................................24 (2)カルテル関連の規則等の整備状況 ..........................25 2.国際的な事案への対応の可能性と我が国企業の対応 ............27 Ⅴ 我が国における独禁法の執行状況 ..............................29 1.執行の現状 ................................................29 2.国際的な事案への対応の状況 ................................33 Ⅵ 各国間の競争法の執行に係る協力協定 ..........................36 第3章 各国競争当局の競争法コンプライアンスに係る指針等 ..........38 Ⅰ 欧州における情報交換に関する指針(海上運送ガイドライン) ....38 Ⅱ 我が国における事業者団体の情報交換に関する指針(事業者団体ガイ ドライン) ....................................................43 Ⅲ 米国における企業のコンプライアンス体制に関する指針(量刑ガイド ライン) ......................................................48 1 第4章 企業・事業者団体における競争法コンプライアンス体制整備のため の具体的提言 ....................................................51 Ⅰ 企業におけるカルテルに関する競争法コンプライアンスに係る取組及 び参考事例 ....................................................52 1.予防 ......................................................57 (1)トップの意識改革及び全社的な遵法意識の浸透 ..............57 (2)コンプライアンス担当部署の整備 ..........................59 (3)競争法コンプライアンス・ルールの整備 ....................61 (4)研修 ....................................................81 (5)その他 ..................................................85 2.違反行為の発見 ............................................89 (1)内部監査制度 ............................................89 (2)内部通報制度 ............................................92 (3)社内リニエンシー制度 ....................................93 3.発覚時の対応 ..............................................96 (1)有事の場合の体制整備 ....................................96 (2)迅速な社内調査体制の設置と判断 ..........................98 4.対照表 ....................................................99 Ⅱ 事業者団体におけるカルテルに関する競争法コンプライアンスに係る 取組及び参考事例 .............................................107 1.体制整備の必要性 .........................................107 2.体制整備に係る具体的な取組及び参考事例 ...................113 (1)コンプライアンス担当部署の整備 .........................113 (2)競争法コンプライアンス・ルールの整備 ...................114 (3)会合の運営 .............................................116 (4)統計情報の収集・管理・提供 .............................124 (5)研修 ...................................................127 (6)その他 .................................................130 第5章 まとめ ...................................................132 最後に ...........................................................134 2 第1章 本報告書の問題意識及び位置付け 近年、自由主義市場経済が世界的な潮流となる中で、我が国や欧米等の 先進国のみならず、中国等の新興国も含めた世界の多くの国々で、自由主 義市場経済における憲法ともいうべき競争法・独占禁止法(以下「競争法」 という。ただし、我が国の独占禁止法について特に言及する場合には単に 「独禁法」という。)が制定されており、既に 100 を超える国及び地域1で 競争法が存在している。 競争法は、各国によって規制内容や制裁手段等に差異があるものの、カ ルテル規制、市場支配的地位の濫用規制、及び企業結合規制等を通じて、 国内における自由かつ公正な市場競争の確保を目的としている点は共通し ている。 また、企業活動がグローバル化していく中で、米国を皮切りに、欧州や 我が国、さらには中国等でも、国内市場における競争に影響を与える国際 カルテルや企業結合に対して、自国の域外の企業・個人であっても自国の 競争法を適用する体制を採っており、実際の適用事例も複数発生している。 とりわけ、従来からカルテル事件に対して刑事罰を通じて厳格な対応を してきた米国に加え、近年、欧州が、域内の市場統合を目指す観点から、 カルテルに対する取締りを強化しており、カルテルを行った企業に対して 多額の制裁金を課す事例が続いている。また、我が国においても、課徴金 額の引上げ等がなされ、厳罰化の傾向にある。 企業や事業者団体が、競争法違反として、制裁金や罰金を課(科)され たり、損害賠償請求訴訟を提起された場合、企業は財産的な損失を被るだ けではなく、長年の努力により築いた社会的評価を著しく損なうことにな る。 さらに、ハードコア・カルテル(後述)について、違法とされる行為は、 日米欧いずれにおいてもおおむね同様といわれているが、その成立要件や 事実認定の手法には異なる部分があるため、カルテルに対する我が国の従 来の企業慣行における感覚が、諸外国においては通用しない場合があると いうことを認識することが重要である2。(なお、この点、2008 年6月に公 表した「競争法の国際的な執行に関する研究会中間報告」においても、同 様に言及している。)それと同時に、カルテルは競争者間の情報交換を行う ことなしに成立することはほとんど考えられないため、企業や事業者団体 5 10 15 20 25 30 1 例えば、アジア大洋州地域では、インドネシア、シンガポール、タイ、韓国、中国、フィ リピン、ベトナム、台湾等が競争法を制定している(公正取引委員会ホームページ) 。 2 詳細につき、本資料 53∼56 頁「[参考]ハードコア・カルテルに関する日米欧の規制の事 実認定手法の相違点」参照。 3 においては、いかなる情報交換が競争法上問題となるおそれがあるのか3に ついても十分に理解し、そのような情報交換がなされないような体制を構 築することが重要である。 5 このような状況の中、海外競争法に関する注意喚起を行うとともに、我 が国企業の対応の要点を示すため、2008 年6月に「競争法の国際的な執行 に関する研究会中間報告」を公表した。当該中間報告の公表後、各方面に その内容を普及する中で、より具体的な取組内容について体系的に整理す ることを希望する声があった。また、当該中間報告の公表後も、カルテル に係る競争法違反事件が引き続き発生している状況にある。加えて、当該 中間報告には、競争法リスクを抱える事業者団体の対応については取り上 げていなかった。 そこで、本報告書では、我が国企業や事業者団体が具体的に認識すべき 事項として、まず、欧米、中国等の競争法の執行状況や国際的な事案への 対応の状況について紹介しつつ、概観する。その上で、我が国企業及び事 業者団体が、競争法コンプライアンス体制の整備を行うことにより、自ら 競争法に係るリスクを軽減し、健全な発展を遂げていくための一助となる よう、実際に、我が国企業や事業者団体が競争法コンプライアンス体制を 整備するに当たり、参考となり得る取組や事例を体系的に整理し、提示す ることとした。 ただし、本報告書において提示している取組や参考事例については、以 下の点に留意する必要がある。 10 15 20 我が国企業や事業者団体が、本報告書において提示している取組や 参考事例に沿って体制を整備・実施したとしても、そのことだけをも 25 って競争法違反にならないと保証されるわけではない。 (実際には、そ の他の証拠とも併せ、総合的に競争法違反が判断され得ること。) 本報告書において提示している取組や参考事例は、カルテルを行っ ているにもかかわらず、それが単に露見しないようにすることや、何 30 らカルテル防止のための有効な措置を講じていないにもかかわらず、 カルテル発覚後の被害を小さくすること等、カルテルの助長やその場 限りの対処療法を目的としたものではなく、あくまで、カルテルを行 3 詳細につき、本資料 38∼47 頁「Ⅰ 欧州における情報交換に関する指針(海上運送ガイド ライン) 」及び「Ⅱ 我が国における事業者団体の情報交換に関する指針(事業者団体ガイド ライン) 」を参照。 4 わないこと、及び自己防衛の観点から、カルテルに関与していないに もかかわらず、そのように疑われることを防ぐことを主たる目的とし ていること。 5 10 したがって、企業や事業者団体においては、まず本報告書において提示 する取組や参考事例の上記留意点を十分に理解した上で、それらの取組や 参考事例の外形的な模倣にとどまるのではなく、自社のどのような場面に おいて有効に活用し得るか、提示された事例のまま活用できない場合には どのような工夫があり得るか等について、十分に検討することが必要であ る。 15 なお、本報告書は、我が国企業が他の競争法違反類型に比して関与しや すく、かつ、各国競争法において共通して違法とされる、価格、数量、設 備、取引先等に関するカルテル(いわゆるハードコア・カルテル4)に係る コンプライアンスを主眼としている(図表1)。 図表1 本報告書における検討対象の範囲 ハードコア・カルテル(価格、数量、設備、取引先等に関する協定) に対するコンプライアンスの取組 (=本報告書における検討対象) 「予防」 ・トップの意識改革及び全社 的な遵法意識の浸透 「違反の発見」 ・内部監査制度 ・内部通報制度 「発覚後の対応」 ・有事の場合の体制整備 等 ・コンプライアンス担当部署 の整備 ・迅速な社内調査体制の設置 と判断 ・コンプライアンス・ルール (競合他社との接触、 統計情報の取扱い等) ・研修 等 カルテル行為に直結する合意等の共同意思の形成の防止 ハードコア・カルテル以外の競争法違反行為に対する取組 ・規格の標準化等を内容とするカルテル ・私的独占(支配型、排除型) ・共同の取引拒絶、不当廉売、優越的地位の濫用等の不公正な取引方法 (出所)各種資料に基づき経済産業省作成。 4 佐藤一雄・川井克倭・逸見慎一編(2006)「テキスト独占禁止法〔再訂版〕 」25 頁。 5 第2章 各国競争法の執行状況 現在、主要国いずれの競争当局においても、制裁金・課徴金という行政 制裁の強化によるか、罰金・禁固刑という刑事制裁の強化によるかという 手法の違いは別として、カルテル等の競争法違反行為の抑止という観点か ら、執行強化が図られているという傾向は共通している。 また、アジア各国を含め、新興国・途上国においても競争法の導入が進 み、今後の運用体制の明確化や実績の蓄積が待たれており、我が国企業及 び事業者団体においては、その動向を注視する必要があるが、その中でも、 特に我が国に影響が大きいと考えられる中国の状況について触れることと する。 本章では、各国競争法の具体的な執行状況について述べる。 5 10 Ⅰ EUにおける競争法の執行状況 15 1.執行の現状 欧州連合(EU)では、競争政策は域内の貿易障壁の撤廃や、公正な市 場競争の確保のために重要なツールであると位置付けられており、それを 受けて、EUの競争当局である欧州委員会(European Commission:EC) は競争法の執行を強化している。 特に、欧州委員会は積極的にカルテルの取締り強化に乗り出しており、 カルテルの摘発件数(図表2)は、2000 年以降増加している。また、制裁 金ガイドラインが改訂5された 2006 年以降、カルテルに対して課せられた制 裁金額(図表3)は急増している。 20 25 5 本改訂により、違反継続年数に比例した制裁金を課すこと、悪質な違反行為には更なる加 算(エントリーフィー)を行うこと、再犯には1回につき最大 100%の増額をすること等が明 確化された。 6 図表2 欧州委員会によるカルテルの摘発件数の推移(∼09 年 11 月) 9 7 7 7 31 30 6 6 5 5 5 5 件数 件数 33 8 8 4 20 11 3 10 10 2 1 0 0 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 1990-1994 1995-1999 2000-2004 2005-2009 年 年 (出所)欧州委員会ホームページ掲載情報に基づき経済産業省作成。 図表3 欧州委員会がカルテルに課した制裁金額(裁判所に修正される前の 数値)(∼09 年 11 月) 3,500 10,000 3,338 9,589 9,000 3,000 8,000 2,271 1,450 1,500 500 6,000 1,846 2,000 1,000 7,000 945 百万ユーロ 百万ユーロ 2,500 683 5,000 3,698 4,000 3,000 2,000 405 390 1,000 0 567 570 0 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 年 1990-1994 1995-1999 2000-2004 2005-2009 年 (出所)欧州委員会ホームページ掲載情報に基づき経済産業省作成。 5 事件別、企業別の制裁金の賦課状況を見ると、カルテル事件に対する制 裁金は高額化している。また、市場支配的地位の濫用等、カルテル以外の 違反事件に対する制裁金について、高額化する傾向がある(図表4、5)。 こうした中、我が国企業が多額の制裁金を課される事例も発生している(図 表6)。 7 図表4 欧州委員会が課した制裁金額 事件別上位 10 件(∼09 年 11 月) ※は制裁金の対象となった我が国企業(現地法人含む) 順位 事件 制裁金額 (億ユーロ) 1位 自動車ガラスカルテル事件(2008 年) ※旭硝子及び日本板硝子現地法人が対象 13.8 2位 天然ガス輸入カルテル事件(2009 年) 11.1 3位 インテル(米)支配的地位の濫用(2009 年) 10.6 4位 エレベータカルテル事件(2007 年) ※三菱エレベータ現地法人が対象 9.9 5位 マイクロソフト(米)規制当局処分(2004 年 3 月)の不遵守(2 回目)(2009 年) 9.0 6位 ビタミンカルテル事件(2001 年) ※武田薬品工業、第一製薬、エーザイが対象 7.9 7位 ガス絶縁開閉設備カルテル事件(2007 年) ※三菱電機、東芝、日立、富士電気、 日本AEパワーシステムズが対象 7.5 8位 ろうそくカルテル事件(2008 年) 6.8 9位 合成ゴムカルテル事件(2006 年) 5.2 10 位 マイクロソフト(米)支配的地位の濫用(2004 年) 5.0 (出所)欧州委員会ホームページ掲載情報に基づき経済産業省作成。 8 図表5 欧州委員会が課した制裁金額 世界企業上位 10 件(∼09 年 11 月) ※は制裁金の対象となった我が国企業(現地法人含む) 制裁金額 (億ユーロ) 順位 企業 1位 インテル(米)(支配的地位の濫用)(2009 年) 2位 マイクロソフト(米)(規制当局処分(2004 年 3 月)の不遵守(2 回目))(2009 年) 9.0(8.99) 3位 Saint-Gobain(仏) (自動車ガラスカルテル) (2008 年) 9.0(8.96) 4位 E.on(独)/GDF-Suez(仏)(天然ガス輸入カル テル)(2009 年) 各社 5.5 5位 マイクロソフト(米) (支配的地位の濫用) (2004 年) 5.0 6位 ティッセンクルップ(独) (エレベータカルテル) (2007 年) 4.8 7位 ロシュ(スイス)(ビタミンカルテル)(2001 年) 4.6 8位 シーメンス(独)(ガス絶縁開閉設備カルテル) (2007 年) 4.0 9位 Pilkington(英) (自動車ガラスカルテル) (2008 年) ※日本板硝子現地法人 3.7 10 位 Sasol(独)(南アフリカ)(ろうそくカルテル) (2008 年) 10.6 3.2 (出所)欧州委員会ホームページ掲載情報に基づき経済産業省作成。 9 図表6 欧州委員会が課したカルテル制裁金額 我が国企業上位5件(03 年 ∼09 年 11 月) 順位 制裁金額 (億ユーロ) 企業 1位 YKK(ファスナーカルテル)(2007 年) 1.5 2位 三菱電機(ガス絶縁開閉設備カルテル) (2007 年) 1.2 3位 旭硝子(自動車用ガラスカルテル)(2008 年) 1.1 4位 東芝(ガス絶縁開閉設備カルテル)(2007 年) 0.9 5位 旭硝子(建築用板ガラスカルテル)(2007 年) 0.7 (出所)欧州委員会ホームページ掲載情報に基づき経済産業省作成。 2003 年から 2009 年の間に制裁金が課されたカルテル事件の当事企業を 地域別に分類すると、EU域内の企業が最も多く、次いで米国、我が国、 スイスの順となっており、特定の国や特定の業種の企業を集中的に摘発し ている傾向は見られない(図表7)。 図表7 欧州委員会がカルテルに制裁金を課した国・地域別企業数(2003∼09 年 11 月) 217 社数 23 23 20 11 10 4 0 EU 米国 日本 スイス その他 (出所)欧州委員会のホームページ掲載情報に基づき経済産業省作成。 5 欧州委員会においては、更なる違反抑止、消費者利益の保護、手続の効 率化等に向け、リニエンシー制度6等を導入しており、また、次のような新 6 EU のリニエンシー制度は、リニエンシー申請をした複数の事業者が適用を受けることが可 10 制度の導入、あるいは導入のための検討がなされている。 5 10 和解手続の導入 行政手続を簡略化し、欧州委員会の人的資源を別の事件の追及に振り向 けることを目的として、関係事業者が、カルテルへの関与及びその責任を 認 め た 場 合 に 、 そ の 制 裁 金 額 を 10 % 減 額 す る 和 解 手 続 ( Settlement Procedure)を、2008 年6月に導入した。 私訴による損害賠償請求の促進策の導入に向けた検討 違反行為の抑止機能の向上、及び当該機能を競争当局のみならず私訴に も担わせることによる、消費者の損害回復の可能性の拡充を目的として、 私訴による損害賠償請求の促進策の導入を検討している。2008 年 4 月に欧 州委員会が公表したホワイトペーパーによれば、濫訴の可能性に配慮しな 能であること、また、制裁金の全額免除を受けられない場合でも、リニエンシー申請の順位 や審査への協力度合いに応じて制裁金の一部減額を受けることが可能であることが特徴。 ≪リニエンシー付与の条件≫ ○提出資料に関する条件 (ア)全額免除の場合 ・競争当局の調査開始前であれば、競争当局が「焦点を絞った調査」を開始することを可 能にするような証拠を提出すること。 ・競争当局の調査開始後であれば(競争当局が十分な証拠を有していない段階で)違反事 実を証明するに十分な証拠を提出すること。 (イ)一部減額の場合 ・競争当局が既に入手した証拠について「重要な付加価値」を有する証拠(カルテルの立 証能力を高めるもの)を提出すること。 ○その他の条件 (ア)競争当局への協力 リニエンシー申請者は、申請時から、競争当局の調査プロセスの間、一貫して、真摯 に、十分かつ継続的な協力を行う必要がある。具体的な協力の要件は以下のとおり。 (a)カルテルに関する情報や証拠を入手した際の迅速な提出 (b)競争当局が立証のために行う要求に対する迅速な対応 (c)競争当局の事情聴取への出頭 (d)カルテルに関する情報や証拠を破壊、変造、隠匿しないこと (e)競争当局による異議告知書発表までの申請事実及び申請内容の非開示 (イ)違反行為の停止 リニエンシー申請後すぐにカルテル関与を終了させること 。 (ウ)リニエンシー申請検討中の証拠保全 リニエンシー申請検討中の段階においても、証拠の破壊、変造、隠匿や申請を検討中 である事実、申請内容を公表してはならない。 (エ)その他 ①カルテルに他の事業者が参加することを確保するため、又は、②他の事業者がカル テル行為にとどまるよう仕向けるために、強制手段を用いた事業者は、リニエンシーの 資格を喪失する( 「競争法の国際的な執行に関する研究会中間報告」 (2008 年6月経済産 業省)12 頁)。 11 がら、以下のような、米国とは異なる損害賠償請求制度の創設が検討され ている。 ・ 参加選択型の集団提訴や有資格団体(消費者団体等)に限定した 団体訴訟制度の導入 ・ 実損額等(Full Compensation)のみを認める損害賠償制度の導入 5 等 10 2.国際的な事案への対応の状況 欧州委員会は、EU域外で行われた行為についても、EU市場に影響を 与える場合には、EU競争法を適用し、行政制裁を課すことがある7。 この点、EU競争法の国際的な事案への対応の先駆的判例として、1988 年のウッドパルプ輸出カルテル事件(北米と欧州(EU域外)のウッドパ ルプ製造事業者団体が、EU域内への輸出について行ったカルテル事件) がある。EU裁判所は、本事件の判決において、EU域外の企業がEU域 内でウッドパルプを販売したことを、輸出カルテルの実行と見なし、EC 条約を適用したが、行為自体は完全に域外で行われた事件であったことか ら、実質的には効果理論を採用した場合と同様の結論を導いていると評価 されている8。本判決は、以降のEU競争法の国際的な事案への対応におい ての基本的な考え方となっている。 15 20 7 自国外で行われた行為について自国法を適用することを域外適用という(小寺彰(2004) 「パラダイム国際法」 (有斐閣)95 頁)。ただし、国際法上、域外適用の明確な定義が存在す るわけではない。 また、域外適用については、国際法上の管轄権(国家がその国内法を一定範囲の人や現象 に対して適用し執行する権限(小寺彰、岩沢雄司、森田章夫(2004) 「講義国際法」151 頁)) の考え方との整合性が、従前から論点となっている。 かかる管轄権は、国内法を定立する権限である立法管轄権と、国内法を解釈・適用し捜査・ 逮捕・強制調査等により法執行を行う権限である執行管轄権に細分することが可能(立法管 轄権、裁判管轄権、執行管轄権の三種類に分ける考え方もある)である。 現在、競争法の分野では、自国外で行われた行為であっても自国市場に被害が及ぶ場合に は、当該行為について自国法の立法管轄権が及ぶと考えられている。 他方、執行管轄権については、そもそも外国領土内で、競争法に基づく捜査・逮捕・強制 調査等の公権力の行使することが、被行使国の同意(協定等)がある場合を除けば、一切許 されないと考えられる。 8 小寺彰、岩沢雄司、森田章夫(2004) 「講義国際法」156 頁及び越知保見(2005) 「日米欧 独 占禁止法」1097 頁。 12 [参考]欧州委員会による情報提供請求 欧州委員会によるEU競争法の国際的な事案への対応の一つとして、 近年、欧州委員会が我が国企業の本社や海外支店に対し、 (ア)一般的な 情報収集、(イ)産業別調査(Sector inquiry)、又は(ウ)企業結合審 査に係る調査の目的で、情報提供請求(Request for information)と称 した正式文書を FAX ないしメールで送付する事例が複数報告されている。 これらの情報提供請求は、EUの競争法規則に基づいており、それぞれ 罰則が定められている。 5 10 図表8 欧州委員会による情報提供請求の種類 単純な情報提供請求 決定に基づく情報提供請求 根拠条文 ①EC条約理事会規則第18条第2項 ②EC条約理事会規則第17条第2項によ り第18条準用 ③企業結合規則第11条第2項 規則により記載が要 求される事項 法的根拠、情報提供請求の目的、請求する情報の特定、提出期限、制裁内容 制裁金を課されうる 場合 ・間違った情報を提供した場合 ・誤解させるような情報を提供した場合 制裁金の内容 前年度の売上総額の1%を超えない範囲の制裁金 ①EC条約理事会規則第18条第3項 ②EC条約理事会規則第17条第2項により 第18条準用 ③企業結合規則第11条第3項 ・間違った情報を提供した場合 ・誤解させるような情報を提供した場合 ・不完全な情報を提供した場合 ・提出期限までに回答しなかった場合 履行強制金を課され うる場合 なし 欧州委員会が、要求される情報について、 完全かつ正確な情報の提出を強制させる ため必要があると決定した場合 履行強制金の内容 なし 前事業年度における一日あたりの売上平均 額の5%を超えない範囲 対応 任意 強制 (出所)法令等各種資料に基づき経済産業省作成。 (ア)一般的な情報提供請求 欧州委員会は、EC条約の理事会規則9(以下「理事会規則」という。) 第 18 条第1項に基づき、競争当局が理事会規則を実施するに必要な情報 を提供するよう、企業や事業者団体に請求することがある。かかる情報 提供請求には、(a)単純な情報提供請求10と、(b)欧州委員会の決定に基づ 15 9 Council Regulation (EC) No 1/2003 of 16 December 2002 on the implementation of the rules on competition laid down in Articles 81 and 82 of the Treaty 10 理事会規則第 18 条第2項に基づき、欧州委員会が、企業ないし事業者団体に対し行う情 報提供請求(a simple request for information) 。欧州委員会は、情報請求に、①法的根拠、 ②情報提供請求の目的、③請求する情報の特定、④提出期限、⑤罰則について記載しなけれ ばならないとされている。 13 く情報提供請求11がある。 (a) 単純な情報提供請求 単純な情報提供請求の場合、間違った情報又は誤解されるような情 報を提供した場合のみ罰則が課され、情報を提供しなかったことに対 しては罰則が課されていない12ことから、回答することは任意と解され る。 5 (b) 欧州委員会の決定に基づく情報提供請求 欧州委員会の決定に基づく情報提供請求の場合、間違った情報、不 完全な情報又は誤解させるような情報を提供したとき、若しくは、定 められた期限までに回答しなかった場合には制裁金を課され得る13。こ の点、(a)と異なり、(b)の場合は期限以内に回答しない場合の罰則が あることから、情報提供請求の受領者は「回答しない」という選択肢 をとることができず、結果として回答することが強制されることにな る。 10 15 (イ)産業別調査としての情報提供請求 欧州委員会は、ある産業分野や、特定の契約類型の競争状況を調査す るために、企業や事業者団体に対して情報提供請求をすることがある14。 過去にはネットワーク産業、エネルギー産業、金融サービスについて調 査が行われており、最近では、製薬業界のジェネリック医薬品に関し調 査が行われた15。産業別調査としての情報提供請求においても、(ア)と 同様、(a)単純な情報提供請求と(b)欧州委員会の決定に基づく情報提供 20 11 理事会規則第 18 条第3項に基づき、欧州委員会が、欧州委員会の決定という形式で、企業 ないし事業者団体に対して行う情報提供請求(the Comission requires undertakings and associations of undertakings to supply information by decision) 。上記と同様、①ない し⑤について記載する必要がある。 12 故意・過失にかかわらず、前年度の売上総額の1%を超えない範囲で制裁金を課し得ると 規定されている(理事会規則第 23 条第1項(a)) 。 13 故意・過失にかかわらず、前年度の売上総額の1%を超えない範囲で制裁金を課し得ると 規定されている(理事会規則第 23 条第1項(b))ことに加え、欧州委員会は、決定により、 企業又は事業者団体に対して、前事業年度における一日当たりの売上平均額の5%を超えな い範囲で、履行強制金を決定することができる(理事会規則 24 条第1項柱書及び(d)) 。なお 履行強制金について 鞠子公男(2009) 「EU競争法の履行強制金」 (公正取引 No.705-2009.7) 参照。 14 理事会規則第 17 条第1項。 15 過去の産業別調査の調査結果については以下のページから参照することができる。 http://ec.europa.eu/competition/antitrust/sector_inquiries.html 14 請求があり、それぞれ同様の罰則規定がある16。 (ウ)企業結合審査に係る情報提供請求 欧州委員会は、企業結合規則17に基づき、企業結合の審査に必要な情報 を、企業、事業者団体又は個人に対し請求することができる18。かかる情 報提供請求においても(ア)と同様、(a)単純な情報提供請求19と(b)欧州 委員会の決定に基づく情報提供請求20があり、それぞれ同様の罰則が課さ れ得る21。 実際、過去には、我が国企業のEU現地法人に対して、企業結合審査 の当事者ではないにもかかわらず、企業結合規則に基づく情報提供請求 に対し、不完全な情報しか提供しなかったとして、制裁金が課された事 例がある22。 5 10 (エ)我が国企業の現実的対応 このような情報提供請求に対し、法的な回答義務を課すことについて は、国際法上の執行管轄権の考え方、すなわち、相手国政府の同意なく して公権力の行使をしてはならないという通説的な考え方23に反するの ではないか、(あるいは、欧州との独禁協力協定24における通報義務違反 ではないか)という懸念が存在する。 しかし、少なくとも、欧州委員会が情報提供請求の回答義務を、欧州 外の企業に対して課す規定を設けること自体は、我が国の報告命令規定 と同様に、国際法上の立法管轄権の範囲内の正当な行為である上、我が 国企業が、実際に情報提供請求を受けるに及んでは、執行管轄権の問題 を提起して、欧州委員会からの情報提供請求を無視するという判断を行 うことは現実的に困難だと考えられる。とするならば、欧州委員会との 良好な関係を築くことの方が、自社の欧州事業の発展にとってもプラス であり、また、自社の意見を欧州委員会に伝える良い機会と前向きに捉 15 20 25 16 理事会規則第 17 条第2項において、第 18 条、第 23 条及び第 24 条を準用している。 Council Regulation (EC) No 139/2004 of 20 January 2004 on the control of concentrations between undertakings (the EC Merger Regulation) 18 企業結合規則第 11 条。 19 企業結合規則第 11 条第2項。 20 企業結合規則第 11 条第3項。 21 (ア)の場合の罰則は企業結合規則第 14 条第1項(b)、 (イ)の場合の罰則は企業結合規則 第 14 条第 1 項(c) 、第 15 条第 1 項(a)。 22 Case No COMP/M.1634 . Mitsubishi Heavy Industries 23 小寺彰(2004) 「パラダイム国際法」101 頁。 24 ただし、産業別調査については通報をすべき「執行活動」に含まれないと考えられる(E Uとの独禁協定第1条第2項(e)) 。 17 15 5 10 15 20 25 えて、少なくとも強制力のある決定に基づく情報提供請求には協力する ことが合理的な選択であろう。 もっとも、情報提供請求に対応することが、任意の場合であれ、強制 の場合であれ、欧州委員会からの要求に単に従うことを意味するもので はない。我が国企業は、情報提供請求への対応に困難が伴う場合には、 資料の提出期限や提出内容等について、当局との交渉を試みるべきであ る。 例えば、通常、これらの情報提供請求は提出期限の設定が短いことが 多い。さらに、必ずしも適切な部署に直接送付されてくるとは限らず、 現地子会社や工場などに送付された結果、法務部などの、実際に回答を 担当する部署に書類が回ってくるころには、提出期限まで間がない場合 もある。このような場合は、回答には協力するが、正確な情報を集める ためには時間がかかる、英語での回答作成に時間がかかる、といった期 限までに提出できない理由を誠実に伝え、回答期限を延ばすよう交渉す ることが考えられる。 また、情報提供請求においては、該当製品の過去数年分の売上といっ た、決算書類に記載された数値の提出が求められることが多い。決算書 類について、日本において一般的な会計期間(4月から翌年3月)から 欧州において一般的な会計期間(1月から 12 月)に計算し直して提出す るように要求されることがある。これに対し、自社は我が国等の公正妥 当と認められた会計処理方法に従って全ての書類を作成しており、1月 から 12 月の期間で作成し直すことは公正さを欠くことになるとして、か かる要求は受け入れられない、といった交渉をすることも考えられる。 欧州委員会は、情報の提出期限や提出内容の変更要求に応じることに 否定的な態度であり、このような交渉は簡単には受け入れられないが、 中には当局が変更に応じたという事例も当室に報告されている。したが って、協力をする意思を表明しつつ、提出時期や提出内容について当局 と交渉を試みることは意義があるといえる。 16 Ⅱ 米国における競争法の執行状況 米国では、従前より、競争法の国際的な事案への対応25も含め、カルテル の摘発に非常に力を入れている。米国の競争当局の1つである司法省反ト ラスト局26によるカルテルの摘発件数や法人に対する罰金27の額は、大型事 件の有無により年度間でばらつきがあるが、近年の罰金額の水準は高額化 する傾向にあり(図表9)、我が国企業を含めて、1億ドルを超える巨額の 罰金が科されるようになっている(図表 10、11)。また、近年は個人に対す る制裁も強化されており、外国人も含めて、違反行為者に対する禁固刑の 期間が長期化する傾向にある(図表 12)。 5 図表9 司法省によるカルテル刑事提訴件数と法人刑事罰総額の推移 百万ドル 件数 84 81 1,000 75 960 罰金総額(左軸) 800 62 60 57 600 80 78 カルテル提訴 件数(右軸) 63 695 57 42 41 38 400 303 204 200 596 44 242 33 470 32 271 94 23 18 22 40 39 40 25 42 60 616 40 54 40 34 141 20 64 0 0 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 年 (出所)司法省ホームページ掲載情報に基づき経済産業省作成。 25 米国は、競争法の国際的な事案への対応については、 「効果理論」という考え方を採用して いる。これは、1945 年アルコア事件連邦最高裁判決において示されたものであり、自国外で 行われた行為であっても、その効果が自国内で発生し、かつ、それを当事者が意図している 場合には、行為者に対して自国競争法を適用できるという考え方である。 26 司法省反トラスト局(Antitrust Division, Department of Justice)は、取引を制限する カルテル、独占行為の禁止等について定めるシャーマン法、及び競争を阻害する価格差別、 不当な排他的条件付き取引の禁止や合併等企業結合の規制、三倍額損害賠償制度等について 定めるクレイトン法の執行機関。また、もう1つの米国の競争当局である連邦取引委員会 (Federal Trade Commission:FTC)は、クレイトン法(司法省と共管)及び不公正な競争方 法の禁止や連邦取引委員会の権限等を定めた連邦取引委員会法の執行機関。 27 米国の場合、EUと異なり、カルテル事件の多くが刑事事件として取り扱われるため、カ ルテルを犯した法人及び個人に対しては、行政制裁である制裁金ではなく、刑事制裁である 罰金が科されている。 17 図表 10 順位 司法省が科したカルテル罰金額 世界企業上位 10 件(∼09 年 11 月) 企業 罰金額 (億ドル) 1位 ロシュ(スイス)(ビタミンカルテル)(1999 年) 5.0 2位 LGディスプレイ(韓) (液晶パネルカルテル) (2009 年) 4.0 3位 エールフランス(仏) KLMロイヤル・ダッチ航空(蘭)(航空貨物カルテル) (2008 年) 3.5 4位 大韓航空(韓)(航空旅客・貨物カルテル)(2007 年) 3.0 5位 英国航空(英)(航空旅客・貨物カルテル)(2007 年) 3.0 6位 サムスン・エレクトロニクス サムスン・セミコンダクター(韓) (DRAM カルテル) (2006 年) 3.0 7位 BASF(独)(ビタミンカルテル)(1999 年) 2.3 8位 ハイニックス・セミコンダクター(韓)(DRAM カルテル) (2005 年) 1.9 9位 インフォネン・テクノロジー(独) (DRAM カルテル) (2004 年) 1.6 10 位 SGLカーボン(独)(黒鉛電極カルテル)(1999 年) 1.4 (出所)司法省ホームページ掲載情報に基づき経済産業省作成。 図表 11 順位 司法省が科したカルテル罰金額 我が国企業上位5件(∼09 年 11 月) 企業 罰金額 (億ドル) 1位 三菱商事(黒鉛電極カルテル)(2001 年) 1.3 2位 シャープ(液晶パネルカルテル)(2009 年) 1.2 3位 日本航空(航空貨物カルテル)(2008 年) 1.1 4位 エルピーダメモリ(DRAM カルテル)(2006 年) 0.8 5位 武田薬品工業(ビタミンカルテル)(1999 年) 0.7 (出所)司法省ホームページ掲載情報に基づき経済産業省作成。 18 図表 12 国際カルテル事件で外国人に科された禁固刑の平均期間 12 12 10 ヶ月 8 6.9 6 4 4.6 4.5 3 3 3.3 3 2 0 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 年 (出所)司法省ハモンド部長の講演資料(2008.3.26)。 また、米国では、カルテルの抑止手段として、1978 年にリニエンシー制 度28が導入されているほか、三倍額損害賠償請求制度やクラスアクション制 28 米国のリニエンシー制度(アムネスティ・プログラム)では、司法省にカルテルの事実を 申告した者が、一定の要件を満たす場合には、当該企業の従業員も含め、刑事訴追の免除が 受けられる。この刑事訴追の免除を受けられる者の数は、最初の申告者である1社のみ。 ≪リニエンシー付与の条件≫ リニエンシー申請は、司法省の審査開始前後にかかわらず可能であるが、リニエンシ ー付与の条件は、審査開始前の申請(パートA)と審査開始後の申請(パートB)とで、 若干の相違がある。また、個人による申請も可能となっている。審査開始前の申請の場 合の条件は以下のとおり。 (a)司法省が他のいかなる情報源からも情報提供を受けていないこと。 (b)申請者が当該違反行為に気がついたときに、直ちにその行為への参加を取りやめるた めの迅速かつ効果的な措置を講じたこと。 (c)申請者が違法行為につき誠実にまた完全に報告し、司法省の捜査の間、完全かつ継続 的な協力をすること。 (d)違反行為の申告が従業員単独のものではなく、真に会社の行為として行われること。 (e)(申請者に支払不能等の事情がない限り)違反行為によって損害を被った者に賠償を 行うこと。 (f)申請者が、他の当事者を違反行為に参加するよう強制しておらず、違反行為のリーダ ーや開始者でないこと。 ≪アムネスティ・プラス制度≫ 米国におけるリニエンシー申請は第1順位者にのみ認められるが、第2番目以降の申 請者に対しても恩恵が及ぶように設計された制度として、アムネスティ・プラス制度が ある。本制度は、ある事件でリニエンシーを申請し審査協力した事実を、リニエンシー が認められなかった別の事件(第1事件)の審査にあたって司法省が考慮するもの。本 制度は、ある製品分野でのリニエンシーが認められなかった場合に、他の製品分野のリ ニエンシー申請をするインセンティブを与える機能を有している。 19 度等といった特徴的な法制度により、カルテルで被った損害に対する私訴 での損害賠償請求が有力な手段の一つとして位置付けられており、巨額の 制裁金で違反行為を抑止しているEU29とは異なる方法で、カルテルの抑止 が図られている。 5 三倍額損害賠償請求制度: クレイトン法第4条の規定に基づき、反トラスト法(シャーマン法及 びクレイトン法)において禁止された行為により事業又は財産に損害を 被った者は訴えを提起し、その損害の3倍額及び妥当な弁護士費用を含 む訴訟費用の賠償を求めることができる。 10 クラスアクション制度: 集団代表訴訟のこと。共通の損害を受けた被害者が多くいる場合、そ の被害者を代表して訴訟を起こす米国特有の訴訟形態。少額多数被害者 の救済や、訴訟費用の節約等が目的であり、裁判の結果は全当事者に及 ぶ。 15 29 ≪ペナルティ・プラス制度≫ 他方、アムネスティ・プラス制度を利用することができたにもかかわらず利用しなか ったことにペナルティを課す制度として、ペナルティ・プラス制度がある。本制度は、 捜査対象となっているカルテル(第1事件)の対象商品・役務以外の商品・役務におけ るカルテル(第2事件)の存在を知りながら、この第2事件の違法行為を司法省へ自主 申告しなかった場合に、後日、その違法行為が発覚した際には、第2事件の量刑におい て司法省が罰金の加算要因とするもの(「競争法の国際的な執行に関する研究会中間報 告」 (2008 年6月経済産業省)13 頁) 。 前述のとおり、現在 EU においても、私訴による損害賠償請求の促進策を検討している。 20 Ⅲ 韓国における競争法の執行状況 1.執行の現状 韓国は、中国と同様、日本企業にとっての重要な市場の1つであり、そ の競争法(「独占規制及び公正取引に関する法律」30)の執行状況について は関心が高いものと考えられる。 韓国においては、1980 年に競争法が制定されており、競争法の執行当局 は韓国公正取引委員会(以下「韓国公取委」という。)である。 カルテルに対しては、関係する企業又は事業者団体に対して、我が国と 同様、韓国公取委は、是正命令及び課徴金を課すことができ、また、違反 した個人や法人に対して刑罰を科すこともできる。 ただし、課徴金額の算定においては、日本と異なり、韓国公取委にある 程度の裁量が許されており、違反行為の重大性に応じて決定される基本額 に、累犯に対する加算等の義務的な調整、違反行為の主導・教唆に対する 増額等の裁量的な調整を行った上で、課徴金額を算定し、さらにリニエン シーに基づいた減免を踏まえて、最終的な課徴金額が決定される。 また、リニエンシー制度について、対象者は最初の2申請者に限られて おり、3番目以降の申請者にはいかなる減免も認められない。なお、米国 におけるアムネスティ・プラス制度に類似した、リニエンシー・プラスと いう制度が設けられており、あるカルテルへの関与について審査を受けて いる企業が、最初にその他のカルテルについて申請した場合に、その他の カルテルについては課徴金を免除、審査中のカルテル案件については減免 を受けることができる31。 5 10 15 20 25 韓国公取委の執行状況について、課徴金額及び件数は年によってばらつ きはあるものの、長期的にはおおむね増加傾向であると考えられる(図表 16)。また、カルテルの摘発件数についても同様の傾向であると考えられ(図 表 17)、カルテルに対する執行が、厳格であることが示唆される。なお、2008 年の課徴金総額 257.8 十億ウォンのうち、カルテルに対する課徴金額は約 191 十億ウォンと全体の約 74%を占めている32。 30 30 31 32 公取委ホームページ。 公取委ホームページ。 2008 年韓国公取委年次報告。 21 図表 16 韓国公取委が課した課徴金額及び件数の推移 総額 件数 4500 350 4000 300 (億ウォン) 3500 250 3000 2500 200 2000 150 1500 100 1000 50 500 0 0 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2005 2006 2007 2008 (年) (出所)韓国公取委年次報告に基づき経済産業省作成。 図表 17 韓国公取委によるカルテルの摘発件数の推移 70 (件数) 60 50 40 30 20 10 0 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008(年) (出所)韓国公取委年次報告に基づき経済産業省作成。 2.国際的な事案への対応の状況 韓国公取委は、2000 年に「外国事業者の公正取引法違反行為に対する調 22 査及び処理指針」を制定し、海外の企業に対する競争法の適用の方針を明 確化した。 具体的には、海外の企業が、国内の企業又は消費者と直接的関連が無く、 海外の企業又は消費者間で行われる取引等であっても、国内市場に反競争 的効果を及ぼし、又は及ぼすおそれがある限り、韓国競争法を適用し得る ことを明確化した33。 当該指針の制定以降、2002 年の黒鉛電極カルテル事件において、韓国公 取委が、米国、ドイツ、我が国の計6社に対して、是正措置及び総額約 8.5 百万ドルの課徴金を課した事例34を皮切りに、翌年 2003 年のビタミンカル テル事件においては、スイス、ドイツ、フランス、オランダ、我が国の計 6社に対して、是正措置及び総額約4十億ウォン(約 3.5 百万ドル)の課 徴金を課している35。 また、最近の事例では、マリンホースカルテル事件において、イギリス、 フランス、イタリア、我が国の計 5 社に対して、是正措置及び総額 557 百 万ウォン(約 448 千ドル)の課徴金を課しており、国際カルテル事件の取 締りについて積極的な姿勢であることが伺える。 5 10 15 33 申鉉允(2002)「二一世紀における市場秩序の変化と韓国競争法の域外適用」 (北大法学論 集,53(3):289-307)。 34 2002 年韓国公取委年次報告。 35 2003 年韓国公取委年次報告。 23 Ⅳ 中国独禁法の施行と国際的な事案への対応の可能性 1.執行体制及び関連規則等の整備状況 (1)執行体制の概要 5 10 15 2008 年8月に中国において包括的な独占禁止法(中国名は「反壟断法」。 以下「中国独禁法」という。)が施行された。 内容は、EU競争法をモデルに、①独占協定、②市場支配的地位の濫用、 ③企業結合を規制の柱としつつ、中国独自のスタイルとして、④行政権力 の濫用も規制対象に加えたものとなっている。 中国独禁法の執行機関として、同法第9条の規定に基づき、独占禁止業 務の組織、調整及び指導について責任を有する国務院独占禁止委員会が設 置されている。また、同法第 10 条第1項の規定に基づく国務院独占禁止法 執行機関として、商務部、国家工商行政管理総局、及び国家発展改革委員 会が指定されている。それぞれ、商務部は③企業結合審査を、国家工商行 政管理総局は①独占協定、②市場支配的地位の濫用及び④行政権力の濫用 に関する規制(但し、いずれも価格独占行為を除く)を、国家発展改革委 員会は上記①、②及び④に係る価格独占行為の規制を担当している(図 13)。 図 13 中国独禁法の執行体制に係る概念図 国務院独占禁止委員会 ・競争政策の策定 ・独禁法執行業務の調整 ・市場の競争状況の調査・公表 <独占禁止法執行機関> 商務部 ・事業者集中 国家工商行政管理総局 ・価格以外の独占的協定 国家発展改革委員会 ・価格に関する独占的協定 (市場分割カルテル、数量制限等) (価格カルテル、再販売価格維持) (合併等) ※ 国務院独占禁止委員会 ・価格以外の市場支配的地位の濫用 ・価格に関する市場支配的地位の濫用 (抱き合わせ販売、取引拒絶等) (コスト割れ販売等) の事務局を担当 ・価格以外の行政権の濫用による競争 ・価格に関する行政権の濫用による競 阻害 争阻害 (出所)各種資料に基づき経済産業省作成。 24 (2)カルテル関連の規則等の整備状況 カルテルに関する実施細則等は、本年4月、国家工商行政管理総局より、 価格以外の独占協定を対象とした「独占協定行為の禁止に関する規定(草 案)」36等が、また、本年8月、国家発展改革委員会より、 「価格独占禁止規 定(意見募集稿)」が公表されている。 しかしながら、中国独禁法上、カルテルを行った場合の法的責任として 定められている、没収される違法所得の範囲や、 「前年度の売上高の1パー セント以上 10 パーセント以下の制裁金」(法第 46 条第1項)(図表 14)の 具体的な算定方法は不明である。 また、リニエンシー制度(法第 46 条第2項)(図表 15)の具体的な運用 基準も明らかになっていないため、カルテルを行った企業に対し巨額の制 裁金等の行政制裁が課される可能性は否定できない。 5 10 図表 14 中国独禁法における制裁金制度の概要 独占的協定 <独占的協定が実施> ・違法行為の停止 ・違法所得の没収 ・前年度売上高の 1%∼10%の制裁金 市場支配的地位の濫用 ・違法行為の停止 ・違法所得の没収 ・前年度売上高の 1%∼10%の制裁金 <独占的協定が未実施> ・50万元以下の制裁金 企業結合 ・結合の停止 ・結合前の状態を回復するため に必要な措置 (株式若しくは資産の処分、 営業の譲渡等) ・50万元以下の制裁金 ※事業者団体が独占協定を締結した場 合は50万元以下の制裁金、更に情状が 深刻な場合は,社会団体の登録取消し。 (出所)各種資料に基づき経済産業省作成。 36 同時に、「市場支配的地位の濫用の禁止に関する規定(草案) 」(価格独占行為を除く。)も 公表されている。川島富士雄(2009)「中国独占禁止法∼執行体制・実施規定・具体的事例」 (国際商事法務 Vol.37,No.6(2009) ) 。 25 図表 15 中国独禁法におけるリニエンシー制度の概要 (「独占協定行為の禁止に関する規定(草案)」 (国家工商行政管理総局、2009 37 年4月 27 日公表) より) 価格に関するものを除く独占的協定については、国家工商行政管理総 局に対して、企業が自主的に関連する状況を報告し、重要な証拠を提供 した場合には、時間的順序や証拠の重要性、独占的協定の状況、調査へ の協力等に基づいて、以下のとおり、企業の順位及び制裁金の軽減を確 定する。 事業者の順位 制裁金の軽減 第1位 制裁金免除 第2位 制裁金50%軽減 第3位 制裁金30%軽減 [参考]企業結合関連の規則等の整備状況 現在までに、企業結合審査を担当する商務部において、企業結合審査 関連のガイドラインの制定作業が進められているが、我が国における企 業結合審査ガイドラインのような包括的なガイドラインは、中国におい て未だ制定されていない。 5 昨年8月、商務部への届出基準を定めた「事業者集中の届出基準に 関する国務院規定」38を制定。 10 本年1月、企業結合審査手続に関する一連の実施規定(「企業結合 独占禁止審査事務ガイドライン」、 「企業結合届出に関する指導意見」 及び「企業結合届出書類に関する指導意見」)を制定。 15 本年5月、「関連市場の確定に関するガイドライン」を制定。 37 川島富士雄(2009)「中国独占禁止法∼執行体制・実施規定・具体的事例」 (国際商事法務 Vol.37,No.6(2009) ) 。 38 本規定第3条では、商務部に届出が必要な金額として、①全当事者の全世界での売上合計 が 100 億人民元超で、かつ、その中の2つ以上の事業者の中国での売上額がそれぞれ4億人 民元超、又は②全当事者の中国国内での売上額の合計が 20 億人民元超で、かつ、その中の2 つ以上の事業者の中国での売上額がそれぞれ4億人民元超、と規定されている。 26 本年 11 月、企業結合の届出に係る基準や手続の詳細を定めた「企 業結合届出弁法」、及び企業結合審査に係る手続の詳細を定めた「企 業結合審査弁法」を制定。 5 その他、「法に従った届出のない企業結合の調査処理に関する暫定 弁法(草案)」、 「届出基準を満たさないが独占の疑いのある企業結合 の証拠収集に関する暫定弁法(草案)」等を公表。 例えば、本年3月に発表された、米コカコーラによる中国果汁飲料市 場トップの匯源果汁集団(Huiyuan ジュース)の買収事案に係る不許可 決定39のように、中国当局の企業結合審査の予見可能性の低さや、保護 主義的・産業政策的な政策判断の可能性を示す実例も出ている。 10 15 2.国際的な事案への対応の可能性と我が国企業の対応 中国独禁法第2条は、「(略)中華人民共和国外で行われる行為のうち、 国内市場における競争を排除又は制限する影響を及ぼす行為には、この法 律が適用される。」と規定しており、日米欧の競争法と同様に、中国独禁法 も、国外で行われる行為に同法を適用し得ることを条文上明記している。 カルテル事案ではないが、企業結合関係の事例として、中国競争当局は、 2008 年のベルギービールメーカーのインベブによる米国ビールメーカーの アンハイザー・ブッシュの買収案件40や、2009 年の MMA(メタクリル酸メチ ル)メーカーの三菱レイヨンによる英国 MMA メーカーのルーサイトの買収 案件41を初めとして、海外の企業が当事者である企業結合案件に対して条件 20 25 39 本年3月に示された不許可決定の中で、商務部は決定に至った理由として、①コカコーラ 社が炭酸飲料市場における支配的地位の影響を果汁飲料市場にも及ぼし、既存の果汁飲料企 業の競争を排除又は制限するおそれがある、②コカコーラ社が果汁飲料市場において有名ブ ランドを擁することで、果汁飲料市場での支配力が増強され、潜在的競争者の参入を困難に する、③市場の集中によって中小企業の競争への参与や創造を抑制し、有効競争の構成に不 利な影響が及ぶ、という3点を開示している。 (森脇章、矢上浄子(2009)「中国独禁法最前線 企業結合審査における最新事例の分析とガイドライン制定の動向」(The Lawyers 2009 年6 月号)) 40 商務部は許可に付された制限的条件として、①アンハイザー・ブッシュ社が現在有する青 島啤酒の 27%の持株比率を増加しない、②インベブ社が現在有する珠江啤酒の 28.56%の持株 比率を増加しない、③北京燕京啤酒の株式及び華潤雪花啤酒の持分を取得しない、④インベ ブ社の支配株主又は支配株主の株主に変化があった場合は必ずすみやかに商務部に報告する、 という4点を提示した。 (森脇章、矢上浄子(2009)「中国独禁法最前線 企業結合審査におけ る最新事例の分析とガイドライン制定の動向」(The Lawyers 2009 年6月号)) 41 商務部は許可に付された制限的条件として、①ルーサイト社は中国での MMA 年間生産能力 27 5 付きの許可決定を行っている42。 以上のとおり、中国独禁法の運用状況は未だ不明確な部分が多いが、今 後、海外の企業の関与するカルテル事案に対しても、中国独禁法の適用が なされる可能性は十分あるものと考えられ、我が国企業においては、その 執行状況を注視する必要があると考えられる43。 の半分を今後5年間、第三者にスピンオフする(生産及び管理コストのみの価格で購入する 権利を第三者に与える) 、②スピンオフ完了まで、三菱レイヨンとルーサイトは、中国の MMA モノマー事業をそれぞれ独立して運営(役員の兼任、価格情報や顧客情報等の交換を禁止) する、③今後5年間、関連事業につき中国での買収及び新工場の建設を禁止、という3点を 提示した。 (森脇章、矢上浄子(2009)「中国独禁法最前線 企業結合審査における最新事例の 分析とガイドライン制定の動向」(The Lawyers 2009 年6月号) ) 42 さらに、本年9月 28 日には、米国ジェネラル・モーターによる米国自動車部品メーカーの デルファイの買収に対し、部品供給上の差別の禁止、デルファイからGMへの他の競争者の 機密情報の開示の禁止等を旨とした条件付きの許可決定を行っている。また、翌日 29 日には、 米国ファイザーによる同ワイスの買収に対し、中国域内の業務の分離売却等を旨とした条件 付きの許可決定を行っている。 43 研究会メンバーからは、以下の指摘があった。 中小企業は、国内の需要が縮小し、中国等の海外に進出しないと生き残れない状況で あることからも、海外の競争法を踏まえたコンプライアンス体制を整備する必要性が高 い。 中堅・中小企業の海外経済活動の中心はアジア諸国であり、中でも中国への進出や商 取引については今後も増える見通しであること、中堅・中小企業の海外活動は、アジア 及び我が国の経済成長にとっても極めて重要であることから、特に中国等アジアの競争 法を主眼としたコンプライアンスを実施する必要がある。 28 Ⅴ 我が国における独禁法の執行状況 1.執行の現状 我が国においては、2005 年の独禁法改正により、事件についての調査(立 入検査等)の開始日から遡って 10 年以内に、一度でも他の事件で課徴金を 課されていた場合には、通常の課徴金算定率を 1.5 倍にした算定率(例え ば、製造業等の大企業の場合の算定率は通常 10%のところ、15%)が適用 されることになった。 加えて、課徴金減免制度(いわゆるリニエンシー制度)44が導入されたこ とで、公正取引委員会(以下「公取委」という。)の、カルテルの端緒を得 る機会が増加するとともに、証拠収集が容易になったと考えられる。 昨年度の課徴金納付命令の総額は、約 270 億円と過去最高となった(図 表 18)ほか、塩化ビニル管カルテル事件における1企業に対する課徴金額 が、約 80 億円(過去最高)であったこともあり、1企業当たりの課徴金額 も、約3億円超と過去最高となった(図表 19)。また、カルテルに対する法 的措置の件数も、年々増加の傾向にある(図表 20)。(参考:図表 21) 5 10 15 44 違反行為の発見、解明を容易化し、競争秩序を早期に回復することを目的として 2006 年度 に導入されたもので、事業者が自ら関与した違反行為について、その違反内容を公取委に自 主的に報告した場合に、一定の要件の基づき、課徴金を減免する制度。 我が国のリニエンシー制度は、リニエンシー申請をした複数の事業者が適用を受けること が可能である点、制裁金の全額免除を受けられない場合でも、制裁金の一部減額を受けるこ とが可能である点等において、欧州委員会の制度に比較的近いといえる。 しかし、我が国の制度は欧州委員会の制度に比べ、①リニエンシーの権利を得るためには、 様式に指定された情報を記入するとともに関連する資料を提出することで足り、欧州委員会 ほどに情報の質が厳格に審査されることはないこと、②我が国の制度は、競争当局からの報 告若しくは資料の提出の求めに対し、拒否や虚偽がなければリニエンシーが付与されると解 されており、欧州委員会のような協力度合いの厳格な審査はないこと等、競争当局の裁量性 が小さい形の制度になっている点において異なる。 (「競争法の国際的な執行に関する研究会 中間報告」 (2008 年6月経済産業省)14 頁) 29 図表 18 公取委が課した課徴金額の推移(2003∼08 年度) 価格カルテル (億円) 入札談合 対象事業者数 (名) 500 300 468 28.9 250 400 399 200 300 241.4 150 219 100 200 158 188 34.5 162 73.7 63.8 50 100 87 77 38.3 0.4 0 0.7 2003 2004 39.2 28.9 2005 0 2006 2007 2008 (年度) (出所)公取委ホームページ掲載情報に基づき経済産業省作成。 図表 19 公取委が課した課徴金額(一社当たり)の推移(2003∼08 年度) 一社当たり課徴金額 (万円) 35,000 30,000 25,000 20,000 31,076 15,000 10,000 5,000 826 5,091 4,729 5,863 6,973 2003 2004 2005 2006 2007 0 2008 (年度) (出所)公取委ホームページ掲載情報に基づき経済産業省作成。 30 図表 20 公取委が命じた法的措置の推移(2003∼08 年度) 40 492 472 (件) 35 405 30 25 400 300 14 14 13 2 2 3 8 7 2003 2004 73 3 4 4 2 1 0 8 6 1 2005 200 2 193 15 5 (者) 22 20 10 500 入札談合 価格カルテ ル 私的独占 不公正な取引方法 その他 対象事業者等の数 2006 6 100 1 3 1 5 49 1 2007 0 2008 (年度) (出所)公取委ホームページ掲載情報に基づき経済産業省作成。 31 図表 21 公取委が課した課徴金額 事件別上位 10 件(2003∼08 年度) 対象 課徴金額 事件名 者数 (億円) 順位 1位 地方公共団体のごみ処理施設建設工事に係 る談合(2006 年度) 5 270.0 2位 塩化ビニル管及び継手の価格引上げに係る カルテル(2008 年度) 2 116.9 3位 国際航空貨物の運賃・料金に係るカルテル (2008 年度) 12 90.5 4位 日本道 路公 団 の 鋼 橋 上部工 事 に 係る談合 (2005 年度) 40 81.8 冷間圧延ステンレス鋼板の価格引上げに係 6 67.8 5位 るカルテル(2004 年度) 6位 防衛庁調達実施本部の石油製品の発注に係 る談合(2007 年度) 3 44.8 7位 郵政省の郵便番号自動読取区分機類に係る 談合(2004 年度) 2 42.1 8位 国交省関東・東北・北陸整備局の鋼橋上部工 事に係る談合(2005 年度) 43 37.9 9位 防衛施設庁の特定土木・建築工事に係る談合 (2007 年度) 51 30.5 10 位 アルミ箔(プレーン箔)の価格引上げに係る カルテル(2006 年度) 6 24.0 ※課徴金額は、審判開始の如何にかかわらず、納付命令時点のもの。 (出所)公取委ホームページ掲載情報に基づき経済産業省作成。 また、今般の独禁法改正45により、以下の措置が講じられることとなった。 課徴金納付命令の対象範囲の拡大(排除型私的独占、及び不当廉売、 優越的地位の濫用等の不公正な取引方法の一部) 5 カルテル、入札談合等の不当な取引制限において主導的役割を果たし た事業者に対する課徴金の割増し(大企業・製造業等の場合:10%→15%) 45 2009 年6月 10 日公布。 32 課徴金減免制度について、同一企業グループ内の複数の事業者による 共同申請の導入や、減免対象申請者数の拡大(最大3社→最大5社) 5 2.国際的な事案への対応の状況 <マリンホース国際カルテル事件46> 我が国においても、近年、独禁法を国際的な事案に対して適用する事例 が生じている。2008 年2月、公取委は、特定マリンホースに関する国際カ ルテル事件において、我が国企業のみならず、英国・フランス・イタリア の企業も加えた5社に対して排除措置命令を、そのうち、我が国企業1社 に対して課徴金納付命令を下した。 本件は、我が国、英国、フランス、イタリアのマリンホースの製造販売 業者8社が、特定マリンホースについて、使用地となる国に本店を置く者 を受注予定者とし、本店所在地以外を使用地とする場合には、コーディネ ーターが選定する者を受注予定者とし、受注予定者が定めた価格で受注で きるように受注価格を調整していたとされた、国際カルテル事件である。 本件は、公取委が、国際カルテルに関し、初めて海外の企業に対し法的 措置を採った事件である。 10 15 20 <ブラウン管国際カルテル事件47> また、2009 年 10 月、公取委は、特定ブラウン管に関する国際カルテル事 件について、我が国のほか、アジア各国企業に対して排除措置命令、課徴 金納付命令を下した。 本件は、我が国ブラウン管テレビ製造販売業者の現地製造子会社等が購 入する特定ブラウン管について、特定ブラウン管の製造販売業者等が、そ の営業担当者による会合を継続的に開催し、当該特定ブラウン管の現地製 造子会社等向けの販売価格に関して、各社が遵守すべき最低目標価格等を 設定する旨を合意することにより、公共の利益に反して、特定ブラウン管 の販売分野における競争を実質的に制限していたとされた事件である。 本件は、公取委が、国際カルテルに関し、初めて海外の企業に対し、対 25 30 46 「マリンホースの製造販売業者に対する排除措置命令及び課徴金納付命令について」 (2008 年2月 22 日付け公取委プレスリリース) 、平成 20 年(措)第2号。 47 「テレビ用ブラウン管の製造販売業者らに対する排除措置命令及び課徴金納付命令につい て」 (2009 年 10 月7日付け公取委プレスリリース) 、平成 21 年(措)第 23 号。 33 象商品の直接的な国内売上額が無いにもかかわらず、課徴金を課した事例 である。 [参考]BHPビリトンによるリオ・ティントの株式取得についての審査 5 企業結合審査においては、1998 年の独禁法改正48により、国内企業に規 制対象を限定していた規定が改正され、企業結合審査の当事者が全て海 外企業であっても、当該企業結合が我が国市場に競争制限効果を有する 場合には、我が国独禁法が適用されることとなった。 2008 年に起こった英豪系資源大手BHPビリトン(以下「BHP」と いう。)による同リオ・ティント(以下、リオ)の株式取得に関する審査 は、かかる規定に基づき、海外企業同士の統合事案を、公取委が、正式 な審査手続によって、違反被疑事件として審査した初めての事案である。 BHPのリオに対する買収提案に係る経緯は、以下のとおりである。 10 15 2007 年 11 月: BHPは、リオに対し買収の提案をするも、リオは反対の意思を表明。 2008 年 2月: 20 BHPは、株式の現物交付によるリオ株式の公開買い付けを行うこと を発表。 2008 年 7月: 公取委は、当該株式取得が我が国市場に大きな影響を与えるもので あるとして、正式審査事件として審査を開始。公取委は、競争者、ユ 25 ーザー等から情報収集するとともに、BHPに対しても、任意で資料 を提出することを求めたが、BHPはこれに応じなかった。 2008 年 9月: 公取委は、BHPに対し、強制力をもった資料提出請求である、報 30 告命令を領事送達したが、BHPは受領を拒否。そのため、公取委は、 48 1998 年5月の改正までは、国内会社の株式取得又は所有の場合にのみ第 10 条第1項の規 制が及ぶこととされていたが、外国会社や国内会社が外国会社の株式を取得又は所有する場 合であっても、我が国市場における競争が制限される場合があり得ることから、第 10 条第1 項の規制がかかる取得又は所有にも及ぶよう改正された。これに併せて、一定の外国会社の 株式の取得又は所有に対しても報告義務が及ぶこととされた。 (公正取引研究会編(2008 追 録版)「実務解説独占禁止法」 (第一法規)1273 頁) 。 34 報告命令の公示送達を実施。 2008 年 11 月: BHPは、上記の公示送達の効力発生後、報告命令に基づく資料提 出期限の直前に資料を提出。しかし、その後、BHPは同月買収断念 を発表。 5 2008 年 12 月: 公取委は、審査の打ち切りを発表。 10 本件は、最終的に法的措置を採るまでには至らなかったものの、公取 委は審査打切りのプレスリリース49において、「当委員会としては、今後 とも、我が国の市場における競争に大きな影響を与えるような企業結合 事案については、それが外国会社同士によるものであっても、積極的に 対応していくこととしている」と述べ、今後、企業結合審査においても 国際的な事案への対応を積極的に行う姿勢であることを明示している。 15 49 2008 年 12 月3日付公取委プレスリリース「ビーエイチピー・ビリトン・リミテッドらに 対する独占禁止法違反被疑事件の処理について」 。 35 Ⅵ 各国間の競争法の執行に係る協力協定 我が国は、米国、EU、カナダとの間において、競争法の執行に係る協 力協定(いわゆる独禁協力協定)を締結している。これらの協力協定は、 競争当局の間の協力関係の進展を通じて、それぞれの国の競争法の効果的 な執行に貢献することを目的としている。 これらの協力協定は、以下の2つの方法により、自国競争法の国際的な 適用の際に生じ得る各国競争当局間の対立の回避を目指している。 5 一方の締約国政府が、他方の締約国政府に対し、当該他方の締約国 政府による特定の執行活動が、自国政府の重要な利益に影響を及ぼす ことがあることを「通知」したときは、当該他方の締約国政府は、当 該執行活動の重要な進展について適時に「通報」するよう努め、場合 によりその競合する利益を適切に「調整」することを図る方法(消極 的礼譲)。 10 15 他方の国の領域内で、自国政府の重要な利益に悪影響を及ぼす行為 がなされている場合、直ちに自国の競争法を適用するのではなく、他 方の締約国に対し、他方の締約国の競争法に基づいて適切な執行活動 をするよう「要請」することにより、効果的な執行活動を行う方法(積 20 極的礼譲)。 各国間の協力協定は、各国競争法の適用自体を直接規律するものではな いが、各国競争当局が、上記のような方法を採ることにより、各国競争当 局の間の深刻な対立を回避し得るという点で、競争法の効果的な執行の一 助となっている50。 25 [参考]我が国が締結している独禁協力協定 1999 年に日・米「反競争的行為に係る協力に関する日本国政府とア メリカ合衆国政府との間の協定」(1999 年 10 月7日署名)締結 30 2003 年に日・EU「反競争的行為に係る協力に関する日本国政府と 欧州共同体との間の協定」(2003 年7月 10 日署名)締結 50 外務省北米局北米第二課編(2000) 「解説日米独禁協力協定」 (財団法人日本国際問題研究 所) 。 36 2005 年に日・カナダ「反競争的行為に係る協力に関する日本国政府 とカナダ政府との間の協定」(2005 年9月6日署名)締結51 [参考]我が国と米国との独禁協力協定のポイント 5 通報(第2条): 両国の競争当局は、他国の締約国政府の重要な利益に影響を及ぼす ことがある自国政府の執行活動について通報する。 執行協力(第3条): 両国の競争当局は、自国の法令及び自国政府の重要な利益に合致す る限りにおいて、相手国の競争当局に対しその執行活動につき支援を 提供する。 10 執行調整(第4条): 両国の競争当局は、関連する事案について双方が執行活動を行って 15 いる場合は、執行活動の調整を検討する。 執行活動の要請(第5条): 一方国の競争当局は、相手国の領域内の反競争的行為が自国政府の 重要な利益に悪影響を及ぼすと信ずる場合は、相手国の競争当局に対 20 し適切な執行活動を開始するよう要請することができる。 消極的礼譲(第6条): いずれか一方の締約国政府が、他方の締約国政府に対し、当該他方 の締約国政府による特定の執行活動が自国政府の重要な利益に影響を 25 及ぼすことがあることを通知したときは、当該他方の締約国政府は、 当該執行活動の重要な進展について適時に通報するよう努める。 ※EU、カナダとの間の協定についても同内容。 51 なお、米・EU間では、1991 年に「Agreement between the Government of the United States and the Commission of the European Communities regarding the application of their competition laws」(1991 年 9 月 23 日署名)が締結されている。 37 第3章 各国競争当局の競争法コンプライアンスに係る指針 以下では、企業及び事業者団体が競争法に係るコンプライアンス体制を 構築する上での前提、若しくは多くの示唆に富む参照事項として、日米欧 の競争当局が示している、企業及び事業者団体の活動やコンプライアンス に関わる指針について述べる。 欧州における情報交換に関する指針(海上輸送ガイドライン)及び我が 国における事業者団体の情報交換に関する指針(事業者団体ガイドライン) については、競合他社同士の情報交換における合法性を判断するに当たっ て示唆を与え得るものであり、また、米国における企業のコンプライアン ス体制に関する指針(量刑ガイドライン)については、実効性のある競争 法コンプライアンス体制を検討するに当たって示唆を与え得るものである。 5 10 Ⅰ 欧州における情報交換に関する指針(海上輸送ガイドライン) 15 企業が、競合他社の情報を収集し、自社の経営に生かすことは事業活動 として自然な行為であるところ、いわゆる機微情報(価格、生産能力、費 用等)の収集及び交換については、その内容や態様により競争法違反とな るリスクが存在する。この点に関して、EU域内の企業や事業者団体が参 照する実質的な指針としては、2008 年7月1日付で欧州委員会が公表した 「欧州委員会 海上輸送サービスに対するEC条約第 81 条52 53の適用に関 20 52 EC条約第 81 条及び第 82 条は、2009 年 12 月1日のリスボン条約の施行に伴い、それぞ れ第 101 条及び第 102 条に改正されているが、本報告書においては、統一的に、旧条番号を 用いることとしている。 53 以下、仮訳(越知保見著「日米欧 独占禁止法」(商事法務)を参照の上、経済産業省作成) 第 81 条第1項 加盟国間の取引に影響を与えるおそれがあり、かつ共同市場における競争を 妨害し、制限し若しくは歪曲する目的を有し又は効果をもたらす事業者間の合意、事業者 団体の決定及び協調行動は共同市場と両立しないものとして禁止されるものとする。とり わけ、次の各号の一に該当するものは禁止される。 (a) 直接又は間接に、売買価格その他の取引条件を固定すること (b) 生産、販売、技術開発、若しくは投資を制限し又は管理すること (c) 市場又は供給源を分割すること (d) その他の取引の相手方との間の同等の取引と異なる条件を適用し、相手方を競争上不 利な立場に置くこと (e) 契約の締結に際し、相手方が、契約の対象の特質又は商業上の用途に照らして、契約 の対象と関連しない付加的な義務を受諾することを条件とすること 第2項 本条で禁止される合意又は決定は、自動的に無効となるものとする。 第3項 第1項の規定は、以下の場合には適用されない場合がある。 ・事業者間の合意又は一連の合意 ・事業者団体による決定又は一連の決定 38 5 するガイドライン54」(以下「海上輸送ガイドライン」という。)がある55。 本ガイドラインは、海上輸送サービス事業者にのみ適用され、他の分野 には適用されないことが明記されている56ものの、現在、欧州委員会が、 EU域内における競合他社との情報交換について判断要素を示したものは 本ガイドラインだけであること、及び本ガイドラインで挙げられている判 断要素は、一部の海上輸送業に特殊な要素を除き、汎用性のある要素であ ることから、EU域内の企業や事業者団体において、その業種にかかわら ず、欧州委員会の違法性判断の考慮要素を推し量る一つの目安として、実 務上、本ガイドラインを用いている場合がある。 10 (1)総論 海上輸送ガイドラインは、以下のような事項を伴う取組を、 「情報交換シ 57 ステム」と呼んでいる 。 15 企業が企業相互間で市場に関する情報を交換すること。 企業が第三者機関に情報を提供し、当該第三者機関は情報を集約及 ・協調行動又は一連の協調行動 このような場合であって、商品の生産若しくは販売の改善に寄与するか、技術的若しくは 経済的発展をもたらし、その結果生じる利益を消費者が公平に享受し、かつ、次の各号の 一に該当しないもの。 (a) 関連する事業者に対し、前項の目的の達成に不可欠ではない制限を課すこと (b) 当該商品の実質的部分において、事業者間の競争を排除する可能性をもたらすこと 54 原文は、Guidelines on the application of Article 81 of the EC Treaty to maritime transport (Brussels, 1.7.2008 SEC(2008) 2151 final) COMMISSION OF THE EUROPEAN COMMUNITIES http://ec.europa.eu/competition/antitrust/legislation/maritime/guidelines_en.pdf 日本語訳は、参考訳として『欧州委員会海上輸送サービスに対する EC 条約第 81 条の適用に 関するガイドライン 日英対訳』 (岡村堯監訳 日本海事センター、2008)が公表されている。 http://www.jpmac.or.jp/investigation_results_research/policy02/B-5.pdf 55 従来、 EU 域内の海上輸送サービス事業者は、欧州委員会の理事会規則 (Council Regulation (EEC) No 4056/1986 of 22 December 1986 on the application of Articles 85 and 86 (現 81 及び 82 条)of the Treaty to maritime transport)により、EU 域内の海上輸送サービス 事業者の会合において、運賃その他の輸送に関する条件を設定する同盟を締結することを許 されていた。しかし、2008 年 10 月 18 日、当該規則が廃止され(Council Regulation (EC) No 1419/2006 of 25 September 2006) 、全ての海上輸送サービス事業者は、包括適用除外を受け ることができなくなり、EC条約第 81 条の規定に服することとなった。そこで、欧州委員会 は、主として EU 域内の港湾相互間又は EU 港湾を発着する海上輸送サービスを提供する事業 者が、当該サービスに関する事業者間の協定がEC条約第 81 条に適合しているか判断するこ とができるように、過去の EU における決定や判例で示された判断要素を基礎とした、海上輸 送ガイドラインを公表したものである(海上輸送ガイドライン第 2 パラグラフ) 。 56 海上輸送ガイドライン第2パラグラフ。 57 海上輸送ガイドライン第 38 パラグラフ。 39 び蓄積し、企業に対し、事前に合意した形式かつ頻度で情報を伝える こと。 そして、欧州委員会が情報交換の適法性を審査する際には、情報交換が 行われる市場の構造、及び情報交換の特徴という2つの要素を重視し、情 報交換が行われない場合の競争状態と比較して、情報交換が行われること によっていかなる現実的又は潜在的な効果が生じるか考慮するとしている 58 。 5 10 15 (2) 各論 (ア)市場の構造59 (a) 集中の度合い 高度に集中した寡占市場において、主要な競争者間で市場に関する 情報が交換されると、集中度の低い市場よりも、競争制限効果が強く、 かつそれが持続することから、集中の度合いが考慮される。 20 (b) 需要と供給の構造 競争者の数、各企業の市場占有率とその安定性、競争者間に何らか の構造的な結びつきがあるか、といった需要と供給の構造についても 重視される。 (イ)情報交換の特徴60 競合他社との間の競争の要素(価格、生産能力、費用等)に関する機 微情報の交換は、他の情報交換よりもEC条約第 81 条第 1 項違反となり 易い。そこで、かかる機微情報に該当するか否かが重要となるところ、 その評価に当たっては、以下の基準を考慮するとしている。 25 (a) 公有情報 既に公有情報となっている情報の交換は、原則としてEC条約第 81 条第 1 項違反とならない61。ただし、市場の透明度の度合いや、当該情 30 58 海上輸送ガイドライン第 45 パラグラフ。 海上輸送ガイドライン第 47 ないし 49 パラグラフ。 60 海上輸送ガイドライン第 50 ないし第 56 パラグラフ。 61 海上輸送ガイドライン第 48 パラグラフに引用されている TACA 判決(Atlantic Container Line AB and others v Commission, [2003] ECR II-3275)とは、各国の船社によって構成さ れていた大西洋同盟協定(Trans-Atlantic Conference Agreement, TACA)において、TACA 参 加者のサービス契約の内容を相互に開示したことについて、当該サービス契約の内容は米国 海商法(the US Shipping Act)上、連邦海事委員会(Federal Maritime Commission, FMC)に届 59 40 報交換により当該情報を入手しやすくなったか否か、他の公有情報で はない情報と組み合わせたか否かという事項の評価によっては、公有 情報であっても機微情報に該当し、当該情報交換が競争を制限する可 能性があると判断され得ると言及している。 5 10 (b) 集合情報 情報には個別情報(企業名を判別できる情報)と集合情報(十分な 数の独立した企業から収集した情報により構成されていることから、 各企業の個別情報を抽出することができない情報)がある。集合情報 の交換は、原則としてEC条約第 81 条第1項違反とならず、個別情報 の交換は、EC条約第 81 条第1項違反となる可能性が高い。かかる判 断に当たっては、欧州委員会は、集合化の度合いを重要視する。企業 が、直接的にせよ間接的にせよ、集合情報から競合他社の戦略を認識 できないようにしなければならないとしている。 15 20 25 (c) 情報の新旧及び対象期間 情報には、歴史的情報、最近の情報及び将来の情報という区分があ るところ、歴史的情報の交換は、原則としてEC条約第 81 条第1項違 反とならない。欧州委員会は、過去の判例において1年を経過した情 報を歴史的情報とし、1年未満の情報を現在の情報と考えているとし ている。もっとも、歴史的情報にあたるか、それとも現在の情報にあ たるかは、当該情報が関連する市場においてどの程度陳腐化したかと いうことを柔軟に考慮する必要があるとし、1年という期間を硬直的 に解すべきではないことを示唆している。 なお、情報が歴史的になるために必要な期間という観点からは、個 別情報よりも集合情報のほうが歴史的情報になり易いとしている。 また、将来の情報、特に機微情報に関する情報を交換した場合、競 合他社が当該市場において採るであろう市場戦略の予測が容易になる ことから、競争を制限する効果が強いとしている。 30 (d) 情報交換の頻度 情報交換の頻度が増すほど、競争者は迅速な対応をとれることにな り、ひいては市場において競争的行動をとる動機付けが削がれること け出られる必要があり、FMC は、届け出られた各社のサービス契約の内容を米国で公表して いることから、当該サービス契約の内容は公有情報に属し、当該情報を TACA 参加者が相互に 開示したことは条約違反とならないと判示したものである。 41 になるとしている。 5 (e) 情報の公表方法 情報が顧客と共有される形で公表される場合、競争法上の問題はよ り小さくなる。これに対して、情報が供給者側の利益にのみ供される 場合、顧客が不利益を受けるおそれがある。 42 Ⅱ 我が国における事業者団体の情報交換に関する指針(事業者団体ガイド ライン) 我が国において、企業の情報交換一般に関する指針は存在しないが、公 取委による「事業者団体の活動に関する独占禁止法上の指針」 (以下「事業 者団体ガイドライン」という。)第二の9「情報活動」の項目において、情 報活動の合法性の判断要素を示している62。以下、概要を示す。 5 10 (1)違反となるおそれがある情報活動 各企業の現在又は将来の事業活動における重要な競争手段に具体的に関 係する内容の情報について、事業者団体の構成事業者同士で収集・提供を 行い、又は事業者団体が構成事業者間のこのような情報交換を促進するこ とは、違反となるおそれがあるとされている。 「重要な競争手段に具体的に関係する内容の情報」の例示として、以下 の項目が挙げられている63。 15 構成事業者が供給し、又は供給を受ける商品又は役務の価格又は数 量の具体的な計画や見通し 顧客との取引や引き合いの個別具体的な内容 20 予定する設備投資の限度 かかる情報交換を通じて、構成事業者間に競争を制限するような暗黙の 了解若しくは共通の意思が形成され、又はこのような情報活動が手段・方 法となって競争制限行為が行われていれば、原則として違反となる。 25 (2)原則として違反とならない情報活動 (ア)事業活動に係る過去の事実に関する情報の収集・公表 事業者団体ガイドラインは、原則として違反とならない、過去の事実 62 事業者団体ガイドラインのほか、企業及び事業者団体の情報活動の合法性の判断要素を示 したものとして、 「公共的な入札に係る事業者及び事業者団体の活動に関する独占禁止法上の 指針」(平成6年公正取引委員会)第二4 情報の収集・提供、経営指導等において、特に入 札に係る情報交換等について言及している。また、 「行政指導に関する独占禁止法上の考え方」 (平成6年公正取引委員会)2(3)④においては、独禁法上問題を生じさせるおそれのあ る行政機関による行政指導の1つとして、短期の需給見通しの作成に当たって、事業者間又 は事業者団体において、供給計画に関する意見交換等を行わせることについて言及している。 63 事業者団体ガイドライン第二9−1。 43 に関する情報の収集・公表の判断要素として、以下の要素を挙げている64。 概括的な情報であること 5 構成事業者から任意に収集すること 客観的に統計処理すること 10 個々の事業者の数量や金額等を明示することなく、概括的に公表す ること 15 (イ)概括的な需要見通しの作成・公表 将来の予測に関する情報を交換することは、競争法上リスクの高い行 為であるが、事業者団体ガイドラインは、以下の場合には原則として違 反とならないとの判断要素を挙げている65。 当該産業の全般的な需要の動向について 構成事業者に各自の将来の供給数量に係る具体的な目安を与えな いような、 20 一般的な情報を収集・提供する場合 又は 客観的な事象に基づく 概括的な将来見通しを作成し、公表する場合 25 上記の判断要素は抽象的であるが、すなわち交換する統計情報が「過去 の情報であればあるほど」「参加企業数が多ければ多いほど」「項目が概括 的であればあるほど」、独禁法違反となるリスクが低下する、ということに なる(図 22)。 64 65 事業者団体ガイドライン第二9−4。 事業者団体ガイドライン第二9−7。 44 図 22 事業者団体ガイドラインにおける統計情報に係るリスクのイメージ 高リスク 低リスク 新しい (将来予測) 情報の新規性 古い (過去実績) 少ない 統計の参加企業数 多い 詳細 項目の詳細さ 概括的 (出所)事業者団体ガイドラインに基づき経済産業省作成。 45 図表 23−1 活 動 類 型 1.価格制限行為 (注) 事業者団体ガイドライン、参考例等の項目一覧(抜粋)① 原則として違反となるもの 等 1―1価格等の決定 1―2再販売価格の制限 (1)価格制限行為の具体的な形態 や手段・方法 1―(1)―1最低販売価格の決定 1―(1)―2値上げ率等の決定 1―(1)―3標準価格等の決定 1―(1)―4共通の価格算定方式 の設定 1―(1)―5需要者渡し価格等の設 定 1―(1)―6団体による価格交渉等 (2)価格制限行為とその実施を確 保するための行為 1―(2)―1価格制限行為への協 力の要請、強要等 1―(2)―2安値品の買上げ 1―(2)―3価格制限行為の監視 のための情報活動 (3)価格制限行為における「価格」 2.数量制限行為 2―1数量の制限 (注) 2―1―1原材料の購入制限等に よる数量の制限 2―1―2数量の限度を示唆する 基準の設定による数量の調整 3.顧客、販路等の 3―1取引先の制限 制限行為(注) 3―2市場の分割 3―3受注の配分、受注予定者の 決定等 4.設備又は技術 4―1設備の新増設等の制限 の制限行為(注) 4―2技術の開発又は利用の制限 5.参入制限行為 5―1参入制限等 等(注) 5―1―1商品又は役務の供給制 限 5―1―2商品又は役務の取扱い 制限 (注)「1.価格制限 行為」から「5.参 入制限行為等」の 活動類型に関して 5―1―3不当な加入制限又は除 は、下記「9.情報 名 活動」、「10.経営 指導」及び「11.共 同事業」も併せて 参照されたい。 (1)不当な加入制限に当たるおそ れが強い行為 5―1―3−①過大な入会金等の 徴収 5―1―3−②店舗の数の制限等 5―1―3−③直接的な競合関係 にある事業者の了承等 5―1―3−④国籍による制限 6.不公正な取引 6―1共同の取引拒絶 方法 6―2その他の取引拒絶 6―3取引条件等の差別取扱い 6―4事業者団体における差別取 扱い等 6―5排他条件付取引 6―6再販売価格の拘束 6―7拘束条件付取引 6―8優越的地位の濫用 6―9競争者に対する取引妨害 違反となるおそれがあるもの 原則として違反とならないもの 等 (2)加入条件等に係る行為でそれ 自体としては問題とならないもの 46 図表 23−2 活 動 類 型 7.種類、品質、規 格等の関する行為 事業者団体ガイドライン、参考例等の項目一覧(抜粋)② 原則として違反となるもの 等 8.営業の種類、内 容、方法等に関す る行為 9.情報活動 10.経営指導 11.共同事業 12.公的規制、行 (1)許認可、届出等に関連する制 政等に関連する行 限行為 為 12―1許認可申請等の制限 12―2幅認可料金の幅の中にお ける料金の収受に係る決定 12―3認可料金以下の料金の収 受に係る決定 12―4届出料金等の収受に係る 決定 (2)公的規制分野における規制さ れていない事項に係る制限行為 (3)公的業務の委託等に関連する 違反行為 12―5公的業務を伴う事業活動に おける不当な拘束等 12―6公的業務の実施等に際して の制限行為 (5)入札談合 違反となるおそれがあるもの 原則として違反とならないもの 等 7―1特定の商品等の開発・供給 7―5規格の標準化に関する基準 の制限 の設定 7―6社会公共的な目的に基づく 7―2差別的な内容の自主規制等 基準の設定 7―7規格の標準化等に係る基準 7―3自主規制等の強制 についての自主認証・認定等 7―4自主認証・認定等の利用の 制限 8―1特定の販売方法の制限 8―5社会公共的な目的等のため の基準の設定 8―2表示・広告の内容、媒体、回 8―6消費者の商品選択を容易に 数の限定等 する基準の設定 8―3差別的な内容の自主規制等 8―7取引条件明確化のための活 動 8―4自主規制等の強制 9―1重要な競争手段に具体的に 9―2消費者への商品知識等に関 関係する内容の情報活動 する情報の提供 9―3技術動向、経営知識等に関 する情報の収集・提供 9―4事業活動に係る過去の事実 に関する情報の収集・公表 9―5価格に関する情報の需要者 等のための収集・提供 9―6価格比較の困難な商品又は 役務の品質等に関する資料等の 提供 9―7概括的な需要見通しの作 成・公表 9―8顧客の信用状態に関する情 報の収集・提供 10―1統一的なマークアップ基準 10―2知識の普及及び技能の訓 等を示す方法による原価計算指 練 導等 10―3個別的な経営指導 10―4原価計算の一般的な方法 の作成等 11―1共同販売等 11―4参加事業者の市場シェアの 合計が低い共同事業 11―2共同運送・共同保管 11―5顧客の利便等のための共 同事業 11―3共同事業への参加の強制 11―6競争への影響の乏しい共同 等 事業 (6)国、地方公共団体等に対する 要望又は意見の表明 47 Ⅲ 米国における企業のコンプライアンス体制に関する指針(量刑ガイドラ イン) 米国では、裁判官による量刑判断のために、量刑ガイドライン66が制定さ れており、カルテルに関する量刑判断においても本ガイドラインが用いら れる。 本ガイドラインにおいては、有罪判決を受けた企業等に対する罰金刑を 算定するに当たり、犯罪防止、発見、及び報告のための社内機構を確保す るためのインセンティブを企業に与えることを目的として、 「効果的な」コ ンプライアンス・倫理プログラム(以下「プログラム」という。)を減刑事 由として考慮すること、そして「効果的な」プログラムであるための最低 要件について、定めている。 具体的には、効果的なプログラムを実施するに当たり、組織に対して求 められる行動として、①犯罪の予防及び発見のために、十分な配慮をしな ければならないこと、②倫理的な行動を奨励し、法令遵守を公約する企業 文化を醸成しなければならないこと、の2点が挙げている。 また、これらの取組を実施するに当たり、最低限求められる要件として、 以下の7点を挙げている67。 5 10 15 (1)犯罪を予防・発見するための基準及び手続が確立していなければなら ない。 20 (2)組織の執行体制について (ア)組織の経営陣は、プログラムの内容及び執行状況について把握し、 プログラムの実施と有効性について監視しなければならない。 25 (イ)組織の上層部の者をプログラム全体に係る責任者として任命し、当 該責任者は、組織として、本ガイドラインの定めるような効果的なプ ログラムがなされるよう、努めなければならない。 (ウ)プログラム全体に係る責任者は、日常の執行責任を委任しなければ 66 Federal Sentencing Guidelines – chapter eight – part B – remedying harm from criminal conduct,and effective compriance and ethics program – 2.1.effective compliance and ethics program 合衆国量刑委員会ホームページ(http://www.ussc.gov/2007guid/8b2_1.html)より。 67 多田敏明「米国反トラスト法とコンプライアンス・プログラム」 (大西一清編「企業のコン プライアンスと独占禁止法」商事法務 140 頁)。 48 ならない。委任された執行担当者は、責任者、組織の経営陣や経営陣 による専門委員会に、定期的に報告しなければならない。当該執行担 当者には、適切なリソース、権限、経営陣等に直接アクセスする権利 が付与されなければならない。 5 (3)組織は、法令違反やプログラムに反するおそれがあると把握している 者、把握すべき者について、組織の重要な地位に就かせてはならない。 10 15 (4)組織の経営陣、上層部、管理職、従業員等に対し、それぞれの役割や 責任に応じて、効果的な研修や情報の周知を実施することにより、プロ グラムの基準、手続等を、定期的に実行可能な方法で伝達するよう、適 切な措置を講じなければならない。 (5)プログラムの実効性確保について (ア)犯罪行為を発見するためのモニタリングや監査を含め、プログラム が確実に遵守されるような措置を講じなければならない。 (イ)プログラムの有効性を定期的に評価する措置を講じなければならな い。 20 (ウ)従業員等が報復をおそれずに、犯罪行為やその危険性について報告 し、指導を求めることのできるシステムを保有し、それを公表するた めの措置(匿名性や機密性を保持する機能を含む)を講じなければな らない。 25 (6)プログラムに従って行動するようなインセンティブ付けと同時に、犯 罪行為への関与や犯罪の予防、発見のための措置を講じなかったことに 対する懲戒処分を通じて、プログラムが組織として一貫して推進、執行 されなければならない。 30 (7)犯罪行為が発見された場合、組織は、プログラムに必要な修正を加え る等、適切に対応し、同種の犯罪行為が再発しないよう適切な措置を講 じなければならない。 35 また、プログラムの遂行に当たっては、組織は犯罪行為のリスクについ ても定期的に評価を実施し、これを通じて犯罪行為のリスクが減少するよ 49 う、プログラムの設計、実施及び変更等、適切な措置を講じなければなら ない。 50 第4章 企業・事業者団体における競争法コンプライアンス体制整備のため の具体的提言 我が国企業及び事業者団体においては、我が国含め各国の競争法の執行 強化の流れの下、特にカルテルに関する対策を採らなければならないこと は理解しつつも、具体的にどのような体制を整えれば良いのか分からない ということがあると考えられる68。 そこで、そのような我が国企業及び事業者団体の競争法コンプライアン ス体制の整備に資するため、本章においては、参考となり得る具体的な取 組や参考事例を提示する。 なお、提示する参考事例は、以下の我が国及び欧州の企業及び事業者団 体に対して実施したヒアリング調査69の結果に基づいている。 5 10 欧州企業:製造業大手6社(うち、2社は親子会社の関係。近年、 欧州委員会から制裁金を課せられた企業を含む。) 15 欧州事業者団体:5団体(うち、製造業4団体、その他の業種1団 体) 20 我が国企業:製造業大手12社(海外競争当局又は我が国公取委か ら、制裁金又は課徴金を課された企業を含む。) 我が国事業者団体:製造業6団体 25 加えて、ヒアリングは行わなかったものの、インターネット上にコ ンプライアンス・ルールが公表されていた欧州鉄鋼連盟(EUROF ER)及びドイツ電気・電子製造業団体(ZVEI)についても参考 とした。 68 研究会メンバーからは、我が国企業や事業者団体が、欧米に比べて、競争法コンプライア ンス体制の整備が遅れている一因として、米国(量刑ガイドライン)では、罰金の算定に当 たっての軽減事由として、競争法コンプライアンス体制を整備していることが考慮されるの に対し、我が国の課徴金算定に当たってはそのような事由が考慮されず、体制整備のインセ ンティブが低いことがあるのではないか、との指摘があった。 69 平成 20 年度我が国経済構造に関する競争政策的観点からの調査研究 「競争法の国際的 な執行に関する調査報告書」(平成 21 年3月 財団法人比較法研究センター) 。 51 I 企業におけるカルテルに関する競争法コンプライアンス体制に係る取組 及び参考事例 競争法コンプライアンス体制を実効性のあるものとするためには、①明 確なカルテルの防止のみではなく、カルテルを疑われないようにするとい う観点から、幅広く競合他社との接触等を制限し、競争法違反を未然に防 ぐ「予防」の観点だけではなく、②完全に競争法違反のリスクを無くすこ とはできないという問題意識の下、いち早く「違反の発見」をし、③迅速 に「発覚後の対応」に繋げる、という観点から体制を構築する必要がある70。 そこで、以下では、競争法コンプライアンス体制を整備するための取組 及び参考事例71について、上記3つの観点に基づいて整理する。 ただし、競争法違反のリスクは、業界の特質、扱う製品、及びサービス の特徴等により異なることから、一律に、あるべきコンプライアンス体制 を提示することはできない。 また、海外に拠点を有する場合、海外の企業と取引を行っている場合等、 海外との接点を有する場合には、そうでない場合と比べて、海外競争法の 適用を受ける可能性が高まるため、より一層、海外競争法を念頭に置いた 体制整備が求められるものと考えられる。 さらに、中小企業においては、競争法に違反した場合に処罰の対象とな ることは大企業と変わらない72ものの、大企業と同等のレベルのコンプライ アンス体制を整備することは、人的・財政的資源の制約上、現実的には困 難であると考えられる。 5 10 15 20 70 多田敏明 (2006)「独禁法コンプライアンス体制の現状と課題」(別冊 NBL No.115)118 頁。また、研究会メンバーからは、合意そのものではなく、情報交換等、全般的な状況証拠 からカルテルが認定されることとなると、企業としては、必然的に競争当局と認定自体につ いて争う場面が生じる中で、そのような場面で用いるための証拠確保についても、企業の自 己防衛という観点からは必要となるアプローチであり、競争法コンプライアンスにおいても 盛り込まれるべき、との指摘があった。 71 ただし、企業においては、本報告書において提示する取組や参考事例の留意点(詳細につ き、本報告書4∼5頁、第1章参照。)を十分に理解する必要がある。その上で、それらの取 組や参考事例の外形的な模倣にとどまるのではなく、自社のどのような場面において有効に 活用し得るか、提示された事例のまま活用できない場合にはどのような工夫があり得るか等、 十分に検討することが必要である。 72 研究会メンバーからは、以下の指摘があった。 (再掲)中小企業は、国内の需要が縮小し、中国等の海外に進出しないと生き残れな い状況であることからも、海外の競争法を踏まえたコンプライアンス体制を整備する必 要性が高い。 (再掲)中堅・中小企業の海外経済活動の中心はアジア諸国であり、中でも中国への 進出や商取引については今後も増える見通しであること、中堅・中小企業の海外活動は、 アジア及び我が国の経済成長にとっても極めて重要であることから、特に中国等アジア の競争法を主眼としたコンプライアンスを実施する必要がある。 52 したがって、企業においては、以下の取組や参考事例を参照しつつ、自 社がかかわる各国の競争法違反のリスク(下記参考参照)、競争法以外のリ スク対策との優先度、コスト等を見極めた上で73、それに見合う競争法コン プライアンス体制を整備することが望まれる74。 5 [参考]ハードコア・カルテルに関する日米欧の規制の事実認定手法の相 違点 価格、数量、設備、取引先等に関するカルテル(いわゆるハードコア・ カルテル)については、違法とされる行為は、日米欧いずれにおいても おおむね同様75といわれている。一方、その成立要件や事実認定の手法 には違いがあるとの指摘がある76(図表 24)。 成立要件や事実認定の手法が異なる結果、我が国の従来の企業慣行に おける感覚として、 「懇親会で競合他社の者と会って世間話をする程度で あれば、カルテルとみなされないであろう」と考えていても、欧米では、 その他の証拠と合わせた結果、カルテル違反と認定されるということも 起こり得る。 したがって、我が国企業や事業者団体においては、我が国における独 禁法遵守に対する感覚が、諸外国においては通用しない場合があるとい うことを認識することが重要である。なお、この点、2008 年6月に公表 した「競争法の国際的な執行に関する研究会中間報告」においても、同 様に言及している77。 10 15 20 73 研究会メンバーからは、以下の指摘があった。 企業の営業の最前線の担当者に対しては、その企業が日々の業務や、それに伴う具体 的な取引先や競争者と接触する場面を考慮したコンプライアンス・プログラムを示すこ とが重要。 中小企業が競争法コンプライアンスを取り入れるためのポイントは、専門家でない社 員でも取組が可能であること。例えば、簡易なマニュアルの提供や海外進出企業向け競 争法セミナーの開催など(中国をはじめ、適用事例の実態を紹介)。 74 企業における現在のコンプライアンス体制整備については、公取委が東証一部上場企業を 対象に行った、アンケート及びヒアリングの調査結果が公表されている(2009 年3月公表「企 業におけるコンプライアンス体制の整備状況に関する調査−独占禁止法改正法施行(平成 18 年1月)以降の状況−」 (公正取引委員会事務総局)) 。また、本報告書においては「調査結果 を踏まえた考え方」として、企業のコンプライアンス体制の取組について望ましい在り方に ついても示されている。 75 佐藤一雄・川井克倭・逸見慎一編(2006)「テキスト独占禁止法〔再訂版〕 」366 頁。 76 「カルテル・入札談合における審査の対象・要件事実・状況証拠」 (2007 年7月公正取引 委員会競争政策研究センター共同研究報告書、越知保見・荒井弘毅・下津秀幸執筆) 。 77 ……カルテルの構成要件や証拠認定については、海外諸国では一部に我が国と異なる点が 53 5 10 ただし、従来から裁判所は、カルテルの成立要件である意思の連絡(黙 示の意思の連絡を含む)の証明には、当事者間相互で拘束し合うことの 明示的な合意までは要せず、事前の連絡交渉と結果としての行為の外形 の一致が間接事実として重要視される78との判断を示していたこと、近 時の裁判例において、合意の認定に当たっては抽象的な合意の存在の認 定で足り、合意に至る経過や動機、合意の成立時期等を認定することは 不要である79との判断が示されたこと、及び我が国においても、2005 年 のリニエンシー制度の導入等、公取委の執行体制の整備が進んでいるこ とは、欧米に限らず、我が国独禁法の遵守がより一層求められる状況に あることを示していると考えられる。 ある。このため、企業活動がグローバル化する中、国内の「相場観」において問題ないと判 断して行っていた行為が、海外では違反を疑われる可能性もある。こうしたリスクを回避す るためには、自社が経済活動を行っている国の法律や運用の実態を十分に認識し、最も厳し い基準の下でもカルテルを疑われない行動をとるしかない。……( 「競争法の国際的な執行に 関する研究会中間報告」 (2008 年6月経済産業省)29 頁) ポイント1.従来の「相場観」では特段法令違反にならないと考えていた行為でも、カルテ ルを疑われる可能性があることを認識する ≪概説≫ ……特に欧米におけるカルテルの事実認定では、カルテルの合意の存否を客観的・外形的 に判断する傾向があるため、競争者同士の会合に参加した事実が違法性判断の重要な証拠と されるおそれがある。また、一旦、カルテルの疑いがあるとして競争当局の審査を受けるこ ととなった場合、企業の反論によって違反事実なしとの結論を得ることは極めて困難との指 摘もある。……( 「競争法の国際的な執行に関する研究会中間報告」 (2008 年6月経済産業省) 32 頁) 78 白石忠志著(2006)「独占禁止法」227 頁、並びに東京高判 平成6年(行ケ)第 144 号 東 芝ケミカル審決取消請求事件。 79 和田健夫(2009)「種子価格カルテル審決取消訴訟事件判決(東京高判平成 20・4・4)の 検討」(NBL No.914) 。 54 項目 米国 欧州 日本 シャーマン法第1条(仮訳):州 EC条約第81条第1項(仮訳):加盟国間の取引に 独占禁止法第3条:事業者は、…不当な取引制限 際又は国際間の取引を制限 影響を与えるおそれがあり、かつ共同市場にお をしてはならない。 する全ての契約、トラストその ける競争を妨害し、制限し若しくは歪曲する目的 独占禁止法第2条第6項:…不当な取引制限とは、 他の形 態によ る結合 又は共 を有し又は効果をもたらす事業者間の合意、事 …他の事業者と共同して対価を決定し、…相互 謀は、違法である。… 業者団体の決定及び協調行動は共同市場と両 にその事業活動を拘束…遂行することにより、 立しないものとして禁止されるものとする。… 公共の利益に反して、一定の取引分野における ※米国シャーマン法第1条とEC条約第81条第1項の範囲はほぼ同じと考えられる。 競争を実質的に制限することをいう。 (米国の黙示の合意論と、欧州の協調行動によるカバーされる範囲) ・取引を制限する合意の存在の ・合意及び(合意の段階に至らないと考えられる) ・①共同行為(相互拘束(共同遂行))と、②一定 協調行動(concerted practice) 。 み。 の取引分野における競争の実質的制限。 (合意と協調行動とは一体と解釈されている。) ・共同行為は、事業活動の制限についての意思 ・合意の存在の立証にあたって ・米国と同様、当然違法の原則(Per se rule)。 は、抽象的な価格の固定、生 ・競争制限を生じる合意のみならず、合意が形成さ の連絡と、外形的な事実、それが独立の行動に 産量の制限等の制限合意の れる段階まで達していないが、競争法上リスクを よって行われたことを排除する事実により、認定。 立証で足りる(当然違法の原 生じさせる当事者間の協力(Dystuff事件)である ・意思の連絡とは、複数の事業者間で相互に同 則、Per se rule) 。価格の引き 「協調行動(concerted practice)」も禁止。 内容又は同種の対価の引上げを実施することを 上げ幅をいくらとすると合意し ・合意内容の詳細が明らかでなくとも、当事者間で 認識ないし予測し、これと歩調をそろえることを たか、どのような計画で価格 接触した事実があれば、協調行動を認定し得る 意味し、…暗黙のうちに容認することで足りる を上げようとしたか、生産量を (合意がなくとも協調行動のみによりカルテルが (1995年東芝ケミカル事件) とされ、文言上は欧 制限したか、その取り決めの 認定され得る)。 米と同様の事実認定がなされ得るとも解される。 条件などは立証対象ではない。・証拠の十分性の基準は、当該企業は競争者と接 ・しかし、実務上、共同行為の存在のみでは足ら 触していたか、会合に出席していたか、会合にお ず、その成立時期、内容・条件、それが最終的 (Interstate Circuit事件) ・民事事件においては、会合が ける決定に参加していたか。(Polypropylene事 なものか、それに拘束される意図等を明らかに 存在しない場合にも、独立し 件) する必要があるという考え方が残る。 て行動したことを排除する証 ・不確実性こそ競争により生じる正常なリスクであ ・ただ、今後は、抽象的な合意の存在で足り、合 拠があれば、合意を認定でき り、不確実性の排除はこのような活発な競争を抑 意の成立や特定は不要であるとの実務が定着 る 。 ( 黙 示 の 合 意 ) 制 す る こ と に な る 、 と い う 考 え 方 。 ( U.K. していく可能性が考えられる。(種苗カルテル事 (Matsushita事件、Monsanto Agricultural Tractor事件) 件) 事件) 図表 24−1 ハードコア・カルテルに関する日米欧の規制の事実認定手 法の相違点① 規定 要件 事実認定 ︵合意・ 共同行為︶ 総論︶ ︵ 55 項目 欧州 日本 ・違法な行動を行うことについての会合におい ・会合で合意に参加するとの明確 て、違法行為を行うことの結論が不明確でも、 な意思表示がなくとも、カルテル に参加する意思が認定され得る。 協調行動を認定し得る。 ・多数の会合や並行的な価格引上げがあり、 ・現在の価格情報が含まれていた 一部の会合や価格引上げにのみ参加した場 り、過去の価格情報であっても営 合でも全体のカルテル行為に責任がある。 業秘密に属する情報が交換され ・効果が発生しなくとも価格引上げの目的で合 ていたり、情報交換の結果、攻撃 意することだけで合意を認定し得る。 的な価格設定をした者に対する ・統計情報を事業者団体を通じて配布すること 制裁的行動が行われる場合には、 は許容。 合意が認定され得る。 ・企業の営業秘密に属する情報を交換した場 ・将来価格の情報交換が行われた 合、違法な情報交換と認定。 場合、共同行為を認定し得る。 ・価格情報を含まず過去の統計的情報であっ ても、それが詳細に渡り、競争を潜在的に排 除する場合、違法となる。 [制裁金]・カルテルに係る売上高をベースに、 [課徴金]・カルテルに直接係る商 行為の継続期間、重大性や加減算事由等を 品、役務、サービス等の売上高に 一定の算定率(ex.製造業等の大 考慮して算出。(裁量性有り) 企業10%)を乗じて算出。(裁量性 ・域内売上が無くとも、制裁金を課せる。 ・上限は全世界売上高の10% 無し) ・国内売上が無い場合、課徴金は 課せない。 [法人]・5億円以下の罰金 [法人]・実際の罰金額の算定にあたっては、カル [個人]・3年以下の懲役又は500 テルの影響を受けた取引額をベースに有責性ス 万円以下の罰金 コアを考慮して算出。(裁量性有り) ・ 1億ドル又は利得額/損害額の2倍のいずれか大 (但し、平成21年改正法より5年以 下の懲役) きい額以下の罰金が上限。 ・ 国内売上が無くとも、罰金を科せる。 [個人]・10年以下の禁固刑、及び/又は100万ドル 若しくは利得額/損害額の2倍のいずれか大きい 額以下の罰金が上限。 [司法省]・損害賠償請求 ・損害賠償制度の活性化策を検討中。(加盟 ・無過失損害賠償請求訴訟( 独禁 法25条)、不法行為に基づく損害 [私人]・三倍額損害賠償請求、クラスアクション等 国の民事司法制度の利用が前提) 賠償請求訴訟(民法709条) 米国 ・ 価格引上げが会合で協議されていること、将来の 価格情報の交換は、カルテルの決定的証拠とな る。 ・ 価格の事前公表等、不特定多数のものに対する 情報の伝播行為( 情報拡散)も証拠とされ得る。 ・ 過去の統計情報については、違法な情報交換と 判断されない。 ・ 競争者同士で直接、現在の価格情報を提示し合 うことは違法な合意と判断され得る。 図表 24−2 ハードコア・カルテルに関する日米欧の規制の事実認定手 法の相違点② 事実認定 ︵合意・共同行為︶ ︵詳細︶ 行政罰 罰則 表中、要件及び事実認定(総論) 、 (詳細)については、 「カルテル・入札談合における審査 の対象・要件事実・状況証拠」 (2007 年7月公正取引委員会競争政策研究センター共同研究 報告書、越知保見・荒井弘毅・下津秀幸執筆) 、表中、日本の事実認定(総論)欄の種苗カル 80 56 刑事罰 民事 (出所)各種公表資料80に基づき、経済産業省作成。 5 1.予防 (1)トップの意識改革及び全社的な遵法意識の浸透81 5 10 15 競争法に限らず、 「コンプライアンス体制を整備する」という課題が社内 で持ち上がった場合、真っ先に上がるのは、コンプライアンスに関する社 内規則をどのような内容にするか、それを担当する部署はどこか、という 点だと思われる。そのような制度面の整備が重要であるのはもちろんだが、 それよりも重要なことは、トップの意識改革と、それを全社員に周知徹底 することである。 競争法コンプライアンスに係る取組が、その他コンプライアンスに係る 取組と比べて困難な点は、役職員が、 「法律を知らなかった」からではなく、 「違法若しくは危ない橋を渡っていることを十分認識している」にもかか わらず、例えば、下記のような心境の下、あえて競争法に違反する行動を とることがある、という点である。 カルテルにより自社は、価格を高止まりできる、安定的に受注でき る等の利益を得られ、会社のためになることであるから、当該行為を 悪いことであるとは思わない。 20 カルテルが悪いことであるとは分かりつつも、従前から続いていた カルテルから抜ければ、短期的には自社や担当部署の業績が落ちる上、 当該製品の営業担当者は自らの評価が下がることを恐れて、カルテル から抜けることができない。 25 30 実際には、カルテルに加わる者の心境をこのように明確に二分すること はできないと思われるが、これらの心境が絡まり合って、違法性は認識し つつも、自社や自らの目先の利益を優先し、会社のためであるとして競争 法違反行為をしてしまう場合があると考えられる。 なお、研究会メンバーからは、競争法違反に関しては、上記のように違 法性を認識しつつ行う場合だけではなく、何気なく行った行為が違法と認 定され、まさかこのような行為が違反になるとは思わなかったとの感想を テル事件については、越知保見「カルテル・入札談合の審査の対象・要件事実・状況証拠 pert Ⅱ−平成 20 年判審決の総合的検討と今後の課題−(下)」 (判例時報 2035 号) 。 81 多田敏明 (2006)「独禁法コンプライアンス体制の現状と課題」(別冊 NBL No.115)118 頁及び糸田省吾(2006)「改正独占禁止法と企業法務の一層の充実(下)」 (公正取引 No. 672-2006.10) 。 57 持つことが多々ある、との指摘があった。 5 10 15 以上のような役職員の意識を変えるには、経営トップが率先して、競争 法の遵守が短期的には自社の利益を減少させる可能性があることを十分に 認識した上で、役職員に対して、 「競争法違反により得る利益は必要ない」、 「競争法違反は、会社のため、という言葉では決して正当化できない」、 「目 先の利益獲得よりも、競争法を遵守することを選んだ者を人事上評価する」 等といった言葉を、様々な機会を捉えて、繰り返し伝えることが必要であ る。 この点、法令遵守と利益増加を並列的に訴えていては、現場の担当者が 板挟みになってしまうため、留意が必要である。 また、研究会メンバーからは、経営トップのこのような言葉が本気であ ることを示すと共に、競争法コンプライアンスへの取組に対し、経営トッ プによる、いわゆる「お墨付き」を与えるため、役員の中でも役職の高い 者をコンプライアンス担当役員とすることも有効であると考えられる、と の指摘があった。 ≪参考事例≫ ・ 20 「法令遵守が企業存続の前提。法令や社内規定違反に対しては厳正に 対処する」といった趣旨の社長通達を出している。当該通達の最新版は、 独禁法遵守マニュアルの冒頭にも掲載している。[我が国企業J社] 58 (2)コンプライアンス担当部署の整備 5 10 (1)で述べたように、競争法コンプライアンスに関する経営トップの 意識改革は重要であるが、社内の隅々にまでコンプライアンスを徹底させ るためには、体制整備及び運用を担当する部署の存在が欠かせない。 コンプライアンス担当部署の設置・運用に当たっては、以下のような点 に留意することが重要と考えられる。 事業部門の独立性、海外展開の状況など自社の実態に合わせて、本 社、国内外の支社やグループ企業における競争法コンプライアンスの 実施に係る責任を負う部署を明確化すること。 企業グループ内のいかなる場所で問題が起ころうとも、コンプライ アンス担当部署まで、速やかに、正確な情報伝達が行われる体制にす ること。 15 コンプライアンス担当部署がかかる情報を一元管理できる体制を整 備すること。 また、コンプライアンス担当部署のトップを役員にし、経営トップの責 20 任を明確化すると共に、コンプライアンス担当部署に情報を集約させた上、 当該情報を経営トップに迅速に伝達するルートを明確に定めておくことが 望ましい。 なお、ヒアリング対象企業においては、以下のようなコンプライアンス 担当部署の設置例が見られた。 25 (コンプライアンス担当部署の組織の形態) 法務担当部署が担当する。 コンプライアンス専属の部署を設ける。 30 競争法専属の担当者を置く。 (コンプライアンス担当部署の組織の中の位置付け) 本社に担当部を設け、支社を含め一元的に管理する。 59 事業部門ごとに独立したコンプライアンス担当部署を置く。 海外グループ子会社を含めて各国のコンプライアンス担当部署を一 つの組織と考え、トップとなる者を決めている。 60 (3)競争法コンプライアンス・ルールの整備 以下では、カルテルに関する競争法コンプライアンス・ルールの項目の 一つとして設けることが望ましい項目や、明確化すべき項目について述べ る。 5 (ア)違反した場合の不利益の大きさ 役職員の競争法コンプライアンスに係る意識を高めるためには、競争 法違反の結果が、想像しているよりはるかに重いことを役職員に気づか せることが重要である。 競争法コンプライアンス・ルールにおいては、仮に競争法に違反した 場合、自社及び違反行為をした個人がいかなる不利益を被るかについて、 とりわけEUにおける巨額の制裁金や、米国における刑事罰(懲役刑を 含む)の可能性等に触れつつ、具体的に記載することが望ましい。 10 15 ≪参考事例≫ ・ コンプライアンス・ルールに、競争法に違反した場合に自社及び従業 員が被る不利益を記載している。また、 「法律を知らなかった」といった 弁明を認めない旨明記している。[欧州企業E社]82 20 ・ 競争法に違反した場合に、自社及び従業員に課せられる不利益につい て具体的に記載している。 (我が国における排除措置命令及び刑事罰、欧 州における巨額の制裁金、米国における服役の可能性及びクラスアクシ ョンについて)[我が国企業G社] 82 詳細につき、参考資料集 59 頁第3パラグラフ参照。 61 (イ)競争法上禁止される事項 欧州・我が国企業にかかわらず、競争法上行ってはいけない事項を列 挙していること及びその項目は、おおむね共通している83。 競争法コンプライアンス・ルールを、営業担当者等のマニュアルの読 み手に訴えるものとするためには、単純に法律の規定に従って禁止事項 を羅列するのではなく、以下のような工夫をすることが効果的と考えら れる84。 5 自社で起こりそうな場面を具体的に想定したQ&A形式にする。 10 図解を入れる。 してはいけないことが端的に分かるリスト形式(Do’s & Don’ts などと呼ばれる)にする。 15 ≪参考事例≫ ・ 詳しい規定ともに、競争法遵守につき一般的にすべき事(Do’s)として はならない事(Don’ts)を列挙したリストも作成している。[我が国企業 G社] 20 ・ 情報交換をすることが許されない項目として、自社の情報交換に関す るガイドラインに価格、現在及び将来の販売計画、製造コスト、製造量 といった項目を挙げると共に、別途運用指針を作成し、自社において、 いかなる項目が上記情報にあてはまるか具体的に解説している。 [我が国 企業I社] 25 ・ コンプライアンス全般に関するルールを、従業員が業務で直面しそう な場面の事例を挙げ、イラストをいれた解説冊子を作成し配布している。 [我が国企業K社、我が国企業M社、我が国企業Q社] 83 参考資料集 35∼49 頁「Ⅱ.日欧ヒアリング対象企業における競争法コンプライアンス・ル ール一覧」参照。 84 (再掲)研究会メンバーからは、企業の営業の最前線の担当者に対しては、その企業が日々 の業務や、それに伴う具体的な取引先や競争者と接触する場面を考慮したコンプライアン ス・プログラムを示すことが重要、との指摘があった。 62 (ウ)競合他社との接触 (a) 競合他社との接触に関するルール策定の必要性 我が国企業や事業者団体においては、たとえ競合他社と接触したとし ても、明確な合意をしていなければ問題ない、非公式な場や電話等の相 対での接触であれば問題ない、等の考えが根強く残っている。 しかし、カルテルの場合、競合他社との接触等の間接的な証拠(情況 証拠)から違法行為が認定され得る85。自社がカルテルに関与した認識は なくとも、その他の状況証拠により、当該カルテルに加わっていたと疑 われた場合、 「行っていない」ことの証明は困難であり、結局反証できず に、違反行為をしたと認定されるおそれが高い。 この点、ヒアリング対象企業のうち、過去に競争当局から制裁金を課 されたことのある企業の多くは、競合他社との接触に関する何らかのル ールを策定していた。これは、競争当局の調査を通じて、自社と競争当 局との違法性判断に差異があることを痛感し、競合他社との接触そのも のを制限しなければ、競争法リスクを低減することはできないと判断し た結果であると思われる。 したがって、競争法コンプライアンス体制を整備するに当たっては、 「違反行為をしない」ことはもちろんのこと、 「違反行為に加わったと疑 われる状況をできるだけ減らす」ことを目指すという認識の下に、競合 他社との不必要、不用意な接触をできるだけ制限するルールを策定する ことが望ましい。 5 10 15 20 (非公式な接触) 上記の「競合他社との接触」とは、いわば公式な競合他社との接触の 場である、事業者団体の会合における接触だけを意味するのではなく、 事業者団体の会合前後の懇親会やゴルフ、取引先企業が開催する会合、 競合他社が顧客となる場合の打合せ(以下「非公式な接触」という。)と いった、競合他社と接触する様々な場面を含めて考えることが重要であ る。また、接触の手段についても、実際に対面する場合だけではなく、 電話やメールといったものを含む。 この点、カルテルとなりかねない共同意思の形成は、事業者団体での 25 30 85 佐藤一雄・川井克倭・地頭所五男編(2006)「テキスト独占禁止法〔再訂版〕 」30 頁。さら に、リニエンシー制度の導入により、公取委が証拠を収集することが以前よりも容易になっ ていることに留意すべきである。 63 5 会合等の公式の場における接触よりも、非公式な接触で行われることが 多いと推測されるが、非公式な接触については、業界の慣習等が公式な 接触よりもさらに強固であることもあり、その競争法上のリスクが十分 に認識されているとはいえない状況にある。 そこで、競合他社との接触に関するルールを策定する際には、このよ うな非公式な接触については、公式な接触とは別途の規定を設けて、役 職員に対し、特に注意喚起をすることも一案である。 64 (b) 5 10 参加する会合や接触機会の現状把握及び見直し 我が国では多様な事業者団体への参加を含め、競合他社との接触を頻 繁に行う企業文化が根付いている。 事業者団体における統計情報の収集・管理・提供、業界標準の作成等 の業務は、産業界にとって意義があるものの、競合他社と接触するとい う点で、競争法上のリスクが生じる機会であることに変わりはなく、寡 占業界においては一層そのリスクは高まる。 また、カルテルは一朝一夕に形成されるものではなく、継続的な人間 関係を基礎として形成されることが通常であるところ、特に、事業者団 体における会合の前後で行われる懇親会や、ゴルフといった非公式な接 触の場は、そのような人間関係が築かれ易いものと考えられる。 そこで、例えば、以下のような現状把握及び見直しが必要と考えられ る。 15 自社が加入する事業者団体やその会合の内容(何を目的にした事業 者団体か、価格決定権のある者が出席しているか等)を把握し、リ スクを認識する。 その上で、その事業者団体及び会合に参加することの必要性(いわ ゆる「お付き合い」や「親睦」のためだけに参加していないか)を 20 検証し、自社にとって参加することが必要と認められる事業者団体 や会合のみに参加するよう見直す。 さらに、参加をすると決めた会合においても、参加者を営業担当者 等の価格決定権のある者ではなく、企画担当等の価格決定権のない 25 者に変更することを検討する。 また、どうしても価格決定権のある者が出席しなければいけない場 合や、競争法上問題となるおそれのある議題であることが予め分か っている場合には、弁護士やコンプライアンス担当者等の第三者を 30 同席させることも一案である。 ≪参考事例≫ ・ 35 コンプライアンス体制を整備していない事業者団体との関わりをやめ た。事業者団体の会合前後の非公式な集まりへの参加は禁止している。 65 [欧州企業C社] ・ 営業部門の職員は競合他社の職員が集まる会合には出席しないことと し、どうしても出席が必要であれば企画関係の職員等、営業部門の職員 以外の者を出席させることとしている。[我が国企業H社] 5 ・ 営業部門及び販路・需要開拓機能を持つ技術部門に所属する従業員及 び所管する役員は例外としてルール上認められた場合を除き、競合他社 と接触することを禁止している。[我が国企業I社] 10 ・ 「公式の会合等」を除き、営業部門においては競合他社との接触を一 切禁止としている。[我が国企業J社] ・ 特に営業活動に従事する者については、競合他社との接触は原則禁止 とし、接触について合理的な理由があり、かつ、必要性が認められる場 合は、コンプライアンス担当部署(法務部門等)の確認を得た上で必要 な範囲に限り接触できることとしている。[我が国企業M社] 15 ・ 20 独禁法遵守のためのグローバルな方針として、業界団体の会合を含む 全ての競合他社との会合について、徹底的にその目的の適法性を問いた だし、可能な限り制限し、公式・非公式に関係なく、不要な業界の集ま りからは脱会すること、という方針をとっている。[我が国企業N社] 66 (c) 競合他社と接触する場合の事前手続 競合他社との接触を最小限にするという観点からは、事業者団体の会 合への出席等の競合他社との接触を、予めコンプライアンス担当部署又 は出席者の上司が把握し、問題が生じかねない接触や不必要な会合への 参加については参加を認めないとの判断を下す機会があることが望まし い。 欧州・我が国いずれのヒアリング対象企業においても、競合他社との 接触に当たっては、コンプライアンス担当部署や上司への事前申請及び 許可が必要とのルールを設けている企業があった。 しかしながら、競合他社が顧客となる場合が多い等、競合他社と接触 する機会が頻繁にある業界においては、かかる事前申請手続を取らせる ことは、業務の円滑な遂行の観点からは現実的ではない場合もある。 そのような場合には、最低限、後述の事後手続のみを取らせることや、 毎回ではなく年に数回申請させ、必要性を審査すること等の工夫をする ことが考えられる。 5 10 15 ≪参考事例≫ ・ 事業者団体の会合に参加する場合は、事前に法務部が協議事項につい て競争法上問題がないかどうか確認する。会合の議事録も同様に確認す る。[欧州企業D社]86 20 ・ 各営業部門では、 「公式の会合等」を予め年に2回リストアップし、同 部門長の確認を得た上で、監査担当部に提出。原則として、その会合に のみ出席することができることとしている。[我が国企業J社] 25 ・ (再掲)特に営業活動に従事する者については競合他社との接触は原 則禁止とし、接触について合理的な理由がありかつ必要性が認められる 場合は、コンプライアンス担当部署(法務部門等)の確認を得た上で必 要な範囲に限り接触できることとしている。[我が国企業M社] 30 ・ 競合他社との接触そのものは禁止していないが、競合他社との継続的 な会合等に参加する場合には事前に承認申請書を提出し、事業部門又は 子会社の法務担当部署並びに所属事業部門長の承認を得ることとしてい る。[我が国企業Q社] 86 詳細につき、参考資料集 57 頁第2パラグラフ参照。 67 (d) 競合他社と接触した後の事後手続 競合他社と接触した後に、当該接触が、事前手続における申請内容ど おり問題がなかったことを、上司やコンプライアンス担当部署が確認し、 記録する等の手続を行うことは、例えば、以下の点からも有意義である と考えられる。 5 当局の調査時に、当該接触には正当な目的があり、話合いの内容も 問題がなかったことの証拠となる。 10 仮に競争法上問題となるおそれがあることがあった場合は、当該内 容を迅速にコンプライアンス担当部署に伝えるきっかけになる。 ヒアリング対象企業において、事前手続を取っている企業の中には、 申請どおりであったことを示すため、議事録や、別途の報告書の提出を 求めている企業もあった。 この点、多忙な業務の中、競合他社との接触後の報告を、役職員に徹 底させるには、チェックリスト形式等の報告書の雛形を作成することに より、なるべく手続に係る負荷を軽くすることが考えられる。 なお、 「そもそも記録に残せない」、 「記録するほどの内容がない」等と いった場合には、前述の(b)参加する会合や接触機会の現状把握及び見直 しに立ち返り、会合等への参加そのものの要否を再検討すべきである。 15 20 ≪参考事例≫ 25 ・ (再掲)事業者団体の会合に参加する場合は、事前に法務部が協議事 項について競争法上問題がないかどうか確認する。会合の議事録も同様 に確認する。[欧州企業D社]87 87 詳細につき、参考資料集 57 頁第2パラグラフ参照。 68 (e) 競合他社との接触において問題があった場合のルール 欧州・我が国いずれのヒアリング対象企業においても、競合他社との 接触の際、競争法上問題となるおそれのある話題になった場合は、 「自社 はそのような話題に参加できないことを伝え、議事録に記載することを 要求し、退席する88」といったルールを設けている企業が多かった。 共同意思の形成に加わったとみなされないよう、競争法上問題となる おそれのある話題が出た際には、かかる対応をとること、また、このよ うな事態をコンプライアンス担当部署に報告し、自社で書面化すること 等について、ルール化することが望ましい。 さらに、退席するだけではなく、 「その旨をコンプライアンス担当部署 に報告し、かかる経緯を書面化する」、「当該書面を、当該会合に参加し ていた他社や当該事業者団体に送付する」といったルールを設けている 企業もある。 しかし、現実に競合他社と接触している場面において、参加者が、競 争法上問題のある話題なのではないかと気づくことができるか、気づい たとしても退席すべきか否か判断できるか、退席したほうが良いと判断 したとしても、実際に行動に移すことができるか、という問題はある。 この点、参加者が競争法上問題となるおそれのある話題かどうか判断 できるようにするためには、後述する役職員に対する研修において、現 場で現実的に直面するおそれのある実践的な内容を取り扱うことを通じ て、役職員の現場対応力の向上に努めることが重要である。 さらに、問題のある話題なのではないかと気づきつつも、 「長年続いて いる会合であるし、今まで多くの先輩が出席していたことから大した問 題ではないのだろう」と自己判断して、次回以降も漫然と出席する、と いった事態を避けるため、 「競合他社との接触の際に気になったことがあ れば、ささいなことでも良いのでコンプライアンス担当部署に相談して ほしい」との呼び掛けを、役職員に周知することが不可欠である。 そのため、コンプライアンス担当部署に問い合わせ易い雰囲気を醸成 5 10 15 20 25 88 カルテルに加わっている事実がある場合には、 会合から退席したことをもって、必ずしも、 カルテルの合意から離脱したことを保証されるわけではなく、当該会合以外の場(非公式な 会合、電話、e メール等)での合意内容が伝達された事実がある等、その他の証拠により、 総合的に競争法違反が判断され得ることに留意する必要がある。 また、合意からの離脱については、 「離脱者が離脱の意思を参加者に対し明示的に伝達する ことまでは要しないが、離脱者が自らの内心において離脱を決意したにとどまるだけでは足 りず、少なくとも離脱者の行動等から他の参加者が離脱者の離脱の事実を窺い知るに十分な 事情の存在が必要である」との見解が示されている(東京高判 平成 14 年(行ケ)第 433 号 岡 崎管工㈱による審決取消請求事件) 。 69 することも重要である89。 ≪参考事例≫ ・ 5 会合で、競争法違反が疑われる議論になったときは、すぐに退室する よう社員に指示している。当該状況になった場合、法務部から事業者団 体に書簡を提出して必要な対応を要請し、その効果がない場合は脱退す る。[欧州企業C社] ・ 会合の場で価格に関する話題に及んでしまった場合は発言の中止を求 め、かつ、その要請を議事録に記載するよう求めるものとしている。な お、それでも価格の話題が終わらないなら、退席し、一連の行動を文書 化することとしている。[我が国企業G社] 10 ・ 競合他社との接触において交換する情報が、情報交換を禁止される項 目に該当するおそれがある場合、又は疑義がある場合には直ちに法務担 当部に届け出なければならないと規定している。[我が国企業I社] 15 ・ 競合他社から競争情報の交換を持ちかけられた場合、会社の方針とし て、応じられない旨を明確に宣言して断った上で、当該接触内容をコン プライアンス担当部署に届け出ることとしている。[我が国企業M社] 20 89 研究会メンバーからは、米国の場合は、企業活動の多くの部分で法務担当部署の承認が求 められるという企業文化があるが、日本においては、営業担当部署にとっては、法務担当部 署に相談すればストップをかけられてしまう、というイメージがあるものと思われるため、 むしろ、研修等を通じて、法務担当部署は営業担当部署を守ってくれるものである、という イメージを作り、何かあれば気軽に法務担当部署に相談してくれるように、敷居を下げる努 力が必要、との指摘があった。 70 (f) 記録保存 競合他社との接触に関する議事録、コンピューターに保存しているデ ータ、メール等の社内の記録の保存については、以下のような考え方及 び長短があるものと考えられる。 5 ① 10 できるだけ長く、少なくとも時効期間が満了するまで保存すべきと いう考え方 ・ 当局の調査に対する反論材料として用いることができる。 ・ 一方、各国競争当局の調査、とりわけ米国における証拠開示制 度(ディスカバリー制度90)において、書類のみならず、個人のメ ールを含む電子データや手帳の写し等の資料の提出を要求された 場合、保存資料の検索の必要性が生じ、その対応に莫大な労力と 費用等のコストが発生するおそれがある。 15 ② 保存期間が法定されているものを除き、保存期間はできるだけ短い ほうが良いという考え方 ・ 各国競争当局の調査において、保存資料の検索や資料提出に係 るコストが減少する。 20 ・ 一方、会合の存否やその内容の正当性が問題になった場合、反 論材料として用いることができないおそれがある。 この点、ヒアリング対象企業の中には、競合他社との接触の記録を作 成することを定めているものの、その保存は各部署の適切な管理に任せ ているとの回答をした企業もあった。 しかし、一律の方針がなく、各部署や担当者における独自の判断で、 保存期間の設定や記録の破棄を行っている場合、競争当局の調査対象と なった際に、意図的に一部の記録について隠蔽したのではないかとの疑 いをもたれるおそれがある。 したがって、上記のいずれの考え方をとるにせよ、全社一律の方針と 25 30 90 事実審理(トライアル)の準備のために、他の当事者や第三者から事件に関する証拠や情 報を収集し、又は証拠を保全するために用いられる制度。当該事件に関連を有する、当事者 の請求又は防御に関連する事項について、証言録取、文書提出等の方法により、非常に広い 範囲で証拠等を探索することができる。 (大村雅彦・三木浩一編(2006)「アメリカ民事訴訟法」 30 頁)。 71 して、書類ごとの保存期間、廃棄方法等を明確に定めて周知することが 重要であり、書類の内容ごとに恣意的に保存したりしなかったりする、 といったことのないようにすることが望ましい。 5 ≪参考事例≫ ・ 10 文書管理については、恣意的に判断して、保存したりしなかったりす ることが問題と考えている。そこで、文書管理に関する指針を定め、定 期的に文書は削除することとしている。メールについては3ヶ月で削除、 紙媒体については法定保管期間があるものはその期間、その他の紙媒体 の文書は2年を保管期限としている。[我が国企業G社] 72 (エ)統計情報の取扱い (a) 統計情報の取扱いに関するルール策定の必要性 企業が、競合他社の生産量、需給見通しといった、いわゆる機微情報 を知りたいと思うことは、自然な姿である。 しかし、それらの機微情報を含む統計情報を競合他社と交換すると、 たとえその交換に当たって何らの意思疎通がなかったとしても、当該交 換により、暗黙のうちに協調的行動をとる共同意思が形成されたもので あるとして、カルテルを認定されるおそれがある。 したがって、統計情報の取扱いに関しルールを策定し、機微情報の取 扱いを管理する必要がある。 この点、前述のように、競合他社との間で直接、統計情報の交換をす ることは、競争法上のリスクが非常に高いことから、禁止することが望 ましい。 この点、ほとんどの欧州及び我が国のヒアリング対象企業において、 競合他社と直接に統計情報を交換することを禁止し、事業者団体やコン サルタント等の第三者を介して統計情報を収集する、とのルールを定め ていた。 5 10 15 20 (b) 提供・利用することができる統計情報の内容 ただし、上記のように、事業者団体や第三者を通しさえすれば、競争 法上、安全な統計情報といえるわけではなく、競争法上のリスクがどれ だけ存在するかについては、個々の統計情報の内容に応じて判断される ことに留意する必要がある。 いかなる統計情報であれば、事業者団体等の第三者に提供し、また利 用することができるかについて、前述の公取委による事業者団体ガイド ラインにおいては、 「競争関係にある事業者間において、現在又は将来の 事業活動に係る価格等重要な競争手段の具体的な内容に関して、相互間 での予測を可能にするような効果を生ぜしめる」91ような情報活動につい ては、競争法上問題となるおそれがあると示されており、また、本ガイ ドライン及び欧州委員会による海上輸送ガイドラインにおいては、いく つかの判断要素が示されている。 25 30 91 事業者団体ガイドライン 第二9(2)。 73 そこで、これらの要素を踏まえ、自社が提供・利用することのできる 情報について、一定のルールを定めることが望ましい。例えば、以下の 点に留意して、定めることが考えられる。 5 集合情報(各社の個別情報を抽出することができない匿名化された 情報)であること。 複数(個社情報の推測がなされない程度)の参加者がいること。 10 過去情報を原則とし、予測情報については事業者団体が作成・公表 した概括的な将来見通しのみを使用すること。 ≪参考事例≫ ・ 15 予測に基づく将来的な情報は競争法上の危険性が高いため、過去の情 報のみを参照する。ここでいう過去の情報に該当するか否かは、市場や 情報の性質によって異なるものの、海上輸送ガイドラインが1年以上経 過した情報は歴史的情報となると規定していることを参考に判断してい る。[欧州企業B社] 20 ・ 欧州委員会のガイドラインや判例を参考に作成された社内独自の情報 交換に関するガイドラインに従い、寡占市場においては情報交換しない。 [欧州企業D社]92 ・ 競争法遵守マニュアルにおいて、統計情報の共有活動に参加するには 事前の法務部の承諾を得ること、過去情報のみ提出すること、他社のデ ータは識別できないようにされていなければならないこと等を定めてい る。[我が国企業G社] 25 ・ 運用上、統計情報の収集を専任でやっている事務局をもつ事業者団体 や、第三者を通して収集している事業者団体に対して、基本的には個別 案件ごとにどのように情報を提供するかをコンプライアンス担当部署が 判断した上で、情報を提供することとしている。その判断に際しては、 統計情報の性質、情報源等を考慮して可否を判断することとしている。 [我が国企業M社] 30 35 92 詳細につき、参考資料集 57 頁第3パラグラフ参照。 74 ・ 事業者団体は社会的な意義があるものの、カルテルの疑いを受けるリ スクがあるとの認識の下、特に事業者団体が行う統計・市場予測活動に つきチェックリストを作成し、当リストの要件を満たした事業者団体の 統計活動のみ参加可としている。[我が国企業Q社] 75 (オ)文書作成のルール93 (a) 情報源の明記 価格交渉の現場で、交渉材料として、顧客から「他社はこれくらいの 価格を示している」として競合他社の製品価格を示されることがある。 このように、顧客から競合他社の製品価格を取得する場合など、合法的 に競合他社の情報を取得する場合がある。 しかし、例えば、かかる情報を個人の手帳に「A社、○円」としか記 載していなかった場合、後にかかる手帳が競争当局の調査対象とされた 場合、合法的な方法で取得したことを証明することは困難である。 したがって、このような事態を防ぐため、競合他社の機微情報を合法 的な手段で取得した場合には、その情報源等を記録するとのルールを設 けることが考えられる。 ヒアリング対象企業においても、少数ではあるものの、かかるルール を策定している企業があった。 5 10 15 ≪参考事例≫ ・ 競合他社に関する情報を独立の販売業者や需要家その他の第三者から 入手することは、合法的で倫理に反しない方法によるものであれば問題 ないとし、合法的に入手したことを常に証明できるよう、入手先を文書 により明らかにしておく(例えば入手した文書に入手日・入手先・入手 方法等を記しておく)ことが必要である旨、規定している。 [我が国企業 I社] 20 93 石田英遠(2001) 「独占禁止法コンプライアンス・プログラムの手引(新版) 」 (公正取引協 会) 。 76 (b) 競争法上の疑義を招かない表現の使用 5 10 15 業務に係る文書の作成又は発言に当たっては、競争法違反を惹起させ る表現の例示(例えば、 「業界の方針」、 「マーケットリーダーに追随した 価格改訂」等)を挙げつつ、そのような表現を使用しないよう、注意喚 起をすることが望ましい。 これは、後にそれらの文書や発言が競争当局の調査対象となった場合、 競合他社との間で、競争法上問題となるような合意が存在しないにもか かわらず、そのような表現を使用していたことにより、何らかの合意が あったのではないか、との誤った印象を与えてしまうことがあるためで ある。 なお、何らかの競争法上問題となるような合意が存在する場合に、そ れを隠蔽する目的で表現の工夫を呼び掛けることは、競争法コンプライ アンスの趣旨に反するものであることは言うまでもない。 ≪参考事例≫ ・ 作成した文書は全て競争当局により証拠として使用されることがある との認識の下、誤解を招く可能性があるため使用してはならない文言例 を紹介している。[我が国企業G社、我が国企業M社] 77 (カ)競争法違反に関する社内の懲戒規定 従業員が競争法に違反した場合の社内の懲戒規定については、就業規 則における一般的規定(例えば、 「会社に不利益を及ぼしたとき」、 「法令 違反をした場合」といった規定)に基づいて処罰するとしている企業が 多い。 この点、 「競争法に違反した場合は、以下の処分をする」と、競争法に 違反した場合の懲戒規定を別途定め、厳しく処分をすることを明示する ことにより、従業員に対し、自社が競争法遵守に真剣に取り組んでいる という姿勢を示すことが考えられる94。 また、実際に競争法違反が明らかになった場合は、当該規定に従い、 違反した従業員に対して厳しい処分を課すことにより、経営トップの競 争法遵守に対する本気度を示すことも重要である。 (ただし、後述する社 内リニエンシーとの関係が問題となる。) さらに、競争法違反とまではいえなくとも、自社の競争法コンプライ アンス・ルールに違反した場合(例えば、競合他社との接触には事前申 請が必要にもかかわらず、事前申請をしなかった場合)にも、相応の処 分をすることにより、競争法コンプライアンス・ルールの抑止力を高め ることが望ましい。 5 10 15 20 ≪参考事例≫ ・ コンプライアンス・ルールに、競争法に故意に違反した従業員、部下 の競争法違反を知りながら放置した従業員は懲戒処分の対象になるこ と、及び自社の競争法遵守プログラムに準拠した行動をとらなかった従 業員も懲戒処分の対象となることを明記している。[我が国企業G社] 25 ・ 就業規則に、重大な独禁法違反については懲戒解雇を行う旨、明記し ている。[我が国企業I社] ・ M社の就業規則では、公正競争を維持するための法令又は営業に係る 行動基準に違反したときは罰する、と明記している。基本的には懲戒解 30 94 EUにおいては、各加盟国の労働法については未だ統一はなされていないため、コンプラ イアンス・プログラム違反等に基づく従業員に対する処分については、各加盟国の労働法が 適用される。従って、EU内で統一的なコンプライアンス・プログラムを作成する場合、従 業員に対しての処分の内容や手続について、統一的な規定を設けることは難しい、との指摘 がある(茂木龍平(2006) 「欧州の競争法に関するコンプライアンス・プログラムについて」 (別冊 NBL No.115)) 。 78 雇、情状によって出勤停止、減給等の処分を課すこととしている。 [我が 国企業M社] ・ 5 法令違反だけでなく、競合他社との接触に関するルールに反した場合 も懲戒対象になることを明記するとともに、違反者だけでなく管理監督 者も責任を負うことを明文化している。[我が国企業Q社] 79 (キ)競争法コンプライアンス・ルールの定期的見直し 5 競争法コンプライアンス・ルールは一度作成すれば完了、というもの ではなく、各国における競争法や関係する規則等の改正、重要な審判決 の公表等に合わせて見直すことが必要である。 また、競争法コンプライアンス・ルールを実行していく中で、社内か らコンプライアンス担当部署に上がってきた声を反映させて、定期的に 改訂することにより、より実効性のあるルールとしていくことが望まし い。 80 (4)研修 5 10 多くの企業が実感しているとおり、競争法コンプライアンス・ルールを 作成し、配布しただけでは、役職員は当該ルールに違反した場合にいかな る事態が生じるか、危機感を持つことができず、行動を変えるまで至らな い。 したがって、競争法に関するコンプライアンス体制を整備するに当たっ ては、役職員に対し、競争法違反に関する危機感(競争法に違反した場合、 自社に巨額の制裁金が課され得るだけでなく、自らが刑事罰を問われ、場 合によっては収監される)を持たせられる研修を行うことができるかが鍵 となる。 そのような研修制度を整備するためには、(ア)職分に応じた適切な研修 内容を、(イ)同一人に対して繰り返し行うこと、が重要と考えられる。 (ア)職分に応じた適切な研修内容 15 20 25 30 35 競争法コンプライアンスに限らず、研修を行うには、費用、労力、時 間等のコストがかかるため、限られた資源の中で効率的に研修を行うに は、自社において、競争法上の問題が特に生じ易い部署や場面をしっか りと把握し、研修対象を適切にグルーピングすることが重要である。 ヒアリング対象企業においても、役員、管理職、営業等の競合他社と 接触する可能性のある者、新入社員、技術系従業員、海外赴任予定者と いった職分ごとに研修を行っている企業が多くあった。 その上で、特に競争法上の問題が生じ易い研修対象グループに対して は、いかに実践的な内容の研修を行うかが、マンネリ化を防ぎつつ、対 象者に研修内容を浸透させる鍵となる。 具体的には、競合他社と接触する可能性のある者に対する研修に際し ては、外部弁護士等の講義形式だけでなく、現場を知る社内の者(コン プライアンス担当部署など)が、競争法の理論のみではなく、業務の具 体的な場面において「何をしてはいけないか」という実践的な内容を解 説するとともに、参加者間で議論をさせる等の工夫を通じて、競争法上 問題となるおそれのある場面に直面した際には、 「大丈夫だろうか」とい う疑問を持たせるようにし、少しでも疑問に思う点があれば、コンプラ イアンス担当部署へ確認する、という行動につながるようにすることが 重要と考えられる。 ヒアリング対象企業においても、少人数形式にし、質疑応答を活発に 81 5 することで、日々抱えている疑問を解消することが、研修における一番 の目的である、と回答した企業が多くあった。 また、研究会メンバーからは、我が国企業においては、従来から、営 業担当者の評価がどれだけ競合他社について正確な営業情報を入手した かによって決まるところがあり、その結果、最終的には競合他社同士で お互いの情報を交換してしまう、という風潮の中で、営業担当者に対し ては、日常業務の中で違反となってしまう具体例を示しつつ、説明する ことが重要、との指摘があった。 10 (e ラーニング) 欧州・我が国にかかわらず、多くのヒアリング対象企業において e ラ ーニングが取り入れられているが、以下のように、内容は各社により様々 である。 15 コンプライアンス全体の e ラーニングにおける一項目として競争法 の項目を設け、基本的事項について確認するもの。 競争法コンプライアンスに特化し、内容も具体的事例につき、競争 法上許される対処方法を選択させる高度なもの。 20 また、e ラーニングには、例えば、以下のようなメリット・デメリット があるものと考えられる。 25 メリット … 多くの研修対象の役職員に対し、一斉に受講させることが可能。 … 30 デメリット … 臨場感に乏しく、コンプライアンスに対する危機感を持たせに くい。 … 35 各人の受講履歴や成績の把握が容易。 役職員が現場で感じる、競争法に関する悩みを解消できない。 したがって、e ラーニングの導入に当たっては、e ラーニングによる研 修の限界を考慮しつつ、そのメリットを最大限に生かすよう、研修計画 全体の中での e ラーニングの位置付けを検討する必要があると考えられ る。 82 (イ)同一人に対して繰り返し行うこと 15 研修により習得した内容の風化を防止するとともに、新たに生じる事 象に的確に対応できるようにするため、同一人が、競争法に関する研修 を、繰り返し受ける仕組みを作ることが重要と考えられる。 競争法に違反した場合に企業が被る損害の大きさを考えれば、1、2 年に1回程度は、大がかりな研修ではなくとも、各役職員が、競争法に ついて考える何らかの機会が設けられることが望ましい。 この点、ヒアリング対象の我が国企業においては、競争法に関する研 修について本格的な取組が始まったばかりであり、研修を繰り返し受け る仕組みの整備は今後の検討事項である、との回答が多かった。 また、新人研修で、コンプライアンス全体研修の一項目として競争法 について学習した後は、管理職になるまで特に競争法に関する研修を受 ける機会がないといった企業もあり、 「同一人に対して繰り返し行う」と いう視点は、未だ十分に浸透していないものと思われる。 20 なお、上記(ア)(イ)に加え、研修を通じて、コンプライアンス担当部 署は現場における法的リスクから役職員を守る役割を担っていること、また、 何かあった時には気軽に相談できる存在であること等を訴え、コンプライア ンス担当部署の敷居を低くすることも重要である95。 5 10 ≪参考事例≫ ・ 研究者を含め、職分ごとの研修を行っている。昇進のためには、競争 法に関する研修修了が条件とされている。[欧州企業C社] 25 ・ 職分に応じ5段階に分けた詳細な e ラーニングを実施している。 [我が 国企業K社] ・ 競合他社との接触に関するルールにおいては、研修受講の必要性につ いても規定している。具体的には、競争法違反行為の正しい理解の必要 性を訴えると同時に、コンプライアンス担当部署が開催する研修を定期 30 95 (再掲)研究会メンバーからは、米国の場合は、企業活動の多くの部分で法務担当部署の 承認が求められるという企業文化があるが、日本においては、営業担当部署にとっては、法 務担当部署に相談すればストップをかけられてしまう、というイメージがあるものと思われ るため、むしろ、研修等を通じて、法務担当部署は営業担当部署を守ってくれるものである、 というイメージを作り、何かあれば気軽に法務担当部署に相談してくれるように、敷居を下 げる努力が必要、との指摘があった。 83 的に受講するよう呼び掛けるものとしている。[我が国企業M社] 84 (5)その他 (ア)海外グループ企業におけるコンプライアンス体制の把握 ヒアリング対象の我が国企業のうち、競争法コンプライアンスの体制 整備に力を入れている企業においても、海外現地子会社等における取組 は当該現地子会社等に任せており、我が国親会社では実態を把握できて いない等、困難を感じている企業もあった。 しかしながら、海外現地子会社等において、競争法違反行為があった 場合、親会社に対して制裁金が課され得ることを考えれば、海外展開し ている企業においては、海外現地子会社等の競争法コンプライアンス体 制まで把握し、整備に努める必要がある。具体的には、例えば、以下の ような取組をすることも一案である。 5 10 コンプライアンスの全社基本方針は世界各国で共通であることか ら、当該基本方針については各国現地語に翻訳して配布し周知を図 15 る。 現地会社のコンプライアンス担当者や専門家に、現地の実態に即し たルールを作成させ、研修を行わせるとともに、本社のコンプライ アンス担当部署は、現地担当者や専門家と情報交換を密接に行い、 20 その運営状況の把握に努める。 (なお、このように現地担当者と密接 に連絡を取り合うことは、現地の違反行為の端緒をいち早く得るこ とにもつながると考えられる。) 25 ≪参考事例≫ ・ 海外子会社を含めたグループ全体でコンプライアンス体制を整備して いる。米国にいるグループ競争法遵守責任者が全ての競争法責任者(日 本も含む)であり、その下に各法務部の責任者を配置しており、各国責 任者はグループ競争法責任者を補佐する役割を有する。[我が国企業G 社] 30 ・ 35 グローバルコンプライアンスリーダーには、日本・アジア、欧州、北 米等の各地域のコンプライアンス委員会から上がってくる定期報告を受 けることとなっている。各地域のコンプライアンス委員会は、各地域子 会社が行った法令・規範違反の個別事案について報告する。 [我が国企業 85 N社] 86 (イ)誓約書の提出 ヒアリング対象企業の中には、役職員に対して、コンプライアンスを 遵守する旨の誓約書を提出させている企業もあった。 このような誓約書に署名することにより、役職員に対して、コンプラ イアンスに対する自覚を促す効果があると考えられることから、採用や 昇進の機会等に、誓約書を提出させることも一案である。 また、誓約書に署名するだけではなく、例えば、誓約書中に役職員の 過去の行動についてのチェックリストを設けることにより、役職員に過 去の行動を振り返らせ、疑問が生じた場合にはコンプライアンス担当部 署に申告させることにより、違反の発見に繋げる工夫をすることも一案 である。 5 10 ≪参考事例≫ ・ 15 雇用時に、罰則が記載された書面に署名をさせ、昇進する際にも同じ 書面に署名をさせる。これにより、社員に退職するまで違反行為の罰則 を認識させることができる。[欧州企業B社] ・ 20 競争相手、顧客、サプライヤー等に接する可能性のある社員は、毎年 競争法違反行為を行っていない、関わっていない、また周りの違反行為 も認識していないという内容の宣誓書に署名する。[欧州企業C社] ・ 行動規範に準じて行動する、という誓約書を社員に提出させている。 [我 が国企業M社] 87 (ウ)事業者団体への競争法コンプライアンス体制整備の働きかけ 5 10 事業者団体は、会員の会費によって運営されていることを踏まえれば、 会員の声が、事業者団体に具体的な行動をさせる動機を与えることにな るものと考えられる。 そのためには、まず、会員企業が、競争法コンプライアンス体制を整 えている事業者団体の方が、そうでない事業者団体よりも、参加に当た っての競争法のリスクが減り、自社にとって望ましい、という認識を持 つことが重要である。 その上で、競争法コンプライアンス体制が整備されていない事業者団 体に対しては、体制を整備するよう働きかけていくことが考えられる。 ≪参考事例≫ ・ 事業者団体に独禁法上改善すべき点について問題提起し、対応しても らった例がある。[我が国企業Q社] 88 2.違反行為の発見 競争法コンプライアンスにおいては、製造業における製品の不具合と同 様、違反行為を限りなくゼロに近づける努力は必要であるが、完全にゼロ にすることは困難である96。 そこで、違反行為や違反になりかねない行為について、いかに早期に発 見し、迅速に対応する体制を整えておくかが重要となる。 その方法としては、主として、内部監査制度と内部通報制度を設けるこ とが考えられる。 5 10 (1)内部監査制度 内部監査は、研修と同様、多くの労力、費用、時間等のコストを割かな ければならないことに加え、研修と異なり、同じ社内の人間が、調査し、 また調査される立場になるという点で、いわば社内の対立関係を生じさせ 得ることから、コンプライアンスに関する内部監査が、我が国企業におい て熱心に行われてきたとは言い難い。 しかし、競争法リスクの管理という観点からは、競争当局より先に、違 反行為や問題のある行為を発見することが重要であり、最低限、営業部門 等の価格決定権があり、競合他社と接触する機会のある部署に対しては内 部監査を行うことが望ましい。 内部監査においては、例えば、以下のような手法が考えられる。 15 20 ① 競合他社との接触に関するルールなど、競争法に関する社内の手続 に従って記録が作成・保存されているかを確認する手法 … ヒアリング対象企業においても、競争法に関する内部監査を行っ ている企業においては、①の手法による書類確認が行われており、 内部監査として行うべき最低のラインといえる。 ② 役職員と面談を行う手法 … ヒアリング対象企業の中には、①の手法に加えて、特に競合他社 と接触する機会の多い役職員に対し、インタビューを行い、問題と なる行為をしていないかどうかについて確認している企業もあった。 25 30 96 田村次朗(2006) 「独占禁止法のコンプライアンスに関する基本的視点と今後の課題」 (公 正取引 No.670) 。 89 ③ 5 10 個人の e メールやハードディスクに保存されたデータについて、競 争法上問題となるおそれのある記録がないか確認するという手法 … ③の手法まで採るかについては、コストの問題を含め、ヒアリン グ対象企業により考え方が異なり、一概に実施すべきとはいえない が、企業活動におけるコミュニケーションの大半が e メールにより 行われる状況においては、徹底した内部監査を実施すべく、導入を 検討することも一案といえる。実際に、外部業者に委託し、役職員 のパソコンの保存データについて、競合他社名や「価格」といった キーワードで検索をかけ、ヒットしたデータを抽出する、といった 手法を採る事例があった97。 なお、研究会メンバーからは、内部監査は重要であり、競争法上問題と なるおそれがある行為を発見できるような効果的な監査を行うための工夫 や、監査を行う法務担当者が営業の現場を理解していくことが必要である、 との指摘があった。 15 ≪参考事例≫ ・ 自社の監査部による監査を行っている。監査は厳格なガイドラインに 基づき、会計、旅費、サプライヤーへの発注の際の手順などを確認する。 [欧州企業C社] 20 ・ 社内監査部門は、不定期にコンプライアンス・プログラムがどのよう 97 欧州においては、コンプライアンス・プログラムの一環として従業員の e メールなどを監 視することが許容されるか、その適法性が大きな議論になっているとの指摘がある。 (茂木龍 平(2006) 「欧州の競争法に関するコンプライアンス・プログラムについて」 (別冊 NBL No.115) )。 また、我が国においても、従業員の e メールのモニタリングは、個人情報の保護やプライバ シーの侵害の観点から問題となり得るため、以下のガイドラインにおける記載のとおり、留 意が必要であると考えられる。 <個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン(平成 20 年2月 29 日厚生労働省・経済産業省告示第1号)> (抜粋) 【従業者のモニタリングを実施する上での留意点】 個人データの取扱いに関する従業者及び委託先の監督、その他安全管理措置の一環として 従業者を対象とするビデオ及びオンラインによるモニタリング(以下「モニタリング」とい う。 )を実施する場合は、次の点に留意する。… • モニタリングの目的、すなわち取得する個人情報の利用目的をあらかじめ特定し、社 内規程に定めるとともに、従業者に明示すること。 • モニタリングの実施に関する責任者とその権限を定めること。 • モニタリングを実施する場合には、あらかじめモニタリングの実施について定めた社 内規程案を策定するものとし、事前に社内に徹底すること。 • モニタリングの実施状況については、適正に行われているか監査又は確認を行うこと。 90 に機能しているか、営業部を対象に監査を実施する。監査は、書類調査、 社員に対するインタビュー、電子メールの確認等の手段により行われる。 その後、提案書(より厳しい研修の必要性や、特定の事態に対応するた めのガイドラインの必要性など)を作成する。さらに、1ないし2年後 に再び監査を実施することで質の向上を図っている。[欧州企業D社] 5 ・ 本社の営業部門だけでなく、グループ会社の営業部門についても社内 監査を実施している。監査は書類や職員のeメールのチェック、ヒアリ ング等により行っているが、時間的な制約もあることから、5∼6年か けて一巡したところである。[我が国企業H社] 10 ・ 15 グループ企業も含めて詳細な監査を行っている。国内はおおむね2年 に1回は監査担当による監査を受けている。内容は事前に送付したQ& Aに基づいて資料を準備させて、その資料に基づいて監査担当がQ&A を行う、インタビュー形式のもの。事業部門については、独禁法に関す る監査項目も含まれている。[我が国企業N社] 91 (2)内部通報制度 内部通報制度については、競争法を含め、コンプライアンス全体に関す る通報窓口として、ヒアリング対象企業の大半において、コンプライアン ス担当部署等による社内窓口及び弁護士等の外部専門家による社外窓口を 整備していた。 競争法に関する相談の利用実績は、いずれの企業においてもさほど多く ないとの回答であったが、いざというときのために、とりわけ匿名で通報 できる社外窓口を整備することが望ましい。 また、内部通報は、自社の利益を損なう密告である、との誤った意識を 変えるため、経営トップが、内部通報は危険を事前に察知するために有効 であり、積極的に利用すべきである、と訴えていくことが考えられる98。 5 10 98 研究会メンバーからは、内部通報制度を機能させるためには、内部通報は密告であるとい う根深い意識を、経営トップから意識改革により、むしろ会社にとっての危険を教えてくれ るものである、という意識に変えていかないといけない、との指摘があった。 92 (3)社内リニエンシー制度 5 10 15 20 25 各国の競争法においてリニエンシー制度が整備された現在、リニエンシ ー申請の判断のため、社内の違反行為をいかに早く発見するかが、会社の 命運を決めるといっても過言でない。 しかし、就業規則において、法令違反は厳罰に処するとされていること がほとんどであることから、何らの措置も講じない場合、社内における内 部監査や、競争当局からの調査が入った後の社内調査といった機会におい ても、違反行為を行っていた従業員からの自主申告は期待し難いことが現 実であろう。 そこで、競争当局のリニエンシー制度を模した「社内リニエンシー制度」 (従業員に対し、自主的に申告すれば処分において考慮する旨を呼び掛け、 自主申告を促す制度)を設けることが効果的なのではないか、という議論 がある。 しかし、社内リニエンシー制度を採った場合についても、違反行為をし ても申告すれば解雇までされることはない、といった考えを従業員に持た せることになり、就業規則において「厳罰に処する」との規定の趣旨が有 名無実化するおそれがある。 また、自主申告を処分においてどの程度「考慮」するかについての基準 を示すことは困難であるため、場合によっては従業員に不公平感を与える 可能性がある、といった問題がある。 したがって、当該制度の導入の際には、自社の状況に応じて、慎重な検 討を行うべきであると考えられる。 なお、研究会メンバーからは、以下のような指摘があった。 カルテルが慣習的に行われている状況の中では、そもそも従業員か らの自主的な申告は期待できない。また、そのような状況において、 競争当局からの指摘を受け、今後、社内体制の変革を行っていこうと いう過渡期においては、社内リニエンシーのような駆け込み的な措置 が必要であるという考え方もある。 30 社内リニエンシーを機能させるためには、従業員に対して、申告す れば処分を考慮するというだけでは足らず、一切の処分は行わない、 という程度まで示すべきだという考え方もある。 35 社内リニエンシーについて、現実的には、絶対に処分を行わないと 93 言い切ることは困難であり、申告における情状を踏まえて処分を検討 せざるを得ないと考える。いずれにせよ、制度を機能させるためには、 とにかく運用実績を作ることが重要。 5 競争当局へのリニエンシー申請の順位により、個人に対する刑事告 発の可能性が変わり得るため、社内リニエンシーの下で自主申告する かどうかは、個人としては困難な判断が求められる。社内リニエンシ ーの取扱いを議論する際には、EUと異なり、我が国では個人に対す る刑事罰を設けていることとの関係に留意することが必要。 10 社内リニエンシーについては、例えば、競争当局の立入検査が行わ れた際に、その危機意識を利用して、立入検査の対象となった商品以 外の事業分野について時限的に実施する等、効果的に実施することが 重要。 15 社内リニエンシーについては、競争当局へのリニエンシー申請のレ ースが行われている時に実施する場合と、平時に実施する場合とを分 けて考えるべき。 20 申告者の処分と、上司、同僚、前任者等の申告者以外の者の処分と のバランスを考慮する必要がある。 現場の従業員に対して、リニエンシー制度の重要性、内容を周知す ることが必要。 25 社内リニエンシーについて、企業への罪が軽くなるからといって、 社内における従業員の罪を問わないこととするのは疑問。企業への経 済的負担の軽減と、社内倫理の遵守の問題は分けて議論すべき。 30 ≪参考事例≫ ・ 「この機会に独禁法違反を行った事実を申告した場合には、社内の懲 戒規定に基づく処分を行わない」といった社内リニエンシーを実施した ことがある。[我が国企業I社] 35 ・ 独禁法コンプライアンス・プログラムにおいて、競争法違反行為又は そのおそれのある行為につき、コンプライアンス担当責任者に連絡又は 94 問い合わせを行った者については、その事情に応じ、懲戒処分等の適用 に関して最大限の考慮をすることとしている[我が国企業M社] 95 3.発覚時の対応 (1)有事の場合の体制整備 5 10 競争当局の調査や、内部監査等における違反行為の発覚といった状況は、 突然に生じるものである。そのため、予め対応方法を検討していなければ、 事実関係の確認や、リニエンシー申請をするか否かを含めた社内の意思決 定、及びそれに基づく行動等の対応の遅れを招き、結果的に大きな損害を 被るおそれがある。 したがって、 「我が社に限って」といった考えを捨て、競争当局からの調 査が入った場合や、内部監査において違反行為が見つかった場合等、いわ ば「有事」の場合の体制を事前に整備しておくことが重要である。 具体的には、有事の場合に迅速な対応を取れるよう、予め、例えば以下 のような要素を含め、対応方法に関するマニュアルを作成の上、役職員に 周知することが考えられる。 15 社内における連絡先(コンプライアンス担当部署等の担当者の特定) 有事の際に依頼する、外部弁護士の連絡先 20 事件が起きたことに関する、上層部への情報伝達経路 社内外の対応に関する意思決定プロセス(担当役員や、コンプライ アンス以外の関連部署の特定) 25 特に、競争当局からの調査が入った場合に、取ってはいけない行動 (証拠隠滅ととられかねない行為等) 30 35 なお、競争当局の立入調査が行われる場合、まず初めに対応するのは企 業の受付担当がほとんどであることから、受付担当の対応方法についても 規定することが考えられる。 また、このようなマニュアルに従って行動した場合に不都合が生じない か、研修の一項目として予行演習をし、確認することも一案である。 ヒアリング対象企業においては、このような有事の場合の対応方法につ いて、マニュアル等の規定を設けた企業は見受けられなかったが、欧州の 事業者団体においては、このような対応について規定を整備している事業 96 者団体があった。 ≪参考事例≫ ・ コンプライアンス・ルールにおいて、 「競争当局の職員が本団体建物へ 5 訪問したときについて」との項目を設け、具体的に対応の仕方を定めて いる[欧州事業者団体C]99 99 詳細につき、参考資料集 34 頁の参考事例、93・94 頁「2.カルテル庁の職員が本団体建物 へ訪問したときについて」参照。 97 (2)迅速な社内調査体制の設置と判断 5 実際に競争当局から調査が入った場合には、予め整備した体制に基づき、 直ちに社内調査体制を設置することが重要である。 そして、このような社内調査により、短時間で社内の情報を収集し、対 応を見極める必要がある。 とりわけ、競争当局へのリニエンシー申請を行うことができる企業数に は限りがあることから、リニエンシー申請をするか否かについて、経営ト ップの迅速な決断が重要である。 98 4. 5 対照表 上記の参考事例において紹介した我が国企業においても、初めから、か かる取組をしていたわけではない。 そこで、ヒアリング対象の我が国企業のうち、競争法に係るコンプライ アンスの取組を強化する前後において特に変化が顕著であった事例につい て、以下に示す。 事例1:我が国企業G社 事項 取組強化「前」 取組強化「後」 コンプライ ・国内本社では、コンプライア ・グループ全体の競争法遵守に アンス体制 ンス委員会を設置し、独禁法 関する責任者を設置し、当該 を 含 め た 法 令 遵 守 活 動 を 展 責任者が国内及び海外主要国 開。(現在は廃止) の法務部門を一元的に統括す ることで、経営トップへ速や かに情報伝達できる体制を整 ・海外子会社は、本社体制を 備。 参考に、各社で個別に体制整 ・国内は本社法務部が上記責任 備。 者を補佐しており、欧米等の 海外子会社については、主要 国に設置された各法務部が補 佐し、海外現地レベルでの対 応力強化。 ・グローバルレベルと日本レベ ルの二重構造の考え方。 関連規程 ・国内向けに、独禁法の遵守 ・従来からの左記の規程類に加 規程及びその解説集を制定 え、各国競争法との整合を図 し、これに基づいて、各部門 った上で、競争法遵守に係る で独自の独禁法遵守マニュ グループ全体の方針規程や競 アルを制定して運用。 合他社との接触等に係る詳細 規程及びマニュアルを新たに 策定し、グローバルな対応力 を強化。 競合他社と ・競合他社との接触は特段禁 ・以下のように、取組内容を総 の接触等に 止されていないが、独禁法に じて厳格化。 関するルー 抵触するおそれのある行為 ・原則、競合他社との接触禁止。 99 ル を規程内で類型化し、禁止。 接触する場合は会社の許可を 得て、中立的な第三者(又は 他部署の社員)の同席が必要。 ・営業部門職員等の価格決定権 を有する者は、業界団体の会 合に出席できない。 ・会合で価格等の話題に及んだ 場合、議論を中止すべき旨発 言し、中止されない場合は退 席。 統計情報の ・競争法に特段配慮する旨の ・統計データの共有に関する規 交換等に関 規定は無し。 定を整備し、社内情報に係る するルール 管理を徹底。 研修 ・集合研修において、競争法 ・以下のように、現地の事情に を含むコンプライアンス全般 対応し、漏れのないきめ細か に関する講習を定期的に行っ な研修を実施。 ているが、競争法に特化した ・営業等の競合他社と接触する 研修は特段行っていない。 可能性のある者(グループ全 社)に対し、競争法に関する e ラーニング(外国語含む) を実施。 ・管理職、中堅職員、新入社員 等それぞれの集合研修におい て、1時間程度の競争法に関 する講習を定期的に実施。 ・競争法遵守に係るグループ全 体の方針規程策定時、国内及 び主要海外グループ全社に対 して説明会及び競争法に関す る研修を実施。 ・競合他社と接触する可能性の ある者に対し、年1回、上司 が面接を行い、競争法の遵守 状況をヒアリング。 内部監査、 ・特段、競争法への抵触の観 ・内部監査は、監査部門とグル 内部通報 点からの内部監査は実施さ ープ全体の競争法遵守の責任 100 れていない。 ・内部通報は、社外弁護士に 依頼し、コンプライアンス全 般につき対応しているが、競 争法に特別に対応する窓口 や連絡体制は無し。 罰則 者自らが実施することで、経 営トップの責任を明確化。 ・今後、営業担当者の PC デー タをチェックすることを含め た模擬立入調査を検討中。 ・内部通報は、競争法遵守の責 任者へのホットライン及び社 外弁護士との連携体制を整備 し、対応力を強化。 ・独占禁止法遵守規程におい ・方針規程において、競争法に て、独禁法違反は、就業規則 故意に違反又は放置した場合 に基づき懲戒処分の対象と は解雇を含む懲戒処分の対象 する旨規定。 とする旨規定。 その他 ・文書の保存期間は、保管コス トを勘案し、メールは3ヶ月、 紙媒体は原則2年と設定。 101 事例2:我が国企業I社 事項 取組強化「前」 取組強化「後」 コンプライ ・コンプライアンス全般を統 ・コンプライアンス担当役員 アンス体制 轄する組織が無く、法務部門 (法務所管の副社長)を設け、 等が個別に対応。関係会社各 当該役員を長とするコンプラ 社に対する全般的な統制も イアンス委員会を設置。同委 無し。 員会(4半期に1回程度開催) において、コンプライアン ス・プログラムの整備を行う 他、問題発生時の事態調査や 是正措置を直ちに実施し得る 体制を構築。 関連規程 ・独禁法の遵守マニュアルは ・独禁法については、法運用の 作成していた。 厳格化を踏まえ、競争事業者 との情報交換に関するガイド ライン、及びそれを補足する 解説やQ&Aを策定し、海外 支店等を含めて全社に周知す ることで、現場におけるきめ の細かい対応力を強化。 ・国内外の関係会社に対して も、同様のガイドラインの実 施を要請。 ・独禁法の遵守マニュアル等 は、独禁法改正の都度、改訂。 競合他社と ・独禁法に抵触するおそれの ・営業部門については、懇親目 の接触等に ある場面に注意すべき旨の 的等を含めて、競争事業者と 関するルー 指導はしていたが、競争事業 の接触を原則禁止。 ル 者との接触そのものは特段 ・必要があって接触する際に 禁止されていなかった。 は、事前に上司の承認を得る とともに、事後に接触内容を 記録・保存することとし、そ のための専用システムも構 築。 統計情報の ・競争法に特段配慮する旨の ・将来の競争行動を予測可能に 交換等に関 規定は無し。 するような直近(おおむね過 102 するルール 研修 去3ヶ月未満の実績)データ の交換を禁止。 ・独禁法の遵守マニュアルの ・定期的に、営業部門を対象と 改訂が行われていなかった した独禁法に特化した研修を こともあり、独禁法に係る研 実施。終了後には、簡単なテ 修も長らく実施されていな ストを実施して受講者の理解 かった。 を確認。 ・全社の階層別(入社時、3年 目、6年目、管理職昇進時、 室長・部長への就任時)研修 におけるコンプライアンス教 育の中で、独禁法に関する説 明も実施し、漏れが無いよう、 きめ細かく対応。 内部監査、 ・内部監査部門が独禁法を含 ・内部監査部門が実施する内部 内部通報 む法令全般について内部監 監査とは別に、独禁法のみを 査を実施。 対象とする監査を実施。実施 方法については、法務部門が 営業各部に往査する方式(文 書・電子情報、電子メール等 すべての業務資料をチェッ ク)と、営業部門各部が、競 争事業者との接触記録に基づ いて自己監査する方式を組み 合わせて、効率的に実施。 ・独禁法を含むコンプライア ・内部通報は、社内窓口に加え ンス全般について、内部通報 て、社外弁護士に委嘱した社 のための社内窓口を設置。 外窓口(独禁法に係る窓口で もある旨明示)も設置。通報 があった場合にはコンプライ アンス委員長に報告され、コ ンプライアンス委員会が調査 を実施。 罰則 ・独禁法違反を含めた法令違 ・重大な独禁法違反については 反での訴追を懲戒事由の一 懲戒解雇事由に該当する旨を つとしていた。 就業規則に明記。 103 その他 ・過去、独禁法違反について、 自主的な申告に対しては処罰 しない旨を明示して社内調査 を実施し、一定の成果を得た。 ・リスク全般について、ボトム アップの手法によるリスクの 洗い出しを実施し、リスクの 評価と対応方針の決定を、社 長を議長とする会議で行う体 制を整備する等、リスクマネ ジメント体制を充実させた。 104 事例3:我が国企業Q社 事項 取組強化「前」 取組強化「後」 コンプライ ・社長が委員長を務めるコン (特段の変更はなし。) アンス体制 プライアンス委員会を設置 し、全社のコンプライアンス 課題を討議し、方針を決定。 ・主要事業場・海外子会社に 法務組織を設置し、本社部門 が統括。 関連規程 ・競争法遵守の内容を含め、 ・左記の規程類に加え、競合他 行動基準、並びに倫理・法令 社との活動に関する具体的事 遵守等に関する全社規程を 項 を 定 め る 全 社 規 程 を 整 備 制定。 し、それらの補足するガイド ブックを策定することで、グ ローバルかつ現場におけるき めの細かい対応力を強化。 競合他社と ・公共営業部門・再販営業部 ・競合他社との価格・数量等の の接触等に 門等、独禁法違反リスクの高 情報交換を禁止。 関するルー い事業場で個別にルールを ・競合他社との継続的な会合等 ル 定め、具体的なリスクに応じ に参加する場合、事前に法務 た取組を推進。 等の承認が必要。 ・禁止行為に抵触する話題に及 んだ場合は直ちに異議を述 べ、受け入れられない場合は 退席し、法務部門に報告。 ・承認申請・会合の記録は、独 禁法の除斥期間を考慮し、保 存期間5年と設定。 統計情報の 交換等に関 するルール ・統計データに係る活動につい て、共通のチェックシートを 作成し、すべて抵触しないこ とを確認した上で、活動への 参加を承認。 ・なお、業界団体等に対して、 コンプライアンス改善の積極 的な働きかけを実施。 105 研修 ・年2回、海外を含む全社員 ・競争法を含むコンプライアン に対して、競争法の関係を含 ス全般について、e ラーニン むコンプライアンス全般に グシステムを開発し、グロー 関するテストを実施。 バルな受講と実績管理を推 ・競争法に特化した少人数の 進。 集合研修を階層別・職制別・ ・海外赴任する従業員の赴任前 事業場別に頻繁に実施。 研修受講を義務付け。 内部監査、 ・競争法への抵触の観点から (本社部門による監査の仕組 内部通報 の自主点検や文書チェック みを検討中。) を実施しているが、本社部門 による監査は未実施。 ・内部通報は、競争法に特化 した通報窓口を設置。 罰則 ・競争法に特化した罰則は特 (社員就業規則に競争法違反 段設けていない。 を具体的懲戒事由として明記 することを検討中。) その他 ・内部統制システムの一環とし て年1回実施する全社リスク アセスメントにおいて、独禁 法違反を全社重要リスクとし て選定し、対策状況をモニタ リングしている。 106 Ⅱ 事業者団体におけるカルテルに関する競争法コンプライアンスに係る取 組及び参考事例 1.体制整備の必要性 5 一般的に、事業者団体の会合やその前後に行われる懇親会の場等におい ては、競合他社と接触する機会も多いことから、事業者団体活動の競争法 上のリスクは大きいと考えられるものの、我が国事業者団体において、競 争法コンプライアンスが十分に意識されているとは言い難い。 しかし、我が国事業者団体における競争法コンプライアンス体制の整備 については、現時点において事業者団体の自発的な動機や会員からの要請 がないからといって、何ら対策を採らなくて良いということでは決してな く、以下のような要因から、体制整備の必要性があるものと考えられる。 また、特に、海外に支部を有する場合、海外企業が会員に含まれる場合、 その他、海外の企業や事業者団体との接点を有する場合には、そうでない 場合と比べて、海外競争法の適用を受ける可能性が高まるため、海外競争 法を念頭に置いた体制整備が必要であるものと考えられる100。 10 15 ① 20 内外競争法の事業者団体活動への適用可能性 EU等の海外競争法適用のおそれ 企業の場合と同様、例えば、我が国事業者団体がEU市場に影響を 与えるカルテルを行った場合、域外で行われた行為であったとしても、 EU競争法の適用により、事業者団体自身に対して制裁金が課される 可能性がある101(図表 25)。 100 研究会メンバーからは、以下の指摘があった。 日米欧で競争法の運用や適用要件等も異なると言われていることを踏まえ、どのよう な団体がEU競争法を意識しなければならないのかという点について明確にすべき。 EU競争法を意識しなければならない団体と、国内の独禁法のみを意識すれば足りる 団体、談合等への対策を意識しなければならない団体とで、それぞれコンプライアンス に係る取組が異なるものと思われる。このように、団体が直面する場面に応じたコンプ ライアンスに係る取組の仕分けや留意点を明確化すべき 。 海外における競争を意識すべき団体とそうでない団体とでコンプライアンスの内容 を分けるべき、との指摘は重要。実感として、海外競争法まで意識すべき団体はほとん どないものと思われるが、実際の競争法上のリスクの存否は、海外企業まで含む団体で あるかどうか、輸出カルテルが行われる可能性を念頭に、団体として輸出に関する業務 を扱っているかどうか等で判断するのであろう。 101 2003 年、欧州委員会は、有機過酸化物メーカー間のカルテルにおいて、スイスのコンサ ルティング会社 AC Treuhand が会合運営等に関するサービスを行うことを通じ、カルテルの 成立に関与したとして、同社に対して、1,000 ユーロの制裁金を課した。本件は、直接カル テルに参加せず、会合運営を行うに過ぎない場合であっても、結果としてカルテルが成立す 107 我が国独禁法適用のおそれ 近年の我が国独禁法の執行状況を踏まえると、統計情報の交換や会 合の運営等、従来から行っている事業者団体の活動について、独禁法 遵守の観点から厳しく精査される可能性がある。 我が国独禁法においては、事業者団体に対して、解散を含む排除措 置命令及び罰金刑が課(科)され得る。また、カルテルに関与した事 業者団体の役職員個人に対しても、罰金刑、懲役刑、又はその両方が 科され得る102。 5 10 ② 近年の各国競争法の執行強化の影響 20 事業者団体と会員とで認識に齟齬が生じるおそれ 近年、各国競争法の執行強化が図られる中で、特にグローバルな活 動を行っている会員を中心に、競争法コンプライアンスに係る意識が 急速に高まっている。 事業者団体が競争法コンプライアンスについて何らの取組も行わな い場合、事業者団体とそのような意識の高い会員との間で認識に齟齬 が生じ、結果として、そのような会員が、自衛のために、事業者団体 の活動に積極的に関与しなくなったり、事業者団体から脱退したりす る可能性がある103。 25 社会的意義のある事業者団体活動に制約のおそれ 事業者団体は、政府施策に関する情報収集、ロビー活動、統計情報 や技術標準の作成、普及広報等、社会的に有意義な活動を行っている にもかかわらず、会員数の減少や会員が団体活動への消極的関与しか 15 しなくなった場合、事業者団体の発言力が弱まり、そのような活動に も支障が生じるおそれがある。 れば共同責任を問われ得ることを意味している(平成 20 年度我が国経済構造に関する競争政 策的観点からの調査研究「競争法の国際的な執行に関する調査報告書」) 。 102 事業者団体の構成事業者に対しては、独占禁止法第8条第1項第1号又は第2号の規定に 違反する行為が行われた場合に、第8条の3の規定に基づいて課徴金が課され得る。 103 研究会メンバーからは、例えば、企業が一度競争法違反で取り締まられれば、その後の再 発防止のために団体を脱退する、必要最低限の会合しか出席しない、出席する場合には法務 部門等の審査を受ける等の措置を講じるようになること、さらに、被害者からの損害賠償請 求や株主代表訴訟、指名停止処分等、何重もの処罰がなされること等、影響が広範に及ぶこ とを考えると、企業がそのようなことにならないよう、団体として競争法コンプライアンス に取り組む必要性は十分備わっていると考えられる、との指摘があった。 108 以上の認識を踏まえ、事業者団体は、業界全体として競争法を遵守する ことが最終的に会員にとってもメリットになるという観点から、競争法コ ンプライアンス体制の整備を行うべきである。 以下では、事業者団体における具体的な体制整備のために参考となる得 る取組や参考事例104を提示する。 なお、事業者団体が体制を整備するに当たっては、例えば、以下の点に 留意することが望ましい。 5 事業者団体の役員等のリーダーシップの下、事業者団体として体制 整備の必要性を認識した上で、積極的に会員への当該認識の共有を図 ること。 10 企業の場合と同様、事業者団体の規模、会員が関わる各国の競争法 違反のリスク、競争法以外のリスク対策との優先度、投下できるコス ト等を見極めた上で、当該リスクに見合ったものとすること。 15 また、研究会メンバーからは、以下の指摘があった。 事業者団体における競争法コンプライアンスを検討する際には、事 業者団体として行って良い活動、見直すべき活動を明らかにすること 20 が不可欠である。 団体の役職員が会員からの出向者で占められている場合、責任者、 担当者が代わってしまうことが多いため、競争法コンプライアンスに 係る継続的な取組が行えない可能性がある。そのような事態への対策 25 が必要。 ≪参考事例≫ ・ コンプライアンス・ルールの冒頭に、競争法に違反した場合の事業者 団体及び会員が被る不利益を記載。[欧州事業者団体A]105 30 104 ただし、事業者団体においては、本報告書において提示する取組や参考事例の留意点(詳 細につき、本報告書4∼5頁、第1章参照。)を十分に理解する必要がある。その上で、それ らの取組や参考事例の外形的な模倣にとどまるのではなく、自社のどのような場面において 有効に活用し得るか、提示された事例のまま活用できない場合にはどのような工夫があり得 るか等、十分に検討することが必要である。 105 詳細につき、参考資料集 82 頁 1.4 パラグラフ参照。 109 ・ 事業者団体への加盟、会合への参加は、企業にとって競争法上のリス クがあるため、近年、企業は事業者団体が競争法コンプライアンスを実 施しているか厳しく確認する傾向。したがって、事業者団体は競争法に 係るコンプライアンス・プログラムを有し、競争法上安全な環境である ことを、会員に対して示さなければならない。[欧州事業者団体B] 5 ・ 独禁法の遵守規定を整備した効果は、 「当業界では独禁法遵守をしてい る」と外向けに主張できること。[我が国事業者団体I] 10 ・ コンプライアンス・ルール作成のきっかけは、海外の競争当局が莫大 な制裁金を課す事例が増えており、事業者団体としても何かしらの対応 が必要かもしれないと感じたことにある。他事業者団体でも同様の取組 を行ったことも大きな要因。[我が国事業者団体J] 110 (出所)各種公表資料に基づき、経済産業省作成。 111 刑事罰 [団体に所属する個人]3年以下の懲役又 は500万円以下の罰金(但し、平成21年 改正法より5年以下の懲役) 欧州 日本 米国 EC条約第81条第1項(仮訳) 加盟国間 独占禁止法第8条第1項 事業者団体は、 の取引に影響を与えるおそれがあり、か 次の…行為をしてはならない。 事業者団体の つ共同市場における競争を妨害し、制限 一 一定の取引分野における競争を実質 し若しくは歪曲する目的を有し又は効果を 的に制限すること。 適用規定 もたらす事業者間の合意、事業者団体の 決定及び協調行動は共同市場と両立しな 二 第六条に規定する国際的協定又は 国際的契約をすること。… いものとして禁止される。… 企業と 同様、事業者団体がEU条約第 事業者団体が、独禁法第8条第1項に違 81条第1項に違反した場合、決定をもって、反した 場合、当該団体に対し 、当該行為 当該団体に対し、違反行為の排除するた の差止め、解散等を命じることができる。 ( 事 業 者 団 排除措置命令 体 を独 立 の めの構造的、行為的問題解消措置を命じ (同法第8条の2) 主体として ることができる。(理事会規則1/2003号第 は 扱わず、 7条第1項) むしろ、団体 企業と同様、同条に違反した事業者団 事業者団体に対する課徴金は無し。 体に対して、直前の事業年度における総 ただし、第8条第1項第1号又は第2号の 内 部 での競 売上高の10%までの制裁金を課すことが 規定に違反する行為が行われた場合、事 争者間 の共 謀を規制) できる。(同規則第23条第1項) 業者団体の会員に対して課徴金が課され 制裁金・課徴金 また、当該団体が支払えない場合、当 る。(同法第8条の3) 該団体が会員に対して拠出を求めるか、 競争当局が会員に対して制裁金の支払 いを請求できる。(同規則第23条第4項) [団体]5億円以下の罰金 [参考]日米欧の事業者団体に対する競争法上の罰則の相違点 図表 25 日米欧の事業者団体に対する競争法上の罰則の相違点 [参考]日欧における事業者団体の違反事例 (欧州) 5 10 1986 年、Roofing Felt カルテル事件において、会合の場を提供す るとともに、カルテルメンバーが割当量以上の取引をしないよう監 視する役割をしていたという理由により、事業者団体に対して、 15,000ECU の制裁金が課された。 2007 年、ファスナーカルテル事件において、ドイツ事業者団体VB Tが組織した交流活動がカルテル会合の場になったという理由によ り、当該事業者団体に対して、1, 000 ユーロの制裁金が課された。 (日本) 15 20 1974 年、石油連盟が会員元売業者の石油製品の販売価格の引上げを 決定し、これを会員元売業者に実施させていたことが独禁法第8条 第1項第1号に違反するという理由により、当該事業者団体に対し て、同決定の破棄等の排除措置に関する審決が出された。 1988 年、米軍工事安全技術研究会が米国海軍発注工事について会員 に受注予定者を決定させていたことが独禁法第8条第1項第1号に 違反するという理由により、同法第8条の3に基づき、会員 69 名に 対して、総額約 2.8 億円の課徴金が課された。 25 2004 年、四日市医師会会員が 65 歳未満の者に対して行うインフル エンザ予防接種の料金を決定したことが独禁法第8条第1項第1号 に違反するという理由により、当該事業者団体に対して、同決定の 破棄等の排除措置に関する勧告が行われた。 112 2.体制整備に係る具体的な取組及び参考事例 (1)コンプライアンス担当部署の整備 5 10 15 ヒアリング対象の我が国事業者団体においては、競争法に限らず、コン プライアンスを担当する部署が特に決まっておらず、責任の所在が不明確 である事業者団体が見受けられた。 しかし、後述の競争法コンプライアンス・ルールの策定や運用、団体役 職員及び会員に対する研修を含め、競争法コンプライアンスに係る取組は、 風化防止のために、継続的に行うことが必要である。 また、前述の企業の場合と同様、組織のトップが競争法の遵守の重要性 を認識し、団体役職員や会員に対して、競争法コンプライアンスを実施す る必要性とそのメリットについて、繰り返し訴えることが重要である。 このため、まず、競争法コンプライアンスに係る業務の遂行に関して明 確な責任を有する者を組織のトップから任命した上で、実際の業務執行を 行う担当部署、担当役職員を設置することが望ましい。 ≪参考事例≫ ・ コンプライアンス担当役職員、担当部署を設置している。 [我が国事業 者団体H] 20 ・ 役員の一人(専務理事)をコンプライアンス関係の責任者とし、各社 からの意見収集・指導等を行う機能を総務委員会に付与した。 [我が国事 業者団体I] 113 (2)競争法コンプライアンス・ルールの整備 団体役職員及び会員向けの競争法コンプライアンス・ルールについて、 ヒアリング対象の我が国事業者団体の中には、文書で規定せずとも、会員 に共通の認識があり、必要性を感じないという事業者団体もあった。 しかし、当該ルールが明文化されないことにより、以下のような問題点 が考えられる。 5 当該ルールの内容の伝達が難しく、組織としての統一的な行動をと りにくい。 10 時間の経過とともに、取決めの内容が風化し易く、解釈が曖昧にな る。 したがって、実効性ある競争法コンプライアンス体制を整備するため、 競争法コンプライアンスに係る種々の取決めについて明文化し、団体役職 員や会員の間で共有することが望ましい。 また、競争法コンプライアンス・ルールは、定期的に、又は競争法関連 法令や指針等の改正、重要な審判決の公表に合わせて、改訂することが望 ましい。 なお、事業者団体内や会員からコンプライアンス担当部署に上がってき た要望や相談等の声を反映させることも一案である。 また、研究会メンバーからは、禁止事項を並べただけの簡易なものでも 良いので、マニュアルのモデルを作成すべきであり、特に中国独禁法に対 するマニュアルについては、大企業にもニーズがあり、今後の法運用の状 況について注視していく必要がある、との指摘があった。 15 20 25 ≪参考事例≫ ・ コンプライアンス・ルールにおいては、①欧州競争法の一般的な事項 として、競合他社との間で議論してはいけない事項(製品の価格、販売 条件等)、及び競合他社との間で協定を締結してはいけない事項(価格設 定、生産制限等)、②事業者団体特有の競争法上の問題として、市場に関 する情報交換方法、事業者団体への加入拒絶、事業者団体によるボイコ ット等の事項、③競争当局の職員が当事業者団体へ来訪したときの具体 的な手順、について定めている。[欧州事業者団体C]106 30 106 詳細につき、参考資料集 88∼94 頁「事業者団体Cでの活動における競争法違反の回避の 114 ・ 事業者団体には多数の業界が所属していることから、コンプライアン ス・ルールは、法令の改正や新しい事例の公表などの状況に応じて、数 カ月おきに検討・更新され、絶えず最新状態にしている。 [欧州事業者団 体E] 5 ・ 10 コンプライアンス・ルールにおいて、①会合の召集、②会合の運営、 ③議事録の作成、④参加者の会合における振る舞い、⑤市場情報の交換 に関するシステム、⑥会合で許可される話題、⑦会合で許可されない話 題について定めている。[ドイツ電気・電子工業連盟(ZVEI)]107 ためのガイドライン」参照。 107 詳細につき、参考資料集 102∼105 頁ドイツ電気・電子製造業連盟(ZVEI)競争法コンプ ライアンス・ルール参照。 115 (3)会合の運営 5 10 事業者団体における主要業務の一つは、事務局が会員を集め、会合を運 営することである。 会合においては、競合会社が集まるため、カルテルが行われる、又はそ れと疑われるリスクが高い。 したがって、事業者団体が会合を運営するに当たっては、そのリスクを 軽減するため、競争法上問題となるおそれのある行為の防止策、実際にそ のような行為が生じた場合の議長、団体役職員及び参加者の対応策を講じ ておくことが必要である。 なお、これらの行動はいずれの場面においても統一的なものとなるよう、 事業者団体の競争法コンプライアンス・ルールにおいて明記することが望 ましい。 (ア)会合における話題 15 20 25 会合参加者(議長、団体役職員、会員)に対し、会合において禁止さ れる話題の判断基準を示すため、競争法コンプライアンス・ルールにお いて、会合における情報交換や議論等の対象とすることが禁止される事 項について、予め列挙した上で、注意喚起をすることが望ましい。 話題とすることが禁止される事項とは、各企業で競合他社と情報交換 してはならない事項と同様のものである。これらの事項は、ヒアリング 対象の我が国及び欧州事業者団体の競争法コンプライアンス・ルールに おいて、記載されていた。 なお、ヒアリング対象の欧州事業者団体の中には、一般的な周期的経 済情報やロビー活動に関する議論等、会合において議論の対象とするこ とが許容される事項についても規定している事業者団体が見受けられた。 ≪参考事例≫ ・ 30 コンプライアンス・ルールにおいて、以下のとおり、会合で許可され る話題の例と許可されない話題の例を定めている。 ○ 35 当事業者団体の会合で許可される話題 当事業者団体の会合の過程において、企業は自社の特定の分野 (application area)に関する情報交換をすることが認められている。 次の事柄は、許可されている話題の一部である。: 116 5 10 15 ・ それをもってしては特定の製品の市場の位置付けに関して一切の 結論を出すことができない、一企業の事業に対する一般的予想に関 する情報、当該分野における製品全体に関する情報、その他の事業 体の集合に関する情報。 ・ 一般的な周期的経済情報 ・ 法制定の動き、及び会員全体への当該法制定による影響 ・ 自主協定の実施又はモニタリングが関係する場合にはそれを含む、 当事業者団体のロビー活動に関する議論 ・ ベンチマーク活動 ・ 業界に情報を提供し、共通方針を策定することを目的とする、関 連業界分野の調査の実施、及び研究や調査の成果 ・ 国際・国内・欧州の技術標準、認証、その他関連事業者団体に対 する欧州のメーカーの意見の調整 ・ 自由に入手することができる情報の交換(例として、インターネッ トや会員が発表したビジネスレポートから) ○ 20 25 30 35 当事業者団体の会合で許可されない話題 当事業者団体、当団体職員及び当事業者団体の活動に参加する会員 に対して、競合他社を巻き込む協定、合意、議論、共同活動の一切を 回避することを要求している。次に、これに関する具体例を挙げる。 ・ 価格維持:価格を維持することはそれ自体違法である。つまり、 価格構成、リベート、価格戦略・計算、価格変更の予定など、価格 情報について議論すること又は価格情報を交換することは一切認め られない。これらの価格要素に一般的に言及することも回避すべき。 ・ 市場割当:競合する会社同士が特定の市場占有率を維持すること、 市場区域を指定すること、及び/又は、一競合他社に便宜を計らい ある製品市場に先行進出することを合意することは、それ自体違法 である。これは、一般公表されていない利益、利益幅、予定される 投資に関する詳細な情報も該当する。 ・ 集団ボイコット:競合する会社同士が特定の供給業者やその他の 組織との取引を行わないことに合意することは、それ自体違法であ る。例として、新しい技術を追求しない協定、又は、第三者と供給 と支払に関する条件について合意しないことが挙げられる。 ・ 流通慣行、顧客の選択と分類:競合する会社同士が流通慣行や顧 117 客の選択と分類に合意することは、それ自体違法である。 ・ 競合情報の交換:競合する会社同士が、製品計画や市場戦略のよ うな競合情報を交換することは、それ自体違法である。 [欧州事業者団体A]108 5 ・ コンプライアンス・ルールにおいて、一般的に禁止される事項、及び 事業者団体特有の禁止若しくは問題とされる事項を定めている。 [欧州事 109 業者団体C] 10 ・ 競争法に関する許可事項(緑色で記載)と禁止事項(赤色で記載)が 記載されたリスト(カード)を作成し、参加者に配布し注意を促してい る。[欧州事業者団体C]110 108 詳細につき、参考資料集 83・84 頁「4.当事業者団体の会合で許可される話題」、85 頁「7. 当事業者団体の会合で許可されない話題」参照。 109 詳細につき、参考資料集 89・90 頁「Ⅰ.一般的ガイドライン」 、90∼93 頁「Ⅱ.事業者団 体特有の競争法上の問題領域」参照。 110 詳細につき、参考資料集 86・87 頁「許可事項・禁止事項(Dos and Don’ts)」参照。 118 (イ)議題、資料等の事前確認 議長及び事務局である団体役職員の役割として、会合において、競争 法上問題となるおそれのある事態が発生することを防止する観点から、 予め、会合における議題や配布される資料等について、競争法上問題と なるおそれのある内容が含まれていないか、確認することが望ましい111。 また、会合においては、事前確認において競争法上問題が無いと判断 された議題や資料等のみに限定して、議論することが望ましい。 5 ≪参考事例≫ 10 ・ 議題は、予め文書で準備されたものに限り、議論も当該議題に関わる もののみに限定。[欧州事業者団体C] ・ 参加者に対して、事前に書面及びメールで議事内容を通知。また、重 要な案件については、事前に議題等全てを外部法律顧問がチェック。 [欧 州事業者団体E] 15 ・ 運用上、コンプライアンス担当役員と会合の議長で話し合って会合の 議題を決めており、独禁法違反を疑われかねない議題が上がらないよう 注意を払っている。[我が国事業者団体I] 111 研究会メンバーからは、事前の議事内容のチェックや議事録の作成等については、競争当 局から競争法違反を疑われた場合の企業のアカウンタビリティーの確保のため、参加者が独 自にバラバラで行うのではなく、団体が統一的に行うことが望ましい、との指摘があった。 119 (ウ) 議事進行 実際の会合においては、参加者が十分に注意していたとしても、突発 的に、競争法上問題となるおそれのある話題が出る可能性はあるため、 例えば、以下のような対応策を講じておくことが考えられる。 5 10 議長の役割及び責務として、開会時に「当会合では競争法上問題と なるおそれのある話題を話し合わない」旨を宣言することで、参加 者に注意喚起を行うとともに、かかる宣言をしたことを議事録に記 載する。 (参加者に対し、事業者団体として競争法コンプライアンス に配慮していることを明示する効果がある。) 15 会合中、競争法上問題となるおそれのある話題が生じた場合には、 議長が発言者に発言をやめるよう注意し、発言をやめない場合には 議事録に記載の上、閉会し、事業者団体のコンプライアンス責任者 や弁護士等と相談する。 会合において競合他社同士のみで接触することを避けるため、また、 議事録を作成するため、事務局の団体役職員が、少なくとも1名は 会合に出席する。 20 事務局の団体役職員が参加した場合には、参加者の発言が競争法上 問題となると感じた際に、議長に対して発言者を注意するよう促す 等、議長の議事進行を補助する。 25 30 35 さらには、経営トップや役員、価格決定権を有する者が参加する会合 等、競争法上のリスクが高いと考えられる会合については、定期・不定 期に、弁護士や会員のコンプライアンス担当者等を同席させることも一 案である。 また、会員に対して、営業担当者等の価格決定権を有する者の不参加 を促すことも一案である。なお、研究会メンバーからは、事業者団体に おける会合後の懇親会等における、いわば居残りカルテルについては、 事業者団体の責任として負いきれない部分もあるが、例えば、会合への 参加者から、原則として営業担当者を外すことを事業者団体のルールと することで、リスクを減らすことができるものと考える、との指摘があ った。 120 ≪参考事例≫ ・ 会合で競争法違反行為があれば、①議長がすぐに挙手をし、議論の方 向が競争法に抵触する可能性がある旨を宣言し中止を呼び掛けている。 ②それでも中止しない場合は、議長は記録を作成し、会議室を退室し法 務部に連絡を行う。③法務部が会合に来て閉会を命じ、参加者は建物か ら出て行くことになる。[欧州事業者団体C] 5 ・ 議長が競争法遵守について宣言を行い参加者の注意喚起を促すことと している。[欧州事業者団体D] 10 ・ コンプライアンス・ルールにおいて、冒頭での宣言、議題から逸脱し た場合や競争法違反のおそれがある場合の対応について定めている。 [ド 112 イツ電気・電子工業連盟(ZVEI)] 15 ・ 会議開始時に議長はコンプライアンス遵守を宣言(「私たちは、コンプ ライアンス・ルールを遵守し競争法に違反しかねる議論は行いません」) し、当事業者団体内の会合で独禁法に抵触するような話があれば、その 場で会合を中止するか弁護士を呼ぶようにしている。 [我が国事業者団体 I] 20 ・ 会員の経営者が集まる年1回の会議では、弁護士に出席頂き、併せて 独禁法に関する講義もしてもらうようにしている。[我が国事業者団体 I] 25 ・ 会議参加者は出来る限り営業以外のメンバーで構成している。会議終 了後の懇親の場などは設けないこととし、どうしても必要な場合は必ず コンプライアンス担当役員(専務理事)が同席することとしている。 [我 が国事業者団体I] 112 詳細につき、参考資料集 102 頁「2.連盟の会議」 、103 頁「4.連盟の会議における態 度」参照。 121 (エ)議事録等の作成・管理 会合の議事録は、会合における参加者の行為について競争法違反が疑 われた場合に、事業者団体及び参加者が適切な対応を行ったことを示す 基礎的な資料である。 そこで、議事録を確実に作成し管理するため、前述のとおり、まず会 合に出席する事務局の団体役職員が議事録を作成することが望ましい。 しかしながら、会合数が多いため、団体役職員が会合に同席すること ができず、参加者が持ち回りで議事録を作成する場合があり、このよう な場合には、事業者団体側が、議事録が作成されているか否かについて 把握できないおそれがある。 したがって、例えば、以下のようなルールを定めて運用することが望 ましい113。 5 10 事業者団体内の会合には、原則として事務局の団体役職員が同席し、 議事録を作成すること。 15 事務局の団体役職員が同席できない場合には、会合の参加者が議事 録を作成すること。 20 事務局の団体役職員以外の会合参加者が議事録を作成した場合は、 当該議事録を事業者団体のコンプライアンス担当部署に提出させ、 一元管理すること。 また、企業における書類管理と同様、事業者団体においても、事業者 団体内一律の方針として、議事録等の書類ごとの保存年限及び廃棄方法 等を明確に定めることが望ましい。 25 ≪参考事例≫ ・ コンプライアンス・ルールにおいて、具体的な議事録の作成方法や取 扱い等について定めている。[ドイツ電気・電子工業連盟(ZVEI)]114 30 113 (再掲)研究会メンバーからは、事前の議事内容のチェックや議事録の作成等については、 競争当局から競争法違反を疑われた場合の企業のアカウンタビリティーの確保のため、参加 者が独自にバラバラで行うのではなく、団体が統一的に行うことが望ましい、との指摘があ った。 114 詳細につき、参考資料集 103 頁「3.議事録」参照。 122 (オ)その他 その他、以下のような取組をしている事業者団体があった。 ≪参考事例≫ 5 ・ 団体スタッフに対して、会合を行う際には常に競争法に係るコンプラ イアンス・ルールを所持するよう、呼び掛けている。 [欧州事業者団体A] ・ 10 事業者団体内には多くのサブグループがある。それぞれのサブグルー プのマネージャーは、競争法に関する訓練を受けており、コンプライア ンス・ルールを参照し、法務部に相談しながら、会合を運営したり、そ こで不適切な事態が起こらないように議題や資料を事前に確認してい る。[欧州事業者団体B] 123 (4)統計情報の収集・管理・提供 統計情報の収集や管理、提供を行うことは、事業者団体における重要な 役割の一つであるが、前述の公取委の事業者団体ガイドラインに記載のと おり、 「事業者団体の情報活動を通じて、競争関係にある事業者間において、 現在又は将来の事業活動に係る価格等重要な競争手段の具体的な内容に関 して、相互間での予測を可能にするような効果を生ぜしめる」115場合には、 競争法上問題となるおそれがある。 この点、統計情報の収集・管理・提供に当たって、事業者団体が最も注 意しなければならないことは、会員を識別できる個別の統計情報が、他の 会員に伝わることである。 そこで、統計情報の収集・管理・提供の方針について、例えば、以下の 事項について、明確なルールとして定め、運用することが望ましい。 5 10 統計情報の収集・管理・提供は事業者団体、又はそれら業務の外注116 15 等により第三者機関のみが行い、会員は行わないこと。 事業者団体内部における当該業務に係る責任者、担当者たる役職員 を明確に限定するとともに、外部や他部署との情報遮断を行う等、情 報管理を徹底すること。 20 会員に個社情報を開示しないこと。 統計情報を会員や一般に提供する際には、個社情報を抽出すること が困難となる程度に集合化した上で、提供すること。 25 将来の予測値については、とりわけ詳細なものを避け、概括的な内 容とすること。 会員ごとの将来の予測値について、詳細な意見交換をしないこと。 30 また、現在取り扱っている統計情報について、本当に必要な情報である かどうか、事業者団体ガイドラインにおいて示されている事業者団体にお 115 事業者団体ガイドライン 第二9(2)。 研究会メンバーからは、統計活動については、欧米のように、競争法上のリスクを無くす ため、業務を外部の第三者にアウトソースするという方策を採ることも一案である、との指 摘があった。 116 124 ける情報活動の合法性の判断要素等を参照し117、会員のニーズを確認しつ つ、見直しを行うことも一案である118。 なお、ヒアリング対象の欧州事業者団体の中には、1年を経過したもの のみを取り扱い、将来の予測情報は取り扱わないこととしている事業者団 体も見受けられた。 また、我が国の事業者団体の役職員は、会員からの出向者が多く、実質 的に、会員出身の役職員が、統計情報に係る業務を行っている場合が多い が、ヒアリング対象の我が国事業者団体の中には、例えば、事業者団体内 で知り得た情報について、親元企業を含め外部に漏らさない旨の誓約書を 提出させることで、出向者に対して守秘義務を意識付けしている事業者団 体も見受けられた。 5 10 ≪参考事例≫ ・ 15 統計情報は、当事業者団体、又は第三者機関が合法的に収集し、会員 の個別情報を抽出できない集合化情報のみを扱う。[欧州事業者団体A] 119 ・ 統計情報は各部の統計専門の部署が取り扱っており、当該部署が企業 に情報提供を要請し、収集する。当該部署があるフロアは通常のカード では入ることができず、電気システムも他の建物から切り離されており、 高度なセキュリティが施されファイアーウォールが確保されている。 [欧 州事業者団体B] 20 ・ 当事業者団体には統計専門の部署がある。当該部署が収集する情報は、 過去の集合情報のみであり、予測情報は作成しない。 [欧州事業者団体C] 25 ・ 統計情報は価格誘導の温床とならないよう、2007 年 7 月に統計情報ガ イドラインを策定しており、統計・予測の方法と結果は全て公開するこ と、各社個別データの機密性は厳密に保持すること、会合で予測数値を 議論し、作成することは禁止(ただし、集計結果の動向分析は妨げない。) と定めている。ただし、統計情報を公開してしまうと、統計に参加して いない会社にも情報を渡すこととなり、公開情報を元に独自の統計を作 30 117 詳細につき、本資料 43∼47 頁「Ⅱ 我が国における事業者団体の情報交換に関する指針 (事業者団体ガイドライン)」参照。 118 研究会メンバーからは、団体における統計情報の交換等の活動自体について、競争政策的 な観点から、その必要性をよく検討した方が良い、との指摘があった。 119 詳細につき、参考資料集 84 頁「5.市場情報の交換に関するシステム」参照。 125 ることが容易になるため、統計情報の作成に参加しないインセンティブ が働くおそれもある。[我が国事業者団体H] ・ 業界の将来予測に関するデータについて、今後の業界全体の見通しを アンケート方式で企業に回答をしてもらい、それを事業者団体が集計し ている。[我が国事業者団体H] 5 ・ 統計情報作成の際には、3社以上の情報でなければ作成しないことと している。[我が国事業者団体H] 10 ・ 15 統計情報に関するガイドラインでは、企業から集めた個別情報は機密 情報として扱い、商品に係る会合を担当しないプロパーの職員である統 計担当職員しか、当該情報にアクセスできない旨定めている。また、当 該個別データの開示・配布を禁止する旨を定めており、需要予測数値に 関する情報交換も行わないようにしている。[我が国事業者団体J] ・ 事務局職員からは「会員から提出された統計等機密条項について漏洩し ない」旨の誓約書をとっている。[我が国事業者団体J] 126 (5)研修 (ア)団体役職員に対する研修 5 事業者団体における競争法コンプライアンスに関する研修については、 例えば、以下の点を認識し、事業者団体の役職員の職制や階層に配慮し つつ、定期的に、かつ、漏れのないよう、実施することが重要である。 事業者団体の活動は、競合会社が接触する場や機会を提供すること が多く、競争法上のリスクを常に有していること。 10 団体役職員が競争法コンプライアンスに係る知識を有することが、 会員からの信頼感や安心感の醸成につながること。 15 20 25 30 35 具体的には、競争法の概要や違反となる行為類型等の基本的な内容は もちろん、特に、会合運営や統計情報の取扱い等、事業者団体に固有の 競争法上のリスクが高い事項について、事業者団体内における実際の業 務執行の状況を踏まえたケーススタディを行う等、その実効性を高める ための工夫をしつつ、研修を実施することが考えられる。 また、団体役職員に対し、独自に研修をするための人的、経済的資源 が不足している場合であっても、可能な限り、外部のセミナーへ定期的 に参加させる、会員のコンプライアンス担当部署に講義を依頼する等の 方法により、せめて、競争法上のリスクが存在していることや、競争法 の基礎的な内容については、周知させておくことが望ましい。 なお、研究会メンバーからは、事業者団体の活動が競争法上のリスク を帯びるかどうかについては、会員から選出される団体役員や委員長・ 部会長等の個性によって左右されることが多いため、それを防ぐための 経営者教育についても考える必要がある、との指摘があった。 (イ)会員に対する研修 (事業者団体における競争法コンプライアンス・ルールの周知徹底) 事業者団体における競争法コンプライアンス・ルールに基づき、会合 運営や統計情報の取扱い等に関する取組を徹底するためには、団体役職 員のみではなく、当然、会員においても当該ルールに従った行動をする 127 ことが求められる。 したがって、会員に対して、定期的に、当該ルールについて説明する 機会を設けることが望ましい。 5 (会員の競争法コンプライアンス体制整備に対するサポート) 会員における競争法コンプライアンス体制は、当然のことながら会員 自身により整備されるべきものであり、事業者団体が責任を負うもので はない。 しかしながら、特に、中小企業においては、自社の競争法コンプライ アンスにまで手が回らない、といった状況にある企業も多いものと思わ れる。 そこで、そのような会員に対し、事業者団体によるサービスの一環と して、競争法コンプライアンスに関するセミナーを企画するなどして、 研修を受ける機会を提供することも一案である。 なお、研究会メンバーからは、以下の指摘があった。 10 15 事業者団体が競争法コンプライアンスに係る指導者として役割を 果たすことに対する期待は大きい。 20 中小企業が1社ごとに競争法への対応を行うよりも、事業者団体が イニシアティブをとり、会員に対するサービスとして実施した方が 効果的かつ効率的であり、業界総コストも抑えられる。 ≪参考事例≫ 25 ・ 法務部担当部署が主体となり、以下の研修を実施。 ① 30 35 団体スタッフ(役員、管理職からアシスタント、受付係まで)向け: 事業者団体のコンプライアンス・ルールと競争法コンプライアンス についての研修を6ヶ月ごとに実施。役員と受付係の研修は、いずれ も競争法のリスクの防止を内容とするが、それぞれの機能や役割によ って異なっている。 ② 新たにEUに参加した国の事業者団体で、当事業者団体の会員とな った事業者団体とその会員向け: 新たにEUに参加した国の多くは競争法が無いため、そのような国 の事業者団体は急に競争法に対応しなければならない。このような事 128 業者団体が会員となった場合、当該事業者団体の会員と1日かけてデ ィスカッションを実施。当該研修は、各国の事業者団体からの要請が あれば実施。 5 ③ 会員事業者団体のスタッフ向け: 当事業者団体は、会員企業に対して直接研修を行うことがないため、 会員事業者団体のスタッフを通じて間接的に企業を指導させるべく、 当該スタッフに対して継続して競争法の研修を行う。 [欧州事業者団体B] 10 ・ 外部弁護士事務所に委託し、団体スタッフ及び当事業者団体に加盟し ている事業者団体のスタッフに対し、年に1、2回、事業者団体の活動 における競争法コンプライアンスに関して研修を行っている。 [欧州事業 者団体C] 15 ・ 研修においては、①許可事項、禁止事項や一般事項、②事業者団体が 直面する具体的な問題、③立入検査(夜明けの急襲)についての対処方 法、④市場における情報交換の仕組み、の4点について講義。 [欧州事業 者団体C] 20 ・ 法務担当部署のない会員の従業員も参加することができるが、あくま で主眼は団体スタッフの教育である。[欧州事業者団体C] ・ 25 会員で構成されるコンプライアンス・グループの会合が年2回開催さ れる。当会合では、会員が競争法の問題について各自のリスク分析の結 果を持ち寄り、検討している。[欧州事業者団体C] 129 (6)その他 その他、ヒアリング対象事業者において、以下のような事例があった。 5 ≪参考事例≫ (競争法違反に対する懲戒) ・ 競争法に関する問題を起こしたスタッフは解雇され得る。 [欧州事業者 団体A] 10 (内部監査) ・ 事業者団体が有する商品分野ごとの 100 の部門グループに対して、監 査を定期的に実施している。例えば、無作為に部門グループの会合に法 務担当部署の担当者が参加し、議論をチェックしている。 [欧州事業者団 体B] 15 (情報の取扱い) ・ 事業者団体が会員に対して提言や決定事項を伝えることは、事業者団 体が推奨を行ったというリスクが常に伴うため、その伝達方法について、 法務担当部署だけでなく他の部門や役員と相談し、慎重に決定するよう にしている。また、外部に発表する文書についても、細心の注意を払っ ている。具体的には、外部に提言や決定内容を公表する際には、表現が 適切かどうか、法務担当部署が確認する。さらに、法的に複雑な事柄に 関する文書については、外部の法律事務所と相談をする。 [欧州事業者団 体D] 20 25 (有事の場合の体制整備) ・ コンプライアンス・ルールにおいて、競争当局の職員が訪問したとき の団体役職員の対応方法について定めている。[欧州事業者団体C]120 30 (専門家等との連携) ・ 弁護士と顧問契約を結んでいる。[我が国事業者団体I] ・ 会員の法務担当部署か会員の顧問弁護士に相談している。 [我が国事業 者団体J] 35 120 詳細につき、参考資料集 93・94 頁「2.カルテル庁の職員が本団体建物へ訪問したときに ついて」参照。 130 また、研究会メンバーからは、以下のような指摘があった。 5 事業者団体の自主規制において、例えば値引き公告の規制や新製品 の広告に関する規制により、価格や生産の制限につながってしまう可 能性がある。そこで、自主規制を行うに当たっては、そのような事態 を招くことのないよう留意する必要がある。 また、研究会メンバーから、米国におけるカルテルに関する事業者団体 の取組として、以下のような議論があるとの指摘があった。 10 事業者団体への加入や除名の基準について、恣意的に特定の者を排 除しているものと疑われないよう、明確化することも必要ではないか。 (この点について、米国では議論になっている。) 15 20 事業者団体が作成した、統計資料や規格標準等の成果物について、 会員間のみで共有するのではなく、それら成果物を公表する等、会員 ではない者でも利用可能な状態にすることにより、会員が、それら成 果物を利用してカルテルをしているのではないか、との疑いを持たれ ることのリスクを軽減できるのではないか。ただし、それら成果物に ついては、公表しさえすれば、当該成果物の交換が競争法上問題とな ることが免責されるわけではなく、当該情報の内容によることに留意 しなければならない。 131 第5章 まとめ 本報告書の冒頭で紹介したとおり、近年、各国競争当局が、我が国企業 に対し、カルテルを行ったとして、多額の罰金や制裁金を課(科)したり、 関与した役職員に対し禁固刑を科す事例が生じている。 これは、海外競争法が国際的に執行される状況の下では、競合他社と密 接な関係を持つ傾向が強い我が国企業文化が、もはや通用しなくなりつつ あることを示していると考えられる。 したがって、特にグローバルに事業展開する企業においては、当然に海 外競争法を踏まえた競争法コンプライアンス体制を整備すべきである。 また、国内を中心に活動する企業においても、事業の形態によっては、 海外競争法が適用される可能性があることに留意し、海外競争法を踏まえ た競争法コンプライアンス体制を整備する必要がある。 さらに、いずれの企業も、我が国独禁法において、近年、課徴金減免制 度(いわゆるリニエンシー制度)の導入等、公取委の執行体制の整備進ん だこと等により、我が国独禁法の遵守がより一層求められる状況にあるこ とを踏まえて、競争法コンプライアンス体制を整備すべきである。 5 10 15 また、中小企業についても処罰の対象となることは大企業と変わらない が、中小企業が大企業と同等のコンプライアンス体制を整備することは、 現実的に困難であることから、自社の競争法違反リスクを見極めた上で、 どこまで競争法コンプライアンス体制を整備すべきか、検証することが望 ましい121。 20 さらに、本報告書では、我が国事業者団体の競争法コンプライアンス体 制整備について取り上げた。 我が国事業者団体については、これまでは競争法コンプライアンス体制 が進んでいるとは言い難い状況であった122。 25 121 研究会メンバーからは、以下の指摘があった。 (再掲)中小企業は、国内の需要が縮小し、中国等の海外に進出しないと生き残れな い状況であることからも、海外の競争法を踏まえたコンプライアンス体制を整備する必 要性が高い。 (再掲)中堅・中小企業の海外経済活動の中心はアジア諸国であり、中でも中国への 進出や商取引については今後も増える見通しであること、 中堅・中小企業の海外活動は、 アジア及び我が国の経済成長にとっても極めて重要であることから、特に中国等アジア の競争法を主眼としたコンプライアンスを実施する必要がある。 122 公正取引委員会が東証一部上場企業を対象に行ったアンケート結果(調査対象 1,738 社中 1,041 社回答)によれば、コンプライアンスマニュアルを策定していると回答した 97.6%のう 132 5 10 しかしながら、競合他社同士が接触する場である事業者団体は、会合に おける議論だけではなく、会合前後における懇親会等での接触など、競争 法上のリスクが必然的に高い活動であることを認識する必要がある。 したがって、事業者団体が、その活動において競争法上の疑義を招くこ となく、社会的に意義のある事業者団体活動を続けていくためには、事業 者団体活動には競争法上のリスクがあることを十分に認識した上で、事業 者団体においても、当該団体のリスクに見合った競争法コンプライアンス 体制を整備し、会員が安心して活動に参加できるようにする必要がある。 競争法違反のリスクは、企業及び事業者団体の規模や事業内容により様々 であり、我が国企業及び事業者団体のそれぞれにおいて、自身が関わる各 国の競争法違反のリスク、競争法以外のリスク対策との優先度、人的・財 政的資源の制約等を見極めた上で、それらに見合った競争法コンプライア ンス体制を整備することが重要である。 ち、独占禁止法等遵守の規程が含まれていると回答した企業は 85.5%(2009 年 3 月公表「企 業におけるコンプライアンス体制の整備状況に関する調査−独占禁止法改正法施行(平成 18 年 1 月)以降の状況−」公正取引委員会事務総局) 。なお、当該報告書では事業者団体につい ては取り上げられていないが、経済産業省による我が国事業者団体に対するヒアリング調査 によれば、競争法に限らず、何らかのコンプライアンス・ルールを策定していると回答した 事業者団体は少数であった。 133 最後に 「結局、公取委に立ち入ってもらわないと、どの企業も危機感を持つこ とはできないだろう。」 5 10 15 20 25 30 これは、ある有識者の語った言葉である。また、他の有識者からも、 「欧 州でさえ、当局から処罰された経験があるか否かによって、競争法のリス クについて知っている企業と知らない企業との落差が激しい」との指摘も あった。未だ競争当局から競争法違反で処罰されていない企業にとって、 競争法違反のリスクについて、末端の営業担当者に至るまで認識させるこ とに非常な困難が伴うことは想像に難くない。 しかし、忘れてはならないことは、競争法コンプライアンス体制の整備 については、コンプライアンス担当部署だけが努力すれば済む問題では決 してないということである。 本来、切磋琢磨すべき競合他社と、カルテルや談合を通じて競争を回避 し、 「お客様」であるはずの消費者に損害を与えてまで目先の利益を追求す るという行為は、イノベーションを通じ、商品・サービスの価値を不断に 高めていくことで企業価値を向上させていく、というビジネスの基本理念 に対し、真っ向から対立するものであることから、競争法に係る問題は、 企業経営の根幹に関わる重大な問題であると言っても過言ではない。 要するに、競争法に係る問題についてどう対処すべきかは、会社の競争 力や企業価値全体に影響する問題として認識すべきであり、そうであるか らには、経営トップが先頭に立って、主体的に取り組むべき問題である。 本報告書では、昨年6月に公表した「競争法の国際的な執行に関する研 究会中間報告」を発展させて、我が国・欧州企業及び事業者団体における 具体的な参考事例を示しながら、競争法コンプライアンス体制に関する具 体的な取組を提示した。 本報告書の内容は、競争法コンプライアンス体制の整備に向けて日々努 力する多くの経営トップやコンプライアンス担当部署のスタッフ、顧問弁 護士の方々には、自明のことも多いかもしれない。 しかし、現下の世界的な不況の中で、自社の競争力や企業価値を守るた めに、改めて本報告書をきっかけとして、紹介した具体的な取組を活用し つつ創意工夫を行うとともに、各企業及び事業者団体のリスクに見合った 競争法コンプライアンス体制の整備が進められることを期待する。 (以上) 134 競争法コンプライアンス体制に関する研究会 ◎根岸 メンバー 哲 甲南大学法科大学院 教授 青山 伸悦 日本商工会議所 阿部 泰久 日本経済団体連合会 小寺 彰 東京大学大学院総合文化研究科 多田 敏明 日比谷総合法律事務所 田村 次朗 慶應義塾大学法学部 林 繁俊 三和電気工業株式会社 宮川 裕光 ジョーンズ・デイ法律事務所 三好 慎一 パナソニック株式会社法務本部 コンプライアンスグループ公正取引室室長 茂木 龍平 大江橋法律事務所 理事・産業政策第一部長 経済基盤本部長 教授 弁護士 教授 管理部長兼経理部長 弁護士 弁護士 ◎:座長 (オブザーバー) 山田 弘 公正取引委員会事務総局 官房国際課長(第1回) 小林 経済取引局総務課 大士 公正取引委員会事務総局 (第2回∼第4回) 135 課長補佐 競争法コンプライアンス体制に関する研究会 ○ 第1回(平成 21 年8月4日開催) ・ 研究会の進め方について ・ 各国競争法の執行状況について ○ ・ ・ ○ ・ ・ ○ 検討経緯 第2回(平成 21 年8月 27 日開催) 企業におけるカルテルに対するコンプライアンスに係る取組及び先 駆的事例について 企業に対するヒアリング 第3回(平成 21 年 10 月 29 日開催) 事業者団体におけるカルテルに対するコンプライアンスに係る取組 及び先駆的事例について 事業者団体に対するヒアリング 第4回(平成 21 年 11 月 27 日開催) ・ 報告書取りまとめ(案)について ・ 報告書の普及・啓発について 136
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