構文的逸脱表現

推論レベル切り換えのトリガーとしての構文的逸脱表現
大石 亨
明星大学 情報学研究科
はじめに
近年の日本語研究では,
「構文意味論」(constructional semantics)と呼ばれる,文/構文の意味
1
の研究 が盛んになってきている(益岡 2013).とりわけ,構文の持つ全体性に目を向け,構文の
意味を創造的な意味の生成という観点から分析しようとする天野(2011)の試みが注目されている.
天野(2011)では,次の(1)~(4)のような逸脱的特徴を持つ文を取り上げ,これらの文の
解釈過程において,構文類型に付随する文法的意味が重要な役割を果たすことを論じている(例文
は天野(2011)の章名副題から借用).
1.
(1)
(2)
(3)
(4)
やろうとするのを手を振った.
豪雨の中を戦った.
何を文句を言ってるの.
何が彼女がお姫様ですか.
(1)は「接続助詞的なヲの文」
,
(2)は「状況ヲ句文」,
(3)と(4)は,
「逸脱的な〈何ヲ〉
文」「逸脱的な〈何ガ〉文」とそれぞれ呼ばれている.これらの文には,①ヲ句が直接関係する他
動詞の不在,②二重ヲ句またはガ句の許容2,③ヲ句が副詞句と置き換え可能な意味を表す,など
の逸脱的な特徴を持っている.
天野(2011)の主張は,これらの逸脱的な特徴を持つ文の意味理解には類推の過程が存在し,そ
の類推のベースとして特定の構文の類型的意味が利用されるというものである.この主張の背景に
は,人間の情報処理の両方向性,すなわち,個々の要素から全体の理解に向かうボトムアップ式の
処理と,逆に全体的な処理から個々の要素の理解に向かうトップダウン式の処理の両方がフィード
バックを繰り返しながら行われるという考え方がある.この考え方に基づく文の意味理解過程の骨
子は,既に天野(2002)で「密接な意味的関係性を想定する必要のある」4つの構文を例にして述
べられている.その4つの構文とは,次の(5)~(8)のような文である(天野(2002),p.4,
例文番号は変更)
.
(5)
(6)
(7)
(8)
現金輸送車が二人組の男に強奪されました.
先生の眼鏡はおしゃれでいらっしゃいますね.
山田部長は息子さんがアメリカに留学している.
田中さんは有珠山の噴火で家を焼失してしまった.
(5)は「無生物主語のニ受動文」
,
(6)は「無生物主語の尊敬文」,
(7)は「多主格文」
,
(8)
は「状態変化主主体の他動詞文」と呼ばれている.これらの文も,(1)~(4)の文と同様に逸
脱的な特徴を持っており,天野(2002)では,
「条件によってその自然さが左右され,適格な文と
して許容される度合い(許容度)にゆれ幅のある文タイプ」「たとえ許容度が低かったとしても,
実際に日常会話で用いられ,用いられればその意味が理解できるもの」(p.5)という特徴づけがなさ
れている.具体的には,
(5)と(6)は,
「現金輸送車」と「先生の眼鏡」という非人物がそれぞ
れの文の主語となっている.通常,日本語の受動文は,動作主がニヨッテではなくニで表示される
ニ受動文の場合に,その主語は人物でなければならないという制約があると言われている.また,
通常の尊敬文は主語が尊敬の対象となる人物でなければならないという制約がある.
(5)と(6)
の文は,これらの制約に違反しているのである.(7)はガ格が2つある二重主格構文であるが,
2つのガ格名詞に何らかの密接な意味的関係が認められなければ許容度が低くなる.(8)では,
田中さんが自分の家を焼いたわけではなく,「有珠山の噴火」という外的事象の被害者であるにも
かかわらず,典型的には主語による目的語への働きかけを表す他動詞文が用いられている.これら
の文が逸脱的であるにもかかわらず,理解が可能であるのは,通常のニ受動文や尊敬文などの構文
の意味がベースとなり,ターゲットとなる(5)~(8)の文に,逸脱性を補うように適格な要素
が写像され,人物主語や性質描写などの意味が補給されるからであると主張されている.
天野(2002)が扱っているのは,こうしたトップダウン式の意味の実現の過程で,その文全体の
意味としてはじめに見込まれるベースとなる意味(《基準的意味》と呼ばれる)へと近づけるため
に,意味的関連性が創出されるという共通点を持っている文である.その題名『文の理解と意味の
創造』からもわかるように,天野(2002)は,この現象を「聞き手の文の理解」という観点から論
じたものである.
「意味を創造」するのは,あくまで逸脱的な文を理解しようとする聞き手(ある
いは読み手)である.話し手(書き手)の観点については,「話し手はそのように聞き手が理解す
るということを前提にしてこれらの文タイプを選択している」(p.5)とだけ述べられている.
本稿の目的は,話し手(書き手)の観点から,競合する逸脱的ではない表現があるにもかかわら
ず,なぜわざわざこれらの逸脱的な文を選択するのかという動機を考察することである.
次節では,①これらの表現に逸脱性を感じるのはなぜか,②にもかかわらず理解できるのはなぜ
か,という点を中心に,天野(2002)で論じられている文の理解過程のメカニズムを紹介する.3
節では,話し手があえてこれらの逸脱的な文を生成する動機についてわれわれの見方を提示する.
3.1 節では,人間の階層的な世界予測モデルとしての推論システムの存在が,これらの文タイプに
付随する逸脱性の源泉となっているという仮説を提案する.3.2 節では,逸脱性を感じさせるにも
かかわらず話し手がこれらの文タイプを選択するのは,情報提供よりも感情や視点の共有という機
能を優先するためであるということを主張する.4 節では,天野(2011)で取り上げられている 4
種類の表現も同様のモデルに基づいて説明できることを論じる.5 節はまとめである.
先行研究
本節では,(5)~(8)に見られる4種類の文タイプについて,天野(2002)の主張を順に紹
介する.
2.
2.1 無生物主語のニ受動文
無生物主語のニ受動文とは,ニ格で動作主が顕現する受動文で,その主語(ガ格名詞句)が無生
物である(5)のような文である.
(5)の文自体にはそれほどの逸脱性は感じられないが,
(9a)
と(9b)の対比にみられるように,従来,ニ受動文には〈動作主をニ格で表した場合,その主語
には有生物がならなければならない〉という制約(「ニ受動文の有生性制約」と呼ぶ)が存在する
とされてきた(松下(1930)井上(1976)Kuroda(1979)久野(1986)金水(1991)).
(9)a. ?ノーサイドの笛が主審に吹かれた(=天野(2002) p.20=益岡(1987) *25b)3
b. ノーサイドの笛が主審によって吹かれた(=益岡(1987) 33)
一般に,文を述べる際の話者の視点は主語に置かれることから,人間である動作主が存在するに
もかかわらず,それを差し置いて無生物を主語とする有標性が,無標の「ニ」に対する有標の「ニ
ヨッテ」によって表されると考えられる4.したがって,
(10)のように,主語が無生物であっても
ニ格が動作主でなければ,視点同一化の容易性に関してガ格とニ格の逆転は起こらないため,自然
な文と判断される.
(10) この家は板塀に囲まれている(=井上(1976) p.84)
問題は,
「ニ受動文の有生性制約」に反する(5)のような文がなぜ成立するかという点である.
この問題についても,多くの研究者が説明仮説を提出しているが,天野(2002)はいくつかの仮説
を批判的に検討したのち,益岡(1982,1987,1991,2000)による「背後の有生物の想定」という仮
説を紹介している.益岡は,ニ受動文を対応する能動文のガ格以外の名詞句のガ格化を動機とする
昇格受動文,ニヨッテ受動文はガ格名詞の非ガ格化を動機とする降格受動文とする.さらに,昇格
受動文であるニ受動文は受影受動文と属性叙述受動文に分けられ,受影受動文の場合,以下のよう
な例を挙げ,無生物主語であっても「顕在的な受影者は持たないものの,これらの事象から影響を
受ける潜在的な受影者は想定される」(1991,p.111)と述べている.
(11)あの絵が子供に引き裂かれた(=益岡(1991) 28 (2000) 49)
(12)翌年,その寺が信長に焼き払われた(=益岡(1991) 29)
天野(2002)は,この仮説を受け入れる一方,
「益岡(1991)
(2000)では,どのような場合に,
どのようなしくみでその想定がなされるのかは考察されていない」(p.25)と述べ,そのしくみを独
自に考察する.その中で,潜在的受影者が想定される場合には,その受動文で表される事象が<心
理的影響を人に与える>という意味を喚起させやすいものであることを指摘する.具体的には,以
下の(13)や(14)のように,<評価を表す事象>や,
(15)や(16)のように<喪失を表す事象
>の場合にその文の許容度が高くなるということである.
(13)新しい試みが,客に厳しく批判された(=天野(2002) p.26)
(14)自慢の髪型が,友人に褒められた(=天野(2002) p.26)
(15)現金輸送車が警官を装った強盗に奪われました(=工藤(1990) p.75)
(16)この街は,K 大佐に破壊された(=天野(2002) p.27)
さらに,「無生物主語のニ受動文のガ格名詞句の表すモノは,想定される潜在的受影者と,その
表す事象以前の関連物であると解釈可能であることが必要であり,例えば㋐所有物㋑身体部分㋒行
為㋓何らかの関連物といった解釈がなされるものである」(p.31)とも述べ,こうしたガ格名詞句の
意味も無生物主語のニ受動文の許容度に影響を与えることが論じられている.
以上のように論点を整理したうえで,天野(2002)は,無生物主語のニ受動文の成立のしくみを
次のように説明する.まず,動作主をニ格で表すニ受動文の《基準的意味》を<ある人物が他の人
物から行為を受け,そのことによって心理的な影響を受ける>であるとする.無生物主語のニ受動
文が成立するためには,この《基準的意味》を持つニ受動文をベースとし,無生物主語のニ受動文
をターゲットとする類推の過程が働く.しかし,無生物主語のニ受動文は有生性制約に違反してい
るため,「ターゲットに不在の受影者を,それが表す事象の意味やガ格名詞句の表すモノの意味な
どを手がかりとし,一般的な常識や経験的知識なども援用することによって,創造的に想定してい
く」(p.35)必要がある.そのために,「同じ無生物主語のニ受動文でも,ニ受動文の《基準的意味》
に近づけて解釈しやすいものほど,つまり潜在的受影者を想定しやすい手がかりを持つ文ほど許容
度が高くなる.(中略)無生物主語のニ受動文は,いわば制約違反を最小限にすることによって成
り立つ」(p.36)というわけである.
2.2 無生物主語の尊敬文
無生物主語の尊敬文とは,述語が「~なさる・~で/ていらっしゃる・お/ご~になる・~(ら)
れる」などの尊敬語形式でありながら,通常であれば敬意の対象となる人物であるべき主語が無生
物である(17)や(18)のような文である.
(17)御本が,完成なさった(=天野(2002) p.43)
(18)髪の毛が,つややかでいらっしゃる(=天野(2002) p.43)
無生物主語の尊敬文にも,前節と同様に,ベースとなる有生物主語の尊敬文の《基準的意味》を
写像する類推の過程が存在し,その過程での再解釈がうまくできるものほど許容度が高くなること
が示されている.主語であるモノの背後に敬意の対象となる人物が文脈上想定できない(19)や(20)
のような文は許容されない.
(19)?開架ではないが国会図書館にはたくさんの御本が,収められていらっしゃるよ(=天
野(2002) p.44)
(20)?一般に髪の毛が DNA 鑑定の対象とおなりになるよ(=天野(2002) p.44)
無生物主語の尊敬文では,人主語の尊敬文の表す<上位待遇されるある人物が,ある行為を行う
/ある状態である>という《基準的意味》に対応付けて,物の叙述が人の叙述として創造的に再解
釈される.この際,モノを主語とした叙述が,間接的にそのモノに関連する人についても何らかの
叙述を行っていると再解釈できるものの方が,許容度が高くなると論じられている(p.51).
2.3 多主格文
多主格文とは,一つの述語に対して二つのガ格名詞句が関係する(21)~(24)のような文のこ
とである.
(21)
(22)
(23)
(24)
私が,田中さんがうらやましい(=天野(2002) p.63)
私が,りんごが好きだ(=天野(2002) p.63)
私が,車が買いたい(=天野(2002) p.63)
老人が,小さい字が読みにくい(=天野(2002) p.63)
「X ガ Y ガ Z」という形を持つ多主格文は,単主格の性質描写文の《基準的意味》,<性質の主体
が性質を所有する>という意味に対応づけて,<性質の主体「X」が性質「Y ガ Z」を所有する>
と再解釈されると論じられている.
天野(2002)は,多主格文を「X」が「Z」と連用補充的な意味的関係を持つ a 類と,「X」が名
詞句「Y」などと密接な意味的関係を持つ b 類に 2 分するが,いずれにおいても,何らかの要因に
よって「Y ガ Z」部が「X」についての性質の叙述であると再解釈されやすいものほど,その多主
格文の許容度は高くなると主張する.その要因とは,a 類では,述語「Z」が状態的なものである
場合や,動作を表す場合でも頻度や特殊性を問題にするなど,
「X」の持つ性質として再解釈しやす
い事象であることなどである.一方,b 類では,<相対性><帰属性>という特徴を持つ名詞のほ
か,
「Y」が動的事象の意味を含み,その事象の参与者として「X」が関連付けされる場合などが挙
げられている.ただし,これらの要因は意味的関係性を認識するための手がかりであって,そのよ
うな言語的手がかりがなかったとしても,文全体の要求としてトップダウン式に関係づけが求めら
れる.ここに,ベースとなる単主格文の持つ《基準的意味》に近づけて解釈するという類推の過程
を見出し,そのことによって,意味的関係性の創出を説明しようとするのが天野(2002)の考え方
である.
2.4 状態変化主主体の他動詞文
状態変化主主体の他動詞文とは,経験者主体の他動詞文のうち,主体が引き起こし手でないもの
のことをいう.具体的には,以下の(25)のように,他動詞を用いながらその他動詞に対応する自
動詞を用いた(26)の文とほとんど同じ意味を表すような文のことである.(26)の自動詞文は,
前節で取り上げた多主格文である.
(25)
(26)
私たちは,空襲で家財道具を焼いた(=天野(2002) p.117)
私たちは,空襲で家財道具が焼けた(=天野(2002) p.117)
(25)においては,「空襲」という他者が引き起こした事態によって,主体である「私たち」の
状態が変化したことを表すことから,このような文の主体は「状態変化主」と呼ばれている.天野
(2002)は,状態変化主主体の他動詞文の成立に必要な二つの条件と,その実現に課される制約を
次のように規定している.
条件【1】述語の他動詞が主体の動きと客体の変化の両方の意味を表し,主体の意志性を無化
することが可能な動詞である
【2】事態の直接の引き起こし手を言語的に明示することが可能である
制約 ガ格名詞句とヲ格名詞句が密接な意味的関係を持つと解釈されなければならない
(天野(2002) p.117)
条件【1】は,これらの文が主体の状態変化を表すためには,使われている他動詞が主体の動き
の過程だけではなく客体の変化を含意するものであり,かつ主体の意志性が捨て去ることができる
程度の弱いものでなければならないというものである.この条件は,主体の能動的な動きの意味を
希薄化するために必要となるものである.客体の変化を表す動詞のみが主体として動き手以外のも
のを取りうることが指摘されている.条件【2】は,
(25)の「空襲」のように主体以外の直接的な
事態の引き起こし手が存在しなければならないというものであり,これは主体を引き起こし手以外
の意味に解釈するために当然必要とされる.
これらの条件は,構文そのものとは独立にその有無が問えるものであるのに対して,主体と客体
の意味的密接性の想定は,構文と切り離して先験的に存在するというようなものではないので,
「制
約」と呼ばれている.制約は「構文成立上,ある言語的特徴がそこに創出されなければならない」
(p.135)という意味で用いられている.「客体に生じた事態が主体にとっても自らの状況や状態の変
化を招くほどに,主体と客体が一体化していなければ,なんの能動的な動きも起こさない主体が客
体について生じた事態を所有するという意味を実現することは不可能である」(p.139)とその存在理
由が述べられている.
以上の条件と制約が適ったとき,他動詞を用いながら主体の直接的な働きかけがなく,他者が引
き起こした事態の影響で主体が状態変化するという状態変化主主体の他動詞文が実現する.ここで
も,前節までの文タイプと同様に,他動詞文の持つ<二つの実体(主体と客体)が動きに関与する,
ただし,主体は非受動的に関与する>という《基準的意味》に対応付けて,主体の事態の所有とい
う意味に再解釈するという類推の過程が働いているというのが天野(2002)の主張である.(25)
の例文でいえば,
「私たち」が「焼く」という動きに関与するのではなく,<空襲が家を焼く>と
いう事態を「私たち」が所有すると再解釈され,「家」について生じた動きが「私たち」の状態・
状況の変化をも招くという意味的密接性が創出されるというわけである.
世界の予測モデルと表現の意図
前節で見たように,天野(2002)では,密接な意味的関係性の創出を,構文の意味のトップダウ
ン式の実現の過程で,はじめに見込まれる《基準的意味》へと近づける類推によって説明するもの
である.本稿では,文の構成要素としての単語や構文と直接結びついた固定的な「意味」というよ
うなものを想定せず,当該語彙や構文が用いられる環境を含めた文脈の特徴から構成される超多次
元の空間における一つの点として,個々の例文をとらえる見方を提示する.従来の単語や構文の意
味とは,それが用いられている複数の例文を表す点をできるだけ少数の次元によって説明するため
の次元抽出の仕方(座標軸の設定)と考えることができる.この見方によれば,多義語とは同一の
形式に対する異なる次元抽出の仕方となるし,構文の意味とは例文中で用いられている個別の語に
対応する次元を削減することによって,当該構文の用いられている例文をできるだけ多く説明する
次元抽出の仕方ということになる.イメージを理解するために,図 1 のような 2 次元の概念空間(平
面)を考える.
青丸で表された点は,その左側の例文に対応する命題概念を表している.それぞれの点は実際に
は膨大な数の特徴を次元として持つ仮想的な特徴空間に配置されているはずであるが,説明のため
に 2 次元の断面によって切り出されたものとする.この空間を上方向から見て横軸上に圧縮すれば,
主題の違いは捨象され,
「鼻が長い」と「首が長い」という概念に対応する 2 点が得られ,この軸
を横から見てさらに次元を削減すれば,「長い」という概念が得られる.一方,この空間を横方向
から見て縦軸上に圧縮すれば,
「鼻」と「首」の違いや動物の種の違いは捨象され,
「哺乳類/鳥類
/昆虫/想像上の化け物は…長い」というような概念が得られる.通常,このような抽象化は役に
立たないことからこのような座標軸は設定されたとしても保存されないということになる.実際の
概念空間はこのような単純なものではないが,無限に存在する可能な次元のうち,どれを保存し,
どれを削減するかということは,言語発生以前にある程度決定されているものと考えられる5.
3.
図1 例文に対応する概念空間
天狗は鼻が長い
ろくろ首は首が長い
ゾウムシは鼻が長い
カマキリは首が長い
キーウィは鼻が長い
鶴は首が長い
象は鼻が長い
キリンは首が長い
鼻が長い
長いもの
首が長い
このような概念空間およびそこから抽象化される意味の次元が何のために存在するかといえば,
われわれを取り巻く環境世界で起こる様々な事象連鎖を予測するためである.概念空間は静的に存
在する地図ではなく,それを用いて次々に生起する事象を予測するための材料を提供するためのも
のである.世界の予測モデルは,一枚岩ではなく,複数のモジュールから成り立っていることが知
られている.以下では,言語表現の背後に存在する階層的な世界予測モデルを概説する.
3.1 予測モデルの階層と言語表現の逸脱性
これまでに,多くの研究者が人間の世界予測モデル(=推論システム)が複数存在することを論
じている6.ここでは,最も理解しやすい例として,熊谷(2013)の「構成的体制」という概念を
紹介する.熊谷(2013)によると,世界を予測するための最も基底にあるものは「身体」である.
身体があることによって,再現性高く反復される「運動指令」→「体性感覚情報」→「視覚情報」
という事象系列(=知覚・運動ループ)が次々に立ち上がる.この反復する事象系列が身体の輪郭
を生み出すと同時に,自分の身体が次にどのような作動をするかについての予測モデルを形成する.
同様に,身体ほどの安定性は持たないが,身体外部のモノや他者も,反復する運動(働きかけ)に
応じて知覚応答のパターンを返してくる.無生物の中には,盲人の杖や自動車運転時の車幅感覚の
ように,比較的安定的な応答を返し,ときには身体の一部と区別できないほどの一体性を持つ場合
さえあるだろう.身体内外の境界線は,反復構造の安定性の高低や,自分の出す運動指令との連関
の有無によっていったん区切られるものの,全く無関連なわけではなく,ゆるやかにつながってい
る.他者のイメージも,相対的に不安定な反復構造を持つ事象連鎖によって構成されるが,モノと
異なるのは,他者の身体が自分の身体の類似物であることである.したがって,自分の身体につい
ての予測モデルを投影することができるが,自分の運動指令に応じて動いているわけではないとい
う不確実性が残ることになる.そこで,相手固有の予測モデルも構成しなければならない.
以上のように,知覚・運動ループが回り続ける中で,反復構造の安定性の高低によって自己身体
と環境の境界線が引かれ,同時にモノや他者についての予測モデルが形成される.熊谷(2013)は,
「モノの世界の物理的な予測モデル」
「自己身体の予測モデル」
「他人の予測モデル」という三つの
予測モデルを想定し,モノや他者との連関パターンにおける,ある程度安定した反復構造や,人々
によってゆるやかに共有されたその反復構造についての集団レベルの予測モデルを「構成的体制」
と呼んでいる.これらの予測モデル自体をある程度他者と共有し,「モノとはこのようなものだ」
「人々はおおむねこのように動く」という社会・文化的コードを形成するためには,先に述べた特
徴次元の削減による意味の抽象化メカニズムが適切に働かなければならない.その媒介となるもの
が言語表現である.トマセロ(2013)は,「コミュニケーションがより協力的な動機に統率される
ようになると――単に個体レベルの志向性ではなく,共有された志向性――まったく新しい推論過程
が結果として成立する」(p.48)と述べている.単に個人としての他人の動きだけではなく,社会的
に相互作用する協力的な他者の予測モデルが新たに形成されるということである.
前節で見たように,構文の主語が無生物か有生物かによって許容度が左右されたり,複数の名詞
句の間に密接な関係が読み込まれたりする背景には,反復構造の安定性の高低によって区別された
異なる予測モデルが存在する.ほとんどの名詞は,それぞれふさわしい予測モデルをデフォルトと
して持っている.モノの名前であればモノの世界の物理的な予測モデルを,人物名であれば他人の
予測モデルを活性化させるということである.
一方で,各々の構文にも天野(2002)が《基準的意味》と呼ぶものに対応するような,デフォル
トで活性化される予測モデルが存在すると考えられる.本稿が対象とする 4 つの構文の逸脱性は,
構文が活性化する予測モデルと,主語をはじめとする名詞句が活性化する予測モデルが異なること
や,適切なレベルの予測モデルが活性化できないことに起因すると考えられる.
ニ受動文のプロトタイプは,心理的影響を受けた人間を含意する「人称受動(Personal Passive)」
であり,他者のモデルをデフォルトとして活性化する.これが主語の無生物が活性化する物理的モ
デルと競合する.尊敬文は,社会的・文化的レベルの予測モデルを活性化し,やはり無生物主語の
物理的モデルと競合する.多主格文は,ガ格名詞句の種類によって活性化される予測レベルが変わ
ってくる.逸脱性を感じさせるのは,a 類の場合には,性質描写によって特徴を帰属させるという
主観的な判断と,客観的な事態の描写という視点が対立するからであり,社会的な評価や心理状態
といったレベルの予測モデルと物理的事態の推移を予測する物理モデルとの対立とみなすことが
できる.b 類の場合に逸脱性が感じられるのは,二つのガ格名詞句の間に関連性がなく適切な推論
が行えない場合である.ここでは,文全体の要求としてトップダウン式の関係づけが求められるが,
この関係づけとは,適切なレベルの予測モデルの活性化に他ならない.最後に,状態変化主主体の
他動詞文であるが,この文タイプでは本来は意図的な働きかけを典型的な意味として持つ他動詞文
の主体の意図性を削減するために,主体にとって不快な事態が述べられる.これは,主体にとって
不幸な事態を主体自ら引き起こすとは考えにくいという語用論的推論によるものである(大石
2014)
.ある主体の不運を述べることは,不運を味わう主体の心理状態や社会的状況,その主体に
対する同情などの話し手の感情を表すことになる.これは,他人の予測モデルや社会的予測モデル
によるものであり,実際に述べられている事態が活性化する物理的モデルと競合し,これを抑制す
る.具体的には,
(25)や(26)では,
「家財道具の焼失」という物理的な事態を,あえてその事態
に責任のない「私たち」を主語とする他動詞文や多主格文で述べることにより,主語の心理状態や
社会的な状況を評価するというレベルに聞き手の推論を誘導しているのである.
われわれのモデルによると,天野(2002)が「類推」と呼んでいる過程は,単一の予測モデルに
収斂させるために,必要な特徴を持つ概念を追加することによって,例文の配置される特徴空間を
シフトさせることに他ならない.次節では,これらの文タイプの機能と話し手の表現意図との関連
を考察する.
3.2 逸脱的表現の発話意図
言語表現には,物体や事態を参照することと,社会的交換の媒体となることという二つの役割が
ある.前節では,世界の参照において言語表現がデフォルトで結びついている予測モデルが,構文
とその構成要素である名詞句の間で齟齬をきたすことが,4 つの文タイプの逸脱性の源泉ではない
かという仮説を提示した.本節では,言語表現の持つもう一つの機能である社会的交換,すなわち
コミュニケーションの目的について考える.逸脱性を持つ文タイプをあえて発話する話者の動機を
伝達機能の面から考察するということである.
トマセロ(2013)は,最も基本的な人間のコミュニケーションの動機を三つ挙げ,「他者を助け
る」と「他者と共有する」という共有指向性の観点から,以下のように表現している(p.79).
要求する 私は,私を助けるためにあなたにあることをして欲しい(援助や情報の要求)
知らせる 私は,それがあなたの助けになる,または,あなたにとって興味深いと思うか
ら,あなたにあることを知って欲しい(情報を含む援助の提供)
共有する 私は,私たちが一緒に見方や感情を共有できるように,あなたにあることを感
じて欲しい(感情と見方の共有)
本稿で取り上げている 4 つの文タイプが,いずれも逸脱的であるにもかかわらず話者によって選
択されるのは,
「知らせる(情報の提供)
」という機能よりも,
「(感情と見方を)共有する」という
機能を優先させた結果であるというのがわれわれの主張である.
無生物主語のニ受動文は,情報を提供するだけならニヨッテ受動文が使われるべき場面で,あえ
てニ受動文を用いることで,無生物主語と関連を持つ潜在的な受影者の視点に立ち,その心理的な
影響を話者が共有していることを示すために用いられる.ニヨッテ受動文が動作主の降格によって
主語である被動作主についての情報をいわば客観的に事態の外から叙述するのに対し,ニ受動文は
昇格された主語の視点に立ち,当事者として主観的に事態を叙述する.潜在的受影者が想定され,
許容度の高い受動文は,<心理的影響を人に与える>という意味を喚起させる事象を述べているの
であった(例文(13)~(16)を参照)
.これらの受動文は,単に<評価を表す事象>や<喪失を
表す事象>が起こってある人物が心理的影響を受けているという事態を客観的に叙述しているの
ではなく,その潜在的受影者に寄り添って,受影者の立場と共感する話者が発話するのである.無
生物主語のニ受動文のガ格名詞句の表すモノが,想定される潜在的受影者と表現されている事象以
前の関連物であると解釈可能であることが必要であるのも,単に受影者を想定するためだけではな
く,話者がその関連物を通して受影者と共感するために必要だからであるとわれわれは考える.
一方,無生物主語の尊敬文も,単に事実を伝達するためであれば,「~なさる・~で/ていらっ
しゃる・お/ご~になる・~(ら)れる」などの尊敬語形式を用いる必要はない.もちろん,無生
物主語と関連のある人物に対する敬意を表すためにこれらの述語が用いられるのではあるが,無生
物主語の尊敬文においては,情報提供とは別の機能である「視点」が重要視されていることを述べ
てみたい.
益岡(2013)は,尊敬構文を出来事の主体を高める表現と,主体に対する相手である動作の受け
手を高める表現に分け,それぞれ「ナル型尊敬構文」と「スル型尊敬構文」と呼んでいる(
「補説
B 尊敬構文の構図」(pp.215-235)).本稿の対象とする無生物主語の尊敬文で用いられている尊敬
述語は,いずれも主体を高める表現である「ナル型尊敬構文」で用いられるものである.益岡(2013)
は,
「ナル vs.スル」の対立を「自発性(HAPPEN)vs.行為性(ACT)」の対立と捉えたうえで,
「ナ
ル型尊敬構文とスル型尊敬構文は,視点の面でも互いに対立的な関係を作り上げる」(p.227)と述べ
ている.ナル型尊敬構文は,当該の事象を自然に発生する事象として表現する.「先生が話す」と
いう行為を「先生がお話になる」のように自然発生的な事象として言い表すのである.これは,行
為者の内面から距離を置き,自然現象と同じように事象を外から見る立場であると益岡(2013)は
指摘し,これを「事象に対する外の視点」と呼んでいる.一方のスル型尊敬構文は,話し手が当該
事象の動作の相手に直接敬意を表すのではなく,事象の主体を通して間接的に動作の相手を高める
という特徴を持つ.このように事象の主体を通して相手を見る立場を「事象に対する内の視点」と
呼んでいる.
先にあげた(17)や(18)のような無生物主語の尊敬文が伝達している情報内容は,敬意の対象
である人物の関連物であることから,客観的な事実であったとしても肯定的な評価が付随すること
が多い.そのような評価を,たとえ肯定的であるにせよ目上の人に対して下すことは失礼なことに
なってしまう.特に,(18)の例文のように,自らの主観的な判断による場合はなおさらである.
そのために,評価をするという主観性を抑制し,あえて自然現象と同じように事象を外から見て客
観的に述べるナル型の尊敬構文を用いる.これは,人物主語の尊敬構文が行為性を抑制し,自然に
発生するという述べ方をすることに重点があるのに対し,無生物主語の尊敬文は,「事象に対する
外の視点」を持つという見方を共有することの方により重点を置いた表現であるということができ
よう.無生物主語には抑制すべき行為性がもともと存在しないからである.
多主格文については,さまざまなタイプの例文が存在し,主たる機能が情報提供と考えられるも
のも少なくない.しかし,あるモノの性質を叙述するということには,話し手の主観的な判断を伴
う場合が多い.特に,以下に再掲する(26)のように,(25)のような状態変化主主体の他動詞文
と同じような意味を表す場合には,述べられている事象(「家財道具が焼ける」)に対して直接責任
を負わない人物(
「私たち」
)が最初のガ格名詞句として据えられている.
(25)
(26)
私たちは,空襲で家財道具を焼いた
私たちは,空襲で家財道具が焼けた
このような文においては,(25)の文と同様に,最初のガ格(他動詞文の場合には主体)に視点
を置くということが,話し手によって選択されたということになる.これらの文の表現機能は,天
野(2002)のいうような《基準的意味》を復元するということよりもむしろ,事態の引き起こし手
ではない主体を話者の判断で事態と結びつけることによって主体と共感するという行為であり,焦
点を主体のパースペクティブや心情という主観的意味や社会的な評価という間主観的な意味に向
かわせるということである.これは,益岡(2013)の用語でいえば「事象に対する内の視点」を取
るということである.
最後に,状態変化主主体の他動詞文であるが,この文タイプでも事態の引き起こし手ではない主
体を主語に据えるという操作によって,話し手の視点が主語に置かれている.さらに,前節で述べ
たように,本来は意図的な働きかけを典型的な意味として持つ他動詞文の主体の意図性を削減する
ために,主体にとって不快な事態が述べられている.このことによって,不運を味わう主体の心理
状態や社会的状況,その主体に対する同情などの話し手の感情に自然に焦点があてられることにな
る.このように,物理的な事態の発生情報を提供するというよりは,主語に寄り添った見方を聞き
手と共有するという目的のためにこそ,この文タイプを話し手が選択したというのが,本稿の主張
である.物理的な事態によって被害をこうむる主体をあえて主語とすることにより,主語の心理状
態や社会的な状況に共感することを目的とした構文なのである.
その他の逸脱的構文
本節では,前節で述べた仮説が,天野(2011)で論じられている文タイプにも適用できることを論証
する.天野(2011)では,第 1 節で述べた(1)~(4)のような例文に対しても,天野(2002)で
述べられたのと同様に,中核的な構文類型のパターンからは逸脱する要素を持つ文が,その構文類型を
ベースとした類推のプロセスを経て成り立つことが論じられている.
4.
(1)
(2)
(3)
(4)
やろうとするのを手を振った.
豪雨の中を戦った.
何を文句を言ってるの.
何が彼女がお姫様ですか.
詳細を記述することはできないが,
(1)の「接続助詞的なヲの文」では,
「A ガ B ヲサエギル」
のような〈方向性制御〉を表す他動構文をベースとして,抽象化された意味である,自然な流れに
対する意図的な〈対抗動作性〉という意味が補充・変容されて解釈されると論じられている.
(2)
の「状況ヲ句文」では,
「A ガ B ヲ突破スル」という〈移動対抗動作〉を表す他動構文をベースと
して,抽象化された意味である,逆境に対する意図的な〈移動・対抗動作性〉という意味が補充・
変容されて解釈されると論じられている.
(3)の「逸脱的な〈何ヲ〉文」では,「A ガ B ヲスル」
型の〈スル〉型他動構文をベースとして,主体にその事態の成立の責任が帰せられるような,抽象
化された〈意図的他動行為〉の意味に変容されて解釈されると論じられている.(4)の「逸脱的
な〈何ガ〉文」は,
「A ガ B ダ」という名詞述語文の A を疑問詞「何」にした「何ガ B ダ」をベー
スとして,B の部分にさらに相手の発話の一部である「A ガ B ダ」をはめ込んで重層構造にするこ
とにより,
〈
「~」と発話することの背景・根拠・意図等は何か〉を問う意味に拡張解釈されると論
じられている.
ここでの逸脱性の直接の発生原因は,(1)~(3)では他動構文でありながらヲ句と結びつく直接
の他動詞が不在であること,
(4)ではガ句が直接結びつく述語句が不在であるということに求められ
る.これらの文の成立には,顕現している述語句の形式が表す語彙的意味と重ね合わせて,それを具体
例とするような「抽象的意図行為の意味」や「名詞相当の意味」を,語用論的に創造して重畳的に解釈
することが関わっているというのが天野(2011)の主張である.
天野(2011)が「語用論的に創造する」とする抽象的な意味とは何であろうか.それは,
(1)と(2)
では,自然な流れや逆境に逆らってある行為を行うということであるが,行為の流れを予測したり,あ
る事態を逆境であると認識したりするのは,推論システムの役割に他ならない.その推論システムのレ
ベルが,天野(2011)がベースとして考え,「サエギル」や「突破スル」の語彙的意味と呼んでいるも
のは,物理的な現象レベルでのものであり,天野(2011)がターゲットとし,「語用論的に創造」され
る意味と呼んでいるものは,ある状況で人間は通常どう行動するかという社会・文化における他人のモ
デルによるものである.社会的な予測モデルに基づくレベルの推論結果に逆らって意図的に対抗的な,
すなわち通常予測される振る舞いとは別の行為を行うというのが「創造される意味」であるが,これに
はある行動に伴う他人の意図を推測するというレベルの予測モデルが関わっている.このように,二つ
以上の推論レベルが関わっていることが,これらの文の逸脱性と解釈可能性を共に説明する.これらの
逸脱的な文では,対格成分に現れる名詞句が「豪雨」のような事象を表していたり,行為を表す節
が「ノ」という形式名詞の付加によって名詞化されていたりする.このように名詞化された事態概
念を動詞の格成分とすることが,述語の意味の抽象化を促し,推論レベルシフトの引き金を引くも
のと考えられる(大石 2014).
(3)と(4)の「逸脱的な〈何ヲ〉文」と「逸脱的な〈何ガ〉文」では疑問詞「何」が関わっ
ている.その疑問詞によって問われているのが,通常の疑問文の場合には一つの予測モデルに相当
する推論システムに収まっているのに対し,逸脱的な文では,
「文句を言う」という事態描写や「彼
女がお姫様だ」という判断のレベルを超えて,何ヲ句の場合には「何のために」という目的が関与
するレベル,何ガ句の場合にはそう判断することの背景・根拠・意図等を問うという推論レベルが
関与している.事態内部の要素を問うというレベルとその事態の目的を問うというレベルは明らか
に異なるし,発言内容の中身を問うこととその発言の根拠を問うことも別のレベルの推論システム
が担うことである.
以上のように,天野(2011)による「語彙的意味」と「語用論的意味」の対立は,本稿の立場では異
なるレベルの推論システムの関与に帰されることになる.
おわりに
本稿では,天野(2002)で取り上げられた 4 つの逸脱的な文タイプについて,その逸脱性をもた
らす原因と,話し手があえてこれらの逸脱的な文タイプを選択する動機について考察した.具体的
には,人間の世界予測モデルとしての推論システムが対象に応じて階層的に形作られていることが,
これらの文タイプに付随する逸脱性の源泉となっているという仮説を提案した.さらに,逸脱性を
感じさせるにもかかわらず話し手がこれらの文タイプを選択するのは,情報提供よりも感情や視点
の共有という機能を優先するためであるということも主張した.前節では,天野(2011)で取り上
げられている 4 種類の表現も同様に説明できることを論じた.
3 節では,世界予測モデルとしての推論システムと言語の伝達機能は無関係であるかのように述
べたが,言語表現と推論モデルの間にデフォルトとなるゆるやかなつながりがあったように,推論
レベルと伝達機能の間にも,デフォルトで利用されるゆるやかなつながりがあるものと考えられる.
情報提供では,事態の移り変わりを事態の外から眺める物理的な現象記述が用いられることが多い
であろうし,感情の共有には他者の心理的なモデルが中心的に用いられるであろう.同様に,見方
を共有するためには,共同目標を理解して社会的なモデルを活用することが必須であろうし,文化
的な偏りが影響することが大きいと考えられる.
本稿の締めくくりとして,階層的な世界予測モデルと,「主観化」あるいは「文法化」という概
念やこれまで考えられてきた文の階層的な意味などとの関連を述べておきたい.
Traugott(2010)は,
「主観化 (subjectification)」を「話し手の態度や視点を表す意味の発達」,
「間
主観化 (intersubjectification)」を「聞き手の自己イメージに対する話し手の注意の発達」と定義
している(p.60).また,表現はより非主観的・観念構成的 (ideational) なものから主観的・対人的
(interpersonal)なものを経て間主観的なものへといたる漸次的推移性 (cline) に沿って組織化でき
るという(p.34).ここで非主観的といわれているものは,われわれのモデルでは物理的予測モデル
に対応し,主観的・間主観的というのは他者の心理モデルや社会的・文化的な予測モデルに相当す
る推論を導く表現であると考えることができる.したがって,主観化や間主観化は,物理的レベル
から他者の心理や社会的行動に関する推論をするレベルに予測モデルを切り替えることに相当す
る.一方,文法化研究においては,「漂白 (bleaching)」と呼ばれる意味的内容の喪失と,「語用論
的強化 (pragmatic enrichment)」が両方起こるとされてきた(ホッパーとトラウゴット 2003,
p.109).この現象も,物理的なモデルに対応する意味が失われ,心理的・社会的な意味が強化され
5.
るという推論レベルのシフトであると考えることができよう.
また,関連性理論をはじめとする語用論研究においては,交感的コミュニケーション (phatic
communication) と呼ばれる挨拶などの言語表現が問題とされている.交感的コミュニケーション
では,話し手はあえて関連性の低い命題を発話し,聞き手はその発話内容から関連性の期待を満た
すことができず,発話内容自体に対してではなく,それとは別の社会的・対人的関係的レベルに注
意を向けるということが指摘されている(ウイリアムとウォートン 2009, p.77)
.これも,物理的
レベルから社会的・文化的レベルへの推論レベルのシフトが見られる現象の一つである.
最後に,南不二夫をはじめ多くの研究者が指摘している文の階層構造との関連に触れておく.田
窪(1987)による「動作・事態・判断・伝達」という特徴づけや,益岡(2013)による「一般命
題・個別命題・判断・発話」の区別など,文の階層構造には意味的基盤があることが指摘されてい
る.これらの区別は表現の機能的な役割に基づくものと考えられるが,その機能を果たすうえで,
中心的な役割を果たす推論レベルというものがあり,命題とモダリティの区別は,それぞれ物理的
モデルと心理的・社会的モデルの推論とデフォルトでは対応するものと考えられる.このほかにも,
メタファー表現や多義語の意味と予測モデルの階層との関連など,残された課題は多い.
注
ここでいう「構文」とは,文を構成する基幹的部分のことであり,形態素や語をも含む Goldberg(2006)
の“construction”よりは,限定された概念である(益岡(2013), p6 注 1 を参照)
.
2 この文章を作成しているワープロソフトである Microsoft Word 2010 は,
(1)(3)(4)の例文に
対して以下のような警告メッセージを吐いている.
「助詞の連続―同じ助詞が2つ以上連続しています。間違った日本語ではなくても、修飾関係が分かり
にくかったり、文の流れが悪くなったりする場合があります。
・例:
「委員会が詳細事項が遵守されていることを審査する」
また、編集を重ねていくうちに、意図しない助詞の連続となっている場合もあります。
・例:担当者は勤務は終了していた。
分かりにくい文章になっていないか、文法上誤りがないか、見直してみましょう。問題がない場合に
は、
『無視』してください。
」
3 これ以降の例文は,天野(2002)からの引用であるが,出典の記載があるものについては元の出典の
み記載する.また,文の不適格性を表す記号「*」の代わりに不自然さを表す記号「?」を用いる理由
については,天野(2002) p.20 の注1を参照のこと.
4 言語類型論では,通言語的な傾向を使って普遍的な有標性の階層が提案されている.動作主はプロト
タイプ的には有生,被動作主は無生で,そこから逸脱するものは徐々に有標性が高まる(Comrie 1981)
.
5 西尾(2014)によると,Deep Learning という機械学習技術の中で,ランダムにニューロンを選び,
その活動を止めて学習をさせる Dropout と呼ばれる手法がある.ニューロンの活動を止めるということ
は,そのニューロンが表現していた軸の値を無視することであり,したがってランダムに選んだ軸の方
向に次元を圧縮して情報の抽象化を行っていることになる.
6 世界の予測モデルを複数考え,それぞれのモデルが比較的独立しており,適用範囲が限定されている
と主張する理論として,デネット(1997)やスペルキ(2013)などがある.デネット(1997)は,実体
の動きや行動の予測に用いられる基本戦略の異なる三つの「構え」を区別する.①対象の物理的な
構造や動きに関する「物理的な構え」,②人間によってある目的を持って設計された人工物に対す
る「設計的な構え」,③信念や欲求を持つ合理的な主体として解釈する「志向的な構え」である.
スペルキ(2013)は,乳児には「コア知識システム」と呼ばれる少なくとも 5 つの認知システムが備わ
っているという.①非生物的/物質的な諸対象およびそれらの動き,②意図的なエージェントとそれら
のゴール志向的な動き,③移動可能な環境におけるさまざまな位置情報と相互の幾何学的位置,④物体
や事象の集合と,序数的・計数的なそれらの数的関係性,⑤乳児と互恵的なインタラクションを行う社
会的なパートナー,の5つを表象し推論するシステムである.言語形式は,コア表象同士を結合する機
能を担うと主張されている.
1
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<abstract>
Constructionally anomalous expressions
as a trigger for level shifts in the multi-layered inference system
Akira OISHI
Meisei University
This paper investigates four types of anomalous sentences such as follows:
(1) Genkinyusousya-ga
futarigumi-no otoko-ni goudatsu-sare-masi-ta.
Cash transport truck-NOM two-GEN
men-DAT hijack-PASSIVE-POL-PAST
A cash transport truck was hijacked by two men.
(2) Sensei-no
megane-wa osharede irassyai-masu-ne.
Teacher-GEN glasses-TOP stylish be-HOR-POL-TAG
The glasses of the teacher are stylish, I dare say.
(3) Yamada-butyou-wa
musuko-san-ga Amerika-ni ryuugaku-si-teiru.
Yamada-Director-TOP son-HOL-NOM USA-DAT study abrord-do-PROG
As for Director Yamada, his son is studying in the United States.
(4) Tanaka-san-wa
Usuzan-no
funka-de
ie-o
syousitu-si-tesimat-ta.
Tanaka-HOL-TOP Mount Usu-GEN eruption-by house-ACC burned down-do-end-PAST
Mr. Tanaka lost his house in the fire by Mount Usu eruption.
These sentence types have been studied by Amano (2002). The example (1) is a ‘ni’-passive sentence with
an inanimate subject, which is anomalous because Japanese ‘ni’-passives require an animate subject. The
example (2) is an honorific sentence with an inanimate subject, which is anomalous because Japanese
honorific sentences require an animate subject which represents the person respected by the speaker. The
example (3) is a sentence with two subjects, which is anomalous because sentences should have only one
subject. The example (4) is a sentence with a subject which represents the person whose states change by
some external event. This sentence is also anomalous because the subjects in sentences with a transitive verb
typically represent the person who causes the event described by the sentences. Even though all sentences
here are anomalous, we can understand the meaning of the sentences nevertheless.
We propose that the source of the anomalies felt from the sentences is the inconsistencies between the
levels of the inference systems activated by the noun phrases and the constructions. We assume that we have
three or more inference systems for predicting the behavior of our body, inanimate objects, other humans,
and group of humans. The inconsistencies arise when the noun phrases represent the inanimate objects
activating the physical predicting model while the construction activates the predicting models for human
behaviors or social situations.
We also point out that the speaker purposely selects these sentence types with anomalies to give priority to
share the perspective or feelings with the hearer rather than to give information for them.
The models proposed in this paper can explain not only the other types of anomalous sentences but also
such phenomena as subjectification, intersubjecification, and so on.