第 日本農業のトップランナーたち 回日本農業賞(第 42 回食の架け橋賞)に輝いた人々 9 第42回日本農業賞 優秀賞【個別経営の部】 福島県白河市 株式会社 JAしらかわアグリ(大豆、ハトムギ、ソバ) 石川県鹿島郡中能登町 大塚 源樹さん(乳牛、肉牛、水稲) 優秀賞【集団組織の部】 愛知県碧南市 JAあいち中央碧南人参部会(ニンジン) 広島県三次市 農事組合法人 三次ピオ-ネ生産組合(ブドウ) 第9 回食の架け橋賞 審査委員特別賞 愛知県西尾市 杉本 巌 熊本県菊池市 NPO法人 きらり水源村 日本農業のトップランナーたち 第42回日本農業賞(第9回食の架け橋賞)に輝いた人々 編集/ 発行/全国農業協同組合中央会(JA全中) 制作/日本農業新聞 CONTENTS 大杉 中央審査会 委員長 立 (東京大学大学院 農学生命科学研究科教授) 用するなど地域の活性化に大きく い素晴らしい経営と産地を築いて ずれもトップランナーにふさわし り飼料自給率や地域環境を念頭に 力です。それらの優れた技術によ 第3は、安全・安心な農産物を 生産する独創的、かつ、高い技術 貢献しています。 こられました。 り、県平均の2倍の収量を上げて 第 回日本農業賞を受賞された 個別経営と集団組織の方々は、長 今回の受賞者にみられる特徴を みますと、まず第1は、担い手の います。 年にわたる創意工夫を通じて、い 高齢化が進む中で、新規参入も含 値をつけて販売の増加に結びつけ おいたユニークな経営を実現した めた若い農業者が多いということ また、食の架け橋賞では、生物 多様性の維持という新たな付加価 代半ばの組織 もあり、新たな技術の導入などに たり、小学校4年間の長期にわた です。平均年齢が より活気のある産地を形成すると る画期的な食農教育を実現したり と、農業の持つ多様な可能性を示 ともに、後継者確保のモデルとも なっています。 る「攻め」の農業モデルを構築し す。中山間地での6次産業化によ を持った経営が多いということで ルとなるような取り組みが、我が 力にも裏打ちされた先進的でモデ 活性化させる取り組み、高い技術 このような今回受賞された方々 の若い力、地域農業を守り地域を 唆する事例となっています。 たり、600戸近い農家が少量多 国の農業および農村に一層の活力 第2は、地域の農業を守り地域 を活性化していこうとする強い力 品目の花を栽培することで高齢農 を与え、今後の安全・安心な食料 42 業者の生き甲斐を創出していま 40 の供給力の向上・安定化につなが 26 特別賞 30 32 門 別部け橋賞 大 賞 第9 大 賞 ることを期待しております。 36 す。また、優れた経営感覚による 大 賞 特 回食の架 名近い正規職員を雇 優秀賞 40 22 経営では、 3 日本 第 大 賞 40 18 42 回 集 16 特別賞 42 大 賞 部 織の業賞 組 団 農 04 個別2 回日本農 大 賞 第4 大 賞 の部 経営 業賞 08 大 賞 12 家族ぐるみで水稲、ソバ、民宿経営、どぶろく製造 ( ) と冨 美 子さん ( ) は、 新 潟 県 上 越 市の中 川 卓 夫さん 条 件 不 利 地の豪 雪・中 山 間 地 帯の集 落にありながら、 水稲、 ソバ栽 培に加え、 どぶろくの製 造と民 宿 を 経 営するなど、 2 世 代 夫 妻による多 角 的な家 族 農 業を実 践している。 特に 「コ シヒカリ 」を 原 料にしたどぶろくの販 売 収 入 は1000万 円 以 上に上 り、 棚 田と 里 山 を 守る高 品 質 ブランド品として 人 気 を 集める 。集 落 型 農 業 生 産 法 人の運 営で耕 作 放 棄 地 拡 大を防 ぎ、 集 落 内の水 田の維 持にも 尽 力してきた 。 環境 保 全 型 農 業にも取 り組み、 集 落 内の棚 田 、 ため池の保 全・管 理に 努め、地 域 内の多 様 なイベント活 動にも 関 わる 中 川さ 人の設 立につながった。 現 在は、 自 経営の実現と里山を守る農業法 なず く 。 この信 念が、 自らの多 角 も、 パートナーの言 葉に何 度 も う 熱っぽく 語る。 傍らの冨 美 子さん が「 どぶろ く 特 区 」にな り 、農 で旧 東 頸 城 郡( 旧 牧 村が該 当 ) た 。当 時 は 政 府の「 特 区 」政 策 経 営 規 模の拡 大・改 善に着 手し 業 を 目 指 し 、退 職 1 年 前 か ら 売 店の定 年 退 職 を 機に農 業 専 供 す るための農 家 民 宿 経 営 が 条 件だったことからその準 備 作 月には民 宿 営 業の許 可 業 も 併 せて 進めた 。その結 果 、 年 力 と機 械 力が、 なくてはならな い存 在となっている。 多様な農機で棚田に対応 自前の保守でコスト削減 新潟県 造の認 可が下 り、 月にどぶろ が下 り、 年3月にどぶろく 製 新 潟県上 越 市 く 販 売をスタートした。 離 農 と高 齢 化が進 む 坪 山 集 落は、県 内でも有 数の豪 雪 地 帯 で あ り 、近 年 は 積 雪 3 ㍍ を 超 えること も あ る 。その中で、集 落 内 から 荒 廃 地 を 出 さ ないこ とと 機 械 化 対 応で経 営の効 率 化 を 図る目 的で、 年4月には 集 落 型の農 業 生 産 法 人「 坪 山 き 強 調 す る 。事 実 、庫 内 には 、 4 そろえる必 要があるのです 」と 大 中 小 多 くの種 類の作 業 機 を と 、例 え ばコンバインだ と 部 品 る 。景一さんは「メーカーに出 す 子コンビは、 すべて自 前で済 ませ 万、 万 交 換 も 行 う と、 1台 のトラクター、 バックホー、溝 切 納庫の2階が農機専用の自前の とほほ 笑 む 。ち なみに、農 機 格 り 機、 さらにブルドーザー ( 力)まで備 えている。 J Aえ ちご上 越 営 農 生 活 部 農 業 経 営サポートセンターの清 うが水 漏れを 防 ぐことになり、 代かき作業は、 重 機を 入れたほ は 、秋 に 耕 耘・代 か き を 行 う 。 が 課 題 だ 。このため、当 地 域で うので、水 漏 れをいかに防 ぐ か う 。絶 えず 干ばつ害の危 険が伴 埋 まってしま うことも あるとい 場 所 だ と 耕 盤 が な く 、機 械 が 壌 も 青 粘 土 質で 水 は けの悪い 浅 く 、雨 水に頼 る天 水 田で、土 は 典 型 的 な 棚 田 地 帯で 、山 も 「コシヒカリ 」と 米 麹 と 酵 母 と シヒカリ」に転 換した。原 料は、 とから、飯 米 用で登 熟の良い 「コ が、もろみの風 味 が 良 く ないこ の「五 百 万 石 」で製 造 を 始めた を 上 回 る 。当 初 は 酒 造 好 適 米 達 し 、稲 作 部 門 の600 万 円 売 収 入 は1000 万 円 以 上 に ド 商 品のどぶろく だ 。現 在 、販 さん 自 慢の6 次 産 業 化 ブラン エート を 占 めているのが 、卓 夫 中 川 家の経 営で 大 き なウ 連続受賞の高品質どぶろく スイーツ試作で商品化へ ブルド ーザー 作 業 は 欠 か せ な 水だ。 ステンレス製のタンク内で こう うん い。法 人 と中 川 家の農 地の代か 約 た だ、 これだけの機 械 装 備で は、 毎 年の保 守 点 検 作 業にも多 くのコストがかか り そ う だが、 中 川 家 は 違 う 。就 農 前の会 社 で 車の整 備・検 査 業 務に携 わっ た 景 一 さん と 、農 機 販 売 店 に 勤 務 経 験のあ る 卓 夫 さんの親 日 間、 ゆっく り と発 酵 させ こめ こうじ きはすべて中川 家で行っている。 水 薫 さ んによ る と 、坪 山 集 落 “整備工場” だ。 馬 ダーをはじめ、 馬 力と 条、 6条の乗 用田植 え機、 2条、 越魚沼地域振興快速道路などのプロジェクトも進行するな 円はかかる。確かにきれいになっ ど、三大都市圏とほぼ等距離に位置する中で、陸・海の交 4条の自 脱 型コンバイン、 バイン 約20万人で、新潟県内では第3位の人口を擁する。県の南 て戻ってはき ま す け どね …… 」 西部に位置し、多様な自然豊かな地域で、北陸新幹線や上 馬力 の郷 」を 設 立 した 。法 人の構 成 の変化がはっきりしており、全国ブランドの「コシヒカリ」を か 65 ん一家の熱 意は、 中 山 間 地 農 業 活 性 化の源 泉になっている。 作地と農業法人を合わせると水 閑期にどぶろくの製造ができる )が自 動 車 会 社 を こと を 知ったが、どぶろく を 提 稲 ・3㌶、 ソバ5・1㌶を栽培す る。 うち、 自作地は8㌶だ。 集落農地の維持に多角経営 法 人 設 立し 後 継 者 を 育 成 卓 夫さんは平 成 年、農 機 販 景 一さん ( 退 職 し 、後 継 者 と して 就 農 し た 。卓 夫さんは、担い手のいない 農 地の作 業 受 託や 利 用 権の設 定 などで耕 作 を 積 極 的に引 き 2 階 建ての農 機 格 納 庫の前 で 景 一 さんは「 圃 場 条 件 が さ 受 け 、特 に 法 人の生 産 活 動 と 運 営 は 現 在 、卓 夫 さんと 機 械 ま ざ ま な 棚 田 ほ ど 、機 械 化 が ほ じょう 作 業の基 幹オペレーターとして 17 中山間地の棚田と里山を守る ㌔の牧区 (旧 牧 村) 坪山 4月下 旬 。 上越 市 中 心部から 東へ約 集 落 内に点 在 する 多 くの棚 田 は、 春の陽 光 を浴び、 きらきらと まばゆいばかりに輝いていた。 中 川 家の米 作 りは、 3月 下 旬の育 苗床の除雪作業から始まる。 ため池そばの育 苗 床で作 業の 手 を 休めた卓 夫さんは 「中山間 地域の衰 退を押しとどめるには、 集 落 内の農 地は集 落 内で守 り、 戸で、卓 夫さんが代 表 理 荒 廃 地 を 出 さないことです 」 と 員は 事 と な り 、個 人 的 に 部 分 作 業 を 受 託で き る ものについては、 法 人 から 構 成 員に作 業の再 委 託を行っている。 そ れで も 高 齢 化 によって 作 業 出 役 が 難 しい農 家 が 出 始め たことと、中 川 家の農 業 経 営の 8 19 72 欠 かせ ま せん 。そのために も 、 中心とした米、大豆、園芸、花 卉などの生産が盛ん。海岸 50 12 従 事 す る 景 一 さん2 人の労 働 通ネットワークが整った有数の地方都市だ。気候は、四季 40 16 経営 強 化のために、 年には長 男の 育苗管理に汗を流す中川卓夫さん・冨美子さん夫妻 部を除いた地域は全国有数の豪雪地帯となっている。 ため池の保全・管理にも全力を尽くす卓夫さん る 。卓 夫 さんは、玄 米のと き と どぶろく製品 60 42 16 4 5 平成17年1月、14の市町村が合併して誕生した。人口は 15 農機保守点検を万全に行う卓夫さん・景一さん親子 どぶろく製造に余念のない中川さん夫妻 30 39 大 賞農業賞 21 中川 卓夫さん・冨美子さん 日本 2回 第4 20 17 17 個別 の製造に注意を払っている。 機にかけ、 着色粒のないどぶろく 精 米したあとの2回、 色彩選別 れ も 、農 閑 期の冬 場 、群 馬 県の もどぶろく 大 賞を 受 賞した。こ のTOKYOどぶろくフェスタで が最 も 多いが、 年 度には沖 縄 係が4割 。地 元 と東 京 、 神 奈川 ピーターや ネット 販 売・民 宿 関 き 、酒 造 り を 経 験 し たこと が 造 り 酒 屋に を 見 極 め ま す 。そ れ と 温 度 管 生 きている。 道 府 県に販 売されるようになっ た。 とりわ け、地 域のイベントに 水稲:水管理、畦畔除草 民宿(中学生) 7 水稲:水管理、畦畔除草 民宿(中学生) 8 ソバ:播種 9 水稲:刈り取り、乾燥・調製 水稲:はさかけ祭り 10 水稲:生ごみ堆肥散布、 上越市越後・謙信SAKEまつり 秋耕耘・代かき 新潟市・新潟県商談会 (ブルドーザー・トラクター) 民宿 (看護学生) ソバ:刈り取り 11 水稲:秋耕耘・代かき どぶろく繁忙期 (ブルドーザー・トラクター) 牧区秋まつりで直売 12 どぶろく最盛期 水稲:秋耕耘・代かき 東京・新潟県 (ブルドーザー・トラクター) アンテナショップで直売 ゼリーな ど ) も 試 作 し、 商品化 を目指している。 全水田で「環境保全米」 「はさかけ米」で消費者交流 している 。 年 度 以 降 は、全 国 在は、年 間 約5000㍑ を 製 造 高 品 質などぶろくができる。現 類を販 売 。1本720㍉ ㍑ 入り ( 加 熱で 発 酵 を 止める ) の2 種 ぶろく 卓 」と甘口の「 牧の初 雪 」 ろく が 製 造で き る 。辛 口の「 ど 最 近では、 新たな6次 産 業 化 てはばからない卓 夫さんだ。 ぶろく は酒 文 化の原 点 」と 言っ 土 産 品 として人 気 を 呼ぶ。 「ど らいながらPRし、 今では郷土の 越 市 内で 収 集 された 生ごみ 堆 別 栽 培 米 を 生 産 。元 肥には、上 た め 池 に 依 存 す る 棚 田( 天 のどぶろく 生 産 者 が 味 と 品 質 の瓶で1800 円 、 300 ㍉ ㍑ 商品開発として、 地元の商工会、 て、 集 落 内の棚田、 農 道 、 カ所 支 払 交 付 金 」) の助 成 を 活 用し は 最 優 秀 賞 を 受 賞 し 、同 じ 年 てウド 、 ワラビ、 ゼンマイ な どの しが 好 評 。春は、地 元の取 れた の味 を 前 面に 出 し た お もてな 主に、冨 美 子さんによる家 庭 看護学校の学生も宿泊する。 3割 、 イベント 関 係 が3 割 、リ 区は全 国でも 中 山 間 地の面 積 トセンターの清 水 薫 さんは「 牧 越 営 農 生 活 部 農 業 経 営サポー 明 る く 照 ら す 。J A え ちご 上 顔が、 この中 山 間 地 域の将 来 を 夫 妻の親 子2 世 代にわたる 笑 した“どぶろくスイーツ”( 生チョ ソバについては、干 害に強 く 、 は しゅ 8月 播 種 、 月 収 穫 と栽 培 期 は、 農 家一人一人の努 力には限 界 「 地 域 農 業 を 活 性 化 す るに できました」と強 調 する。 田の維 持に率 先 して 取 り 組ん ど う したらいいのか を 考 え 、棚 も、ま ず 集 落の農 地 を 守るには で 中 川 さんは 自 分の経 営 よ り 料は穂肥だけに使用する。 に土壌改良材を施用し、 化学肥 肥 を 使 用し、秋にす き 込む。春 と化 学 肥 料 を5割 減 らした 特 底している。全水田で、 化学農薬 「 環 境 保 全 型 農 業 」の実 践 を 徹 水田) での卓夫さんの米作りも、 を 競 う「 全 国 どぶろ く 研 究 大 900 円 、 180 ㍉ ㍑500 円 代 代の女 性 をターゲットに あ るため 池の草 刈 り な どの保 山 菜 を 使った料 理、夏は自 家 畑 比 率が大 きい地 域です 。この中 から 全・水管理にも汗を流す。 の野 菜 、秋 は 豆 、芋 類 を 使った 販 売 先は、酒 造 卸・小 売 店 が 間 が 短いこ と も あ り 、地 域 に 料 理を食 卓に並べる。冨 美 子さ ほどの常 連 だ 。特に、 年 度に 適 した 有 利 な 作 物 として栽 培 んは「 特 に 子 ど も た ち は、 スー ね」と目を細める。 景 一さんの妻、典 子さん ( ) 理がおいしいと喜んでくれま す り も、旬の野 菜 を 使った田 舎 料 パーで 買って 食べている ものよ し 、全 量 を 種 子 用 にJ Aに 出 荷 する。 旬の食材の農家民宿 2世代で地域をPR 農 家 民 宿「どぶろく 荘 」 は、 春 月 末 に 会 社 を 辞 め、 中 川 家の農 業 経 営に本 格 的に も昨年 が中 心 。年 間100人 以 上の申 参 画し始めた。2人の子 育てを や秋の児 童・中 学 生の受 け 入れ し 込みが あるが、 どぶろくの仕 しつつ、農 作 業のほか、主にどぶ 何 より も 、卓 夫 さん・冨 美 子 携わっている。 ろく 販 売、民 宿 業の経 理などに 込み、 農 繁 期などの事 情で、 断っ ている時 期 も あるため、 年間 人 を 受 け 入れている。 4~ 月 どぶろく:卸販売、通信販売 ㌃は「はさかけ 米 」と ルする情報発信に余念がない。 を 通 して、 地 域の魅 力 をアピー ぶろく、 民 宿、 はさかけ祭りなど です」 と強調する卓夫さんは、 ど 支 えてくれるから可 能になるの があります 。 JA組 織が根 底で 対策 (現 在は 「農地・水 保 全管理 制 度や 農 地・水・環 境 保 全 向 上 るために、 中山間地等直接支払 して契 約 販 売 する。 さらに、 集 落の農 地 を 維 持 す う ちの だ 。作 付 け する「コシヒカリ 」の 消 費 者 との交 流 を 図 り 、好 評 に「はさかけ 祭 り 」を 開 催 して け 保 存 会 」を 組 織し、毎 年9月 3法 人が協 力して「 牧のはさか る「 はさ か け 米 」だ 。牧 区 内の が、農 村 文 化の伝 承にもつなが を 管 理 す る 。特 にこ だ わ るの 川 家で 全て 賄い、約3400 箱 育 苗 は、法 人の分 も 含め、中 6 コ、 チーズケーキ、 パウンドケーキ、 民宿(小学生、中学生) 会 」に毎 年 出 品 し、 「 賞 を とら は積 極 的に参 加し、 試 飲しても 水稲:春代かき、田植え 菓 子 店などと連 携し、 主に ㌔ で200 ㍑のどぶ 5 を販 売 する。 白米 理が味の決め手 」と卓 夫さんは 「 どぶろく は、鼻 と 舌で 品 質 にも 販 売 することができ、 全都 1 年 間 出 稼 ぎに行 中川さんの1年間の主な行事 なかった 年 はない」 ( 卓 夫 さん) 説 く 。これによって、風 味の良い どぶろく繁忙期 高田公園観桜会で直売、 東京・新潟県アンテナショップで直売、 埼玉・デパートで直売 「どぶろくを酌み交わし、絆を深めたい」 と語る卓夫さん 20 また、冨美子さんが中心と 3 なって経営している民宿 は、 リピーターが多く、消費者に中 山間地の良さを積極的に情報発 信している姿勢も評価された。 通年 民宿客に人気の旬の食材を使った料理 棚田の風景 40 6 7 36 中山間地農業と言えば、 2 耕作放棄地の回避のた めの水稲生産という 「守り」にな りがちであるが、高付加価値米 の生産とそれを使ったどぶろくの 製造・販売という 「攻め」の展開 を通じて担い手としての安定した 経営を確保しつつ、 「 俺がいなけ れば地域が衰退する」 という地域 リーダーとしての強い思いで集落 活性化の起爆剤になっている。 さん 夫 妻 、景 一 さん・典 子 さん ろくを製造・販売している。 この取 り組みは、6次産業化と集落ぐる み型農業法人による地域活性 化のモデルとなっており、高く評 価された。 60 中川氏夫妻は、中山間の 1 条件不利地において、特 別栽培米、 はさ掛け米を生産す ることで棚田米の付加価値を高 め、耕作放棄地を再生している。 とう じ また、杜 氏の経験を生かしてどぶ 11 ~ 大杉 立 委員長 民宿(中学生) 水稲:苗播種、苗床で管理 水稲:土壌改良材散布 後継者の長男は、 自家と 4 生産法人のオペレーター として水稲生産部門を担当して いる。今後も集落の約20haの 水田農業を維持し、 それを基盤と しながらどぶろく製造・販売を拡 大していく意向である。 12 17 5人で、 1泊 対 応 だ 。 ~ 中央審査会 の利 用が多い。 月には、 地 元の 審 査 講 評 30 全国どぶろく研究大会 牧区雪ん子まつりで直売 2 どぶろく・民宿 水稲・ソバ 月 23 4 このように、中川氏夫妻・ 5 長男間で耕作・どぶろく製 造・民宿がよく連携し運営されて いる。父の始めた経営展開とそ の想いが次世代に引き継がれ、 さ らなる発展も期待できる。 18 水稲:育苗圃場除雪、圃場整備 どぶろく繁忙期 どぶろくの試飲でアピール 60 3 21 18 10 10 10 70 黒毛和牛の繁殖から肥育まで大規模一貫経営 )を ) ) の後 継 者 がい 人 とパー ト 引 き 継 ぐ 。だ が 加 藤 さん 夫 婦 いる 。 加 藤 牧 場は、 もともと父の茂 繁殖雌牛 頭から飼 養 を 始 め、粗 飼 料 となる稲わらの収 集 量の増 加に合わせて、飼 養 頭 数 も拡 大させていった。 と同 様に一貫 経 営 を 目 指 した 。 牛 を 飼 うにあ たっても、養 豚 周 辺の耕 種 農 家 と 連 携 し 、堆 営 」を 理 念に掲 げ、 年 前から 「 地 域 内で 完 結で き る 畜 産 経 勝 也 さ んは 、就 農 当 時 か ら 形をとった。 は、親 世 代から経 営 を 買い取る 年に、養 豚に )が、養 豚の一貫 経 営 を さん( 行っていた。昭 和 加 えて和 牛 繁 殖にも 取 り 組 む ようになった。 耕畜連携で飼料を自給 平成 多 くの牧 場 が 外 国 産の粗 飼 よって、牛の品 質 管 理の一元 化 を 一貫 経 営へと 転 換 。 一貫 経 営 に 年には肉 用 牛 繁 殖 肥 育 肥と稲わらの交 換を始めた。 料を与 える中で、牧 場 周 辺の水 図 り、 一頭ごとの情 報 を、出 産か 年の 結 婚 を 機に、美 子さんの実 家の 田に あ る 稲 わらや 麦 かんを 活 このことによって 、安 全 で 安 心 な牛 肉 提 供に努めている。 未利用資源を活用 加 藤 牧 場 で は 、中 国 の 経 済 成 長や異 常 気 象 などが相 次 ぐ 中 で 将 来 、日 本 の 穀 類 の 確 保 が困 難になるのではと感じてい た 。そこで産 業 廃 棄 物 となって いる、未 利 用の国 産 資 源である 「 お から 」に 着 目 、飼 料 に 活 用 質のばらつき を な く している 。 畜 産 を 継いだ 。経 営の継 承で、 給 餌では、 一般 的に肥 育 牛で 食べ残 し な どのロスを な く し 、 ら出 荷 まですべて把 握できる。 は粗 飼 料 と濃 厚 飼 料 を 別に与 無 駄 な 飼 料 費の削 減 にもつな 用 すれば、輸 送コスト 面でも 良 を 実 現 。牛 が 餌 を 偏って食べる オリジナル飼 料 は、おから1 える。だが 加 藤 牧 場では、大 規 ことによる、体 重や 大 き さ 、肉 ㌧に配 合 飼 料750 ㌔ を 混 合 多 くは後 継 者 が 無 償で親 から の特性を生かした農業経営が展開されている。 げている。 シー)以 外はすべて地 元 産で自 農産物の出荷に有利な条件となっている。都市近郊農業 模 酪 農の方 法 を 導 入 。粗 飼 料 を 調 達 し 、お か ら と 配 合 飼 料 地の名古屋にも近く、市内東部に北勢公設市場を有する、 して 作 る 。地 元 の 耕 種 農 家 の 廃 棄 物 中 間 処 理 業の許 可 を 取 動車道など交通網も発達している。市内に加えて大消費 飼 料ではまた、必 要 以 上にビ 給できるようになった。 ある国道1号、23号に加え、東名阪自動車道、伊勢湾岸自 と 濃 厚 飼 料 を 混 ぜ 合 わせてT を 混ぜたオリジナル飼 料 を 作っ 四日市市は三重県北勢地域に位置する。人口約31万 理 解 と協 力 を 得て堆 肥 と稲わ 得 。豆 腐 工 場 か ら 出 る お か ら 加 藤 勝 也さんは、昭 和 いと見たからだ。 化 する な ど 、さ ま ざ ま な 工 夫 が 経 営 の 安 定 につな がって 幅 な 短 縮 を 実 現 。生 産 する 牛 肉 は 、プライベートブランド て100% 地 元 産 だ 。機 械 化にも 積 極 的で、作 業 時 間の大 堆 肥 を 交 換し 、粗 飼 料 は 、 一部の子 牛に 与 える 乾 草 を 除い 牛の 繁 殖 肥 育一貫 経 営 を 行 う。近 隣の 耕 種 農 家 と わ らと 策によって、県 内 有 数の1000頭 を 超 える 規 模の黒 毛 和 三 重 県 四 日 市 市の 加 藤 牧 場 は 、住 宅 地に 近い環 境に あ り ながら 、糞 尿の 臭 気 や 牛の 鳴 き 声による 騒 音 な どの 対 耕畜連携で飼料の自給率向上 畜 舎ではクラシック音 楽がか かる中、牛がストレスなくゆった )と 妻 の 美 子 さ ん( 加 藤 牧 場 は 、加 藤 勝 也 さん りと過ごす …… 。 ( 中 心 に、息 子の勝 三 さん( と 文 太 さん( る 。他 に 従 業 員 頭 、育 成 牛 人 。飼 養 頭 数 は 、繁 殖 雌 牛 310頭 、種 雄 牛 250頭 、肥 育 牛470頭の計 三重県 タミン の制 御 を 行わない設 計 た。 4,000人で、三重県最大の都市。東海地方の幹線道路で 混 合 割 合は変 わるが、すべての だ 。このことで、生 育ステージで を 制 御 し 、サシが 入 り や す く るために肥 育 牛にはビタミンA 通 常 は 、A5 等 級 に 仕 上 げ A 1032頭の大 規 模 経 営だ。 三重 県四日市 市 50 経営 することにした。 年 、産 業 2 MR化( 混 合 飼 料 )した ものを 284 ら 等 を 交 換 す るこ とで 、粗 飼 240 を行っている。 181 与 える。肉 用 牛では珍しい方 法 国平均 938 80 おからを利用して開発した飼料 期 間でオリジナル飼 料の給 与 クラシック音楽が流れる牛舎でリラックスする牛 県平均 780 11 肥育飼料費 (肉牛1頭、円) 加藤牧場 660 100 うち肥育 598 651 720 年度 (平成) 飼養頭数 21 915 22 970 23 1032 8 9 25 販売頭数 222 238 256 生産費 (円) 稲わら自給率 (%) うち繁殖 317 319 310 料は子 牛に給 与 する乾 草(チモ 加藤牧場の黒毛和牛の経営状況 47 26 加藤 勝也さん・美子さん 日本 2回 第4 勝 也 さ んは 平 成 左から次男の文太さん、勝也さん、美子さん、長男の勝三さん 2 18 60 大 賞農業賞 25 56 監視カメラのある新牛舎の屋根には太陽光パ ネルを設置。新牛舎内の電力をほぼまかなう 3 84 個別 53 5 く なり、事 故 率の上 昇につなが すると、牛が病 気にかかりやす す る 。だ が 、ビタミンA が 不 足 を な く す な どの周 辺 環 境への 臭いや 離 乳 時の子 牛の鳴 き 声 た場 所に住 宅が立 ち 並ぶため、 題になりかねない。そこで が、近 隣 住 民にとっては騒 音 問 と 母 牛 が 互いを 探 して 鳴 く 声 と 、母 子 を 分 離 し た 際 に 子 牛 低 下にもつなげている。 とができるようになり、事 故 率 を 早 期に発 見 して 治 療 す るこ の大 幅 な 短 縮 に 成 功 し た 。機 開発。 ロールをほぐ す 作 業 時 間 がら 給 餌 する給 餌 機 を 独 自で 家 畜 糞 尿の処 理 は 、畜 産 経 ない中で、哺 乳ロボット を 導 入 前 から 肉 用 牛では 導 入 事 例の を牛の観 察・管 理にあてている。 省 略 化だけでなく、空いた時 間 械 化の導 入 は、作 業の効 率 化・ 配 慮を徹 底している。 年 る。個 体 も 大 き く ならない。そ こで、無 理 なビタミンAのコント 営 を 行 う 上で 必 ず 課 題 とな 作業のマニュアル化 ロールを 行わず 、適 切に栄 養 管 人が牛の詳 細 な 状 況 を 把 握 す 飼 養 頭 数 が 増 えて く る と 、 るのが難しい。そこで、記 帳やパ 可 能 な 作 業はほぼ機 械 化 を 業 手 帳、操 作マニュアルを使 用し ソコンに加 え、「 牛 歩 計 」や海 外 した 。導 入 当 初は、生 まれると し 、哺 乳ロボットで 授 乳 させよ て、給 餌 作 業 や 機 械 作 業 を 担 から 取 り 寄せた「 繁 殖ボード 」 り、適 正 な 処 理は、必 須 と位 置 臭 気 対 策 として 畜 舎の床に う とし た 。だが、子 牛 がゴム製 当スタッフが一定以上こなせるよ で 管 理 し、牛の状 態 を一目で 把 理 したオリジナル飼 料に加 え、 は、堆 肥 を 敷 きつめた 上にもみ の人 工の乳 首の感 触 に 慣 れ な うにしている。特 徴 的な取 り 組 握できるようにした。 実 現 している。給 餌ノートや作 殻 を 敷いている。二重 構 造 とす いた め う ま く 飲 め ず 、死 亡 が みとして、中 古の農 業 機 械 を 独 す ぐに母 牛 と 子 牛 を 引 き 離 また 肥 育 期 間の重 要 な 月 齢 ることで、 ふんは も み 殻の上に 相 次いだ 。そこで、生 後3日で 自で改 造 して、利 用 しているこ づけている。 では、月に1度の血 液 検 査 を 実 溜 ま り、尿はもみ殻 を 通って堆 母 牛 と 子 牛 を 引 き 離 す と、生 図っている。 養 管 理 によ り 、肉 質の向 上 を 施し、牛の栄 養 状 態 を 把 握 。牛 肥に吸 収され、堆 肥の糸 状 菌で 乳 瓶 から 授 乳 して、 ゴム製の人 にし た 。人の手で1 頭 ずつ、哺 を 回 転 さ せて 餌 の 自 動 混 合 ジンで 軽 トラに 乗 せ た 攪 拌 機 例 を 見 ると、田 植 え 機のエン 付 けて、歩 数データをパソコンか て、牛の足 に「 牛 歩 計 」を 取 り なる習 性がある。これを利 用し 発 情 し た 牛 は 、歩 数 が 多 く を 目 視 と 血 液データの両 方 か 後 を抑 えることにつながっている。 工の乳 首に慣れる訓 練 と、牛に 子 牛 を 長 く 母 親につけてお く るため、 ほぼ 毎 日 分 娩 が あ る 。 とって 離 乳 食 と な る 濃 厚 飼 料 と 給 餌 がで き る 装 置 を 作 り 、 り、発 情 期の牛を目 視だけでな らグラフで確 認できるようにな く 視 覚 化 して 捉 えられるよ う 子 牛は哺 乳ロボットからう ま の未 然 対 応 として十 分 な 効 果 呼び合いもなくなり、騒 音 問 題 し た 。早 期 分 離 によ り 親 子の トフィーダーの市 販 品を牛 舎 内 コンプリー TMR 化 す るため、 した 。加 えて、肥 育 用の飼 料 を 厚 飼 料の瞬 時の給 与 を 可 能 と を 牛 用に改 良して、規 定 量の濃 た 。また、母 豚 用の自 動 給 餌 機 る 。そこで 授 精 や 妊 娠 、出 産 、 作 業 員への周 知 も 手 間 がか か では 効 率 が 悪 く 、繁 殖 部 門の が 増 加 す るにつれて、 この方 法 管 理 していた 。だが、飼 養 頭 数 日 な ど、母 胎の状 態 は、記 帳で 母 牛の妊 娠 月 齢や出 産 予 定 になった。 くミルクを 飲めるよ うにな り 、 で 作 業で き るよ う に 改 造 して 出 産 後の発 情 な ど 母 牛1 頭ご 分 以 内に短 縮 させ 1日5 ㍑に設 定 した 授 乳 量 を 導 入 したことで、 時 間 かかっ を あ げた 。 コンピューターで 管 理 す ること ていた120頭 分の餌の混 合が る。母 牛と子 牛の引 き 離しの際 わらと牧 草のロールをほぐしな さらにコンバインを改 造し、稲 殖 牛の管 理においては、 これら 所に設 置 。300頭 を 超 える繁 ボード」を 牛 舎のよく 見 える場 不 良で授 乳 量が低 下 した 子 牛 ところで一生 を 過ごし、同 じ 人 分に短 縮できた。 U) で浸 透しているアニマルウェル 2人の息子が後継 たちに育てられる。飼 育 場 所の 長男の勝三さんは、「両親が畜 を 設 置している。これら妊 娠 牛 果のある洗 車 機のようなブラシ 牛 房には、牛 体へのマッサージ効 なバスケットを 置いている。また 房の中 央 にエサ を 入 れ た 大 き 食べることがで き るよ うに、牛 粗 飼 料 をいつで も 好 き な 量 を も 力 をいれる 。その一つとして、 のため、繁 殖 牛のストレスケアに ながる事 故の原 因にもなる。こ の角の突 き 合いな ど、流 産につ 繁 殖 牛のストレスは、牛 同 士 り 出 している 。勝 也 さんは「 松 ベートブランド(PB)として売 牛 」という 個 人の銘 柄でプライ 加 藤 牧 場では、 「加藤牧場 男の文太さんも思いは同じだ。 に還元できる経 営を目 指 す 。次 解が薄れることを 危 惧し、 地域 きた近隣 住 民の畜 産 経 営への理 ることで勝 也さんが築 き上げて 経 営 を 学んでいる。世 代 交 代 す を 見 据 えて勝 也 さんから 畜 産 きた」と両親や牛へ感謝し、 後継 くれるおかげでここまで成 長で 産 経 営 を 続 け、 牛 が 肉になって のストレスケアによって、繁 殖 雌 阪 牛や飛 騨 牛 といった地 域ブラ ンドとPBが対 等に店に並ぶよ の息 子に思いを託 す 。 と極めて少ない。このように、飼 牛310頭 中、流 産は 例のみ ている。 境の変 化によるストレスを 抑 え フェア( 快 適 性に配 慮 した 家 畜 繁 殖 肥 育の一 貫 飼 育におい れている。 移 動や、飼 育 者の変 更 な ど、環 の鳴 き 声の対 策に加 えて、体 調 との情 報 が一目でわかる「 繁 殖 で 子 牛 の 体 調 管 理 も 行ってい 分 から 250 頭 分の給 餌の時 間 を るため、 監 視カメラを設 置し、 事 後 、哺 乳ロボット を 使 うことに を 食べられる まで 育てて、その かく はん き 繁 殖 雌 牛 が300 頭 以 上い とがある。 分 解・発 酵されて畜 舎 内の臭 気 周辺環境に配慮 加 藤 牧 場は、約100㍍ 離れ を 駆 使 することで母 牛一頭ごと 90 うに情 報 発 信 したい」と、 2人 質な肉 生 産を実 現させた。 家族協定によって、夫婦 および二人の後継者とし て息子の間の役割分担も明確 になっており、今後の事業展開に も期待できる。 5 務 所からモニターで確 認 する。 1 の飼 養 管 理 )の概 念 を 取 り 入 10 養 環 境 まで 重 視 す ることで 良 2 アニマルウェルフェアに 沿った飼養管理 30 美子氏は一貫経営の要 となる繁殖部門を長い間 担当し、長男の就農後は子牛の 哺育を担当している。また、三重 県の「義務と責任を共に担う男 女共同参画実践者」のモデルと なっており、対等な立場で畜産 経営を行っていることも評価され た。 4 を 細 か く 管 理 し 、生 産 性の維 日 までハッチに入 れること ら、健 康 管 理を徹 底している。 牛 本 来の能 力 を 発 揮 させる栄 15 繁殖牛の牛舎には粗飼料を自由に食べられるバケットを設置 持・向 上に貢 献している。 27 て加 藤 牧 場の子 牛は、生 まれた 3 最高級品質のA5を狙わ ずA4-A3の健康な牛を 生産することで結果的に収益も 上がっている。このような牛肉生 産は、最終的には食品として利 用するものではあるが、 それまで の生存期間をできるだけ健康に ストレスの少ない状態で経過させ る、 という加藤夫妻の家畜福祉 の考え方が基本になっている。 牛が触れると回転するブラシはマッサージ効果がある 勝也氏は畜産公害に対 する配慮の必要性を強く 認識していて、 もみ殻の敷料とし ての利用による臭気対策だけで なく子牛の鳴き声対策としての 哺乳ロボットの導入、ハエ対策な ど、環境に対する配慮も十分なさ れており、地域住民からも高く評 価されている。 ま た3 年 前 に 新 設 し た 繁 大杉 立 委員長 繁殖ボードを牛舎のよく見えるところに設置している 加 藤 牧 場では、欧 州 連 合(E 2 殖 雌 牛の牛 舎 は 、事 務 所 か ら 中央審査会 10 11 哺乳ロボットで乳を飲む子牛 勝也さんが考案した給餌機 約1, 000頭という大規模 畜 産 経 営であり、かつ、 高い自給飼料率、良好な生育環 境、牛に負担を掛けない良質肉 の生産、経営継承の安定性など 高く評価された。 1 500 ㍍ ほ ど 離 れ た 場 所 に あ 審 査 講 評 厳しい環境の中で機械化を率先 台 風 と 干 ばつの 常 襲 地 帯 という 厳しい農 業 条 件にもか かわら ず、収 量 と 糖 度 と もに 沖 縄 県の 平 均 を 大 き く 上 回 )だ 。農 業に携わって約 年 、徹 る 、高 品 質 なサトウキビ生 産 を 実 現 させたのが、沖 縄 県 宮 古 島 市の平 良 玄 序さん( 底 し た 研 究による 土 づく りに 加 え 、機 械 化による 大 規 模 化 を 推 進 。機 械 化によって、どんな 年 齢でも 農 業 ができる ら南 西に約1600㌔の距 離に 沖 縄 県 宮 古 島 市 は、東 京 か キビ畑で、 これまでを振り返る。 働 きに出 た 。 歳のと き 、父 が 学 卒 業 後、 本 土の自 動 車工場へ 農 家の長 男として生まれた。中 島でサトウキビなどを生産する サ ト ウ キ ビ に 一 本 化 夏植えと株出しで栽培 施 設 園 芸にも挑 戦してみた。だ にぎわう。 ち な 春 植 え を 行 わ ず 、夏 植 え 月 にか けて 収 穫 す る 。夏 月 年 期が夏 植 え た 株 からさらに芽 を 出 して 育 てる「 株 出 し 」の がある。 ま た 、栽 培 体 系 には、 「春植 え 」と「 夏 植 え 」 「 株 出 し 」の 月に新 植 を 行い、 月から翌 種 類 が ある。春 植 えでは、 〜 年 植 えでは 、 月 下 旬 か ら ・ ㌶で株 出し ・ ㌶、平 成 年 期 が 夏 植 え4㌶で株 出 し ・ ㌶を見 込んでいる。 ㌃ 当たり 収 量が多 く、茎 欠 か せ な い 土 づ く り 地域の資源を活用 「 が太 くて長 く、きれいで糖 度が 月から 月ごろまで 収 穫 す に新 植 を 行い、翌 年の 翌々年の 高いキビを 少 しで も 多 く 作 る い」と平 良さん。 ためには、土づく りが 欠 かせな 月に株 る 。株 出 しでは、 〜 月ごろまで 収 穫 を 行 出し管 理 作 業を行い、 月から 翌 年の 作 型 は、平 成 と株 出しの栽 培 を 行 っている。 宮古、池間、来間、伊良部、下地、大神の6島で構成され 通 りの方 法 環 境 を 整 え、島に帰ってくる 若 手への営 農 指 導にも 情 熱 を 燃やしている 。 ㌶で栽 培し、また島 内の ここで 平 良 さんは、サトウキ ビを ㌶の作 業 受 託を行 う 。 ある沖 縄 本 島の那 覇 市から、 さ 高齢で引退するのに合わせて伊 ㍍ 年 間にわたって、 サ トウキビを作り続けている。 襲 地 帯 だ 。ひ どいと 風 速 を 超 える暴 風 雨によって、作 物 によっては収 穫 皆 無となる被 害 加 えて島のほぼ全 体 を 、サン が、厳 しい気 象 条 件の中で、安 これまで平 良 さんは、畜 産や ゴ礁 由 来の石 灰 岩 を 母 材 とし 定 的な収 穫 量 と収 益 を 上 げる を受けるときもあるほど。 た 、透 水 性 が 高 く 保 水 性 に 欠 ことがで き るのは、サ トウキビ 年 前に経 け る「 島 尻マージ」と 呼 ばれる だ け だ と 確 信 。約 営 を サトウキビ栽 培 に一本 化 土 壌 が 覆 う 。このため、 7〜 月の夏 場 に 干 ばつの被 害 を 受 した。 生した。市は北緯24~25度、東経125~126度の間に、 高品質、 多収量なサトウキビ生産を実現 年、 とにかく台風や干ばつな 「伊 良 部に帰って農 業を継いで 約 どとの戦いだった」日 焼 けし らに約300㌔離れた場 所にあ 良 部 島に帰 り 、農 業 を 継いだ 。 平 良さんは先 祖 代々、 伊良部 る 。宮 古 諸 島の中 心 部 となる、 その後 、 約 た 平 良 さんは、 海 を 望 むサトウ 宮 古 島から船で西へ 分ほどの ところに伊良部島は浮かぶ。 台風と干ばつの悪条件 サトウキビ栽培に活路 伊 良 部 島 は 、サンゴ 礁 が 隆 起 してでき た 。面 積 ・ 平 方 ㌔ 、周 囲 約 ・ ㌔のほぼ 楕 円 ( だ えん )形 状で 、最 高 地 点 は ・ ㍍と平たんだ。 農 業では、年 平 均 気 温 が ・ けやす く、降 水 量が少ないと農 度、年 間 降 水 量が2000㍉ という 亜 熱 帯の気 象 条 件 を 生 き な違いは、収 穫 までの栽 培 期 サトウキビと他の作 物との大 作 物に甚 大な影 響が出る。 このような中で「 台 風や干ば かして、サトウキビに加 えて 冬 場 はカボチャの生 産 も 盛ん。こ つへの耐 性 が 強 く 、被 害 を 受 け 間が、 年以上と長いこと。 のほか 肉 用 牛やゴーヤー、葉タ う。 平 良 さんは 現 在 、収 穫 期 と 平良さんのサトウキビの年間作業体系 12 3 定 植・株 出しの時 期が重なりが 根切り・株そろえ・施肥 一般 的 な 作 物にお ける 定 植 くを地下水に頼る。毎年、全日本トライアスロン宮古島大 灌水 株出し 除草・平均培土・ 高培土・施肥 施肥 植え付け・施肥 て も 再 び 起 き 上 が り 、着 実 に おおむね平たん。大きな河川はなく、生活用水などの多 春植え バコ、 タマネギ、 マンゴーなども 生 の大半は宮古島の平良地区に集中する。山岳部が少なく、 *収穫時期は各作型共通 の段 階でサトウキビは、苗 を 新 る。市の総面積は204平方㌔、人口約5万5,000人。人口 3 9 収穫 収 穫が期 待できる農 作 物は、 サ 沖縄県 3 2 24 灌水 高培土・施肥 産されている。 良部町、上野村、城辺町、下地町の5市町村が合併して誕 10 除草・平均培土・ 施肥 植え付け 緑肥すき込み 耕起・整地 緑肥栽培 夏植え 11∼12月 9∼10月 8∼9月 6∼7月 4∼5月 1∼3月 たに 植 える「 新 植 」と、収 穫 し 会、プロ野球のキャンプ、各種スポーツ団体の合宿などで 農業用水を一時的にためるファームポンド 40 小型トラクターによる中耕除草および培土作業 経営 トウキビだけだ」と、平 良さん。 沖縄県の宮古諸島に位置する。平成17年、平良市と伊 2 25 3 5 4 2 1 22 40 12 13 沖縄 県宮 古島市 8 15 29 66 40 9 12 12 10 ハーベスターと平良さん 1 4 10 大 賞農業賞 26 6 63 収穫する平良さん 4 23 4 9 日本 2回 第4 だ が 宮 古 諸 島 は 、台 風 の 常 伊良部島のサトウキビ畑 4 平良 玄序さん 20 個別 40 88 8 3 サ トウキビの栽 培 で 最 も 重 点 を 置いていることは、土づく ほ じょう り だ 。新 植 す る 前の圃 場 には 栄 養 分 が 豊 富 な 緑 肥 や 、サ ト ウキビを 収 穫 し た 後に発 生 す る葉がら、製 糖工場で発 生 する バガス (サトウキビの搾 りかす ) やフィルターケーキ(サトウキビ 低 温 や 台 風 、病 害 虫 な どで 沖 年 産では、 ㌃ 当 縄 県 全 体では 歴 史 的 減 産 と なった 平 成 た り 生 産 量 が 県 平 均で ・ ろ か の搾 り 汁 を 濾 過 した 際に残 る もの)などの副 産 物 を土 中にす き 込 む 。ま た、伊 良 部 堆 肥セン ㌃ ターが 製 造 す る、 バガスや 魚 く ㌧ 投 入 する。 ず を 原 料 とし た 、堆 肥 を 当たり このバガスやフィルターケーキ を 原 料 と し た 堆 肥 は、新 植 糖 度についても 、県や 伊 良 部 島 の平 均 を 上 回る実 績 を 毎 年 残 している。 ㌃当たり収量 6 23 (年) 22 苗 は 毎 年 、 月 ごろに 植 え でサトウキビの植 え付けと収 穫 人 程 度 を 雇 用 。良 質 な 苗 を 用 化 した 。所 有 する農 業 機 械は、 中で 平 良 さんはいち 早 く 機 械 は、ま だ 手 作 業 が 主 流 だ 。この いることで、欠 株 が 発 生 しない 中 型の収 穫 機(ハーベスター) に 付 け る 。植 え 付 け 時 期 には ようにしている。植 え 付 け 後は 大 型・小 型のトラクター、 全茎式 かん すい プラソイラ、 そ して 昨 年 は 株 ぞ 植 え付 け機 ( 全 茎プランター) 、 灌 水、中 耕 除 草、肥 培 管 理 を 徹 底 。枯 死 茎は、 ほとんどない。 農 業 用 水 は 、地 表 水 を一時 灌 水チューブで灌 水 する 。干 ば に 掘 ら れ た 井 戸の水 を 用いて 用 。場 所 によっては、昭 和 初 期 ら 送 られる 水 を一 部 農 地に活 機 械 管 理 作 業のため、あぜ幅は る大 規 模 栽 培 を 実 現している。 の全 面 機 械 化 と 労 力 削 減によ を そろえたことで、定 植 と収 穫 全 茎プランターとハーベスター ろえ機を導入した。 つ時 は、大 型ダンプトラックで、 150㌢ と広めに設 定 し、苗は 的に貯 留 するファームポンドか ㌧タ 近 隣 に あ る ため 池 か ら 茎 数 を 確 保 す る ため、通 常 よ 号」 号」 %)としている。この 号」 「農林 も %ずつ栽 培 する。 ほか「 農 林 を 主 力( 機 械 化に対 応した「 農 林 り も 多めに投 入 する。品 種は、 回 程 度の ンクに 水 を く み 上 げて 灌 水 す 状 況を見ながら、 週 る。干ばつ時 期においても、生 育 灌 水 を 行 う な ど、生 産 量 確 保 に向けた対 策を徹 底している。 中 耕と除 草 対 策として、 小型 欠 株 対 策 と して 、捕 植 作 業 を 徹 底 。植 え 付 け 約 カ月 後 日 後の 節 苗を補 植 する。 ㌃ 当 た り 茎 数 は 、地 域 平 良 さんが 栽 培 す るサトウキ こ れ ら の 取 り 組 み に よって た場 合は の発 芽 状 況 を 見て、欠 株があっ ㌃当 月に2 トラクターによる作業を行う。 追 肥 は 、植 え 付 け 月に1回 目 を、翌 年 回 目 を 行 う 。そ れ ぞ れ ㌔ )を 株 もと たり 袋 カ月 前に土に入れる。堆 肥 投 入 に給 与 する。生 育 状 況によって 袋( 後は、 プラソイラ ( 心土破 砕 機) ビの の平 均の7000 本 を 上 回 る 8000本を実 現している。 業で、自 家 作 業 より も 、地 域の 平 良 さんは、栽 培・管 理の作 なり、 本土へと出 荷されていく 。 伊 良 部工場に出 荷され、 砂 糖と キビは、 島 内にある宮 古 製 糖 ㈱ たり、 成 長が良 くなるという 。 重 量は 万2022㌧ 。このう の伊 良 部 産 サ トウキビの正 味 質 向 上 に 努 めている 。昨 年 度 農 家 に 無 償 で 提 供 し 、苗 の 品 け 時 には 、優 良 な 苗 を 地 域 の の貢 献 度 が 高い。ま た 植 え 付 色の一つが、 機 械 化 だ。伊 良 部 島 ま た、 平 良 さんの栽 培での特 芸 作 物の活 性 化 が 期 待 されて 部 島の灌 漑 施 設の整 備 と 、園 される予 定 だ 。このことで伊 良 が、宮 古 島から伊 良 部 島へ送 水 年 間 約270 万 ㌧の農 業 用 水 ぶ伊 良 部 大 橋の完 成によって、 年 に、伊 良 部 島 と 宮 古 島 を 結 を 大 き く 上 回っている 。春 先の 変 化 す るが 、県の生 産 量 平 均 生 産 量は、台 風によって毎 年 農 家 から 依 頼 される作 業 を 優 ち 、平 良 さ んのハーベスターに 手作業が主流の中 いち早く機械化 先 的に行 う など、地 域の農 家へ いる。 平 良 さんは 今 後 、規 模 拡 大 上 に 力 を 入 れる 。目 標 は ㌃ を 図 り ながら 収 量 と 品 質の向 んについて「 サトウキビへの情 熱 当たり ㌧だ。 が人 並み外れている。研 究 熱 心 地 元の農 業 関 係 者は平 良 さ だった。 よる 刈 り 取 り 量 は1123 ㌧ 中 で 発 酵 して 、植 え 付 け 時 期 繰 り 返 す 。堆 肥は、完 全に土の 再 度ロータリで整 地 を2〜3回 は、 回 目の追 肥を行 う 。 2 による十 字がけで心土を破 砕 。 バガスを活用した環境にやさしい堆肥 を 迎 える。養 分が土 中にいきわ 1 う としている。若 手の育 成に期 の新 たな 営 農 形 態 を 構 築 しよ で、機 械 化による、今 後の地 域 る。手 植 え、手 刈 りが主 流の中 で、多 くの人に共 感 を 呼んでい 出て 行った 若い世 代 が、少 しで て、一度 、就 学や 就 職で 島 から 努 力 す る 姿 を 示 す ことによっ ば 、結 果 がついて く る 。自 分 が 「 農 業 は 一生 懸 命 努 力 す れ も 島に帰 り、農 業 を 行いたいと 思って も らいたい。そ して 就 農 待したい」と語る。 伊 良 部 島 では ま だ 、農 業 用 した際には、培ってきた営 農 技 かん がい 水の灌 漑 設 備 が 完 成 していな 術 を 伝 え 、伊 良 部の農 業 を 活 性 化させたい」と、意 欲 的だ。 い。現 在 、農 業 用 水 はため池や ファームポンドに頼っている 。 くことを期待したい。 地域で頼られる存在に 10 20 26 ㌧ だった一方で、平 良 さんの圃 10 伊良部島では夏に植えて 4 翌年の12月〜翌々年3 月に収穫する栽培体系が主流と なっている。平良氏は、春に植え てその年の12月から収穫したり、 刈り取った後の株を残してそのま ま次のサトウキビを栽培する新し い栽培方法への挑戦を続けたり しており、島のサトウキビ生産を けんいん 牽引する役割を引き続き担ってい ㌧ を 確 保 。また、収 入 15 24 80 2 2 45 21 2 25 10 5 バガスを活用した堆肥の運搬車、圃場に直行できる 平 良 さんが 生 産 し た サ トウ 20 平良さん 伊良部島平均 12 10 1 過去3年間のサトウキビ収量の推移 (トン) 14 15 3 10 10 2 10 10 県平均 8 10 平成21 0 農地の水源となる井戸 伊良部島にある製糖工場 4 4 このように、9haという大 3 規模栽培において優れた 技術を確実に励行することは 「言 うはやすし」 でなかなかできないこ とである。 このことを実現している ことが安定的な高収量・高品質 なサトウキビ生産を達成し、 かつ、 地域の中核的リーダーたる所以 であると思われる。 場では 大杉 立 委員長 3 収穫したサトウキビを大型ダンプに積み込み製糖工場へ搬入 このような高収量・高品質 なサトウキビの安定的生 産の実現は、平良氏の長年にわ たる土づくり、品種の選択、機械 化などに独自の工夫をこらし、年 をまたがる長丁場の栽培を丁寧 に行っている結果である。特に4t の堆肥は他に例が無く化学肥料 の投入量を半減させることにも役 立っている。 に 大 き く 関 わ る サ トウキビの 中央審査会 10 2 10 4 23 大型トラクター(アタッチメント式ロータリを装備)による整地 作業準備 4 サトウキビの収穫作業 9haという比較的大規模 1 にもかかわらず、優れた栽 培技術を確立することで県平均 を安定的に大きく上回る収量と 糖度を実現していること、特に、 台風などで歴史的不作となった 平成23/24年度においても沖 縄県1位となる優れた成績を達成 したことが高く評価された。 7 審 査 講 評 菌床シイタケを大規模生産 開している 。 全て正 社 員だ。 越 戸 さんは 歳 まで 、地 元 企 業に勤 めるサラリーマンだっ た 。県 外 転 勤 を 打 診 さ れ たこ 次産業化を展 地 域で盛んだった原 木シイタケ 態も悪 くなかったが、安 価な中 転 機 が 訪 れたのは、 年 。県 内一の栽 培 規 模 とな り 経 営 状 原木から菌床へ 上面栽培導入 模を拡 大してきた。 産・販 売 、加 工 、料 理の提 供 という 農 業の タケ 料 理 を 提 供 。菌 床 ブロックの 製 造 から 、シイタケの 生 集 落 内で宿 泊 施 設「 きのこ 屋 」も 経 営し 、 レストランでシイ ロックを 生 産 する など 、地 域の 産 地 化にも 貢 献してき た 。 ラスの 大 規 模 経 営 を 実 践 する 。新 規 参 入 者 向 けに 菌 床 ブ 菌 床 栽 培への 転 換 、法 人 化 など を 経て、東 北でもトップク 脱 サラし 、ゼロからのスタートでシイタケ 栽 培に 取 り 組 ん だ 岩 手 県 久 慈 市 の 越 戸 俊 男 さ ん( )。原 木 栽 培 か ら 販売、 料理提供まで6次産業化を展開 越 戸さんが代 表 取 締 役 を 務 める㈲ 越 戸 きのこ園は、菌 床シ イタケの生 産・販 売 、菌 床ブロッ クの製 造・販 売 、旅 館 業 という 栽 培に挑 戦 することにした。実 国 産 生シイタケの輸 入 増に強い とを きっかけに脱サラを 決 意 。 家は漁 業で、農 業とは全 く 縁が 不 安 を 感 じるよ うになった と 多 角 経 営 を 行 う 農 業 法 人 。約 なかったが、 「 専 業で食べていく いう 。 「 原 木 栽 培にこだわ り た 万 は元 国 民 宿 舎で、 の客 室 、食 ブロック を 供 給 している 。旅 館 培し、 地域の農家に菌床約 点) の菌 床でシイタケを 周 年 栽 年4月 時 には、大 規 模 経 営しかない」と、 かったが、 コスト面で中 国 産には 万ブロック( 平 成 初 年 度 から 原 木2 万5000 の自 家 製 造 を 選 択 し た 。原 料 模 拡 大 を 見 越 し、菌 床ブロック し、初 期 投 資 を 抑 制 。将 来の規 支 援 。 年 には、 J Aいわて く ブロックの 供 給 や 技 術 指 導 で なった 。新 規 参 入 者には、菌 床 培 を 始 める 人 も 現 れるよ うに 子 が 経 営に参 画 す るよ うにな り 、将 来 が 見 通 せるよ うになっ た 。法 人 として、そ して産 地 と して、責 任 を 持って需 要に応 え ていき たい」と 越 戸 さん 。今 後 77,256千円 堂、大 浴 場などを 備 える。菌 床 床 数も多い。 となる木 材チップは当 初 、他 県 じ( 現・J A 新いわて) の菌 床シ こ はく も 規 模 拡 大 を 進めていく 考 え 78,697千円 太 刀 打 ちでき ない」と、人 件 費 「 上 面 栽 培 な ら 、質・量 と も に 原 木 に 負 け ないシイタケ を 産のものを 使っていたが、 コスト イタケ 部 会の初 代 部 会 長に就 39人 栽培ハウス棟数 10棟 16棟 24棟 31棟 34棟 37棟 経営規模 〃 面積 19.4a 29.4a 44.9a 58.5a 64.3a 70.2a 85,000個 186,000個 307,500個 370,000個 400,000個 450,000個 76.7t 113.2t 198.7t 247.4t 283.1t 371.6t だ。 85,401千円 本 規 模で栽 培 を 始め、 さらに規 生 産できる」と確 信 。視 察から や品 質 面 を 考 え、地 場 産チップ 任、 J Aや行 政 と一体 となって、 68,140千円 人。 妻の栄 子 さん( )と 共に先 進 農 家 視 察 を 重 ね た が 、不 安 帰ってす ぐ、菌 床 栽 培 開 始に向 の自 家 製 造 に 切 り 替 え た 。山 久慈地域を全国有 件を生かし、シイタケや雨よけ栽培ホウレンソウが生産さ 36人 訪れた農 家で、上 面 栽 培の菌 床 35,520千円 シイタケ部 門の従 業 員は は 解 消 で き な かった 。 「 これで け た 準 備 を 始 め 、 年 には 全 林 を 自 力で 開 墾 し、 ハウスな ど 数の産 地に育てた。 増 して 大 手スーパー 8,820千円 を 抑 制で き る 菌 床 栽 培への転 最 後 。納 得でき なかったらシイ 面的に切り替えた。菌床3万ブ の施 設 を 整 備 。品 質 向 上や 経 シイタケに出 会った 。上 面 栽 培 は、菌 床ブロックの上 面だけにシ JAや行政と連携し 産地化をリード 風「やませ」の影響を受ける地域だが、夏季冷涼な気象条 33人 換を検 討した。 タケ栽 培 をやめる」と決 意して ロックという 規 模での再スター 費 削 減 につな がる 技 術の導 入 産 地 化 によるロッ トの 拡 大 で 、以 前 に イタケ を 発 生 さ せる 技 術 。養 分が集 中 するため、太 くて大 き トだった。 にも積 極 的だ。 な どからの引 き 合い 309,000個 岩手県 規 模 拡 大 を 進 めな が ら 、 年に法 人 化 。品 質の良 さと、大 い良 質 なシイタケ が 発 生 す る 315,000個 31 39 が 強 く なった 。 「息 342,000個 賞 賞 規 模 周 年 栽 培 によ る 安 定 出 種 菌 業 者から図 面 を 取 り 寄 せて殺 菌 釜や 台 車 な どを 自 作 シイタケ料理が名物の宿泊施設「きのこ屋」 89,365千円 149,961千円 266,854千円 318,036千円 335,385千円 409,895千円 販売額計 (A+B) 272,000個 岩手県久 慈 市 農業 特別 という 。面 積 当 た りの栽 培 菌 などの観光資源も豊富だ。 142,151個 有限会社 越戸きのこ園 経営 日本 2回 第4 16 17 養豚、ブロイラー生産などが盛ん。琥珀や「北限の海女」 35,000個 菌床ブロック販売数 菌床 ブロック 販売 (B) 菌床ブロック販売額 荷で、市 場やスーパーな どの信 菌床シイタケ部門の経営の推移 19 れている。山間部では、酪農や和牛(日本短角種)放牧、 80,545千円 114,441千円 198,714千円 232,635千円 256,688千円 332,639千円 (A) シイタケ販売額 頼 を 得 た 。そんな 実 績 を 見て、 新規就農者に栽培指導を行う越戸さん(左) 12 陸中海岸、西は北上山地に囲まれている。夏の冷たい季節 28人 従業員数 きのこ部門 15 地 域で 新 規に菌 床シイタケ 栽 構成員 23 22 21 19 17 15 年 (平成) 菌床の 1 次培養施設の内部(農家にはこ の段階で供給) 菌床シイタケの上面栽培(収穫の様子) 役割分担 統括 製品管理 総務・会計管理 菌床ブロック製造管理 旅館業管理 シイタケ生産管理 年間労働時間 2,400時間 1,200時間 2,000時間 2,400時間 2,400時間 2,400時間 役職 代表取締役 取締役 取締役 取締役 取締役 取締役 年齢 61 58 34 40 39 24 続柄 本人 妻 子 子の夫 子の夫 子 シイタケ販売数量 25 19 58 久慈市は、岩手県の沿岸北部に位置し、東はリアス式の 21人 シイタケ 販売 代表取締役 越戸 俊男さん 正社員によるシイタケのパッキング作業 山林を切り開いて整備した培養施設 8人 栽培菌床ブロック数 61 6 11 30 個別 50 大 賞農業賞 共選・共販体制の確立で高品質な花を周年出荷 少量多品目生産で高齢者や女性も活躍 ダリアやホオズキ、デルフィニウム、リヤトリス、ケイトウ、 ヒペリカム、房スグリ … … 。品 質の 良い草 花 や 花 木 が 数 多 か き くそろ う。JAみなみ信 州 花 き 部 会 は 、200 品 目 以 上の 花 卉 を 栽 培・出 荷している 。多 種 多 様 な 立 地 や気 象 条 件 、 人 材 を 貴 重 な 地 域 資 源 と と らえ 、地 域 別・施 設 別 推 奨 品 目 を 示して生 産 拡 大 と 技 術の向 上に 努める 。中でも 、ダリ 歳 以 上 。小 規 模 な 農 アは 全 国 一の 産 地に 躍 進 し た 。選 花 場 は1カ 所に 統 合 し て共 販 する 。部 会 員の 半 数 以 上 は 地でも 所 得 を 得 られる 手 段 があること を 実 証し 、生 涯 現 高 差による 長 期 リレー 出 荷 を 役 農 家として続けられる環 境が整 備されつつある。 種・品 目の作 付 け を 勧め、地 域 専 業 農 家 や 高 齢 者・女 性 を 含 部 会では、土 壌・水 利・気 温・ 日 照などの多 様な条 件のもと、 達した。 め、全 地 域で栽 培 を 推 進 し、標 ど 品 目 を 重 点 振 興 品 目に決 用ではダリア、 デルフィニウムな ケ イ トウ 類 な ど5 品 目 、施 設 メージアップ を 図 るため、露 地 気 が あ る 。山 間 地 特 有の夜 温 に上る。 花卉栽培の主力品目だ。 本、 販 売 額は1億9000万 円 年の年 間 出 荷 本 数 は155 万 本一の産 地に急 成 長させた。 卉 はJ A扱いの少 ない品 目 だっ している。 ほ じょう 日本一のダリア 産地に急成長 資 源の欠 点 を 長 所に置 き 換 え 年 部 会は、圃 場 条 件 別や施 設 条 件 別に栽 培 推 奨 品 目 を 定め む兼 業 農 家、 これらに対 し、そ な み 信 州 産 ダリアの品 質の高 の低さを 生かして色づきの良い て き め 細 か く 指 導 。産 地のイ れ ぞ れの農 業 条 件 に 合った 品 さを証 明した。 技が光る品 目だ。ホオズキも専 億4000 万 円 に じた 多 くの品 目 を 組 み 合 わせ ダリア栽培のきっかけは部 会 発足当時の主力品目・オキシペタ ダリアの周 年 出 荷 体 制が整っ たことから、後 継 者 として就 農 門 班を置 く 。 ダリアは他 産 地に先 中でも、 駆 けて 周 年 出 荷 体 制 を 築 き 、 て周 年 出 荷し、 特 徴のある産 地 毒や有 効 微 生 物 資 材の導 入 な を目 指 す 若 手も多 くなった。部 年で日 をつくろう という 戦 略 だ 。単 一 どでは、 有 効 な 対 策 が 見つから 会では 原 則 と して1 年 間 ほど また、傾 斜 地や日当たりの悪 い土 地に向 く 草 花や 鳥 獣 被 害 年 部も発 足した。 千差万別な条件は 地域の大切な資源 ダリア と 並ぶ 露 地 栽 培の重 点 振 興 品 目 がホオズキ 。中 京 年 からはリーダー 的 生 産 者に委 嘱した技 術 支 援 専 門 員 個人技術を公開し、 全体を底上げ 極 的に活 用 する。 竹 など地 域の未 利 用 資 源 を 積 商品を出荷。 ベテラン栽 培 者の 年の出 荷 開 始 から 品 目を産 地 化して市 場シェアを ず、 年々出 荷 量を落としていた。 ダリア専 業 農 家で研 修させ、栽 に 強い花 木 も 取 り 入 れ る 。栽 用ではホオズキやヒメヒマワリ、 高めるという 先 行 大 規 模 産 地 そのよう なとき、 オキシペタルム 培 技 術 を 習 得 してから 独 立 。 培 品 目の他 に 山 間 地ではアブ 年 度 には そ れ を 物 語 るよ う に、 戸 当 た り 平 均 栽 培 面 積 は4 ㌃ した条 件を備 えている。 の目指 す 方 向と一線を画 す 。 施 設でダリア栽 培に成 功した。 しっかりした 後 継 者 を 育てる。 ルムの連 作 障 害 対 策だ。土 壌 消 現 在では、 オキシペタルムの連 作 ラ ドウダンや 夏ハゼ、正 月 用 花 障 害で困っていた 生 産 者のほと んどが、 ダリア栽 培へと転 換して いる。 年には、 部 会 内に実 践 組 織 としてダリア専 門 班 を 設 置 。新 育 種 家 との情 報 交 換 、生 産 者 けん 圏では 盆 花 として 伝 統 的に人 さん 7 高森支部 ︵高森町︶ みさと支部 ︵豊丘村、喬木村、大鹿村︶ いいだ支部 ︵飯田市︶ 阿智支部 ︵阿智村、平谷村、根羽村︶ 花き部会青年部 みなみ支部 ︵下條村、 阿南町、 飯田市上村、 飯田市南信濃︶ ダリア専門班 ほおずき専門班 花き同志会 23 17 まつかわ支部 ︵松川町︶ 同 士の技 術 をオープンにした研 鑽など、 絶 え間ない活 動 を 展 開 する。 年 代 表 品 種「 黒 蝶 」は、東 京・大 田市 場の大田花 きの「フラワー・ オブ・ザ・イヤーOTA 」の (支部組織) (実践組織) 度グランプリに選 ばれ、 J Aみ JAみなみ信州花き部会組織図 品 種のリサーチ活 動や秋田県の 23 4 JAみなみ信州花き部会役員会 JAみなみ信州花き部会 20 日本一の産地となったダリアの施設栽培 18 19 高齢者や女性に 扱いやすい花卉を導入 しかし、部 会の発 足 当 初 、花 22 23 年には 花 き 同 志 会の中に青 JAみなみ信州花き部会総代のみなさん 冷 涼 な 気 象 など花 卉 栽 培に適 た。そこで高 齢 者や女 性が小 面 部 会の発 足 は 平 成 年 月 。J Aの広 域 合 併 後 に 新 設 象も千差万別で果樹、畜産、野菜など多様な品目が生産さ るような指 導を行 う 。 れている。干し柿「市田柿」産地としても知られる。 強 と小 規 模 。だが、取 扱 品 目は きゅうしゅん 積で も一定の収 益 が 見 込 める る。北部に平たん地が見られるが、南西部のほとんどは中 された 。J Aのあ る 飯 田・下 伊 山間地や急峻な山間地。広大な管内は標高差が大きく、気 200を 超 え、販 売 金 額は 広がる長野県南部の飯田市や松川町、天龍村など1市3町 軽 量 作 物の花 卉 を 複 合 作 目 と 10村を管内とする。エリアは東西、南北ともに53㌔を超え 那 地 区の大 部 分 は 中 山 間 地 。 域JA。南アルプスと中央アルプスに挟まれ、天竜川沿いに 度に目 標の 億 円を達 成し、 JAみなみ信州は平成9年に6JAが合併し誕生した広 して 取 り 入 れるよ う に 呼 び 掛 長野県 400~1500㍍ という 標 高 長 野 県飯田市 けてきた。地形や気 象 条 件に応 部会長 清水 芳実さん 組織 差 、冬 季の豊 富 な日 照 、夏 季の 10 日本 2回 第4 18 19 JAみなみ信州花き部会 4 70 5 5 1 集団 さ ら に 、 年 に1 カ 所 に 統 合 。生 産 者は個々に収 穫 し、箱 造 り も 心 が け 、市 場の信 頼 を 花 」に統 一 した 。日々変 わる消 箱のデザインも「 みなみ 信 州の 格や荷 造 りは統 一し、段ボール 花 場で 検 査 して 出 荷 す る 。規 Xを 導 入 。生 産 者からの日々の 選 花 場 と生 産 者の早 期 情 報 受 発 信のため 全 生 産 者 にFA 貢 献している。 ダリアを 躍 進させたのも「 湿 式 縦 箱 」輸 送の確 立 が 大 き く 高める。 費 動 向に対 応した有 利 販 売 を 出 荷 報 告 、選 花 場での選 花 結 詰めして選 花 場に持 ち 込み、選 行 うとともに、今 まで以上に品 JAみなみ信州花き部会組織図 (支部組織) 1 人 が 栽 培 指 導 会での管 理ア ドバイスや 花 卉 栽 培の取 り 組 みがなかった 地 域への推 進 など を行っている。 個 人 技 術 を 全て公 開 すると ともに、栽 培 技 術の共 有・一本 化・底 上 げ を 図 り、高 位 平 準 化 し たレベルの 花 卉 生 産 に 努 め る 。生 産 者 目 線 に 立った 親 身 なア ドバイスは 新 規 栽 培 者 に とって も 分 か り や すいと 評 判 だ。 また、中 核 農 家でつくる花 き 同 志 会 員 を 中 心 に、あ らゆ る 品 目の試 験 栽 培 を 行い、年2回 の営 農 相 談 会で全 生 産 者に報 告 。他 産 地より 早い品 目 、品 種 導 入に取 り 組む。他 産 地にない 部 会 オリジナル品 種の検 討 も 進める。 みなみ信州の花を一つに 部 会 発 足 当 時 は6つの地 域 ごとに共 販や個 販 を 行っていた カ が、 年に花 卉 選 花 場 を 所 に 統 合 。花 卉 専 門の販 売 担 統 一 出 荷 を 行い、共 販 体 制 に 移 行した。同 一 品 目のリレー出 荷や品 目セット販 売 も 充 実し、 市 場 から 評 価 されるよ うに 成を新たな目 標に掲げる。 く りにつながり、お 年 寄 りや女 ながら農 業 をしている。仲 間づ 面 積でも 小 遣いになり、楽 しみ なった。 積 極 的 な 仲 間 づく り に 取 り 組 み 、 年 度の部 会 員 は 昨 性 が 元 気 だ 。仲 間 を 増 や して 人に花に目 を 向 けても ら う た に なった 。花 栽 培 経 験 の ない と 意 欲 的 に 語 る 。部 会 全 体で 早 期に8億 円 を 達 成させたい」 を続ける。 知 恵 を 絞 り 、たゆみ な く 前 進 清 水 芳 実 部 会 長 は「 小 さ な る。 め、今 年 か ら 小 菊 に も 挑 戦 す 年 度より 人 増 えて583 人 100 まつかわ支部 ︵松川町︶ 高森支部 ︵高森町︶ みさと支部 ︵豊丘村、 喬木村、大鹿村︶ いいだ支部 ︵飯田市︶ 阿智支部 ︵阿智村、 平谷村、根羽村︶ 飯田市上村、 飯田市南信濃村︶ 3 南天 実バラ シンフォリカルポス 5 当 を 置 き 、各 品 目 統 一 栽 培 と 2 みなみ支部 ︵下條村、 阿南町、 ダリア専門班 花き部会 青年部 ほおずき専門班 花き同志会 荷 対 応につなげる。 こうした取り組みが認められ、部 会は 年 度 長野 県 園 芸 特 産 業 関係功労者表彰を受賞した。 新しい目標にまい進 15 JAみなみ信州花き部会役員会 果 報 告などに活 用し、次 回の出 花の種類と花期 部 会は販 売 金 額8億 円の達 4 400 1カ所に統合された選花場での選 花作業 17 地元の人々にJA産花卉をPRする 「なんしんフラワーフェア」 質 が 統 一 で き 、消 費 者の細 か な 注 文にも 応 じられる 体 制 を 整 えた。100%共 販だ。 「湿式縦箱」輸送で 花の命・鮮度を保つ 品 質が統 一でき、消 費 者から の注 文 に も 応 じ ること がで き る選 花 場の機 能 を 発 揮 した 販 300 12月 売 戦 略 も 進む。 年から「 湿 式 500 600 11月 縦 箱 」出 荷 を 進め、輸 送 時の鮮 700 出荷本数 販売金額 0 23(年) 22 21 20 19 16 傾斜地で栽培されるヒペリカム 切木類 ダリアの「湿式縦箱」 6 800 10月 度 低 下 を 防いでいる 。コールド ダリアの代表品種「黒蝶」 重点振興品目の一つデルフィニウム 9月 6月 20 21 5 16 25 切花類 販売金額 (億円) 花卉販売実績経過 出荷本数 (万本) 18 平成15 0 2 200 4 山深い地域まで生産者を 組織し、小規模の農地を 活用しながら高齢者が中心の生 産者たちの意欲を呼び起こす取 り組みになっており、生涯現役農 家として働き続けることができる 環境が整備されつつある。中山 間地域の今後の農業を考えてい く上で示唆に富んでいる事例で ある。 中京圏で根強い人気のあるホオズキ また、定 年 間 近 、あるい は 、定 年 後 に 就 農した 人々の中に、他産業で働いた経 験や人脈を生かして新しい技術 開発や新規作物の導入に取り 組むなど、産地をリードする方々が いる。その結果、高齢者や女性 の従事者が多いにもかかわらず、 地域が活気に満ちている。 3 8月 5月 4月 3月 2月 観賞用とうがらし 567戸の農家に日々の生 きがいを与え、 かつ、短期 間でダリア栽培を国内一の産地 に育てた部会の組織力はすばら しい。 また、多様な地形・気象・標 高を活かした 「少量多品目生産」 にもかかわらず、各品目の統一し た栽培・出荷の共選・共販態勢 が確立し、品目リレー出荷などの 組織的マーケティングが展開され ているところも高品質花き生産 産地として市場の高い評価を得 ている理由になっている。 技術支援専門員によるホオズキの定植指導会 JAみなみ信州花き部会 7月 サンゴミズキ ベッチーズブルー セダム OHBユリ スナップ ウイキョウ コスモス シンフォリカルポス アマランサス ユーカリ ワレモコウ トルコギキョウ エキナセア トウガラシ 雪柳 (青葉) オミナエシ オモチャカボチャ ブラックパール アナベル 青リンゴ 秋明菊 ブラックベリー 水引草 ツルウメモドキ マリーサイモン ビバ̶ナム(赤実) 実バラ アブラドウダン アジサイ ラークスパー ひまわり ブプレウラム ニゲラ アストランチア ベロニカ サンダーソニア アゲラタム スノーボール エリンジューム スモークツリー ブルーベリー アジサイ 利休草 レンギョ クリスマスローズ マリーゴールド サンシュ 花の種類と花期 1月 チェーン輸 送 を 確 立 。丁 寧 な 荷 2 (実践組織) 12月 多数の高齢者や女性の 部会員に生きがいをもた せるとともに、一方でダリアを中 心に大規模な専業農家を育成し ていくという両面作戦で中間地 の農業を守っていることが中山 間地農業の一つのモデルとして 高く評価された。 23 11月 1 ブラックベリー 10月 大杉 立 委員長 ヒペリカム 9月 中央審査会 ブルーベリー 8月 6月 15 房すぐり 南天 花梅 花竹 7月 5月 4月 2月 3月 1月 花の種類と花期 ダリア オキシペタルム デルフィニウム(シネンシス) デルフィニウム(ベラドンナ) リヤトリス セロシア ほおずき 姫ひまわり ヒペリカム 房すぐり セロシア ほおずき アマランサス リヤトリス 姫ひまわり オキシペタルム デルフィニウム(シネンシス) 18 ダリア 審 査 講 評 技術指導や販路確保などで一定の所得を確保 メ 静 岡 県のJA伊 豆の国 果 菜 委 員 会ミニトマト部 会は、 ンバー 戸のうち 戸 が 異 業 種から 新 規 就 農し た「ニュー ファーマー」だ 。新 規 就 農は農 地 取 得 など 多 くの壁があ り、 あっ せん 夢 半 ばで諦 める 人 も 多い。しかし 、同 委 員 会 はJ A 、行 政 と も 連 携 し 技 術 指 導のほか、農 地の 斡 旋 、販 路の 確 保 な ど 、新 規 就 農 者でも すぐに 経 営 を 軌 道に 乗せる 支 援 体 制 によ り、新 規 就 農 者の 定 着 率 100 % を 誇 る 。かつて、他 産 地 と 同じ 高 齢 化・担い手 不 足に 悩んでいたが、就 農 支 援 のノウハウは、日 本 農 業の抱 える 課 題 を 解 決 する一つの〝 処 ゴや畜産など。東京から100㌔圏内にあり、交通の便も良く 首都圏の大消費地と結びついている。年平均気温15.6℃、 温暖 湿 潤な太平洋岸式 気候で日照時間にも恵まれてい が発 表 する農 林 統 計や家 計 調 J Aや 市 場 からの話のほか、国 手 不 足が深 刻だった。新 規 就 農 上が大 半 を 占め、高 齢 化や担い ミニトマト は 広い 面 積 を 必 要 とせ ず 栽 培 も 比 較 的 容 易 みや すいという 考 え も あった 。 当 然 リスク も 伴 う 。だ が 、鈴 ことも あ り、縮 小 再 生 産という 悪 循 環に陥っていた。 年 から 栽 培 す る 。 土 地 生 産 性や労 働 生 産 性が高 人で始めたミニトマト 援 するもの。果 菜 委 員 会は、新 を 志 す 人 を 全 国から募 集し支 ファーマー 研 修 制 度 」だ 。農 業 ないし 差 別 化 も で き ない」か け れ ば 、高 く 売 るこ と はで き 持っていて も 、安 定 供 給で き な を 痛 感 していた 。 「 高い技 術 を 都 市 銀 行や 製 造 業 、公 務 員 な ど さ ま ざ ま 。鈴 木 さんは 希 望 者 と面 接し、 これまで農 業に関 わってきたのか、 作物がどのくら い好 き か な ど を 中 心 に 農 業 に 適 性 が あ るか 厳 しい目で 見 抜 く 。合 格 率 は 良いと きで %、 に も 上 る 。出 身 地 は 北 海 道 か 厳しいときで %。面 接で合 格 就 農 を 希 望 し同 委 員 会の門 をたた く 人は平 均で年 間 人 新規就農者の定着へ JA、行政も支援 らだ 。 規 就 農 者(ニューファーマー) の受 木 委 員 長 は 部 会 員 を 増やし く 、消 費 者の購 買 量 や 価 格 も 安 定 生 産 す る こ との 重 要 性 当初 高齢化や担い手不足 産地維持に黄色信号 安 定していることに着 目した。 この 悩 み を 救った の が 、静 岡 県 が 年 から 始 めた「ニュー トは 平 成 な ため、新 規 就 農 者 も 取 り 組 け入れに活 路を見いだす 。 置する。平成17年に伊豆長岡町、韮山町、大仁町が合併し 年 続いた 歳以 て誕生した。東は箱根山系の連山に、西は城山や葛城山な 者がゼロという 年が だったが、 年ほど 前は 伊豆の国市は伊豆半島の北部、田方平野のほぼ中央に位 査 な どにも 目 を 通 す 。ミニトマ には 情 報 収 集 を 欠 か さ ない。 静岡県 研修を終え晴れてニューファーマーになったみなさん。これから産地振興の一翼を担う 31 方 箋 〟として全 国から注 目 を 浴びる。 ること が 重 要 。部 会 別 だ と 栽 培 品 目 を 転 換 するのが難しい」 と強 調 する。 鈴 木さんもかつてはイチゴを 栽 培 していた 。しかし、 ブルーム レスキュウリ が 出 回 り 、高 値で 静 岡県 伊豆の国 市 新 規就農者の指導体制を整備 需要と販売価格考え ミニトマトに転換 果 菜 委 員 会は果 菜 類 を 栽 培 す る 生 産 者で 組 織 さ れる 。果 菜 委 員 会 という 大 き な 枠 組み 取 引されるとキュウリに、 ナスの スと、 ニーズや 時 代の変 化 に 応 ・農作業パート者紹介 る。 50 で活 動 しているのは、栽 培 品 目 ・伊豆の国市、 伊豆市 どに囲まれた豊かな自然に恵まれた地域。主要作物はイチ 20 V 字 仕 立 て が 開 発 さ れ る とナ ・受け入れ農家 60 10 に縛 られないようにするため。 ・研修生 (新規就農希望者) ・副委員長 (ミニトマト部会)1人 じた品 目を栽 培してきた。 事務局 (JA伊豆の国韮山営農センター) 委 員 長の鈴 木 幸 雄 さんは「 企 ・ニューファーマー ニーズが あ り 経 営 が 安 定 す る品 目はどれか 。そのため ・就農支援資金計画支援 業でも 同 じ 製 品 を 作 り 続 ける ・委員長 1人 20 36 ・就農計画作成支援 ※果菜委員会役員も含む ・生産資材供給 部会員36人 ・営農指導 JA伊豆の国 果菜委員会ミニトマト部会 JA伊豆の国 ・班長 7人 出荷 ・監事 1人 ら東 京 都 、山口県 など、前 職 も 土壌消毒には熱水消毒機を活用。熱が逃げないようビニールシートで覆う。環境に配慮した土づくりを行っている 東部農林事務所 連携・支援 ・静岡県、 ・副委員長 (キュウリ部会)1人 ・JA伊豆の国 ・委員 4人 ことはない。農 業 も 価 格や消 費 ・顧問 1人 10 委員長 鈴木 幸雄さん 組織 者ニーズに合った品 目 を 栽 培 す (構成員) 5 大 賞農業賞 (役員会構成員) 22 23 ニューファーマーによる産地の飛躍を誓い、 「伊豆ニューミニトマト」 と命名 パック詰めはパート従業員が行い、地域雇用の創出にもつなげている JA伊豆の国果菜委員会ミニトマト部会 日本 2回 第4 ニューファーマー地域連絡会 JA伊豆の国 果菜委員会 5 5 集団 JA伊豆の国果菜委員会ミニトマト部会の組織機構図 しても研 修 後1~2カ月でやめ てもらうこともある。 一 方で、新 規 就 農 に 必 要 な 「 土 地・技 術・資 金・販 路 」は、 J A と 行 政 な どで 組 織 す る「 J A 伊 豆の 国ニューファーマー 地 域 連 絡 会 」と も 連 携 し た 支 援 体 制 を 整 えており、 ニューファー マーは 技 術 研 修 に 専 念で き る よう 配 慮 する。 「ニューファー 研 修は 年 。 マー を 育 て る こ と は 、農 業 の 企 業 家 を 育 て る こ と 」を モッ ト ーに 、 家 族 が 農 業 で 生 計 を 立てるのに必 要 な 売 上 高 を ~ ㌃ というモデル 1500 万 円 以 上 と 設 定 。経 営規模 を 描 き 、必 要 なノウハウや 技 術 を指 導 する。 植物の生理も学習し 栽培技術を磨く 研 修 内 容は多 岐にわたる。ミ ニトマトの栽 培 法や 病 害 虫 、農 業 経 営だけでなく、植 物がどの ように光 合 成や代 謝 をするか、 植 物 が 肥 料や 水 を 吸 収 す る 仕 組みなども学ぶ。鈴 木さんは 「 植 物 を 観 察 す る だ けでは だ め。植 物の生 理 を 知ってはじめ て 植 物の状 態に応 じ た 的 確 な 対 処ができるようになる」と強 調 する。 土壌 研修生には植物生理学、 学、 肥 料 学などの専 門 書を読む ように勧めており、 ハウス内にあ る共 同の勉 強 部 屋には、 さまざ ) は「 ま な 農 業 関 連 書 が 並ぶ。研 修 生の久 幾田篤 史さん ( 年という 短い期 間で学ばなけれ ばならないので、 緊 張 感がある。 ) は 多 くのことを 学びたい」と意 欲 を 見せる。野 入 善 史さん ( いが、 努 力した分、 自 分に返って し 、出 荷 量 を 市 場 に 連 絡 す る 取 引に変 更 。午 前 集 荷 を 徹 底 「 ま だま だ 分 からないことが 多 く るのでや り がいが あ る 。将 来 ことで、有 利 販 売ができるよう 年 度で9・1㌶ 。 年 度に 比べ倍 増 し た 。徹 底 し た 技 術 は にもつな がっている 。栽 培 面 積 になった。所 得 向 上や規 模 拡 大 は ㌃を目標に栽培していきた い」と話す。 所得向上や規模拡大 生産者の意欲増加 ㌧ と静 岡 県 平 均の 倍 指 導により、 ㌃ 当たりの収 量 は約 近 くにもなる。 販 売はJ Aを 通じてスーパー な どに 出 荷 す る 。部 会 員の増 加 とと もに安 定 生 産 がで き る J Aの販 売 額でもミニトマト はイチゴに 次 ぐ 第 の基 幹 作 億 6000 万 円 。当 物 に 成 長 し た 。 年 度の販 売 高は約 初 、目 標 としていた「 販 売 金 額 億 円 以 上の産 地 化 を 目 指 JA伊豆の国果菜委員会ミニトマト部会員数の推移 35 20 15 10 5 詰めなど 作 業の集 約 化 を 目 指 し 、共 同 選 果 施 設の整 備 も 模 よ う な 産 地 と す ること 」は、実 「 農 業 で 豊 か な 生 活 がで き る 上の農 業 経 営 体 をつくること」 す」 「 個 人 所 得1000万 円 以 で 活 躍 す る 人 も 出 て お り 、農 の青 壮 年 部 長になるなど、地 域 い。 ニューファーマーの中にはJ A マーの 人 が 数 多 く 入 ってほ し いる」と期 待を寄せる。 業や 地 域の活 性 化につながって J Aの営 農 事 業 部・太田静 夫 部 長は「これからもニューファー 索している。 700 600 500 400 300 ハウス内にある共同の勉強部屋には、農業関連書籍がずらりと並ぶ 30 現に向 けラストスパートに入っ た 。今 後 、個々の 選 果 ・パック 産地を引っ張る鈴木さん。自らミニトマトを栽培する傍ら、 ニューファーマーの育成 にも力を入れる 23 22 21 20 19 18 17 16 15 800 作付面積 販売金額 (アール) 1000 900 800 700 600 200 100 0 (年) 24 14 (百万円) 900 ミニトマトの作付面積と生産量の推移 24 25 (年) (予定) 23 22 21 20 19 18 17 16 15 14 平成12 13 0 ニューファーマー 既存農家 40 24 25 地域住民と積極的に交流を深めるJA伊豆の国青 壮年部。ニューファーマーも青壮年部の部長を務 めるなど、地域に根差している ひとつ の 部 会でニュー ファーマーが大多数を占 めるような事例は見あたらない。 ま た、 ニュ-ファ-マ-が就農した 平成16年以降、離脱者を1人も 出さず、一定の所得を確保しなが ら、長期にわたり定着を実現して いることも他に類を見ない。 500 400 300 200 100 0 平成12 13 ニューファーマーを中心に形成されるミニトマトの施設 団地 (戸) 45 鈴木さん、研修生の野入さん、久幾田さんと意見を 交わすJA伊豆の国営農事業部・太田部長 (左から 2人目) 。 JAもニューファーマーの経営が軌道に乗 るよう、 さまざまな形でサポートをしている 25 一方、ハウスでの収穫作 4 業などは地元のパート労 働者によって支えられているが、 その多くが保育園児や児童を抱 える母親世代である。周辺に雇 用機会を創出し、地域と一体的 な運営を実践していることも評価 された。 21 2 ミニトマト部会のメンバー。産地一体の取り組みで栽培面積の拡大や所得向上につなげている との信頼関係の醸成など周到な 支援が背景にある。 また、委員長 である鈴木幸雄氏が既存農家5 戸の中で唯一の受け入れ農家と して、新規就農者が十分生活で きる程度の収益性が確保できる 経営モデルを提示し、 それを実現 できる高品質栽培技術を指導し ており、鈴木氏の果たしている役 割も大きい。 30 ようになり、 せりから予 約 相 対 資金の支援、技術の研 鑽 、市場 2 10 静岡県の「ニューファー 1 マー研 修 制 度 」、 「がん ばる新農業人支援事業」 を活用 して、新規就農者ゼロ状態が続 いていたミニトマト部会を、 ニュー ファーマーによる平均年齢47.1 歳の若々しい集団に変貌させた ことが高く評価された。 2 けん さん 1 38 大杉 立 委員長 7 28 中央審査会 10 1 1 20 審 査 講 評 24 この成功には、市・JAなど 3 関係機関との緊密な連 あっ せん 携による耕地の斡旋、初期投資 24 12 30 大 賞農業賞 養豚で繁殖から肥育まで一貫生産 りを心がけている。費 用 対 効 果 き る 風 通 しの良い雰 囲 気づく 新たな豚 を 導 入しない)など愛 導 入 後 、すべて 出 荷 す る まで、 イン・オールアウト( 豚 舎に豚 を 年 に、初 代 社 長 が 地 元 農 家 に た 菊 間 養 豚 組 合 だ 。その後、 残 渣 を 処 理 するために誕 生 し している。気温は穏やかで夏は平均26.3度、冬は平均4.3 度と平均的な瀬戸内海性の気候である。また、全国に比較 して晴天が多く降雨量が少ない特徴を有し、台風などの災 害もほとんどない。300戸の柑橘を主体とした、畜産、野 菜の複合経営を営む農村地域だ。 頭、 雄は 頭で年間2万5000 西、南の三方は緑豊かな山をめぐらし、北は瀬戸内海に面 頭 を 出 荷 。愛 媛 県 内 を 中 心に ん。提 案 も 良いものは採 用 して 現 在 の 場 所 に 移 転 し た 。その 会 社に組 織 替 えするとともに、 声 掛 け し 、協 業 体 と して 有 限 ている。 「 仙 高ポーク」として好 評 を 得 いまばり 管 内では地 域ブランド 菊 間 仙 高 牧 場の始 ま りは昭 構 成 さ れている 。株 主 の 多 く 主の中 から 社 長 と 場 長 を 選 出 ジ別の管 理、人工授 精の導 入な 図ってきた。 し、円 滑 な 生 産 を 図るため、総 は 創 業メンバーの後 継 者 だ 。株 現 在 保 有 する母 豚は1100 ど経 営 規 模の拡 大 と効 率 化 を 16 〜 会 社は活 気に満 ちている。若 手 現 在の菊 間 仙 高 牧 場は株 主 8 人 と 従 業 員8 人の計 人で ループごとに 分 け る )やオール 創 業 当 時から、 ウイークリー 養 豚( 母 豚の繁 殖サイクルをグ あります」と声があがる。 後は、豚 舎の拡 大や飼 育ステー 新 たな 取 り 組みや技 術 導 入 を 進めている。社 長の森田 恭 章 さ んは「 会 社 を 運 営 するにあ たっ て、意 見 交 換や議 論が活 発にで 務・繁 殖・肥 育・環 境の各 部 門に ぶん べん それぞれ部 長 を 設 けている。繁 殖 部 門 は さ らに 交 配 舎 、分 娩 舎、子 豚 舎の3つに分かれる。ま た、環 境 部 門は堆 肥 舎、汚 水 処 理に分かれている。 日々の作 業は曜日 別、豚 舎 別 に明 確 化 、効 率 化 され、休 日の 確 保 もしやす く なっている。ま た、数 年ごとに配 置 換 えも ある た め、 一人 に 偏 ら ず よ り 多 くの 社 員 が 専 門 的 な 知 識・技 術 を 得ることにつながっている。 人工授精技術の高度化 平 成7 年ごろに 愛 媛 県では 初 と な る、人 工 授 精 技 術 を 導 入 した 。これにより 、繁 殖 成 績 の向 上 と 肥 育 成 績の安 定 を 図 る と と も に、交 配スペースの有 効 利 用 や 作 業 管 理の効 率 化 、 生 産コストの削 減 を 可 能 にし た 。ま た 、自 然 交 配 で は 大 き かった 母 豚への負 担 が 減 り 、母 豚の耐 用 年 数 が 延 びることに もつながった。 当 初は購 入 した 精 液 を 人 工 授 精 に 使 用 し ていた が 、A ブリードテスターによる発情予測 分娩舎の様子 I( 人 工 授 精 )事 務 所 を 設 立 し 精 液コスト を 半 分 に 削 減 し まかな た 。現 在では、全 量 自 家 採 取で 賄っている。 自家での精液採取の様子 細心の注意を払い人工授精を行う 協業体として 経営感覚身につける 取り組んでいる。 「ふれ 愛・媛 ポーク 」、 J Aお ち 若い社員のやる気を経営の力に 愛 媛 県 今 治 市 菊 間 町の山 あいの歌 仙 ダムのほど 近 くに 位 置する㈲ 菊 間 仙 高 牧 場 。養 豚で繁 殖から肥 育まで一貫し て行っている 。社 員の 平 均 年 齢 は 6 ・ 歳 と 畜 産 業 界では 年 以 上 たち 、代 替わ りした 非 常に若い会 社 だ 。設 立から 今も 高い技 術 力 を 受け継 ぎつつ、さらに新しい技 術 を 取 り 入れ続けて、低コストかつ良 質 な豚 肉の安 定 的 生 産 を 実 現 は見 ま すが、 みんな 熱 心 なので 媛 県 内で初の技 術 を 導 入 して している。 や り たいよ うに任 せていま す 」 きた。 今治市菊間町は、松山市と今治市の中間に位置し、東、 もらえるのでとてもやりがいが 47 ざん さ と話 す 。社 員からは「日 常 的 作 年に、 デンプン工 場の食 物 愛媛県 菊 間 仙 高 牧 場 では 、 歳の 社 長 を は じめ、場 長 ら 幹 部 も 和 愛 媛 県 今治市 業 で 細 かいこ と は 言 わ れ ま せ 青壮年が経営の担い手 44 からの提 案 も 積 極 的に採 用し、 44 30 40 代 前 半 が 占 めて お り 、 36 取締役社長 森田 恭章さん 組織 近 年 も 人 工 授 精や 妊 娠 鑑 定、発 情 予 測など新しい技 術に 豚舎の前に集合した社員ら 有限会社 菊間仙高牧場 日本 2回 第4 40 26 27 集団 30 ちつ いう 機 器 を 豚の膣に挿 入 し 発 情 を 予 測 するもので、主に妊 娠 加 え 、妊 娠 鑑 定 技 術や 発 情 予 定 化だ。これまでの人工授 精に や 回 転 率の向 上による 経 営 安 の対 策の一つは 母 豚の受 胎 率 ここ数 年の飼 料 高 騰や 販 売 価 格の低 迷を受け、牧 場として とが 可 能になった 。ま た、繁 殖 日 使 う 精 液 を 当日 採 取 するこ の負 担が軽 減 するとともに、当 的に見 直した。これにより 母 豚 を 午 後1回に減 ら す な ど 抜 本 1日2 回 行っていた 人 工 授 精 に 失 敗 し た 母 豚 に 使 用 してい 測 、繁 殖 作 業スケジュールの見 舎にミストファンを 導 入 す るこ 経営安定化に向けた 取り組み 直 し、設 備 投 資 な ど を 行った 。 とで、夏 場の繁 殖 舎 内の温 度 を る 。作 業スケジュールについては 妊 娠 鑑 定 はエコー 式の画 像 診 3度ほど下げることができた。 るので 、何 か で き ないか 考 え 1,392 断 装 置 を 使い母 豚の妊 娠の成 入 れている 。ま た、農 商 工 連 携 ている 。今 は 実 験 と し て アス 人 的にとんかつが 好 き なので、 ストール舎 (3棟) 714,842 535 25,021 汚水処理場 (1基) 24 1,745 681,781 交配舎 (2棟) 23,462 堆肥舎 (2棟) 23 8,301 677,785 肥育舎 (15棟) 23,037 350 22 簡易子豚ハウス (28基) 627,454 1,140 23,050 離乳舎 (1棟) 21 953 販売額 子豚舎 (3棟) 出荷頭数 2,379 年度 (平成) 2,100 (単位:頭、 千円) 分娩舎 (6棟) 出荷頭数の推移および販売額 施設名 否 を 早 期に発 見 す る 技 術 だ 。 泥 法 と 汚 水 濾 過 装 置( 中 空 糸 として 牧 場の豚 肉 を 地 元の業 実 施している。 規模 規模 こういった 取 り 組 みによ り 、 夏 場で %も 受 胎 率が上 昇 す 発 情 予 測はブリードテスターと るな ど 効 果 が あった 。ま た、 こ 膜 お よ びRO 膜 )を 組 み 合 わ か れらの取 り 組 みの多 く が 社 員 パラ ガスや タマネ ギ な ど の 栽 つ。無 色になるまで高 度 処 理さ 6次 産 業 化 と して とんかつ屋 たり れた水は施 設の洗 浄 水に使 用、 いて森田 社 長は「 水 源に近い牧 「 さいさいき て 屋 」での豚 汁の 2 をやってみたい」と 話 す 。 今 後 について 、森 田 社 長 は 「 地 域 で 耕 作 放 棄 が 増 えて く ま たは 大 気 中に蒸 散 させるな らなる取 り 組みとして、 全飼料 場 として、汚 水 を 出 さないのは どしている。汚 水 処 理 施 設につ への酵 素 添 加 を 実 施 。これは地 当 然の責 任」と話 す 。 で、 酵 素 を 添 加 することで良 質 な 堆 肥の製 造 と 臭 気の改 善 な どにつな がった 。現 在では地 域 地 元の少 年 野 球やバレーボー ル大 会への 協 賛 やバーベキュー の農 家だけでなく、 しまなみ海 道 を はじめとし た 近 隣の島 嶼 大 会の開 催、地 元J Aの直 売 所 が来るようになった。 活 動 に 積 極 的 に 取 り 組 んでい る 。地 元 農 業 大 学の学 生 を は 出 資 者 8 人( 創 業 時は 11人)の協業体であり、 かつ、企業でもある、 という経営 は他にあまり例が無いが、優れた リーダーに経営が引き継がれ、新 しい経営および業務管理者が 育ってきており、社員として能力 の高い人材の採用も意識的に 行われてきている。このような出 資者の世代交代+若い雇用者 の雇用により、法人の中では異 質の若い経営と風通しの良い職 場環境を実現している。 1 億6000 万 円 か けて 汚 水 試 食 会 な ど 地 域でのふれ あい 年の家 畜 管 理 基 準の 見 直 し に 合 わ せて 、 年 に とう しょ 部の柑 橘 農 家 から も 引 き 合い 積極的に地域貢献 元 農 家 と 協 力 して 進 めた もの 橘 農 家 を 中 心に堆 地 域の柑 肥 を 提 供してきたが、 年にさ かん きつ 耕畜連携と 環境への配慮 者 の 手 に よ っ てハムやベーコ 15 せ た 県 内 唯一の施 設で1日 当 場 長 交配舎 自ら提 案、 工夫したものだ。 社 長 培 もや り 始 めている 。ま た 、個 総 会 ン な どに加 工 す る 取 り 組 み も 組織機構図 ㌧の汚 水 処 理 能 力 を 持 繁殖舎に設置したミストファン 80 豚 肉 価 格の低 迷 、飼 料 価格の高騰など養豚経 営をめぐる経営環境が厳しさ増す 中で、入念な管理と新技術導入 による低コストかつ良質な豚肉の 安定的生産を実現し、将来的な 6次産業化によって乗り切ろうと する意欲的な経営であることが高 く評価された。 28 29 かく はん じめ、研 修 生 も 積 極 的 に 受 け 1 仙高ポーク ろ 3 若手社員の意見が最新 の科学的知見に基づい た新しい技術の積極的導入に 結びついている。例えば、導入し た人工授精技術、妊娠鑑定技 術、発情予測技術、給餌技術な どは県内初のものがほとんどであ り、 その効果は繁殖率や肥育速 度の向上、上物率の維持として 現れている。 22 13 大杉 立 委員長 施設名 地元業者と連携した加工品作り 堆肥を撹拌するサークルコンポ装置 中央審査会 処 理 施 設 を 新 設 した 。活 性 汚 審 査 講 評 地元直売所で仙高ポークとして販売 交配舎 分娩舎 子豚舎 繁殖部 分娩舎 肥育部 環境部 子豚舎 総務部 肥育舎 敷地内にある汚水処理施設 RO膜処理によって透明な水に処理 (単位:㎡) 保有ならびに利用している農業施設 4 今後は、新たな販路の開 拓、ハム、 ソーセージなど の加工品の製造・販売、 トンカツ 屋の開業など6次産業化を目指 しているが、着実な将来方向であ り、実現可能と考えられる。 15 ダイコン共同洗浄選別施設で省力化 人でダイコン栽 戸。 人だ。 詰めに大 き な 労 力 を 要 す るこ ダイコン収 穫 後の洗 浄・選 別、箱 組 合 員の若 手 後 継 者 さまざまな 産 地 存 続 策 を 模 索 す る 中で、立 ち 上 がったのが 関東初の共同洗浄選別 施設導入 培 農 家は 在の組 合 員は る 。新 たな地 域 内 雇 用の創 出にもつなげている。 産 。市 場の 信 頼 は 厚 く 、ブランド ダイコンを 次 代につな げ 一つにし た 。組 合 員 は 規 模 を 拡 大し 、均 一 なダイコンを 生 へ生 まれ 変 わった 。若い後 継 者の 熱い思いが 組 合 員の 心 を あった 産 地 を 立て直し 、高 品 質・高 生 産 性のダイコン産 地 ンの 共 同 洗 浄 選 別 施 設 導 入 を きっかけに 、存 続の 危 機に ん 」の 産 地 、千 葉 県のJ A 市 原 市 姉 崎 蔬 菜 組 合 は 、ダイコ そ さい 見 事に 育ったダイコンが次々とコンベヤーで運 ばれて、高 圧 洗 浄 機で洗 われ、選 別・箱 詰めされていく 。「 姉 崎 だいこ 若手後継者の活力生かし産地再生 戸で設 立 。共 販・共 計 J A市 原 市 姉 崎 蔬 菜 組 合は 昭 和 年に同 市 深 城の農 家 を 中 心に 体 制で首 都 近 郊のダイコン産 地 を 支 えて き た 。春・秋 冬ダイコ ンともに国の指 定 産 地だ。しか し、後 継 者 不 足に加 え、生 産 者 戸に減 の高 齢 化や 離 農 者の増 加 が 深 年 には 年 間に生 産 量 も 約 刻 化 。平 成 少 、今 後 とに注 目 。規 模 拡 大や生 産コス ファーマーの認 定 を 受 け 、 年 出 荷 労 働 時 間は施 設 導 入 前 に比べ、 割 近 く 短 縮で き 、高 規模拡大、 高収益を実現 き く 産 地」の特 性を発 揮 する。 どに迅 速に対 応 し、 「 小 回 りの 作業手順を分かりやすく示すイラスト 品 質で規 格が均 一なダイコンの 出 荷 ができるようになった 。組 合 員 は 栽 培 に 集 中 で き 、生 産 と、作 業の注 意 事 項 を 書いた手 ため、「 誰にでも 分かるように」 人や障 害のある人 も 雇 う 。この パート 従 業 員 は 日に 人 ほどが働 く 。農 作 業 経 験のない を 開 けて中 身 を 確 認 する必 要 くチェックする。市 場 からは 「箱 底している。 選別は人の目で厳し の選 果 基 準 運 用の厳 格 化 を 徹 ん のと す る ため、 GAP( 農 業 生 組 合は「 世 界に誇る姉 崎だい こん」を 名 実ともに確 固たるも えた。 面 積は 性 向 上 と規 模 拡 大に打 ち 込め 作 りのポスターな ど を 貼ってい はない」と言われるほど、 信 頼は 産工程 管 理) の導 入を目 指して ㌶だった 栽 培 る。ま た、 パート 従 業 員へのアン 厚く、 販売単価も上がった。 年 には140 ㌶ を 超 る。 年には約 ケート 結 果 を 基に作 業 工 程 改 いる。 情 報 を 共 有 化 。市 場の要 望 な ん、販 売 動 向や栽 培 技 術などの 善や 祝 日には日 頃の感 謝 を 込 年 にエコ 出 荷シーズンは毎日、後 継 者 も 参 加 してミーティング を 行 組合員全員が 年間販売金額 ︵億円︶ 作付面積 ︵㌶︶ 0 平成17 18 19 20 21 22 23 1 0 24(年) 20 割 減 少 す る と 予 測 さ れ 、産 材 派 遣 会 社に委 託 して確 保 し には 県 が 独 自 に 認 証 している クなどの栽培が盛ん。同市の農業生産活動の中枢を成す。 2 40 ト低 減、品 質の向 上などで産 地 ていたパート従 業 員は独 自に募 「 ち ばエコ農 産 物 」の認 証 も 取 いう立地条件を生かし、ダイコンやスイカ、メロン、イチジ 3 60 地 存 続の危 機にさらされた。現 年 に 農 事 組 合 法 人・姉 崎 大 根 組 合 を 立 ち 上 げ た 。施 設 集、 雇 用 管 理し、後 継 者が丁 寧 得 した 。安 全・安 心 を 求める消 と、おおむね温暖。広大で平たんな農地と大市場に近いと 50 4 80 を 存 続・発 展 させよ う と、話 し 運 営やパート 従 業 員の雇 用 管 に 作 業 手 順 な ど を 教 え る 。洗 費 者ニーズに応 え、環 境に優 し く土で保水性や透水性が良い。年間平均気温は15度前後 6 5 100 合いを 重 ね 、 ベテラン農 家 に 合 理や教 育は、 後 継 者6人による 浄・選 別、販 売、経 理 まですべて る。穏やかな丘陵が多く、畑作土壌は腐植質に富んだ黒ぼ 120 月に関 東 大 根 洗 浄 選 果 部 会 が 担 う 。人 市場の要望に 迅 速 に対応 い農 業を実 践している。 を整 えた。 働きやすい職場づくり 環境保全型農業の実践 キャッチフレー ズは「 世 界 に 市原市は千葉県北西部の東京湾に面した都市。組合の めてケーキや餅 を 配るなど、働 誇 る 安 全・安 心 姉 崎 だいこ 」。産 地 評 価 を 高めるため ある深城地区は千葉県の房総半島西部、市の中西部にあ 24 8 7 140 意を取りつけ、 年 千葉 県市原市 パート従業員が主戦力のダイコン選別作業 う 。出 荷 上の注 意 点 は も ち ろ ! ! きや すい職 場づく り を 心 が け 60 高品質な姉崎だいこん 18 販売金額 栽培面積 160 る。 18 では初のダイコンの共 同 洗 浄 選 別 施 設を導 入した。 千葉県 19 組合員は洗浄・選別から解放され栽培に集中 できる 10 9 ダイコンの栽培面積と販売金額の推移 180 6 30 31 1 5 高圧洗浄機で自動的に洗浄されるダイコン 16 一元 化 し 、安 定 供 給 す る 体 制 JA市原市姉崎蔬菜組合のみなさん 17 10 14 賞 賞 18 10 組合長 保坂 幸保さん 農業 2回 第4 57 28 JA市原市姉崎蔬菜組合 組織 日本 特別 19 23 集団 3 市 内 の 全 て の 小 学 校 で「 農 業 科 」を 設 置 校 福 島 県 喜 多 方 市の全ての小 学 校では「 農 業 科 」という授 業 科 目 がある 。田 植 え 、稲 刈 りといった 農 作 業の一部 を 切 り 取った 体 験では なく 、年 間 を 通して、 一連の 農 作 業 を 体 校 、児 童1909 ど う せやるので あ れ ば 、しっか り と1年かけて教 えないともっ たいない」と喜 多 方 市 教 育 委 員 会。 喜多方市は、福島県西部に広がる会津地方の北部に位 児童数 置する。人口は約5万人。南側に会津地方の中心都市であ 21 1,013 かつては北方と呼ばれた。蔵とラーメンなどで知られる。 22 1,091 23 1,828 24 1,909 な 心 や 社 会 性 、主 体 性の育 成 える」ことに力 点 を 置 き 、豊 か え る 」のでは な く 、 「 農 業で 教 るこ と を 目 指 す 。 「農業を教 されていることについて 実 感 す 「いのち 」を 感 じ 、自 ら が 生 か 流 で き 、児 童 は 自 分の住 む 地 て、「 農 家は児 童や孫 世 代 と交 を 細める。農 業 科の授 業によっ 思 う 人に育ってほしいね 」と 目 京などに出ても、故 郷 を 誇 りに 「 将 来 、進 学 や 就 職 な どで 東 児 童 を 見 ながら 支 援 員 た ちは ふるさと を 図る。 「 農 業 科 」を 通 して 、 域に興 味 を 持つことにもつなが その上「 農 業 科 は た だ 農 作 物 を 作るだけではない。農 業 体 験 を 通 して 、豊 か な 心 と 社 会 性 、主 体 性 を 育 む 効 果 が 期 待 なく、「いのちあるもの」であり、 できる」と芳 賀 忠 夫 現 教 育 長 。 て気 持 ちいい」 「 収 穫が楽しみ」 「 人 といのち をつな ぐ 大 切 な も 「 田 ん ぼで 稲 を 植 え てい く 。水 田 が 広 が る 農 村 部 に の」であることを 学ぶ。 「いただ 農 作 物 は 単 な る 食べ物では 児 童の歓 声 が 響 き 渡 る 。喜 多 きます」 「 もったいない」など、 日 で、 田 植 え を 行った 。授 業では、 旬、学 校のす ぐ 近 くにある水田 必 要 な 感 謝の気 持 ちや 慈 しみ について 理 解 を 深 め、人 として 常 生 活の中で使 う 言 葉の意 味 PTA 関 係 者 に 加 えて 農 業 科 支 援 員 が 、児 童 に田 植 えの手 順 を 紹 介して、一 緒に水 社 会 性 の 育 成 で は 、種 ま き で、孫 が同 校に通 う 。泥 まみれ 支 援 員 はいず れ も 同 校OB 要 性 を 気づかせ、目 標に向かい して、児 童に責 任 感や努 力の必 カ 月 にわ た る一連の活 動 を 通 から収 穫、調 理・加工という、数 にな り ながら 笑 顔 をふり ま く 田に入った。 の心を育む。 人の 方 市 立 堂 島 小 学 校では 月中 のって 楽 しいね 」 「 泥が冷たく 体験通し豊かな心、社会性、 主体性について幅広く学習 指している。 児 童の五 感 を 磨 き 、人 間 と し 近年、太極拳のまち、グリーン・ツーリズムのまちとしての る」と、市 教 育 委 員 会 。 る会津若松市と、北側は山形県と新潟県に県境を接する。 ての基 礎 的 な 能 力 アップ を 目 授 業 を 通して児 童は、作 物の 苗箱もみんなで運ぶ(堂島小) 年度 (平成) 地域おこしに力を入れる。 験 する 。教 育 的 効 果 を 重 視し た「いのち を 育てる 教 育 」を 展 開している 。地 域の農 家に 指 導 と 支 援 を 依 頼して、 人 90 近 くが協 力 する 。食 農 教 育は各 地で盛んだが、 これほど 充 年 生 までの総 実した 取 り組みは全 国でも 他に例がない。 られている。 年 生 から 合 的 な 学 習の時 間 で 、 年 度 は、市 内 全 理 な ど を 児 童 に 指 導 す る 。ま 穫、調理までの一連の作 業を 体 福島県 喜 多方 市 地域力を生かした 「いのち」 を育てる教育 年 度に 喜 多 方 市の小 学 校にお ける 農 業 科 は、平 成 年 以 上 前 か ら 、食 農 から 始 まった 。市 内の多 くの小 学 校で 人が取 り 組む。授 業 時 間は、年 間で行 う 総 合 的 な 学 習の時 間 教 育 を 行っていたため、農 業の 学 校 教 育への導 入や、地 域 農 家 時間。 の半 分に相 当 する 人が、「 農 る。教 諭 と一緒に作 付 け 計 画の 業 科 支 援 員 」に 委 嘱 さ れてい 先 生 として農 家 の協 力 を 得て学 習 することへの 理 解があった。 農 業 科の「いのち を 育てる教 育 」は 現 在 、市 内の全ての小 学 規の教 育 課 程 として 位 置づけ 単 発 的 な 栽 培 体 験ではな 作 成、 土づく り、 種 ま き、 肥培管 た、 教 諭 だ けでは難 しい農 業の 験 する。 「 中 途 半 端では 駄 目 。 支援員に続いて恐る恐る田んぼへ(堂島小) 田植え機についても学ぶ(堂島小) いのちを育てる教育の 実施児童数 24 く、児 童が種 ま きから管 理 、収 校で、総 合 的な学 習の時 間に正 87 35 田んぼは児童の笑顔と歓声であふれる(堂島小) 福島県 5 5 児童と支援員とのあいさつ(堂島小) 6 教育長 芳賀 忠夫さん 部門 専門知識や技術の指導を補う。 少しずつ慣れながら植えていく(堂島小) 17 3 32 33 大 賞け橋賞 19 喜多方市教育委員会 の架 第9 回食 20 3 特別 を 作ったり、地 域の協 力によっ て そ ば を 手 打 ち し た り 、大 豆 を豆 腐や納 豆に加工したり、 ダ イコンをたく あん漬 けにするな ど、調 理・加 工・会 食 を 通 して、 食の伝 統 を 守 る 活 動 にもつな げている。 年 間の活 動のま とめと し て、 「 小 学 校 農 業 科 作 文コン クール」を 行い、児 童の成 長 と 農 業と食に対 する考え方など、 「 農 業 科 」の成 果 を 検 証 し、目 に 見 え る 形で 広 く 周 知 す る 。 市の農 業 まつりでも、全 校の取 り組みをパネル展 示 する。 農業の大変さ学び、農家と 地域を尊敬する心育む )は「 米 作 堂 島 小 学 校で農 地 を 提 供 す る 山 田 義 人 さん( 実りの秋の稲刈り(熱塩小) 授 業 を 通して、人が教 えるので た 」と、長い期 間 を か けて 行 う で調べ、 月の収 穫 祭で発 表 し の米の違いについて 、自 分 た ち ジャガイモの播種を体験(第三小) ジャガイモを使った調理実習(第二小) 姿 勢 を 児 童が持つようになった で 農 業に関 心 を 示 すことが 少 市 教 育 委 員 会によると、今ま と指 摘 する。 田起こしについて学ぶ(豊川小) 調理を体験(塩川小) 触れることで地 域 理 解 を 深め、 人の知 恵や 郷 土の伝 統 な どに の意 味 を 理 解 させる。ま た、先 やつらいことで も 、続 け ること 進 むことの大 切 さ、嫌いなこと えている。 行 う な ど 、サ ポー ト 体 制 を 整 質の向 上や 取 り 組 みの点 検 を 諭 向 けの 研 修 会 を 開 く な ど 、 解 決のための研 究 会の設 置、教 あるため、効 果の検 証や課 題の へん 授 業 に 使 う 副 読 本 は 、農 社 会の一 員 としての役 割 を 考 え られる 人 間 となること を 目 過 程で求められている主 体 的に 時々に必 要 な 対 応 策 を 考 える を 設 定 して 計 画 を 立 て 、その 作 物の収 穫に向 け、一定の目 標 主 体 性の育 成では、 より 良い の副 読 本 解 説 書 も 作 り 、系 統 内 容に仕 上 がっている 。教 諭 用 方 市 版 に す る な ど 、質 の 高い ている 。作 物 の 栽 培 暦 も 喜 多 業 専 門 用 語が使 える工 夫 をし 纂 。一 般 農 家 と 同 じ よ う に 農 さん 業 高 校の教 科 書 をベースに 編 取 り 組 む 態 度や学 習 意 欲の育 的 な 学 習 がで き るよ うに配 慮 指す。 成 を 図る。また、学 習 を 通 して している。 員による栽 培 指 導や 購 買 事 業 J A会 津いいでは、営 農 指 導 自 ら 進んで 他 と 協 力 す ること 切さを身につけさせる。 や、周 囲の意 見に学ぶことの大 での資 材 供 給・助 言 を 行い、副 読 本 編 集 委 員、農 業 科アドバイ 「 農 業 科 」の授 業 内 容 は、各 目は、夏 休みの間に収 穫 期 とな によって、農 業 科で 栽 培 す る 品 ザーなどを 担 う 。これらの連 携 校 で 異 な る 。水 稲の栽 培 を 行 るトマトやキュウリ を 避 けるな 行政と農家・JAが一体 農業科の授業をサポート う 学 校 も あ れば、 ハク サ イ や 「 農 業 科 」では、川や田んぼの ど工夫している。 菜の栽 培を行 う 学 校もある。 生 き 物 調 査によって、地 域の自 ジャガイモ、 トウモロコシなど、野 そのよ う な 中で 教 育 委 員 会 収 穫 物 を 使った 調 理の授 業 然 環 境の実 態や、保 全のあ り 方 確 保 、学 校への指 導 、農 業 科 支 も 行 う 。ここでは、食 生 活 改 善 は 、農 業 科の実 施 計 画 や 目 標 援 員への 委 嘱 な ど を 行 う 。食 員の協 力のもと、 サトイモやニン についても学ぶ。 農 教 育 では 教 諭 個 人のスキル ジンで「こづゆ」などの郷 土 料 理 設 定 、種 苗 や 肥 料 な どの予 算 が 授 業 レベルを 決 め る 傾 向 に 役に立 ち たいと 思い、進んで 祖 父 母の農 作 業 を 手 伝い、自 分の 家で 行 う 農 業について、話 題に することが多 くなっ たという 。 農 家は農 業 科の支 援 員 とし て、学 校 教 育 に 関 わることで、 新たな活 躍の場が生まれ、生 き がいを 見いだ している 。学 校に 地 域の人が訪れるきっかけとな り、地 域の方々が教 育に参 加 す る開かれた学 校づく りにつなが るとともに、地 域 と学 校 の一体 感が増し、交 流 を 通して地 域の 活 性 化が図られている。 芳 賀 教 育 長 は「 他 市 町 村の 教 育 関 係 者の間で『 農 業 科 』 へ うになったという 。ま た 農 家 子 人 を 尊 敬 す る 姿 が 見 られるよ や家 庭 など身 近で農 業 を 行 う 苦 労 や 大 変 さ を 理 解 し 、地 域 いってほしい」と話 す 。 え、少しでも 取 り組みを 広げて には、農 業 科の素 晴らしさを 伝 の小 学 校 に 異 動 していく 教 員 る。今 後、喜 多 方から他 市 町 村 の理 解 がま だ 不 十 分 な 点 が あ 弟は、自 分 も 家 族 の一員として 34 35 収穫祭で交流(駒形小) 教育委員会の熱意、総合 学習の時間の使い方に 対する教員や保護者の理解、支 援者や農地の確保などが相まっ て成功裏に実施できており、食 農教育の先進的モデルとして全 国に広まっていくことを期待した い。 4 11 ネギ収穫の体験(姥堂小) 3 このような取り組みは一 人の担任が全教科を教え る小学校ならではのものである。 その教育的効果は子どもたちが 大きくなってから現れてくる部分 が多いが、彼らが作った作文は 実体験に根ざした素晴らしいもの であり、子どもたちのこころのあり 方も農業科の実施に強く影響さ れていると思われた。 なかった 多 くの児 童 が、農 業の 実施に当たっては、各小 学校独自のカリキュラム の作成、副読本の作成、支援員 としての農家の積極的な協力な ど、地域全体を巻き込んで先生 の指導をよりスムーズにする仕組 みが作られており、教育委員会と しての強い熱意が感じられる。 りの体 験で、児 童が米に興 味 を 大杉 立 委員長 はな く 自 ら 学 びとろう と す る 2 65 中央審査会 持つようになり、外 国 産 と国 産 審 査 講 評 「よろしくお願いします」と対面式(上三宮小) 平成19年に「農業科」 と して市内3つの小学校で 始まった取り組みで、現在は全小 学校17校で実施している。3年 生から6年生まで、総合学習の時 間の半分(年間35時間) を使っ て、農業を体験することを通じて いのちの大切さ、他の生物と共 存することの大切さなどを教えて いる。 このように市内全小学校で 長時間を使って食農教育を実践 しているところは他に例が無く、 その「本気」の取り組みが高く評 価された。 1 1 地域挙げコウノトリ復活へ持続可能な農業を実践 田んぼで餌 をついばむ ―― コウノトリが悠 然と 空 を 舞い、 兵 庫 県 豊 岡 市では、 このような風 景があたり前のように見 られるようになった 。圃 場 整 備 や 農 薬・化 学 肥 料の 使 用 な ど 経 済 優 先 の 稲 作 が、 コウノトリ 絶 滅の一因 と なった 反 省 を 踏 まえ 、 豊 岡 市では環 境にやさしい、 コウノトリと 共 生で きる地 域づくりを目 指す。 コウノトリの餌 場となる水田では 「コウノトリ育む 農 法 」 が、 JAたじまと 生 産 者一体となって 展 開されている。 生 産 者は248人 、 栽 培 面 積は266㌶に まで拡 大した 。今 後は消 費 者との交 流 を 進め、 環 境 保 全に ね」 。兵 庫 県 豊 岡 市の百 合 繁 殖 地 を 奪われ、 さらに強い農 向けた活 動が持つ価 値への理 解 促 進を目 指している。 のか? 』 と心 配になってしま う 。 トした。 野 生 復 帰に必 要 なことは、 コ 薬の散 布によって繁 殖 能 力が弱 ウノト リ も 住 める 地 域 環 境の 殖 は 難 しかったが、 平 成 元 年に リを 暮らしの中に受 け 入れた。 文 化 面では、 地 域 がコウノト た。 と「 環 境 」の整 備 に 取 り 掛 かっ が 共 生 で き る た めに、「 文 化 」 創 出 だ。そこで、 コウノトリと人 年 、豊 岡 豊 岡 市 は 、絶 滅 前の した。 ととなる肉用牛「但馬牛」が育まれている。JAの販売高は 待 望のひなが誕 生した。 年か ら 人 工 飼 育 を 行って き た 。繁 年か 市 を 最 後 に、野 生 個 体 が 絶 滅 まった 。そ して 昭 和 地 地 区で、 ㌶で 水 稲 を 栽 培 す る 岡 正 さん ( ㍍の人 工 巣 塔で育 稲、野菜の産地。地域は高品質な「コシヒカリ」の産地だ。 市では、 年から「コウノトリ育 獲で激 減 し、 森 林 伐 採によって で 見 られた 。だが 明 治 以 降 、 乱 コウノトリはかつて、 全国各地 と 異 なる 。ま た、種 もみの消 毒 に 向 け たプロジェクト がスター な ど、地 域 を 挙 げ た 野 生 復 帰 らJ Aたじ ま 、 兵 庫 県、 豊岡市 を 絶 滅 に 追い込 ん だ という こ が、 環 境 を 破 壊 してコウノトリ これ までの生 活 様 式 と 価 値 観 安全な農産物と 生き物を同時に育む つひなの姿 を 見 守る。 た高さ約 リが 巣 を 作 るために 設 置 され ) は、 コウノト 巣 立 ち まで順 調に育ってほしい る た めに は 里 山 や 水 田 、川 や 水 路に餌 となる生 き 物 が 豊 富 にいることが 必 要 となる 。そこ で「コウノト リの餌 を 増 や す 」 という 意 識 を 持 ち 、農 産 物 と 生 き 物 を 同 時に育 む 水 辺 環 境の整 備 が 始 まった 。特にコウ ノ ト リ の 成 育 環 境 再 生へ、餌 46 「 毎日、 コウノト リの 姿 を 見 る 。親 鳥 がいないと『 ど う し た と を 認 識 して 、相 反 す る もの と考 えていた、 環 境 を 良 く する 行 動 と 経 済 が 共 鳴 し 、発 展 し 合 うことが 可 能 という 視 点 を 持った。 コウノト リ は 肉 食 で 水 辺 の 1 ㍍ 、羽 根 を 広 げ る と 生 態 系 の 頂 点 に 立つ。体 長 約 1 場 となる「 田んぼ= 農 業 」の改 53.3億円。 うち米が25.7億円、畜産が16.2億円、黒大豆や な 農 産 物 と生 き 物 を 同 時に育 域、 環 境づく り を 目 指 す 、 安全 ノトリも すめる豊かな 文 化 、 地 物 と多 様 な 生 き 物 を 育み、 コウ 農 法の定 義 は 、「 おいしい農 産 む農 法 」 に取 り 組んでいる。 この 水 田 が 、多 様 な 生 物 が 生 息 で いる 。 コウノト リの餌 場 と な る た完 全 無 農 薬 栽 培 を 目 指して 機 を 使 うことなど 手 間 暇 かけ づく り を 行い、 雑 草 防 除 は除 草 肥 な どの有 機 質 肥 料 だ けで土 は温 湯 消 毒で行い、 米ぬかや 堆 環境保全型農業 実践へJA後押し 魚 道なども 設 置した。 きる環 境 となることを 目 指し、 む」ということだ。 たん すい 具 体 的 には 、冬 期 湛 水 や 田 植 え1カ月 前からの早 期 湛 水、 田 植 え 後の深 水 管 理 、中 干 し 延 期 などの水 管 理が 慣 行 農 法 「コウノトリ育む農 法 」 の農 家 への普 及や 情 報の共 有 、意 識の 統一を 図 り、 生 産 者 部 会の運 営 や、 農 業 資 材の調 達、 米の販 売、 消 費 者 との交 流 などを 手 掛 け 人の生 産 者 が 、 るのがJ Aたじまだ。 年 には 「コウノトリ 育 む 農 法 」を 試 験 年に、 J Aた 的にスタート。 コウノトリの放 鳥 が行われた平 成 じ ま が 事 務 局 と なって 準 備 委 人で 発 足 。翌 人で「コウノトリ 員会を生産者 年に生 産 者 育 む お 米 生 産 部 会 」を 設 立 し た。 農 薬や 化 学 肥 料 に 頼 らない 「コウノト リ 育 む 農 法 」は 、手 間 がかかるため、 部 会 員の6割 以 上が専 業 農 家 だ。「 乾田の活 用 といった慣 行 栽 培の常 識 とは 冬期湛水 ㍍ に も な る 大 型 鳥 で 、体 重 は また古くから農耕用畜産が盛んで、神戸ビーフや松阪牛のも ・魚道、生き物の 逃げ場の設置 ・抑草技術の導入 (米糠、 その他) 革に力 を 入れた 。 来市、香美町、新温泉町)のJAが平成13年に広域合併して 田植え後浅水管理 中干し 浅水管理 自然落水 農 薬 ・栽培期間中不使用もしくは7.5割減 (使用農薬は普通物魚毒性A類) 化学肥料 ・栽培期間中不使用 温湯消毒 ・生き物調査 畦草管理 4 〜 5 ㌔ 、魚 類 や カエル、蛇 、 誕生した。豊かな風土と資源に恵まれ、県内有数の畜産、水 「コウノトリ育むお米」 が結ぶ消費者との交流 大 賞け橋賞 バッタ な どの 小 動 物 を 餌 と す 「コウノトリ 悠 然 と 舞 う ふ るさ と 」の実 現に 向 けて、豊 岡 JAたじまは、兵庫県北部の3市2町(豊岡市、養父市、朝 慣行農法 17 部門 る。野 生コウノトリが 生 息でき 兵庫県 40 4 69 21 10 野菜などの特産が11.4億円。 ブランドの取得 (有機JAS、 ひょうご安心ブランド、 コウノトリの舞、 コウノトリの贈り物) その他 コウノトリと人との共生を呼びかける看板 水田を歩くコウノトリ 慣行栽培と比べ、水田に水が ある期間が圧倒的に多い 堆肥・地元有機資材の活用 資源循環 17 17 「コウノトリ育む農法」 早期湛水 田植え後深水管理 努力事項 代表理事組合長 金子 洋一さん の架 回食 第9 36 37 兵 庫県豊岡市 5 51 中干し延期 深水管理 早期湛水 15 中干し延期 浅水管理 自然落水 冬期湛水 水管理 水田に設置された魚道 冬季に水をたたえた水田 月 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 共通事項 環境配慮 水管理の違い 「コウノトリ育む農法」の要件 たじま農業協同組合 2 人工巣塔とコウノトリ 特別 ・ J Aは 生 産 者の誰 も が 実 践 転 換が必 要 」とJ Aたじま 。 180 度 異 な る 。農 家 も 意 識 取 り を 確 保 する戦 略 的 な 販 売 種の安 定 的 供 給、 ③ 組 合 員の手 ての米づく りの推 進 、 ②水稲採 売 を 開 始 。 年 には 精 米 工 場 く 全 国 展 開のスーパーで も 販 信 に 努 め た 。地 元 だ け で は な り 場 で 放 映 す る な ど 、情 報 発 らを 用いた日 本 酒が、 航空会社 好 適 米 も 生 産 されている。 これ 田 錦 」「五 百 万 石 」といった 酒 造 「コウノトリ育む農 法 」 で、「 山 無農薬 の実 践 、 ④ 営 農 指 導に基づいた 取 り 組 み、 コウノトリの野 生 復 「コウノトリ育むお米」を活用した加工品 できるように、 営 農 資 材の調 達 無農薬 く 専 用 資 材 がなかった 。 J Aと が始 まった 当 時 、 生 産 者は少 な を 行 う 。「コウノトリ育む農 法 」 る。「コウノトリ 育 むお 米 」も 方 産 工 程 管 理 を 実 践 してい 施 設の利 便 性 確 保 、⑥ 農 業 生 生 産 資 材の供 給 、⑤ 共 同 利 用 で500カ所 、 取 扱 量は減 農 薬 を 増 強 。現 在、 販 売 店 舗は 全 国 内 搭 載 酒にも 選ばれた。 の国 際 線ファーストクラスの機 ンター ネットショップの売 り 上 トショプで も 販 売 している 。イ 「 たじ まんま 」や、インターネッ いう 米 屋のほか、農 産 物 直 売 所 J Aたじまでも「 地 米 屋 」と 者に生 物 多 様 性 をよりPR す の情 報 交 換 だ けで な く 、消 費 を 育む米 をセットで販 売 。産 地 ンの里 米 」 とともに、 種の鳥 りの ( 宮 城 県) の「 宮城・大崎マガ 「 朱 鷺 と 暮 ら す 郷 」、 J Aみ ど びか けてJ A 佐 渡( 新 潟 県 ) の げは、月に200万 円 を 超 える る試みも始まっている。 J Aた じ ま は 年 度、 コウノ 種の栽 培 と、 その米 粉 を 活 用し トリ 育 む 農 法による 米 粉 用 品 たパン開 発にも意 欲を見せる。 て、 チョコレートやパン、 バウムクー ざまな商品も開発されている。 ヘン、 おかき、 団 子、 麺などのさま 「コウノトリ 育 むお 米 」を 使っ ようになった。 152㌧となった。 年 には 、J A た じ ま が 呼 全 農などが協 力して、 有 機 培土 針に従い、 商 品 化を行 うことで、 米が約780㌧、 無 農 薬 米が約 の開 発や 無 消 毒 種 子の確 保に 組 合 員 手 取 りの最 大 化 を 目 指 販 売でJ Aたじまは、 独自戦 の手 間に応 えている。 米で約5割 高 く 精 算して、 農家 し、 減 農 薬 米で約2割 、 無農薬 行 栽 培の「コシヒカリ 」と 比 較 「コウノト リ 育 む お 米 」は 慣 よ り 、専 用 資 材 を 調 達で き る 年に した。 高付加価値農業で 農家の手取り確保 J Aたじまでは、 平成 を、 年には「 持 続 可 能 な 稲 作 「 買っていた だ け る 米 づく り 」 け 加 えた。 そして、 量 販 店での販 売 を 強 略 を 立てた。 これまで米の価 値 は、 産 地や 銘 柄 、 栽 培 方 法 など 化 した 。量 販 店 は、 米の説 明や へ」をスローガンに 掲 げ 稲 作 振 で 決 まっていた 。これらに加 え 、 産 地の思いが 消 費 者 に 伝 わ り 意 欲 を 見せる。 も、 精一杯 努 力 していき たい」と 者・関 係 機 関一体 と なって 今 後 限の夢 と 可 能 性 が あ る 。生 産 環 境 教 育 、次 世 代 対 策 な ど 無 産 現 場・農 村のくらしへの理 解 、 「『コウノトリ 育 むお 米 』 には 生 ※1 ICEBA2010 での現地調査結果 興 を行っている。 稲 作の持 続 性 を 目 指 す ため 生 物 多 様 性 や 環 境の保 全への JAたじま く りが 必 要 だ 」と 語る。そ して 三位一体の普及体制 5つの具 体 策をたて① 商 品とし 3 ①農業資材の調達 (誰でも取り組めるように) ②部会組織の運営 (品質確保、 仲間づくり) ③お米の販売 (付加価値の創造) にく く、 店に利 益が確 保されな 生産者 いと 商 品 から 外 さ れる 欠 点 が 25 コウノトリ育む お米生産部会 あ る 。だがJ Aた じ ま は、 取扱 24 県 市 量が多い量 販 店で、 価 格を維 持 し な がら 売 ることが 新 た な 価 値の定 着につながると 考 え た 。 ノトリの野 生 復 帰は、 生物多様 性の保 全と経 済の両 立 例となっ 少 数 。今 後 も 継 続 したファンづ お 米 を 望 む 消 費 者 はま だ ま だ 環 境や生 物 多 様 性に配 慮 した をめぐる環 境は非 常に厳しく、 かった」と振 り 返 り、「 現 在の米 の密 な 連 携 が な け ればで き な 流 通 業 者 な ど 、多 くの関 係 者 岡 市 などの関 係 行 政 、 消 費 者、 ではな く 、 生 産 者や 兵 庫 県 、 豊 活 動 は、 J Aだ けでできるもの 長 は「『コウノトリ 育 むお 米 』 の J A た じ まの 金 子 洋一組 合 のう ち 、農 薬 と 化 学 肥 料 を 減 %か ら 年 には 約 ている。 年の約 %にまで上 昇 。 のコウノトリ (成鳥) の数は約 そ して豊 岡の空 を 舞 う 野 生 羽が確 認されるまで増 えた。 文 化 館 」が あ り 、城 下 町・出 石 や城 崎 温 泉への観 光ルートにも 万 人に増 えて 万 人 程 度 だった なっている。 年の開 館 当 初 、 年 間 来 場 者は が、 年 度は約 減農薬 栽培技術支援 農家への財政支援 アドバイザー育成 意識の統一 共有 コウノトリ野生復帰 活動の PR 農家への財政支援 関連商標の管理 販 売 者 と消 費 者の双 方に 「コウ ノトリ 育 むお 米 」 の価 値 をPR コウ ノ ト リ を 柱 と し たエコ 域で「コウノト リ 育 む 農 法 」が 波 及 効 果 は 、年 間 ツーリ ズムと 関 連 事 業の経 済 豊 岡 市では、 田んぼの生 き 物 行 われるよ うになった 。生 産 部 う 試 算 も ある。また、 コウノトリ 億 円 とい 調 査や、「コウノトリ 育 むお 米 」 会 本 部・支 部 体 制 が 整 備 され、 発 額は ・ 億 円とされる。 コウ 施 設の建 設による 生 産 額の誘 の野 生 復 帰のための農 業 関 連 10 ら し た 特 別 栽 培 米の割 合 は 、 J Aたじ ま が 取 り 扱 う 米 で実 践している。 年 現 在、 248人が266・4㌶ 生 産 者 は189 人 となった 。 の栽 培 を 行 う 小 学 校 も あ る 。 これらの取 り 組みによって、 J A た じ ま は 、生 協 関 係 者 者 との交 流で、「コウノトリ 育 む お米 」 のPRに力 を入れる。 24 ①農業資材の調達(誰でも取り組めるように) ②部会組織の運営(品質確保、仲間づくり) 60 ③お米の販売(付加価値の創造) これらによって① 取 り 組みを 理 解 する消 費 者 を 増やす ② 生 物 多 様 性の保 全に向 け た 活 動 が正 当に理 解・評 価されて新 た 24 JAたじま 豊 岡 には 、「 市 立コウノト リ 生産者 リ 育 むお 米の作 付 面 積 が 増 え 生 物 多 様 性 が 守 られる と いった好 循 環につながっている。 環 境 保 全への動 き は 米 だ け 月 いる。 30 でない。J Aた じ ま は、特 別 栽 、 計 県 23 市 慣行 0 して、 理 解 を 求める戦 略 を 立て た。 店 長に対 する説 明 会の実 施 や 、農 法 を 紹 介 す る 映 像 を 売 667 1,000 授 業では、 生 産 部の部 会 員が指 町全 1500 2,000 を 招いた 田んぼの生 き 物 調 査 市 3,000 導 す る 。児 童 を 対 象 とし た 農 年には但 馬 地 域の 4,000 や、 量 販 店・流 通 業 界 関 係 者 を の品 目が認 定された。 5018 5,000 業 体 験 学 習 も 盛んだ。 消費者との交流で 価値をアピール (匹) 帰への活 動 を 新 た な 価 値 に 付 ようになった。 20 イトミミズ+ ユスリカ このような取り組みを通じ て、水田農業は環境創造 でもある、 ということが大都市の 消費者・地域住民・児童らに伝 わっており、環境教育としての役 割も大きいものがある。 50 14 三位一体の普及体制 200 29 1 4 栽培技術支援 農家への財政支援 15 アドバイザー育成 コウノトリ育む お米生産部会 3 平成15 16 0 5 意識の統一 共有 コウノトリ野生復帰 活動の PR 農家への財政支援 12 12 関連商標の管理 水田の生き物調査、稲刈 り体験などで大消費地の 住民との積極的な交流を行って いる。また、大型量販スーパーと 連携した販売を実施したり、市も 協力して学校給食へも積極的に 利用している。このような様々な 場面で 「コウノトリ育むお米」の持 つ新たな価値を浸透させる努力を している。 ※1 ICEBA2010 での現地調査結果 招いた 農 作 業 体 験 な どの消 費 店頭に並ぶ「コウノトリ育むお米」 21 0 24(年) 22 23 21 20 19 50 12 51 17 17 18 81 50 150 150 100 100 これまでの産地・銘柄・品 質といった付加価値では なく、 コウノトリをシンボルとした生 物多様性の維持という付加価値 を付けて高値販売する取り組み は、消費を通じて環境に対価を 支払う、 という新たな高付加価値 農業の形を示したものとして高く 評価された。 (ha) 300 189 219 200 (人) 「コウノトリ育むお米」の作付面積と生産者数 250 248 227 生産部会 設立 300 生産部会 本部・支部 体制整備 面積 人数 250 減農薬 0 147 コウノトリ 放鳥 2 培 農 産 物 認 定 制 度「コウノトリ 19 38 39 2 6,000 18 667 6 1,000 17 大杉 立 委員長 、 水稲 3,000 の 贈 り 物 」を 創 設 。 年 4,000 慣行 1500 2,000 24 中央審査会 46 一度絶滅したコウノトリと 1 共存できる環境を、減農 薬・無農薬、中干しの延期、冬期 湛水などの餌の確保ができる環 境保全型農業で再生し、 そこで 栽培されるイネを 「コウノトリ育む お米」 という高付加価値米として 販売している。 イトミミズ+ ユスリカ 5,000 審 査 講 評 末 時 点で特 産 (匹) 6,000 児童による田んぼの生き物調査 3 1㎡当たりのイトミミズとユスリカの生息数 ※1 20 5018 な 価 値 を 創 造 す る ③コウノト 1㎡当たりのイトミミズとユスリカの生息数 ※1 信 州 せい しゅん 村 は ま た 、 した。信州せいしゅん村は、旧武石村にある。この武石地 区は、山間地域にある。地域の西側に広がる標高2034 ㍍の国定公園美ケ原高原は、山岳縦貫道路ビーナスライ ンや美ケ原高原美術館で全国的に知られる。 「ほっとステ イ事業」など個性ある地域づくりが盛ん。上田市の「最高 の田舎」として住み良い地域づくりを目指している。 入れる。 近い海 外 からの団 体 校 を 超 える 学 運 営による収 入 確 保 も 視 野に の特 産 品 販 売 を 行 う「 里の駅 」 までの活 動に加 え、新たに地 域 となっている」と小 林 さん。これ え ない体 験 が 求 められる 時 代 観 光 』だ 。その地 域でしか 味 わ 「これからの観 光は『 滞 在 型 設 立された。 目され、「 農 村セラピー協 会 」も 的 とした 旅 行 商 品 としても 注 数 値 化 し た 。元 気の回 復 を 目 足 度(セラッチ)」という ものを に取 り 組 む 。これは「 生 き 方 満 科 学 的 な 裏 付 け と 普 及・啓 発 し た「 農 村 セラ ピー 」を 提 唱 。 農 村 が 持つ癒やし 効 果に着 目 さらに 信 州 せいしゅん 村 は、 動に一層の広がりを見せる。 活 体 験の募 集 を 始めるな ど 活 実 施 。また、親 子 対 象の農 業 生 を 対 象 とした 研 修での誘 客 を が、新 人 社 員や 中 間 管 理 職 層 に着 目 した 首 都 圏の旅 行 業 者 て、農 村の癒やし効 果やくらし 校 が 農 村 体 験 に 訪 れる 。加 え 現 在 、毎 年 を受け入れた。 れ まで ア、イスラエル、 ベトナムな ど、 こ を 展 開 。台 湾 や オ ーストラ リ は宣 言 を 海 外で活 用 して誘 客 して、知 事が宣 言 を 出 した 。県 ている 。農 作 業 を 手 伝っても ら 本 当に楽しくて生 きがいになっ 月6日に上田市、丸子町、真田町、武石村が合併して誕生 「サービス提供型農村」を実践 トマトやアスパラガスの収 穫 といった 農 作 業 や農 村 散 策 …… 。あ りのままの農 村 生 活 体 験で、子 どもたちは生きる 力 を 学び 、大 人は童 心に返ってリフレッシュする 。長 野 県 上 田 市 武 石 地 区の信 州せいしゅん村は、〝 あ りのまま〟 の農 村 の姿 を 活 用して、都 市 住 民の呼 び 込みを 図 り、来てもらう ことで成 り立つ 「サービス提 供 型 農 村 」 に取 り組む 。 これま 割の家 庭128戸が、体 験を受け 「 都 会の若い世 代 との交 流が ため、気 軽に対 応できる。 万 人を超 歩 きなどの農 村 生 活に触れる。 年の開 始 以 降 、受け入れ人 数は で武 石 地 区の住 民の約 入れた。平 成 えた。 かん きょう を学ぶ 『 観 郷ウオーク』」だ。 生 徒 も 受 け 入 れ 家 庭 も ずっと 笑 顔だ。 受 け 入 れ 家 庭の平 均 年 齢は 時 間の交 流 歳で寝 食への対 応 は 難 しい。 そこで日 中、正 味 田 畑や 山は、評 判 が 悪 く なる。 要 」と小 林 さん。幹 線 道 路 沿い の耕 作 放 棄 地 を 、所 有 者の承 諾を得て、 メンバーが整 備してい る。放 棄していた農 地 を 耕し直 すようになった農 家もいる。 ら『いい所ですね 』と言われるこ 「国際青少年交流農村宣言」 国内外の学生や社会人 幅広い層が体験に訪問 とで、受 け入れ家 庭は地 域に誇 を 県 知 事に提 言 。 年 の市 町 村や団 体 が 参 加 上田市は長野県東部にある。人口約16万。平成18年3 ” ありのまま の農村でリフレッシュ “ 「 農 村は、高 齢 化で地 域の活 2つの活動柱に展開 「 土 を 触 るのって 楽 しい」 「水 が冷たくて気 持ちいいね」―― 。 と 体 験で、密 度の濃い「ふれ あ い」を生み出している。 入れる」こと。特 別 な 準 備 をし 基 本 は「 あ りのま ま で 受 け 約100 人 が、 「 ほっとステイ 」 ないため、家 庭ごとに体 験 内 容 いる」と小 林さん。 「 観 郷ウオーク」でも、 「長野 県ほっとステイ 協 会 」の に加 えて県 内4地 区の計 コー スが運 営 されるなど、広がりが 見られる。 来訪者の称賛で農村に輝き 受け入れ家 庭に自信と誇り 受 け 入 れ 家 庭 は 、誰 も が 楽 しそ うだ。 「 あ りのま まのく ら り を 持 ち 、自 信 を 深めている 。 県内 月に それが地 域 活 性 化につながって しの中に受 け 入れて、来 訪 者か 入 れが 行 き 届いた 美 し さが 必 「 人に来て も ら う ためには、手 け 入 れ る と 言って も 、荒 れ た あ りの ま まの 農 村 の 姿 で 受 3000 力 が 衰 えつつあ る 地 域 が 多い。 武 石 地 区 も 同 じ 課 題に直 面 し ていた 」と、信 州せいしゅん村の “ む ら お さ ”小 林一郎 さんは 振 り返る。 月 、若い歓 声 が、武 石 地 区の あ ちこちで 響 き 渡った 。この日 議 論 を 重 ね 、地 域の生 き 残 り 策 として、 「 サービス提 供 型 は東 京 都 板 橋 区の中 学 を 体 験 し た 。受 け 入 れ 家 庭 に が異なる。準 備 する必 要がない 年生 農 村」に取り組むことにした。 帰 り・農 村 生 活 文 化 体 験『 ほっ 滞 在 し、農 作 業や、川 遊びや 山 活 動の柱 は 大 き く つ。 「日 とステ イ 』」と「 今 後の生 き 方 域 住 民に声 を か け ないと 分 か ら ない設 問 も あ る 。このため、 6000 地区 住 民と交 流が必 要となる。 2000 10 10 観郷ウォーク 長 野 県上田市 5000 30 7000 40 人数 4000 20 23 30 8 12 30 長野県 0 1000 平成14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24(年) 信州せいしゅん村のスタッフ け入れたこともある。 時間 問。 問 カ 川遊びなど“ありのまま”の生活を楽しめる (人) 8000 57 えて、助 かる」と 受 け 入 れを 行 「ほっとステイ 」の活 動 は、武 会」も設立された。 「 観 郷ウオーク」は 集 落 内に あらかじめ決められたコースを 歩 き 、掲 示 された 環 境や食 、健 問 ずつ、計 受け入れ家庭にとっては、若い世代との交流が生きがいとなっている )は 笑 顔 だ 。 石 地 区だけに留 まらない。県 内 う 黒 木 亨 さん( 「 ただの農 村 生 活 だが、農 業や 8地 区(7市 町 村 ) に広 が り を 万人 見せる。 「 長 野 県ほっとステイ協 農 村 、自 然の大 切 さを 実 感 し、 高 齢 者へのいたわりの心 を 学ん でほしい」と、小 林 さんは、教 育 年 か ら 、延べ 的 効 果にも期 待を寄せる。 平成 以 上 を 受 け 入 れた 。旧 武 石 村 康などの問 題に答 える。設 問は 「 現 在の川の水 温 は? 」 「人間 の1200 戸のう ち 、 1割 を 超 える128 戸 が 受 け 入 れ 家 庭 分の計 ㌔ 。ウオー の骨の数はいくつ?」など。 分、 クイズ 所に を 使 う 。問 題 は、 ルート 内 ク コースの距 離 は となり、地 域 挙 げた 活 動 となっ た 。 年 間で 受 け 入 れ 家 庭 に 自 然 減 も あ るが 、新 規 参 加の 5 50 50 点 で 計 100 点 満 点 。必 ず 地 1 要 望 も 相 次 ぐ な ど 、住 民の参 加 意 識 が 高 まっている 。最 大で 日に422 人の子 ど も を 受 2 10 2 70 5 40 41 6 学校数 6 1 賞 優秀 14 受け入れ学校数と人数の推移 代表取締役 小林 一郎さん 部門 の架 回食 第9 11 (校) 50 14 1 6 農業生産法人 株式会社 け橋 賞 73 「ほっとステイ」での農作業体験 2 71 信州せいしゅん村 5 特別 1 表彰式の 様子 平成 25年 3月10日 NHKホール commendation ceremony 第42回日本農業賞 中央審査会 審査委員 委員長 大杉 立(東京大学大学院 農学生命科学研究科教授) 委 員 諸岡 慶昇(高知大学名誉教授) 委 員 安藤 益夫(独立行政法人 国際農林水産業研究センター 社会科学領域長) 和田 寿昭(日本生活協同組合連合会 執行役員) 合瀬 宏毅(日本放送協会 解説委員) 鎌田 壽彦(東京農工大学名誉教授) 佐藤 高彰(日本放送協会 制作局 第1制作センター 生活・食料番組部長) 杉山 信男(東京農業大学教授) 金井 健(全国農業協同組合中央会 農業対策部長) 盛田 清秀(東北大学大学院教授) 小田切 徳美(明治大学教授) 第42回日本農業賞・特別部門 第9回食の架け橋賞 審査委員 委員長 大杉 立(東京大学大学院 農学生命科学研究科教授) 委 員 内橋 克人(経済評論家) 委 員 中村 靖彦(東京農業大学客員教授) 八木 洋憲(東京大学大学院 准教授) 佐藤 高彰(日本放送協会 制作局 第1制作センター 生活・食料番組部長) 馬場 利彦(全国農業協同組合中央会 参事) 西角 ますみ(中央公論新社 事業戦略本部 新プロジェクト編集長) 田 みどり(農業ジャーナリスト) ※敬称略。審査委員の肩書は、 審査当時のものです。 ※敬称略。審査委員の肩書きは審査当時のものです。 43 42
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