日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015 《論 文》 訪日外国人旅行客の地方誘致に関する一考察 ― 韓国人マーケットの可能性と地方誘致における影響要素 ― チ ェ ジ ェ ヒョン 崔 載 弦 大阪府立大学院経済学研究科博士後期課程 To realize the Japanese government policy of building a tourism-based nation, it is indispensable to attract foreign travelers not only to metropolitan areas but also local areas. Given the Koreans’ tendency of traveling abroad and their points of sightseeing interests and rural areas’ general characteristics and sightseeing resources they have, I assume that Korean tourists are relatively highly compatible with rural areas. To be successful in inbound travel policy, one significant strategic element is for local municipalities to better understand and grasp target markets’ characteristics including tourists’ mindsets, motivation and purposes. In conclusion, the mismatch between travelers’ profile and local municipalities’ inbound travel promoting or their failure to understand travelers’ characteristics is one of obstacles in bringing more foreign travelers to rural areas. This factor needs to be carefully taken into account when tourism authorities design destination marketing. 1.研究の背景と目的 は、訪日外国人旅行客誘致、いわばイン る、外国人旅行者の地方誘致である。訪 2003年に開始した「ビジット・ジャパ バウンド促進が非常に大きな鍵となる 。 日外国人旅行全体では、2010年頃から始 ン・キャンペーン(VJC)」の展開は、日 そのためには、解決しなければならない まった中国を始めとする一部の国や地域 本の観光において大きな転換点であっ 課題も山積している。その一つが、地域 に対する訪日ビザの緩和などの施策が功 た。1987年に制定された総合保養地域整 経済活性化の大きな手段として期待され を奏し、訪日外客数は順調に伸び続けて iii 備法(通称、リゾート法)がバブル経済 期における日本の観光の現状を象徴する 表-1 国際観光主要年表 ものとするならば、このビジット・ジャ 1930年7月 国際観光局発足(鉄道省:現国土交通省) パン・キャンペーンは、内なる豊かさの 1963年6月 観光基本法制定/総理府観光政策審議会設立 享受から外貨獲得の経済効果、つまり観 1964年4月 国際観光振興会/日本観光協会設立/海外旅行自由化(66年回数制限撤廃) 光の内需から輸出促進への転換の始まり 1964年10月 東京オリンピック であると言えるi。無論、それまでも国際 観光に関する施策がなかったわけではな いが、より能動的な始動を意味する。さ らに、2008年10月の観光庁の設置は、名 1978年5月 新東京国際空港(成田空港)開港 1978年7月 日本政府世界観光機関(WTO)に加盟 1986年3月 国際観光モデル地区制度開始 1987年9月 海外旅行者倍増計画(テン・ミリオン計画)の策定 1989年4月 第1回観光立県推進地方会議の開催 実共に国際観光振興、とりわけ訪日外国 1991年7月 観光交流拡大計画(ツー・ウェイ・ツーリズム21)策定 人旅行客誘致(インバウンド)の重要性 1997年6月 外国人観光旅客の来訪地域の多様化の促進による国際観光の振興に関する法律 を再認識した新たな起点と言えるii。その 2000年10月 二十一世紀のわが国の観光のあり方に関する提言(経済団体連合会) 後、2011年の東日本大震災の未曾有の大 2002年12月 グローバル観光戦略(国土交通省) 打撃を受けながらも、2013年には訪日外 国人観光客数が1000万人を越え、史上最 高値を記録した。また、政府は2020年の 東京オリンピックの年には、2013年の2 2003年1月 観光立国懇談会(小泉内閣)/外国人観光客倍増計画 2003年3月 VJC(ビジット・ジャパン・キャンペーン) 2003年7月 観光立国推進基本法 2006年6月 訪日韓国人短期滞在ビザを恒久的に免除 2007年1月 観光庁発足 倍となる2000万人の訪日外客の誘致を目 2008年10月 観光立国推進本部発足(国土交通省)/日韓観光交流の年(地方観光交流促進) 標にしている。 2010年7月 訪日個人中国人観光ビザ要件緩和(2011年9月再)/訪日外国人3千万人プログラム 日本政府が提唱する観光立国の実現に 2013年7月 東南アジア諸国訪日ビザ緩和(東南アジア訪日100万人プラン) -45- 日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015 いる。反面、九州などの一部の地域を除 津田は、著書「国際観光論 ― 観光輸出 考慮すれば、観光による経済効果は、世界 けば、外国人旅行者の都市集中現象が著 の理論と政策」の中で、日本の国際観光、 全体の GDP の約9%($6.6兆)に達する しく、施策の恩恵から取り残された地方 とりわけ外客の誘致を、観光の輸出産業 (World Travel & Tourism Council、 も少なくない 。 の側面からその重要性を改めて強調して 2012) 。 また、 国連世界観光機関 (UNWTO) 外客誘致による観光活性化からはやや いる。日本のインバウンド観光誘致の必 のデータによれば、世界の観光規模は2010 疎外されているとも言えるこれらの地方 要性について唱えた先駆的な存在と言っ 年の約10億人から2030年には18億人に成 への誘致には、更なる努力と工夫が必要 ても過言ではない (1969) 。地域のインバ 長すると見込まれ、特に経済成長に伴うア である。自治体の観光行政や関連団体は、 ウンド観光誘致に関する研究には、溝尾 ジア太平洋地域市場において著しい成長 誘致主体としての観光地のイメージを適 が研究代表を勤めた「地域におけるイン が 予 測 さ れ て い る(Tourism Towards 切に伝達し、市場への適宜な対応が必要 バウンド観光マーケティング戦略」で、 2030 Global Overview、UNWTO、2011) 。 である。旅行への欲求や目的は、時代や インバウンド観光誘致の視点を内部環境 日本においても、2020年までには訪日 旅行者が属している社会、あるいは旅行 と外部環境と分類し、それぞれの要素に 外国人旅行消費額を4兆3億円、波及効 者個人の環境によって常に変化するから ついて説明している (2007) 。インバウン 果は約16兆円、雇用は約85万人が目標で である。誘致ターゲットの海外旅行に対 ド観光の地方分布の現状については、戴 ある(2011年、観光立国推進戦略会議資 するニーズや多様性を充分に理解するこ が「訪日中国人観光客の旅行先分布と影 料) 。 これは2013年のおおよそ3倍の数字 とが求められる。この点の理解は、地方 響要因」の中で、九州地域の中国人誘致 である。そのため、近年、経済成長が著 の外客誘致のための観光地マーケティン における振興戦略を提言している しく日本への評価も高い東南アジアから グの戦略に大きな影響を及ぼすからであ (2011)。また、訪日インバウンド観光に のインバウンド観光誘致にも力を入れて る。地方の小規模自治体においては予算 関する直接的な研究ではないが、HJ Kim いる。しかし、これらの市場は、まだ訪 や人員など、様々制限と限界もあるもの 等は「訪韓外国人の地方分散のための政 日に占める全体数は少なく、地方への観 の、独自の視点と自律的な施策の展開が 策方案(和訳) 」の中で、外国人旅行者の 光誘致に効果が出るまでは、もう少し時 重要である。これらの欠如は外客の地方 地方分散における制約要因については言 間がかかるものと思われる。他方、訪日 誘致の大きな失敗要因として影響するも 及している(韓国文化研究院、2012) 。そ 外国人旅行者数の割合をみると、韓国、 のと考えられる。 の他、観光庁、自治体国際化協会、各自 台湾、中国の3ヶ国だけで全体のおおよ 本研究では、ターゲット市場の特性を 治体において、地方のインバウンド観光 そ6割(2013年597万人)以上を占め、こ 明らかにし、地方誘致に適しているかど 誘致に関する事例調査、研究が行われて れらの国 (地域) は訪日旅行の主要なマー うかの可能性について言及している。そ いる。 ケットになっている。これらのマーケッ の検証の対象として、訪日韓国人マーケ 本研究では、これらの研究を参考にし トの訪日旅行に及ぼす影響は非常に大き ットの特性と地方誘致の可能性を探って ながら、外国人旅行客の地方誘致におけ い。 みた。また、この検証と共に、地方誘致 る特定マーケットの有効性についても考 ここで、訪日市場の分類の際に注意し に影響する諸要因についても考察してい 察した。韓国人マーケットをその対象と なければならない点がある。 多くの場合、 る。ターゲットの特性を把握し、地方誘 し、検証に当たっては、主に韓国におけ 一括りに「外国人観光客」とまとめてし 致における優位市場を選定することは、 る海外旅行、及び訪日旅行に関する動向 まう傾向がある。これは、地方行政の観 戦略立案に役立つ。本研究は、地方誘致 調査等の2次データの再分析を用いてい 光地マーケティングにおいて顕著であ における韓国人マーケットの可能性の検 る。仮定には、まず①韓国人が訪日外客 る。例えば、度々「中華圏」という表現 証を通じ、韓国人マーケットに限らず、 に占める比率が非常に高く、かつ継続し を用いる。2013年には、この中華圏、主 地方誘致のターゲット選定に一定の方向 てその数を維持している。また、②韓国 に中国、台湾、香港だけでも426万人と、 性を示すことを目標にしている。 人の地方への入国者が他国に比べ比較的 訪日旅行者数の41%を超える巨大なマー 多い。更に、③韓国人の旅行動機が多様 ケットであった。しかし、訪日旅行にお 2.先行研究と研究の限定 に変化している。などが地方誘致に適し いては、それぞれの地域によって法制状 日本のインバウンド観光研究は、その ていると考えた。 況、仲介者や旅行者個人の環境、旅行形 iv 態など、 様々な要件が異なる。そのため、 多くが訪日外客の現況分析、国際比較、 政策研究が占めており、地方のインバウ 3.考察 当然、市場ごとの異なる誘致戦略を立て ンド観光誘致とマーケットとの関連、ま 3-1.訪日外国人旅行の現況 なければならず、 「圏」で括る考え方や表 たその影響要因に関する研究はそれほど 観光産業は、世界経済に非常に大きな 現には注意が必要である。このことは、 多くない。 影響を及ぼす。直接・間接的な派生効果を 韓国、中国、台湾など、それぞれの国、 -46- 日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015 表-2 訪日外国人旅行者数の現況 ことになる v。その内、訪日旅行者数は、 2006年訪日観光査証免除の実施と共に 200万人を超え、 2009年と2011年にはそれ ぞれ世界経済の状況の悪化と東日本震災 の影響によりやや減少していたが、その 後も順調に伸び続けている。しかし、こ こで一つ注目すべき点がある。韓国人の 海外旅行の目的地として、依然として日 本の人気が高いにも関わらず、出国者全 出所:日本政府観光局(JNTO)公開データを基に筆者作成 体に占める訪日旅行者の割合が縮小して 地域においても同様のことが言える。こ 3-2.韓国の海外旅行と訪日の現状、そ して地方誘致 れは本研究で言及している重要なポイン いる点である vi。 最近、韓国人の訪日旅行の傾向をみる トの一つでもあるが、インバウンド観光 韓国の海外旅行は、1989年の海外旅行 と、 「現地文化を身近に感じたい」などの 誘致においては、異なる市場の特性を十 自由化から急激に増え始め、2013年には 理由から、 自由旅行 (オプショナルツアー 分に理解しなければならない。つまり、 一年間の出国者数1484万人を記録した。 などを含む) の利用者が大多数を占める。 ターゲットとなる市場には、それぞれの これは、一部海外旅行に制限を設けてい また、韓国人の海外旅行は、自然景観に 特性があり、その特性にあわせた誘致戦 た1988年(ソウルオリンピックの開催年) 対する評価が高く、70%近くが休養や観 略が必要である。また同様に、観光地に の73万人に比べると、おおよそ20倍以上 光を目的としている。もう一つ、近年の もそれぞれ固有の特性があり、特に地方 の増加であった。 傾向としては、公正 旅行(Fair Travel) のインバウンド観光誘致施策には、これ この数字は、一年間の延べ人数ではあ に対する関心が非常に高い(韓国文化観 ら両者の特性の関連付けが重要であると るが、韓国の総人口比(約5000万人)で 光研究院、海外旅行動向調査、2013)vii。 考えられる。 単純に試算すると、国民の3.3人の1人が ここで少し公正旅行(Fair Travel)と 一年間に1回以上の海外旅行をしている は何かの説明を加える。韓国では、 「善い 4 4 旅行」 「公正旅行」と表現され、生産者と 図-1 韓国の海外旅行自由化年表(一部) 消費者が対等な関係を結ぶ公正貿易 (Fair 1987年 制限付き ― 45歳以上(1988年1月 制限 ― 40歳以上、1988年7月 制限 ― 30歳以上) Trade)から生まれた概念を用いている。 従来の楽しむことだけを最優先とする旅 行によってもたらされる、環境汚染、自然 1989年 年齢制限は廃止(同年、海外旅行完全自由化) 破壊、浪費などに対する反省と、旅行を 2006年 訪日観光ビザ免除開始 通じて貧しい国々の住民を助けるという 趣旨の基、2000年代に入りヨーロッパを中 図-2 韓国人海外旅行、及び訪日旅行の推移 心に広まった旅行への考え方の一つとさ れる。今日の観光産業は、成長の裏腹に 観光で得られる利益の大半が G7に属する 多国籍企業にのみもたらされるという批 判もある。このことは、Pamela Nowicka (2007)が、著書「The No-Nonsense Guide to Tourism」の中で、従来の旅行に対す る批判と今後のあるべき旅行の姿として 説明している。これらの反省から生まれた とされる公正旅行は、現地の人々が営む 宿を利用し、現地で生産された物を買い、 地域社会の活性化に貢献する、という趣 旨が含まれている。 近年、韓国では、奉仕(ボランティア) と観光を兼ねる公正旅行商品が登場し、 出所:韓国文化体育観光部、JNTO 公開データ等を基に筆者作成 -47- 日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015 人気を集めている。公正旅行には、心が に大きかった。また、韓国人の海外 のような旅行に対する意識の変化 暖まる旅行、環境と現地人を配慮し彼ら 旅行に対する需要は拡大し続けて は、地方誘致への可能性を示唆する の生活に溶け込む旅行、不便と苦労はあ おり、日本に対する人気も高い。加 ものと考えられる。 るが小さなことから実践する旅行、など えて、図-3で示すように、地方か ⅲ.その他、ITの発展によって観光地 がその趣旨に含まれている。これを国と らの入国者も多く、訪日韓国人旅行 の情報収集が容易になっていること しても推奨しており、公正旅行を推進す 者の地方観光への誘致の可能性は や、海外旅行の形態として個人旅行 るための官民連携による教育や専門家養 高いと考えて良いだろう。これは、 (FIT)が主流になってきていること 成にも取り組んでいる。2014年の韓国に 韓国旅行代理店の日本マーケッ が挙げられる。この点もまた、日本 おける同旅行業の現況をみると、業界の ターである著者の経験からも、同様 の地方誘致においては、大きな意味 団体である「持続可能な観光・社会的企 のことが言えるものと考えている。 を持つ。一般的に旅行代理店は商品 業ネットワーク(KAST) 」なるものがあ る(会員15社) 。同団体によると、各社で ⅱ.海外旅行に対する特性の変化と地 性の高い地域を選好する傾向があ る。つまり、旅行商品の手配や販売 方旅行の合致 販売している公正旅行商品を利用した人 ;海外旅行の目的と価値観、これは旅 が容易であること、また利益を生み は、 2009年に比べ10倍以上伸びている。ま 行者の旅行に対する特性とも言い 易い商品を造成し販売する。日本の た、利用者のリピート率も高く、90%が非 換えることができるが、韓国人の特 地方誘致における旅行代理店の役割 常に満足しているとの結果が出ており、 性から見えてくる地方誘致の可能 に対する批判もある。確かに、旅行 これは一般的な旅行代理店のパッケージ 性である。地方誘致には、地方が持 代理店などの仲介者の海外旅行に及 利用時の満足度の約2倍以上に当るとい つ特殊性、次にいくつか例を挙げて ぼす影響は大きい。しかし、韓国人 う(2014年7月1日、YonHapNews) 。 いるが、これらの地方観光の要素に マーケットにおいては、消費者、す これまで韓国人マーケットの海外旅行 適したターゲットである必要があ なわち旅行者自身の選択権が大き と訪日旅行の現状について考察してみ ろう。地方旅行の特殊性を、旅行者 く、旅行代理店に対する依存度は低 た。これを基に、韓国人市場の地方誘致 の特性と関連付けて表すならば、例 い。2014年の韓国観光公社の「海外 における可能性を説明すると、 えば、旅行の目的が自然や休養を楽 旅行トレンド調査」によると、旅行 ⅰ.海外旅行需要の拡大と訪日旅行、 しむこと、旅行に伴う苦をも楽しめ 代理店のパッケージ商品の利用は全 る姿勢、地域の人々の生活や環境へ 体の3割程度、また情報収集におい ;これまで韓国人マーケットの訪日外 の理解と配慮などがある。韓国もよ ては2割程度が旅行代理店の窓口を 国人旅行者数に占める割合は非常 うやく萌芽の段階に過ぎないが、こ 利用しているという。情報化が発展 そして地方旅行のニーズ 図-3 訪日外国人数、及び都市と地方入国者数の比較(2013) 図-4 韓国人の海外旅行目的 3,000 千 45 2,500 40 2,000 地方 41% 1,500 地方 47% 休息 グルメ イベント(祭り) ハネムーン ロケ地訪問 ゴルフ 30 地方 24% 25 20 1,000 500 35 観光 日頃の関心分野 ショッピング トレッキング マリーンスポーツ スキー 他 都市 76% 都市 59% 都市 53% 15 10 - 5 中国 台湾 韓国 0 出所:法務省入国管理局のデータを基に筆者作成(*JNTO等の訪日外国人観光客数 とは異なる) (注)東京(羽田、成田)、関西(関空、大阪、境)を都市として、その他の空港・港 は地方として分類 -48- 出所:韓国旅行新聞(海外旅行動向調査、2014) 日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015 し、海外旅行が成熟している市場に クセスというのが、一般的な交通アクセ は、様々な要因に加え、旅行者が持つ旅 おいては、消費者の選択肢が広がり、 スの利便性である。ここには、 目的地 (域 行への意識と価値観もまた主要な影響要 地方誘致においてはこの点が重要な 内を含む)までの交通手段に加え、その 素の一つであると言えよう。 要素の一つであると考えられる。 手段に関する情報提供もアクセスの一部 以上の事から、インバウンド観光の地 分として考える。最後の観光地マーケテ 5.同質化が削ぐ異質性への憧憬 方誘致において、韓国人市場は非常に優 ィングは、これら全体を含む誘致のため 最後に日本の地方誘致を妨げるもう一 位な市場であると言えよう。韓国人マー の総体的な活動である 。例えば、観光 つの要素を指摘するならば、それは地方 ケットの海外旅行の成熟度については、 地の情報提供、誘致プロモーションやPR の同質化である。これを説明するために 議論の余地はあるが、地方誘致には海外 などもこの活動の一つである。これは旅 は、まず海外旅行の本質とは何かを考え 旅行が成熟している市場が有利であると 行者の観光行動の段階の中で、最も初期 る必要がある。海外旅行の目的の一つに 考えられる。 段階である魅力ある観光地として選ばせ は、異質性への探求があろう。異質性と るためのものとして説明できる。旅行者 は、地理的なものだけではなく、文化的 4.地方誘致における影響要素 の目的を如何に充足できるかという観光 な異質の体験と憧憬である。同質化は、 これまで、インバウンド観光の地方誘 地の機能としてのイメージを持たせるこ 観光地開発や誘致戦略にみられる内的同 致の可能性について、韓国人マーケット とは、観光地の選択と実行に繫がる問題 質化と、受入環境にみられる外的同質化 を中心に検証した。ここでは、地方の外 であり、地方誘致における影響は既にこ に分けて考えることができる。前者は、 客誘致におけるいくつかの影響要素につ こから始まっていると言える。このよう 他の観光地の追従や真似が、地域の固有 いて整理する。 に、観光行政や団体を含む誘致主体の役 性や魅力を低下させる同質化である。ま 外国人旅行客の地方分散における制約 割は大きい。従って、前述のように、こ た後者は、過剰な現地化である。食や言 要因には、アクセス、利便性、商品及び れらの主体には、自律的な戦略、インバ 語の過剰な対応は、しばしば異質への憧 コンテンツ、広報及びマーケティングな ウンド観光に対する専門性、地元観光資 憬を削ぐ結果を招くものと考えられる。 どが挙げられる(HJ Kim、2012)。ここ 源の理解、そして適切なターゲッティン では主に、誘致主体、すなわち観光地が グが求められる。 6.研究の意義と課題 持つ要因について言及している。しかし、 また、地方のインバウンド観光誘致に 地方のインバウンド観光誘致には、旅 この問題は、もう少し包括的に、つまり おいては、旅行者による影響要素も大き 行者の目的や動機といった海外旅行の志 主体と客体の両側面から説明する必要が い。つまり、旅行者自身が持つ旅行に対 向に対する綿密な検証によるターゲッテ あろう。地方のインバウンド観光誘致に する価値観(前述では旅行者が持つ特性 ィングが重要である。これは、誘致にお 影響する要素は、観光地、観光行政など と表現)が、重要な要素として作用する ける主体と客体の相互の有機的な作用と のいわば誘致主体側と、客体である旅行 と考えている。訪日韓国人マーケットの も表現できる。魅力づくりや情報提供な 者によるもの、そしてその両者の間で生 地方誘致における可能性の中でも論じた どの観光地(≒誘致主体)としての役割 じるもので説明でき、両者は相互が有機 ように、旅行者自身の旅行に対する姿勢 と、同時に旅行者の旅行に対する姿勢の 的に関連し合うものと考えられる。 が、地方旅行に適しているかどうかであ 融合である。 前者の誘致主体の要素について簡単に る。更にこの旅行者の特性は、観光地の 本研究においては、地方誘致における 整理すると、 「商品性」、 「利便性」、 「アク 自律的な誘致戦略に関係する。旅行者の 適合市場の選定やその可能性について仮 セス」、そしてこれらを統合する「観光地 目的、価値観、旅行への姿勢の読み違い 定し、訪日韓国人マーケットを中心に考 マーケティング」がある。まず、商品性 は、しばしば誘致市場とのミスマッチを 察した。考察の中では、韓国人の海外旅 は、仲介者、すなわち旅行代理店などの 生じさせ、誘致戦略の失敗に繋がる。既 行傾向と訪日の現況から、地方のインバ 営利価値と、旅行者自身の充足度に対す 述した地方旅行の特殊性から考えると、 ウンド観光誘致への可能性が高いと評価 る価値である。いわゆる観光地として魅 最近韓国で広がっている公正旅行や自然 できる。今後、更なる検証は必要である 力があるかどうかである。次に、利便性 観光への需要の増加は、地方誘致に適し が、この適合市場に対する考え方は、単 とは、旅行者の滞在に必要な施設のハー た旅行者の特性の一つとして説明できよ に韓国人マーケットに限られるものでは ドとソフトの部分として説明できる。す う。少しの不便さをも旅として楽しみ、 なく、今後様々な地方や市場に対して同 なわち、滞在のために必要な施設をハー そして地域の人々の暮らしを感じ、自然 仮説が適用できるものと考えている。 ドとするならば、それらを提供する人々 と休養を求める姿勢、それが日本の地方 加えて、地方の外国人観光客誘致にお のサービスや施設が持つ設備をソフトの 誘致に向いているものではないかと考え いて最も重要であると考えられる戦略的 利便性として説明できる 。3番目のア られる。このように、地方誘致において な要素の一つが、 相手市場、 すなわちター viii ix -49- 日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015 4 4 ゲットが持つ旅行への素質の把握と理解 議会、2011、p207-208 である。海外旅行の動機や目的を含め、 ・HJ Kim 김현주「訪日外来観光客の地 旅行に対する姿勢である。本研究では、 方分散のための政策方案」 、 韓国文化観 旅行者が持つ特性を、地方誘致に影響す 光研究院、2012、p ⅺ 行者全体の6割以上を占める中・台・ 韓の3ヶ国の都市と地方の入国者数を 比較したもの。 韓国観光公社が発表した「韓国観光統 ⅴ る大きな要素の一つとして捉えた。つま ・Pamela Nowicka『The No-Nonsense 計」によてば、2013年一年間の合計出 り、市場の特性が地方旅行に適していな Guide to Tourism』 、 New International 国者数(乗務員を含む)は、1484万人 い場合、地方誘致においては、それもま Publications、2007 であり、前年対比8%以上の増加であ た制約の一因として作用するからであ ・韓 国 観 光 公 社 統 計 デ ー タ http://kto. る。そもそも、ターゲットの特性が地方 誘致の制約要素になる原因は、誘致主体 visitkorea.or.kr ・韓 国 文 化 観 光 研 究 院 調 査 デ ー タ のターゲット設定のミスに起因する。観 光行政の誘致戦略には、これらの要素を http://www.kcti.re.kr ・日本政府観光局(JNTO)調査データ 充分に考慮しなければならない。 本研究では、地方誘致の影響要素、つ http://www.jnto.go.jp ・UNWTO World Tourism Barometer、 まり観光主体と客体のそれぞれの要素、 あるいはそれらの相互作用によって起因 2011-2013 示すものである。特に、旅行者の素質と、 観光地選択や地方誘致への関連性につい 行トレンド調査」によると、経費、日 程などの諸条件を考慮した実質的な海 外旅行目的地として、日本が42.6%で 最も人気が高く、次に中国(36.1%)、 香港(33%)などの順であった。 本研究における「公正旅行」の表現は、 http://mkt.unwto.org/barometer 日本においてはまだその概念が定着し ていないため、英語の Fair Travel の 韓国語訳(공정여행)を、日本語で表 注 記し用いている。 インバウンド(外国人観光客、外客) ⅰ ては、更なる考察の必要があるが、いず とは、外から入って来る旅行、すなわ れにしても、訪日外国人旅行者の地方誘 ち一般的に訪日外国人を指し、観光の 致には、可視的要因のみならず、様々な 輸出とも言う。観光は交易であり、中 視点からの包括的、かつ総体的に考慮し でもインバウンドは輸出産業である なければならない。 韓国観光公社による「2014年度海外旅 ⅶ する関係性について、完全に立証できた ものではない。問題の方向性の一部分を った。 ⅵ (津田、1965) 。 最近の旅行者満足度調査の一項目とし ⅷ て頻繁に用いられる Wi-Fi などの設備 などもここに該当する。 マーケティングの定義やその役割につ ⅸ いては、様々な定義があるが、ここで は主にインバウンド誘致に関わる観光 観光庁は、ビジット・ジャパン・キャ 地マーケティングを意味し、観光地 ンペーンの意義を、 「我が国の観光魅力 マーケティングは観光行政を含む観光 は、外国人の共感を呼び起こすソフト 地の諸団体が、外国人旅行者を誘致す パワーであり、1人1人の交流を通じ るために行う様々な活動を総合的に意 と政策』、東洋経済新報社、1969、p38、 て国際相互理解の増進に寄与するこ 味する。 p164 と、今後我が国の人口が減少していく ⅱ 引用、参考文献 ・津田昇『国際観光論 ― 観光輸出の理論 ・小西康生他『アジア諸国に学ぶわが国 中で、外国人を呼び込むことにより、 の観光立国政策』、神戸大学経済経営研 地域活性化やビジネス拡大を図られる 究所、2006 ことから、観光庁が中心になって官民 ・小林天心『国際観光誘致のしかた ― イ 一体で取り組んでいるもの」と説明し ンバウンド・ツーリズム振興の基本』、 ている。これは、今後の国際観光の概 虹有社、2011 念の一部として、 「共感」と「交流」と ・溝尾良隆他『地域におけるインバウン ド観光マーケティング戦略』、総合研究 開発機構、2007 して解釈できる。 「インバウンド」 は様々な表現が用いら ⅲ れる。観光庁では、 「訪日外国人旅行客 ・劉明『訪日旅行市場におけるディステ 誘致=インバウンド」 と表現しており、 ィネーション・マーケティング研究 ― また「訪日外国人旅行者」 「訪日外客」 、 、 中国人観光客誘致を事例として』、㈲く んぷる、2010 ・戴二彪「訪日中国人観光客の旅行先分 布と影響要因」、日韓海峡圏研究機関協 「インバウンド観光」 などの表現も用い ている。本研究でも、これら公的機関 の表現を基にしている。 本文の〈図-3〉を参考。訪日外国人旅 ⅳ -50- 【本論文は所定の査読制度による審査を経たものである。 】
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