社会ルールを作る実験 川越敏司(公立はこだて未来大学) はじめに 本

社会ルールを作る実験
川越敏司(公立はこだて未来大学)
はじめに
本論文では, 社会経済制度の研究にあたって, これまで実験経済学がどのようなパラダ
イムの下に研究を進めてきて, 今後どのような方向に進むべきなのかを簡潔に展望する.
はじめに第 1 節では, 科学哲学・フィールド実験・行動経済学からそれぞれ提出されて
いる実験経済学の方法への批判を整理して紹介する. こうした批判を受けて, 実験経済学
の方法の基礎である実験統制が, 逆に本来制度や社会規範の影響を受けながら行動してい
る人間行動をゆがませ, 見失わせる危険性があることを直視し, むしろ人間行動が深く制
度や社会規範の影響を受けていることを積極的に認めて, その影響のあり方を探求してい
く方法の革新が必要なことを述べる.
次に第 2 節では, 実験経済学におけるこれまでの社会経済制度の研究は, 3 つの研究プロ
グラムに分類することができることを示す. 第 1 に「社会のルールを学ぶ」というパラダイ
ムでは, 外生的に与えられた 1 つの制度において, 均衡が達成されうるか, 達成されないと
すればどのようなアノマリーや行動規範が見られるかを知ることを目的とする. 第 2 に「社
会のルールを選ぶ」というパラダイムでは, 外生的に与えられた複数の制度オプション内か
ら被験者が選択を行い, その上で選ばれた制度のもとで行動選択を行うというものである.
この研究プログラムでは, どのような制度が選ばれやすく, また選ばれた制度とその中で
選ばれる行動との関連性が追及される. 最後に「社会のルールを作る」という研究プログラ
ムでは, 被験者が与えられた問題を解決する制度を実験室内で自主的に, 創造的に設計す
る様子を観察する. そこでは, 被験者の選ぶ制度メカニズムは決して無限に多様にはなら
ず, あるフォーカル・ポイントが存在することが示される. こうしたフォーカル・ポイント
を文化・社会横断的に比較研究することが今後の課題となる.
このように社会経済制度の設計や政策決定に関わる実験は, 制度を外生的に与えること
から内生的に決定する方向へ進んできているといえるだろう. さらに今後, 実験経済学に
おける社会経済制度研究は, あらかじめ与えられた制度オプション内からの選択から, 実
験室内における制度の発生を研究する方向に向かうに違いない.
1. 実験経済学への批判
この節では, 実験経済学に対して寄せられている批判のうち, その方法論の中核に関わ
る 3 点について簡潔に述べる. 第 1 に科学哲学からの批判では, 実験においては検証したい
命題そのものは単独ではテストできず, その命題と組になった他の補助仮説を犠牲にする
ことで, 当該の命題の真偽はそれに都合の悪い結果からいつでも守ることができるため,
「決定的実験」などありえないとされる. 第 2 にフィールド実験からの批判では, 実験統制
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の徹底がむしろ被験者の行動をゆがませる危険があることが指摘され, さらに実験結果の
現実への適用可能性に関しても疑問が提示され, 実験室内で大学生の被験者をもちいるこ
とは決して「中立的で典型的な」状況を設定することにはならないとされる. 第 3 に行動経
済学からの批判では, 人は首尾一貫した理論によって問題に取り組むのではなく, 課題ご
とに過去の経験や類似性をもとにヒューリスティックスを当てはめて問題解決をしており,
そうした過去の経験は人によって異なるから, たとえ抽象的で中立的な実験環境を設定し
ても, そこには何らかの文脈が入り込まざるを得ない. そして, そうした文脈は社会や文化
の間で著しく異なっており, こうした人類学的差異を無視しては, 社会経済における人間
行動を理解できないとされる.
1.1 デュエム=クワイン・テーゼ:比較対照実験の限界
Bacon(1620)や Herschel (1830)に始まる帰納主義では. 科学的研究においては, 個別の
現象に関する法則性を発見し, 次にこれをより一般化するために, こうした法則性や理論
をさらに広い領域に適用して検証を図り, より広い範囲において検証されればされるほど,
その理論や法則性は強い確証を得たことになると考える. ここから, 仮定された原因や法
則性から個別的に検証可能な命題や帰結を導くことが科学の目的であるという仮説演繹法
という考えが生まれた. しかし, 実際には, 有限個の事例から一般的な法則性・普遍命題を
演繹することには問題がある.
帰納主義は, 理論はすべて事実に基礎をおき, 事実に還元
されるべきだという還元主義の立場に立つが, 事実の集積から理論を構築する作業には,
事実からの一般化という飛躍が避けられないことを見逃している.
Duhem(1954)は, 観察とは理論による解釈であると主張すると共に, 諸理論は互いに有
機的に関連しあっているという全体論をとなえた. 特に, Bacon (1620)がとなえたような
「決定的実験」はありえないと主張した. なぜなら, ある理論上の仮説を検証・反証する実
験が計画されたとき, 実はその仮説を単独でテストすることはできず, 実験者が手順どお
りに実験を進行した, 実験データを記録するコンピュータが正常に機能している, 検定を
行う際の統計ソフトが正しくプログラミングされている, などの補助仮説とともにしかテ
ストできないからである. したがって, 実際に実験に供されているのは, これらの諸仮説の
連言であり, その連言が反証されるということは, これらの諸仮説のうち少なくともどれ
か 1 つが反証されたというにすぎない. したがって, ある理論仮説が実験結果によって反証
されそうになっても, 実は実験者が手順どおりに実験を進行しなかったためだ, 被験者が
典型的なサンプルではなかった, などの言い訳がいつも可能である. したがって, Duhem
(1954)によれば, 理論は「決定的実験」のような経験的事実によって反証されることはない
ことになる. Quine(1953)はこの Duhem(1954)の主張をさらに拡張している. こうした全体
主義の考えを総称して Duhem=Quine のテーゼという.
Duhem=Quine のテーゼ以降の科学哲学は, 科学における真理や客観性は, 結局のとこ
ろ, ある一定のパラダイム内で受け入れられた価値観に受け入れられうるか否かによるの
2
であって, 客観的事実とか「決定的実験」による検証・反証などありえないと考えることに
なっている. したがって, Duhem=Quine のテーゼに従えば, 実験経済学において実験室内
で理論が検証されるとは言えないことになる.
1.2 フィールド実験からの批判∼実験統制と実験結果の生態学的・外部的妥当性∼
実験経済学の方法論の基礎は選好統制である. こうした選好統制にも関わらず, 最後通
牒ゲームや独裁者ゲーム, 信頼ゲームなど数多くの実験において, 被験者は公平性を追求
する選択をすることが観察されてきた. 従来の経済理論が利己的で合理的な選択を行うプ
レーヤーを想定しているのに対し, 合理的ではあるが利他的な選択を行うプレーヤーを想
定した理論が次々と発表され, こうした実験事実を解明する努力が行われている.
ところが, こうした過剰な実験統制が被験者の行動をゆがませ, 実験環境と現実世界と
の対応が取れなくなり, 実験結果の生態学的妥当性が失われる危険性をはらんでいること
が指摘されてきている.
これまでの二重盲検法にもとづく独裁者ゲームの実験ではサブゲーム完全均衡の予測に
より近い結果が得られているが, Frohlich, Oppenheimer and Moore (2001)は, この実験結
果に対してつぎのような疑問を投げかけた. つまり, 独裁者ゲームでは応答者は何も選択
する余地がないので, 提案者と応答者とを別々の部屋に隔離することで, 実はこの実験に
は応答者は存在しないという疑念を提案者に抱かせ, いかに実験者のウソを見破って多く
のお金を獲得できるかを試されているゲームだと提案者に勘違いされた結果, サブゲーム
完 全 均 衡 の 予 測 に よ り 近 い 結 果 が 得 ら れ た の で は な い か と い う の で あ る . Frohlich,
Oppenheimer and Moore (2001)は, 被験者にゲームでの意思決定と同時にアンケート調査
を実施し, 上記のような疑念を示す被験者ほど, 応答者に与える金額が少ないことを示し
た. つまり, 二重盲検法によって被験者がすでに身に付けている公平感の影響を実験的に
統制した結果, 被験者は実験者の意図とは全く異なるゲームをプレーするように方向付け
られてしまったのである.
さらに, こうした実験室実験に関して, 実験室内での実験結果が現実の経済において適
用可能であるか否かという生態学的・外部妥当性の問題が提起されている. Harrison and
List (2003)は, フィールド実験に関するサーベイを行い, 実験室実験との比較を行ってい
る. 実験経済学のような実験室実験では, 大学生を標準的な被験者プールとして採用して
いる. それは, 研究者にとって手近で利用しやすいという面もあるが, 経験の多い専門家ほ
ど, 過去の類似した経験に左右されすぎるという意味で, 典型的な被験者でない可能性が
あるからである. 大学生ならば経済学に直接関わるようなビジネス上の社会的経験は少な
いのでそうした心配はないし, 学力・理解力も十分ある. その意味で中立的な被験者層だと
考えられてきたのである. しかし, Harrison and List (2003)は, 大学生は決して中立的な
被験者層ではないとし, 仮にもしそうだとしても, 経済理論にとってそうした中立的で典
型的な被験者層にどんな意味があるかと逆に問いかけている. 中立的で典型的な被験者層
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による行動や反応は, 結局, 経済学者による思考実験と同じものにならざるをえない. それ
なら, 思考実験のほうが安上がりで効率的ではないか. 大学生がもし中立的で典型的な被
験者層でないなら, そのような偏った被験者を用い続ける根拠は乏しい. まして, 現実の経
済は大学生ではなく, 企業家や政治家によって動かされているのだから, そのような実験
室実験の結果は外部妥当性をもちえないだろう. Harrison and List (2003)によるこのよう
な主張には説得力がある.
実際, 現実の経済における経済主体は個人ではなく, 企業であり, 組織である. それを,
実験室において, 個人としての被験者に代行させるなら, 当然現実とはかけ離れた, ゆがん
だ像を提供することになるだろう.
1.3 行動経済学からの批判∼ゲームの認知と普遍主義の問題点∼
Loomes (1999)は, 人は経済理論が想定しているほど首尾一貫した, そして安定的な選好
をもっているわけではなく, むしろ各課題の目立った特徴に導かれて, その場限りの異な
るヒューリスティックスをもちいて問題解決する傾向があり, それらのヒューリスティッ
クス同士には内的整合性がない場合がある. したがって, 1 つの統一的な理論があらゆる実
験課題に当てはまると考えるのは誤りであり, 個別の実験の文脈において考えるべきであ
るとする. また, 文脈に依存しない抽象的・中立的な状況でも, 人は過去に経験した何か類
似のある具体的な状況を当てはめて考えている. そうすると, 被験者ごとに異なる具体的
な文脈が当てはめられていることになり, そうした実験ではそもそも実験統制に失敗して
いることになるのではないか.
また, Lowenstein (1999)は, 実験経済学では匿名性を徹底するが, 人は他人との関わり
の中でどのように行動するかを学んでいく. 抽象的で中立的で匿名の状況における意思決
定は不自然である. たとえ抽象的で中立的な状況を実現したとしても, そこで人が抽象的
で中立的に状況を考えているとは限らない. むしろ, 何か別の具体的な文脈に置き換えて
考え, 行動する可能性がある. 人を抽象的で中立的な状況におけば実験統制ができている
と考えるのは間違いである. 現実の意思決定では多くの人が, 金銭報酬そのものよりも地
位やステイタス, 名声・評判などの方を重視する. これらを排除してしまうことで, 実験経
済学は日常世界から離れてしまい, 実験の外部妥当性を失っていると主張している.
こうした問題を追及するに当たっては, Gilboa and Schmeidler (2001)の事例ベース意思
決定理論のように, 過去に類似した課題からの類推をもちいるという考え方が有力であろ
う. ゲーム状況に対する人の認知のあり方に関しては, 人は, 例えば後ろ向きの帰納法のよ
うな, ゲーム理論が想定するような探索を行わない. この起源を問うてみれば, やはり過去
における類似した状況における経験が重要な要素になっていると言えるだろう. 人は類似
性を基準にして, 新しく直面した状況を既存の経験に置き換えているのだとすると, 被験
者の行動を観察している者からすれば, 被験者は目の前にあるゲームをありのままにプレ
ーしていないことになろう. 複雑なゲームであればあるほど, 人はそれをより簡単な問題
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に分解し, 置き換えて, 判断している可能性が高い.
さらに, この問題は実験経済学における普遍主義の問題とも関わってくる. 従来から, 男
性と女性, 西洋と東洋, 都市と農村, 先進国と途上国, 年齢, 容姿の違いといった, 社会文
化的要因の違いによって, 被験者の行動が異なるという指摘がある. 例えば, 最後通牒ゲー
ムや市場ゲームをイスラエル,日本,アメリカ,ユーゴスラビアの 4 ヶ国で比較実験を行
った Roth, Prasnikar, Okuno-Fujiwara and Zamir (1991)によれば, 市場ゲームではすべ
ての国で均衡への収束が観察されたのに対し,最後通牒ゲームでは,どの国の実験におい
ても均衡への収束は観察されず,各国間の結果はそれぞれ有意に異なっていた.
Fershtman and Gneezy (2001)は, ヨーロッパ系ユダヤ人(A 群)とアジア・アフリカ系
ユダヤ人(E 群)を被験者として, 信頼ゲームと呼ばれる 2 人交渉ゲームにおける実験を行
い, 民族的差異の影響を実験的に調べている. イスラエル社会では A 群の方が教育水準や所
得水準が高く, E 群との違いは広く社会的に認知されている. 一般には教育水準や所得水準
の高い群の方が信頼されやすいので, イスラエル社会では「A 群の方が信頼できる」という
ステレオタイプが形成されていると考えられる. 実験の結果は, 応答者が A 群のときには,
提案者がどちらの群であっても提案額が大きいが, 応答者が E 群のときには, 提案者がどち
らの群であっても提案額が小さかった. この実験のポイントは, 「好意には好意で, 悪意に
は悪意で応える」という, 個別の相手の行動に応じて対応を変える応報的な互恵性よりも,
各々の民族に対する偏見やステレオタイプに応じて形成されてきた社会通念や文化の方が
行動に与える影響力が大きい可能性を示したことにある. このように, 社会文化的要因の
影響は無視できないものであるといえる. なお, 社会文化的要因の影響に関して, 15 カ国に
わたる横断的な研究を行ったものに Henrich, Boyd, Bowles, Camerer, Fehr and Gintis
(2004)がある.
しかし, 実験経済学の成果から発展してきた行動ゲーム理論では, 不平等回避や互恵性,
限定合理性のいずれの理論にしても, いついかなる場所で, どんな問題にも妥当する普遍
的な行動モデルを追及しているという問題がある. 実際, Roth and Erev (1995)や Fehr
and Schmidt (1999), Camerer and Ho (1999)は, それぞれのモデルのパラメータさえも具
体的に特定化して, こうした普遍主義を追及している. これは, 明らかな行き過ぎである.
ペルーの少数民族を相手に最後通牒ゲームの実験を行った Henrich (2000)は, Roth and
Erev (1995)や Fehr and Schmidt (1999)に見られる普遍主義に対する批判を行っている.
Henrich (2000)は, ペルーでの実験結果がアメリカで同様の形式をもちいて行った実験結
果と著しく異なっていることから, こうした普遍主義は誤りであると結論している.
Henrich, Boyd, Bowles, Camerer, Fehr, Gintis and McElreath (2001)は, 最後通牒ゲーム,
独裁者ゲームおよび公共財自発的供給ゲームの実験を, 世界各国から選んだ 15 の少数民族
に対して実施した. 実験結果は, これまでに行われてきた先進国での実験間で見られるよ
りももっと大きな国別の差異が見出された. いずれにせよ, 制度や文化, 歴史的要因が人間
行動に特有な仕方で影響しているのは確かであり, それを無視したモデル化はナンセンス
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である.
1.5 小括
実験経済学は, 選好の統制に必死になって, 実験室環境を精緻に整備し, 理論の検証に都
合のよいようにしてきた. いわば, どんどん理論に近い環境を作り出してきた. その代わり
に, 実験結果の外部妥当性を失ってきたのではないだろうか. 一般に, 人間行動は歴史的・
進化的に形成・維持されてきた制度や社会規範の影響を受けている. 交渉ゲームに現れる公
平感もそうした社会規範のひとつであろう. 進化心理学の知見によれば, 人間の認知や思
考様式は, 人間が進化の過程で直面した社会的状況に特定的な仕方で獲得されてきており,
そうした社会的状況と切り離しては考えられない. このことは, 実験統制を重視しすぎる
と, 人間の本来の認知や思考様式を見失わせる結果になりかねないことを示している. そ
して, 実際に Frohlich, Oppenheimer and Moore (2001)の実験は, そうした危険があるこ
とを示している.
実験経済学が独立した科学としての地位を築いていくにあたって重要であった実験統制
が, 逆に本来制度や社会規範の影響を受けながら行動している人間行動をゆがませ, 見失
わせる危険性があることは皮肉なことである. だから, むしろ人間行動が深く制度や社会
規範の影響を受けていることを積極的に認めて, その影響のあり方を探求していくべきで
ある. さらに, 人間行動が制度や社会規範を形成・維持している側面も見逃せない. 文化心
理学者の北山 (1998)はこうした両面的プロセスを「心と社会の相互構成過程」と呼んでい
る. また, 青木 (2001)は結合されたゲームという概念でもってこうした状況をモデル化す
る方向性を示している. それゆえ, 実験経済学の未来の方向性の1つとして, 実験統制によ
り制度や社会規範の影響を排除するのではなく, むしろ制度や社会規範を積極的に実験室
に取り組み, 制度や社会規範が人間行動を規定するとともに, 人間行動が制度や社会規範
を形成・維持する態様を明らかにするような実験計画を生み出していくことが必要であろ
う. こうした方向性を探求するにあたっては, 社会学や文化人類学, 文化心理学との共同作
業がますます必要であろう. 以下では, こうした方向に向けて, 実験経済学の方法論をどの
ように革新していくべきかを素描する.
2. 社会のルールを作る実験に向けて
Roth (1995)によれば, 実験経済学には3つの目的がある. 1つ目は, 「理論家たちに語
る」ための実験で, 経済理論やゲーム理論における理論仮説の検証や, 競合的な理論間の比
較対照を目的とした実験である. 2 つ目は, 「事実を追い求める」実験であり, 既存の理論が
まだ十分に解明していない要因の効果を探求し, 経験的に法則性を発見していくことを目
的とした実験である. 最後に, 「王子たちの耳にささやく」ための実験で, 社会経済制度の
設計や政策決定のための検討材料を提供したり, 競合するプラン同士の性能比較を目的と
した実験である.
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この節では, この 3 番目のカテゴリーに当てはまる実験を取り上げ, 実験経済学的手法に
よる実証研究が, 社会経済制度の設計や政策決定にどのように応用されてきて, 実験経済
学の方法や研究プログラムにどのような成果をもたらしたのかを述べていきたい.
こうした社会経済制度の設計や政策決定に関わる実験は, おおざっぱには制度を外生的
に与えることから内生的に決定する方向へ進んできているといえるだろう. さらに, 今後
は, あらかじめ与えられた制度オプション内からの選択から, 実験室内における制度の発
生を研究する方向に向かうに違いない.
これまでの研究は, 3 つの研究プログラムに分類することができるだろう. 第 1 に「社会
のルールを学ぶ」というパラダイムで, 外生的に与えられた 1 つの制度において, 均衡が達
成されうるか, 達成されないとすればどのようなアノマリーや行動規範が見られるかを知
ることを目的とするものである. 第 2 に「社会のルールを選ぶ」というパラダイムでは, 外
生的に与えられた複数の制度オプション内から被験者が選択を行い, その上で選ばれた制
度のもとで行動選択を行うというものである. この研究プログラムでは, どのような制度
が選ばれやすく, また選ばれた制度とその中で選ばれる行動との関連性が追及される. 最
後に「社会のルールを作る」という研究プログラムでは, 被験者が与えられた問題を解決す
る制度を実験室内で自主的に, 創造的に設計する様子を観察する. ここでは, 自明でない課
題が設定されるとともに, 現実の制度選択に貢献しうる課題を設定することで, 外部妥当
性の問題にも答えようとするのである.
2.1 社会のルールを学ぶ∼経済メカニズムの設計と学習∼
この節では, メカニズム・デザイン論にしたがって設計された最適メカニズムにおける均
衡の学習可能性について簡潔に述べる. はじめに支配戦略誘引両立的メカニズムの実験を
取り上げ, 均衡が弱支配戦略であるために, 複数の最適反応が存在するため, 十分な単純化
を行わない限り支配戦略がプレーされないことが示される. 次に, 公共財のある経済にお
けるナッシュ遂行メカニズムの実験を取り上げ, 学習理論の観点から見て望ましい性質(ス
ーパー・モジュラリティ)が満たされていないと, ナッシュ均衡が達成されないことが示さ
れる. 最後に, 市場実験を取り上げ, 市場均衡理論の想定する多くの仮定が満たされていな
くても十分高い効率性が実現されること, 特に予算制約に従う他はランダムに取引を行う
知性ゼロの取引者モデルでも均衡が達成されることが示される.
2.1.1 誘引両立メカニズムに関する実験研究
公共財供給問題において, プレーヤーの選好を擬線形(quasi-linear)のものに限定した場
合に得られる支配戦略誘引両立的メカニズムとして, ピボタル・メカニズムや Groves メカ
ニズム(Vickrey の 2 位価格オークションと合わせて, VCG(Vickrey-Clark-Groves)メカニズ
ムとも呼ばれる)が知られている.
ピボタル・メカニズムに関する実験研究では, このメカニズムが弱い誘引両立性しかもた
7
ないこと, すなわち, その支配戦略均衡が弱支配戦略によって構成されるために, 支配戦略
以外にも多数の最適反応が存在し, そのため支配戦略誘引両立的メカニズムであるにも関
わらず, ピボタル・メカニズムにおいては支配戦略均衡が達成しづらいことが示されている.
Kawagoe and Mori (2001)では, 分割不可能な 1 単位の公共財を生産するか否かの意思決定
を行うという状況の下でピボタル・メカニズムを実験的に検討したが, 支配戦略がプレーさ
れることはまれであった.
Mori and Soyama (2003)は, プレーヤー数が 2 名で, 表明できる需要の値を3つに限っ
たピボタル・メカニズムの簡略版による実験を実施している. 実験結果によれば, 真実表明
はそれほど高い割合でなされず, むしろ, クラーク税を 0 とするような需要表明を行うなど
のバイアスが観察されている.
川越・森(1998)では, 分割可能な公共財の供給量を決定する場合のピボタル・メカニズム
が実験的に検討された. このモデルでは, 各被験者は公共財への需要関数を直接表明する
ことになる. ただし, 簡単化のため, 各被験者の公共財への需要関数は 2 次関数とした. こ
のとき, 公共財への限界需要関数は 1 次関数となるが, 実験では, 各被験者に, 公共財への
限界需要関数の切片の大きさを表明させた. というのは, 限界需要関数の傾きの大きさが,
公共財供給量 1 単位の変化に対する利得の変化量を決めるため, この傾きを実験的に操作
することにより, 近似的に, 強い誘引両立性と弱い誘引両立性を実験的に実現できるため
である. しかし, 実際には支配戦略を選ぶ被験者は少なかった.
Saijo, Sjostrom and Yamato (2003)は, 社会選択対応が支配戦略均衡とナッシュ均衡の
両方の均衡概念で遂行可能であると共に, その条件を満たすメカニズムにおいて, 支配戦
略均衡以外にはナッシュ均衡が存在しないとき, そのメカニズムは社会選択対応を安全に
遂行する(secure implement)と呼んだ. さらに, Cason, Saijo, Sjostrom and Yamato (2006)
は, 安全遂行メカニズムの条件を満たす分割可能な公共財供給に適用された Groves メカニ
ズムと, それを満たさないピボタル・メカニズムとの比較実験を行っている. 実験結果によ
れば, Groves メカニズムにおける方が真実表明の割合が高くなることが示されている. た
だし, この実験では川越・森(1998)と違って 2 人ゲームに簡略化されたゲームをプレーさせ
ている. このように, 分割可能な公共財供給に適用されたピボタル・メカニズムや Groves
メカニズムは厳密な誘引両立性を満たすが, 2 人ゲームにするなどの単純化を行わなければ,
真実表明を誘発する可能性が低いといえるだろう.
2.1.2 ナッシュ遂行メカニズムの実験
Chen and Plott (1996)および Chen and Tang (1998)は, 公共財のある経済におけるパレ
ート最適な配分をナッシュ均衡で遂行するメカニズムのうち, Groves-Ledyard メカニズム
と Walker メカニズムを取り上げ, 理論の想定するような性能をこれらのメカニズムが発揮
できるのかどうかを実験室の中で検討した.
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Groves-Ledyard メカニズム
3 人以上のプレーヤーがいる公共財のある経済において, パレート最適な資源配分を達成
するメカニズムが Groves-Ledyard メカニズムである. まず, プレーヤーは全部で n 人いる
とし, プレーヤーi は公共財供給量への自分の追加的需要 xi を表明する. このとき, すべて
のプレーヤーの追加需要分の合計 X =
∑x
i
i
の水準の公共財が供給される. ここで, q を公
共財 1 単位あたりのコスト(限界費用), S i =
∑
j ≠i
x j を i 以外の追加需要の合計,
(x j − µi ) 2
Si
2
µi =
を i 以外の追加需要の平均, σ i = ∑ j ≠i
をその分散とすると, プレー
n −1
n−2
ヤーi は
ci ( xi ) =
X
γ ⎧n −1
⎫
q + ⋅⎨
( xi − µ i ) 2 − σ i2 ⎬
n
2 ⎩ n
⎭
だけの費用を負担させられる. γは定数である. 公共財供給水準が X のとき, i が受け取る便
益 を ui ( X ) と す る と , i は 他 の プ レ ー ヤ ー の 追 加 需 要 の 合 計 S i を 所 与 と し て 利 得
π i = u i ( X ) − ci ( xi ) を最大にするような xi を選ぶことになる. このとき, 均衡において,
公共財のある経済におけるパレート最適な公共財供給を達成するための条件であるサミュ
エルソン条件, すなわち, 各プレーヤー体の限界便益の和が限界費用に等しいという条件
が満たされることが証明できる. さらに, 各プレーヤーが公共財生産のために負担する費
用の合計が規模 X の公共財の生産費用 qX をちょうどカバーすることになるので, 予算均衡
条件が満たされている. すなわち, 私的財の市場も均衡している. よって, Groves-Ledyard
メカニズムのもとではパレート最適な資源配分が達成される.
Walker メカニズム
3 人以上のプレーヤーがいる公共財のある経済において, パレート最適かつ個人合理的な
資源配分を達成するメカニズムが Walker メカニズムである. Walker メカニズムでは, パレ
ート最適性と個人合理性をともに満たすリンダール均衡をナッシュ遂行する. さらに, メ
カニズムの運用に要求される情報量が極めて少ないことは注目に値する.
実験による評価
Chen and Plott (1996)および Chen and Tang (1998)の実験では, 5 人 1 グループで公共
財実験を行った. 各プレーヤーの公共財から受ける便益 u i ( X ) は, プレーヤーごとにそれ
ぞれ係数が異なる 2 次関数 u i ( X ) = Ai X − Bi X + α i とした. Groves-Ledyard メカニズム
2
については, 費用負担関数 ci ( X ) 中のパラメータγが 1 の場合と 100 の場合を用意し, これ
らを Walker メカニズムと比較した. これら3つの条件とも, 均衡における公共財供給量お
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よびプレーヤーの利得は同じになるようになっている. 100 ラウンドの実験を行った結果,
ナッシュ均衡に収束したのはγ=100 の Groves-Ledyard メカニズムであり, Walker メカニ
ズムやγ=1 の Groves-Ledyard メカニズムはほとんどナッシュ均衡へ収束しなかった.
Chen and Plott (1996)および Chen and Tang (1998)は, γ=100 の Groves-Ledyard メカニ
ズムの性能のよさを説明するために, 次の点に着目した. Groves-Ledyard メカニズムにお
いて, 公共財評価関数が擬線型(quasi-linear)であるとき, すなわち, ある二階微分可能な凹
関数 vi について u i ( X ) = vi ( X ) − ci ( xi ) であるとき, 利得関数 π i = u i ( X ) − ci ( xi ) はスー
パー・モジュラリティを満たす. なぜなら,
∂π i
∂ 2 ui
1
=
+γ
2
n
∂xi ∂x j ∂X
なので,
⎡
⎧ ∂ 2ui
⎢⎣
2
⎫⎤
∂π i
, ∞ ⎬⎥ ならば
≥ 0 となるからである. スーパー・モジュ
∂
∂
x
x
∂
X
⎥
i
j
⎩
⎭⎦
γ ∈ ⎢− min i∈N ⎨
ラリティを満たすゲームにおいては, 多くの学習ルールのもとでナッシュ均衡への収束が
保証されている(Milgrom and Roberts (1990), Topkis (1998)). 実験において, γ=100 の
Groves-Ledyard メカニズムの学習性能が良好だったのは, 利得関数がスーパー・モジュラ
ーであったためだと考えられている.
2.1.3 市場メカニズムの実験
市場メカニズムに関する数多くの実験結果は,情報の完全性や無数の取引主体の存在,
プライス・テイカーの仮定などの市場均衡理論の多くの前提が満たされていないにも関
わらす, 総余剰を最大化するパレート最適な資源配分が達成可能であることを示して
いる.
Gode and Sunder (1993)は, 売り手は費用以上の価格をランダムに,買い手は財の
評価値以下の価格をランダムに値付けして取引を行うコンピュータ・プログラムによっ
て, ダブル・オークション市場メカニズムを実験的にテストした.これらの経済主体は,
予算制約条件を考慮する以外には,ただランダムに行動しているだけである. Gode and
Sunder (1993) は , こ う し た 限 定 合 理 的 な プ レ ー ヤ ー を 知 性 ゼ ロ の 取 引 者 (zero
intelligence trader)モデルと呼んでいる.
驚くべきことに, こうした知性ゼロの取引者モデルたちが市場で取引した結果実現した
総余剰は, 理論的に予想される値の 95%を超えており,たとえ経済主体は合理的ではなくて
も市場は効率的になりうることが示されたのである.取引価格の時系列を見ても, 予算制約
のもとでランダムに価格を決める知性ゼロの取引者の取引が, 人間の被験者の取引と類似
していて, 市場均衡に近い価格を実現していることがわかった.
10
2.2. 社会のルールを選ぶ∼公共財自発的供給ゲームの社会制度設計への応用∼
この節では, 公共財自発的供給ゲームを基礎として, ただ乗りする者に罰則を与えたり,
グループに貢献する者に報奨を与えたりする制度を付け加えた実験を簡潔に紹介する. こ
の場合, 罰則を与えるにしても報奨を与えるにしてもコストがかかるため, 個人の利得最
大化の観点からは, いずれの制度のもとでも罰則・報奨は用いられない. したがって, 結局
もとの公共財自発的供給ゲームに還元されることになるが, 実験では罰則・報酬がもちいら
れ, それにともない公共財への貢献が増加することが示されている. さらに, こうした罰
則・報奨制度のいずれかを投票によって内生的に決定させると, そこで決定された制度が罰
則・報奨いずれであるかによって, その後の被験者の行動が影響を受けることが示される.
さらに, 制度の選択が行動規範に影響を与えると共に, 行動規範に与える影響を予期して
制度の選択がなされていることも明らかにされている. このように, 人間の行動に制度が
深く関わっていることを知ることができる.
2.2.1 罰則・報奨をともなう公共財自発的供給ゲームの実験
Fehr and Gachter (2000)は, 公共財自発的供給ゲームの後に, コストをかけて他のメンバ
ーを罰する機会を与えた実験を行った. ただ乗りした他のメンバーを罰する機会を与える
のである. この実験では, 各メンバーは通常の公共財自発的供給ゲームをプレーした後に,
自分の利得を 1 単位犠牲にすることで指定した他のメンバーの利得をβだけ減らすことが
できることとした. この場合の利得関数は, 各メンバーi が他のメンバーj を罰するために犠
j
牲にした利得の合計額を y i とすると,
π i = wi − xi + α ∑ j x j − ∑ j y ij − β ∑ j y ij
となる. ここで, 右辺の最後から 2 番目の項はメンバーi が他のメンバーj を罰するために犠
牲にした利得の合計額であり, 最後の項はメンバーi が他のメンバーj から受けた罰則の合
j
計額である. 相手に罰を与えるために支出する額 y i は純粋にマイナスである. また, メン
バーi は最後の項である他のメンバーから受ける罰則は選択できない. したがって, サブゲ
ーム完全均衡では, 利得を最大化するには, y i を 0 にするほかはない. こうして, 第 1 ステ
j
ージでは, 通常の公共財自発的供給ゲームをプレーすることになる. よって, xi = 0 とする
ことが最適である. このように, ただ乗りするメンバーにコストをかけて罰する機会があ
っても, 実際にはそうした罰則は用いられないのだから, 均衡結果としては通常の公共財
自発的供給ゲームと同じになるはずである. しかし, Fehr and Gachter (2000)によれば, 罰
則をかける機会がある方が公共財への貢献額が増加するのである.
今度は, Fehr and Gachter (2000)とは逆に, 公共財に貢献した人にコストをかけて報償
11
を 与 え る 効 果 を 見 て み よ う . Sefton, Shupp and Walker (2002) お よ び Walker and
Halloran (2004)の実験である. この実験では, 各メンバーは通常の公共財自発的供給ゲー
ムをプレーした後に, 自分の利得を 1 単位犠牲にすることで指定した他のメンバーj の利得
をγだけ増やすことができる. この場合の利得関数は, 各メンバーi が他のメンバーj に報償
j
を与えるために犠牲にした利得の合計額を z i とすると,
π i = wi − xi + α ∑ j x j − ∑ j z ij + γ ∑ j z ij
となる. ここで, 右辺の最後から 2 番目の項は, メンバーi が他のメンバーj に報償を与える
ために犠牲にした利得の合計額であり, 最後の項はメンバーi が他のメンバーj から受けた
報償の合計額である. このゲームもサブゲーム完全均衡によって解くと, 第 2 段階目の報償
を与えるステージでは z i = 0 が最適なので, 結局第 1 ステージでは, 通常の公共財自発的
j
供給ゲームをプレーすることになる. よって, xi = 0 とすることが最適である. この場合も
やはり, 均衡結果としては通常の公共財自発的供給ゲームと同じになるはずである. しか
し, Sefton, Shupp and Walker (2002)および Walker and Halloran (2004)は, 罰則より報
償の方が公共財の貢献額の増加には効果があることを示している.
Masclet, Nousair, Tucker and Villeval (2003)は, 金銭的な罰則と非金銭的な罰則(口頭
での非難)の比較をしており, その効果に違いがないことを示している. Nikiforakis (2004)
は, 2 段階目の罰則のステージの後, さらに相手に報復するステージを追加した場合を検討
したところ, 相手からの報復を恐れて 2 段階目の罰則額も公共財の貢献額も, 罰則をかけら
れるが報復の機会がない場合に比べて減少するという結果を示している.
2.2.2 公共財供給ゲームにおいて罰則あるいは報奨制度を内生的に選ぶ実験
Sutter, Haigner and Kocher (2005)は, 2 段階目に罰則ステージがある公共財自発的供給
ゲームと 2 段階目に報償ステージがある公共財自発的供給ゲームのどちらをプレーするか
を, 被験者に全員一致投票により決定させる実験を行った. 彼らの実験によれば, 2 段階目
に報償ステージがある公共財自発的供給ゲームが投票で選ばれやすいということであった.
投票制度を多数決に変更して行った Kawagoe and Wada (2005)の実験では, 2 段階目に
罰則ステージがある公共財自発的供給ゲームの方がメンバー全員の公共財供給量が多くな
るという期待のもとに, 2 段階目に罰則ステージがあるゲームが好まれるという結果を報告
している. また一方で, この実験では, 公共財への貢献の多い被験者が罰則を受けるという
アノマリーが報告されている. これは, 第 1 ステージの公共財供給が終わったあと, 各メン
バーの公共財供給量が明らかになったとき, 貢献が少なかった被験者が貢献の多い被験者
から罰を受けると予想し, 罰には罰をもって応じるという応報論理に従って貢献の多い被
験者に罰則を与えたところ, 貢献の多い被験者はそもそも公共財に貢献したために利得が
12
減っているので, ただ乗りした被験者に罰を与えなかったためであると考えられている.
2.3 社会のルールを作る∼内生的制度設計実験に向けて∼
ここまで紹介した実験研究では, 外生的に与えられた 1 つの制度において, 均衡が達成さ
れうるか, 達成されないとすればどのようなアノマリーや行動規範が見られるかを知るこ
とを目的とするものであったり, 外生的に与えられた複数の制度オプション内から被験者
に選択を行わせた場合には, どのような制度が選ばれやすく, また選ばれた制度とその中
で選ばれる行動にはどのような関連性があるかが追及された.
この最後の節では, 被験者が与えられた問題に対する制度を実験室内で自主的に, 創造
的に設計する様子を観察する実験について簡潔に述べる. こうした実験では, 自明でない
課題が設定されるとともに, 現実の制度選択に貢献しうる課題を設定することで, 外部妥
当性の問題にも答えようとするのである.
はじめに紹介するのは, 3×3 ゲーム一般をプレーする一般の戦略をデザインする実験で
ある. これは, いわば被験者に 3×3 ゲームというゲーム形式におけるメカニズムを設計さ
せる問題になっている. 1 回限りのゲーム状況において, 被験者が選ぶ戦略は, パレート効
率的な結果をインプリメントするものと, 合理性の階層モデルであった. 合理性の階層モ
デルでは, ランダム・プレーに対する最適反応, その最適反応に対する最適反応のように,
より高い階層の合理性を持つプレーヤーは, それ以下の合理性をもつプレーヤーに対する
最適反応をプレーするものと考える. あるいは, 言い換えれば, 初期値をランダム・プレー
にしたクールノー学習を, 頭の中でシミュレートした戦略といっても良いだろう. このよ
うに, 未知のゲームにおいて被験者が選ぶ一般の戦略は, 無限に多様なものではなくて, パ
レート効率的な配分であったり, クールノー学習によって到達可能なものであるといった
フォーカル・ポイントが存在するのである.
次に紹介する実験は, 公共工事入札における談合形成に関するものである. この実験で
は, 被験者は別払い可能な談合メカニズムを設計する. 純戦略の均衡が存在しないので, ど
のようなメカニズムを設計すればよいかは自明な課題ではない. しかし, 実際に実験で選
ばれた談合メカニズムは, 1 人のプレーヤーだけが有効な入札を行って利益を配分する集中
型や, 談合メンバーが順番に落札者になるローテーション型, あるいはランダムに落札者
を選ぶランダム型などの, 比較的良く知られた受注調整メカニズムが見られた. やはり, こ
の場合も, 被験者の選ぶ談合メカニズムは無限に多様にはならず, あるフォーカル・ポイン
トが存在するのである.
また, この実験では, 実験室内に現実の公共工事入札と同規模のメンバー構成や制度環
境で実験を行えるため, より外部妥当性の高い実験設計が可能になっている.
2.3.1 3×3 ゲーム一般をプレーする一般の戦略をデザインする実験
Selten, Abbink, Buchta, and Sadrieh (2003)による実験は, はじめて直面するゲーム的
13
状況に対し, 人がどのようなヒューリスティックスを用いるのか, その構造を調べるため
に計画された.
2
X
Y
Z
A
a, j
b, m
c, p
B
d, k
e, n
f, q
C
g, l
h, o
i, r
1
表 3.1 3×3 戦略形ゲームの一般形
実験では, 被験者は表 3.1 に示された 3×3 戦略形ゲームをプレーするが, プレーするゲ
ームがどのような利得構造であるのか知らされない状態で, このゲームをプレーするプロ
グラムを作成するよう要請される. 実際にゲームをプレーする段階で, コンピュータ・プロ
グラムによって利得表内の各セルにある a から r までの 18 個の利得の値には, 0 から 99 ま
での整数値がランダムにかつ独立に割り当てられる. こうしたゲームは合計 50 万個作成さ
れ, 各プレーヤーは両方のプレーヤーの役割をそれぞれ 1 回ずつプレーした. プログラムは
1 回限りのプレーを前提として作成されている. このようにして, 被験者は特定の利得構造
をもつゲームに対する戦略ではなく, 3×3 戦略形ゲーム一般をプレーするためのヒューリ
スティックスをプログラムとして表現するように要請されたのである.
実験結果によれば, 純戦略ナッシュ均衡があるゲームでは, セッションの経過にしたが
って均衡プレーが 51%から 74%に増加し, プレーヤー相互の利得を最大化するパレート効
率的な結果が選ばれやすかった.
純戦略ナッシュ均衡がないゲームでは, 相手プレーヤーがすべての純戦略を均等な確率
でプレーすることを前提として, それに対する最適反応をプレーする戦略 MAP(最大平均
利得(Maximal Average Payoff))や, MAP 戦略に対する最適反応を選ぶ戦略 BR-MAP, また
BR-MAP 戦略に対して最適反応をプレーする戦略 BR-BR-MAP が観察された.
こうした戦略は, 合理性の階層モデルと呼ばれているものである. 実際の実験では, 検討
されているゲームに十分習熟している被験者から, ゲーム的な相互依存の意思決定状況に
対して十分な経験のない被験者まで, 様々なタイプの限定合理的な被験者から構成されて
いると考えた方がよい場合もある. Stahl and Wilson (1995)は, 実験における被験者行動を,
次のような限定合理性のレベルの違うプレーヤーの階層構造として考えることができるこ
とを示し, 実験データによる推計を行っている. まず, レベル 0 と呼ばれる限定合理的なプ
レーヤーは, すべての純戦略を等確率で選ぶランダム・プレーを行う. これがもっとも合理
性のレベルが低いプレーヤーであると考える. 次に, レベル1と呼ばれる限定合理的なプ
レーヤーは, 自分の相手のプレーヤーがレベル 0 のプレーヤーであると考え, レベル 0 のプ
レーヤーがすべての純戦略を等確率で選ぶという行動を取ることを前提に, それに対する
14
最適反応をプレーする. さらに, レベル K と呼ばれる限定合理的なプレーヤーは相手プレ
ーヤーがレベル K-1のプレーヤーであると考え, レベル K-1のプレーヤーがレベル K-2 の
プレーヤーに対する最適反応をプレーすることを前提に, そのレベル K-1のプレーヤーの
行動に対する最適反応をプレーする. このようにして, 帰納的にレベル K のプレーヤーを
定義する. また, K を十分大きくした極限として, 均衡をプレーするプレーヤーを考える.
これが合理性の階層モデルである.
2
MAP
BR-MAP
BR-BR-MAP
MAP
62, 62
45, 76
57, 52
BR-MAP
76, 45
56, 56
36, 72
BR-BR-MAP
52, 57
72, 36
50, 50
1
表 3.2 実験プログラムの平均利得
さて, Selten, Abbink, Buchta, and Sadrieh (2003)の実験において見出された MAP 戦略,
BR-BR-MAP 戦略および BR-BR-MAP 戦略というこの 3 つの戦略のみに限定して, それぞ
れが実験で実際に獲得した平均利得をもとめてみると表 3.2 になる. この表 3.2 からわかる
よ う に , MAP 戦 略 が BR-BR-MAP 戦 略 に 対 す る 最 適 反 応 と な っ て い る . よ っ て ,
BR-BR-MAP 戦 略 よ り 上 の 階 層 を 考 え る 必 要 は な い わ け で あ る . 実 際 , 実 験 で も
BR-BR-MAP 戦略より上の階層のプレーは生じなかった.
このように, Selten, Abbink, Buchta, and Sadrieh (2003)の実験によれば, パレート効率
的な結果を選ぶ相互利得最大化プレーと並んで, 合理性の階層モデルが, 3×3 戦略形ゲー
ム一般をプレーするためのヒューリスティックスとして選ばれることがわかったのである.
2.3.2 談合メカニズムの創発
ここでは, 川越(2003)による入札談合に関する実験を紹介する. そこでは, 北海道におけ
るランダムカット式指名競争入札が検討されている.
この研究では, 各入札者にとっての工事費用は共通で共有情報の場合を考えている. ま
た, 予定価格も事前に公表されている. 最低制限価格の設定, 落札不調時の入札執行のやり
直し, および落札辞退については, 簡略化のため実験では取り上げていない.
プレーヤーは入札前に互いに話し合いができ, かつグループ内で別払いを行える談合グ
ループと, 談合グループおよびアウトサイダー間で, 入札前の話し合いも別払いも行えな
いアウトサイダーの2グループに分かれる.
ランダムカット方式では, 入札者の一部が確率的に入札から排除されてしまう. 理論的
分析によれば, ランダムカットを入札後・落札決定前に行う場合, ランダムカット式指名競
争入札には純戦略の均衡点が存在しない.実験では, 談合グループが 3 社にアウトサイダー1
15
社の計 4 社のうち, 1 社がランダムカットされる経済環境で入札実験を行った.
実際に実験で選ばれた談合メカニズムは, 1 人のプレーヤーだけが有効な入札を行って利
益を配分する集中型や, 談合メンバーが順番に落札者になるローテーション型, あるいは
ランダムに落札者を選ぶランダム型などの, 比較的良く知られた受注調整メカニズムが見
られた. やはり, この場合も, 被験者の選ぶ談合メカニズムは無限に多様にはならず, やは
りあるフォーカル・ポイントが存在するのである.
おわりに
本稿では, 実験室実験に対して科学哲学・フィールド実験・行動経済学からなされた批判
を検討し, それらが一定の妥当性をもっていることを認めたうえで, そうした批判を踏ま
えて, 実験経済学が社会経済制度の研究にどのように貢献できるのか, その道筋を示そう
とした.
命題はそれ自体単独でテストされえないという科学哲学からの批判に対しては, 実験の
目的を命題の検証・反証に限定せず, 社会経済過程のトータルな理解を目指す手段と見るこ
とが有益であろうと思われる. 命題の真偽は客観的に判定できないし, またわれわれ研究
者自身がそこに埋め込まれている制度的束縛から逃れられず, 社会や文化の文脈から逃れ
られないのであれば, むしろそのことを積極的に認めて, わたしたちが実験室の中に見ら
れる経済社会現象にどのような物語を読み込んでいるのかを明示的にすべきである. した
がって, 実験環境を抽象的・中立的な文脈に設定することに過敏になりすぎず, むしろ具体
的で文化や社会に特定的な文脈が実験室内で生まれてくる様子を発見する道具として実験
室実験を考えてみてはどうだろうか.
社会経済制度の設計に関して, メカニズム・デザイン論から提案された様々なメカニズム
の性能が実験室内でテストされてきたが, 理論的には満足のいくメカニズムが必ずしも実
験的に良い性能を発揮するわけではない. 均衡行動よりむしろクールノー学習のような適
応学習によって, 均衡やパレート最適な配分が達成されやすいという観察がある. このこ
とは, 人が未知の制度の内部でどのような行動規範に従いやすいかを示唆している.
また, 実際にゲームをする前に適用されるルールを投票で選べる場合, ゲームでの行動
は選ばれた制度と強い相関をもっている. あるいは, 被験者が誘発したいと思っている行
動規範をサポートする制度が選ばれる. このように, 被験者の行動は制度の詳細に深く影
響を受けており, 制度と行動との間には強い相関がある.
このような制度と行動との間の補完性を踏まえれば, では人が自由に制度を設計すると
したらどのような制度を設計するのか, そしてその制度から含意される行動規範はどのよ
うなものかという疑問が生じる.
このような問題意識の下で実施された, 社会のルールを作る実験から示唆されるのは,
人はプレーするゲームの詳細(この場合利得関数)に関して未知であっても, そこで選ばれ
る戦略は, パレート効率的な配分を選ぶものであったり, クールノー学習的なものといっ
16
た, ある典型的な構造が見られることである. 先にフィールド実験を行う者や行動経済学
者から, 被験者は決して抽象的・中立的な文脈でプレーするのではないという批判を紹介し
たが, かといって被験者は無限に多様な文脈で行動するのではなく, そこにはあるフォー
カル・ポイントがあり, それがパレート効率的な配分やクールノー学習なのだということで
ある.
また, さらにわれわれが制度を設計したり, 比較検討するに当たっては, 精緻な均衡理論
や学習理論を考慮するよりは, パレート効率的な配分やクールノー学習のようなものを考
えておけば十分なのかもしれない. 事実, ナッシュ遂行メカニズムの実験や市場実験はそ
うした可能性を示唆している. こうしたフォーカル・ポイントになる制度的特徴を, 文化・
社会横断的に検討することも, 今後必要になってくると思われる.
17
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