低用量ピル(OC)による子宮内膜症性卵巣N胞摘出術後の再発予防の試み

日エンドメトリオーシス会誌 2012;3
3:1
1
3−11
5
113
〔ワークショップ3/子宮内膜症治療後の再発予防と再発時の治療〕
低用量ピル(OC)による子宮内膜症性卵巣N胞摘出術後の再発予防の試み
東京大学医学部附属病院女性診療科・産科
甲賀かをり
緒
言
腹腔鏡下子宮内膜症性卵巣N胞摘出術を受けた
子宮内膜症性卵巣N胞に対して腹腔鏡下N胞
患者のうち,4
0歳未満で,挙児希望症例,副作
摘出術を施行した際には術後再発が問題とな
用が懸念される症例以外を対象に,低用量ピル
る.当科で1
9
9
5年から2
0
0
2年の間に腹腔鏡下子
(OC)使用の推奨を行うこととした.これは,
宮内膜症性卵巣N胞摘出術を施行した症例のう
全患者に再発予防効果の可能性・副作用などの
ち,2年間の経過観察の可能であった2
2
4例を
説明を十分に行ったうえで,同意を得た症例に
対象とし,経腟超音波にて2cm 以上の子宮内
対し OC を処方するというものである.今回
膜症性N胞と診断される所見を認めた場合を再
OC 服用の有無による再発率の比較(コホート
発と定義し検討したところ,術後2年の時点で
研究)
,ならびに,OC 推奨導入以前と導入以
2
4=3
0.
4%
の再発例は6
8例あり,再発率は6
8/2
降の期間ごとでの全体の再発率の比較(前後研
であった〔1〕
.諸家の報告でも,2∼5年間の
究)を行った.
間に3∼5割に再発が認められたという報告が
多い.また同様の症例を対象に,再発に影響を
表1 再発への影響を検討した因子と患者背景
与える因子について表1にあげた1
2因子につい
年齢
て解析をしたところ,高い再発率を示した因子
不妊の有無
3
2.
2±5.
4歳*
あり7
6(3
3.
9%)
として,薬物療法の既往,大きい最大N胞系,
子宮筋腫の有無
あり1
8(8.
0
7%)
低い再発率を示した因子として,術後の妊娠が
子宮腺筋症の有無
あり6
0(2
6.
9%)
あげられた(表2)
.
薬物療法既往の有無
あり6
6(2
9.
5%)
子宮内膜症性卵巣N胞摘出術既往の有無
あり3
0(1
3.
4%)
不妊治療の転帰,子宮内膜症の転帰に分けて検
単房性か多房性か
多房性9
8(4
3.
8%)
討した.ここでは1
9
9
5年から2
0
0
7年の間に腹腔
最大N胞径
鏡下子宮内膜症性卵巣N胞摘出術を施行した症
片側か両側か
両側8
5(3
7.
9%)
例のうち,2年の時点で再発を認めた症例を対
rASRM スコア
5
8.
1±3
2.
2点*
象とした.不妊治療の転帰は図1a に示したよ
術後薬物療法の有無
あり3
2(1
4.
2%)
うに,挙児希望のあった症例の約1/3が妊娠
術後妊娠の有無
あり3
9(1
7.
4%)
次に,再発した症例のその後の転帰について,
5.
2±1.
8cm*
平均±標準偏差
*
に至っており,その約半数が ART によるもの
であった.子宮内膜症に対する治療の転帰は,
図1b に示したように,約1/3が症状もなく
N胞の増大もないため無治療で経過観察してい
る一方,約1/3は再手術を要していた.
これらの知見より,われわれは術後のN胞再
発を抑制する方法はないかと考え,
2
0
0
5年より,
表2 再発に影響を与えた因子(多変量解析)
因子
p値
0
5
薬物療法既往の有無 <0.
<0.
0
5
最大N胞径
NS
rASRM スコア
<0.
0
5
術後妊娠の有無
オッズ比 95%信頼区間
2.
15
5
1.
19
7
1.
00
6
0.
27
3
1.
157―4.
0
1
5
1.
0
1
9―1.
4
0
6
0.
9
9
6―1.
0
1
5
0.
0
9
9―0.
7
4
8
114 甲賀
不妊治療せず
(
4 0)
total
86
(18)
挙児希望あり
46
(18)
non ART
30
(10)
挙児希望なし
40
ART
22
(8)
対象患者
N=87
(20)
うち再手術後
妊娠4
使用開始
N=48
(3)
図1a 再発症例の不妊治療転帰
1995年1月から2
0
0
7年12月までに,当科にお
いて子宮内膜症性卵巣N胞に対し,腹腔鏡下
摘出術を施行し,2年の時点で再発が確認さ
れた86例の,20
11年12月の時点での転帰.観
察期間は平均術後9
1.
4ヵ月.( )は妊娠症
例数.
BSO
7
手術
26
(うち内科的
治療後16)
total
86
USO
9
初回から再手術まで
68.5±37.4(20-140)
M
内科的治療
のみ
33
経過観察
27
cystectomy
10
手術適応
●増大傾向:13
●症状増悪:6
●悪性:2
●不妊治療目的
:5
最終的にOC
8
最終的ジエノゲスト
13
最終的に経過観察
12
図1b 再発症例の子宮内膜症に対する治療転帰
1aと同様の症例の子宮内膜症に対する治療転帰.
全期間使用
N=34
(1)
2.9%
途中中止
N=14
(2)
14.3%
使用せず
N=31
(17)
43.6%
図2 子宮内膜症性卵巣N胞摘出術後の OC 使用と再
発率
2
0
0
5年5月から2
0
06年8月までに子宮内膜症性
卵巣N胞に対し,腹腔鏡下摘出術を行った症例
の OC 使用の有無と2年の時点でのN胞再発.
数字は全体の症例数.
( )は再発症例数,太
字は再発率.
び非服用群を合わせて3
5.
8%であり,再発の相
対危険率は0.
0
9(P <0.
0
0
1)
,つまり,OC の
1に低下した.
継続服用により再発率は約1/1
また,術後 OC 服用は,他の因子と独立して再
発 に 負 の 影 響 を 与 え る 因 子 で あ っ た(P <
0.
0
0
1)
.
(前後研究)再発率は,OC 推奨導入以前は
方
法
(コホート研究)OC 推奨以降の2
0
0
5年5月
から2
0
0
6年8月までに当科にて腹腔鏡下N胞摘
出術を施行した8
7名について,OC の服用の有
3
3.
1%,OC 推奨導入以後は1
8.
8%で,相対危
険率は0.
5
6(P <0.
0
5)と OC 推奨の導入は再
発率を有意に低下させた〔2〕
.
考
察
無による子宮内膜症性卵巣N胞再発の相対危険
OC の術後投与が,子宮内膜症性卵巣N胞摘
度を算出した.再発に影響を及ぼす因子をロジ
出術後の子宮内膜症性卵巣N胞の再発を抑制で
スティック回帰分析で検討した.
きることが示された.さらに,術後に OC を推
(前後研究)OC 推奨導入以前の1
9
9
5年1月
奨する治療方針の有益性が示された.この成績
から2
0
0
2年1
2月までに同様の手術を行った2
2
4
をふまえ,当科では現在,子宮内膜症性卵巣N
名と上述の導入以降の8
7名の再発率を比較し
胞を有する患者には,術後再発の可能性,OC
た.なお,再発の定義は,上述と同様,術後2
服用による抑制効果につき十分な説明を行い,
年間に2cm 以上の子宮内膜症性卵巣N胞と診
患者の挙児希望やその時期,薬物療法のコンプ
断される所見を認めたものとした.
ライアンスなどを考慮し,手術時期・術後管理
成
績
法を決定している.
(コホート研究)図2に示したように,8
7名
一方,最近では4
0歳以降でも卵巣温存を希望
中4
8名が OC を開始し,4
8名中3
4名が OC を2
し,付属器切除術ではなく,N胞摘出術を希望
年間継続した.再発率を OC 服用状況により比
する症例が増え,さらに両側卵巣N胞症例で,
較すると,2年間継続群で2.
9%,中断群およ
片方の罹患卵巣はN胞摘出にとどめる症例も多
低用量ピル(OC)による子宮内膜症性卵巣N胞摘出術後の再発予防の試み 115
total
72
(5)
OC
24
(0)
後療法なし
42
(4)
lost follow
14
(1+α)
follow中
28
(3)
follow中
21
(0)
後療継続中
19
(0)
ジエノゲスト
(
5 1)
lost follow
3例
(0+α)
治療中止
(
2 0)
follow中
(
5 1)
後療継続中
(
3 0)
GnRHa+
ジエノゲスト
(
1 0)
follow中
(
1 0)
治療中止
(
2 1)
図3a N胞摘出術後の薬物使用と再発
20
10年に子宮内膜症性卵巣N胞に対し,腹腔鏡下摘出術を行った症例の
術後各種薬物の使用状況と2
01
1年1
2月の時点での再発.数字は全体の症
例数.( )は再発症例数.
計学的解析は行っていないが,現在のところ他
total
13
(1)
薬剤でも OC と同様の効果が認められる傾向に
あり,今後,4
0歳以上や合併症による OC 禁忌
後療法なし
(
6 1)
ジエノゲスト
(
6 0)
GnRHa+
ジエノゲスト
(
1 0)
症例などにはジエノゲストによる再発抑制も考
慮されてよいかと考えている.
今後,さらなる治療薬剤・治療期間の適正化
follow中
(
3 0)
lost follow
(
3 1)
follow中
(
6 0)
lost follow
(
1 0)
に向け,各種薬剤の効果の比較・薬物療法中止
後の再発率などに関して,検討を続ける予定で
後療継続中
(
5 0)
治療中止
(
1 0)
図3b 片側付属器摘出+片側N胞摘出術後の薬物使用
と再発
2
0
1
0年に,子宮内膜症性卵巣N胞に対し,腹腔
鏡下片側付属器摘出+片側N胞摘出腹腔鏡下摘
出術を行った症例の術後各種薬物の使用状況と
2
0
1
1年12月の時点での再発.数字は全体の症例
数.( )は再発症例数.
ある.
謝
辞
今回の発表の機会を与えていただいた増]英明
先生, 座長の労をおとりいただいた杉並 洋先生,
藤下 晃先生に御礼申し上げます.また研究指導
・協力をいただいた,東京大学医学部女性診療科
・産科,生殖グループの先生方に深く感謝申し上
げます.
く,そのような症例の再発も問題となってきた.
そこで,2
0
1
0年より,4
0歳以上の症例で,罹患
卵巣が残存している症例に対しては,ジエノゲ
ストの投与を試みている.2
0
1
1年1
2月の時点で
の術後各種薬物の使用状況を,N胞摘出術(図
3a)と片側N胞摘出術+片側付属器切除術(図
3b)症例に分けて示す.症例数は少なく,統
文
献
〔1〕Koga K et al. Recurrence of ovarian endometrioma
after laparoscopic excision. Hum Reprod 2
0
03;
2
1:217
1−217
4
〔2〕Takamura M et al. Post-operative oral contraceptive
use reduces the risk of ovarian endometrioma recurrence after laparoscopic excision. Hum Reprod
2
00
3;24:304
2−30
48