腎薬ニュース第 2 号(2007 年 1 月;2012 年 1 月 12 日加筆修正) 熊本大学薬学部臨床薬理学分野・平田純生 クラリスロマイシンとコルヒチンの併用は死を招く? ~同時服用したときの死亡率は 10%以上~ 1.日本人で長期投与される頻度の高いクラリスロマイシン クラリスロマイシン(クラリスⓇ、クラリシッドⓇ)の少量長期投与は日本人に多発する びまん性汎細気管支炎の死亡率を激減させたことから本邦では使用頻度の高い抗菌薬です。 また高齢者の市中肺炎にもよく用いられますし、高齢者の多くは脱水、利尿薬使用、敗血 症などのさまざまな痛風増悪因子の結果として入院中に急性痛風を発症しやすいといわれ ています。しかしクラリスロマイシンはエリスロマイシン同様、薬物代謝酵素チトクロー ム P450(CYP)3A4 による代謝や、主に薬物排泄に関わるトランスポーターである P 糖蛋 白質(P-gp)による輸送システムを阻害することにより、併用した他剤の血中濃度を上昇 させる相互作用を起こすことがよく知られています。 2.コルヒチンは発作を予感時に服用すると奏効 関節内に生じた尿酸結晶に対して好中球が集積し、組織の炎症を活性化するケミカルメ ディエーターを分泌するため、炎症に伴う痛みが起こるのが痛風発作の原因となっていま す。コルヒチンには直接的に尿酸を減少させたり、痛みを抑える作用はありませんが、好 中球の遊走を阻害する作用があるため、発作に至る前の局所の違和感、全身がゾクゾクす る感じなどの発作の前兆時に 1 錠飲むと未然に発作を予防できます。2010 年に日本痛風・ 核酸代謝学会の発行した高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン第 2 版では「痛風発作の前 兆期にはコルヒチン 1 錠(0.5mg)を用い、発作を頓挫させる。痛風発作が頻発する場合に はコルヒチン 1 日 1 錠を連日服用させる(エビデンス 3、コンセンサス 1、推奨度 B)」とさ れています。 3.コルヒチン中毒の実態 1) コルヒチンは細胞分裂を阻害するため turn over の短い消化管粘膜、白血球、毛根などの 細胞に影響を及ぼし、高頻度の下痢・嘔吐の他に、脱毛、骨髄抑制、一過性の無精子症な どの副作用があります。それらの副作用発現は以下の 3 つの段階に分けられます。 第 1 ステージ:服用後 24 時間以内に胃腸障害(下痢、嘔吐、胃痛) 第2ステージ:服用後 24~72 時間で多臓器不全発症(骨髄不全、腎不全、ARDS: adult respiratory distress syndrome、不整脈、DIC、神経筋疾患)。白血球減少が著しい場合には C-GSF の投与を考慮します。 第 3 ステージ:もし第 2 ステージで患者が死亡しなかった場合、骨髄の回復により反跳性の白血球 増加症、臓器回復のかく乱、脱毛症が起こります。 4. クラリスロマイシンとコルヒチンの致死性相互作用 今回は Hung ら 2)によって報告された腎疾患におけるクラリスロマイシンとコルヒチンの致 死性相互作用について紹介させていただきます。この報告では入院中にこれらの 2 剤を投 与された患者の有害事象の発生率に及ぼす危険因子を明らかにするために後ろ向きの研究 が実施され、クラリスロマイシンとコルヒチンの併用により致死にいたる相互作用を明ら かにした最初の報告となりました。 入院中にクラリスロマイシンとコルヒチンが処方された 116 名の症例が対象となり、同 時投与された患者間で、入院後 28 日以内に死亡した患者と生存した患者を比較しました。 同時投与群とはクラリスロマイシンとコルヒチンの投与期間がオーバーラップした症例と し、連続して投与された患者群は同一入院期間内でクラリスロマイシンとコルヒチンが 別々に投与された群と定義しています。この 2 患者群の臨床所見とアウトカムをケースコ ントロールスタディにより比較し致死に至ったリスクファクターを分析しました。 2 薬物を同時に投与された 88 名中 9 名(10.2%)が死亡し、2 剤を連続して投与された 28 名中 1 名(3.6%)のみが死亡しました。同時投与された 88 患者の多変量解析では基礎 疾患としての腎障害の存在は相対リスク 9.1 倍(P<0.001)、併用期間の長いことは相対リ スク 2.16 倍(P<0.01)、汎血球減少への進展の相対リスクは 23.4 倍(P<0.01)でした。つ まり、①基礎疾患としての腎障害が存在すること、②クラリスロマイシンとコルヒチン併 用期間の長いこと、③汎血球減少に進展した患者、の 3 点が独立した死亡に関係する因子 となりました(表)。 表. 多変量解析による独立した死亡原因 要因 相対リスク(95%信頼区間) P値 腎障害の存在 9.1 倍(1.75~47.06) P<0.001 併用期間が長い 2.16 倍(1.41~3.31) P<0.01 汎血球減少への進展 23.4 倍(4.48~122.7) P<0.01 5.致死性相互作用はなぜ腎障害患者で発症しやすい? コルヒチンの尿中未変化体排泄率は約 20%と低く、肝代謝型薬物といえます。腎不全患者では 肝代謝型薬物は基本的に減量しなくてもよいはずです。それではなぜ、腎不全患者でこのような 致死性副作用が起こりやすいのでしょうか?それはコルヒチンの薬物動態的特徴が重要と考えら れます。 コルヒチンの小腸での吸収はほぼ 100%ですが、初回通過効果を受け、バイオアベイラビ リティは 25~50%です。全身循環したコルヒチンは胃腸、筋肉、心臓、脾臓、白血球に分布 し、特に白血球では濃度が高く、過量投与により骨髄抑制を起こします。約 20(10~30)% が尿中に未変化体として排泄される以外は肝において主に CYP3A4 によって脱アセチル化、 脱メチル化、グルクロン酸抱合されます。クラリスロマイシンは小腸における P-gp 阻害に よってコルヒチンの吸収率を上げ、P-gp を介する腎・胆管・小腸からの排泄を阻害し、小 腸・肝における CYP3A4 を阻害による初回通過効果を阻害し、さらに全身循環後の肝代謝 を阻害します。正常な環境であればコルヒチンが尿中排泄されるため、重篤な肝障害があ ったり、肝における代謝が完全に阻害された場合には、20%の腎排泄が肝代謝能の低下を 代償できます 1)。しかしながらこのメカニズムはすでに腎障害がある場合には腎による代償 機構が期待できないため、消失経路が八方ふさがりになるためコルヒチンが蓄積し致死に 至ったと考察されますが、コルヒチンはアセトアミノフェンやモルヒネと同様、腎不全に より腸肝循環の寄与が大きくなった可能性も考えられるかもしれません。 7. 致死性相互作用を防ぐには? 肺炎や痛風を治療する薬物は他にもありますが、痛風だけでなく家族性地中海熱、アミロイ ドーシス、強皮症、ベーチェット病等にも投与され、痛風のように頓用ではなく、 連続投与される場合もあります。腎障害があり、肝障害もある場合や相互作用により肝代謝 が阻害された場合にはコルヒチンは致死性中毒に陥りやすくなります。もしコルヒチンを服用せ ざるを得ない症例で、マクロライド系抗菌薬を併用する必要がある場合には CYP 代謝、P-gp 輸送に関与せず未変化体のまま胆汁に排泄されるアジスロマイシンが考慮されるべきだと Hung らは報告しています 2)。コルヒチンと CYP3A4 阻害薬、P 糖蛋白質害薬の併用(イトラ コナゾール、シクロスポリン、ベラパミルなど)は、まさに薬剤師が厳重な注意を払って 防止しないといけない非常に重篤な腎障害患者特有の相互作用といえます。 引用文献 1)Putterman C, et al: Colchicine intoxication: clinical pharmacology, risk factors, features, and management. Semin Arthritis Rheum 21: 143-155, 1991 2)Hung IF, et al: Fatal interaction between clarithromycin and colchicine in patients with renal insufficiency: a retrospective study. Clin Infect Dis 41: 291-300, 2005
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