5 少人数指導における評価の工夫

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(1)
少人数指導における評価の工夫
少人数指導における評価の意義
教育評価の目的は,よりよい教育を創造し,児童生徒のよりよい学習・発達を実現する
ことにあります。楽しく,分かる授業を創造するためには,指導方法の工夫改善だけでな
く,目標が明確となっていること,評価が授業改善のための行為として指導に組み込まれ
ることが大切です。評価は,目標をどれだけ達成できたかを把握するもの[目標と評価の
一体化]であり,目標の実現のために指導に生かすもの[指導と評価の一体化]でなけれ
ばならないのです。
すべての児童生徒に最適となる学習方法は,一つに特定できるものではありません。一
人一人の児童生徒によって適した学習方法はそれぞれ異なります。学習集団を少人数にす
ることの意義は,一人一人の特性に応じて多様な学習活動を組織し,評価を生かしたきめ
細かな指導を一層推進できる点にあります。評価を少人数指導に生かすためには,児童生
徒のもつ特性を多様な評価方法により的確に把握するようにし,個人差のどのような側面
に対応し,どのように学習集団を編成し,どのように指導するか,について明確にした指
導と評価の計画が大切になります。
(2)
児童生徒の特性をとらえる視点
少人数指導に当たっては,学習集団の組織化について柔軟な考え方が求められます。単
に集団を少人数化するだけではなく,児童生徒の学習特性にきめ細かく応ずることができ
るようにすることが大切です。そのためには児童生徒の特性を多様な視点で把握するよう
にしなくてはなりません。
昭和59年,文部省で刊行した『小学校教育課程一般指導資料Ⅲ − 個人差に応じる学習
指導事例集』では,個人差についてその諸側面を,① 達成度としての学力差
度,学習の仕方の個人差
心の個人差
③ 学習意欲,学習態度,学習スタイルの個人差
② 学習速
④ 興味・関
⑤ 生活経験的背景の個人差,のように示しています。また,平成3年に文
部省で刊行した『中学校教育課程一般指導資料
教育課程の編成と学習指導の工夫』では,
生徒の特性について,①生徒の興味・関心による違い,②生徒の学習方法・学習スタイル
の違い,③生徒の学習の習熟の程度の違い,④生活経験的背景の違い,を挙げています。
このように,知識・理解だけではなく,興味・関心や意欲,態度までも含めて個人差と
とらえるならば,個人差を質的にとらえる道が開かれ,一人一人を生かす方法が明らかに
なってきます。
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少人数指導における評価の基本的な考え方
評価の目的 : 児童生徒のよりよい学習,よりよい授業の創造
評価の主体 : 教師,児童生徒,保護者
評価の対象 : 一人一人の児童生徒 , 授業・指導
個をとらえる側面を多面的に
¾学習特性を多様な視点で把握(達成度だけでなく興味・関心や学習スタイルも)
学習特性を多様な視点で把握(達成度だけでなく興味・関心や学習スタイルも)
¾目標に準拠した評価の重視(4観点の評価規準により評価)
¾個人内評価の重視(横断的・縦断的に一人一人のよさや進歩の状況を評価)
多様な方法により把握する
数値化するだけでなく
評価の時期を多様に
分析的な評価
記述的な評価
評価方法を多様に
テスト法 観察法
診断的評価の活用
過程における評価
作品法 ポートフォリオ法
ポートフォリオ法
評価を生かした少人数指導
どのような個人差に着目し,どのような少人数指導を行うか
評価を生かした少人数学習集団の編成
評価を生かした学習課題・学習活動の開発
評価を生かしたきめ細かな指導・支援の工夫
評価を生かした発展的な学習,補充的な学習
生徒は自分の学習状況を把握し,
学習を進めることができる
個の特性
に応じた
学習活動
教師は,児童生徒の学習状況を
確認して授業展開できる
評価資料を次時・単元の指導に生かせるように整理
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(3)
学習状況の把握
少人数指導においては,一人一人の児童生徒の学習状況をきめ細かく把握することが可
能となります。単に,テストの点数や表出された行動を把握するだけではなく,
・
どのように取り組もうとしているのか(取り組んだか)
・
どのように考えているのか(考えたか)
・
どのような分かり方をしているのか(分かり方をしたか)
について,児童生徒の内面の様子を読み取ることが大切です。
》》》》》》
つぶやきに耳をかたむけよう
《
《《《《《
学習の様々な場面で,児童生徒のつぶやきを通して,学習状況を評価することができます。
耳をかたむけてみましょう。
診断的評価 ……学習への心の準備は十分にできているでしょうか。
□学習に対する積極性
これを学ぶことでこんなことができるようになるぞ
□学習方法に関する知識
繰り返して練習するとできるようになる
前に学習したことを思い出すと,学習が楽になる
自分で考え出したやり方の方がよく覚えられる
□自分の学習特性の知識
短時間集中してやるのが自分に合っている
形成的評価 ……学習の状況を的確にとらえているでしょうか。
□学習方法の選択意識
前にやったことのある方法を試してみよう
どのやり方・学習方法がいいのだろう
□学習への見通し
この問題なら簡単に取り組めそうだ
できそうなところからやってみよう
□学習過程の調整意識
本当にこれでいいのかな
もっといいやり方はないだろうか
□他者との比較
友達の考えのよさは何だろう
○○さんと同じやり方を試してみよう
□自己評価に関する知識
ここまでできれば理解できたことにしよう
友達より上手ではないけれど,前回よりできている
総括的評価 ……意欲や主体的に学ぶ力が確立されているでしょうか。
□学習結果の把握
何が分かった(何を働かせた)から,うまくできたのだ
ろう
同じ問題が出たらできるだろうか
□学習方法に関する知識
大事な点は何だろうと考えながら読むとよく分かる
友達に一度説明すると,考えがはっきりする
□肯定的な自意識
これとこれはできたよ
思いどおりにできたぞ
□次の学習への意欲
今度は,こんなふうにやってみよう
次は,全部できるようにしよう
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(4)
きめ細かな指導
少人数指導やTTは,きめ細かな指導を行うための条件整備にすぎません。大切なこと
は,少人数指導やTTを通して,どのように一人一人の児童生徒にきめ細かに指導してい
くかという道筋を明確にすることです。きめ細かな指導とは、一人一人の児童生徒の表出
された行動だけでなく、その内面にある理解や戸惑い、興味・関心等をきめ細かく把握し、
個々の学習状況に応じて指導することを意味します。下は,一人一人の児童生徒の学習活
動の内面にある論理を読み取り,それぞれに応じてきめ細かに指導した事例です。
評価を生かした指導の工夫 【小学校 算数科 5年
三角形の面積の求め方を考える授業】
1㎝
右のような三角形の面積の
A
1㎝
求め方を考えましょう。
B
A児
B児
既習の何を使えばよいか分か
らず,方眼に沿って,三角形を
バラバラに切り刻んでいる。
↓
子どもの論理
面積は,単位面積いくつ分か
を求めればよい。
でも,斜めの部分があるな。
困ったな。斜めの部分を組み合
わせると,単位面積にならない
かな。
↓
きめ細かな指導
・面積の測定の意味に基づいて
取り組もうとしていることを
まず認める。
・平行四辺形の面積を求めたと
きの考え方を想起させる。
・長方形や平行四辺形に変形す
るための切り口に気付かせる。
変容
↓
バラバラにするのではなく,
平行四辺形の時と同じように,
既習の図形に変形すれば求めら
れることが理解できた。
C児
既習の図形に変形し,面積を
求めることができたが,それで
満足し,活動が停滞している。
↓
子どもの論理
前に習った平行四辺形の時の
ように,変形すれば面積は簡単
に求まるだろう。
やったー。求められたぞ。
答えが出れば,もう終わり。待
っていればいいんだ。
↓
きめ細かな指導
・前時までの考え方を活用して
いることをほめる。
・別の変形のための線に気付か
せ,複数の解決に取り組むよ
う促す。
変容
C
↓
見方を変えると,いろんな変
形の仕方があり,面積を求める
学習の面白さに気付いていっ
た。
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1種類の解法だけではなく,
別の方法でも変形し,解答の正
しさを確かめようとしている。
↓
子どもの論理
前に習った平行四辺形の時の
ように,変形すれば面積は求め
られるはず。
やっぱり,求められるぞ。別
の方法も考えてみよう。きっと,
別の変形の仕方があるはずだ。
↓
きめ細かな指導
・複数の解決法で解答の正しさ
を確かめようとしている態度
を賞賛する。
・解決方法を振り返り,三角形
の面積は,どこの長さで決ま
るのか調べてみるよう促す。
変容
↓
三角形の面積は,平行四辺形
のときと同じように,高さが面
積を規定することに気付き,公
式がつくれそうだと気付いた。
(5)
指導者間の評価情報の共有
少人数指導においては,教師は児童生徒一人一人に目が届くため,学習の状況をきめ細
かく把握することが可能です。しかし,単元計画の中では柔軟に学習集団を組み替えるこ
とになりますので,指導者間で児童生徒についての評価情報を共有し,指導に役立てるこ
とができるようにしておくことが必要となります。
評価情報を指導に生かすためには,数値データよりも目標達成状況で構造的に児童生徒
の学習の状況を把握することが大切です。単元目標分析表を作成し,目標の分析・構造化
を行い,それに基づき児童生徒を多面的に把握し,情報を共有するようにしなくてはなり
ません。その上で,どの場面で,どのような側面に応じた学習集団を編成するか,につい
て単元計画に明らかにします。
評価情報を共有するための手立てとしては,学校で共通の形式の記録簿,座席表等を利
用することが有効です。その際には,次のような工夫をすることにより,情報の共有化を
一層簡単に図ることができます。
・把握すべき事項を明確にし,学習状況を記述するための記号をできるだけ統一するよ
うにします。これにより,指導しながら記録簿に簡単に記入することが可能となり,
指導者が簡単に把握しやすいものになります。
・特記すべき事項を文章で書き留めておくことのできる欄を設けておきます。
・個人カードを作成することにより,学習集団の組み替えに柔軟に対応し,学習の履歴
を継続的に記録することができます。
評価情報を共有化するための座席表の例
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(6)
自己評価能力の育成
自己評価とは,自分自身を客体としてとらえ,自らの活動の様子や成し遂げた成果など
を把握し,自らのもつ判断基準によって意味付けることであるということができます。そ
の判断をもとに自分の次の目標や行為を決定するための評価でもあり,主体的に生きる個
人にとっては他者から下される評価以上に本質的な評価であるといってもよいでしょう。
少人数指導においては自己選択の機会が大幅に増加しますから,児童生徒の自己評価能力
を高めることが要求されます。しかし,授業の終末場面で評価カードに,「楽しかった」,
「よく分かった」を単に記入させたところで,児童生徒の自己評価能力は高まるものでは
ありません。自己評価の本質は,児童生徒の目標に照らし評価を行うところにあるのです。
児童生徒の自己評価能力を高めるためのポイントは,以下のとおりです。
○児童生徒が肯定的な自己概念をもち,よりよい自分を求めようとするように支援する。
○児童生徒が自己評価を次の学習活動の調整・選択に生かす場面を保障する。
○自分の学習活動をモニタリングするきっかけ(発問等)を工夫する。
○他者の評価を有効に活用し,自らを客観視する活動を促す。
○長期にわたる自己の変容・進歩が見えるように記録を工夫する。
(7)
習熟の程度に応じた学習における評価
習熟の程度に応じた指導は,基礎・基本の定着が不安定な児童生徒には,できることへ
の自信をもたせ,考え方や学び方の習熟を目指す学習の機会を保障します。また,余裕の
ある児童生徒には,習熟した内容を生かし,深化,発展のための学習の機会を保障するも
のです。しかし,習熟の程度に応じた学習集団を編成する場合には,児童生徒や保護者に
不当な差別感・不安感を与えてしまうおそれがあり,特に注意することが必要となります。
習熟の程度に応じた指導を行うには,児童生徒自身が「自分は,何ができて,何が不十
分なのか」,「どんな点で努力が必要か」について考え,目標をもって学習を選択し,ど
のように学習を進めたかの自己決定・自己評価を大切にするように配慮します。そのため
には,個人内評価を積極的に取り入れ,児童生徒が,習熟の程度に応じた学習活動を通し
て,「どんな点に,どのように努力をして,そのように進歩したか」等について一人一人
を肯定的に評価することが大切です。さらに,児童生徒や保護者にその成果を積極的にフ
ィードバックし,このような学習を行うことについての理解を得られるようにします。
習熟の程度に応じて学習集団を編成した際の評価については,選択したコースごとに新
たな評価規準を設けるのではなく,その単元であらかじめ設定した評価規準で評価するよ
うにします。また,発展的な学習を行うと「A」というような評価になるのでもありません。
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