マイナス金利が年金運営に与える影響

マイナス金利が年金運営に与える影響
第2回:年金ALMに与える影響
後藤 順一郎
2016年5月18日
アライアンス・バーンスタイン株式会社
AB未来総研 主任研究員
前回は、マイナス金利が年金運営に与える影響という
テーマの中で、特にマイナス金利が企業の退職給付
債務に与える影響について説明した。第二回となる今
回は、年金の長期運用方針を決定する年金ALM(ア
セット・ライアビリティ・マネジメント)に与える影響につ
いて述べていくことにする。
年金ALMへの影響は、マイナス金利に対するスタンス
に依存
ご存知のように、年金ALMは長期で負債を賄えるだけ
のリターンが得られるような運用戦略、具体的には資産
配分を決めるためのものであり、いわゆる政策アセット
ミックスを決める際の最重要プロセスと位置付けられ
る。実際、日本の企業年金の多くは、政策アセットミック
スを決めるタイミングで年金ALMを実施していると思わ
れる。アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)では、
今現在起こっているマイナス金利は、この年金ALMに
大きな影響があるかもしれないと考えている。
特に 図表1 の右側で示しているように、年金管理者が
マイナス金利は一過性のものではなく、ある程度の期
間定着し、今後も時折起こる事象だと考えているので
あれば、年金ALMのモデルを修正する必要があるだろ
【図表1】 マイナス金利に対するスタンスとその影響
マイナス金利は一過性?
マイナス金利が定着?
 今回のマイナス金利は一時的なものであり、
長続きするものではない
 遠い将来にわたっても、金利が恒常的には
マイナスにならない、というスタンスは不変
 グローバルで低成長が続く中で、マイナス金利
がしばらく続く可能性がある
 一度マイナス金利の世界が実現したので、
遠い将来にわたっても、再度起こる可能性は
否定できない
 現在、ALMにおける金利モデルは、マイナス
金利にならないように、金利パスを発生させて
いることが一般的だが、当モデルの前提を
変える必要はない
 各資産の期待リターンも不変
 現在は、マイナス金利にならないように、金利
パスを発生させていることが一般的なため、
マイナス金利を許容するモデルに変更する
必要がある
 金利の将来予測が変わるため、他の資産の
期待リターンにも影響
出所:AB
当資料は、2016年5月9日現在の情報を基にアライアンス・バーンスタイン株式会社が作成した資料であり、いかなる場合も当資料に記載されている
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エル・ピーとその傘下の関連会社を含みます。アライアンス・バーンスタイン株式会社はABの日本拠点です。
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う。なぜならば、年金ALMではモンテカルロ・シミュレー
ションで将来予測を行うのが一般的だが、そのベース
となる金利モデルでは、金利が0%以下にならないよう
にモデル化されているからだ。むしろ、これまでのファ
イナンスの進化の歴史では、金利が0%以下にならな
いように、様々な工夫がされてきたといっても過言では
ない。しかしながら、今は金利が0%以下になり得る世
界になってしまったため、当然モデルも変えなくてはな
らない。この変更は、年金ALMの負債サイドと資産サイ
ドの両方に影響してくると考えられる。
マイナス金利が年金ALMに与える影響
具体的に金利をどのように変える必要があるのかを 図
表2に示した。2つの図は、金利の将来分布をイメージ
で示したものだ。
今までは左図のように金利の下限は0%であり、その分
布も正規分布ではなく右側に寄った分布(歪度がプラ
ス)になっていた。ここでは、一般的には金利のボラ
ティリティが金利水準(もしくはその平方根)に比例して
決まるモデルが使われている場合が多いと思われる。
金利水準にボラティリティが比例するということは、金利
が0%付近ではほとんど振れ幅が無いということになる
のだが、これでは金利が0%近辺であるのに相応に変
動している現状を適切に表現できていない。
現状を適切に表現するには、金利がマイナスになるこ
とも許容する右図のような分布にする必要があると思わ
れる。マイナス金利を捉えるには、今までのモデルで
はなく、たとえばデリバティブで有名なHull-Whiteモデ
ルなど別のモデルにする必要があるだろう。
【図表2】 モンテカルロ・シミュレーションによる金利の将来分布(イメージ)
マイナス金利を許容しないモデル:
CIRモデルなど
マイナス金利を許容するモデル:
Hull-Whiteモデル、Vasicekモデルなど
頻度
頻度
0%
金利水準
0%
金利水準
金利がマイナスになることも想定
⇒ 最悪シナリオにおける年金債務が今までよりも大きくなる
上記はイメージ図です。 出所:AB
では、このようにマイナス金利を許容するモデルにする
と何が変わるのだろうか? 負債サイドへの影響として
は、割引率がある程度マイナスになる(割引率ではなく
割増率になる)可能性も考えなくてはならないということ
だ。つまり、最悪シナリオにおける負債額が今までより
も膨れ上がることになり、それに備えた運用戦略が求
められることになる。
次に資産サイドへの影響を見てみよう。一般的に年金
ALMを実施する際の資産サイドの経済前提である期
待リターンは、ビルディング・ブロックと呼ばれる構成要
素を積み上げる形で推計される。具体的に言うと、 次
ページの図表3で示しているように、まず物価上昇率が
あり、そこに実質金利を加えて短期金利を推計し、更
にそこに期間プレミアムを乗せると長期国債になり…と
いった要領で推計される。大事な点は、短期金利は全
ての期待リターンのベースになっているということであ
り、これが下がれば全ての資産の期待リターンが下が
ることになる。
今般、日本で起こったマイナス金利はとても象徴的な
出来事であるが、低金利という事象は、これまで世界
各国で起こっており、各資産の期待リターンは既に下
がってしまっている。 次ページの図表4 は、ABの独自
モデルによる今後10年間のリターン予想だ。このグラフ
は、標準的な経済環境(すべての資産がフェアバ
リューの時)を想定するとグレーのエリアに80%の確率
で入ることを意味している。たとえば一番右の新興国株
式の場合には、▲3%~+19%の間に80%の確率で
入る、と解釈できる。
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【図表3】 マイナス金利は期待リターンの更なる低下を引き起こす
ビルディング・ブロックによる期待リターンの推計(イメージ)
期待リターン
水準は低下
期待リターン
(投資収益率)
期待リターン
水準は低下
期待リターン
水準は低下
物価上昇率
物価
株式
リスク
プレミアム
信用リスク
プレミアム
期間プレミアム
期間プレミアム
期間プレミアム
実質金利
実質金利
実質金利
実質金利
物価上昇率
物価上昇率
物価上昇率
物価上昇率
長期国債
社債
株式
短期金利
ベースとなる短期金利のリターンが下がれば、
他の資産クラスの期待リターンも下がる
上記はイメージ図です。 出所:イボットソン・アソシエイツ Copyright © Ibbotson Associates Japan, Inc.
【図表4】 低金利により期待リターンはすでに低い
10年後の各資産の成長率のレンジ
20
標準状態の
上位10%
10
標準状態の
中央値
4.1
% 0
2.0
6.3
6.3
6.8
2.4
1.7
5.6
1.6
2015年12月末
のデータに基づく
中央値
新興国株式
グローバル
小型株
グローバル
大型株
グローバル
REIT
グローバルHY
(7年)
グローバル社債
(7年)
グローバル国債
(7年)
米国キャッシュ
-10
米国インフレ
標準状態の
下位10%
2015年12月末時点で、既にリスク資産の期待リターンは標準状態よりも低い。
マイナス金利突入により、期待リターンは更に低下する可能性
データは過去の実績ではありません。また、将来のリターンやそのレンジを示唆・保証するものでもありません。予測は今後変更される
可能性があります。2015年12月末現在、リターンは米ドルヘッジ・ベース。 出所: AB
ここで米国キャッシュ、グローバル国債(7年)を見て欲
しい。今の経済環境をベースにして推計したこれらの
期待リターンは、標準的な状況を想定して計算した将
来分布の下位10%を大きく下回るリターンとなっている
(グレーのエリアの外に位置している)。このように債券
の魅力度は相当低いと言わざるをないが、影響は債券
だけにとどまらず、これに引きずられるように右側のリス
ク性資産、すなわちグローバル大型株や新興国株式
などの期待リターンも標準的な状況における中央値よ
りも低くなっていることが確認できると思う。このように低
金利の環境にある今は、多くの資産において低い期待
リターンしか見込めない厳しい時代に突入しているの
だが、マイナス金利によってそれが一層悪化する可能
性があるということだ。
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マイナス金利が運用戦略に与える影響
期待リターンの低下につき、資産配分の観点から説明
したのが 図表5 だ。両端に記載されている株式と債券
の期待リターンが標準的な状態よりもかなり低くなって
いる た め 、そ れ を 組 み合 わ せ た「 株 式 3 0 % / 債券
70%」や「株式60%/債券40%」といった一般的な
ポートフォリオの期待リターンも大きく低下していること
が見て取れるだろう。
では、これは何を意味するのか? 端的に言えば、今
までと同じリターンを目指すならばより高いリスクを取っ
た資産配分にする必要があり、それが出来ないなら更
なる予定利率の引き下げを実施する(標準掛金の引き
上げ)必要があるということだ。
日本の企業年金は低リターン環境に適応するために、
これまで予定利率や給付利率を下げてきたため、低下
余地はほとんどないと思われる。仮にマイナス金利を
反映させ更に予定利率や給付利率を下げると、資産
運用からのリターンをほとんど見込まないことになるた
め、「なぜ、確定給付企業年金を有しているのか?」と
「そもそも論」になる可能性もあるだろう。したがって、現
実的な選択肢としては、追加のリスクを取ってリターン
を高めざるを得ないと思われる。
仮に今のポートフォリオに非効率性が存在するなら
ば、更なる分散投資の実践でリスク水準に維持しなが
らリターンを上げることも可能かもしれない。だが、より
高度な運用戦略の導入にはガバナンスの強化が必要
であり、拙速に高度な運用戦略に手を出すと、AIJ問題
の二の舞となる可能性もあるだろう。
いずれを実践するにしても、このような運用戦略の大き
な変更を判断するには全体観を見る必要がある。今回
のマイナス金利を受け、小手先で日本債券を他資産
にシフトさせるのではなく、長期計画である年金ALMを
やり直し、どの程度のリスクが取れるのか、年金スポン
サーである母体企業と密にコミュニケーションをしなが
ら、新しい政策アセットミックスを検討する必要があると
考える。
次回は、マイナス金利による影響について、円債代替
の観点から解説する。(第3回に続く)
【図表5】 一般的な資産配分の期待リターンは低下
将来の期待リターン予想(%): 投資期間10年
9.0
8.1
7.2
6.3
6.0
4.9
3.6
2.1
100% 債券
30% 株式/70% 債券
60% 株式/40% 債券
 2015年12月末時点の予測
100% 株式
標準状態での予測
予定利率が同じなら、より多くのリスク性資産を組み入れるが必要ある
⇒ 政策アセットミックスを変える必要がある?
データは過去の実績ではありません。また、将来のリターンやそのレンジを示唆・保証するものでもありません。予測は今後変更される
可能性があります。債券は60%が投資適格社債、40%が国債としています。また株式はMSCI ワールドに投資するとしています。債
券、株式ともにリターンは米ドルヘッジ・ベースです。 出所: AB
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アライアンス・バーンスタイン株式会社
金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第303号
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