生命保険契約における保険契約者の確定とその考慮要素 ―近時の裁判例を手がかりに― 王 学士(東京大学大学院総合法政専攻修士課程2年) [目次] 一 はじめに 二 近時の裁判例の動向と類型化 1 行為者を保険契約者とされる裁判例 2 名義人を保険契約者とされる裁判例 3 諸事情に基づく具体的な判断とされる裁判例 4 原則として名義人とされ、これを否定する側の立証を認める裁判例 三 保険契約者の確定をめぐる諸問題 1 問題の所在 2 保険契約者の確定に関する学説上の検討 3 保険契約者の確定の際の考慮要素 四 おわりに [要約] 生命保険契約においては、保険契約申込書や保険証券上で保険契約者として表示されて いる名義人とは別の者(主として出捐者)が保険契約の締結行為、保険料の出捐、保険証 券の保管等の全部または一部をしていることがあり、このような名義人と行為者のいずれ が保険契約者としての地位を有するかが争いになることがある。従来、保険金受取人の確 定問題をめぐる学説・判例の蓄積がある一方で、保険契約者の確定問題について、今まで あまり議論されていなかったのが現状である。 しかし一方で、生命保険契約における保険契約者の確定の問題は、保険契約の様々な場 面において重要な位置を占めるものである。より具体的に言えば、この保険契約者の確定 問題は、ほとんどが生命保険契約に関して、解約権・解約返戻金請求権(保険54条・63条2 号)や保険金受取人変更権(保険43条)などが誰に帰属するかという争いとして現れてい る。また、近時まで、保険契約者の確定をめぐる数多くの裁判例が公刊されていた。 そのゆえに、保険契約者の確定の際に、裁判所がどの判断仕組み・考慮要素に基づいて、 判断してきたのかについて検討を行う意義があると思われる。 こうした目的の下で、まず、生命保険契約(特に簡易生命保険契約)上の保険契約者の 確定が議論となっている近時のいくつかの関連裁判例を整理・紹介した。問題となってい る今までの裁判例から、それぞれの①行為者を保険契約者とされる裁判例、②名義人を保 1 険契約者とされる裁判例、③諸事情に基づく具体的な判断とされる裁判例④原則として名 義人とされ、これを否定する側の立証を認める裁判例とに類型化することができる。この うち、とりわけ、第④種類は近年の裁判例の流れとも言える。 続いて、学説上の見解を分析した。このうち、保険制度の特殊性に着目して、原則とし て名義人とされた者を保険契約者と認めているが、具体的な諸事情に従って、この原則を 否定することもできるとの見解が最も有力・多数である。そして、この有力説・多数説は 近年の第④種類の裁判例の判断傾向を支持している。 最後、結論としては、保険制度における危険管理側面から見ると、基本的には保険証券 に記載された名義人を保険契約者とするべきである。その具体的な判断の際に、その根拠 は、モラル・リスクを伴う生命(定額)保険契約とは異なる異常な危険を排除することに 求められる。また、具体的な特段の諸事情の存在の立証により基本的な形式説を覆すこと ができるとしても、これまでの保険契約者の確定をめぐる裁判例からみるに、どのような 要件を満たされる場合に、形式説を覆すことができるかの確立した判例基準はないとも言 える。そこで、この場合の判断はどの要件が必要となるかに関して、困難な問題が出てく ることが予想されるが、事案ごとの具体性に着目して妥当な解決を図ることが可能になる と思われる。 2
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