Pinyo vol.15を更新しました

動臨研 野生動物ニュースレター Vol.15
鳥取県における傷病野生鳥獣救護の現状について
酪農学園大学野生動物医学センターWAMC の紹介
岐阜大学野生動物救護センターの紹介
ミルワーム繁殖奮戦記
鉛中毒と肩関節脱臼を認めたハヤブサの 1 例
野生鳥獣保護管理基金協力者&友の会メンバー
毛利 崇
浅川満彦
岡野 司
福田信子
毛利 崇
1
3
6
8
10
11
鳥取県における傷病野生鳥獣保護の現状について
毛利 崇
(財)鳥取県動物臨床医学研究所では、人間社会の犠牲となって傷ついた野生動物を救護すること
は獣医師に課せられた責務の一つであるとの観点から 1988 年より傷病鳥獣救護活動を開始しまし
た。今年で 20 年目の節目を迎えますので、この場を借りて鳥取県における傷病野生鳥獣保護の現
状について報告させて頂きます。
図1に当財団における傷病野生鳥獣の救護
件数の推移を示しました。傷病野生鳥獣の救
護件数は 2002 年度までは右肩上がりに増加
して最大で 335 件を数えましたが、その後減
少し、2006 年度には 159 件とピーク時の半
数まで減少しました。この原因として 2003
年度の冬に家禽における高病原性トリインフ
ルエンザが全国各地で相次いで発生したこと
があげられると思われます。当時、高病原性
トリインフルエンザの感染源として野鳥によ
る媒介の可能性が繰り返し報道されました。
これによって一般市民の野鳥に対する警戒心
が高まったことが、救護件数減少の直接的な
原因と考えられます。野鳥への警戒心が薄れ
てきたためか、
2007 年度は 1 月の段階で 172
件と救護件数の増加傾向がみられています。
図2.救護された野生鳥獣の転機 (2006 年度)
図 2 に 2006 年度における傷病野生鳥獣の
転機を示しています。放鳥・放獣の割合は
30.8%であり過去の治療成績と比較すると若
干低下しています。これは近年、傷病野生鳥
獣の放鳥・放獣の条件を見直し、障害が残っ
たために長期生存することが期待できない野
生鳥獣や、過度に人間に慣れたために人間社
会に依存して問題を起こす可能性のある野生
鳥獣は放鳥・放獣しないといった方針が固ま
ったことが、見かけ上の放鳥・放獣率の低下
に繋がっていると分析しています。
図1.傷病野生鳥獣保護件数の推移
1
図 3. 救護原因 (2006 年度)
図 3 に 2006 年度の救護された傷病野生鳥
獣の救護原因の内訳を示しています。この中
で最近の傾向として認められるようになった
のは、
寄生虫性疾患の増加です。
これは近年、
タヌキのカイセン症(皮膚の下にもぐりこん
で寄生する小さなダニが原因の皮膚病)が増
加した影響と考えられます。タヌキのカイセ
ン症は 1990 年代中頃から全国各地で報告さ
れるようになりましたが、当財団で救護され
たタヌキでは 2002 年度に初めて確認されま
した。2002 年度には 21 頭中 1 頭(4%)で
カイセンが認められたのみでしたが、2007
年度においては現在までのところ 11 頭中 4
頭(36%)で感染が認められています。また、
県内でも地域差があり、鳥取県西部ではまだ
カイセンに感染したタヌキが救護されていな
いのに対して中部においては 2007 年度に保
護されたタヌキの 8 頭中 4 頭(50%)にカイセ
ンの感染が認められています。このことから
鳥取県中部と西部のタヌキの個体群はある程
度独立していることが伺えます。しかしなが
ら今後、カイセン症は鳥取県西部にも波及し
てくることが予想され、警戒が必要です。
2004 年度~2006 年度の当財団に救護され
た傷病野生鳥獣の救護件数上位 19 種を左に、
また、同期間に救護された傷病鳥獣の内、鳥
取県で希少種に分類されている種の救護状況
を右の表に示しました。
保護される野生鳥獣の中で数が多いものは
やはりツバメ、スズメ、タヌキ、トビなど人
間社会との距離が比較的近い種であると考え
られます。
救護される野生鳥獣の中にはハヤブサなど
環境省の種の保存法に定められている種も含
まれています。表には含まれていませんが
2007 年度にもオオタカとハヤブサが 1 羽ず
つ保護されており、これらの希少な個体を野
生復帰させることは傷病野生鳥獣救護活動の
大きな目的の一つであり有意義なことである
と思われます。
2
酪農学園大学野生動物医学センターWAMC をよろしくお願いします!
酪農学園大学獣医学部 教授 浅川満彦
動物園動物、エキゾチック・ペットなど非典
型的な飼育動物における環境汚染物質・感染
病原体分析システムの開発とそれに関わる宿
主動物の生態・生理に関する基礎情報の収集
と分析」です。これまでに、外来種アカミミ
ガメ、カミツキガメ、インドクジャク、バリ
ケン、ホンセイインコ、ガビチョウ、ソウシ
チョウ、タイワンリス、ヌートリア、キョン、
アライグマ、ハクビシン、ミンクについて、
ウイルスや細菌、様々な寄生虫について、そ
の保有状況や病理学的解析を実施し、多くの
新知見を得ましたが、多くは私の卒論生が主
体的に関わってくれています(図 3)。
みなさん、初めまして。今回は私が勤務す
る「野生動物医学センター Wild Animal
Medical Center」(以下、WAMC)について紹介
をさせて頂きます。まず、私達の大学の位置
ですが、石狩平野の北方、札幌の西隣、江別
市にあります(図 1)。
図 1 酪農学園大学(矢印)、野幌森林公園(左上)および
札幌の市街地(右上)
図1に本学の空撮写真を示します。左上に
展開する森林が約 2000 ha の面積をほこる野
幌森林公園、さらに札幌市の市街地が右上に
見えます。左端の建物群が動物病院です(図
2)。その構内の一隅に WAMC があります。
図 3 WAMC 正面玄関にて(2004 年 7 月)
対象は様々な動物なのですが、
私が寄生虫、
特に多細胞性の内部寄生虫である蠕虫類の形
態、分類、生態や生物地理などを専門として
きたので、関連分野の仕事に偏ります。その
ような事情から、WAMC は日本野生動物医
学会から「蠕虫症センター」にも指定されて
います(図 4)。
図 2 酪農学園大学附属動物病院(パンフレットより、矢印
が WAMC)
WAMC は文部科学省ハイテク・リサーチ・
プロジェクト「環境汚染物質・感染症病原体
分析監視システムの開発研究」の一環で設置
された特殊施設で、他の関連施設が従来の獣
医学が対象とする家畜・愛玩動物を研究材料
にしているものを補完し、野生動物やエキゾ
チック・ペットなどを扱うセクションとして、
2004 年に設立されました。設立の目的を論文
の題名風に示すと
「野生動物および特用家畜、
図 4 WAMC の表札下に看板
「日本野生動物医学会指定蠕虫症センター」
しかし、学内外の専門家が WAMC を拠点
として頂いておりますので、結果的に産み出
される業績も寄生虫学を越え、多様です。ま
3
中には珍しい例もあります。北米から輸入
された牧草に、見慣れない野鳥の死体が発見
され、WAMC に届けられ、ホシムクドリと
同定されました。それと並行して、西ナイル
熱ウイルスの検査を念入りに実施しました
が、幸い、陰性でした。WAMC には畜産や
自然生態系への感染症蔓延を水際で防ぐ使命
もあるようです。特に、野鳥は感染病原体の
媒体者として自然生態系への影響(ecosystem
health)のみならず、ヒト(human health)や有用
動物(Animal health)への感染についても懸念
されています。私個人的には、少々過熱気味
で、社会病理学的な現象に近いのではという
印象が、どうしても拭えません。が、結果的
に、この副産物として、「保全医学」という
新興的な学際分野の普及に繋がるものと期待
しています。先に述べた生態系、人および動
物の健康 health の重複融合部分を標的にする
分野のことです(図 8)。WAMC もこの分野
の振興に努めたいです。
た、私の卒論生は、元来、野生動物が好きで
あることから、傷病野生鳥獣のケアも積極的
に実施しています(図 5 と 6)。
図5,6
WAMC 入院室にて保護されたユキウサギをケアす
る卒論生
WAMC に持ち込まれる救護件数はせいぜ
い年間 20 程度ですが、
搬入件数だけで比較す
ると、もっとも多いものは、北海道の外来種
アライグマです。毎年、500 以上は来ます。
WAMC では、これまで、旋毛虫 Trichinella
sp.T9 の被嚢幼虫やセンコウヒゼンダニ
Sarcoptes scabiei の濃厚寄生による重度カイ
センなどのほか、いくつかのヒトと動物の共
通感染症の病原体を初めて明らかにしまし
た。また、バベシア、レプトスピラ、ボルナ
ウイルスなどの感染も証明された。さらに、
タヌキ回虫やネコ条虫なども見つかり、これ
に近縁のアライグマ回虫やエヒノコックスな
どの寄生の可能性を示唆する重要な知見とな
りました。今年の春、WAMC に所属してい
た大学院生(的場君)が、アライグマの研究
で博士の学位を取得するなど、多くの功績を
残しています(図 7)。
図 8 保全医学の教科書表紙
それにしても、WAMC はその創設以来、
おやじギャグではないですが、鳥に取り憑か
れています。たとえば北海道産希少ワシ類の
風力発電風車衝突事例、旭川で発生したスズ
メの大量死事例、知床半島沿岸に漂着した重
油付着による海鳥の大量死事例などでは、そ
の死因解明と平行して、病原体・環境汚染物
質の分析、交通事故死した南西諸島産カンム
リワシ、温暖化により生息域を縮めたライチ
ョウにおける血液原虫感染、北海道産タンチ
ョウおよびシマフクロウの原虫・蠕虫類保有
状況に関する疫学調査、事故を誘引したと目
される本質的な原因解明のための病理学的検
図7 WAMC 院生・的場君がアライグマからサンプリング
している場面
北海道の外来種だけではありません。たと
えば、みなさんの地域にも生息していると思
いますが、中部地方のヌートリアには肝蛭の
寄生が認められ、ウシや野生のニホンシカで
報告されている Fasciola sp.I 型でした。ヌー
トリアはこの寄生虫の拡散に一役かっている
のかも知れません。
4
査、水鳥類の体系的なサンプリングにより収
集した糞、血液(いずれも野外で安全に生体
捕獲し、足輪や発信器などを装着して放鳥す
る)、死体などに基づく西ナイル熱ウイルス、
鳥インフルエンザウイルス、ニューカッスル
病ウイルスなどを含めたヒトと動物の共通感
染症調査などなど・・・。以上のような疫学・
診断学的な研究が蓄積されるにつれ、これを
基盤に教育や普及活動にも力点を置きたいと
思っています。どうか、みなさま、ご支援下
さい。
最後に、この寄稿のご許可を賜った(財)
鳥取県動物臨床医学研究所理事長・山根義久
先生に感謝します。また、直接的な機会を下
さったのは、野生どうぶつ友の会のメンバー
で、本学動物病院・画像診断科に勤務される
華園究先生です。彼には WAMC で刊行され
た報告集(原著や総説、その他報文を一纏め
にしたモノ。文部科学省あるいは環境省の科
研費研究など)を託しましたので、WAMC
研究の詳細をご覧になりたい方は、是非、お
目をお通しください。
平成 13 年 11 月 ロンドン大から MScWAH 授与
平成 16 年 4 月 酪農学園大学野生動物医学センターWAMC
施設担当
平成 18 年 2 月 日本野生動物医学会指定蠕虫症センター長
委嘱
平成 19 年 4 月 RGU 獣医学部教授
専門分野
寄生虫学、野生動物医学(野生動物とその寄生蠕虫類の宿主
-寄生体関係の進化・生態学・生物地理学的研究、野生・動
物園・エキゾチック・特用家畜などの寄生蠕虫症診断・疫学
に関する研究、寄生虫感染に関わる野生動物の生態、日本お
よびアジアにおける保全医学教育の枠組み構築等)
外部委員
文部科学省科学研究費委員会審査委員(生物資源保全)、日
本野生動物医学会理事(感染症対策担当)・同学会認定専門
医委員会副委員長、日本寄生虫学会評議員、日本生物地理学
会評議員、北海道アライグマ対策検討専門委員など
著書
「いま、野生動物たちは」(丸善,共著)、「日本における寄
生虫学の研究」(目黒寄生虫館,共著)、「獣医寄生虫学検査
マニュアル」(文永堂,共著)、「安曇村誌」(安曇村,共著)、
「小田深山の自然」(小田町,共著)、「動物の衛生」(文
永堂、共著)、「外来種ハンドブック」(地人書館、共著)、
Progress of Medical Parasitology in Japan, Vol. 7 (目黒寄生虫
館,共著), 「森の野鳥に学ぶ101のヒント」(日本林業技
術協会、共著)、「動物地理の自然史」(北海道大学図書館
刊行会、共著)、「新明解 獣医学辞典」(チクサン出版社、
共著)
浅川満彦
酪農学園大学 獣医学部 感染・病理部門 / 同野生動物医学
センターWAMC 施設担当
職階 教授
獣医師・博士(獣医学)
野生動物医学修士(MSc WAH 00/01):Master of Science in Wild
Animal Health, Year 2000/2001, Royal Veterinary College (RVC),
London Univ., UK
略歴
昭和 58 年 3 月 酪農学園大学 RGU 獣医学科 卒業
昭和60 年10 月 北海道大学大学院獣医学研究科中退後、
RGU
獣医学科助手
平成 6 年 6 月
RGU から博士号(獣医学)授与
平成 7 年 4 月
RGU 獣医学部助教授
5
先日、野生動物救護活動に関する学術的な交流の意味も兼ねて岐阜大学に招かれ、講演させていただ
きました。その際に岐阜大学野生動物救護センターを見学させていただき、大学で行う野生動物救護に
新鮮な驚きを覚えました。今回、岐阜大学野生動物救護センターの岡野先生に施設紹介の記事をいただ
きました。
岐阜大学野生動物救護センターの紹介
岐阜大学応用生物科学部附属野生動物救護センター(岐阜県地球環境課) 岡野 司
【沿革】本センターは、平成 15 年 11 月に岐
阜大学連合獣医学研究科の研究活動拠点の一
つとして設立されました(旧称・岐阜大学
COE 野生動物救護センター)
。平成 19 年 4
月より本センターは、
「岐阜大学応用生物科学
部附属野生動物救護センター」として、岐阜
大学応用生物科学部と岐阜県生活環境部との
官学連携融合事業として共同運営されること
となりました。
されるセンター運営協議会の議を経て実施さ
れています。本センターには、獣医師、リハ
ビリテーターおよび事務員が、各 1 名、常在
して日々の活動を行っています。また、野生
動物医学研究室の教員(教授・鈴木正嗣およ
び准教授・浅野玄)および大学院生・学部生
も、
実質的な運営メンバーであるといえます。
センターへの傷病鳥獣の搬入は、原則として
市民からの通報を受けて、岐阜県地域振興局
(環境課)の職員が行っています。さらに、
多くの学生および市民ボランティアの協力に
より活動が支えられています。
救護点数の推移
【目標】本センターの活動目標は、単に傷病
鳥獣を救護して野生に帰すだけではありませ
ん。生物多様性の保全を目標とする諸研究を
推進するとともに、野生動物を含む自然環境
に関わる教育と文化活動を広く展開します。
本センターでは、
以下の 7 つのミッション
(使
命)を掲げて活動をしています。
H15 年
H16 年
H17 年
H18 年
H19 年
鳥類
18
63
66
102
145
哺乳類
3
11
7
18
27
計
21
74
73
120
172
注)平成 15 年度は 11 月から。平成 19 年度は 12 月まで。
【救護状況】平成 15 年 11 月の開設から平成
19 年 3 月までに本センターに運ばれた傷病
鳥獣は、哺乳類が 8 種 39 頭、鳥類が 62 種
249 羽でした。受入数は年々増加していて、
本年度は 12 月末までに、すでに 172 頭羽の
動物が運び込まれています。
7 つのミッション
【体制】本センターの活動運営は、センター
長(食品環境衛生学研究室、教授・石黒直隆)
を中心とし、獣医学課程の教員によって構成
受け入れが最も多いのは、タヌキで、ツバ
メ、スズメ、トビと続きます。救護原因で多
6
いのは、人工物への衝突や交通事故です。ま
た、幼鳥とヒナの救護も大変多く、この中に
は巣立ち準備中の健康な個体を誤って保護し
てしまう例も含まれます(誤認救護・誘拐)
。
センターに持ち込まれた動物は 3〜4 割の割
合で野生復帰を果たしています。
学生リハビリテーター養成講習会
【調査・研究】治療のかいなく死亡してしま
った動物は、死因の解明のために病理解剖を
行っています。また、ウイルス・細菌、遺伝
などの研究のため、救護個体からの試料の採
取を行っています。また、インターネットを
通じて野生動物救護に関する情報を全国で共
有できるようデータベースの構築を進めてお
り、
現在、
試験的使用の段階まで来ています。
さらに、外来種の生態調査、ツキノワグマの
個体群調査、
野生動物の保護管理と被害対策、
地方個体群の遺伝子解析など、野生動物に関
する基礎的研究にも協力しています。
【教育、普及・啓発】本センターでは、セン
ターで救護活動を行う前に、必要な知識と技
術を身に付けてもらうために、学生リハビリ
テーターの認定を行っています。対象は岐阜
大学の学生で、一定の講義と実技講習を受講
すると認定されます。
これまでに140 名以上の学生リハビリテー
ターが誕生しており、救護動物の治療・リハ
ビリのお手伝いや、毎日の餌や掃除だけでな
く、様々な場面で活躍しています。また、岐
阜県でも市民リハビリテーターの養成制度が
あり、これまでに約 90 名のリハビリテータ
ーが誕生しています。
岡野 司
H13.3 岐阜大学農学部獣医学科卒業。
H13.4~H15.3 岐阜大学農学部非常勤職員として、岐阜県根
尾村においてツキノワグマの生息実態調査を行う。
H13.4~H18.8 株式会社イーグレット・オフィス(滋賀県)
にて、イヌワシ、クマタカ、カワウ、ニホンザル等の生態調
査等を行う(兼務)
。
H15.4 岐阜大学大学院連合獣医学研究科に入学し、ツキノワ
学生・市民リハビリテーター(左) 病理解剖(右)
本センターは、市民リハビリテーターの活
動や学習の場でもあります。さらに、学会や
シンポジウム、研修会などで、野生動物救護
に関する発表、講演を数多く行ってきていま
す。また、本センターが主催となり、野生動
物救護に関するシンポジウムやセミナーも行
っています。
グマの繁殖生理に関する研究を行う。
H19.3 同、修了。
H18.10 岐阜県傷病鳥獣治療非常勤獣医師(勤務地:岐阜大
学野生動物救護センター)
。現在に至る。
岐阜県傷病鳥獣治療非常勤獣医師
岐阜大学大学院連合獣医学研究科特別協力研究員
獣医師・獣医学博士
URL http://www1.gifu-u.ac.jp/~kyugoyas/index.html
7
野生鳥獣救護に欠かせないのが昆虫食の小鳥達の主食となるミルワームです。米子動物医療セン
ターでは動物看護師の福田さんが試行錯誤しながら繁殖に取り組んでいます。今回はその苦労をご
紹介します。
ミルワーム繁殖奮戦記
福田 信子
めました。そして、誰にも負けない上質なミ
当院は傷病鳥獣保護施設の指定を受け、
ルワームを育て上げる事を決心しました。
様々な傷病野生鳥獣が保護されてきますが、
まず、最初にミルワームの主食ともなって
その大部分が鳥類です。保護された鳥は治療
いる床材を工夫してみました。市販の物は栄
して放鳥できるようになるまで毎日給餌し栄
養の少ないオガクズを使用していますが、調
養管理していかなければなりません。本来な
べてみると鳥の餌(粟玉・鳩餌)のみを床材
らば鳥が野生で食べている様な昆虫、果物、
にする方法や、オガクズにパン粉や残飯など
種子や小動物を与えるのが一番いいのですが
を混ぜたものを使用する方法などがありまし
実際に必要な量や種類を確保するのは困難で
た。そこで今回は管理のしやすい、粟玉と鳩
す。
餌を混ぜた物を選びました。それに加えて、
昆虫を食べる動物の餌として簡単に手に入
より栄養価の高いミルワームを育てるために
るのがミルワームです。ミルワームとは「チ
ドックフードのドライタイプや水分の少ない
ャイロコメノゴミムシダマシ」という長さ
野菜を時折与えました。
15mm くらいの黒光りした甲虫の幼虫のこ
餌を置くと、ミルワーム達が寄ってきて団
とです。ミルワームを食べる鳥はツバメなど
子のように群がります。初め見たときは、ぞ
昆虫を食べている小鳥で、生きたミルワーム
っとしましたが、ほぼ毎日観察しているうち
をおいしそうにペロリと食べます。体の小さ
に愛情が湧いてきて、だんだんとそのミル団
なツバメでも一日に 50 匹以上のミルワーム
子にも慣れ、可愛いとまで思うようになりま
を食べてしまいます。
した。一度ミルワームが喜ぶだろうと、猫用
の缶詰を少し置いてみたことがありますが、
すぐにカビが生えてしまい後悔するはめにな
りました。幸いミルワーム達はなんとか無事
でしたが、二度と水分の多いものは入れまい
ミルワーム(左)とその成虫(右)
と思いました。
ミルワーム達はすくすくと育ち、なんとも
ミルワームはホームセンターで直径 10cm
可愛らしい純白で不思議な形の小さなサナギ
くらいの円形の透明容器にオガクズをしきつ
になりました。恐る恐る触ってみると、お尻
めて 100~200 匹単位で売られています。購
の方がピクピクと動き、生きているんだと実
入したばかりのミルワームは何カ月もオガク
感しました。
ズだけの中で育っているのかヒョロっとした
細い虫ばかりです。市販されているミルワー
ムはカルシウムとリンの比率が悪く、そのま
ま鳥に与え続けると鳥が栄養性の病気になる
可能性があるそうです。そのため、購入後す
ぐのミルワームは餌として与えず、栄養状態
サナギ(左) 素手で触っても平気に!(右)
の良いものになってから与えることが鳥にと
って一番いいそうです。
その事を知ってから、
ここまで成長してくれたのはとても嬉しか
私はミルワームに対して特別な熱意を持ち始
ったのですが、成長しすぎると鳥の餌になら
8
ームの数が間に合わなくなります。一日数十
匹食べる鳥の胃袋を満たすには、まだまだ足
りません。繁殖の難しさを感じました。始め
の頃は、ミルワームの出番が来て役に立つの
は嬉しかったですが、みるみる減っていくの
は複雑な心境でした。
ないという現実問題があり、ミルワームの成
長を遅くするために冷蔵庫に容器ごと保存し
ました。ミルワームは脱皮を繰り返し育って
いきますが、季節や温度によって成長期間が
変わります。寒ければ寒いほど成長は遅くな
ります。
サナギは成虫にして繁殖させるために別の
容器に移し、室温で保存しました。サナギを
移すときはピンセットなどでつかむと、正常
に羽化できなくなることがあるらしいので、
優しく手ですくい上げる様に移します。サナ
ギはすぐに成虫になり、立派なゴミムシダマ
シになりました。しかし、何週間たっても変
化はありませんでした。ゴミムシダマシの卵
は小さく、
なかなか発見は難しいとの事です。
毎日の様に蓋を開けて覗いて、他のスタッフ
にたしなめられるほどでしたが、ある日久々
にドキドキしながら覗いてみると、期待通り
小さなミニミルワームが誕生していたのです。
長さ 3mm 位の大きさで、ウヨウヨと動いて、
まるでそれは自分の存在をアピールしている
かの様でした。なんとも感動的なひと時でし
た。
その後、数回脱皮してある程度の大きさに
なったミニミルワームは、冷蔵庫に保存して
ある食用の先輩ミルワーム達のもとへ移しま
した。
冷蔵庫の中で、プリプリに太ったミルワー
ムは出番を待って、鳥の餌となります。鳥の
状態にもより、ミルワームをビタミン水に漬
けてふやかしたり、頭を取ったり、中身だけ
を出して与えたりなど、給餌法は様々です。
生きたまま与えると、鳥は喜んでミルワーム
に食いつきますが、中にはもてあそぶだけで
食べずじまいの鳥もいます。そんな時は、や
っとの思いで育て上げたミルワームの事を思
うと、少し怒りたい気持ちにもなります。
鳥が 2 羽以上保護されると、すぐにミルワ
残さず食べてね
このミルワームが実際に栄養価の高いもの
になっているのか実証することは難しいです
が、少なくとも市販のミルワームよりはいい
ミルワームが育っているのではないかと思い
ます。
現在、成虫が入っている容器では餌に混入
していたのかダニがわいてしまって一時中断
となってしまっていますが、食用のミルワー
ムは今も元気で出番を待っています。これか
らも保護された鳥に栄養価の高いミルワーム
を提供していけるように工夫と研究を重ねて
いきたいと思います。
福田信子
米子動物医療センター 動物看護師
9
鉛中毒と肩関節脱臼を認めたハヤブサの1例
毛利 崇
ただいて投与しました。
CaEDTA は 5 日間隔で投与しましたが鉛
の血中濃度は治療経過とともに下降し1クー
ル目の投与終了時には正常値まで下がりまし
た。2 クール目の投与終了を待って、いざ放
鳥と考えていました。
ところが飛翔の訓練を実施したところ右翼
を持ち上げることが出来ないことが判明しま
した。慌てて X 線撮影を再度行うと右肩関節
の脱臼がみつかりました。初診時の X 線では
正常に位置にあるように思えましたが、再度
X 線写真を検討すると若干の左右差がありま
す。
保護管理中に脱臼する可能性は低いため、
初診時からあったものと思われました。
症例はハヤブサ、
体重800gで体長が47cm
と大きいことから雌と思われました。鳥取県
の境港市で飛べずにいるところを保護されま
した。
栄養状態が悪く削痩しており肉眼的に外傷
や翼の下垂は認めませんでした。初診時の X
線検査では骨折や脱臼は認めず、また消化管
内にも著変は認められませんでした。
血液検査を実施したところ PCV は 38%、
TP は 3.7g/㎗でした。緑色の下痢便をしてお
り削痩していることから鉛中毒の可能性を考
慮して釧路の猛禽類医学研究所の血液検体を
送って調べていただいたところ、基準値を超
える 0.259ppm の鉛が検出されました。
初診時(左)および第 25 病日(右)の X 線検査所見
肩関節の脱臼は外科的整復が難しく、筋肉
が巻いて関節の代わりとなることを期待して
待つしかありません。現在、ハヤブサは財団
附属のリハビリセンターで飛翔訓練中です。
猛禽類の鉛中毒は鉛の散弾を体内に残した
まま力尽きたシカの肉を食べることによって
発生することが知られていますが、ハヤブサ
は屍肉を食べる鳥ではないので鉛に暴露され
た経路も興味深い点です。鉛中毒の水鳥を食
べて神経障害から事故にあったのか、あるい
は先に事故にあって飛べなくなり、生きるた
めに普段食べないものを食べて中毒となった
のでしょうか?
鉛血中濃度の推移
鉛中毒ネットワークが定めるところでは
0.1ppm 以下が鉛暴露なし、0.1~0.6ppm では
鉛暴露、0.6ppm 以上で鉛中毒とされていま
す。鉛暴露レベルで暴露された期間によって
貧血などの障害が出る可能性があるため、こ
の個体の血中濃度のレベルでも治療が望まし
いとのことであったので猛禽類医学研究所よ
り CaEDTA の注射薬と内服薬を提供してい
最後にこのハヤブサを診断・治療するにあた
って多大なるご協力を頂いた釧路猛禽類医学
研究所の渡辺由希子先生にこの場をお借りし
て深謝いたします。
10
平成 19 年 10 月 1 日から平成 20 年 2 月 15 日までに
野生鳥獣保護管理基金に下記の皆様(敬称略)より御協力頂きました
誠にありがとうございました
(アイウエオ順)
石川動物病院(愛知県)
神谷 要(鳥取県)
公納 國雅(鳥取県)
小出動物病院(岡山県)
笹間 晴美(鳥取県)
柴崎動物病院(広島県)
柴崎
滝下
武部
田代
谷口
谷本
哲(東京都)
美智雄(鳥取県)
百合子(鳥取県)
加奈江(東京都)
真一(鳥取県)
幸子(鳥取県)
なかはら動物病院(岐阜県)
野口 敬紀(埼玉県)
藤井 彩(鳥取県)
フジワラ動物病院(兵庫県)
安田獣医科病院(大阪府)
山根動物病院(鳥取県)
米原 善隆(大阪府)
第 28 回動物臨床医学会
年次大会募金箱
野生どうぶつ友の会メンバーのご紹介(アイウエオ順)
安部
石川
石倉
石田
石田
犬丸
入江
入江
上野
宇野
大上
大西
小椋
桶本
尾崎
尾崎
片岡
加藤
門脇
神谷
神谷
神谷
亀尾
川合
川上
まゆみ
勝行
久美子
一子
京子
憲之
則仁
美由紀
喜美代
雄博
幸子
利哉
千代子
千春
佐和子
栄
智徳
年子
好登
好美
政志
要
有美子
亜樹
俊粛
川上 理恵
川上 真紀
木村 徹
久野 由博
公納 國雅
倉吉東高バレー
ボール部女子
鯉江 洋
小出 和欣
上月 順子
河野 史郎
小笹 信子
小谷 悦子
小林 定正
小林 恭子
斉藤 温子
坂井 尚子
坂本 哲朗
酒本 勇
酒本 まさ子
笹間 晴美
佐藤 秀樹
佐藤 正勝
佐藤 明美
柴崎 文男
柴崎
下田
城下
菅原
杉本
杉本
杉谷
鈴木
鷲見
清山
高木
高島
高橋
滝下
武部
田代
田中
田中
谷口
谷本
玉置
塚根
手島
十亀
徳山
哲
哲也
幸仁
みどり
寿彦
輝幸
篤志
愛瑠
美由紀
陽一
圭子
一昭
貢
美智雄
百合子
加奈江
京子
浩子
真一
幸子
絵美
悦子
良一
沙理
亜希子
仲市 素子
中島 秀子
中島 孝外
中田 千佳夫
中谷 孝
仲庭 茂樹
中原 公彦
中村 琴美
永江 則崇
西田 龍之介
野口 敬紀
野中 雄一
野山 順香
野呂 浩介
華園 究
原 智己
播口 恵理子
坂東 眞由美
平中 和子
廣瀬 孝男
廣田 尚享
藤井 彩
藤井 久恵
藤井 寛子
藤井 洋子
藤田 公子
藤丸 京子
藤原 明
船津 敏弘
ペットの病院
カトウ
堀田 あゆみ
本江 キクコ
前田 かおり
益田 和彦
増田 富子
増田 裕子
松井 加津代
松田 歩美
松本 富美代
松本 英樹
三浦 綾子
三嶋 京子
三宅 ゆかり
三好 由希子
ムーア 陽子
毛利 順子
望月 和美
本好 茂一
森岡 宏
森島 隆司
八木 賢裕
山木 幸枝
安田 圭一郎
保田 修一
矢田 新平
山形 静夫
山口 正純
山崎 浩司
山崎 智子
山下 節男
山下 茂
山下 祐子
山田 悌次
山中 克子
山根 剛
山根 義久
山根動物病院
山村 穂積
山本 和美
吉田 倭子
吉本 留美子
米原 善隆
綿貫 和彦
和田 茂雄
《表紙の動物》
フクロウ(Strix uralensis)国内では九州以北に留鳥として分布し、平地から亜高山帯ま
での森林に生息しています。夜行性で、小鳥や小型哺乳類などを捕食しています。このフ
クロウは親とはぐれて 1 羽でいるところを保護されました。餌の食べが悪い時期もありま
したが、すくすくと成長し、無事に野生復帰を果たしました。
(大野晃治)
編集部だより
Pinyo 第 15 号をお届けしました。今号では大学における野生動物の研究や救護活動などについて酪農学園大学
の浅川先生と岐阜大学の岡野先生からそれぞれの施設をご紹介いただきました。獣医系大学で野生動物に興味をも
ち、それを学ぼうと考える獣医学生が多い反面、教育を受けても社会に野生動物に関わる職があまりないという問
題点があるようです。大学での研究や教育をさらに伸ばしていただくことは必要ですが、そこで育った獣医師が活
躍する場を確保していくことも重要かと思われます。
投稿・お問い合わせなどは…(財)鳥取県動物臨床医学研究所 野生どうぶつ友の会
〒682-0025 鳥取県倉吉市八屋 214-10
Tel:0858-26-0851 Fax:0858-26-2158 E-mail:[email protected]
URL http://www.d-wildlife.com
ニュースレター「Pinyo」 Vol.15 (2008 年 2 月)
発行:
(財)鳥取県動物臨床医学研究所 野生どうぶつ友の会
編集:毛利 崇、大野晃治
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挿絵:福田 信子