日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015 《論 文》 欧米日比較による観光人材育成の カリキュラムとインターンシップに関する研究 ね ぎ よ し と も お り と は る 根木 良友 折戸 晴雄 お 玉川大学観光学部観光学科 玉川大学経営学部観光経営学科 The purpose of this paper is to clarify the problems of curriculums and internships conducted especially in the tourism-related majors in Japan. The approach employed in this research is to compare the curriculums and internship programs adopted by the universities in Japan with those in foreign countries; University of Surrey and École hôtelière de Lausanne in Europe, and Cornell University, Paul Smith’s College and University of Central Florida in the United States. The author examines both elements, especially in the overseas universities, to ascertain solutions for improving human resources education in Japan. In this study, the main stress falls on the fact that Japan’s situation is quite contrary to overseas from a viewpoint of implementation of curriculums and internships to educate students that fulfil the qualifications of tourism industry. キーワード:観光人材育成、カリキュラム、インターンシップ、キャリア教育、産学連携 Keyword:human resources education, curriculum, internship, career education, industry-academia collaboration 1.はじめに その変化に必ずしも対応しているとは言 かが困難である。そこで、本研究では研 立教大学では、第二次世界大戦直後の えないなどの指摘もある。 (荒木・浅羽・ 究対象である海外の大学の専攻分野とし 1946年にホテル講座が開講され、また海 池田・田口・宮田、2008) 加えて、観 て主にホスピタリティ分野に焦点を当て 外渡航自由化と東京オリンピック開催の 光専攻のインターンシップについては、 日本の観光専攻大学との比較を行い、そ 3年後の1967年に日本初の観光学科が開 より高度で専門的な知識・技能の修得の れらの相違点から日本の観光人材教育の 設された。その後、2005年に山口大学お ために不可欠と指摘されているが、実際 課題を論じていきたい。 よび琉球大学に国立大学として初の観光 には2-4週間の短期研修が圧倒的多数 具体的な比較分析の対象である4年制 (政策)学科が設置され、現在では日本の を占め、単なる職場体験に終始している 大学の学部は、調査目的で実際に訪問し 大学における観光学部・学科を有する大 という実情も伺える。 (大田、2012) たヨーロッパのサリー大学(イギリス) 学はおよそ50にまで急増した。一方で、 これらのことから、日本の観光人材育 BSc in International Hospitality and これら観光専攻大学のカリキュラムにつ 成が観光教育大国である欧米のスタン Tourism Management、ローザンヌホテ いては観光という特定の産業セグメント ダードとの間にかい離が見受けられると ルスクール(スイス)BSc in International に直結するにも関わらず、教育内容と実 いう問題意識に帰着し、本研究では日本 Hospitality Management、米国のコーネ 社会のニーズとのかい離が大きい点が観 の観光専攻のカリキュラムとインターン ル大学BSc in Hotel Administration、 ポー 光庁設置のカリキュラムワーキンググ シップについて、観光教育先進国である ル スミスカレッジ BSc in Hotel, Resort ループで課題として挙げられた。(観光 欧米と比較することで、日本の大学が抱 and Tourism Management の4大学、お 庁、2009)i また、米国の観光・ホスピタ える課題について明らかにしたい。 なお、 よび米国で著名なセントラルフロリダ大 リティ教育は宿泊や外食産業の職業教育 一般社団法人日本旅行業協会の分類によ 学BSc in Hospitality Management、そし からスタートしたため経営管理学とリン ると、観光産業は「ツーリズム産業(旅 て日本の東洋大学国際地域学部国際観光 クしているケースが多いが、日本では主 行・宿泊飲食・運輸などの7業種) 」を中 学科、玉川大学経営学部観光経営学科、 に人文科学および社会科学系から観光カ 核として、周辺産業である「関連団体(11 立教大学観光学部観光学科とする。研究 リキュラムが派生していることにより産 業種)」と「ツーリズム関連産業(17業 のプロセスとして、先ずは観光人材育成 学の結び付きが薄いという見解がある。 種)」の計35業種で構成される非常にすそ に不可欠な産業理解に関連した専門知識 (那須・佐々木・横川、2008)、さらに、 野の広い分野であることから、観光教育 習得のためのカリキュラムに関する比較 観光教育と研究手法は産業界のニーズや をどの産業分野に焦点を当て定義するの 分析を実施する。次に、キャリア開発に ii iii iv -73- 日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015 不可欠である観光インターンシップにつ 関連」 、 「語学関連」の7分野に分類の上、 業する学生が多数存在しうることを示唆 いて比較する。さらに、教育成果の一側 抽出した。そして各科目に付随する履修 している。 面である各大学卒業生の観光関連業種へ 単位数の合計を卒業に必要な総単位数で の就職率を概観し、最後にこれらの結果 除することで上述の割合を算出した。な 2-2 観光関連科目の必修化の内訳 から明らかになった事象を基に、日本の お、観光関連専門科目が必修・選択必修・ 次に、必修化率から分かった幹の太さ 観光人材教育の諸課題について述べる。 自由選択のいずれに属するかが教育課程 についてより詳細にみるために、各大学 表に記載されていなかった2大学につい が人材育成の点で重要視し必修化してい て は、サ リ ー 大 学 で は Ms. Anita Eves る専門科目の内容の内訳を示す表1か (Subject Group Leader, Hospitality and ら、それぞれの科目群の必修化の傾向を 2.観光カリキュラムに関する欧米日の 比較調査 2-1 観光関連科目の必修化の割合 Food Management) 、ローザンヌホテル 概観する。 ここでは、観光という特定の産業セグ スクールでは Ms. Anne Treacy-Pelichet 「ビジネス基礎科目」は、国内外共に必 メントを専攻分野としている各大学が、 (AEHL Deputy Director, Business 修化の傾向を示している。 「オペレーショ カリキュラムにおいて学習のコアとなる Development & Marketing)のそれぞれ ン関連科目」と「マネジメント関連科目」 観光関連専門科目をどの程度必修化して に対して、2013年8月に現地でインタビ については欧米の大学では必修化されて いるかを述べる。観光関連専門科目の必 ュー調査の上で聞き取りを行った。全体 おり、特にマーケティングと会計の科目 修化の度合いを見る趣旨は、目標とする 的な傾向として、観光関連専門科目の必 については全ての大学で必修化されてい 産業人材の育成に不可欠な観光関連専門 修化の割合が欧米日の順で高いことが伺 る。このことは、これらの学問分野が観 科目群が、4年間の教育課程を示すカリ える。特に今回の調査対象であるヨーロ 光産業人材の育成要件として不可欠なも キュラムツリーにおいてどの程度の幹の ッパの大学は70%前後という高い割合で のであることが推察される。一方の日本 太さを示しているかを測ることで、観光 必修化されている。この中でも、イギリ を見てみると、オペレーション科目は全 産業が大学に対して求める人材育成ニー スのサリー大学は専門科目の必修化の割 て、さらにマーケティングや会計のみな ズの充足度を測ることにある。 合が最も高いこともさることながら、 特筆 らずほぼ全てのマネジメント関連科目が 図表1は各大学で必修化されている観 すべきは履修対象科目が全て観光関連専 自由選択科目となっている。言い換える 光関連専門科目が卒業に必要な総単位数 門科目で、一般教養科目や語学科目が一 と、それら重要科目を履修しない学生に に占める割合を表したものである。本 切ない点である。産学の関係性の有り様 対して、大学は観光人材としての質の保 データの処理については、先ず各大学の は国によって異なるが、サリー大学のカ 証をしてしまっているということを意味 教育課程表から、必修化されている観光 リキュラムは観光産業およびその経営を している。この点から、グローバルに運 関連の専門科目を「ビジネス関連」 、 「オ 学ぶことに特化している点が非常に特徴 営と経営手法が標準化されつつある観光 ペレーション関連(詳細分類は『FB〈フー 的である。日本の必修化の割合は、おお ビジネスにおいて、日本のカリキュラム ドアンドベバレッジ〉以外』と『FB』の よそヨーロッパの三分の一、米国の二分 が世界的潮流からかい離していることが 2つ) 」 、 「マネジメント関連(詳細分類は の一程度と低い数値を示しており、欧米 伺え、専門教育の位置付けの再検討を試 『マーケティング・戦略』 、 『会計・財務』 、 と比較すると上述した幹が細く、これは みる必要性が浮かび上がる。なお、大学 『人的資源管理』 、 『施設管理』 、 『法務』 、の 産業界のニーズに直結する観光関連専門 の教育課程における教養課程と専門課程 5つ) 」 、 「不動産関連」 、 「観光関連」 、 「IT 科目を網羅的かつ体系的に履修せずに卒 の位置づけは日本と諸外国では異なるた め、専門教育のポジショニングに関する 課題は観光分野に限ったことではないこ 図表1 観光関連必修科目の割合 とも付記しておきたい。 参考まで、 「不動産関連科目」はコーネ ル大学のみが必修化している点が興味深 い。これはコーネル大学が従来の総支配 人育成教育から、卒業後の初任給が高い ホテルビジネスを媒介としたコンサルテ ィング業・不動産業・金融業で活躍でき る人材育成にシフトしていることを示唆 している。続く「観光関連科目」につい (各大学の教育課程表と教務担当者へのインタビューを基に筆者作成) -74- ては、日本の大学で必修化の傾向が強く 日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015 表1 観光関連必修科目の内訳 科目分類 科目 合が圧倒的に高いことが伺える。このよ サリー ローザ コーネ ポール セントラル ビジネス基礎 ビジネス・経営概論 必修 必修 必修 必修 オペレーショ レストラン業務 ン関連 宿泊業務 必修 必修 必修 必修 必修 必修 必修 マーケティング・戦略理論 必修 必修 必修 必修 必修 必修 必修 必修 必修 必修 必修 必修 マネジメント 財務・会計管理 関連 人材・組織管理 東洋 玉川 必修 必修 立教 うな短期の研修期間では、冒頭の課題で 述べたとおり就業体験に終始し、専門教 必修 育との関連づけによる効果が十分に得ら 必修 れていないことが分かる。参考まで、イ 必修 ン タ ー ン シ ッ プ の 実 施 時 期 を 見ると、 必修 2011年度では夏季休暇期間が59.9%、授 施設管理 必修 不動産関連 ホテル開発・不動産投資 必修 業期間中が19.0%となっており、年間で 観光関連 観光学概論 IT 関連 IT/Computer 語学関連 観光英語 必修 必修 必修 必修 必修 必修 必修 必修 必修 必修 見ると特定の時期に集中して実施される 傾向が見られる。2007年度と比較すると 必修 実施時期には若干の分散化の傾向が見ら れるが、大学の派遣学生数と企業の受け (大学の教育課程表と教務担当者へのインタビューを基に筆者作成) 入れ学生数との需給関係の点で捉える 伺える。「IT 関連科目」については、日 米で必修化の傾向が高いことが伺える。 最後の「語学関連科目」については、日 本の大学のみが必修化している。これは、 3.観光インターンシップに関する欧米 日の比較調査 と、より一層の分散化も必要ではないか と思慮する。 3-1 日本の大学におけるインターンシ ップの実施状況 3-2 観光インターンシップ制度の欧米 日の比較調査 英語圏の大学では語学関連科目を必修化 2011年度の文部科学省調査によると、 する必要がなく、語学科目に充てる時間 単位認定型の研修を実施した大学の割合 表2は、各大学のインターンシップ制 を観光分野の専攻や育成人材像に直結し が全体の70.5%(大学数544校)にのぼり、 度を「科目設定」 、 「給与の支給」、「採用 た他の重要科目に充てられるというカリ キャリア教育におけるインターンシップ との関連」の3点から比較した結果であ キュラム上のアドバンテージを示唆して の重要性が大学において広く認識されて る。なお、比較対象は冒頭で述べた欧米 いる。一方で、語学科目の占有率という いる結果が伺える。しかしながら、同調 日の8大学とする。 「科目選択」では、日 観点で日本の大学と専門学校とを比較し 査によるとインターンシップを体験した 本のインターンシップは自由選択科目だ た場合、語学関連科目が履修科目全体に 学生の割合は、2.2%と極めて低い数値を が、 欧米では全て必修化されている。「給 相当数占める点は共通している。日本最 示している。そもそもインターンシップ 与の支給」の面では、日本は原則無給だ 大規模のホテル専門学校である日本ホテ を含むキャリア教育は単体では機能せ が欧米では有給が主体で、かつ有給の研 ルスクールのカリキュラム構成は、ホテ ず、大学内教育との有機的な連動を持っ 修でないと単位認定しない大学もある。 ル専門科目(50%;全て必修科目)、語学 て効果を発揮するものだが、取りあえず 「採用との関連」については、日本は推奨 科目(25%)、その他科目(25%)となっ の導入に終始する大学が圧倒的多数で十 しない傾向がある一方で、米国ではイン ており、必修化された専門科目の占有率 分な普及に至っているとは言い難い。次 ターンシップ参加学生の平均20-30%程 は米国と同程度である。観光産業人材育 に、インターンシップの実施期間につい 度が研修先企業に就職しているというこ 成を目指す大学は、優良な専門学校が行 て は 2011 年 度 で は 1 か 月 以 上 が 11.5% とが先行研究では示されている。vi 実際 う科目配分にも着目すべきであると考え で、短期研修に相当する1か月未満の割 に、コーネル大学では2012年度卒業生の v る。 本章を総括すると、欧米の大学では財 務会計やマーケティングといった観光関 表2 観光インターンシップの比較調査 国名 大学名 科目設定 給与の支給 採用との関連 連の専門科目を必修化し、産業界が求め イギリス サリー 必修(一部選択) 有給のみ単位認定 推奨する る人材要件を体系的かつ網羅的に満たし スイス ローザンヌ 必修 有給(一部無給) 推奨する コーネル 必修 有給(一部無給) 推奨する ポールスミス 必修 有給(一部無給) 推奨する セントラルフロリダ 必修 有給のみ単位認定 推奨する 玉川 選択 無給 推奨しない 東洋 選択 無給 推奨しない 立教 選択 無給 推奨しない ている傾向が伺える。この点を踏まえて グローバルに観光カリキュラムを俯瞰し 米国 た場合、観光関連専門科目を相当数必修 化することが人材要件を担保するために 必要であることが分かる。 日本 (各大学のインターンシップ資料を基に筆者作成) -75- 日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015 18%が、“summer job”をきっかけに就職 表3 サリー大学とローザンヌホテルスクールのカリキュラムツリー している。 ここで述べた3つの比較の vii 観点から、欧米の大学が同一の傾向を示 している一方で、日本では真逆の傾向を 示すという特異性が伺える結果となり、 日本の観光インターンシップが世界的潮 流からかい離し、ガラパゴス化している 現状が見受けられる。 (教育課程表と現地インタビューを基に筆者作成) 3-3 観光インターンシップの実施期間 3-4 カリキュラムツリーにおけるイン の比較調査 ターンシップの位置付け 図表2は、各大学のインターンシップ なっている。 表3が表すカリキュラムツリーにおい 実施期間を表したものである。ヨーロッ 表3は、2013年8月に現地インタビ ては、ローザンヌホテルスクールのイン パの実施期間が最も長く、1年弱に相当 ューを実施したサリー大学とローザンヌ ターンシップはPreparatory Year(以下、 する期間を研修に費やしている。米国で ホテルスクールのカリキュラムツリーに “PY”)と Year2で2回実施され、期間は もそれに準じる20-36週を割いており、欧 おけるインターンシップの位置付けを示 それぞれ20週間と24週間となっている。 米では1セメスターから1年間程度が観 したものである。左表のカリキュラムツ PY でのインターンシップは学内のレス 光人材教育における研修期間のスタン リーが示すとおり、サリー大学のイン トランで実施される導入型のサービスオ ダードであることが伺える。こうした長 タ ー ン シ ッ プ は Year1 と Professional ペレーション研修であり、Year2の後期 期インターンシップ実施の理由は、産業 Training Placement(以下 “PTP”)で2 実施のインターンシップは世界各国のホ 特化の知識や技能を習得するために不可 回実施される。Year1のインターンシッ スピタリティ企業でのマネジメント研修 欠であり、またそれがキャリア開発の一 プは専門科目の Restaurant Operations で、サリー大学同様に習得したマネジメ 過程と位置付けられているとの先行研究 や Restaurant Management といったレ ント理論やビジネススキルを活用して、 結果にも示されている。 欧米との比較 ストラン科目と連動して学内のレストラ マーケティング・財務・人事部などで実 において、一目瞭然ではあるが日本の研 ンで実施される。PTPのインターンシッ 施される発展型の研修である。 修期間は極端に短い2-3週間となって プは選択制であるがほとんどの学生が履 このように、大学で学習した専門科目 いる。このことは、日本の観光インター 修する学外のホスピタリティ企業で行わ をインターンシップと有機的に連動させ ンシップが社会人基礎力を高めることに れる有給の研修で、期間は最低46週間と ることで、双方の学びの相乗効果を高め 重点を置いた単なる職場体験に終始し、 長 期 に 渡 る。内 容 と し て は、Year1 と ていく試みが特徴的である。また、イン 職場の個別具体的な課題に対する問題意 Year2で体系的に修得したサービスオペ ターンシップを導入型 (オペレーション) 識の醸成や大学で培った専門性を活かし レーションとマネジメント知識をベース と発展型(マネジメント)の2段構えに た問題解決能力の向上に結びついていな に、Year1より高度なマネジメントない することで、オペレーション現場に精通 いことが分かる。 しはプロジェクト型の研修を行うものと し、そこで起こる諸課題に対する問題解 viii 決能力を修得するのみならず、マネジメ 図表2 インターンシップの実施期間 (単位:週) ントの現場経験を得ることで、高度な経 営人材として即戦力で活躍できる管理能 力も得られることが、ヨーロッパのイン ターンシッププログラムの特徴であるこ とが分かる。この点においては米国も類 似のプログラム設計がなされ、観光イン ターンシップの世界的潮流を端的に表し ており、日本の大学が学ぶべき点が数多 く見受けられる。 (各大学のインターンシップ資料を基に筆者作成) -76- 日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015 4.卒業生の就職先業種に関する欧米日 図表3 玉川大学経営学部観光経営学科卒業生の就職先分布(2013年度) の比較調査 ここでは、 「観光」という特定の産業セ グメントに対する人材教育において、重 要な出口部分にあたる学生の就職先業種 についての調査結果に関して述べる。調 査対象については欧米日の大学を中心に 結果を述べるが、欧州と米国に関しては 国または地域を網羅する資料が見当たら なかったため、欧州はスイスのローザン ヌホテルスクール、そして米国はコーネ ル大学の結果を事例として挙げる。なお、 第1章で述べたとおり観光産業は多彩な (玉川大学キャリアセンター資料を基に筆者作成) 業種で構成される非常にすそ野の広い分 野であるが、日本の大学生の就職先業種 図表4 ローザンヌホテルスクール卒業生の就職先業種分布(2011年度) の統計においては、観光業種の取り扱い が旅行や宿泊業といったように狭義に限 定されている。そのため、比較調査の厳 密性という点においていささかの不足が 見受けられるので、本研究では比較をと おして国内外の大学における相違点に関 する傾向を概観するために調査を行っ た。 先ずは日本全体の事例として、2007年 度の日本の観光学部・学科卒業生が観光 関連企業へ就職する割合は計23.2%を示 している。内訳としては、旅行業8.0%と (インタビュー訪問時の提供資料を基に筆者作成) 宿泊業6.8%を筆頭にグラフのとおりで ある。2013年7月に玉川大学で実施され ため、学部が捉える「観光関連業種」と (12%)を占めるOther SectorsにはRetail た「観光教育に関する学長・学部長等会 一致しないことがその理由である。 また、 & Wholesale, Tour operators, Placement 議」における直近の就職率については 実際の就職先と仕分け上の就職先とのか Agencies, Theme Parks などの観光業が 16.1%と減少傾向を示し、日本では専攻 い離が生じるという問題も起こってい 多く含まれる。さらに、就職率第5位(7 分野である観光産業への就職率の低さに る。例えば不動産企業への就職で登録さ %)の Consulting では Expedia Partner ついて改善の余地があるとの報告がなさ れたにも関わらず、実態は宿泊業である Services Group, Howarth HTL, STR れている。 系列のホテル運営会社に就職していると Global、同第5位(7%)の Banking/ 図表3は、玉川大学経営学部観光経営 いうケースが散見される。精緻な出口調 Real Estate/Finance/Insurance で は 学科の2013年3月卒業生の観光関連企業 査をしていくためには、これらの課題の Ernst & Young, Price Waterhouse への就職率を示したものである。宿泊業 整理が必要であると思われる。 Coopers, JP Morganなどの観光業直結な と飲食サービス業のみで28.9%を示し、 図表4は、ローザンヌホテルスクール いしは関連の深い企業群が並んでいる。 この分野だけで日本の平均を上回ってお の2011年度卒業生の観光関連企業への就 新卒でマネジメントポジションからス り、運輸業・旅行業・イベント業などと 職率を示したものである。International タートする学生も多く、初任給の平均値 いった他の観光関連企業への就職者数を Hotel Chains と Independent Hotels を合 は6万スイスフランとなっている。上述 含めると推計だが40%程度の就職率が予 わせた宿泊業のみで44%を示しており、 のとおり宿泊および外食企業といった明 想される。予想の域を出ないのは、大学 Food Service を含めると過半数の56%を らかな観光関連企業(56%)に付随する キャリアセンターが就職先企業の分類を 占め、専攻に直結した就職状況であるこ コンサルティング、金融、不動産、イベ するのに日本標準産業分類を用いている とが明確に分かる。また、就職先第3位 ントなどの企業も含めると圧倒的多数が -77- 日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015 観光関連企業への就職を果たし、大学の ルスクール同様に大多数が学習内容を活 るのが一般的である。他方、米国ではヒ 学習と直結したキャリア形成がなされて かせる広義の観光産業への就職をしたこ ルトンワールドワイドに見られるよう いることが伺える。 とが示唆される。 に、 大学卒業から最短2年で財務副部長、 図表5は、コーネル大学の2012年度卒 欧米日の観光専攻大学卒業生の観光関 7年で総支配人を育成するキャリアパス 業生の観光関連企業への就職率を示した 連企業への就職率を総括すると、日本で と教育研修体系を既に構築、運用してい ものである。Hotel/Resort - Property、 はその数値が相対的に低い状況が伺え る。米国のホテルでは組織階層をフラッ Hotel/Resort - Corporate、Restaurant- る。一つの理由としては、日本では観光 トにして、一握りのマネジメントスタッ Property/Corporate、Casino/Gaming 産業のステータスが欧米と比較して低い フがその他大勢のパートタイムの社員を といった観光業直結の宿泊/外食/ゲー ことが挙げられる。関連する具体的な指 動かす構造にある。洋の東西を問わず、 ミング関連企業への就職率のみで31%を 標として初任給の年額を見ると、日本の 人的サービスが主力商品であるホスピタ 占めている。以前は、コーネル大学は宿 約320万円(月給20万円×12か月+ボーナ リティ産業は労働集約的で総売上に占め 泊産業の総支配人養成を主目的としてい ス20万円×4か月で試算) に対して、 ロー る人件費率が高い傾向にある。適正利益 たが、昨今では卒業直後の新卒初任給の ザ ン ヌ ホ テ ル ス ク ー ル が 約 700 万 円 確保のために全体を緩やかにボトムアッ 金額が米国ではビジネス専攻学部の一つ (60,000スイスフラン)、コーネルホテル プさせてきた従来の日本型昇進システム の重要な評価基準になるため、日本と比 スクールが約600万円(57,971USドル)と は見直されてきており、カギとなるマネ 較すると高いものの米国内では他業種に 約2倍の数値を示している。また、優秀 ジメントの即戦力人材育成が今後の観光 比べて給与水準の面で劣る宿泊業へ進む な学生にはそれに見合う給与が支給さ 専攻大学に課せられる役割の一つになっ よりも、より高い給与が得られる不動 れ、2012年度のコーネル大学の初任給年 てくる。 産/金融/コンサルティング業へ就職す 額の最高額は1,200万円(120,000USドル) 日本の観光関連企業への就職率に話を る学生が増加している。 (参考まで、初任 となっている。また、就労環境の違いと 戻すと、大学入学の入口に当たる高校生 給の平均額は US$57,971である。 )結果と しては、日本はジェネラリスト採用で就 への広報、中身に当たる観光学の教育内 して、専攻分野である観光マネジメント 職してから一から育てるという風土が残 容、出口にあたる就職の間で、欧米と比 の学習がダイレクトに活かせる、オフィ っているため、受験の際に学生が所属す 較すると一貫性が担保し切れていない現 スビルやマンションなどよりも複雑なア る学部を問わない点が挙げられる。一方 状が浮かび上がる。先行研究によると、 セットモデルであるホテルビジネスに関 の欧米では、卒業後すぐにスペシャリス 大学生全般で学業と職業の選択および決 連する Banking/Financial Services(13 トとしてポジション採用する傾向が強 定との間に直接的関連が充分には認めら %)や Real Estate/Consulting(23%) く、観光ビジネスの学位取得者は優遇さ れていないという見解が述べられてい といった観光関連異業種への就職が増加 れる。さらに入社後のキャリアパスにつ ix る。 (半澤・坂井、2005) このことから、 している。また、Revenue Management いては、観光産業の一つであるホテル企 専攻分野の専門教育とそれに関連する就 を 含 む E-Commerce(5 %) 、Event 業を例に取ると、日本では大学卒業後10 職先業種への接続性という点において、 Planning や Airline を含む Other(14%) 数年ほど経った30代半ば頃に初級管理職 観光以外の他学部でも同様の傾向が伺え などを考慮に入れると、ローザンヌホテ に昇進し、50歳前後で総支配人に就任す る。一方で、観光ビジネスにおいては運 営および経営フォーマットがグローバル 図表5 コーネル大学卒業生の就職先業種分布(2012年度) に標準化されつつあり、それに呼応して 本研究で示した海外の大学におけるオペ レーション科目とマネジメント科目の必 修化などの点においては、観光人材教育 カリキュラムはある一定のスタンダード 化が進む傾向が伺える。内需の伸びが期 待されない中で訪日外国人客獲得を重要 な使命とする日本の観光産業は、電子商 取引の増加や MICE 市場での国際間の誘 致合戦の熾烈化に伴う海外企業との競争 を勝ち抜いていくことが急務とされ、国 際的な市場展開や人材育成の面でグロー バル適応が必要となっている。故に、観 (大学発表のレポートを基に筆者作成) -78- 日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015 光という特定の産業セグメントを専攻分 識・能力」に関するアンケート結果によ 課題でもある「大学等の教育目的と企業 野にし、また産業の発展に寄与する人材 ると、社会人基礎力に該当する主体性・ 等が提供可能な教育資源等の調整を行う 育成を標榜する大学においては、上述し コミュニケーション能力・実行力の3つ などのインターンシップに関する専門的 た一貫性をある一定程度担保していく必 が15の設問項目の中で最重要点として挙 知見を有する教職員の育成」および「専 要性があるのではなかろうか。その指標 げられた一方で、専門課程の深い知識に 門教育とのつながりの明確化による教育 の一つとして、これまで挙げた観光関連 ついては第11位に留まっていることか 内容の深い理解と能動的な学習の促進」 企業への就職率も一つの参考になるであ ら、国内外で企業が求める人材観の違い の解決が急がれる。x 給与の面では、現在 ろう。 および人材育成の点で産業界全般の専門 主流の無償のインターンシップが長期化 教育に対する低い評価などの実態も勘案 した場合、研修期間はアルバイトができ する必要がある。 ず収入がない状況が続いてしまう。昨今 5.おわりに 5-1 日本の観光カリキュラムの課題 ここでは、本研究の結果明らかになっ た日本の観光人材育成の諸課題について の経済情勢では生活苦に陥る学生も出て 5-2 日本の観光インターンシップの課 題 くる恐れがあるので、この点では米国の ような有給のインターンシップを導入し 総括する。まずはカリキュラムに関して、 次に、インターンシップの課題につい ていく必要性もあろう。また、インター 最重要事項としては欧米の大学では観光 ては、履修しなくても卒業できる自由選 ンシップと採用との関連付けについて 産業のニーズに直結した育成人材像を想 択の科目設定、圧倒的に短く海外では単 は、インターンシップを起点として採用 定し、将来のビジネスリーダーとして不 なる職場体験としか評価されない研修期 活動につなげていきたいという見解を持 可欠な主要なビジネス関連専門科目を相 間の短さ、およびその結果としてのイン つ企業も多く、また学生と企業双方にと 当数必修化している。一方で、日本の観 ターンシップと専門科目との希薄な連動 って win-win の要素も強いので、採用活 光専攻の大学では、網羅している専門科 性が主要な点として挙げられる。これら 動との関連付けについては肯定的に見て 目の種類は米国と類似しているが、その 課題の改善に関する検討事項として、先 いく必要があると考える。 ほとんどが自由選択科目となっている。 ずはインターンシップの必修化が挙げら そのため、日本では企業経営に不可欠な れる。玉川大学観光経営学科の事例を挙 5-3 今後求められる観光人材像 会計学を履修しない、言い換えると産業 げると、2014年3月卒業生の前年7月15 本研究の結びとしてカリキュラムの節 界で活躍するために必要な育成人材要件 日時点での内定獲得率を見ると、イン で述べた観光分野における育成人材像に が担保されていない学生を大学は卒業さ ターンシップ履修者の内定率が67.3%を ついて述べる。先ず、日本を訪れる外国 せていることが欧米との比較においては 示しており、履修していない学生の30.8 人を意味するインバウンドへの対応教育 当てはまる。また、専門科目の自由選択 %と比較して2倍以上の高さを示してい の観点では、日本の訪日外国人の数はこ 制に関連して、日本では宿泊産業分野な る。このことから、玉川大学で昨年新学 の10年で1000万人へと倍増し、来るべき どの観光基礎科目を履修せずに発展科目 部としてスタートした観光学部では、2 東京オリンピックの時には2000万人への を履修できるといった、米国でいう“Pre- 回のインターンシップを必修化させてい 増加を目標としている。これは、少子高 requisite” 制度の浸透が専門科目履修で る。一方で、インターンシッププログラ 齢化などの社会的な動きの中で、観光産 は希薄なため、基礎理解がないまま発展 ムを必修化させるだけでなく、長期イン 業は輸出産業的側面を有するインバウン 科目を学習するといったカリキュラムツ ターンシップの導入も特に観光人材育成 ド獲得の可能性を秘めた日本の成長戦略 リー上の不整合も発生している。課題の の分野では検討していく必要がある。ま の柱になる可能性を秘め、また今後大き 改善に関する検討事項としては、コアと た、単に期間を長くするだけでは時間対 な成長が見込める数少ない産業分野であ なる専門科目の必修化および段階的履修 効果の点では逆効果になる事もあるの ることに起因している。このことから、 のための “Pre-requisite” 化が不可欠であ で、マーケティングや会計などの専門科 日本の観光専攻の大学は、育成人材像と るが、第一優先としてはそもそもの育成 目での学習をベースに企業の現状を分析 してインバウンド対応の観点が不可欠で 人材像を明確化することが重要である。 し、マネジメント層に対して具体的な改 ある。 そのためには、広義かつ曖昧な捉え方を 善案を提案するといった、専門科目との 次に、グローバル人材の観点では、昨 している「観光」について、育成人材像 つながりを重視した発展型インターンシ 今の観光産業においては国際会議やコン を明確に記述できる段階まで大学は再定 ップを導入していく必要性もある。さら ベンションなどを包括する MICE という 義していく必要がある。同時に、一般財 に、それを形式論で終わらせないために 新たな分野での誘致競争が世界各地で起 団法人日本経済団体連合会の「大学生の も、文部科学省・厚生労働省・経済産業 きている。この点において、 「グローバル 採用にあたって重視する素質・態度・知 省の三省により2014年4月に挙げられた マーケットにおける顧客獲得競争で競り -79- 日本国際観光学会論文集(第22号)March,2015 合える人材」の育成が大学には求められ ている。 最後に、観光人材教育の世界的潮流と いう観点では、日本と欧米では産業界の 育成人材ニーズや就労環境、および大学 においては専門教育の位置づけやイン ターンシップの捉え方などが異なり、欧 米型教育の直輸入が効果的とは一概には 紀要第23巻第2号、p.16、2013年 業界の求める人材像と大学教育への期 Cornell University, “Post Graduate 待に関するアンケート結果」 、 2011年1 Report, Bachelor of Science, Class of 月 ⅶ 2012” 太田和男、 「観光インターンシップと就 ⅷ 職」、帝京平成大学紀要第24巻第2号、 p.337、2013年 半澤礼之・坂井敬子、 「大学生における ⅸ 言えない。一方で、フランチャイズやマ 学業と職業の接続に対する意識と大学 ネジメント契約による事業規模の拡大手 適応:自己不一致理論の観点から」 、進 法やインターネットを通じた国境を越え た電子商取引などに見られるとおり、観 路指導研究第23巻第2号、p.1、2005年 文部科学省・厚生労働省・経済産業省、 ⅹ 光ビジネスにおいては運営および経営フ 「『インターンシップの推進に当たって ォーマットがグローバルに標準化されつ の基本的考え方』の見直しの背景及び つある。それに呼応して、本研究で述べ 趣旨について」 、2014年4月 た観光カリキュラムおよびインターンシ ップのスタンダード化という世界的な潮 流を注視していくことが、日本の成長戦 参考文献 略の柱の一つである観光産業が求めるグ ・荒木長照・浅羽良昌・池田良徳・田口 ローバルな競争力を持つ観光人材の育成 順・宮田由紀夫、 「大学における観光教 には不可欠であると考える。 育研究の可能性(1) 」 、大阪府立大学 経済研究、第54巻第1号、2008年 引用文献 ・荒木長照・浅羽良昌・池田良徳・田口 順・宮田由紀夫、 「大学における観光教 観光庁観光資源課、 「カリキュラムワー 育研究の可能性(2) 」 、大阪府立大学 キンググループ中間とりまとめ(案)」、 経済研究、第54巻第2号、2008年 ⅰ 2009年3月 ・折戸晴雄・神澤隆、 「わが国の観光イン 那須幸雄・佐々木正人・横川潤、「わが ターンシップとそのあるべき姿:諸外 国 に お け る 大 学 の 観 光 教 育 の 分 析 国の事例と玉川大学の取り組み」 、 玉川 ― 現状と動向 ― 」、 大学経営学部紀要17号、2011年 ⅱ 文 教大学国際学部紀要第18巻第2号、 ・小林奈穂美、 「観光産業に対応した人材 p.79、2008年 と教育に関する基礎的研究」 、 駿河台大 荒木長照・浅羽良昌・池田良徳・田口 学論叢(39) 、2009年 ⅲ 順・宮田由紀夫、「大学における観光教 ・根木良友・折戸晴雄・青木敦男、 「日米 育研究の可能性(3)」、大阪府立大学 の観光関連学部を有する大学の比較調 経済研究第54巻第3号、p.6、2008年 査によるインターンシップを中心とし 太田和男、 「インターンシップとキャリ た日本の観光教育の課題に関する考 ア教育 ― 観光・ホスピタリティ課程 察」、玉川大学観光学部紀要第1号、 にインターンシップは必要か ― 」、帝 2014年 ⅳ 京平成大学紀要第23巻第2号、p.451、 2012年 ・山口一美・那須幸雄・那須一貴・海津 ゆりえ・井上由佳・横川潤・髙井典子、 文部科学省、「『インターンシップの普 「文教大学国際学部における長期イン 及及び質的充実のための推進方策につ ターンシップを組み込んだキャリア教 いて』意見のとりまとめ」、2013年8月 育プログラムの開発」 、 文教大学国際学 那須幸雄・丸山鋼二、「観光インターン 部紀要第22巻第2号、2012年 ⅴ ⅵ シップの接続効果」、文教大学国際学部 ・一般財団法人日本経済団体連合会、 「産 -80- 【本論文は所定の査読制度による審査を経たものである。 】
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