山口県医師会報 平成 20 年 10 月 第 1778 号 山 口 県 の 先 端 医 療 コ ー ナ ー ナビゲーション下鼻副鼻腔内視鏡手術 山口大学大学院 医学系研究科 耳鼻咽喉科学分野 御厨剛史、橋本 誠、山下裕司 1 .はじめに 経外科のシステムを共同で使用している。 複雑で個体差の大きい副鼻腔に対する手術に 使用までの流れ:手術室入室前までに、マーカー 対し 1980 年代頃より内視鏡が導入され、拡大明 を患者に貼り付け CT(または MRI)を撮影する。 視下で安全かつ正確な、しかも低侵襲の手術が可 麻酔導入後、ヘッドセットを装着。起動したシ 能になった。近年は内視鏡下副鼻腔手術の適応は ステムに画像データ (DICOM)を取り込み 3 次 拡大され、副鼻腔嚢胞、副鼻腔の良性腫瘍、ある 元立体構築させる(約 10 分)。画面上のマーカー いは脳下垂体腫瘍などの周辺器官にも広がってい と実際の患者のマーカーをプローベを用いて一致 る。このような適応の拡大に伴い副損傷の危険度 させてポイントレジストレーションを行う(約 3 はむしろ増加しているのが現状である。副鼻腔は 分)。つづいて実際の患者の表面を 40 点認識さ わずか数ミリの骨壁を隔てて、脳、眼窩内容、頸 せデータ上の表面位置をあわせてレジストレー 動脈、視神経、涙道へ近接しており、この解剖学 ションを完成させる(サーフェイスレジストレー 的特徴が副損傷のリスクを高めている。 ション、約 5 分)。これらの操作で誤差は 1mm こうした状況の中、より安全で正確な手術の 前後となり、手術中問題なく使用できるようにな 遂行を補助するものとしてナビゲーションシステ る。麻酔の導入と並行しながら行う部分もあり、 ムが開発された。もともとは脳神経外科領域の手 ナビゲーションによる時間延長は 15 ∼ 30 分程 術支援のために開発されたものであるが、1993 度である。 年 Zinreich らが鼻科手術への応用を報告して以 来、世界的にひろく普及し始めている。本邦では 3 .適応症例 1995 年頃より導入され、当科を含め約 100 施 平成 20 年度からナビゲーションの使用で画像 設の耳鼻咽喉科手術で使用されているのが現状で 等手術支援加算が算定できるようになり、当科で ある。本稿では当科で行っているナビゲーション も使用頻度は増加してきている。ちなみに本年 4 支援下での副鼻腔手術について述べていきたい。 月から 8 月まで本加算が適応となる鼻副鼻腔手 術は 40 件であったが、そのうちナビゲーション 2 .当科の使用環境 システムを使用したのは 18 件であり 45%の使 ナビゲーション機器:光学式の medtronic 社 用頻度である。 製 Stealth Station®TREON® を使用。耳鼻咽喉科 専用のシステムも市販されているが当院では脳神 以下に当科でのナビゲーション下手術適応疾患 961 平成 20 年 10 月 山口県医師会報 第 1778 号 をあげる。 の外切開法ではなく、最近は鼻からの内視鏡的ア ①慢性副鼻腔炎、再手術例 プローチでも整復可能である。その際に、骨の転 ②副鼻腔嚢胞(歯原性嚢胞含む) 位、眼輪筋の位置関係など有用な情報を得ること ③鼻副鼻腔腫瘍性疾患 ができる。また、視束管骨折も重篤な外傷である ④副鼻腔近傍(眼窩内、涙器、下垂体、翼口蓋窩 が、鼻内から開放する際、安全に骨を除去し開放 など)の腫瘍、炎症性疾患 できる。 ⑤眼窩吹き抜け骨折、視束管骨折などの外傷 4 .症例提示 ①利点として、近年増加してきている好酸球浸潤 75 歳女性。主訴は頭痛。H20 年春頃より主訴 の強い副鼻腔炎は術中出血が多く、内視鏡下では を自覚し、近医脳神経外科受診。MRI 上蝶形骨 良好な視野を得ることが困難なことがしばしばあ 洞を占拠し、一部下垂体、斜台の骨欠損を伴う病 る。この際、危険部位の位置情報を得るのに非常 変を認め当科へ紹介された。当科で全身麻酔下に に有用である。また、再手術例ではランドマーク ナビゲーション併用内視鏡下蝶形洞根本術を施行 が消失していることがしばしば経験され、この際 した。図 1(963 頁 ) に手術時のナビゲーション にも有用である。 画像を示す。蝶形骨洞の後方に嚢胞様の病変を認 め開放を行ったが、嚢胞の外側には頸動脈管、後 ②嚢胞の原因は術後性の嚢胞が最多であるが、多 方には骨欠損があり脳幹部の硬膜、上方は骨菲薄 房性、多発性であることが多く、発生部位もさま を認めトルコ鞍と近接している状態であった。可 ざまである。眼窩内に進入していることもしばし 及的に嚢胞前壁を除去し手術を終了した。術後合 ば認め、確実に嚢胞へアプローチできる手段とし 併症はなく術後 3 か月後も再発は認めず経過は て用いる。また、従来の方法では同定困難又は開 良好である。この症例は、ナビゲーションを用い 放困難であった嚢胞を、確実に処理できたという ることで病巣周囲の危険部位を避けつつ十分な手 証拠にも使用できる。副鼻腔原性以外にも歯原性 術操作が可能にあった症例である。不十分である 嚢胞に対しても鼻内よりアプローチし、良好な結 と再発は必至であり、再手術はよりリスクが高ま 果を得ている。 ることを考えるとナビゲーションの絶対適応例で あると考えられる。 ③他の領域の腫瘍と同様、血流豊富で術中出血に より視野が妨げられることが多く、リスクの回避 5 .問題点 に有用である。また、狭い鼻副鼻腔の構造上、腫 これまで述べたように非常に有用な支援機器で 瘍をすべて明視下においての処理は難しく、安 あるがまだ問題点はある。 全域をつけた摘出範囲の決定、生検の際に炎症性 ①術中ナビゲーションの元となる CT 、MRI 画像 の変化と腫瘍性変化を任意の画像からナビゲート は過去の画像であり、術中操作による各部位の移 しながら確実に標本を採取できるなどの利点があ 動(removal shift, brain shift)は常に考慮してお る。 かなければならない。リアルタイムでの画像表示 の信頼性という点では X 線透視にはかなわない。 ④副鼻腔は近接する臓器への低侵襲のアプローチ ②セッティングがやや煩雑である。最近は様々方 が可能である。眼窩内の腫瘍性疾患の治療、生検、 式でレジストレーション(位置あわせ)を行う機 眼窩の膿瘍排膿などで確実に到達できる。同様に 器が増え簡便にはなってきているが術前 CT(ま 下垂体、翼口蓋窩などの病変にも使用可能である。 たは MRI 撮影)、麻酔導入後のヘッドセットの装 その他、鼻涙管閉鎖・狭窄に対する涙嚢鼻腔吻合 着、レジストレーションなどで 15 分から 30 分 術などでも使用できる。 は余分に時間がかかる。 ③高価であることも欠点の一つである。近年は機 ⑤眼窩ふきぬけ骨折は、その程度にもよるが従来 962 器の種類の増加や普及に伴い低価格になってきて 平成 20 年 10 月 山口県医師会報 第 1778 号 図 1:向かって右下が実際の内視鏡視野。残り 3 つのウインドウでプローベの先端位置 をリアルタイムに冠状断、矢状断、水平断画像上に表す。プローベの先端が蝶形骨洞 最深部へ到達しているのがわかる。 はいるが、いまだ 1 千万円以上の高価な機器で 用し低侵襲で確実性の高い副鼻腔手術を行ってい ある。 きたい。 6 .おわりに 以上当科でのナビゲーション下副鼻腔手術に ついて実際の症例も呈示して概説した。近年の手 術支援機器の進歩はめざましいものがあり、ナビ ゲーションもその一つである。従来は術者の経験 と技能により副鼻腔手術の成績が左右されていこ とは否めないが、ナビゲーションの出現により、 術者の経験と技能を補うことが可能になった。そ れ以上に、外切開でしかアプローチできなかった 副鼻腔手術症例が、ナビゲーションにより内視鏡 手術の適応が大いに拡大し患者への侵襲、術後の 醜形が減ったという恩恵が大きい。現在、当科で の副鼻腔手術はほとんど内視鏡下で行えるまでに なっており、今後も他の新しい支援機器も有効活 963
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