市町村合併 ∼最適人口規模の考察∼ 大塚華・久保田祐佳・森平華奈子 0.はじめに ........................................................................ 1 1.市町村合併において考えられるメリット・デメリット ................................ 1 2.最適人口規模とは何か(既存の研究を参考にして) .................................. 2 3.検証 ............................................................................ 5 4.結論 ........................................................................... 13 参考文献 ........................................................................... 13 0.はじめに 市町村合併に関連して、住民 1 人当たりの費用が最少になる「最適人口規模」が存在し、それ を実現するように小規模市町村の合併を推進することが望ましいという議論が存在する。はたし て、この議論は正しいかどうかを検討することがこの論文の目的である。 人口の多い市町村ほど住民 1 人当たりの費用が低下する傾向があるとすれば、それは地方公共 財の供給に関して、規模の経済がはたらくからである。ただし、単純に市町村合併をすれば、地 方公共財の規模の経済がはたらくかというとそうではない。その地域の地理的特性(河川や山で さえぎられているなど)や、そもそもその地方公共財のもつ特性によって、便益のおよぶ地理的 範囲には制約があるからである。従来の研究では、なぜ人口規模と住民 1 人当たり費用の間にあ る関係が観察されるかについて十分な考察をせずに、機械的にこれらの変数間の相関を調べてい たにすぎないという欠陥がある。 この研究では、市町村が供給するサービスは私的財と公共財の混合されたものであり、前者は 規模の経済がはたらかないが、後者は規模の経済がはたらくという点に注目して、歳出項目別に、 人口と住民 1 人当たりの費用(歳出)を調べた。そして、地域特性との関連を調べるため、全国 の市を人口密度別・地域別・所得別・年齢別に分けても既存の研究の結論は成り立つのかどうか 調べた。 1.市町村合併において考えられるメリット・デメリット 市町村合併を推進するため、国からも積極的な支援策が多く出され、全国のいたるところで合 併に関する議論が繰り広げられている。ここではまず、市町村合併の際に主張される一般的なメ リット・デメリットについて概観しておく。 1 メリット ○ 利用可能な窓口の増加などにより、住民の利便性が向上する。 ○ 小規模市町村では設置困難な女性政策や情報化などの選任組織をおいたり、十分には確保し にくい専門職の採用、増強を図ることができるようになり、サービスの多様化、高度化が期 待できる。 ○ 重点的な投資が可能となり、地域の中核となるグレードの高い施設の整備や大規模投資を必 要とするプロジェクトの実施が可能になる。 ○ 広域的な視点に立って、道路や公共施設の整備、土地利用などを行うことで、より効果的な 街づくりができる。 ○ 最適人口規模で合併を行えば、費用最小化を実現できる。 デメリット ○ 住民の声が届きにくくなり、きめ細やかなサービスが失われる。 ○ 中心部だけがよくなり、周辺部は取り残されてしまう。 ○ 財政状況に差のある市町村の合併は、財政状況のよい市町村に不利となる。 ○ 合併により、歴史・文化・伝統が失われる。 以上のようなプラス面・マイナス面が考えられているが、その中でも「市町村には、住民一人 当たりの歳出費用を最小にする、最適な人口規模がある。 」という主張を根拠に、その規模を目指 して合併を推し進めるべきだとする考え方の正当性を、既存の研究の追試を通して以下で検証し ていくことにする。 2.最適人口規模とは何か(既存の研究を参考にして) ここでは最適人口規模に関する議論を整理していくことにする。議論は3つに分けることがで きる。第一は人口と一人当たり歳出構造の U 字型の関係から最適人口規模を求めたもの、第二は 人口と面積などの地域環境要因を考慮にいれて、費用関数を推定して最適人口規模を求めたもの、 第三は最適人口規模自体を否定したものである。 まず、第一番目の分析からみていく。林(1999)は人口(対数)と一人当たり歳出額(対数)の関係 を U 字型として、最適人口規模を 13.35 万人と推計し、その最小費用を 30.11 万円としている。 また、目的別歳出に関する分析を行っているが、有意な関係はみられず、議会費のみ規模の経済 がはたらくと分析している。古田(1989)は人口 10 万人超、100 万人未満の全国 176 都市の目的別 歳出からみた費用構造を分析している。古田は人口を説明変数として議会費・総務費・衛生費・ 消防費・教育費・土木費の推計を行っている。議会費・総務費・衛生費・土木費が U 字型の費用 構造をもつとし、U 字型の底になる効率規模を求めている。最適人口規模は、一般行政サービス 費(議会費・衛生費・総務費)では 32 万人から 34 万人程度、衛生費では 30 万人程度、土木費 については 32 万人程度としている。吉村(1999a)もまた同様に市町村の人口規模と歳出構造には 2 密接な関係が存在するとして、人口をもとにした費用関数から最適都市規模を求めている。市区 において人口(対数)と一人当たり歳出額(対数)の関係は U 字型であり、町村においては L 字型と なっている。吉村は、全国市区において、また全国の町村においても下に凸の二次関数の関係が 認められるとし、最適人口規模求めている。その最適規模は、市区では 20.9 万人である。町村に おいては L 字型の形状に下に凸の二次関数の関係をあてはめ、最適人口規模は 100 万人を越える 規模として現実には町村は大きければ大きいほど規模の経済がはたらくとしている。 第二は、人口と面積の関係から費用関数を測定した分析である。吉村(1999b)は人口・面積 を説明変数として分析を行っている。面積を説明変数に加えた市区の最適人口規模は 27.1 万人で あり、町村の場合は人口を変数にした分析(吉村 a)と同様に L 字型をとり最適人口規模は 245.1 万人となっている。横道・沖野(1996)は一人当たり歳出額と人口の関係を L 字型と捉え、そこ には負の相関、つまりは規模の経済が存在すると述べている。また、一人当たり面積と一人当た り歳出額の関係は正の相関があるという。つまり、人口が増えると費用は減少するが、面積が増 えると費用は増す関係にあるというのである。その分析をもとに横道・沖野は面積ごとに最適人 口規模を求めている。中井(1988)は面積・人口密度・人口増加率より回帰式を推定し、最適人口 規模を求めている。この式から人口と一人当たり歳出額の関係は U 字型になるとし、U 字型にお いて一人当たり歳出額が最小となる点を 12.8 万人としている。これらの議論に対して、林(2002) は既存の議論を人口の数字合わせであり、経済学的裏づけがないと批判している。そして地域の 特性を考慮に入れた合併についてのべている。林は地域環境要因として DID 人口比率・昼夜間人 口比率・65 歳以上人口比率・総面積が有意であるとしてとりあげている。そしてこれにより、費 用関数を特定化している。林によると先にみた環境要因が費用を増大させる傾向をもち、また既 存の多くの市町村が最適人口規模よりも人口が少ないと分析している。林は推定対象の 94%が自 己の最小規模よりの少ない人口であると算出している。林の求めた最適人口規模は 31 万人から 46 万人である。 さて、これまでみてきた最適人口規模からあきらかであるようにどの研究も約 10 万人から約 30 万人の最適人口規模をとり、ばらつきがある。また、横道、沖野をのぞきいずれも、一人当た り費用が最小になる規模を求めているが、その最適人口規模の通りに合併したとしても次のよう な問題が発生すると考えられる。まず、面積が広いが人口が少ない市町村が合併した場合公共財 の便益の及ばない範囲がでてくる可能性がある。逆に面積の小さな市町村が最適規模の通りに合 併しても混雑現象により住民が十分に公共財を消費することができないこともあるであろう。こ のように考えると最適人口規模を目指した市町村合併により財政の効率化を目指すことは難しい と考えられる。 では最後に最適人口規模がないという原田・川崎(1999)の議論をみておこう。原田・川崎は それぞれの市町村を制度的な差異に分類することで各自治体のサービス内容の差異を反映した歳 出構造の分析を行っている。彼らの分析結果ではこれまで中井・林・吉村らが示した一人当たり 歳出構造(対数)と人口(対数)の関係を U 字型とする意見に関し、U 字型となるのは政令都市 3 の影響であり本来は L 字型の歳出構造がみられるとしている。そして、L 字型の左部分、つまり 人口の少ない地域の合併を提唱している。この意見は先に述べた通り面積を無視した議論であり、 これまでみてきた人口の数合わせと変わりがない。L 字型になる原因は地方交付税などの財政調 整制度により、ある一定規模以上の人口の大きい自治体においても経費が一定になるように調整 された結果であると考えられている。各市町村は国が定めたナショナル・ミニマムの水準を達成 すべく財政調整がなされるのであり、故に市町村に独自のサービスを行う裁量があるとは考えに くいという。 以上、最適人口規模に関する議論を整理してきた。最初に述べたようにこの議論の前提は公共 財の規模の経済に基づく最適人口規模の存在である。しかし、市町村が供給する財、サービスの 多くはそもそも公共財的性質より私的財的な性質をもつものである。公共財のみであれば、規模 の経済による財政的効率性の達成が可能であるが、私的財であればその費用は人数が増すごとに 比例的に増えていくのだ。これらまでの研究では私的財と公共財の供給を一緒にして考えている ために合併の効果がきちんと計れているとは考えがたい。以下の章ではこれらの点に注目し統一 的意見のない市町村合併の最適人口規模の議論に関して追試を行い、実際の市町村の歳出構造が どのようなものになっているのか、そしてこれまでの財政効率化の観点から最適人口規模を提示 して市町村合併を促すやり方が正しいのであるかをみていきたいと思う。 表 1:「最適人口規模」を求めた過去の論文 出典 データ 林正寿 全国 3232 市町村 分析結果 一人当たり歳出額と人口の関係:U 字型 (1999) 吉 最適人口規模 13.35 万人−30.11 万 円 田 (1989) 東京都内の市を除く人口 一人当たり目的別歳出額(土木費、衛生費 一般行政サービス 32 10 万人超 100 万人未満の 等)と人口の関係:U 字型。各歳出の最適 ∼34 万人 176 都市(1985 年度決算) 人口を算出。 衛生費 30 万人 土木費 32 万人 吉 村 (1999a) 吉 村 (1999b) 1994 年度特別区を含む全 市での一人あたり歳出額と人口の関係:U 市・特別区:20.9 万人 国 691 市及び全町村 字型 町村:157.3 万人 町村での一人当たり歳出総額と人口の関 (*人口は多いほど 係:L 字型 効率的) 1996 年度特別区を含む全 市での一人あたり歳出額と人口と面積の 市・特別区:27.1 万人 国 691 市及び全町村 関係:U 字型 町村:245.1 万人 町村での一人当たり歳出総額と人口と面 (*人口は多いほど 積の関係:L 字型 効率的) 横道・ 1992 年度政令指定都市、離 一人当たり歳出額と人口の関係:L 字型 10 ㎢:9.1 万人、 沖野 党該当市町村、及び地方交 一人当たり歳出額と面積の関係:正の相関 100 ㎢:13.6 万人 (1996) 付税の不交付団体を除く 面積をあらかじめ想定し最適規模を算出。 100 ㎢:約 18.1 万人 4 2959 の市町村 中井 1984 年度全市町村決算 (1988) 1000 ㎢:約 20.5 万人 一人当たり歳出額と人口の関係:U 字型。 12.8 万人 規模の経済あり。 林正義 政令指定都市、東京都特別 地域環境要因考慮して、費用関数を特定化 31 万∼46 万人(人口 (2002) 区、特定の変数が欠けてい し最小規模を求める。*既存の研究を否定 の数字合わせでなく る市を除いた 572 市 している。 地域特性を考慮にい れる) 原田 1995 年度の特別区を除く 小町村、大町村、小都市、大都市、政令指 最適人口規模は存在 ・川崎 3232 市町村 定都市にわけて推定する。一人あたり歳出 しない と人口の関係は L 字型。 (1999) 3.検証 ①1人当たり歳出総額と人口規模 先行研究に倣い市部1人当たり歳出総額と人口規模(対数)で散布図を描いてみると、以下の ようになる。 図 1:市の1人当たり歳出総額と人口規模(対数) 1400 一 人 当 た り 歳 出 総 額 1200 1000 800 600 400 200 0 0 5 10 15 20 人口(対数) 散布図はU字型を示しており、このことが多くの先行研究によって指摘されている「最適人口 規模」の根拠となっている。つまり、行政事務の効率化のため、1 人当たり歳出額が最小になる 人口規模を目安にして合併を推進すべきだという議論へつながるのである。 しかし歳出総額から市の費用構造を適切に捉えることはできない。なぜなら市の供給する財は 私的財と公共財に分けられ、それぞれの財の供給が歳出に与える影響はまったく異なるからであ る。具体的には、公共財の供給には規模の経済がはたらき、人口の増加とともに費用は逓減する。 一方、私的財の供給には人口に比例した費用が必要となるのである。このため、仮に費用が最小 となるような人口規模があったとしても、それは供給される公共財と私的財の組み合わせに依存 5 することは言うまでもない。よって、2 つの財を区別せず単に歳出の総額だけを見て議論するこ とには大きな問題がある。 ②目的別歳出と人口規模 そこで、まず市が供給している財の性質を調べる必要がある。そのため、歳出総額ではなく目 的別歳出と人口によって散布図を描き、歳出総額のものと比較・検討する。 ※目的別歳出・人口は『市町村決算状況調』の 2000 年度データを使用している。合併などに 伴いデータが存在しない 8 つの市は除いている。各費目の内訳は以下のとおりである。 表 2:目的別歳出内訳 議会費 総務費 総務管理費・徴税費・戸籍住民基本台帳費・選挙費・統計調査費・監査 委員費 民生費 社会福祉費・老人福祉費・児童福祉費・生活保護費・災害救助費 衛生費 保健衛生費・結核対策費・保健所費・清掃費 労働費 失業対策費・労働諸費 農林水産業費 農業費・畜産業費・農地費・林業費・水産業費 商工費 消防費 土木費 土木管理費・道路橋りょう費・河川費・港湾費・街路費・公園費・下水 道費・区画整理費等・住宅費・空港費 教育費 教育総務費・小学校費・中学校費・高等学校費・特殊学校費・幼稚園費・ 社会教育費・体育施設費等・学校給食費・大学費 図 2:市の1人当たり目的別歳出と人口規模(対数) 20 15 議 会 費 10 5 0 0 5 10 人口(対数) 6 15 20 250 200 総 務 費 150 100 50 0 0 5 10 15 20 15 20 15 20 15 20 人口(対数) 350 300 250 民 200 生 費 150 100 50 0 0 5 10 人口(対数) 140 120 100 衛 80 生 費 60 40 20 0 0 5 10 人口(対数) 100 80 労 働 費 60 40 20 0 0 5 10 人口(対数) 7 140 120 農 林 100 水 80 産 60 業 40 費 20 0 0 5 10 15 20 15 20 15 20 15 20 人口(対数) 300 250 商 工 費 200 150 100 50 0 0 5 10 人口(対数) 50 40 消 防 費 30 20 10 0 0 5 10 人口(対数) 400 300 土 木 費 200 100 0 0 5 10 人口(対数) 8 140 120 100 教 80 育 費 60 40 20 0 0 5 10 15 20 人口(対数) [1]議会費 定数項 対数人口 対数人口2乗 [6]農林水産業費 係数 97.74 t値 有意確率 39.58 0.00 *** 0.00 *** -14.53 -34.26 0.55 30.27 0.00 *** 定数項 対数人口 対数人口2乗 [2]総務費 定数項 対数人口 対数人口2乗 [7]商工費 係数 t値 有意確率 946.43 14.73 0.00 *** -143.79 -13.03 0.00 *** 5.66 12.00 0.00 *** 定数項 対数人口 対数人口2乗 [3]民生費 定数項 対数人口 対数人口2乗 係数 t値 有意確率 1488.73 16.33 0.00 *** -237.24 -15.15 0.00 *** 9.88 14.76 0.00 *** 定数項 対数人口 対数人口2乗 対数人口2乗 係数 t値 有意確率 229.41 15.15 0.00 *** -35.22 -13.54 0.00 *** 1.42 12.78 0.00 *** [9]土木費 係数 509.20 -79.85 3.37 t値 有意確率 9.18 0.00 *** -8.38 0.00 *** 8.24 0.00 *** 定数項 対数人口 対数人口2乗 [5]労働費 定数項 対数人口 係数 t値 有意確率 781.77 11.63 0.00 *** -131.27 -11.37 0.00 *** 5.56 11.27 0.00 *** [8]消防費 [4]衛生費 定数項 対数人口 対数人口2乗 係数 t値 有意確率 720.15 12.21 0.00 *** -111.22 -10.98 0.00 *** 4.30 9.93 0.00 *** 係数 1250.50 -203.12 8.68 t値 有意確率 9.87 0.00 *** -9.34 0.00 *** 9.33 0.00 *** 係数 468.94 -69.27 t値 有意確率 7.50 0.00 *** 0.00 *** -6.45 [10]教育費 係数 -10.61 2.55 -0.12 t値 有意確率 -0.60 0.55 0.84 0.34 定数項 対数人口 -0.95 対数人口2乗 0.40 2.80 1%有意水準で帰無仮説を棄却する場合には***を示している 自由度修正済み決定係数 F値 有意確率 [1] [2] [3] [4] 0.90 0.42 0.29 0.10 2860.24 236.89 133.95 39.85 0.00 0.00 0.00 0.00 9 6.09 0.00 *** n=666 [9] [10] [5] [6] [7] [8] 0.00 0.39 0.16 0.34 0.11 0.10 2.25 216.17 65.69 173.25 43.63 38.88 0.11 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 散布図より、規模の経済がはたらいていると思われるのは議会費・総務費・農林水産業費、U 字型となっているのは民生費・消防費、傾向がつかめないのは衛生費・土木費・教育費、一定値 をとっているのが労働費・商工費であった。このうち、農林水産業費に規模の経済がはたらいて いるように見えるのは、おそらくみせかけの関係である。なぜなら、小規模の市を抽出したとこ ろ、これらの市は農林水産業や農業が盛んであるなど、第一次産業への依存度が高いことがわか ったからである。 一方、回帰係数の t 値・有意確率をみると、労働費以外の結果はすべて有意であった。したが って、回帰分析の結果をそのまま解釈する限り、最適人口規模が算出可能となる。以下、推定し た「最適人口規模」を表にまとめた。 表 3:最適人口規模 議会費 総務費 民生費 衛生費 労働費 農林水産業費 商工費 消防費 土木費 教育費 545300 328502 163746 155439 41151 562686 133901 243144 120627 235542 (人) ③地域特性 今求めた最適人口規模は、人口規模しか考慮していない。そのため、既存の研究に批判的な林 正義(2002)の指摘をもとに、歳出に影響を与える可能性がある要因として、住民の選好の違い と地域特性を取り上げることにする。これらの要因を考慮するために、市をいくつかに分類して 散布図を作成した。都市の選好の違いは年齢別人口(15 歳未満・15∼64 歳・65 歳以上)、課税 対象所得別(150 万円/1 人・150 万円/1 人以上)に分けることで、地域特性は地域別、人口密 度別(1000 未満・1000∼4000 未満・4000∼7000 未満・7000 以上)に分けることによって調べ た。年齢別人口・課税対象所得別による分類によって、利用者の特性を調べることが可能である と考えられる。また地域別による分類によって、地域環境要因を考慮したことになるだろう。 ※年齢別人口は『市町村決算状況調』の 1995 年度データ、課税対象所得は『市町村決算状況調』 の 1996 年度データ、人口密度は人口を面積(『市町村決算状況調』の 1995 年度データ)で除 した値を使用している。 しかし、これらの区分けによって描いた散布図からは明確な相関関係は見出せなかった。回帰 分析で高い当てはまりの度合いを示したのは、分類前と同様に議会費・総務費であった。ただ密 度に関しては、7000 以上になると右上がりの関係が強まった。これは混雑現象による費用の増加 だと考えられる。しかし、全体としては住民の選好の違いと地域特性が歳出に与える影響は低い 10 ことが分かった。 ④市の役割分担の影響 そこで歳出額や住民の選好・地域特性ではなく、市の果たしている役割に、より焦点を当てる ことにする。つまり、各市の権限の違いが歳出に与える影響を検証する。仮説としては、散布図 に見られた右上がりの部分を構成する市(図 3 参照)は、特別な仕事を請負っているのではない か、ということが挙げられる。分析方法としては目的別歳出で描いた散布図において右上がりと なった市を抽出し、その特徴を調べることにする。結果は以下の表にまとめられている。 図 3:歳出額が右上がり部分を有する費目(例示) 250 200 総 務 費 150 100 50 0 0 5 10 15 20 人口(対数) 表 4:一人当たり目的別歳出が右上がりとなる地域 総務費 横浜市・名古屋市・札幌市・神戸市・福岡市・川崎市・広島市・北九州市・仙 台市・千葉市・堺市・熊本市(計 12) 民生費 横浜市・大阪市・名古屋市・札幌市・神戸市・京都市・川崎市・広島市・北九 州市・仙台市・千葉市・堺市(計 12) 衛生費 横浜市・大阪市・名古屋市・札幌市・神戸市・京都市・福岡市・川崎市・広島 市・北九州市・仙台市・千葉市・堺市・岡山市(計 14) 商工費 横浜市・大阪市・名古屋市・札幌市・神戸市・京都市・福岡市・川崎市・広島 市・北九州市(計 10) 消防費 横浜市・大阪市・名古屋市・札幌市・神戸市・京都市・福岡市・川崎市・広島 市・北九州市・仙台市・千葉市・堺市(計 13) 土木費 横浜市・大阪市・名古屋市・札幌市・神戸市・京都市・福岡市・川崎市・広島 市・北九州市・仙台市・千葉市(計 12) 教育費 横浜市・大阪市・名古屋市・札幌市・神戸市・京都市・福岡市・川崎市・広島 市・北九州市・仙台市・千葉市(計 12) ※歳出額の多い順、下線は中核市 11 表から分かるように、右上がり部分の都市はすべて政令指定都市もしくは中核市であった。政 令指定都市とは、地方自治法で規定されている政令で指定される、人口 50 万以上の市である。ま た中核市とは、政令で指定される人口 30 万以上・面積 100k ㎡以上の市をいう。そしてこれら 2 つの市は①事務配分②行政監督③財政(④組織)において一般の市とは異なった権限を持つこと になる。つまり人口の多い市で費用が増加するのは、人口が増加したためではなく、一般の都市 とは異なった役割を担うことになったことが原因だと考えられる。 つまり政令指定都市等を除くと、人口の増加とともに歳出は下がり続けると考えられる。これ は規模の経済がはたらくからではなく、現行の制度によって決められた財の供給を行った結果で ある。よって多少の幅はあるとしても、合併の目安とすべきいわゆる「最適人口規模」というも のは存在しない。そのような人口の数字合わせによる合併は効率化の観点からしても疑問があり、 本質は国と地方の役割分担(制度)なのである。 さらに、散布図を見ると各費目において一人当たり歳出額が極端に高額な地域がある。この地 域がどのような地域かをみることにする。 表 4:一人当たり目的別歳出が高い地域 議会費 歌志内市・山田市・夕張市 総務費 夕張市 民生費 歌志内市 労働費 田川市・直方市 商工費 歌志内市・夕張市 消防費 常陸太田市、夕張市、歌志内市 ※・・・:人口が少ない地域、・・・:高齢者の多い地域 表をみると北海道の歌志内市と夕張市が極端に他の市に比べて多くの費目において高い歳出額 となっていることである。この二つの市の特徴は共に人口が少ない点、また全人口に占める高齢 者の比率が高い点にあろう。議会費・民生費・商工費・消防費において一人当たりの歳出額が高 い歌志内市は全市の中で、人口が 6867 人と最も少ない。また、高齢者の全人口にしめる割合も 25%を越えていて高い。同様に議会費・総務費・商工費・消防費に関して、一人当たり歳出額が 高くなっている夕張市も全市で 5 位に入る少ない人口であり、高齢者の比率は 25%を越えている。 議会費において、歌志内市・夕張市と並んで高額となっている岩手県の山田市は歌志内市につぐ 全市の中で 9625 人と 2 番目に少ない人口をもつ市である。このことから、議会費の極端に高い 歳出額は人口が少ないことに起因しているようである。また、他の費目においても一人当たり歳 出が極端に高くなるのは人口の少なさ、高齢者の多さなどが原因となっているようだ。 労働費の飛びぬけて高いのは福岡県の田川市、福岡県の直方市である。この共通事項はいずれ 12 も、かつて炭鉱で栄えた町であったという点であり、炭鉱の閉山と共に大量の失業者がでたこと が原因であると考えられる。土木費の高額な芦屋市(兵庫県)は阪神・淡路大震災後の復興のた めであると考えられる。労働費や土木費には地域の特殊事情が反映されやすいようである。 いずれにせよ、表面的な歳出額だけで議論しても地方の歳出構造を的確に捉えることはできな いことは明らかである。 4.結論 今回の追試研究からは、大きく二つのことがわかった。 一つ目は、最適人口規模は存在せず、よって最適人口規模を正当化根拠として市町村合併を推 進するのは誤りであるということである。 二つ目は、市町村合併を考える際の問題の核心は、中央と地方の役割分担であるということで ある。 従来の研究では、中央政府から各市町村に課された役割、権限の差には注目せず、図1のU字 型の分布から機械的に最適人口規模を求めたものが多かった。しかし、それがU字型の分布にな っているのは、現在地方政府に割り当てられている財を合計した結果、たまたまそのような形状 になっただけである。公共財的なものの供給を多く割り当てられていればいるほど右下がりの形 状になりやすく、私的財的なものの供給を多く割り当てられていればいるほど、U字型になりや すい。つまり、現行制度のもとで費用が最小になるような人口規模があったとしても、それは現 在の中央と地方の役割分担や、政府がどの程度私的財を供給するかに依存するのだ。 また、同散布図の右上がりの部分に位置する都市に注目すると、これらはすべて政令指定都市 もしくは中核市であった。ゆえに、国から特別な権限を与えられている政令指定都市などを除い て考えれば、人口の増加とともに歳出は下がり続けると考えられ、最適人口規模は存在しないこ とになる。したがって、問題の本質は国と地方の役割分担にあるといえる。中央政府と地方政府 (都道府県・市町村)がそれぞれどのような仕事を請け負うべきかを考えることが重要なのであ る。 以上のことから、費用最小化を目的とした「最適人口規模」を正当化根拠として市町村合併を 推進するのはおかしいといえる。問題の核心は中央と地方の役割分担であり、その地域ごとに個 別具体的に考えていくべきだということなのである。 参考文献 古田俊吉,1989「都市公共サービスの費用構造」 『研究年報(富山大学) 』第 14 巻 原田博夫・川崎一泰,2000「地方自治体の歳出構造分析」『日本経済政策学会年報』第 48 巻 林正寿,1999『地方財政論:理論・制度・実証』 (東京,ぎょうせい) 中井英雄,1988『現代財政負担の数量分析』(東京,有斐閣) 横道清孝・村上康,1996「財政的効率性からみた市町村合併」『自治研究』第 72 巻 11 号 13 吉村弘,1999b「行政サービス水準および歳出総額からみた最適都市規模」 『地域経済研究(広島 大学経済学部付属地域経済研究センター紀要) 』第 10 号 東京都総務局総務部企画課編,2000『市町村決算状況調』 14
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