酸化ストレス下の神経伝達 物質輸送体に作用する芳香 性化合物の探索 南 雅文[北海道大学大学院薬学研究院/教授] 上原 孝[北海道大学大学院薬学研究院/准教授] 梅本 健[ネイチャーテクノロジー /研究員] 西村 弘行[ネイチャーテクノロジー /取締役研究開発担当] 背景・目的 脳疾患治療薬・予防薬創製のためには、化学的修飾、特 に病態時に亢進すると考えられる酸化ストレス負荷により化 学的に修飾された情報伝達分子に作用する化合物の探索 が必要である。本研究では、 神経伝達物質輸送体に焦点を 絞り、 それら輸送体が不安や抑うつなどの情動機能を調節 するメカニズムを明らかにし新規治療薬・予防薬の標的分子 としての可能性を検討するとともに、酸化ストレスによる化学 的修飾がそれら輸送体の機能に及ぼす影響を明らかにする。 さらに、 インビトロ薬理活性評価系を活用して、 病態時の輸送 体分子に作用する芳香性化合物を見つけ出すことを目的と する。 内容・方法 1)疼痛ストレス負荷時の不快情動生成に関与する神経情 報伝達機構の解明 不快情動生成に重要な役割を果たすことが示唆されて いる脳内領域である分界条床核に注目し、 持続的疼痛に よる不快情動生成における分界条床核および本脳領域に おけるノルアドレナリン神経情報伝達の役割を行動薬理 学的に解析した。不快情動反応の解析には条件付け場 所嫌悪性(cond i t i oned p l ace ave r s i on, CPA)試験 法を用いた。 2)輸送体遺伝子発現系への酸化ストレス負荷による輸送 体活性変化の解析 輸送体の活性は、 ヒト型ノルアドレナリン輸送体(hNET) 安定発現CHO細胞株(CHO/hNET) による細胞外ノル アドレナリン取り込み活性を指標として評価した。KRH緩 衝液中で、細胞外に放射性標識およびコールドのノルアド レナリンを添加し、 一定時間後における細胞内ノルアドレナ リン取り込み量を測定した。酸化ストレスは、 NOドナーであ るGSNO (100μM) を30分間処置することで負荷した。 結果・成果 1)疼痛ストレス負荷時の不快情動生成に関与する神経情 報伝達機構の解明 持続的な疼痛ストレスにより惹起される不快情動におけ る分界条床核の役割を行動薬理学的手法により検討した。 持続的疼痛モデルとして、 マウス骨癌モデルとラット後肢ホ ルマリン投与モデルを試したが、 モデル作成の簡便さを考 慮し、 本研究ではラット後肢ホルマリン投与モデルを用いた。 先ず、分界条床核の破壊実験を行った。イボテン酸を両 側分界条床核に投与することにより分界条床核を破壊し た動物およびsham処置を行った動物を用い、 CPA試験 により後肢ホルマリン投与による不快情動生成の程度を検 討したところ、分界条床核を破壊した動物では疼痛誘発 CPA、 すなわち不快情動生成が抑制されていることが明 らかとなった。 次に、 痛みによる不快情動生成において分界条床核内 ノルアドレナリン情報伝達の果たす役割について検討した。 インビボマイクロダイアリシス法により検討したところ、 ホルマ リン投与により分界条床核における細胞外ノルアドレナリン 量は有意に増加した。痛み刺激を与える10分前に両側 分界条床核内にβアドレナリン受容体拮抗薬t imo l o lを投 与することで疼痛誘発CPAは有意に減弱された。一方、 侵害受容行動はt imo l o l投与の影響を受けなかった。さ らに、 疼痛刺激を加えず、 β受容体作動薬i sopro t e reno l の分界条床核内投与により条件付けを行った結果、 濃度 依存的にCPAが惹起された。以上の結果から、持続的 疼痛ストレスの負荷により細胞外ノルアドレナリン量が上昇 し、 このノルアドレナリンによるβアドレナリン受容体を介した 情報伝達亢進が痛みによる不快情動生成に重要な役割 を担っていることが示された。 2)輸送体遺伝子発現系への酸化ストレス負荷による輸送 体活性変化の解析 分界条床核におけるノルアドレナリン情報伝達亢進によ り不快情動が惹起されたことから、 脳内ノルアドレナリン輸 送体機能低下により不快情動が亢進する可能性が考えら れた。そこで、 NOによる酸化的修飾がノルアドレナリン輸 送体機能に及ぼす影響を検討した。 まず、 ヒト型ノルアドレ ナリン輸送体発現細胞CHO/hNETにおけるノルアドレナ リン取り込み量の経時変化を検討したところ、 測定開始10 分後までは、 ノルアドレナリン取り込み量は直線的に増加す ることが確認された。そこで、 以降の実験は5分間での取り 込み量で検討した。NOドナーであるGSNO処置群にお けるノルアドレナリン取り込み量は、 コントロールであるGSH 処置群と比較して変化は認められなかった。緩衝液中に 添加したアスコルビン酸が、 GSNOによるノルアドレナリン 輸送体の酸化的修飾を妨げる可能性が考えられたため、 アスコルビン酸を添加せずに同様の検討を行った。 しかし ながら、 アスコルビン酸未添加の実験条件下においても、 GSNO処置によるノルアドレナリン輸送体活性の変化は 観察されなかった。 今後の展望 本研究により、 分界条床核におけるノルアドレナリン情報伝 達亢進が不快情動生成に関与していることが明らかとなり、 脳内ノルアドレナリン輸送体機能低下により不快情動が亢進 する可能性が考えられた。そこで、 NOによる酸化的修飾が ― ― 67 ノルアドレナリン輸送体機能に及ぼす影響を検討したが、現 在まで検討した実験条件では、酸化的修飾による輸送体機 能の変化は観察されず、 次のステップとして計画していた芳 香性化合物の薬理活性評価に研究を進めることができなかっ た。今後は、 NOだけでなく過酸化水素などによる他の酸化 的修飾がノルアドレナリン輸送体機能に及ぼす影響を検討 することが必要である。 ― ― 68
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