A5.13〔参考訳〕 嚢胞性線維症は最も良く見られる遺伝性疾患の1 つで

A5.13〔参考訳〕
嚢胞性線維症は最も良く見られる遺伝性疾患の 1 つであり、イギリスでは子どもおよそ 2,500 人あたりに 1 人、アメ
リカでは新生児 4,000 人あたりに 1 人が発症する。オーストラリアやカナダも同じ程度の発症が見られる。アジアやア
フリカの人口集団ではそれほど一般的ではない。例えば、アメリカで生まれる白人の子どもにおける発症率はイギリス
とほぼ同じである一方、アジア系アメリカ人ではおよそ 30,000 人に 1 人である。しかしこの病気は実際のところ、そ
の分布は世界的なものであり、男女問わず同じ頻度で発症する。1989 年に国際的な科学者チームが、その遺伝的要因を
発見し、それが CFTR として知られる単一遺伝子に影響を与える変異であることが証明された。この遺伝子はヒトの第
7 染色体上に位置し、腺組織(体の様々な器官で粘液や汗を作る)の細胞膜上にある塩や水の輸送体をコードしている。
最も悪影響を被る器官は肺、膵臓や肝臓、腸といった消化器官、副鼻腔、そして生殖器官である。これらの器官で作ら
れる粘液は通常薄い油状のものであり、容易に滑らかに流れるのだが、嚢胞性線維症の患者では、粘液が厚く粘り気を
持ち、器官の中に部分的な堆積物や障害物を作っている。例えば肺では、これが気道を妨げ、遂には肺のよどんだ部分
に細菌が侵入するのを許してしまう。これはつまり、この病気の患者が極めて肺感染症にかかりやすいということであ
る。その中には肺炎も含まれ、これは健康を、ひいては生命をも脅かすものである。このような堆積物は膵臓にも損傷
を与える。膵臓は主要な消化器官だ。これは幼年期における成長不足として現れたり、もう少し年上の子どもや成人に
おいて、食物、特に脂肪を消化できないことで生じる栄養失調として現れたりする。この遺伝性機能不全はまた、汗に
よる過剰な塩分の喪失を引き起こす。これはこの疾患に対する臨床検査の基本であり、
「汗試験」として知られている。
嚢胞性線維症は様々な重症度を呈し、誕生時あるいは生後すぐに現れる重症のものから、思春期後半あるいは成人期に
なってから診断が付けられるような穏やかなものまである。
現在までに治療法はないとはいえ、いくつかの方法が患者の役に立ちうるものとなっている。例えば肺をきれいに保
つのに役立つ理学療法や機能を失った消化酵素に対する置換治療などがある。嚢胞性線維症は、遺伝的要因を正すこと
で病気を治療することを目的とした最新の医学研究における、最前線の疾患の 1 つでもある。これが意味することを理
解するためには、遺伝子についてもう少し深く知る必要がある。そして、その通常の働きが失われることが、多くの重
要な疾患の根底にある原因を理解する上で、どれほど役立ちうるか、ということを知る必要がある。実際、遺伝学の基
礎は極めて単純で論理的であり、だれもがその重要な細部について理解することができるものだ。
遺伝子についての 1 つの考え方は、各遺伝子を DNA と呼ぶ暗号に記された極めて長い単語と見なすというものであ
る。この暗号自体はたった 4 文字のアルファベットから構成されている。この 4 文字とはヌクレオチドと呼ばれる化学
物質で、グアニン、アデニン、シトシン、チミンという核酸を含む。これらは簡便な形として G、A、C そして T とい
う文字を使って表される。これは極めて限られたアルファベットのように見えるかもしれないが、数百から数千に及ぶ
長さの何らかの単語で見られる、これらたったの 4 文字の多様な順列を想像してみると、DNA が実際にはどのように
して無限に多様な単語を提示しているのか、十分に理解できるだろう。20,000 個のヒト遺伝子は 46 組の染色体にグル
ープ化されている。単語の比喩に習うなら、染色体は 46 個の章にあたる。これが我々の核ゲノムという本を構成して
いるのだ。ヒトの卵巣や精巣における卵形成・精子形成の際に CFTR は複製される。これらの各生殖細胞は、CFTR の
1 コピーを子孫に受け渡す。したがって、赤ちゃんはみな、父親から 1 つと母親からもう 1 つのコピーを持って、生ま
れるのである。
複製の過程で間違いが生じると、すなわち、CFTR の綴りが誤ってしまうと、暗号は変わってしまう。これが、我々
が変異として理解しているものである。しかし変異をこのように理解すると、このような変異は CFTR の 2 コピーのう
ちの 1 つにしか影響しないことになる。したがって赤ちゃんが誤ったコピーを 1 つと通常のコピーを 1 つ持った場合、
通常のコピーの方で十分に病気を防ぐことができる。
ここで、合成におけるもう一つの鎖、メンデル遺伝に目を向けよう。メンデルの時代、自然学者は遺伝について、両
親の性質を混合する過程を経て生じるものだと想定していた。これはダーウィンによって、その進化論の中に遺伝的変
化の基礎として取り入れられていた。チェコスロバキアのアウグスチン修道会の修道士であったメンデルは、農家の息
子であり、異なる系統のエンドウマメを交雑受精する影響について研究していた。これらのエンドウマメを、メンデル
は修道会の菜園で育てていた。例えば、黄色のエンドウマメから花粉を回収し、それを使って緑色のエンドウマメの花
のめしべに受精させると、その子孫は、両親の性質が混合した場合に考えられるような黄緑色ではなかった。より興味
深いことに、メンデルが全て緑色のこの新しい世代を異種交配すると、次世代はもとの親のように黄色と緑色が混ざっ
たものに戻ってしまった。より奇妙なことに、新しい世代における黄色と緑色の割合は等しくなかった。すなわち、黄
色が緑色の 3 倍であった。この結果を分析することで、メンデルはエンドウマメの色の遺伝が混合に基づくものではな
く、むしろ何らかの「別個の」因子がこの 2 つの異なる色を担っているに違いないと理解した。彼は遺伝の暗号が小さ
な包みで運ばれることを見出した。これを我々はそれぞれの親から受け継いでおり、これが、我々が現在呼ぶところの
遺伝子である。しかし、メンデルが見出したのはこれだけではなかった。メンデルが色の実験で観察したこの奇妙な割
合の意味は何か?
実際彼が見出したのは、ある遺伝子について、子孫が 2 つの異なる変異型を受け継いだ場合、しばしば片方が他方よ
りも優性であるということであった。エンドウマメの場合、黄色の遺伝子が優性であった。それゆえ、メンデルが緑色
と黄色を交配した場合、その子孫は、黄色の遺伝子を一方しか持たないが、全て黄色になったのだった。更に黄色の遺
伝子 1 つと緑色の遺伝子 1 つを持つ世代を異種交配すると、
平均的に見ると、
その子孫は 4 分の 1 で黄色遺伝子を 2 つ、
4 分の 2 で黄色遺伝子と緑色遺伝子を一つずつ、4 分の 1 で緑色遺伝子を 2 つ持つ。これはメンデルの発見を説明する
だけではなく、嚢胞性線維症の遺伝学を再考する際にも役立つことを示している。
子どもが片方の親から CFTR の通常のコピーを 1 つ受け継ぎ、また他方の親からこの遺伝子の変異型を受け継いだ場
合、
通常のコピーをコードしているものが変異型遺伝子に対して優性であることを、
臨床遺伝専門医は実際に確認した。
コード化の視点からすると、変異型遺伝子は、もう一つ通常の遺伝子がある場合は基本的に受動的なものである。そし
てこのことは、当人が両親から変異遺伝子を受け付いた場合にしか、子どもは嚢胞性線維症を発症しないということを
意味する。これは臨床遺伝学では遺伝の劣性パターンとして知られている。この程度の理解でも、遺伝子治療を受ける
ことを可能にさせる、嚢胞性線維症の劣性遺伝に関する 2 つの側面が分かる。この疾患は CFTR という一遺伝子の機能
不全によるものである。さらに、患者の染色体にある 2 つの誤ったコピーは受動的なもので、無視することができるも
のだ。
症状を改善するために患者が必要としているのは、
通常のCFTR遺伝子を1コピー導入することだけなのである。
やがては患者の染色体にCFTRを1コピー導入することで嚢胞性線維症の遺伝的原因を正すことが可能になるだろう
と、私は確信している。とはいえ、その段階に到達する前に乗り越えられるべき倫理的および技術的な問題もあるだろ
う。さしあたり科学者は、肺においてもっぱら幹細胞を用いた遺伝子治療に向けた努力について制限されてきた。これ
は今日まで、ごく限られた範囲でしか成功していない。
その他の単一遺伝子疾患も、優性遺伝する変異遺伝子の結果による場合がある。例えば軟骨無形成症は手足の極端な
短縮をもたらし、低身長症の典型的な形態を示す。またハンチントン病は体や手足がぎくしゃくした不随意の動きを引
き起こし、知能低下を引き起こす。ある変異が性染色体上の遺伝子に生じた場合は、遺伝学的にはもう少しややこしく
なる。例えば血友病は第 13 血液凝固因子の欠陥による多量の出血を引き起こすのだが、これは X 染色体上にある遺伝
子の変異により起こる劣性形質である。しかし、男性の場合、母親から受け継いだ 1 本しか X 染色体を持っていないた
め、劣性遺伝子が 1 コピーでもあれば、疾患を引き起こすことになる。これが、女性では(血友病が少ない理由である。
)
そこから、血友病は伴性遺伝であるだけでなく、メンデルの劣性遺伝でもあることが分かる。他にも、性染色体上の遺
伝子に影響を与える変異には優性であることもある。ビタミン D 抵抗性のくる病として知られる病気はその例だ。その
ため、一方の X 染色体に変異遺伝子があるだけで、どちらの性でも病気が発症することになる。
現在までに遺伝学者は、5,000 以上に及ぶ単一遺伝子疾患の原因となる変異を見つけ出している。他にも、ダウン症
候群のように、染色体数の変化をもたらす変異もある。この病気の患者は 21 番染色体について更にもう 1 コピー多く
持つ、短縮している、二重になっている、または染色体の構造に関するその他の障害を持ち、様々な症状を引き起こす。
そのような症状に対する初期段階の治療として、特殊な遺伝子治療がある一方、家系に対する検査、アドバイス、予防
といったいくつかの方法が既に確立しており、変異・遺伝性疾患のリスクが高いことが分かっている家族を支援するた
めに利用されている。
医学的な方法には、遺伝カウンセリング、母親の年齢が上昇することに伴う危険性についての公教育、生殖細胞や胎
児の被爆といった危険因子の回避、サリドマイドのような薬剤・化学物質への暴露に対する注意喚起、胎児の発生に障
害を与えると分かっている風疹ウイルスに対してのワクチン接種、などによる予防も含まれている。精子と卵を用いた
IVF の後、球状の細胞塊になった段階で、生じた胎児の遺伝子診断を実施するといった、より新しい遺伝学的手法が、
危険性の高い家族に対して提供されている。これは着床前診断(PGD)として知られており、例えば伴性遺伝疾患や単
一遺伝子疾患、染色体異常といった様々な疾患にとって役に立つ場合がある。予防可能な伴性遺伝疾患には、血友病、
脆弱 X 症候群、多くの神経筋疾患(現在では 900 以上の神経筋ジストロフィーがある)
、その他、数百に及ぶ疾患があ
る。実際、予防可能な単一遺伝子疾患には、嚢胞性線維症やテイ・サックス病、鎌状赤血球貧血症やハンチントン病も
含まれている。
一般的に言って、事前にある程度予測できるような遺伝的異常で、その影響が単離した胚細胞でも見られる場合は、
その遺伝についてよく研究されていることから、それを遺伝子診断により発見することは比較的容易である。中には、
ヒト胚へのそういった操作に対して倫理的に反対する人もいるが、政府や医療倫理を監視する団体にとっては、通常、
家族にもたらす恩恵が倫理的な障壁を上回る。また、健全な胚の選別を伴う着床前遺伝子診断は、影響を受けた子孫が
重大な疾患を抱える危険性を取り除くだけでなく、場合によっては、その家系の将来の世代における危険性を排除する
ことにもなる、ということも重要な点である。
【解答例】
A.
集団における変異型 CFTR 遺伝子の割合を 1/q とすると正常型遺伝子の割合は 1-1/q となる。このとき、1/q2=1/4000
より q=20√10 となる。したがって保因者の割合は 2×(1-1/q)×1/q=2×(q-1)/q×1/q=2×(q-1)/q2 となる。ここで q≒
20×3.16=63.2 とすると、この式は 2×62.2/4000=1/31.1 となるので、32 人の 1 人が変異を持つと考えられる。
B.
15 個の塩基からなる遺伝子の種類は 415 あることになる。したがって 415=230=(210)3≒(103)3=109 となり、およそ
109 種類存在することになる。
C.
緑色のエンドウマメは G 遺伝子を 2 つ持つホモ接合体であり、黄色のエンドウマメは Y 遺伝子を 2 つ持つホモ接合体
であるとする。ここで Y 遺伝子は対立遺伝子である G 遺伝子に対して優性である。緑色のエンドウマメから作られる
配偶子は G 遺伝子を 1 コピー持ち、黄色のエンドウマメから作られる配偶子は Y 遺伝子を 1 コピー持つ。したがって
この 2 個体の交雑で生じる個体は G 遺伝子と Y 遺伝子をそれぞれ 1 コピー持つことになるが、Y 遺伝子が優性である
ため、その個体は緑色となる。この個体が作る配偶子は G 遺伝子を持つものと Y 遺伝子を持つものが等しく生じる。
したがって、これらの個体の交雑は以下のような表となる。
Y 遺伝子
G 遺伝子
Y 遺伝子 遺伝子型 YY→黄色
遺伝子型 YG→黄色
G 遺伝子 遺伝子型 YG→黄色
遺伝子型 GG→緑色
D.
正常な CFTR 遺伝子は嚢胞性線維症の原因となる変異型遺伝子に対して優性である。そのため両親の一方から正常遺伝
子、他方から変異型遺伝子を受け継いだ場合は発症せず、両親の両方から変異型遺伝子を受け継いだ場合にのみ嚢胞性
線維症を発症する。
E.
(根拠)
・嚢胞性線維症の原因が CFTR という単一の遺伝子の機能不全であることが特定されているから。
・患者の染色体の欠陥を持つ CFTR 遺伝子は活性を持たないだけで、治療ではその影響は無視できるから。
(方策)
・正常な CFTR 遺伝子 1 つを患者の細胞に導入し、染色体中でそれを機能させる。
F.
優性遺伝する疾患では、変異型遺伝子と正常遺伝子を 1 個ずつもつ場合も発症するので、適応できない。
G.
男性は X 染色体を 1 本持つが女性は両親から 1 本ずつ受け継ぐ。男性では X 染色体に変異型遺伝子があれば発症する
が女性では両方とも変異型でなければ発症せず、男性の発症割合に対しその 2 乗の割合でしか発症しない。
H.
(PGD の説明)
・体外受精でできた受精卵が胚盤胞になった段階で遺伝的検査を行い、着床させる前に染色体や遺伝子の異常の有無を
診断する。
(優れていること)
・PGD は体外受精した受精卵を移植前の胚段階で検査するので、従来の出生前診断より早い段階で遺伝的異常を発見
でき、精神面も含めて母体への負担が軽減できる。
I.
着床前診断により障害を持たない胚を選別する場合、その障害を持つ人への差別になりうる。また特定の性別や特定の
形質を示す胚の選別が認められるか、胚の遺伝子を操作することで遺伝的に増強された胚を作製することが認められる
かという問題もある。