『南アフリカ経済論 企業研究からの視座』日本評論社

《書
評》
南アフリカ経済論
企業研究からの視座
(西浦昭雄著、 日本評論社、 2008年)
久
富
健
治
本書は企業研究の視座から南アフリカの経済社会の実像に迫った力作である。 アフリカ地域
経済研究者である筆者によれば、 南アフリカの経済社会を 「企業」 という視座から捉えた研究
は数少なく、 そういう意味でも意義がある著作である。 筆者のそもそもの問題意識はアフリカ
の貧困問題の解決にある。 貧困問題のダイレクトな解決方法は経済成長であり、 その主役は付
加価値を生産する企業であるから、 企業を研究の主軸に置くのはごく自然な流れであろう。
本書は、 企業研究の分析視角として、 産業政策論、 コーポレートガバナンス論、 ビジネスグ
ループ研究、 直接投資論をあげ、 それぞれの問題領域において先行研究を丁寧に紹介した上で
南ア企業の特徴を分析している。 本書が筆者の既発表論文を集成したものであるせいか、 取り
上げた分析視角のメニューはやや散漫な感があるが、 途上国経済の企業を分析する上で必要な
論点であることには間違いないし、 南ア特有ともいえる歴史的・国際的位置づけと南ア企業の
特徴との関係がよく浮き彫りにされていると思う。
とりわけ本書の長所は、 扱うテーマ自体が希少であること、 豊富な文献を渉猟していること
等に加え、 南ア企業の経営陣へのインタビュー調査をもとに分析を展開している点にある。 評
者としては、 第4章 「産業集中化とビジネスグループの変容」 が特に秀逸な印象を受けた。
惜しむらくは、 経済・経営学における客観的な (?) 実証スタイルを前にして、 筆者の叙述
に逡巡が散見されることだ。 例えば、 第4章で創業家に対する幹部社員の忠誠心の強さをイン
タビュー調査にもとづき指摘しているが、 一体いかなるタイプの忠誠心でどのような尺度で強
弱を判断しているかが不明である (
137)。 筆者は 「忠誠心の強さを客観的に証明するのは困
難な課題であるが」 と述べこの点の詳述を避けているが、 このあたりは本章では重要な論点と
なっているので、 定性的な記述を説得的に展開するか、 あるいは内容分析や因子分析などの質
的分析の手法を用いることに努めるべきだったと思われる。
また、 企業研究の分析視角を明確にして南ア企業の諸特徴を明らかにしている点は高く評価
されるべきだが、 評者としては、 南ア企業のフィールドワークを通じて、 当の分析視角自体の
理論的射程あるいは枠組みそのものについて批判的に検討することも試みてほしかった。 そう
した作業は単なる批判ではなく、 あらたな企業研究の視座を生み出すことにもつながる可能性
を秘めるからである。
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《書評》
若干の難点をあげたが、 もとより本書の価値を損なうものではない。 本書は地域研究にとど
まらず、 企業論・経営学研究に従事する者にとっても有益な成果であることは間違いないだろ
う。
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