ユーロ圏の物価をどう見るか

2014 年 8 月 20 日 第 74 号
チーフエコノミスト
柿沼 点
ユーロ圏の物価をどう見るか
<7月のユーロ圏HICPは前年比+0.4%に低下(注)>
ユーロ圏の消費者物価(HICP、総合)は 7 月に前年比+0.4%に鈍化した(6 月は同+0.5%)。
エネルギーと食料を除く「コア物価」は前年比+0.8%の水準にあり、足許の低下にはエネル
ギー(7月前年比▲1.0%)や食料(同▲0.3%)の影響が大きい(図表1)。これらに対する影
響が大きいユーロ建ての原油・食料価格を足許水準から横ばいで仮置きすると、エネルギ
ーに関しては8、9月に一旦マイナス幅が拡大するものの、その後は食料と共に下押し影響
は次第に和らいでいく。そのため、当面の物価は一旦低下の後、持ち直しが見込まれるが、
以下では今少し長めの時間軸に焦点をあてた物価動向に関して欧州主要国のGDPギャッ
プの面から考えてみたい。
(注)本稿では通貨ユーロを使用している地域を「ユーロ圏」と表記し、議論の対象とする。
<主要国のうち、イタリア・スペインの押し下げ影響が大>
まず、ユーロ域内の物価変動を国別にみると、全体では7月時点で前年比+0.4%とプラス
圏に止まっているものの、主要国の中ではスペインが前年比▲0.4%と再び水面下に落ち込
んだほか、イタリアも前年比横ばいまで鈍化している(図表2)。ドイツ(同+0.8%)やフランス
(同+0.6%)は全体平均を上回るが、共に鈍化傾向にあり、全体としてみればディスインフレ
傾向にある。ユーロ圏の物価上昇率は2年前(2012 年 7 月)に足許より2%高い前年比+
2.4%だったが、当時との寄与度差をみるとイタリアやスペインの下落効果が大きい。
( 図表1) ユーロ圏のCPIは総じて低下方向
( 図表2) イタリア・ スペインの押し下げ影響が大きい
(前年比、%)
2.5
(前年比、%)
4
総合
2.0
食料(含アルコール、煙草)
3
1.5
2
1.0
1
0.5
-1
エネルギー
13
(前年比、%)
10
5
14
原油価格
(ユーロ建て、ブレント)
12
仮置き値
-15
-0.3
-0.4
13
14
2012年7月→2014年7月の寄与度差
仏
伊
西
その他
-0.2
-5
FAO食料価格指数
(ユーロ建)
14
13
(寄与度差、
%ポイント) 独
0.0
0
-10
独
伊
その他
0
コア
0.0
-0.5
ユーロ
仏
西
-0.6
15
(注)ウェイト(%)はコア:69.4、エネルギー:10.8、食料:19.8
(資料)ユーロスタット「HICP」、FAO
-0.8
-0.2
-0.4
-0.3
-0.3
-0.4 -0.4
-0.5
ウェイト相当の寄与度差
-0.3
-0.6
実際の寄与度差
(注)国別ウェイト(%)は独:27.7、仏:20.6、伊:17.7、西:12.0
(資料)ユーロスタット「HICP」
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告なしに変更されることがあります。投資に関する最終決定は、投資家ご自身の判断で行うようお願い申し上げます。
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大和住銀投信投資顧問 エコノミストコラム
<成長率はイタリア、スペインが低めだったが足許には変化も>
次に各国の成長率をみると、2011 年後半からマイナス成長が続いてきたイタリア、スペイン
が相対的に低めの水準で推移してきた。しかし、足許の方向としてはその2か国が持ち直し
方向にある一方、独仏の成長率が鈍化し、特にスペインとフランスの方向感の違いは明瞭
(図表3)。ドイツの減速も心配だが、2四半期連続で前期比ゼロ成長となり、前年比でも+
0.1%まで減速したフランス経済の状況はより深刻である。
なお、イタリアは前期比で2四半期連続のマイナス成長となり、定義上景気後退期に陥った
ことがマスコミでとりあげられた。しかし、2014 年 1~3 月期が前期比▲0.1%、4~6 月期が▲
0.2%と小幅のマイナスであり、その前の 2013 年 10~12 月期も+0.1%の小幅プラスと総じ
てみれば横ばい圏内の動きであり、前年比のマイナス幅縮小も勘案すると、ごく緩やかな持
ち直し過程にあると考えられる。
<フランスのデフレギャップ拡大が物価抑制要因>
続いてOECDが算出している潜在成長率とブルームバーグ予測コンセンサス(但し、直近のG
DP公表前)の差を確認した(図表4)。やはり、フランスは潜在成長率を下回る見通しで、デフ
レ圧力の高まりが懸念されるが、他の3カ国は潜在成長率を上回る見通しであり、そうした
懸念はない。もっとも、2014 年においてはイタリアやスペインの成長率は潜在成長率を小幅
上回るにとどまり、フランスの低成長もあって、ユーロ圏全体で見るとほぼ潜在成長並みに
止まり、実体経済の物価へのプラス効果は 2015 年入り後が中心と見られる。
加えて、需給ギャップの改善が実際の物価に及ぼす効果には時間差があるほか、そもそも
物価への伝達度合いには幅を持ってみる必要がある等、需給ギャップと物価指数との相関
は必ずしも高くない点には留意が必要である。また、足許の成長率鈍化を受けて、成長率見
通しは下方修正される可能性が高く、その分GDPギャップ見込みも悪化するリスクもある。
冒頭にみたようにエネルギーや食料に関する価格押し下げ効果が次第に緩和方向に向かう
と共に数カ月先の物価は持ち直しが予想される。しかし、今後のコア以外の押し上げ効果は
限定的であり、以上で見たように需給面からの物価押し上げ効果も来年が中心と見込まれ
るなど、今後、HICP の速やかな回復は期待しにくい。方向としては持ち直しであり、デフレに
陥るリスクが高まるわけではないものの改善は緩やかに止まり、欧州中央銀行が目指す
「2%に近い物価上昇率」の実現までの道のりは依然として遠いと考えられる。(了)
( 図表4) 本年の需給ギャップ縮小は期待後退
(図表3)独仏の成長率が足許で鈍化
(前年比、%)
6
各国の実質成長率
ユーロ
独
西
4
成長率見通しと潜在成長率の差
(%ポイント)
0.8
仏
伊
0.6
0.4
0.2
2
0.0
0
-0.2
-0.4
-2
-4
2014年
2015年
-0.6
-0.8
10
11
(資料)ユーロスタット
12
13
14
仏
独
伊
西
ユーロ
(資料)OECD、ブルムバーグ(予測コンセンサス)
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