睡眠薬の用い方 はじめに 不眠症の薬物療法を開始するにあたっては

睡眠薬の用い方
はじめに
不眠症の薬物療法を開始するにあたっては、まず不眠の鑑別診断ができなけれ
ばならない。睡眠薬を用いる際には薬物の薬物動態、薬理作用、副作用につい
て知っておく必要がある。ここでは、睡眠薬を実用的、合理的に用いるうえで
必要な上記のことがらについて簡単に述べる。なお、睡眠薬は大きく分けてバ
ルビタール系睡眠薬とベンゾジアゼピン系睡眠薬および非ベンゾジアゼピン系
睡眠薬(ベンゾジアゼピン受容体に結合するため作用機序は同じである)に分
けられるが、バルビタール系睡眠薬は依存、耐性を起こしやすく、多量に服用
すると呼吸中枢を直接抑制して死亡することもあり現在では用いられなくなっ
てきている。したがって、ここではベンゾジアゼピン系睡眠薬および非ベンゾ
ジアゼピン系睡眠薬を中心に解説する。
ポイント;バルビタールは用いないこと。ベゲタミンはフェノバルビタール、クロルプ
ロマジン、プロメタジンの合剤であり用いないほうが良い。
不眠の原因
不眠はさまざまな原因によっておこる病態であり、その原因から表1のように
分けられる。身体疾患によって引き起こされる不眠の多くは,まず原疾患の治
療を優先するべきである。しかし、精神疾患に伴う不眠を患者さんが身体疾患
(前立腺肥大による頻尿)のためと自己判断しているときもある。従って、原
疾患から考えて不眠の訴えが強すぎる場合は精神疾患による不眠を疑うべきで
ある。不眠を引き起こす可能性のある薬物を表1(2)に示した。薬物以外に
もカフェイン、アルコール、タバコに含まれるニコチンなどが不眠の原因とな
りうる。アルコールはしばしば不眠の患者さんが寝付きをよくする目的で用い
るが、夜間の突発的覚醒や睡眠の分断を引き起こすことがある。また、アルコ
ールは睡眠時無呼吸を悪化させることも知られている。精神生理性不眠とは心
理的ストレス、身体疾患、一時的な環境の変化などと関連して出現する不眠で
あり、入眠困難と夜間覚醒が起こりやすい。精神性理性不眠では、不眠の要因
となった問題が解決した後も不眠が続くことがある。これは不眠に対する不安、
恐怖が条件付けされたため、睡眠という条件刺激により不安、恐怖感が出現し
覚醒レベルが高まると説明されている。従来、神経質性不眠とよばれているも
のとほぼ一致すると考えてよい。精神性理性不眠は睡眠薬の適応となる代表的
障害であるが、実際には眠れているのに不眠を強く訴える症例や、薬物療法以
外の治療法(睡眠時間制限法;起床時間を一定にして、眠くない時間には布団
に入らないようにする)に反応するときもあり安易な睡眠薬の投与は好ましく
ない。最近注目されている疾患としてむずむず脚症候群がある、これは夜間安
静にしていると足がむずむずして、動かしたくなる病気である。足を動かすと
楽になり、昼間は症状はほとんど出ない。患者自身病気だと思っていないこと
が多い。
ポイント;アルコールは寝つきをよくするため寝際に飲む人が多いが、睡眠の
質を悪くするため寝るために飲むとういやり方は良くない。むずむず脚症候群
は思ったより多い。
睡眠薬の禁忌
比較的安全な薬であるが、急性狭隅角緑内障、重症筋無力症には禁忌である。
その他の注意事項については薬を使用する際の注意および副作用の項で述べる.
睡眠薬の実際の使い方
ベンゾジアゼピン系睡眠薬は血液中からの消失半減期によって4つのタイプ
に分類する(表 1)。一般的に入眠障害では半減期の超短時間あるいは短時間作
用型睡眠薬を選択する。中途覚醒、早朝覚醒の場合には中間作用型ないし長期
間作用型を選択する。
睡眠薬によっても不眠が改善しない場合には増量を試みるが、増量すればそ
れだけ持ち越し効果や離脱症状などの危険も増大する。また、ベンゾジアゼピ
ン系受容体に結合する睡眠薬を一定の量以上に増量しても受容体は飽和状態に
なるため不眠は改善しない。
ベンゾジアゼピン系睡眠薬単独で不眠が改善されない場合
ミアンセリン(テトラミド)ないしトラゾドン(レスリン)を加える方法があ
る。この2剤はセロトニン 2A 拮抗作用を有し、徐波睡眠を増加させる作用があ
る。まず、トラゾドン 25mg 錠の半錠をベンゾジアゼピン系睡眠薬に追加する。
その後 25mg に増加、それでもだめならトラゾドン 10mg の半錠に切り替える。
この2剤はα1 受容体拮抗作用が強く起立性低血圧を引き起こすため高齢者に
は慎重に投与する必要がある。アミトリプチリン(トリプタノール;抗うつ薬)、
レボメプロマジン(ヒルナミン;抗精神病薬)、ヒドロキシジン(アタラックス
P;抗ヒスタミン薬)などは強い抗ヒスタミン作用を有し催眠作用がある、しか
し、同時に抗コリン作用もあるため中止時の離脱やせん妄の悪化、抗コリン作
用による便秘や尿閉などの副作用があり好ましくない。
不眠の効果判定には本人の自覚症状の改善を目安にするが、睡眠にこだわり
のある症例では十分な睡眠がとれているにもかかわらず不眠を訴えつづけるこ
とがある。このような状況が推測されるときは家族の観察も参考にして処方を
決めていく。また、加齢によって必要な睡眠時間は減少していく。60歳以上
であれば6-7時間の睡眠でよいと考える。
中止方法;ベンゾジアゼピン系薬物は基本的に突然の中断により離脱症状を起
こす可能性がある。中止方法としては2週間に四分の一づつ減らしていく方法
が一般的である。ただし、半減期の長い睡眠薬を用いている場合は一日おきに
投与しながら徐々に投与間隔をあけていく方法(隔日法)でもよい。また、半
減期の短い睡眠薬を長いものに変えてからが隔日法にしてもよい。
高齢者および臓器障害のある場合の睡眠薬の選択
高齢者;高齢者では、薬物代謝が若年者に比較して低下することが知られてい
る。特にミクロゾーム系酵素による酸化過程は加齢によりその機能が低下する
ため薬物のクリアランスが延長し、連続投与によって血中濃度が増加する可能
性がある。ただし、グルクロン酸抱合が主要な代謝経路である睡眠薬は加齢の
影響を受けにくいといえる。また、高齢者では転倒による骨折を起こしやすい
ため筋弛緩作用の少ない睡眠薬を選択する。ロルメタゼパム(ロラメット)1mg
を半錠、ゾピクロン(アモバン)0.75mg 半錠、ゾルピデム(マイスリー)5mg
半錠、ないしトリアゾラム(ハルシオン)0.125mg を選択する。
腎機能障害;腎機能障害ではほとんどの薬物のクリアランスが障害される。透
析を受けている症例には通常の 3 分の一量から投与するべきである。
妊娠;ベンゾジアゼピン系睡眠薬の催奇形性は低いと考えてよいと思われるが、
妊娠中に投与しない方がよいのはいうまでもない。分娩前に投与されている場
合には胎児のアップガールスコアを低下させることもある。また、ぐにゃぐに
ゃ児症候群を起こすことがあるとの報告もある。多くの睡眠薬は脂溶性が高い
ため母乳へ移行すると考えられている、したがって、授乳中の投与は好ましく
ない。
肝機能障害;ほとんどのベンゾジアゼピン系睡眠薬は肝臓によって酸化的代謝
うける。肝硬変などの肝機能障害時には代謝クリアランスが障害され、睡眠薬
の効果および副作用が強く現われる。この場合、グルクロン酸縫合により代謝
されるロルメタゼパム(ロラメット)を選択する。
呼吸器障害;肺気腫などの慢性閉塞性肺疾患を有する高齢者では睡眠薬により
低換気がおきることがある。低換気の原因は睡眠薬による筋緊張低下の結果、
上気道の狭窄がおこるためと考えられている。したがって、睡眠薬を用いる場
合は筋弛緩作用の少ないゾルピデム(マイスリー)やゾピクロン(アモバン)
を選択する。
相互作用;ほとんどのベンゾジアゼピン系睡眠薬は肝臓のミクロゾーム系酵素
であるチトクロームP450 系に属する CYP3A4 による酸化的代謝うける。種々
の薬物が CYP3A4 の働きを阻害するため酸化的代謝をうける睡眠薬のクリアラ
ンスを阻害し、持ち越し効果などの副作用を増強する可能性がある。従って、
表 3 にあげた薬物と睡眠薬を併用する場合には表xにあげた CYP3A4 を主要な
代謝経路を有する睡眠薬は好ましくない。
副作用―そのチェック方法と副作用対策
離脱症状;ベンゾジアゼピン系睡眠薬はバルビタール系睡眠薬に比較して依
存形成、耐性、離脱症状がおきにくいことが知られている。しかし、長期間多
量の睡眠薬を使用した場合には離脱時にせん妄、けいれんなどの激しい離脱症
状が起こることもある。また、治療量の睡眠薬を長期間使用し中止した際に軽
度の離脱症状が起こることもある。この場合、睡眠薬の服用以前にはみられな
かった不安、焦燥、めまい、耳鳴り、手の震えなどの症状が出現する。
反跳性不眠;睡眠薬を毎晩連用し、不眠が改善した段階で突然服薬を中止す
ると、服薬開始まえよりかえって強い不眠がすることをいう。一般に反跳性不
眠は半減期の短い睡眠薬で出現しやすい。反跳性不眠について十分に説明する
ことが重要であるが、半減期の長い睡眠薬に置き換えてから中止する方法もあ
る。
依存形成;依存は睡眠薬を処方するにあたって患者さんが最も気にする症状
である。依存形成はアルコール依存など他の依存症状の既往がある場合、高用
量が用いられている場合、投与期間が長い場合に起こりやすい。また、最近で
は臨床用量依存の問題が注目されている。臨床用量依存とは反跳性不眠や軽度
の離脱症状のため服薬中止に対する不安が増大し、服薬しつづける状態をいう。
反跳性不眠や軽度の離脱は1週間以上続くことはまれであるため、あらかじめ
このことを十分に説明しておく必要がある。
持ち越し効果;中間ないし長半減期の睡眠薬では服用した薬物が翌日も体内
に残り日中の眠気や精神作業能力の低下を引き起こすことがある。特に長半減
期の睡眠薬は連用により徐々に体内に蓄積し定常濃度になるため、持ち越し効
果がおこりやすい。しかし、半減期の短い睡眠薬でも投与量が増えれば翌朝の
血中濃度は上昇し持ち越し効果は強くなる。
健忘作用;睡眠薬は服用以前の記憶は保たれているが、服用後の記憶が障害
されるという前向性健忘を引き起こすことがある。睡眠薬による健忘は半減期
が短く力価の高い睡眠薬で報告例が多い。また、睡眠薬を服用した後いつまで
も起きているとその間の記憶がなくなる頻度が高くなるため、服薬後は 30 分以
内に床に入るようにする。また、アルコールとの相互作用で健忘惹起作用が増
強されるため、睡眠薬を服用している場合はアルコールを控えるようにすべき
である。
筋弛緩作用(ふらつきを引き起こす作用)
;睡眠薬は筋弛緩作用があるためふ
らつきをおこす。高齢者ではふらつきによる転倒から骨折を引き起こすことも
あるため、ふらつきによる転倒を予防するには筋弛緩作用の少ない薬物を用い
る必要がある。また、半減期の短い睡眠薬は持ち越し効果が少なく日中のふら
つきを引き起こしにくい。ただし、夜間にトイレに行く習慣のある高齢者では
半減期の短い睡眠薬であっても血中濃度のピーク時には強い筋弛緩作用のため
転倒の危険がある。これを予防するには、睡眠薬の使用量を通常より少なくす
る必要がある。