ピヨピヨ女性ライダーのヘヒリンゲントレーニング体験記

ピヨピヨ女性ライダーのヘヒリンゲントレーニング体験記
◆スイートテン・ヘヒリンゲン?
「今年結婚 10 周年だよね。ダイアモンドでもないだろうから、ドイツに旅行でも行かない?」
ある日主人が私にそう言った。
去年の年末あたりから、彼がヘヒリンゲンのエンデューロトレーニングに行きたがっているのには気づ
いていた。だからその言葉を聞いて私は、一人で遊びに行くのは申し訳ない思った彼が、私を旅行に誘
ったのだと思った。しかしよくよく聞いてみると、
「素子もGS 乗りなんだし、せっかくだからトレーニングも一緒にやろうよ」と言う。私は面食らってしまっ
た。
主人の影響で大型免許をとって 1 年弱。GS 乗りとはいえオフロードの経験はほとんど無い。いや、オ
フロードどころかオンロードでもふらついて、立ちゴケすること数知れず。誰が見ても、私はまさしくピヨピ
ヨライダーなのだ。こんな私がヘヒリンゲンになんか行ける訳がない。
しかしどうしてもトレーニングに行きたい主人は、「出来ないことは、出来ないって言えばいいんだよ。
こんな機会はめったにないよ」
などと私を説得。その熱意にほだされ、結局私はトレーニングへの参加に
同意してしまった。
休みの都合もあり、5 月 18 日∼20 日の 3 日間コースを選択。主人は満喫できるかもしれないが、私は
3 日間も耐えられるかどうかと不安になっていた。予習をしておこうと読み直した内田さんのレポート
(BMW BIKES Vol.13)にも、「3 日間コースは、オフロードの初級経験がある方が良い」と書いてある。私
は益々弱気になってしまった。
しかし、どんどん出発日は迫ってくる。チケットや宿の手配など、旅に向けての実務的なことをこなし、
いよいよ旅が具体化してくるころには、「もうやるしかない!当たって砕けろだ!」という気になっていた。
◆ベルリン∼HPN∼WITIC∼ヘヒリンゲン
今回の旅は、まずベルリンに滞在し、その後ミュンヘンへ移動、そして HPN とWITEC を訪問し、ヘヒリ
ンゲンへ。トレーニングの後はミュンヘンへ戻り、ミュンヘンから帰国という日程。
日本からはオランダ経由でドイツへ。ユーロ加盟国であるオランダで入国審査を受けたため、ドイツで
はもう入国審査はない。ターンテーブルから荷物を受け取ると、勝手に外へ出てよいのだ。という訳で、
はるばるやってきた割には、なんだか拍子抜けするドイツ入国となった。
ベルリンに到着した翌日、宿の窓をあけると、向かいのビルの前に R1150GS を発見。ドイツにいるの
だから当たり前の話なのだが、街を歩いていると、「あっ、RT だ。」
「C1 もいる。」「F650 が 2 台停まって
る。」と大騒ぎしてしまう。極めつけは POLIZEI(
警察)と書かれた緑と白の RT に遭遇した時。警官はとて
も親切で、笑って写真に納まってくれた。
BMW に限らず、ドイツのライダーはみな、ちゃんとバイク用のウエアを着ている人が多かった。日本で
はたまに短パンにサンダルで運転している若者をみかけるが、そういう人は一人もいない。バイクに対す
る考え方がまったく違うのかもしれない。なんだか大人だなと感じた。
ベルリンの滞在で、なんとかよどみなく「ダンケ」と言えるようになり、ミュンヘンへ。空港で車を借り、
HPN のあるザイバースドルフへ向かう。うちは「地図の読める女と話を聞く男」という夫婦なので、運転は
主に主人が担当。私はナビゲーターをかってでた。
サイバースドルフは小さな田舎町だ。町への入口がわからず、ちょっと迷ってしまった。農作業をして
いる地元の人たちに道を尋ねると、まったく英語が通じない。しかし、絵をかいて場所を教えてくれた。こ
の人たちに限らず、旅を通じて出合ったドイツ人はみんな本当に親切で、私たちはドイツのことがとても
好きになった。
なんとか宿に到着。既に 8 時半を回っていた。5 月のドイツは思いのほか日が長く、8 時半でもまだ薄
暗い程度。真っ暗だったらたどり着くのにも苦労していたに違いない。日が長い時期で助かった。
翌日、HPN を訪問。のどかな住宅街の一画にあり、住宅の奥がファクトリーになっている。なんとのど
かなのだろう。周りには緑がいっぱいで、鳥のさえずりも聞こえた。入口で声をかけると、主人がメールで
アポイントをとっていたので、すぐにハウプフェルト氏が対応してくれた。ガストン・ライエ氏が乗ったバリ
ダカバイクなどが並ぶショールームや倉庫を案内され、主人はもう有頂天に。後で現れたペッペル氏は、
「天気がいいから外で写真を撮ったら?」とわざわざ倉庫から 2 台のバイクを出してくれ、大感激。主人
はバイクに跨り、写真を撮りまくった。
両氏に、主人がガストン・ライエ・ミーティングでライエ氏と撮った写真を見せると、うれしそうにライエ氏
のことなど話してくれた。言葉が完璧で無い分、写真は役に立つ。結局 HPN で午前中一杯過ごしてしま
った。忙しいだろうに、私たちの訪問を歓迎してくれた両氏に、ただ「
ダンケ」「サンキュウ」としか言えない
ことに、もどかしさを感じた。やはり言葉は重要だ。少しでも話せることにこしたことはない。
その日はのんびりとサイバースドルフを楽しみ、翌日朝から WITEC へ向かった。訪問したい旨、主人
がメールを出していたが、WITEC からはとうとう返事は来なかった。もしかしたら入れないかもしれないが、
行くだけ行ってみようということになったのだ。最近場所を移転したと聞いていたので、ホームページの地
図をプリントアウトし持参していたが、目印が少なくわかりにくかった。こんなところにあるのだろうかと思
いつつしばらく走っていると、突き当たりに大きな柵とWITEC の看板が見えた。
声をかけると、背の高いルディ氏が「ヤーパン!」と言って門を開けてくれた。突然の訪問であることを
わび、メールの件を話すと、なんとオーナーのトーマス・エクカルト氏は交通事故にあい、入院していると
いう。道理で連絡がつかないはずである。
主人が GS に乗っていると言うと、ルディ氏は申し訳なさそうな顔になった。ちょうどGS が出払っていて、
今は 1 台もないとのこと。主人もこれにはがっかりしたようだ。それでも倉庫の中をあちこち案内してくれ、
主人はここでもバイクの写真を撮りまくった。
入口近くには、大きな倉庫のような建物が 2∼3 棟あり、中にバイクが停まっていた。聞けばここは以
前軍の施設だったところで、奥には広大な敷地が広がり、建物も10 数棟あるのだそうだ。周りには民家
も無くここだけが孤立している。バイクのテストには、もってこいの場所なのだろう。
WITEC を後にし、ヘヒリンゲンへ。宿に入る前にヘヒリンゲンのエンデューロ・パークを見に行った。湖
沿いの道から入ると、「Willkommen im BMW Motorrad Enduro Park Hechlingen」という看板が目に入る。
いよいよやってきた!!。柵ごしに中をみると、起伏のあるコースが広がっている。明日はここを走るのか。
この時の私は、期待よりも不安の方がまさっていた。
しばらく佇んでいると、私たちと同じように下見にきているらしい何人かの人がやってきた。その中の
一人、F650GS でやってきたドイツ人のカスティンと話をした。彼が「どこからきたのか」と尋ねたので、「日
本」と答えると、「ドイツではどこに住んでいるのか」と聞きなおされた。それで「日本から来たのだ」と告げ
ると、「このトレーニングのために、日本からきたのか」と驚かれた。後で他のドイツ人にも同じことを言わ
れ、「日本にはこんな施設はないのか」と不思議がられた。確かに、ヘヒリンゲンを聖地とまで崇める日
本人 GS 乗りの気持ちなど、理解しがたいものであろう。
宿は隣町のハイデンハイムにある「アルテポスト」というガストホフ。宿の主人は世話好きで、英語も達
者。夕食には名物の鱒料理を食べた。部屋に戻り、明日の準備。バックからウエアやヘルメット、ブーツ
を取り出す。もしかしたら自己紹介をしなければならないかもと、英会話の本を見始めるものの、覚えら
れないと放棄し、ベッドに入った。
◆トレーニング 1 日目―最初に倒れたのはやっぱり私。自信喪失
緊張し、早く目が覚めた。天気がよく、暑くなりそう。朝食をとりに食堂に行くと、バイクのウエアを着た
人が何人か座っていた。「モルゲン」と挨拶。おそらく一緒にトレーニングを受ける人たちに違いない。装
備を整え、エンデューロ・パークへ。主人は遠足に行く子供のようにうれしそうだ。私は緊張のあまり、気
持ちが高揚し、ハイになっていた。
駐車場に車を停め、ブーツを履く。このトレーニングに参加することが決まり、私は急遽ブーツを購入
した。というわけで、ブーツを履くのはこの日で3 度目。まだ何となく違和感がある。
パークに入ると右側にある建物へ向かう。内田さんのレポートにはなかったので、新しく建てられたの
だろう。奥には男女に分かれたロッカールームやトイレがあり、シャワーまでついている。冷たい水も用
意され、休憩時には自由に飲む事もできた。
建物に入ると、テーブルの上にドイツ語で書かれた書類があり、みなそれぞれ記入している。どうして
いいかわからないでいると、昨日会ったカスティンが寄ってきて、助けてくれた。このトレーニングについ
ての安全に関する同意書のようなものらしい。
集まった生徒はほぼ30 名。うち女性は私を含め6 名。年齢は 20 代から50 代といったところ。30 代ぐ
らいが一番多そうだ。男性は背が高くがっちりしていて、顔も厳つい人が多く、ちょっと怖い。日本では大
きいと言われる主人も、かわいらしくみえる。女性はほっそりとした若い女性 3 名と、30 代前半かなと思
われる女性 2 名。おそらく私が一番年上だろう。
周りをキョロキョロ見回していると、インストラクターらしき男性が目に留まった。名札を見るとトーマス・
ウルフと書いてある。私と主人は「
あー!」と大声をあげてしまった。というのも、前日訪問した WITEC で、
同社のルディ氏から「ヘヒリンゲンには、もしかしたらトーマス・ウルフというインストラクターがいるかもし
れない。彼はボクサーカップに出ているライダーで、昨日までここにいた。とてもいい奴だから、よくしてく
れるに違いない」と教わっていたからだ。名札を指差し「I know you.」と大声をあげる日本人カップルに、ト
ーマスは驚いた様子だったが、「ルディから聞いた」と説明すると、にこやかな顔になり、その後もよく面
倒をみてくれた。
インストラクターはトーマス、グラゴウ、カティアの 3 人。みんなに説明をする前に、グラゴウが寄ってき
て、私達に英語で説明してくれた。今回の参加者はほとんどがドイツ人。オーストリア人が 2 人いるが、
彼らもドイツ語がわかるので、ドイツ語を理解しないのは私たち 2 人だけだった。そこでレッスンはまずド
イツ語で説明し、その後私達に英語で説明してくれることになった。クラスはレベル別に初級、中級、上
級の 3 クラス。私はもちろん初級だが、私に気をつかったのか主人も初級を選択した。
ブリーフィングが終わり、それぞれのクラスのインスタラクターについて行く。初級クラスは、カティアと
いう女性。歩きながら、BMW には乗ったことがあるかと質問され、イエスと答えた。バイクが並んでいる
場所へ着くと、自分の名前が貼ってあるバイクを探す。なんとR1150GS はすべてアドベンチャーだ。主人
は R1150GS の予約がとれずF650GS ダカールにしていたので、とても残念そうだった。私はF650 でオー
ダーしてあった。しかし、私の F650 がない。すると主人が私の名前のダカールを見つけ、どうしようかと
いうことになった。大型バイクの免許を取って最初の私のバイクはダカールだった。しかし足つきが悪く、
ローシートで乗っていた。そ れでも立ちゴケしまくり、大変だったのだ。まして慣れないオフロードでは、と
ても運転する自信が無い。そこで主人がトーマスにオーダーと違うと訴え、結局 F650 でオーダーしてい
たあのカスティンが、私に代わってダカールに乗ってくれることになった。つくづくお世話になり申し訳な
かったが、私はほっとした。そしてイエローの F650GS が、3 日間の私の友となった。
ビギナークラスは 10 名で、その半分が女性だった。集合して最初に、カティアがそれぞれのバイク経
験を聞く。私は「免許をとって 1 年で、オフロードは今回が初めて」と答えた。それを聞いたカティアはちょ
っとひいたような感じがした。ドイツ語もわからずトレーニングを受けにきて、オフロードが初めてなんて
大丈夫だろうかと思ったのかもしれない。
トレーニングの最初は、バイクのバランスをチェックすることだった。バイクを 1 本の指で支え、静止さ
せる。その後バイクを支えながら周りを 1 周する。ポイントを押さえれば、BMW のバイクはとてもバランス
がいいのだということだろう。そしてエンジンをかけ、バイクを押して歩いた。それからカティアが彼女のア
ドベンチャーに跨り、ポジションについて説明。ドイツ語ながら、身振り手振りでなんとなくわかる。ドイツ
語の説明の後、私たちのところへきて英語で説明してくれる。しかしドイツ語で話しているより、とっても
短い簡単な説明だ。まあ丁寧に説明されても、私の英語力では理解できない。かえって簡潔な方があり
がたい。
そしていよいよ、カティアの後について大きく円を描きながら走る。周りをみると、アドベンチャーに乗っ
ている女性の生徒もいる。ドイツ人は男女共、背の高い人が多い。170cm ある私でも、ドイツにいると普
通に感じる。アドベンチャーの女性も、私より背が高かった。走り始めるとすぐにスタンディングポジション
へ。よく考えると、立ったまま走るのは、教習所でやった波状路以来かもしれない。慣れないブーツを履
いた私は、慣れないポジションで、慣れないオフロードを走り、ちょっとあせってきた。
しばらく走るとカティアは、運転しながら片手をあげたり、片足をあげたりしはじめた。みんなそれにな
らってやってみる。私は片手、片足まではできたが、両足でシートに座るのは、恐くてできなかった。あと
で聞くと主人は、余裕で両足座りをし、おまけに身体を大きく揺さぶりながら運転していたという。たぶん
そんな彼の運転を見たからだろう。カティアは主人に、午後からは中級クラスに言った方がいいとアドバ
イスした。
私はといえば、みんなについて行くのが精一杯。ピヨピヨなのだから仕方がないと思うのだが、せめて
迷惑をかけない程度にはとますますあせる。カティアの後について、列をなして走っていても、ちょっとし
た坂や細かいコーナリングがうまくこなせない私は、どうしてもおいていかれる。直線になると遅れをとり
もどそうとスピードを出しすぎ、次のコーナリングがまたうまくいかない。慣れないブーツでの立ったまま
のブレーキも感覚が掴めず、車体が安定しない。そしてとうとう、前を走っていた女性がふらついて急に
停まったのに反応できず、「あーっ」と思った時には私の方が転んでしまっていた。ビギナークラスで最初
の転倒である。「大丈夫か?」とみんなが寄ってきてくれる。「OK」と言いながら、恥ずかしさで一杯。普通
ならこけるような場所ではない。ジャリ道とはいえ、平らな場所なのだ。
カティアはちょうどよかったとばかりに、倒れた私のバイクを使って起こし方を教えた。倒れたバイクの
ハンドルを切り、地面側のハンドルを腰の近くで持ち、腰で支えながら起こす。意外と簡単だ。これまで
倒しても一人で起こせず、四 苦八苦していたが、この方法なら私でも起こすことができそうだ。
午前中のトレーニングが終わりバイクを降りると、先ほど私の前でふらついていた女性が話し掛けて
きた。自分のせいで私がこけてしまったのではと心配し、謝ってきたのだ。ほんとはちょっとそうなんだけ
ど、「いえいえ気にしないで。私が下手だから転んだのよ」と返答。一緒に 3 日間トレーニングを受けるの
だから、仲良くしなくっちゃ!
水を飲みひと息入れた後、ランチのためにみんなでガストホフ・フォレレンホフへ。バックミラーのない
バイクで公道を走る。ほんの 2∼3km だが、久しぶりに座ってオンロードを走り、ほっとした。
ランチの後、主人は中級クラスへ。インストラクターはトーマスだ。私は一人になり少し不安ではあった
が、主人がいようと結局バイクを運転するのは私だし、自分自身でなんとかしなければならないのだから
関係ないと思うことにした。それに彼は、初級クラスより中級クラスの方が楽しめるであろう。
午後からはまず、前後のブレーキの掛け方を教わる。そして各々、フロントブレーキのみ、リアブレー
キのみ、そして両方での停車を練習。カティアがそれぞれに注意をする。私はタイヤをすべらせながらも
持ちこたえ、何とか2度目の転倒はせずに済んだ。その後、それぞれ小さなサークルを描きながら走るよ
うに指示される。私はどうしてもスピード調節がうまくいかず、サークルが描けない。おまけにエンストを
繰り返し、うまく繋がらなくなってしまった。何度もエンジンをかけていると、カティアが寄ってきた。もしか
したら、バイクの調子が悪いのかもとカティアに告げた。しかしカティアが運転するとなんということはない。
私には訳がわからなかった。
次の課題は細い溝と波状路。小回りをしながら、その課題に向かって走らなければならない。私はま
たしてもその小回りができなかった。アクセルをあけるとスピードが出すぎ、ブレーキのかけ具合が悪く
ふらつく。おまけにエンストを恐れ、アクセルを開け気味にしてクラッチを繋いでいた。しかし努力の甲斐
も無く、波状路の真中で転倒しエンスト。後にはその課題をやろうとしているメンバーが待っていたので、
私は迷惑をかけているとあせった。その後メカニックにも見てもらったが、バイクに異常はないという。私
が走り始めると、カティアがメカニックに私のバイクのことを話しているのが目に入った。この後坂を登り、
エンデューロ・パークの上の方へ行くのであろう。「上で動かなくなったら大変だけど大丈夫なの?」と聞
いているようだった。カティアの顔には、私の運転能力のなさに対する不安が表れていたように思う。し
かし一番不安だったのは私自身だ。こんなことで 3 日間もやれるのだろうか。
ランチの後1時間半くらいたったところで休憩に入った。朝ミーティングをした建物に行き、用意されて
いる冷たい水を何杯も飲む。天気がよく暑いせいもあるが、あせっているのもあって、汗だくだ。ウエアの
中はベトベト、髪の毛からは、ぼたぼたと汗が落ちていた。ロッカールームがあることを知っていたら、着
替えをもってきたのにと思った。同じく休憩にきた主人は、満面の笑みをたたえている。楽しくて思わず顔
が笑ってしまうのであろう。不安をかかえる私とは大違いだ。
休憩後はいよいよカティアを先頭にジャリ道の坂を登り、山の上へ向かう。私は遅れないようにと必死
で、余裕がない。なんとかついていくと、見晴しのいい場所に出た。随分と登ってきたのだ。エンデュー
ロ・パークはとても広い。坂を少し登ると平らなところがあり、さらに登るとまた平地がある。路面もゴロゴ
ロの石がある坂から、ヌタヌタの道、コブ上の起伏にとんだ道などさまざまだ。坂の角度も色々あり、どの
道を通るかは、技術にあわせてインストラクターが選んでいるようだった。
しばらくコースを走り回り、ヌタヌタの道へトライ。しかしここでまた、エンストしてしまった。皆が私を待
っている状態だったのであせるのだが、クラッチがうまく繋がらない。そこへカティアがやってきて言った。
「たぶん、セカンドに入っていると思うよ」。なあんだ、そうか !! この一言ですべて納得した。舞い上がって
しまっていた私は、ギアがファーストに入っているかどうかを確認する余裕がなかった。慣れないブーツ
を履いていたせいで、そのブーツのつま先がシフトペダルにあたり、いつのまにかセカンドに入っていた
のだろう。そうとは気づかず、ずっとセカンドで繋ごうとしてエンストしていたのだ。原因がわかってしまえ
ば、すっかり気が楽になり落ち着いた。
場所を移動し、坂の途中で止まってしまった時の坂の降り方を教わる。ほんの少しずつクラッチをつな
ぎ、車体をずらしながら下へ降りていく。一人一人坂の途中でバイクを止め、カティアの指示を聞きなが
らやってみた。その後はまた、カティアに続いて走り回る。クラッチ事件以前に比べ、なんと楽に走れるの
だろう。身体の力も抜け、ブレーキングもうまくできるようになった。1 日目の終わりにしてやっと余裕がで
てきて、あとの 2 日も切り抜けられそうな気になっていた。
バイクを所定の場所に停め、1 日目のトレーニングは終了した。初級クラスの中でも、たぶん私が一番
ピヨピヨ度が高そうだ。今日 1 日で 3∼4 回も転んでしまった。私だけではなく、誰かが転ぶとみんなで助
け合う。トレーニングをしていくうちに、カティアの後に男性 2∼3 人、そして女性、その後ろに残りの男性
という陣形をとるようになり、男性陣が女性陣をうまくカバーしてくれた。1日目が終了するころには、ドイ
ツ人生徒たちはすっかりうちとけ、笑いながらトレーニングをしていた。私はといえば、ずっと緊張の連続
で、ただ迷惑をかけないようにするのが精一杯。英語で色々話しかけてくれたのだが、「
OK」とか「サンキ
ュー」とかしか言えず、ちょっと落ち込み気味。
バイクを降り、手袋を脱いでいるところに、主人がやってきた。「どうだった?」と聞くので、「疲れた」の
一言。彼は満面の笑みで、明日も楽しみだと言う。クラッチの一件以来少しは落ち着きを取り戻したもの
の、私はまだ楽しいという感覚ではなかった。駐車場でブーツを脱ぎ、ビーチサンダルに履き替えると、
ふーっ、とため息をついた。
一旦宿に帰り、シャワーを浴び着替えた。ついでにヘルメットの中のクッションも洗う。明日汗まみれの
ヘルメットをかぶるのは、とても耐えられない。朝こけた時に打った足や肘が、少し紫色になっている。持
参したシップ薬が役立った。以前このトレーニングに参加した澤田さんのアドバイスで、持ってきていた
のだ。
着替えが済むと、ランチを食べたフォレレンホフへ。3日間のランチと2日間の夕食は、講習費に含ま
れていた。席に座ると、近くに座っていたオーストリア人が声をかけてきた。上級クラスの人だ。トレーニ
ング中たまにすれ違う上級クラスのメンバーの走りは、とんでもなかった。こんなところをそんなスピード
で走るの?と驚愕するくらいだ。笑いながらアドベンチャーを操り、アップダウンを繰り返す彼らには、ちょ
っと怖いイメージすらあった。目の前にいる彼も、髪を後で束ね、一件強面の風貌。しかし私達に、一生
懸命英語でメニューを説明してくれる姿は、気さくで陽気だった。彼のおかげで、すんなりと周りに溶け込
めたように思う。この日のディナーのメインは、3 種類からの選択。私は蒸した鱒を、主人は鱒フライを選
んだ。
食事を待つ間、主人が持ってきた写真を見せ、コミュニケーション。しかし、ガストン・ライエ氏と写って
いる写真を見せても、ライエ氏のことを知らない人が多く、意外だった。“BMW の”バイクトレーニングに
わざわざ日本から参加した私たちと違い、BMW がやっている“バイクの”トレーニングに参加しにきたとい
う感じなのだろうか。
隣のテーブルにすわっていたカティアやトーマスとも会話し、盛り上がる。カティアのお父さんは、動か
すのも大変なくらい古いバイクのコレクターで、家には 20 台以上ものバイクがあるらしい。その父にして、
この娘ありということだ。
しばらく歓談したあと、私たちは隣町の宿へ。雲行きがあやしくなっていた。明日は雨になるだろう。
◆トレーニング2日目―オンロードで笑顔
雨の音で目が覚めた。「あー、ぐちゃぐちゃのコースを走るのか」と思うと気が萎えた。食堂に行くと、
同宿のメンバーが朝食をとっていた。昨日より親しげに「モルゲン」と挨拶。みんな主人と同じミドルクラ
スらしい。トレーニング中は、同宿のよしみで色々気遣ってくれたそうだ。
コースに着く頃には小雨になっていた。せっかくのトレーニングなんだから、やれるだけやってみよう!、
と気弱になっていた自分に気合を入れ、ブーツを履く。すると昨日転びまくったせいで、ブーツのネジが
緩んでいる。無くなってしまったのもあるようだ。トーマスに言うと、「OH! MOTOKO!!」と笑いながら、ドラ
イバーを持ってきてネジを締めてくれた。
トーマスは、ジョージ・クルーニーとショーン・コネリーを足して 2 で割ったような顔立ちで、結構かっこい
い。陽気で明るく、いつもみんなを盛り上げてくれる。カティアにもちょこちょこいたずらを仕掛け、笑わせ
てくれた。一方グラゴウは、落ち着いていて大人の雰囲気。ジョークも言うが、いつも冷静で、インスタラ
クターのまとめ役といった感じだった。
ミーティングをする建物で待っていると、グラゴウが今日は別のコースへ行くと説明。言葉はよくわから
なかったが、おそらく内田さんのレポートにあった、軍の施設に行くのだろうと思った。
インストラクターについて一般道を走る。GS が 30 台以上隊列をなして進む様は壮観だろう。それにし
てもみんな飛ばしている。ドイツでは、民家がない田舎道の制限速度は100km なのだそうだ。私も久しぶ
りに、スピード感を味わった。10 キロ以上走り、軍の施設へ。バイクを停め、戦車の横で準備体操をした。
生徒もインストラクターも笑顔だ。1日共にし、昨日より親しみが増していた。
それぞれのクラスにわかれ、オンロードでのレッスンとなった。私たちはまず、昨日と同じ様に片手を
離したり、片足を上げたりして走った。昨日は出来なかった両足でシートに座っての走行や、両足共バイ
クの片側に回し横座りでの走行もクリア。やっぱりオンロードは楽だ。私は昨日の落ち込みから、回復し
つつあった。
その後ペアになり、手を握ってもらってバイクのバランスを保ち、足をつかずにクラッチを離してスター
ト、そしてそのままストップという練習した。私はカティアに手を握ってもらってやったが、まあまあうまくで
き誉められた。そしてできるだけゆっくり走る練習。各自広がって練習した後、誰が一番ゆっくり走れるか
の競争をし、私は3位だった。昨日のトレーニングではピヨピヨ度一番だったが、今日は平均値ぐらいは
行きそうだ。
競争が終わると、まっすぐバイクを走らせ、コーンのところでクラッチをつかみ、大きく左右にバイクを
振るように指示される。カティアが見ていて各自に声をかけ、注意をする。私はうまくでき、カティアの「グ
ッド」声に思わず笑顔。誉められるとやっぱり嬉しい。
場所を移動して、大きな8の字やスラロームのコースを走る。まず、バイクを傾け、バランスをとりなが
ら円を描く。余裕があれば、腰をシートからイン側に落として回るように指示され、カティアが見本を見せ
てくれる。オンロードですっかり自身を取り戻していた私は、難なくバランスを保ち円を描いた。そして今
までやったことがない、リーンインの姿勢でもうまく走ることができ、調子に乗ってきた。昨日は落ちこぼ
れ生徒だったが、今日は優秀な生徒かも?
ここで休憩をはさみ、用意されていた水を飲む。雨も止み、気温も高くないので、気持ちよいコンディシ
ョンになった。休憩後は急制動をやった。まず後ブレーキだけ、そして前ブレーキだけ、そして両方での
急制動。さらにスピードを50km、60km、70km と上げて練習を繰り返した。私は教習所でも急制動は得意
だったので、難なくこなす。しかしカティアに、ブレーキと同時にクラッチも握るように注意された。確か日
本の教習所では、まずブレーキを握り、それからクラッチと教わったように思う。後で主人にそのことを話
すと、彼が夕食の席でトーマスに質問した。トーマスによると、確かにブレーキの後にクラッチを握った方
が停まるのは早い。しかしそれよりも、クラッチを握ることによりエンジンを止めないでいれば、バイクを
操ってよけることも出来るというのだ。色々な考え方があるんだなあと思った。
午前中の講習を終え、先ほどの8の字の場所へ集合。そこではプロフェッショナルクラスの人がくるく
ると円を描いて走っていた。スピードも倒している角度も、私たちとは大違い。やはりこの人たちはただ者
ではない。
雨上がりの田舎道を走り、フォレレンホフへ。午前中の講習がうまくできたので、今日は気分がいい。
入っていくと、ここに座れと上級クラスの人に呼び止められた。同席したのは同じ銀行で働いているとい
う4 人組。日本でいえば課長か部長ぐらいに思える上級クラスの男性 2 人と、中級クラスにいる20 代の
カップルというメンバーだ。私たちの旅行の日程を話すと、「日本人は短期間であちこちの国を回り、ドイ
ツでは城めぐり観光をして帰るものだと思っていた。君たちはいい旅をしている」と言われた。やっぱり日
本人観光客のイメージはそうなんだとちょっとがっかり。
昼食後は黄色の菜の花畑を抜け、また別の場所へ移動し、クロスカントリー走行。スタンディングのま
ま走るのだが、またしてもみんなのスピードについていけない。というのも、ス タンディングのままのギア
チェンジに慣れていなくて、うまくコントロールできなかったからだ。それでも走りながら色々やってみて、
なんとかこなせるようにはなった。
広大な敷地の中に、アップダウンや大きな溝、ぬかるみの道などがある。まずはカティアについて、ア
ップダウンを繰り返す。午前中のオンロードで自信を取り戻していた私は、昨日と違いスタンディングで
のオフロード走行にも、安定感がでてきた。ここでのお楽しみは、大きな水たまりと連続の大きなデコボコ
道。水たまりの場所へ移動すると、既に上級クラスのメンバーが果敢に挑戦していた。しかし前夜の雨で、
いつもより水の量が多いのだろう。みんな途中で停まってしまう。一緒にきていたエンジニアは、バイクの
水抜きで大忙し。それでも生徒たちは、もう止めてくれというエンジニアを尻目に何度も挑戦。見ていた
他のメンバーは、大歓声をあげて見守った。さすがに初級クラスの私達には無理だと判断したのだろう。
カティアは別の場所へ私たちを連れて行った。デコボコ状の道が連続で続くその場所も、水が溜まって
いた。何人かが挑戦したが、やっぱり転倒し水浸し。ここでもエンジニアが登場し、メンテナンスをする。
ちゃんとエンジニアがいて、思いっきり楽しめるのが、こういう講習のよいところだ。私も初日にはコケて
ウインカーを壊し、お世話になった。
終了時間になったので、私はデコボコ道に挑戦できなかった。カティアが「ごめんね。明日もやるから」
と声をかけてきた。やる気になっていたので、ちょっと残念だったが、また明日がんばろうと思った。
隊列を組んでエンデューロ・パークへ戻る。涼しくなった風が心地よい。今日は昨日よりうまく運転でき、
気持ちも軽い。所定の場所へバイクを戻し歩いていると、カティアが「どうだった?」と声をかけてきた。私
は「今日はとっても楽しかった」と話すと、カティアは「昨日より随分ステップアップしてよくなった」と誉めて
くれた。私はとってもうれしくなった。この時の私は、たぶん昨日の主人と同じような満面の笑みだったに
違いない。
着替える為に宿に戻る。ウエアが泥だらけだったので、持ってきたビニール袋をシートにかけた。レン
タカーとはいえ、泥まみれになるのはいただけない。車の中で主人に、カティアに誉められたことを自慢
した。1日目の落ち込みを心配していた彼も、私の変わり様に驚きながらも安心したようだった。
夕食の為フォレレンホフに着くと、ランチの時一緒だった銀行のメンバーが手招きをした。日本のこと
にも色々興味があるらしい。一番年かさだと思われるロバートは、バイクを3台、そしてアレックスは4台
所有しているという。持っていたメモ用紙に、その車種を書いてくれたが、すべて日本車だった。またドイ
ツでは、GS のことを“WARZENSCHWEIN”という愛称で呼ぶことも教えてくれた。“WARZENSCHWEIN”と
はイボイノシシのような動物のことらしい。GS の両側に飛び出したエンジンがその動物の顔に似ている
ことから、そう呼ぶのだという。
会話には、メモ用紙と辞書、そして計算機が大活躍した。うまく説明できないことは図に書き、アドベン
チャーの日本での価格を質問されると計算機が登場した。すっかり打ち解け、お互いメールアドレスを交
換。連絡を取り合うことを誓った。
食事の前に、ビデオ上映会があった。ミドルクラスの一人がヘルメットにカメラを付け、講習の様子を
撮影したものだ。途中、ランチへ移動する時、スタンディングのまま走りつづけている主人が映し出され、
メンバーたちから「ヨシー!!」と冷やかされていた。2 日間の講習を共にし、一体感が出てきように思う。大
の大人たちがみんなニコニコとした表情で語り合い、大声をあげて笑っていた。昨日までは不安で一杯
だった私も、晴れ晴れとした気持ちでとても楽しかった。
◆トレーニング3日目―I
’m Fun!!
いよいよ最終日。やっと楽しくなってきたところなのに、もう終わりかという気になっていた。準備をして
エンデューロ・パークへ。今日は晴れているが気温はそれほど高くなく、絶好のバイク日和だ。まずカティ
アの後について、コースを走る。初日に走った時とは大違いで、周りをみる余裕すらある。ちょっとしたコ
ブやアップダウンがあっても全然平気。小回りもできるようになった。しばらく走ると、今度は下り坂をゆっ
くり降りる練習をした。上手に降りてくる同じクラスの男性を見ながら、「彼はグッドドライバーだね」とカテ
ィアに言うと、彼女は「素子もグッドドライバーだよ」と私の肩をたたきながら、笑いかけた。誉め上手だな
と思いながら、まんざらでもなかった。初日には私を見てカティアもどうなることやらと心配だっただろう。
ここまで出来るようになったのは、カティアのおかげでもある。
私たちが練習している坂の横では、上級クラスが、ヒルクライムをやっていた。みるからにすごい坂を
ものすごいスピードで登り、そして降りてくる。タイヤを滑らせながら回り、また登っていった。昨日夕食を
共した銀行員の 2 人もいる。あの姿からは、背広を着て銀行で働いている姿は想像もつかない。
次は 2mくらいある急な坂を一気に駆け上り、そして降りる練習。まずカティアがやってみせてくれ、そ
のあと一人ずつトライした。私はすっかりバイクに慣れていたので、恐怖感はなかった。アクセルを開け
て坂を登り、登りきる一歩手前でアクセルを戻し、ゆっくりブレーキをかけながらターン。今度は腰を後に
ひきながら坂を降りる。バイクコントロールもうまくでき、成功。カティアもグッドと声をかけてくれた。
そして次の課題は砂場の走行だ。砂場なんて走ったことがないし、どう走っていいのかも全く知らなか
った。カティアのひたすらアクセルを開け続けろという指示で、さっそく挑戦。1 回目はあえなくすぐ転倒し
てしまった。そして 2 回目の挑戦。バイクは左右に振られまっすぐ走れはしなかったが、なんとか持ちこた
え、みんなの拍手をあびた。
ここで昼食。カティアが「大丈夫か?」と聞いてきたので、私は「
I’m fun!!」と答えた。すると彼女はびっく
りしたように笑っていた。実は初日の講習が終わった後カティアに、「私には今日一日でもう十分」と弱音
をはいていた。その変わり様に驚いたのだろう。
昼食後は午前中の復習も兼ね、急な坂の昇り降りを間に入れながら、入口近くの平地を走る。それか
ら山を登り、ぬかるみやデコボコのある場所で練習。カティアが道を選びつつ走行し、その後について走
る。難易度が高い場所では、そばでカテイアが見守り、一人ずつトライした。初日にエンストを繰り返した
場所にも再トライ。雨でぬかるみが増し、うまくコントロールできなかったが、コースから外れながらも転
倒せずクリア。他のメンバーはほとんど転んでいたので、み んなが「やったー」と拍手してくれた。一緒に
トレーニングしていた女性の一人が、「3 日間ですごくうまくなったね」と話しかけてきた。私は「初日はす
ごく緊張していたから」と答えながら、なんとかピヨピヨ度一番から脱し、日本人女性の恥をさらさずに済
んだとほっとしていた。
昨日お預けになっていた池の走行にもチャレンジ。一人ずつゆっくりと水の中を走る。パークの中の池
は下が平らなので、簡単だった。メンバー全員が走り終わり佇んでいると、私達には難しくて走らせても
らえなかった道から上級クラスのメンバーが降りてきて、すごい勢いで池の中に突っ込み、水しぶきをあ
げた。よく見ると両足をシートの上に乗せ、すわりながら運転している。本当になんという人たちだろう。
彼らは水を得た魚のように、エンデューロ・
パークの中を縦横無尽に走り回り、とっても楽しそうだった。
それから私たちはまた山を登り、コースを走り回った。アップダウンやぬかるみ、小回りが必要な道や
石がゴロゴロしている場所など、私はカティアのすぐ後を走った。途中バランスをくずすとシートに座って
体制をととのえ、転倒せずについて行けた。3 日目にして転ばない方法がわかってきた。カティアのスピ
ードに遅れることなく走っていると、カティアが振り返りながらグッドと言って、親指を立てた。私はカティア
に認められ、ヘルメットの中で笑顔になった。
もう 1 周くらい走るのかと思っていたら、そのまま駐車場に停車。他のクラスのメンバーは既にバイク
から降りている。「
えっ、もしかして終了?もう少し走っていてもいいんだけど」というのがこの時の正直な
気持ち。名残惜しいなあと思いながら、私も苦楽を共にした黄色の F650 から降り、3 日間のトレーニング
は終わった。
いつもミーティングをする建物には満足げな受講者たちの顔が揃っていた。あちこちでメールアドレス
の交換や写真撮影をしていた。私たちも初日からお世話になったカスティンや、2日目の水溜りに果敢に
挑戦していたハンスに、デジカメの写真を送ることを約束。カスティンは自分のホームページにその写真
をのせると言っていた。後日そのホームページを見ると、ヘヒリンゲンでの体験記とたくさんの写真が掲
載されていた。体験記はドイツ語なので読めなかったが、2 人の日本人という文字はわかった。きっと、
私たちのことについても何か書いてあるのだろう。
インストラクターのグラゴウやトーマス、そしてカティアにも挨拶。住所を聞くと、グラゴウがポストカード
をくれた。それを見てビックリ。ダカール模様に塗られたパジェロに乗って手を振っているグラゴウとトー
マスが写っていた。去年のパリダカにドライバーとして出場し、どのクラスかはよくわからなかったが、2
位に入ったらしい。最後になってすごい人たちに教えてもらったんだということがわかり、改めて感動し
た。
しばらくすると、終了証の贈呈が始まった。それぞれ名前を呼ばれ、グラゴウから受け取る。みんなう
れしそうだ。私の名前が呼ばれ、前に出た。3 人のインストラクターと握手をして受け取る。私は前日の
夜、挨拶の言葉を考えていた。インストラクターだけでなく、エンジニアやエンデューロ・パークを管理して
いる人、そして受講者たち全員に親切にされた。そのお礼がどうしても言いたかった。私はメモを取り出
し、ドイツ語で「みなさんの親切に感謝します」と言った。すると大きな拍手が巻き起こりびっくり。だがと
てもうれしかった。
3 日間過ごしたエンデューロ・パークを立ち去る時は、感無量だった。ここに来るまでは不安だったし、
初日には落ち込みもした。しかし3 日間過ごしてみると、とても楽しく、できればもう少しやってみたいとさ
え思った。大の大人が童心に返って、思いっきり楽しめるところはなかなかない。ピヨピヨライダーの私で
も、3 日間で自信がもてた。オフロードの経験はなかったが、なんとかやれた。思いきってトレーニングに
参加して、本当によかったと思う。
◆ミュンヘン、そして帰国
旅も終わりに近づき、最終目的地ミュンヘンへ。まずは BMW モトアラート・ツェントリウムへ行くという
主人と別れ、私は街の中心部でショッピング。ミュンヘンは都会で、英語も通じるのし、一人でショッピン
グしていもそれほど困らない。地下鉄も発達していて便利だ。夕方ホテルに戻ると、梱包された部品がこ
ろがっていた。それでなくても荷物が多いのに、これをどうやって持って帰るのだろう。帰国の姿を想像し、
気が遠くなった。
翌朝トーマスに電話。スケジュールがあえば一緒に博物館へ行こうと言っていたので連絡してみたの
だが、ボクサーカップの出場を控え、バイクの調整に手間取り手が離せないという。残念だが 2 人で
BMW 博物館へ行くことにした。その後マリエン広場に向かい観光。そして近くの市場を散策し、最後の夜
を楽しんだ。
◆最後に
確かにヘヒリンゲンのトレーニングには、内田さんが薦めているように一人で参加した方がよいのかも
しれない。今回私たちは初級と中級とにクラスが別かれ、一人参加に近い形でトレーニングを体験した。
だから一人で参加する方がよいという意見はわかる。しかし、旅は二人で行った方よいと思う。車の運転
も、一人では大変だったであろう。標識がわかりやすく示されているとはいえ、ナビゲーションなしに一人
でアウトバーンを運転するのは指南の技だ。私たちのように言葉が完全ではない場合、助け合えるとい
う利点もある。トレーニング終了後に、その日やったことについて、会話できるのもよかった。
ピヨピヨの私でも、3 日間コースをやり遂げられた。私の場合は特に、3 日間コースにしかないオンロー
ドのトレーニングで息を吹き返したこともあり、3 日間に参加してよかったと思う。すべてがオフロードだっ
たら、もしかしたらもっと大変だと思ったかもしれない。
主人が私をトレーニングに誘う時に言ったように、自信がない課題は出来ないと言えばよい。実際ビ
ギナークラスの女性が一人、途中で課題をパスし、休憩していた。自分がトレーニングをやりにきている
のだから、選択権は自分にある。自分なりに楽しめばよい。
今回参加したメンバーの中には、家族連れの人たちもいた。2 組の家族で一緒にやってきて、お父さ
んたち二人がトレーニングに参加。トレーニング中奥さんと子供は別行動だが、夕食は共にしていた。近
くには大きな湖もあり、遊ぶ場所はある。家族旅行を兼ねての参加もいいかもしれない。
旅を通してドイツ人の優しさや文化に触れ、感銘を受けた。サイバースドルフの宿では、ドイツ語のメ
ニューに四苦八苦する私達に、懸命に英語で説明してくれた。またハイデンハイムの宿では、宿泊した
初めての日本人だと大歓迎してくれた。そしてヘヒリンゲンでは、異邦人である私たちを受け入れ、イン
ストラクターだけではなく、参 加メンバーみんなで面倒をみてくれた。最初は厳つくて怖い印象だったメン
バーたちも、話すとみんな陽気で親切だった。ドイツで出会ったすべての人たちに、そして旅の情報を教
えてくださった内田さん、澤田さんに感謝したい。
私たちのスイートテンドイツ旅行は、素晴らしかった。旅の間には色々とアクシデントもあったが、帰国
してみればどれもいい思い出だ。夫婦二人で共有できる体験ができ、ほんとうに幸せだった。既に主人
は次のヘヒリンゲン計画を練っているようだ。私も日本で GS 修行を続け、いつかまたヘヒリンゲンに挑
戦してみたい。