講演録

2004年(第15回)福岡アジア文化賞 市民フォーラム
中国経済セミナー
「日中協力は東アジアの経済統合を促すか?」
学術研究賞受賞者 厲 以 寧
【日
時】
2004年9月18日(土)
18:00∼20:00
【会
場】
アクロス福岡イベントホール(福岡市中央区天神)
【プログラム】
趣旨説明・出演者紹介
小島朋之(慶應義塾大学総合政策学部教授・学部長)
基調講演
厲 以 寧(学術研究賞受賞者)
パネルディスカッション
・パ ネ リ ス ト 厲 以 寧
徳島千穎(株式会社トクスイコーポレーション代表取締役社長)
渡邉利夫(拓殖大学国際開発学部教授)
・コーディネーター
小島朋之
まとめ
※この講演録は、厲以寧氏の講演部分のみを掲載しています。
中国の経済改革と日中経済協力
厲 以 寧
中国の経済改革は1979年にはじまり、2004年ですで
に25年間にわたって実施されてきたことになる。経済
改革によって成し遂げてきた成果は周知の通りだが、
改革は今もなお進行中である。今後の日中経済協力の
見通しを把握するためには、中国の経済改革について、
まず語る必要があるであろう。
1.政府機能の転換
中国の経済学界では、当面の中国経済改革の重要な任務の一つは、政府の機能を転換
し、政府の管理体制を市場経済に適応させることにあると考える者が少なくない。中国
の大型国有企業の改革は、計画経済体制から市場経済体制に移行していく過程で最大の
難問である。なぜなら、この改革は政府機能の転換に関わるからである。一部の大型国
有企業は、政府の支持と保護のもとで、大部分の市場を独占し、その有利な地位を利用
して収益を上げてきた。これらの企業は投資リスクを負うことなく、政府の庇護によっ
て銀行から容易に融資が受けられるので、銀行と企業の関係が正常なものになるわけも
ない。また、このような状況が変わらない限り、企業の活力を引き出すこともできない。
たとえ一部の大型国有企業が体制改革を実施して上場企業になったとしても、取締役会
は相変らず政府が任命したメンバーばかりで構成され、また株主総会もたった一人の株
主が出席するだけなら、名ばかりの存在であるといえよう。また監事会を設置しても、
同様にメンバーが政府機関から送り込まれるのならば、単なる飾りものにしか過ぎない
と言える。
中国がWTOに加盟した後、政府の経済政策はWTOの非差別原則に合致しなければな
らない。すなわち、外資の国内市場への参入、国家による保護政策の撤廃、さらに政策
の透明度の向上などが求められる一方、政府はもはや企業を支配してはならず、企業の
生産経営活動に直接干渉することが許されない。その代わりに、整備された市場経済の
環境を提供することによって、企業を真の意味での市場の主体とし、政府は企業にサー
ビスを提供する管理者に変わる必要がある。簡単なたとえで説明してみれば、仮にここ
に大量の砂、石、セメントがあるとしよう。これらのものが均一な状態になるためにい
かに混ぜ合わせればよいか。最もよい方法は、これらのものをミキサーに入れて混ぜ合
わせることであろう。市場は、まるで大型ミキサーのようなもので、様々な「生産要素」
を投入し、ミキサーを動かせば、最後にこれらのものを均一に混ぜ合わせることができ
る。しかし、このミキサーには管理者が必要である。管理者の役割は三つある。第一は
関連制度を策定すること、第二は運行の過程でおこる故障を解決すること、そして第三
1
は要求される運転速度にあわせるためにミキサーの運行速度を調整することである。
なぜ政府機能の転換が日中間の経済協力に直接影響を及ぼすのであろうか。この問題
については、以下の二つの側面から説明する必要がある。
一つの側面としては、日中間の経済協力は主に日中両国の企業間の協力であることが
あげられる。もし中国政府の機能が変わらなければ、大型国有企業が真の意味での企業
になれず、投資と経営を行ううえで、政府の介入を受けなければならない。そうすると
両国の企業間の協力も大きな進展は望めないであろう。
もう一方の側面としては、もし中国政府の機能が変わらなければ、市場の整備が進ま
ず、国有企業の市場独占状態が依然として存在することになり、日中両国の経済協力は
必然的に妨げられることがあげられる。
したがって日中両国の経済協力を拡大するには、中国政府がその機能を転換すること
が不可欠である。2004年3月に温家宝首相は『政府活動報告』の中で、
「速やかに政府と
企業を分離し、政府が介入すべきではない実務を企業、社会団体や仲介機構に移譲し、
資源配分における市場の役割を最大限に発揮させることが必要である」と指摘した。こ
れは、中国政府が全力をあげて政府機能の転換を推進していることを示すものであるい
えよう。
2.私有財産の保護
2004年3月に中国の国会にあたる全国人民代表大会で憲法の改正案が採択された。改
正前の憲法には、公有財産に関する保護規定は存在したが、私有財産の保護については
明確な規定が存在していなかった。こうしたことが、私営経済の発展に悪影響を及ぼし
ていた。たとえば、個人投資家の中には、自己の財産に対する保障が不十分であるため、
投資の増大や企業規模の拡大を行わず、「見好就収(適当なところで事を終わらせる)
」
か、あるいは資本を海外に移動するものも少なくなかった。こうした状況の中、中国政
府は中国経済の発展における私営企業の役割を重視するようになっていった。私は何度
も浙江省へ視察に行き、浙江省の失業率が極めて低く、さらに一部の都市では、失業率
がゼロに近いことを発見した。その理由は、これらの都市では私営企業が非常に発展し
ており、市民は政府に頼らず、労働市場で職探しをしているからである。いわゆる「不
找市長找市場(市長に頼らず労働市場に頼る)」である。小売店の経営、露店の経営、
宅配、テイクアウト、梱包作業などなんでも就職につながるのである。私営企業が発展
すれば市場が拡大され、どのような仕事でも積極的にやる人であれば、就職の心配はな
いであろう。このように、雇用の拡大において、私営企業の発展が大きな役割を果たし
ていることが明らかになっている。
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私営企業は二つの種類に分けられる。一つはハイテク企業である。この分野の企業は
専門技術者の雇用を創出することができるが、就職率を向上するうえで果たす役割は大
きくない。もう一つは、労働集約型の私営企業であり、多くの雇用機会を創出し、大量
の労働者を吸収できるのである。
上述のように個人の財産を保護することは、私営経済のさらなる発展に対して非常に
有効であるとともに、個人投資の活発化にも大きな役割を果たすことができるであろう。
経済改革の過程においては、良好な社会環境と公正な市場秩序の確立が不可欠である
ことを指摘しておきたいと思う。合法的な投資を全て保護するとともに、その投資から
生まれる財産を保護し、さらにこうした財産がもたらす収入を保護することは、正常な
市場の秩序を維持するための必要条件の一つである。仮に、法律上公有財産の保護のみ
を規定し、私有財産の保護に対して明確な規定をしなければ、こうした財産保護の法規
制は不完全となり、健全な市場秩序を確立することもできないであろう。たとえば、個
人投資を侵害すると、収益の横領、私営企業に対する契約不履行、私営企業からの借款
の未返済・滞納、さらに私営企業資金の窃盗・着服・流用の行為が追及されないなどの
事件が頻繁に発生する。その原因の一つとしては、私有財産保護に関する法制度が不完
全で、一部の人に抜け道を与えているという点もあげられる。こうした状況の下で、ど
うして健全な市場秩序を維持することができるだろうか。市場秩序が混乱すれば、私営
企業や個人投資家のみならず、あらゆる企業、さらに国民全体に影響を及ぼすこととな
る。
また次のことも指摘しておきたい。経済改革を通じて、中国経済においては、ごく少
数の国有独資企業を除いて、混合所有制企業が主体となっており、純粋に個人投資のみ
で設立された私営企業も存在するようになってきた。ここでいう混合所有制企業とは、
公有資本だけでなく、非公有資本も投資主体として参入し、両者共同で設立する企業を
指している。たとえば、公有資本が資本参加した株式会社であれば、所有する株数の多
少にかかわらず、全て混合所有制企業に含まれるが、もし法制度上、公有財産の保護規
定だけが存在し、私有財産の保護規定が存在しなければ、公有財産と私有財産の間に不
平等な関係が生じる。こうした状況下では、公有資本と非公有資本による混合所有制企
業の管理は困難となり、混合所有制企業の発展は望めない。「殺富済不了貧(金持ちを
殺しても貧しい人を救うことはできない)
」、また救済だけでも、貧困層を根本的には救
えない。輸血してもらうことより、造血効能を持ったほうがより重要であるという道理
を認識しなければならない。
中国政府の指導者および国有企業の責任者は、国有経済の発展には、政府ないし国有
投資機関による投資、あるいは国有企業自身の利潤による再投資に頼るしかないことを
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十分認識している。あらゆる国有企業は、生産効率を向上することによって、増収を図
らなければならず、企業規模の拡大を実現するために、剥奪、横領や強制的な買い付け
などの手段によって、個人の合法的な権益を損ねてはならない。いかなる会社や個人も、
公有財産を侵害することは違法行為であるのと同様に、いかなる会社や個人も私有財産
を侵害することは違法である。このように、私有財産保護に関する法制度の整備は、全
ての国有企業を公正な競争に誘導するうえで必要である。
中国の改正憲法に「私有財産保護」という条項が明記されたことは、日中間の経済協
力にとっても追い風となるものである。日本の企業が中国で提携先を探す際には、国有
企業のみを相手にするとは限らず、最もふさわしいパートナーを探すとすれば、私営企
業も当然候補リストにあがるであろう。もし、私有財産が保護の対象とならなければ、
私営企業は安定した生産と経営を行うことができず、日中双方にとって不利な状況に
陥ってしまう。さらに、もし私有財産の保護が認められなければ、市場秩序の混乱は必
至である。こうした市場秩序の下では、市場の将来性を正確に読めず、日中間の経済協
力の発展にもプラスにならないであろう。
3.所得分配の調整
中国政府は、全面的に「小康社会(まずまず裕福な社会)」を建設することを提起し
た。ここでいう「全面的」は、物資の面でも文化の面でも、「小康社会」の水準に達す
ることを指している。
中国において、都市と農村との二次元経済構造は、今日においても変わっておらず、
地域間の格差はますます広がり、貧困層の人口が少なからず存在していることを認識し
なければならない。その主な原因として、ここ数年、沿海部が急速に発展している一方
で、内陸部の発展は鈍いこと、都市生活者の所得が大幅に増加していく一方で、農民の
所得増加が非常に遅いことがあげられる。沿海部と内陸部の格差、都市部と農村部の格
差、高所得者と低所得者の格差が次第に拡大しつつある。これらの格差を是正するため
には、まず農民の所得向上を図る努力が必要である。そのためには、以下のような対策
が考えられる。
第一に、
「企業プラス農家(農業産業化経営)
」モデルの推進である。情報や資金の不
足などから市場のニーズを把握できないために、農民は市場経済において不利な立場に
置かれている。この状況の下では、「企業プラス農家」式による「注文農業」は、農民
の所得増加に大きな助けとなる。
「注文農業」とは、企業と農家の間で生産契約を結び、
農民は注文にもとづいて生産を行い、企業は契約した価格で買い付けすることを指す。
これによって、農民は安定している収入を得ることができる。
4
第二に、土地使用権の合理的な「流通(流動化)」である。生産「請負制」が実施さ
れてからすでに20年以上になるが、今日では二つの問題が生じている。一つは農村の労
働力が出稼ぎで流出するために、自らの田畑の利用率が低下していくこと、もう一つは
戸別「請負制」をいかに農業の近代化と協調させるかということである。2002年に全国
人民代表大会常務委員会は農村土地請負法を採択した。これによって、土地使用権は農
民の自発的意志にもとづいて、転貸、交換、譲渡、抵当などの流通が可能となった。そ
れと同時に、農民は土地使用権をもって企業に現物出資することも可能となった。こう
して農民所得の持続的な増加が保障されるようになっている。ここで二つの例をあげて
おこう。一つの例は広東省徐聞県である。徐聞には大河がなく、台風がこないと雨もふ
らないので、自然に頼るしかない。それゆえにその土地の生産所得額は低く、1ムー
(6.667アール)あたりの生産所得額はわずか200∼300人民元であった。現在、企業が
出資して農業に参入するようになっている。出資企業には、郷鎮企業(注)や中外合弁企
業もあれば、民営企業もある。これらの企業は、農家と生産契約を結び、農民の土地を
リースして生産を行い、リース金として、農民に1ムーあたりに200∼300人民元を支払
う。そのほか、農民は、自分の意志にもとづいて企業の契約社員になり、給料をもらう
ことも可能となる。企業は井戸を掘り、スプリンクラー灌漑を実施し、外国の新品種の
作物を導入している。あるところでは、何万ムーにのぼる農地にパイナップルを植えて
いるので、その地名は「パイナップルの海」と改称されている。そのほかにバナナとラ
イチを植えているところもある。企業はこれらの果物を海外に輸出し、また缶詰の加工
もしている。このように、企業と農家の連携を進めた結果、農民の収入が増加した。
もう一つの例は青海省貴徳県である。貴徳県は高地にあるため、1ムーあたりの農業
生産所得額がわずか200∼300人民元であった。企業はこの土地をリースした後、高原の
日照率が高いという長所を活かして野菜を大量に栽培した。その結果、市場が拡大され、
農民の収入が増加した。しかし、こうした経営方式においても、農民に不利な一面があ
る。なぜなら、土地使用権のリース金の額が固定であるために、企業の売り上げは増え
るが、農民の収入は変わらないからである。こうした状況を背景に、ある地域では、土
地使用権を株として資本参加し、農家が企業の株主になり、配当を受けとるという
グ−ティエン
「股田 制(株式田制)」が誕生した。土地使用権を株とし資本参加すると、企業が儲か
れば、株数にもとづいて配当金が配分される。企業が儲かれば儲かるほど農民の収入も
どんどん増加していく。賃貸制よりこうした経営方式のほうがよいと思う。
第三に、居住や生産に適さない地域の農民を移住させることである。つまり山間部に
住む農民に山を離れ、古い村を放棄し、どこかの平地に移住させて新しい家を建てるこ
とである。そうすることで、農民を伝統観念の束縛から解放することもできる。全国で、
貧困層の農民の数は約3,000万人に上る。その大部分は山間部に住んでいる。政府によ
る救済だけで根本的に問題を解決することができないので、移住することは問題解決へ
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の唯一の有効策になる。北京市郊外の懐柔県に「喇叭沟門」という満族自治郷がある。
300平方キロメートルの土地に7,800人ぐらいの農民がいて、全員山中の森林に住んでい
る。政府は彼らを平地に移住させることを決め、彼らの新居建築に補助を与えた。彼ら
は、元の家より大きな家を建て、部屋の一部を自分が使用し、残りの部屋を民宿にして
収入向上を図るとともに、間接的に自然保護運動に参加している。こうしたことによっ
て、農民の収入が増加し、家電やオートバイを買えるとともに、森林保護貢献にもつな
がる。農民は「愚公のように山を動かしても、もし移住せず、山林にこのまま住んでい
たら、多分お嫁さんをもらえず、一生貧困生活を送っただろう」と言うのである。
また、広西壮族自治区百色市の直轄している田陽県を見てみよう。そこでは山間部に
住む人々が全員壮族で、一人当たりの収入がわずか100人民元であった。政府は、村長
から村民まで全員が山林を離れ、別の土地でマンゴーを栽培するように促した。現在、
彼らは全員家を新築し、テレビを購入し、さらに新しい村で小学校を建設した。このよ
うに移住すれば、貧困から脱出ことができるといえよう。山間部の農民の移住にあたっ
ては、移住地の選定、開墾地の決定、新村の建設などについて、周到な計画を策定し、
政府関係部門によって統一的に対応することが必要である。移住した後、以前の村は廃
村になるが、必ずしもこれを惜しむことはない。そこで植林を進め、濫伐や焼畑を禁止
することは、山地の生態系に好影響を与え、子孫に福をもたらすだろう。
第四に、農民の出稼ぎを促進することである。出稼ぎする農民のなかには、確かに収
入があまりに低いために出稼ぎしなければならない人が少なくない。しかし、一部の者
は、収入が少ないから出稼ぎをするのではなく、違う世界を体験したい気持ちから、知
識・技術を学び、さらなるスキルアップを目指して出稼ぎにいく。これらの人々は、故
郷が貧困から脱出しても、そこを離れようとする気持ちは変わらないのである。したが
って、貧困救済が農村労働力の流出阻止につながると考えるのは早計であり、流出の減
少もしくはそのテンポを遅らせる程度の役割しか果たさないと考えるべきであろう。こ
の点に関して、広東省開平市の経験を紹介しておこう。この市政府は、貧困世帯の数、
各農家の労働力の有無を把握するために、農家に調査員を派遣した。調査結果を踏えて、
一世帯から一人ずつを集めて職業訓練を行った。そして、訓練済みの農民を工場で働か
せた。職業訓練を受けた農民は、工場にとって使いやすい労働力である。このように、
一世帯に一人を工場で就労させることによって、農家の収入向上を図ることは「招農培
訓、打工脱貧」対策と呼ばれる。したがっていま、政府は農民の出稼ぎを積極的に支援
している。
世界最大の金鉱はどこにあるのか。それは中国の農村にある。中国農民の所得が増加
すれば、巨大な市場の誕生につながる。中国の農民人口は約8∼9億人、農家数は2∼
3億戸である。仮に一世帯がテレビや自動車、冷蔵庫を一台ずつを購入すれば、どれほ
6
どの巨大な市場であるといえようか、さらにテレビやトラクタ−、冷蔵庫などにはサイ
クルがあり、数年ごとに買換え時期が来る。そのためにこのような市場は、工業と商業
を発展させる原動力となるものであり、世界中のメーカーでこの巨大な市場に羨望の目
差しを送らないものはいないであろう。
中国の所得配分の調整に関しては、都市部の失業問題の改善も不可欠である。中国で
は目下、大量の雇用を創出するために、労働集約型産業のさらなる発展に取り組んでい
る。具体的な措置は次のようなものである。労働集約型の中小企業の設立に関する手続
の簡略化、失業者が起業した場合における減税措置、労働集約型企業に対する銀行融資
の円滑化、主に中小企業を融資対象とする地方商業銀行の設立などがそれである。
失業者が再就職して収入を得れば、消費の需要が高まる。それは、他の人々に就業の
機会を与えることにつながる。こうした人も収入を得ることから、また新たな消費が生
まれ、結果としてより多くの人が職を得ることができる。当然ながら、求職者に雇用情
報を十分に与え、地域間の労働力の流動化を推進するためには、労働力市場の仲介機構
(職業紹介所やコンサルティング機関など)を健全化し、かつ整備することが必要であ
る。それと同時に職業訓練に力を注ぐべきである。求職者をできるだけ企業の需要にあ
わせた人材に育てることが必要である。
中国では現在、投資ではなく、消費需要が依然として不足している。政府の投資が安
定的に伸びている一方、一部の生産資料の供給が不足に陥っている。したがって、当面
全力を挙げて解決しなければならない問題は、いかに消費需要を向上し、消費と投資の
比率を最適化するかにある。現在の投資と消費の比率は4対6となっているが、今後の
数年以内にその比率は3対7になるように調整すべきである。具体的措置としては、い
ち早く比較的に整備された社会保障システムを構築すること、農民負担を軽減して収入
を増加すること、社会雇用の機会を創出すること、新たな消費ブームを作り出すことな
どが取り上げられる。
4.中国経済の持続的発展
ここ数年、中国経済は、毎年7∼8%のペースで成長しており、2003年の成長率は
9.1%(のちに9.3%に上方修正)に達したが、今後の見通しはどうであろうか。概ね中
国経済の発展は今後も安定し、政策の継続性がなお維持されていくといえよう。2004
年の経済成長率が7%を下回ることはありえず、7.5%を上回る可能性が高い。これに
ついて、以下の四点から説明することができる。
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【中国経済成長率の推移】
(単位:年/%)
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
14.2
13.5
12.6
10.5
9.6
8.8
7.8
7.1
8.0
7.3
8.0
9.3
外務省ホームページから抜粋
第一に投資に慣性が働いている。政府は多くの投資を維持継続しているために投資の
慣性が大きい。第二に消費の増加傾向が続いており、今年も旺盛な消費を維持するだろ
う。第三にハイテク産業がますます重要な役割を果たし始めている。ハイテク製品の輸
出はすでに輸出全体の4分の1を占めており、ハイテク・先端技術が経済の発展を促進
している。特にハイテク・先端技術が在来産業の技術改革を後押しし、比較的高い経済
成長率を維持していくことができる。第四に民間投資が活発になりだしている。現在、
法律上規制のない分野において、私営企業の参入が認められている。所有形態を問わず
に、市場参入については、税制、金融、貿易の分野で、あらゆる企業(国有、混同、私
営)は平等に扱われ、公平な競争が行われる。
「ポスト・オリンピック」という言葉がある。つまり、これは、一部のオリンピック
開催国においては、開催する前に投資活動が盛んに行われるが、閉幕すると投資は一気
に勢いを失い、経済は景気停滞に陥り、長期不景気の時代に入るという現象を指してい
る。しかしながら、中国はこのような状況に陥る可能性が極めて低いといえよう。なぜ
なら、中国は広大であり、多くの成長の余地が残されているからである。2008年以後に
おいても、大規模の投資を必要とする重要な建設プロジェクトが少なくない。たとえば
電力不足は、短期間で解決できる問題ではなく、長期的視野からみると、電力事業は大
きく発展する可能性がある。生活電力の消費量が急速に増加していき、したがって経済
の成長よりも電力消費量増加の速度は早い。交通網の整備においても同様であるし、さ
らに投資の周期が長い。地域発展の視点からみると、西部大開発以外に、東北旧工業基
地振興に力を注ぐ必要がある。東北地区は本来、設備工業を発展させる下地を十分に持
っている。しかし、現在は設備が老朽化している。東北旧工業基地の改革に、技術革新
と建設の分野でいっそう投資すべきである。
水利工事における投資量も大きい。たとえば、
「南水北調(南の水を北に運ぶ)」であ
る。南部から水を調達しなければ、北部は水不足に陥ってしまう。これは農業のみなら
ず、工業にも悪影響を及ぼし、国民の生活さえも困難となる。また淮河や黄河の治水な
どはすべて重要なプロジェクトである。
最近、中国政府は、経済発展における資本市場の役割をますます重要視するようにな
っている。十数年の実践によって、中国の資本市場が健全なものであり、今まで成り遂
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げた成果も顕著であることは証明されている。資本市場の発展が国民経済をさらに発展
させると同時に、投資リスクを防止し、減少することにつながる。これは長期的な事業
であり、あまり成功を急ぐと失敗を招きかねない。当面の主要な任務は、人心を安定さ
せ、自信を回復し、資本市場を発展させていくことである。
中国経済の持続的成長は、日中間の経済協力に格好の契機を与えるであろう。中国側
からみれば、西部の大開発にせよ、東北旧工業基地の振興にせよ、いずれも外資の参入
を期待しており、もちろんその中には日本も含まれている。外国企業からみれば、これ
は投資と経済協力にとって、絶好の機会となるであろう。
5.日中経済協力の展望
中国経済改革のポイントおよび今後の経済成長の趨勢を理解すれば、日中の経済協力
に対する見通しの把握も容易になるであろう。現在の日本経済の回復は、中国の経済成
長による貢献を抜きにしては考えにくい。同様に、今後の中国経済の持続的発展も日本
の関与が不可欠である。日中間の経済
協力は相互補完的である。具体的には、
【中国の貿易相手先】
2003 年
(単位:億ドル)
中国経済の成長は日本製品に対する
需要を拡大し、日本製品の市場拡大を
国・地域名
貿易額
促進させる。したがって、日本経済の
対前年
比増幅
日
本
1335.8
31.1%
米
国
1263.3
30.0%
E
U
1252.2
44.4%
香
港
874.1
31.1%
ASEAN
782.5
42.8%
一国の輸出入は、つねにその国の経
韓
国
632.3
43.4%
済成長と密接に関わるという点に留
合
計
8512.1
37.1%
意すべきである。中国経済の成長過程
外務省ホームページから抜粋
回復は日本の対中輸出の増加につな
がるだけではなく、中国の改革の深化
と経済の持続的成長に緊密に関連し
ているといえよう。
においては、輸出を拡大させるのみな
らず、輸入を増加させることも必要である。中国はすでに輸出入大国となっており、2003
年の中国の輸出入総額は前年度より37.1%伸びで、8,512億ドルに達しており、2002年
の世界第五位から第四位に上昇した。輸入の伸びはさらに速く、2003年の中国の輸入額
は4,128.4億ドルを記録した。2003年のGDP成長率は9.1%で、輸出は前年度より
34.6%、輸入は39.9%増加した。輸出入の伸び率がGDPのそれを大きく上回っている。
日中貿易において、中国は貿易赤字を抱えている。中国税関当局の統計によると、日本
は、数年連続で中国の最大の貿易相手国である。2003年において、中国は日本から741.5
億ドルの輸入を行い、前年度より38.7%増加した。一方、中国の対日輸出額は549.2億
ドルで、前年度より22.7%増加した。中国経済の発展に欠かせない鉄鋼、建築資材、化
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学工業製品、工作機械などは、日本から輸入されたものが少なくない。2003年に、日本
は中国に大型乗用車と小型乗用車とあわせて67,400台を輸出し、中国における大型乗用
車・小型乗用車の最大輸入国となっており、44,000台で第二位のドイツをはるかに越え
ている。これらデータは、日中貿易関係が非常に緊密化していることを物語っていると
ともに、両国の間に相互補完関係が根強く定着していることを示している。
最後に私は、「新・兎と亀」という寓話で本報告を締めくくりたいと思う。ご存じの
ように、昔に兎と亀が競走をした。兎がずっと先頭を走っていが、途中居眠りしている
間に、亀が先にゴールして兎に勝った。この勝負はこの一回だけで終わったのであろう
か。実は、兎は納得せず、二回目の競争を提案した。そして、二回目の競争が始まった。
兎は悔しい経験を活かし、休まずに一気にゴールをして亀に勝った。すると今度は、亀
が納得しない。三度目の競争を持ちかけた。また、亀は「この前の競争は、二回とも君
が決めたコースに従って走った。今度は僕の決めるコースを走ってもらおう」と言った。
兎は、どうせ僕のほうが速いのだから、コースを変えたいのなら変えればいいさ、と考
えて承諾した。三回目の競争が始まった。またもや兎が先頭をきったが、ゴール目前の
ところで、思いもよらず、川が立ちはだかっている。兎は呆然と川辺に立ち尽くしてい
た。するとそこにようやく亀がたどり着いた。亀は川を泳ぎ、そして勝ったのである。
なんと兎と亀は四度目の競争をすることになった。しかし、彼らはお互いに反省した。
こんな競争は意味がないのではないか、僕たちは協力しよう、お互いに優れたところを
出し合おう。陸上では、兎が亀を背負って、早く川辺に到着した。川を渡るときは、亀
が兎を背負って川を泳いだのである。これがいわゆる「共に勝つ(Win-Win)」である。
「共に勝つ」関係を築くためには、お互いに協力しなければならず、優位性を補完しあ
うことが必要である。この寓話は、我々に貴重な示唆を与えてくれるであろう。
(注) 郷鎮企業
「郷」(村)・「鎮」(町)は人民公社解体以後の県の下に置かれた行政単位であり、郷鎮企業は
町村営企業ともいえるが、現在では、私営・自営も含めて広範な農村企業の総称として使われて
いる。
(「現代中国ライブラリィ」から抜粋)
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